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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
6章 再びここへ帰る

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79話 決闘

 「フローレス殿は大丈夫でしょうか」


 ガナラクイはカイザンヌの居る部屋へ向かいながら尋ねる。


「そうかガナラクイはフローレスとはあまり親しくなかったな」


ガナラクイの問いにトゥサイが答える。


「ええ」


「問題ないだろう。フローレスの剣は強い。そう簡単に負けたりはしない」


「なら良いのですが…」


ガナラクイが先を続けようとしたとき、隣のトゥサイが手でガナラクイを制した。


「待て」



 トゥサイが一つの部屋の前で止まった。扉など外からの見た目は他の部屋とあまり大差がない。少し扉のサイズが大きいくらいだ。

 しかし、トゥサイは嗅ぎ取っていた。この扉の奥から明らかに今までとは違う異質な感じがすることを。


「間違いない。カイザンヌがこの先に居る」


トゥサイは自分に言い聞かせるように呟く。


「奴がいるというのかヤニハラ」


「ああ。確実にいる」


トゥサイの言葉を聞いて真っ先に反応したのはトセーニャだった。緊張を含んだ物言いでトゥサイに確認するトセーニャに対してトゥサイは至って冷静な口調だ。


「何故カイザンヌはこちらに攻撃を仕掛けてこない? 我々が扉の前まで来ていることに気づいていないのか」


トセーニャはカイザンヌの不審な点を口に出す。


「いや、おそらく気づいているだろうな。それでも敢えて俺たちを待ってるんだ」


トゥサイは自分の予想を話す。それを聞いてトセーニャの頭には疑問が過る。


「それはどういうことだヤニハラ。迎え撃つとすれば一人では無理だろう。もしや、この中にカイザンヌ以外に護衛がまだたくさんいると推測しているのか?」


「そうじゃない。確証はないがおそらく一人だ。たった一人で俺たちを待ってる」


「理屈に合いません。そんなことに何の意味があるんですか?」


ガナラクイが我慢できずに尋ねる。


「意味か」


トゥサイはガナラクイの言葉に少し考え込んだ。


「カイザンヌはきっと理解してるんだ。もう終わりだということを。それが分かっていて尚諦めていない。自分が無理でも次の世代が成し遂げるとでも考えているんじゃないのか」


「そんなこと絶対に阻止してみせます!」


ガナラクイが意気揚々と答える。


「当然だ。しかし、カイザンヌは本気でそう思っている」


「そんな馬鹿な」


ガナラクイが信じられないと言った面持ちで首を小さく横に振る。


「そんな馬鹿だからこそここまでのことができた。そう俺は考えている」


「百歩譲ってそうだったとしてもどうして一人で待っていると思うんですか」


「奴が終わりだからだ。カイザンヌはもう終わりだ。それを分かっているから最後に自分のやりたいようにやるんだろう」


「やりたいようにってどういう…」


「奇襲をせず俺たちを待っているということから考えるに奴は一騎打ちをするつもりだろう」


「一騎打ちか。こちらとしても好都合だな」


トセーニャが口を挟む。


「その通りだ。奴がその気なら乗るまでだ」


「つまり、私たちが動くまでカイザンヌは待つってことですよね。ということはこのままフローレスさんを待つこともできますよね」


「ああ。できるだろうがフローレスは先に行けと言ったんだ。俺たちが進まないわけにはいかない」


「ですが…」


ガナラクイは何か言いたげだったがトゥサイの手はすでに扉を掴んでいた。扉は開かれた。


「まったく待ちくたびれたよ」


そこには飄々とした顔の老人が立っていた。


「俺たちを待っていたのか」


「そうだね、一人でずっと待ってたよ。本当に来るのが遅い」


トゥサイは部屋の様子を伺う。人の気配は目の前にいるカイザンヌ以外からは感じられない。カイザンヌは正真正銘一人でいるようだった。トゥサイは目の端で何かを捕えた。


「それは何だ」


トゥサイは床に血を流して倒れている人物を指さした。


「これかい。これはエザック君だよ。用済みだから消えてもらった」


それを見てガナラクイが口を挟む。


「お前の仲間じゃないのか!」


「仲間? 何を勘違いしているのか。僕に同志はいても仲間なんていないさ。彼は僕が持っている駒の一つにすぎない。要らなくなったら捨てるのは当然だろう?」


カイザンヌは何を当たり前のことを聞いているのかと言った不思議そうな顔をガナラクイへと向ける。


「カイザンヌ! 貴様!」


ガナラクイがいきなりカイザンヌに襲い掛かる。ガナラクイの目は怒りに燃えていた。


 「ほう。血気盛んなことだ」


 カイザンヌは剣を抜くと構えを取った。


 「貴様のせいで!」


 「待て、ガナラクイ!」

 

