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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
6章 再びここへ帰る

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72話 陥落

 ——スタルキュラによる各国への侵攻から三週間が経過した。

 現在フタマタ半島にあるヘリアンウルル本部はかなり慌ただしかった。

 本部にはトゥサイの他にフローレス、トセーニャ、ガナラクイなど主要メンバーはもちろんのこと、疎開でヘリアンカもその場いる。

 この状況の中トゥサイ、トセーニャ、フローレスの三人は司令室の中で会議しているところだ。


 「とりあえず現在の状況を説明してくれ」


 「現在、スタルキュラはすでにバラク・オシュルク大共同体東部のブザグザイ州を制圧した。さらにハングラワーと前線が接触しエポルシア、スタルシアも陥落が危うい状況だ」


 トセーニャは地図を机に広げながら敵に見立てた駒を動かして説明する。

 現在スタルシアの王都では激しい激戦が繰り広げられ、列強が軍を派遣しているがもはや陥落は時間の問題だ。


 トゥサイは苦虫を噛み締めた顔で地図の上に載せられた駒を動かす。


 「だが、各国では魔結晶爆弾を用いたテロが頻発し、その対処に追われ物資の供給がままならない。フローレス。この戦い方はエポルシア由来に見えるが、どう対処する?」


 「分からない。確かに戦争が起きた時工作員がテロを起こす手法はエポルシアが当時カイザンヌ支配下にあった時実験していた。私の憶測ではその対処はケウト極東軍が得意だっただろ? ノウハウがないのか?」


 フローレスがそういうとこの場の空気が重くなる。

 

 「が、今の状況ケウト軍もかなり苦戦しているからしょうがないのか」とフローレスは声を漏らした。


 「とりあえずだ」とトゥサイは声を出すと席から立ち上がった。


 「現在我々ヘリアン・ウルルは列強軍に物資の運搬などインフラ面をハジネスユの資金提供のもと支援している。あと皇帝陛下はヘリアンカ様復活の放送しないのか?」


 「あの、トゥサイ殿。ヘリアンカ様が何かを伝えたいようで」


 「え?」


 トゥサイらが経過報告と今後の作戦をどうするか議論している真っ只中、ヘリアンカが司令室に入って来た。

 空いたドアの外にはヘリアンカの他にガナラクイが釈然とした顔でドアノブを掴んでいた。


 「何かありましたか?」


 トセーニャは流石は元ヘリアンキ自由信徒の少佐とだけあり直ぐに最敬礼をした。だが、ヘリアンカは少し困った顔のまま「別にしなくてもいいですよ」と言うと中に入った。


 ヘリアンカは机の上に置かれた地図と駒を見る。


 「これは?」


 「あぁ〜それは——」


 トゥサイはガナラクイとヘリアンカを司令室に入れた後ドアをしっかりと施錠し、さっきまで話していたことをヘリアンカに伝える。

 そしてヘリアンカは暫く考えた後顔を上げた。


 「要するに物資の補給が滞っているのですよね?」


 「えぇ、それからスタルキュタの軍勢の兵器がどれも質が良く、技術力も不自然なほど高いんですよ」


 「そう……。これはあまり口にするべきでは無いでしょうが、漏洩した人がいますよね。補給線も極秘にしていた道も襲撃され破壊されてしまっているので」


 ヘリアンカがそういうとトゥサイは頭を掻く。


 「——そうですね」


 トゥサイは困った顔をする。

 トゥサイは仲間に銃を向けるのは基本的に好まず、裏切り者に対しては仕事柄で殺してきたがあまりいい気分にはなれなかった。

 しかし、もちろんトゥサイはすでに覚悟ができている。

 次の瞬間遠くから爆発音が聞こえ、司令室にも振動が伝わる。同時にサイレンが鳴り響いた。

 爆発音は断続的に聞こえ、銃撃音も徐々に近づき、激しさも増していく。


 「司令!」


 すると兵士数名が扉を無理やり開けると入って来た。


 「どうした?」

 

