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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
1章 動き出した白と黒
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7話 吹雪のボーイミーツガール

 ガナラクイは言っていた。本物が置きっぱなしなら面倒なことになっていたと。フルは今ここにはいない少年のことを考えていた。

 現在、大学では見るからに危険な組織、自分たちを反帝国連盟などと呼ぶ組織が闊歩している。カンナはその組織によって傷を受けた。幸い深い傷ではないようだ。

 しかし、カンナが傷ついたという事実が、日常の場であった大学は非日常の戦場へと形を変えたのだとフルに告げていた。


 「エリオが持っていたバリアを貼る魔道具はアンリレの秘宝と言うらしいわね。まさか、そんなにすごいものだったなんて。もし、エリオが持っていると知ったら奴ら何をするか分からないわ」


 今すぐエリオットの家に行くべきか、それとも騒動が収まるまでここに留まるべきか。エリオットの機械を弄る姿が脳裏にちらつく。


 「私が行ったところで何もできないかもしれない。けど、何もせずにただ突っ立ってるだけなんてできるわけない!」


 早速行動に移すべく、本校舎の扉へ向かう。扉の周りにはケウト天空特戦隊の数名が校舎内で怪しい動きがないか目を光らせていた。堂々と扉から出ることは出来そうもなかった。そこまで考えたときにフルはとても重要なことに気がついた。


 「エリオってどこに住んでるんだっけ?」


 これからエリオットに会いに行こうとしているというのに彼の住所を知らないのだった。


 「まあ、出会ってからまだそんなに日が経ってないし、知らなくて当然だよね」


 誰も聞いていないのに言い訳を口走る。そんなことを言ったところで状況は何の変わらない。まずは、何とかしてエリオットの住所を知ることが先決だ。


 「そうだ! 全生徒は入学式の前にキタレイ大学のススメなるどうでもいい冊子が家に届けられる! ということは大学は生徒の住所は知ってるということになる。確かあの冊子は学生課が発行していたはず。つまり学生課に行けばエリオの住所が分かるかもしれない!」


 次に取るべき行動を頭に思い浮かべてフルは学生課へ向かって走り出した。学生課は本校舎から少しだけ距離があるが、走れば数分で着く。しかし、天気は猛吹雪で前もあまり見えない状況だ。足元に気をつけながら進んでいく。


 「猛吹雪で進みづらい。でも見方を変えればこれってラッキーかもしれない。こっちが前もろくに見えないということは、向こうからもこっちは見えないということ。反帝国連盟が居る現状では不幸中の幸いってとこね」


 何とか学生課に着くことができた。しかし、学生課の部屋に入ってみると人は誰もいなかった。非難した後のようだった。


 「この非常事態で吞気に仕事なんかしてる人はいないか」


 フルは壁に沿って立てられている棚に目を向ける。膨大な量のファイルフォルダーがそこにはあった。


 「きっとこのどこかに生徒の個人情報があるのよね。本当は絶対いけないことだけど、非常時なんだからそんなこと言ってられない。エリオは霊魔学部の魔道具専攻だったはずだから、ここね!」


 フルは霊魔学部と書かれたフォルダーを手に取る。


 「エリオット・マクダウェル、エリオット・マクダウェルっと。見つけた! エリオット・マクダウェル19歳。ピト族。霊魔学部魔道具専攻。これね!住所はどこかなっと」


 その資料には生徒の個人情報が事細かに書かれていた。名前、住所、出身校はもちろん体重や身長まで。その情報量の多さにフルは恐ろしいものを見た気分になった。


 「こんなにたくさんの情報何に使うんだろ? 生徒の個人情報なんてそもそも使い物になるのか? いやいや、今はエリオの住所を調べにきたんでしょ。エリオの住所は…ケイオス!」


 ケイオスという単語を聞くとあの時のことをどうしても思い出してしまう。あの列車ハイジャック事件だ。あの時フルはケイオスへ向かうためにあの列車に乗っていた。


 「ケイオスは都市部だからそこに住めるなんてもしかしてエリオはお金持ちなのか? いや、今はそんなことどうでもいいんだ。…しかし、ケイオスか。ここからだと最低でも1時間はかかる。それにこの雪だし、列車も止まっているかもしれないわ。また私はどうすることもできないの?」


 エリオットの住所がケイオスだったことに驚く。しかしその驚愕はこの雪では簡単に行けないという現実によって塗りつぶされた。エリオットに危険が迫ろうとしているかもしれないという状況を前に何もできないフルは無力だと悟った。列車での事件と重なる。


 「私はあのときも何もできずただ見ているだけだった」


 ヘリアンキ自由信徒軍を目の前にして、トゥサイが事態を収束するさまをただ見ていただけだった情けなさで胸いっぱいになる。その思いはフルを突き動か原動力になる。そして行動するための勇気を奮うためフルは自分に言い聞かせるように声を出す。


 「もうあんな思いはしたくない!でもここで動いたら死ぬかもしれない。そんなこと分かってる。でも、それでも。今、何もせず後悔して生きるより、私はちゃんとやった、自分にできる精一杯をしたんだって、胸張って死ぬ方がずっといい!」


