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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
6章 再びここへ帰る

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78話 さらば

 

 総統府、エザックは中に入ると衛兵たちはエザックを見て敬礼した。

 それは胸につけたカイザンヌ思想者幹部がつける事が許されたバッジがあるからだ。

 エザックはラジェンと共に階段を登るとやけに人気が少ないことに気づいた。


 「——ラジェン」


 「なんでしょう?」


 エザックはラジェンを真剣な眼差しで見る。


 「ここは何故人がいないのだ?」


 「分かりかねますが人手不足も相まっているのでしょう」


 「ならここを守れ。ケウトの諜報部は少しの隙も許さないからな」


 「了解です」


 エザックはラジェンを置いて先に進んだ。

 

 ——道中エザックは少しの間懐かしい記憶を思い出した。

 

 数十年前エザックはキタレイ大学の研究員となり日々、未来の若者たちが幸せに暮らせるよう研究を繰り返した。

 彼の研究分野は理工学で電子機器の研究に力を注いだ。

 そんな時エザックの元に母から凶報が届く。

 それは故郷にいる弟が重い病を患ったという知らせだった。エザックは休暇を貰い弟の元に向かいその病気について聞く。


 その病気は現在の医学では治す事が難しいものだった。

 治療で進行を遅らせる事ができるが、治療費が破格で実質弟は死を決められたものだった。

 エザックは自身の給料で払おうとするがそれでもたったの3時間延命するだけで意味がなかった。

 エザックは雨にも関わらず思い詰めた顔で病院の外のベンチに座り頭を抱える。エザックのもとに一人の男が来た。

 男はフードを深くかぶって詳しいことは分からないがエザックをじっと見下ろした。


 「なんだお前は?」


 エザックは男を睨む。


 「何かお困りかな?」


 「お前の知ったことではないだろう。——弟が重い病気を患っただけだ。そんなお前こそなんだ? 何しにきた?」

 

 「——キタレイ大学研究員理工学専攻。エザックに一つお願いしに来たのだ」


 エザックは最初は無視していたが、徐々に背筋が凍えベンチから飛び上がった。


 「何故俺のことを知っている!?」


 エザックは声を震わせながら男を見る。すると木の影から複数人の似たような格好の集団が出てくるとエザックを囲んだ。

 男はエザックに近づくと手を伸ばした。


 「我々は反帝国連盟。エザック。お前がいるキタレイ大学を拠点にしたい。協力してくれたら弟の命を救うことに助力しよう」


 エザックは男の言葉を怪しむ。何故ならその連盟は大学側から危険思想を持った集団だと警告されているからだ。

 エザックはジリジリと下がる。


 「俺が売国行為に加担すると? するわけが無いだろう!」


 「そんな口を聞いても良いのか? すでにキタレイ大学には我が工作員が何人もいる。もし、逆らえば分かるだろう? 家族を残して死にたいか?」


 「——」


 エザックはしばらく考えた後、男たちは静かに去っていった。

 それから十年後エザックは理事長の座に就いた。それも反帝国連盟の手を借りて。エザックは当初は反帝国連盟に助力しながらも学生たちが優雅に学生生活を送れるように力を注いだ。

 反乱指令が出されてもエザックはできる限り無視した。


 その日もエザックは夜遅くまで執務作業を行っていると理事長室に誰かが入ってきた。エザックは顔を上げると不気味な仮面を被った中性的な何者かが立っていた。

 その人はエザックを見ると胸に手を置いた。


 「初めまして、私の名前はラジェンです。本日よりエザック様の護衛兼監視役となりました」


 おそらくその日からエザックは狂っていった。

 それに拍車を掛けたのは弟の死も重なってだろうが、すでに許されざることを行い始めたのだ——。

 

 それから数時間後トゥサイらが総統府に侵入したのと同時刻。カイザンヌは秘書から各戦線の報告書を受け取り目を通す。

 カイザンヌが現在いる場所は大広間で、玉座のように立派な椅子にカイザンヌは座っていた。

 その周りには将軍や大臣が立っており、緊迫した空気が全てを物語っていた。

 カイザンヌは書類を机の上に置くと、机上に広げられた地図を見下ろした。


 「で、現在大陸同盟軍はどの辺りにいるのかね」


 カイザンヌの声に一番歳を取っている将軍が「はい」と返事すると地図の上に指を置いた。


 「大陸同盟軍はすでに本土に侵入し、戦線は全て崩壊状態です。現在最新型の超大型戦車を投入しましたが重量のせいでただの砲台と化しております。ここまで到達するのに一週間はかからないでしょう」