 「こ、国籍不明の軍隊が今この要塞を襲撃しています!」


 「なんだと!?」


 トセーニャとフローレス、トゥサイが司令室を出た後、ヘリアンカはガナラクイとともに後ろに続いた。

 トゥサイは一人の兵士を見る。


 「敵はもう乗り込んでいるのか?」


 「いいえ、ただいま敵からの波状攻撃で各砦の兵士たちが必死の応戦しておりま——」


 兵士が何か言おうとした瞬間建物中に爆弾が落ち、衝撃波が鳴り響く。


 「司令、ここは危険です。地下にある脱出路に避難を」


 「——ヤニハラ、ここは仕方がない。逃げましょう」


 トセーニャはそういうと拳銃を取り出した。


 トゥサイとトセーニャが先頭に立ち、数名の兵士がヘリアンカとガナラクイを守るように道を進む。

 トゥサイは窓の外を見ると味方の兵士が必死に戦っているのが見え眉間に皺を作る。


 すると扉が勢いよく開くとそこから十名ほどの味方がやってきた。


 「司令! よくご無事で!」


 「御託は大丈夫だ。今被害はどうなっている?」


 「い、今敵は我々が用意した抜け道を使って内部から攻撃している部隊と、外側から手榴弾と迫撃砲を用いた攻撃を行う部隊の二つがありま——」


 「火炎照射器だ!」


 扉の奥から声が聞こえた瞬間、先ほどまで喋っていた兵士がトゥサイとトセーニャを押す。次の瞬間扉の奥から炎が吹き出し、兵士は下半身があっという間に燃える。そして中から呻き声が響き渡った。


 「司令! 逃げて!」


 一人の兵士は下半身や焼け、痛みで苦しいはずなのにトゥサイに向かってそう叫んだ。


 「——っ! ここはダメだ別の道から逃げるぞ!」


 トゥサイは手榴弾のピンを抜くと扉の中に放り込むと扉を閉めて反対方向から逃げた。

 

 ——ヘリアン・ウルルが攻撃を受け十分、トゥサイたちは死屍累々の要塞内を走って逃げる。

 要塞は激しい砲撃と内部からの破壊工作で崩落し道が塞がり、各場所で火災が発生していた。

 道中ヘリアンカを除くトゥサイらは合流した味方と共に敵と応戦しながら道を切り開いていた。


 ——敵は火炎放射器を持ち、至る所で使っているせいで煙が充満しているせいですでに前が見えない。


 そしてトゥサイらが走っている時、激しい揺れと同時に天井が崩れトゥサイはトセーニャの二人きりとなり後続と分断された。

 トゥサイは咄嗟に瓦礫に近づく。


 「トゥサイ殿!?」


 瓦礫の奥からガナラクイの声が聞こえる。

 トゥサイは少し安堵の息をついた後大きな声を出した。


 「ガナラクイ! 先にヘリアンカ様を連れて逃げろ! フローレス、すまないが頼む!」


 「あぁ、分かった」


 フローレスの声がした瞬間走る音が聞こえる。トゥサイはトセーニャを見る。

 トセーニャは持っていた銃を見て腰に戻すと剣を取り出した。


 「壊れたか?」


 「えぇ。ですが、銃と剣がなくとも魔法でなんとかして見せます」


 「そうか——前から何かが来るぞ」


 トゥサイとトセーニャは身構える。目の前に広がる炎の海から銀色に輝く防火服を着た男が重そい音を立て歩いて出てきた。


 「ほう、お前たちが司令官か。片方はヤニハラ、もう片方はヘリアンキ自由信徒軍少佐、トセーニャ」


 その男はくぐもった低い声でゆっくりと喋る。


 「——この声は」


 「知っているのか?」


 トゥサイは一瞬トセーニャを見た後、視線を戻す。


 「俺はスタルキュラ労働者解放党直轄部隊、外事作戦群指揮官——カタラン・ヴァイズ」


 「ヤニハラ。奴は得意の魔法で成り上がったそれで分かりますね? 武器はこいつと同じです」


 トセーニャは銃を仕舞っている袋を叩く。トゥサイはその仕草を見てヴァイズの武器が魔銃であることを理解し頷く。

 トセーニャはそれを確認すると剣を構えた。


 ヴァイズはくぐもった笑い声を発した。

 