 フルは覚悟を言葉にして学生課を飛び出した。前が全く見えない猛吹雪の中を駆け抜ける。


 「まず、本校舎に戻ったほうがいいか。大学を出たとしてケイオスまで全力で走ったとしたって半日は絶対掛かる。列車が動いていたら話は変わっていただろうけど、この雪では無理だわ」


 ケイオスにどうやって向かうかを考えながらもフルは周囲への警戒を怠るわけにはいかない。どこに反帝国連盟の連中がいるかわからないのだ。もし本校舎にたどり着くまでにばったり出くわしでもしたらフルの命はない。

 寒さで手がかじかむのを我慢しつつ敵の接近にいち早く気づくべく耳に神経を集中させる。すると、ざくっざくっと雪の上を進む足音がかすかに聞こえた。


 「まさか、奴らなの?吹雪で視界が悪くてわからない。でもそれは向こうも同じはず」


 すぐさまフルはこちらの位置が割れないように足を止める。しかし足音は少しずつ大きくなる。近づいているのがわかる。足音が大きくなるとそれだけフルの寿命が短くなるということに他ならない。極度の緊張と寒さが容赦なくフルの体を蝕む。


 「誰かいるかー?」


 「!?」


 フルの脳内は一気にパンクした。“誰かいるか”その5文字はフルを混乱させるには十分すぎた。


 「この状況で声を出せるということは、状況が分かっていないキタレイ大学の学生? それとも反帝国連盟の奴が私をおびき寄せようと声を出しているの?」


 「そこにいないのかー?おーい」


声がだんだん大きくなってくる。敵であったらこれ以上近づかれると危険だ。一気に走り抜けるべきか。しかしながらこれだけ大きい声を上げるということは何も知らない学生なのかもしれない。

 もし仮にそうだとしたら、反帝国連盟という組織が大学敷地内をうろつく現状では自らの位置を知らせているようなものだ。ここは危険なのだということを知らせるべきだ。でももし敵だったら…。

 近づいてくる人物が何者なのかが堂々巡りしている間に無情にも声は近づいてくる。


 「だめだ! 考えてても埒が明かない! 敵の可能性があるんだから一目散に逃げるのがきっと正しい。この雪で前が見えないんだから銃だって当たらないはず。」


 逃げるのが正しい。一刻も早くこの場を離れるべきだとフルの頭が必死に訴えている。うんその選択は間違ってない。自分の命を守るための最善だ。理解している。しかし、フルの心の奥底から別の考えが湧き上がる。逃げることが正しい。逃げるべきだ。でも…。


 「でも、もし何も知らない学生だったらここで私が走って逃げてしまったら? 目の前のこの人は死ぬかもしれない。いいえ、かもしれないじゃなくきっと死ぬわ。何もわからず、学生だと思って連中に声をかけた瞬間に撃たれて死ぬことになる。」


 フルがその先を考える前に頭がその考えを今すぐ捨てろと警告している。その先を考えるな。自分の命より優先するものなど何もないと訴えてくる。それでもフルは考えずにはいられなかった。


 「目の前の人を見捨てて生きる。それで私が生き残れるかもしれない。けれどそれでどうなるの? 私は見殺しにしたんだってずっと思って生きていくの。冗談じゃない!私は絶対にそんな惨めな生き方は御免よ!」


 フルは一か八か声のする方に全力で走った。敵はいきなり走ってくるなんて思いもしていないはず。銃を持っているとしてもその銃口をフルに向ける時間はないはずだ。

 もしただの学生ならその場で謝ればいいだけの話だ。フルは自分の信念に従ってそう結論づけた。そして声の主に思い切りタックルをぶちかます。

 誤算だったのは足場が雪のため想像していたほどスピードが出なかったことと、吹雪で距離感が上手く掴めずタックルではなくハグする形になってしまったことだ。


 「ぎゃふ」


 「おおお!」


 フルの声にならない声と足音の主の驚きの声が重なる。フルはあまりのことに何も判断できなかった。本来ならフルが押し倒しているはずが、あろうことか抱きついてしまった。これが敵ならば待ってるのは死。 フルの脳内は二文字で多い尽くされる。…死ぬ。


 「どーしたんだよ!いきなり俺様に抱きついてくるなんて!」


 「え?」


 フルは冷たい鉛の塊を自分の体にぶち込まれるとばかり思っていたので、相手が普通に声を掛けてきたことに戸惑う。


 「あー。言わなくていいぜ。わかる。お前の気持ち手に取るようにわかるぜ。この前も見えない吹雪の中で孤独に苛まれていた。誰にも頼れない状況で俺様が現れた! そしてこの俺様のカッコよさに一目惚れしたってわけだろ。見ず知らずの女を一瞬で虜にしちまって俺はなんて罪な男なんだ」