ガナラクイはトゥサイが止める間もなくカイザンヌへと距離を詰めていく。


「動きが単調だな」


カイザンヌは手にした剣を目にも止まらぬ速さで振り上げた。


 「何!」


 ガナラクイはその動作にとっさに反応する。左足に力を込めステップを大きく踏む。


 「避けたか」


 カイザンヌの剣はガナラクイの左腕をなぞるだけで済んだ。もしガナラクイがカイザンヌの剣に反応できなければガナラクイは縦に真っ二つになっていたことだろう。


「ガナラクイ! 早まるな!」


「すみません」


「腕の怪我は」


ガナラクイは左腕を見る。少量の血がゆっくりと流れていた。


「少しかすっただけです。何も問題ありません」


「そうか。しかし軽率な行動だ。気を付けろ」


「はい」


ガナラクイは反省した。トゥサイの話を聞いたとき心の中で一騎打ちなどせずに三人でかかればいいと思っていた。一騎打ちを望むのは敵であって数的有利を保っている以上こちらは三人で一斉に攻撃するべきだと思ったのだ。

 しかしいざ行動してみると突撃したのはガナラクイだけだった。トセーニャも冷静に状況を確認していた。


「このお嬢さんを黙らせてくれて感謝しよう」


「お前に感謝される筋合いなどない」


トゥサイはきっぱりと口にする。


「これは手厳しいな。老いぼれには優しくすべきではないのか」


カイザンヌは何が面白いのか嘲るような声で笑いながら答える。それを挑発だと分かっているトゥサイは黙ってカイザンヌを睨みつける。


「ここまで君たちが来ることは僕には分かっていたからね。敢えて一人で迎え撃たせてもらうことにしたよ」


「殊勝な心掛けだな」


トセーニャがぶっきらぼうに言い放つ。


「ありがとう、と言っておくかな」


ガナラクイは苦しそうな悔しそうな顔でカイザンヌを見る。


「貴様! なぜそうヘラヘラとしてられるんだ!」


「うん?」


カイザンヌが面白いものを見たような顔をガナラクイに向ける。


「貴様はもう終わりだぞ! お前は負けたんだ!」


「そうかもしれないな。だが僕の役割は勝つことではないのだよ」


「どういうことだ」


「僕の役割は言わば音響装置だ。僕の声を、思想を広げることが一番の使命なのさ」


ガナラクイは異常な者を見る目でカイザンヌを見る。


「今回負けたとしても次に勝てばいいだけだ。最終的な勝利のためならば僕の命など取るに足らない。それに最後に勝った者こそ真の勝者なのだよ」


「最終的な勝利のためならば自分が死ぬことまで計算に入れるのか。異常だ。狂っている」


「狂っているのは君たちのほうだ。なぜこの局面になってヘリアンカの復活などと言いふらす? そもそもヘリアンカはピト族と同じ見た目なのにあの少女はスタルシア人というじゃないか。実に滑稽だね。自らで偽物の神を祀り上げてまでして神頼みしたいのかい。本当に笑えてくる」


カイザンヌはそう言いながらフッと鼻で笑う。


「なんだと! ヘリアンカ様を愚弄するな」


「神などこの世界にいないというのに、お前たちがそうやって神だなんだと囃し立てるから良くない。確かに人々が拠り所を求めたということは理解できる。だが、その結果どうなった? うん? お互いの信条の違いから人は獣となり戦争を繰り返したじゃないか」


ガナラクイは今すぐにでもカイザンヌに切りかかりたかった。しかし先ほどトゥサイに釘を刺されたばかりだったのでぐっと我慢する。


「いいかい、神なんてのは戦争をするための方便に過ぎないんだ。そうしないと国民の士気が下がってしまう。だからこそ神という幻想を作りだし愚かにも人は争いつづけた。そこで僕は思ったね。平和を実現するためにどうすべきか。答えは簡単だった。恐怖だよ。圧倒的なまでの恐怖さえあれば人々は争うことはない」