 「行くぞ! 灰になるがいい!」


 ヴァイズは手に持っていた小型の大砲のような形をした魔銃を撃つと火炎放射器のような炎を吹き出した。

 トゥサイは咄嗟に翡翠の針を取り出すと、みるみるうちのその炎を魔結晶に変えて銃をヴァイズ目掛けて放った。


 そして炎の勢いが弱まった瞬間ヴァイズが重そうな服装にも関わらず、兎のように前に突進するとトゥサイに殴りかかった。


 「あぶな!」


 トゥサイは咄嗟にのけるとヴァイズの腕を掴み背負い投げをしようとしたが、逆に投げられる。


 「そうはさせるか!」


 トセーニャは剣をヴァイズ目掛けて振り下ろす。ヴァイズは咄嗟に反応できず片腕を切り落とされた。


 「ぐおぉぉ……」


 「すまん!」


 「いいえ」


 トゥサイは体勢を整えると足元に落ちていた魔結晶をヴァイズ目掛けて投げ、トセーニャと共に後ろに下がった。

 魔結晶は地面に当たると一瞬火花をあげ爆炎を上げた。


 「がぁぁぁ!」


 炎の中から断末魔が聞こえる。


 炎の中でなんとか見えていた人影が膝が崩れ落ちていく——と思っていたが再び立ち上がり、トゥサイらに振り返るとのそのそと歩き出した。


 「なんだこいつは!」


 そして炎から出てきたのは防火服が溶け、皮膚が焼け爛れ片目が無くなっている変わり果てたヴァイズだ。


 「カイザンヌ様のために……!」


 「——トセーニャ!」


 トゥサイが叫んだ瞬間トセーニャの右肩から血が流れ、トセーニャは肩を押さえて地苦しそうな顔で地面に膝をついた。


 「ウオォぉ!」


 ヴァイズは最後の力を出してトゥサイ目掛けて突進する。トゥサイはトセーニャが落とした剣を拾い上げると構えた。


 「くそっ——グァ!」


 トゥサイはヴァイズの腹に剣を刺す腰が出来たが、首筋を噛まれた。


 「はなせっ!」


 トゥサイは持っていたナイフでヴァイズの首を切るとしばらくしてヴァイズは力尽きた。トゥサイは首筋を抑える。


 「肩をやられたか……」


 「ヤニハラ! 副司令官様!?」


 そんな時消化器を手に持った味方の兵士が現れるとトゥサイとトセーニャに近づいた。


 「すまない、ヘリアンカ様たちは無事か?」


 「はい、ご無事です!」


 「そうか、それは何よりだ。だそうだトセーニャ」


 「なら、こんな怪我負った甲斐がありましたね」


 トゥサイとトセーニャは味方の兵士の方を借りて地下にある脱出路に向かった。

 

  危うい足取りでなんとか脱出路に到達するとそこには数百人の兵士たちが避難していた。兵士たちは出入り口で銃を構え敵の襲撃に備えていたが、トゥサイたちを見ると安堵の顔を浮かべた。