 「そうか。で、各国で活動していた反国家・反体制ゲリラ組織はどうしているんだい? ここまで大陸同盟軍が兵站を供給できているのはおかしい。鉄道や港、道路を空爆したはずだろう?」


 「そ、それですが……」


 「なんだね空軍大臣」


 カイザンヌはオドオドとしている空軍大臣に少し苛立つが我慢して聞く。

 空軍大臣は手に持っていたハンカチで自身の禿山を乱暴に撫でた後ゆっくりと報告した。


 「敵は反重力兵器で我々が想定している以上の物資の運搬を実現しており、さらにレーダーには何故か映らない戦闘機の他に音よりも速い爆撃機が我ら母国を無差別に絨毯爆撃しておるのです。これもあのヘリアンカのせいでしょう。——組織は」


 「なんだもったいぶらずに言いたまえ」


 空軍大臣は殺される覚悟をした絶望の眼差しで早口で報告した。


 「反国家・反体制ゲリラ組織は我々が各地に侵攻し虐殺を働いたことから、我々を裏切り、自由解放軍として我々に対し占領地にて抵抗活動をしております!」


 カイザンヌは表情を凍らせる。それを見た将軍たちは震え上がった。

 そしてカイザンヌは腰にかけていたサーベルを鞘から抜くと刀身を見つめ笑みを浮かべた。


 「数ヶ月前急に現れたヘリアンカと名乗る少女。ヘリアンカはピト族と同じ見た目なのにあの少女はスタルシア人。実に惨めだね。結局のところ人は神頼みだ。神などこの世界にはいないはずなのに何故祈るのか。陸軍大臣。分かるかね?」


 陸軍大臣と呼ばれた男は冷静に返事を返す。


 「はい。それは拠り所を求めたがった結果です。しかし、拠り所は人の心の安らぐ場であるため、それが違うだけで人は獣となり戦争を繰り返した」


 「そう、まさにそれなんだよ」


 カイザンヌは鞘にサーベルを戻す。


 「唐突に現れたヘリアンカを皆が信じ、皆が崇めて絶対的な存在と錯覚する。それはこの戦争で勝つための方便なんだよ。そうしないと国民の指揮が下がりやっていられないからね。救世主はいつの時代も苦しい時の望むものだよ。では、君たちの救世主は誰かね? 資本家に国を牛耳られ弱者は搾取地獄。職に就きたくても無能だからとできない、自由の名の下で弱者が有力者によって自由にいたぶられる社会を終わらせたのは?」


 「カイザンヌ同志です」


 カイザンヌの言葉に周りにいる全員が賛同する。それを見たカイザンヌは軽く笑う。


 「が、この戦況はダメだね。やはり知性が矮小なエルフィンにはどうやらピト族の高度な軍事作戦を遂行出来そうにない。占領すれば貴重な兵站を使用してやれ虐殺や遺体を損壊してそれを武功だと言って自慢し合う。だからスタルキュラ——いや、エポルシア帝国はは七十年前に内戦時のケウトに惨敗したのだ。略奪に力を注ぎすぎた故だね」


 するとそんな時一人の通信兵が大広間の扉を乱暴に開け、床に膝をついた。


 「カイザンヌ同志! 総統府に侵入者が」


 「ほう、侵入者か」


 「床に赤毛の髪が落ちておりました」


 通信兵の言葉にカイザンヌは首を軽く動かすと笑みを浮かべた。そしてサーベルを高く掲げる。


 「なるほど、決闘しに来たのだな」


 「な、同志。ここは逃げるべきでは……」


 「逃げるわけないだろう。久々の一騎打ちに僕の心は若き頃の高騰感に体が揺れ動かされているからねぇ」


 カイザンヌは隣に立つ秘書を見る。


 「どうせこの国はもう時期に滅びる。お前たちは首都郊外にある地下壕に集まり党首に政治を運営させるように。降伏と継戦どちらかは君たちに選択させる。良いね?」


 「——」


 大臣はカイザンヌの言葉に反対したがったが、全員何も言わず俯くばかりだった。カイザンヌは少し哀愁もしくは哀れみに近い眼差しを彼らに向ける。そしてカイザンヌは彼らに背を向けた。


 「少なくとも、君たちはこれまでで最も我が後ろをついて来た忠臣だ。誇りに思ってくれ。もしこの一騎討ちに勝てば君たちの元に向かう」


 「——分かりました」


 大臣たちは通信兵に案内され大広間から出て行った。しかし、秘書だけはカイザンヌの側に残った。


 「君は逃げないのかね」


 「私はカイザンヌ様の側におります」


 「——我が側にはもう誰もいたがらないと思っていたがまだいたとはねぇ。妻は子を連れて逃げ、右腕はエポルシアで死んだ。もう僕の周りには何もないのだ。ただ、思想を広めたい音響装置だったからね僕は」