「何を言う!」


「世界中で定期的に魔結晶爆弾を降らせるのさ。そうすると人々は必死に生きるために手を取り合い争いなどなくなる。これこそが美しいあるべき世界の姿なんだよ」


「それは間違っている! そんなことをすれば戦争をする以上に人が死ぬかもしれないんだぞ!」


「うん? 何かを成し遂げるには犠牲はつきものだろう。それに平和になるんだ、それ以上何を求めるのかね」


「やはりお前は狂っている。ここで貴様を撃つ」


「何度も言ってるが僕を殺しても意味なんかない。意志を継いだ次の者が役割を果たすだろう」


「次なんてものはない! 私たちが必ずお前を潰す!」


「面白い。だが僕の次を潰してもまたその次が現れる。僕の意志を消すことなど誰もできない!」


「そんなことはない! 平和を脅かす貴様らなど根絶やしにしてくれる!」


ガナラクイは怒りのあまり目が血走っている。


「平和を脅かす? 僕たちほど平和を思っている人はいないよ」


「それ以上口にするな!」


「まったく女はすぐにヒストリーを起こすからいけない」


「茶番はもういいか」


トゥサイがゆっくりとカイザンヌに向き直る。


「さて、一体誰が相手してくれるのかな」


「俺が決着をつける」


「いいだろう。では来たまえ」


カイザンヌは壁に掛けられてあった剣を一本取るとトゥサイへと投げ渡した。トゥサイはそれを受け取ると剣を構える。次の瞬間トゥサイが一気に間合いを詰める。カイザンヌの剣とトゥサイの剣が激しい金属音を部屋いっぱいに響かせた。


フローレスは廊下を全速力で走り抜けていた。その身体からは血が滴り落ちていたがフローレスはそんな些末なことを考えている暇はなかった。

 エザックの側近であるラジェンを傷つきながらも倒したフローレスはカイザンヌの元へ向かったトゥサイたちに合流するため懸命に足を動かしていた。


「うっ」


フローレスは段差など躓く要素のない平に伸びた廊下で体制を崩す。


「血を流しすぎたか」


 剣の達人であるフローレスから見てもラジェンの剣技は目を見張るものがあった。戦闘経験の差と精神面で勝負は決まったが、それでも受けた傷からは血が流れフローレスの体力は限界に近い。

 急にふらついたのも傷口から流れ失った血液によって貧血になりつつあるからだとフローレスは結論づける。


「しかし、ここで足を止めることはできない」


 きっとトゥサイはフローレスが走っている間もカイザンヌと闘っているはずだ。少しでも早く加勢しなければならないという思いがフローレスを走らせる。

 フローレスは金属音が鳴る部屋へとたどり着いた。


「トゥサイ! カイザンヌはどうなった!」


フローレスの目には転がるエザックの死体と凄まじい剣撃を繰り広げるカイザンヌとトゥサイが写った。


「こいつはエザックか」


 エザックの目はがらんとして顔は苦痛に満ちていた。フローレスはラジェンがエザックを慕っていたことを思うと胸が苦しくなった。


「ああ。エザックは死んだ」


トセーニャが簡潔に答える。


「死んだのか…」


 フローレスは改めてトセーニャの口から事実を告げられてエザックの死を実感した。エザックには何の思い入れもないフローレスだったがラジェンの思いに当てられたのかもしれなかった。


「状況はどうなっている」


「トゥサイがカイザンヌと一騎打ちをしている。カイザンヌの剣はトゥサイの剣と同等の強さがあるようだ。一進一退の攻防が続いている」


トセーニャが答える。


「それよりフローレス殿こそ酷い怪我だが」


「ああ。少々手こずった。私のことはいい。それより加勢しないのか」


「これは決闘だ。誰も邪魔することはできない。それに今から戦闘に入っても邪魔なだけだ」


「わかった。ではトゥサイの決闘、見守らせてもらうぞ」


トゥサイは剣とトセーニャの剣が激しくぶつかり合い金属音はさらに大きくなっていく。フローレスは目の前の戦いを心に刻むようにしっかりと見つめていた。


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