 「ヤニハラ!」


 「司令たちご無事で何よりです!」


 トゥサイはここまでの道のりで味方の血と、煙で汚れていた。トゥサイたちは奥に入るとトゥサイは周りを見る。

 目の前では車両に乗り込もうとするヘリアンカとフローレス、それからガナラクイの姿があった。

 トゥサイは少し安心しな顔になると兵たちを見る。


 「脱出路はここしか助からなかったのか?」


 「はい。ここ以外の場所は敵の侵入経路に使われており、唯一極秘にしていたこの場所だけです」


 「あぁ、そうか。よし、ヘリアンカ様と女たちを優先して逃がせ。お前たちはここに敵を入らせるな」


 「ハハッ!」


 それからはただ無言で女から避難を始めた。外からは激しい爆発音と、地下壕にぞろぞろ入る負傷兵と、仲間の遺体の一部を切り取って逃げて来たものなど人が増えていった。

 トゥサイはトセーニャと話し合う。


 「まずヘリアンカ様はフローレス。お前に任せた。ここは俺がなんとかする」


 「ヤニハラ。それは容認できない。今この状況、貴方が死ねばヘリアン・ウルルは瞬く間に崩壊する」


 トゥサイの意見にトセーニャが反発する。


 「とりあえず我々も逃げるしかない。ここは彼らに任せる方が先決だ」


 「——そうか。分かった」


 トゥサイは苦渋の表情を少し浮かべたが、直ぐに済ませた顔にすると兵士たちを見る。


 「すまない。ここはお前たちに任せても大丈夫か?」


 すると兵士たちは一斉に銃を掲げ、苦しい状況ながらも明るい表情を見せた。トゥサイはその表情を見て心残りはあるものの、トゥサイは車両に乗り込む。

 車両の外装は戦車と同じ形状で、異なるのは線路に沿って動く列車と同じだと言う点だ。


 トゥサイは中に三両目に乗り込むと、そこにはヘリアンカとガナラクイが乗っていた。

 トゥサイが乗り込んだ後、列車は動き始める。


 「ヘリアンカ様」


 「トゥサイさん。とりあえず座って休みましょう」


 トゥサイらはヘリアンカの言葉通りに座る。そしてトゥサイはため息をついた。


 「トセーニャ。要塞はほぼ陥落で間違いないな?」


 「はい。志願で残った兵士たちが殿で全滅覚悟で敵に打撃を与えているとはいえ、陥落しかないでしょう。ですが、あの場所を占拠するメリットがないため直ぐに撤退するはずです」


 揺れる列車の中トセーニャは淡々と報告をする。フローレスは表情には出さないものの拳を強く握っていた。

 ヘリアンカは暗い顔で呼吸を落ち着かせる。


 「とりあえずトゥサイさん。今どこに向かっているのですか?」


 トゥサイはヘリアンカの言葉で我に返る。


 「あ、あぁ。ただいまウルクに向かっています。疎開するべきですが、あそこをやられたら他はケイオスかウルクの二つ。その中でも戦場から遠いウルクの方が兵も多く安全です」


 「——そうですか。あの、トゥサイさん。トセーニャさんと皆さん」


 ヘリアンカは周りの面々をぐるりと見た後顔をゆっくり上げる。


 「時期が早すぎますが、もう私の復活を大陸中に広めてください」


 「なっ——!」


 その言葉にいち早く反応したのはトセーニャだった。しかし、そのトセーニャの服の袖をフローレスが掴む。するとトセーニャがいたそうな顔をしたのに気づくと、力を弱めた。


 「私は賛成だ。もし内通者がいればヘリアンカの復活はすでにバレている。隠したところでいずれ殺される。その前に大陸中の各国の結束力を上げた方がいい」


 「いえ、私は賛成できない。良いですか? ヘリアンカ様は歴史では六千年前に亡くなっております。それなのに今更復活など、まるでケウトこそが世界を導く存在で逆らってはいけないと宣言しているのと同じです。そうなってくると各国はヘリアンカ様を正当とみなさず、各国で贋ヘリアンカが乱立する恐れがある」