 「——カイザンヌ同志」


 「次は君たち若者が広めておくれ。老ぼれの時代は終わりなんだよ」


 秘書はカイザンヌの言葉にただ感激するしかなかった。

 そんな時扉が乱暴に開かれ、銃声が鳴り響いた。


 カイザンヌの前にいた秘書は何が起こったのか分からず、首を押さえると血が吹き出す。

 カイザンヌは表情を崩さず倒れる秘書を見た後、扉の方向を見る。

 そこに立っていたのは老いた男——元キタレイ大学理事長エザックだった。

 エザックは銃をカイザンヌに向ける。


 「カイザンヌ! よくも裏切ったなぁ!」


 「おやエザック君じゃないか。どうしたんだね」


 エザックは何食わぬ顔であこちらを見るカイザンヌに苛立ち、引き金を引くが弾は発射されなかった。

 エザックは銃を少し見た後、苦虫を噛み締めた顔をして捨てると短剣を取り出した。


 「私はカイザンヌ様に仕えてきた。それも長い時間。なのにキタレイ大学で反乱を起こした時助けに来てくれなかったではないか! 世界同時革命はどうしたのだ!」


 エザックは必死に叫ぶ。それは今から人を直接殺めるというのに感じる事跡を消したかったからかもしれないが、そんなことは今関係なかった。

 するとカイザンヌはサーベルを持ったまま席から立ち上がると大広間の中央に立った。

 そして侮蔑の眼差しでエザックを見る。


 「あぁ、あれはね。この際だから言っておこう。ケウトの対テロの作戦を調査したかったから一番我が思想に染まった者たちが集まるキタレイ大学に依頼したのだよ」


 「——っ! そのせいで同胞が何人も死んだんだぞ! それで何だ。あの後勝手に各地でテロを犯して我々が余計に怪しまれて活動の幅が狭くなっり、その挙句に壊滅させられたんだ! 死ね!」


 エザックは短剣を両手で掴むと突進した。カイザンヌは老体に似合わぬ動体視力で避けた後、サーベルを振り下ろして右腕を切り落とした。


 「うがっ!」


 エザックは床に倒れ、自身の右腕が目の前にあることに気づくとそれを掴んだ。

 エザックは自身の身から離れた右腕を持ちながら立ち上がるとカイザンヌに投げつけた。しかし、それはカイザンヌの足元で地面にボトッと落ちてただ靴を地で汚しただけだった。


 「カイザンヌ……っ!」


 エザックは右肩を抑え、それを見るカイザンヌの顔は満面の笑みだった。


 「だが君たちのおかげで僕はヘリアンカが何者でどこにいるのかが分かって良かったよ。が、まさか殺し損ねた天空人ではなくスタルシア人だとは思いもしなかったがね」


 エザックは足元に落ちている短剣を拾うと再びカイザンヌに飛びかかった。カイザンヌは後少しでエザックの短剣が胸に刺さるという直前で腕を掴むと短剣を取り上げた。

 そしてエザックの腹に突き刺し横に引き裂いた。


 「あぁ……あっ」


 エザックは血を吐き、腹から腸が少し漏れ内容物の匂いが部屋中を漂った。

 しかし、カイザンヌは表情を一切変えず口角を上げて楽しそうに再びしゃべる始める。


 「そもそもな話私はこの思想が好きではない。何故なら神を崇拝するなと言っておきながら何故指導者を神のように絶対的な存在としているのかね?」


 カイザンヌはエザックの腹から短剣を抜き取ると裂け目から臓物が一気に漏れ出て血と共に床に広がる。

 エザックはその場で倒れヒューヒューとまるで笛を吹いているかのような呼吸を音を漏らした。


 「私の最終的な目標は定期的に世界中に魔結晶爆弾を降らせる美しい世界だよ。そうすることで人は必死に生きることに尽力してお互い惨めな争いをしなくなる。もう殺し合わなくても良いのだよ」


 カイザンヌは地面に倒れるエザックを見下ろす。エザックは残された力でカイザンヌの足を掴む。

 カイザンヌは手を振り払うとエザックの手を踏み潰した。


 「では、これで終わりだよ」


 カイザンヌはサーベルをエザックの喉元に突き刺した。

 エザックは一度目を大きく開いた後、ゆっくりと閉じた。

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