 フルは心の中でこう思った。なんか言い出したぞ、この男。キモい。果てしなくキモすぎる、と。髪は金髪でツンツンしている。背は180くらいある。

 反帝国連盟は気持ちの悪い連中だが、この男はそれとは異なるようだ。気持ち悪いことに変わりはないが。


 「えっと、一応聞きますが反帝国連盟と関係ありますか?」


 男は目を輝かせて答える。


 「反帝国連盟? そんな頭の悪そうな名前なんて知らないぜ! それより質問するってことはやっぱり俺様のことが好きなんだろ! わかる、わかるぜ! その気持ち! 好きな相手のことは知りたくなって当然だよな! 俺様はキタレイ大学の2回生ラスター・アズキンスだ! 喧嘩で最強の男だ! ラスター様って呼んでいいぜ!」


 フルは呆れを通り越して可哀想になってくる。フルはこの数回の会話でラスターと名乗る男のことを底なしのバカだと確信した。それと同時にこれと関わると碌なことにならなそうだということも。


 「私はフル・フィリーペンと申しますが、忘れて下さって結構です。というか忘れてくださいお願いします」


 「俺様のことを好きになった女の名だぞ! 俺様が忘れていいわけないだろ!」


 はぁ、と大きくため息を吐く。面倒くさいことになってしまった。しかし、こんなことをしている場合ではなかった。この場に長居するのは危険なのだ。それにこの男は現状を理解していないようなので説明する必要もある。


 「あの、ラスターさん。驚かずに聞いてください。実はこの大学に…」


 フルは話すのを一旦中断する。フルが話し終える前にラスターとは別の足音が近づいてきたのだ。


 「なんだ! 今、俺様の女が話しかけてんだ! 邪魔してくれてんじゃねえよ!」


 フルが伝えるより先にラスターが足音に突っ込む。


 「オラぁ! オラ!」


 フルが気づくとラスターは男に馬乗りになり思い切り顔面を殴りつけていた。


 「ちょっと! ラスターさん! ストップ! 止まって!」


 「あ? 何だ?」


 「今、このキタレイ大学には反帝国連盟っていう銃を持って人を殺すことも厭わない危険な連中がうろついてるんです!」


 「そうなのか?」


 そう言ってラスターは自分が殴りつけていた男をゆっくりと見る。その手にはしっかりと銃が握り締められていた。


 「もしかして、こいつ、なのか?」


 フルは首をブンブンと縦に振る。


 「うわああぁ! 銃を持ってるとか聞いてねえよ!」


 喧嘩で最強だと言っていた威勢はどこへ行ったのか。ラスターは銃を見るや否や震え上がった。まさか相手のことを何も見ずにいきなり殴りかかったなんて。やはりバカだ。


 「落ち着いてください! そんなに叫んだら別の奴が来るでしょうが!」


 「むう、そ、それもそうだな。しかし、なんだ。俺様は素手で銃を持った相手を倒したのか。ふつふつと実感が湧いてきたぞ! やはり俺様は最強だぜ!」


 フルは自分にしか聞こえない声でつぶやく。


 「うん。一応、見捨てなかったんだ。これでよし。それにこの人は喧嘩が強いようだし。ほっといても大丈夫でしょ」


 わけのわからないことを口走るラスターを置いてさっさと本校舎へ戻ることにする。これ以上一緒に居たらこっちの身がもたない。


 「おい! この俺様を置いてどこへ行くんだ! 俺様が守ってやらねばな! 据え膳食わぬは男の恥だぜ!」


 意味不明なことを言うラスターを憐れみの目で睨みつけ振り返りもせずにそのまま本校舎へとフルは向かった。


 本校舎に戻るといくらか落ち着いてきた。途中、頭のおかしな先輩に絡まれるハプニングはあったものの無事にエリオットの住所を調べることはできた。あとはどうやってケイオスへ向かうかを考えるだけだ。自分では何ともならないときは人に聞くのが一番である。

 フルは校舎内にいるケウト天空特戦隊の一人に話しかける。


 「すみません、今からケイオスまで向かいたいんです。一刻を争うんです。なんとかなりませんか?」


 「ケイオスだって? そんなもの無理に決まってる。この雪で列車は止まってるし、第一この反帝国連盟という危険が迫っているときにどうしようというのだね。今はここで事態が収まるのを待つんだ」


 その通りだ。やはりフルには何もできないのかもしれない。


 「おいおい、フルはケイオスまで行きたいのか?」


 勝手に話を聞いていたラスターが話に入ってくる。


 「ええ。そうですが何か? ラスターさんには関係ありません。馴れ馴れしくファーストネームで呼ばないでください。それと鬱陶しいので視界に入らないでください」


 「このー! 照れちゃって可愛いな!」


 フルに衝撃が走る。照れるだと。この拒絶を照れだと思ったのか。どうやらラスターは頭がおかしいようだ。ポジティブいかれ野郎だ。


 「でも安心しな! そういうことならこのラスター様に名案があるぜ!」


 そう言って大きくVサインを作った。



 時を同じくしてキタレイ大学の敷地の外では男が待機していた。


 「トゥサイ。吹雪が弱まったら一気に突入するぞ」


 「ああ。わかってます」


 「死ぬなよ」


 「ええ。ハンバムラ少佐こそ」


 その会話から数分後。無線機に突入開始の連絡が入った。それを聞いたトゥサイは短く了解と口にした。


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