 「ならどうするのだ? 列強諸国の会議はいつだ? 大陸諸国の会議もいつするのだ?」


 「それは——。だが、いきなりするのはまずい。各国の代表に会わせるほかない。そしてお互い根回しした後に披露するのが目標だっ——」


 トセーニャは言い終えると椅子に座った。そんな時先ほどまで静かにしていたガナラクイが喋り始めた。


 「けど、とりあえず……といってもなんですが。ウマスさんと協力すれば案外各国に情報が回りませんか?」


 「——っ! そうかカラクリ師か!」


 トゥサイはようやく気づいたかのように立ち上がったが、傷が少し開きいたたと声を漏らしながら座る。


 「そうだな。確かに予想よりも早いカイザンヌによる侵攻。情報網も整ってはいるが政府間の根回しは大変だがカラクリ師であれば、立場上すぐ信頼される」


 「そうなのか?」


 フローレスは初めて知った顔でトゥサイを見た。


 「あぁ、トセーニャは情報収集で知っていると思うが、カラクリ師は合法的スパイ機関のように各国は利用している。秘密裏に政府高官と接触したり秘密協定や秘密覚書など外交の場としてカラクリ師の寺院を利用している。なぜならあそこは中立地帯で外に漏れることがないからだ」


 「——なるほど。だからカラクリ師の工作員が多いいのか」


 「あぁ、残念なことにな」


 フローレスの納得の言葉にトゥサイは悲しそうな顔をする。そしてトゥサイは続けて話す。


 「そう、寺院であれば各国はあらかじめ工作員を置いている。特にカラクリ師を統括するクリムタンの各代表は各国の諜報部と繋がりがある。世界の混乱を下げ秘密裏に会談するなら最適なはずだ」


 「——そう、ではそうしますか」


 ヘリアンカはトゥサイの言葉を一言一句聞いた上で満足そうに頷いた。

 ヘリアンカはもう覚悟ができていた。神と崇められている存在だからこそ決断しないとはいけないのだ。

 同時に、かつて自分が人々が魔力に苦しめられていた時、彼らを救うべくヘリアンカの手で生み出したカラクリ師が再び戦争で死んでしまう人々を救うための鍵となったことにどこか喜びを感じていた。


 そんな時ヘリアンカが乗っている後ろの車両が騒がしくなり、トゥサイはどうしたんだと視線を移したのも束の間、十人もの兵士に引っ張られて一人の女のカラクリ師が縄で縛られたまま放り投げられた。


 そのカラクリ師は耳の形状からスタルシア人で、尚且つ赤毛。ヘリアンカの頭の中にはその情報だけでアンリレが投影されていた。


 「おい、その子はケイオスにいた……アンリエ・フレーフか」


 トゥサイが名前を口に出すとフレーフはゆっくりと顔を上げトゥサイを見上げた瞬間隣に立っていた兵士がフリーフの頭を殴る。


 「——裏切り者がっ!」


 兵士がそういうとトゥサイより先にヘリアンカが止めた。

 なぜならすでにフレーフの顔にはアザがたくさんあり、ここに連れて来られる過程で殴られていたことがわかるからだ。


 ヘリアンカは席から立ち上がるとフレーフに近づく。フレーフは怯えた顔でヘリアンカを見ると直ぐに目を逸らした。


 「あなたは誰ですか?」


 「——」


 「えっと……」


 「おい、ヘリアンカ様の言葉を無視するな!」


 「やめなさい」


 「は、はい」


 兵士は手を挙げたがヘリアンカの言葉で直ぐに下げた。


 「彼女はケイオスにあるヘリアンウルルの工場に勤めている子です。基本的に今まで開発した兵器の理論、設計などは彼女が研究した内容に基づいています」


 ヘリアンカの隣にいつの間にかやってきていたトゥサイがフレーフに変わって説明した。

 ヘリアンカはその言葉を聞き少し頷く。


 「なるほど。あと名前のアンリエですが……」


 「——私は、アンリレの末裔と言い伝えがある家です」


 「やっぱりですか」


 「————私は、私の家は、ヘリアンカ様のせいでメチャクチャになった! ヘリアンカ様がすぐにでも蘇ってくれなかったから私たち家族は立場を奪われたの!」


 「——っ。なるほど。ヘリアンカ様、ヤニハラ。彼女の家族はおそらくヘリアンキ自由信徒軍のもとトップの家系です。違いますか?」


 トセーニャはフレーフを見ながらそういうとフリーフはぽつりぽつりと話し始めた。


 「私の家は、先祖が遺した自由信徒を導くためにありました。それはエルフィンがピト族が主体となって率いるカラクリ師と決別してしまったからです。そんなある日、私たちの元にカイザンヌがやって来て——それからいつの間にかカイザンヌが勝手にトップを決めて私の父と母は反乱を起こしたものの鎮圧されて——」


 その先はフレーフは話さなかった。

 フローレスは顔を顰める。


 「その反乱は聞いたことがある。自称自由信徒の軍勢が蜂起したため、国境の警備を厳にせよと一時命令された」


 「そうか。情報が漏れないようにされていたんだな。けどトセーニャ、お前は知らなかったのか?」


 「えぇ、私はその時はケウトで諜報活動していたので本国の状況は伝わっていませんでした。が、一応残った部下からトップが変わった程度の話は聞いています」


 「——殺してください。私を殺してください……」


 フレーフは虚な目で涙を流す。ヘリアンカは言葉に悩み、この場の全員を同じ心境だったに違いない。

 ガナラクイも自身では何もできないことを悟り、目を逸らしていた。そんな中ヘリアンカが必死に言葉を選んでいるとトゥサイがヘリアンカの肩に手を置き、ヘリアンカに一度会釈した後フレーフに向き直った。


 「フレーフ。お前はアンリレの末裔だろう。俺と同じだな。俺の遠いご先祖はヴァーガと呼ばれている人物で、正式な名はヴァレラガだ。元々お互いヘリアンカ様を支えた一族の末裔というのは分かるな?」


 「それがどうした————」


 「今に至るまでの宗教戦争や利権が絡みあった争いの諸悪の根源は我々の祖先にある。アンリレがエルフィン中心の自由信徒が生まれるきっかけを作り、俺の祖先がクリムタンの原型を作りアンリレとの紛争を引き起こした。それが火種でハザルが抑えれないほど大きなものとなり最終的にはハザルは殺され、六千年の争いの道を人々は選んだ」


 トゥサイはフレーフの両肩に手を乗せると揺さぶった。フレーフは怯えながらトゥサイを見る。


 「だからこそ。今俺たちがカイザンヌを最後に争いを止めるんだ。再びヘリアンカ様の隣に立って、平和のために尽力するんだ」


 「——」


 フレーフは何も言わない。


 「お前は味方を何人も殺した。それは死んでも許されない。だが、平和のために死んでいった彼らへの弔いはお前が死ぬことではない。彼らの意思を引き継ぐことだ」


 「——っ!」


 フレーフの目から涙が溢れ出る。それを見届けたヘリアンカはトゥサイをフレーフから優しく離した後、まるで母のように抱きしめた。


 「本当に、貴女は何年経っても変わらないんですね」


 たったその一言だけを口にした。

 それはまるでアンリレに伝えたような言葉だった。


 ——同時刻、ケウトの東の辺境の森の奥地にある極秘の収容所。

 収容所の中は旧反帝国連盟と諸外国のスパイなどが収容されていた。

 一日千人。それはこの収容所で処刑されている人数だ。

 そんな収容所は普段であれば喚き散らす声が聞こえているはずだが不気味なほどに静かだった。


 静寂な空間となった収容所の出入り口に身体中が血で汚れ、両手に剣を持った中性的な人影が見えその後ろからはボサボサとなった髭を生やした老人が歩いていた。


 老人を眉間に皺を寄せ鬼が怒ったような顔をする。


 「己カイザンヌっ……! このエザックを捨てた恨み晴らさずは居られない!」


 「エザック様。このラジェンも着いていきます」


 「うむ。頼りにしておる」


 エザックとラジェンと深淵の森の中に姿を消した。

 


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