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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
6章 再びここへ帰る

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70話 崩れた後ろ橋

  ヘリアンカはカイザンヌと戦うことを決意した。だが、カイザンヌを倒すためには長い準備が必要だった。

 その準備までには二年という長い時間が掛かり、その間にケイオスのヘリアン・ウルル拠点では重戦車と重爆撃機など次の戦争に向けての兵器が続々と開発された。


 ヘリアンカは中庭でトゥサイから連日に渡り休む間もなく開発に成功した兵器の書類を渡された。ヘリアンカは自身が生きている時代であれば勝手にすればいいという判断で一切戦争に関わらなかったが、今の人々の技術力はヘリアンカが生きていた時代よりもはるかに高度なものとなっている。


 ——彼らはもう私がいなくても発展と平和を自ら作り出せる。だけど、そのリミッターをいつまで持てるかが私には分からない。一度人を大勢殺す手段を見つけ、使用してしまったら後には引けなくなる。


 ヘリアンカはトゥサイから渡された書類の内、高純度魔結晶を臨界反応で爆発させる兵器を見てそう考えた。


 だが、この二年間は別に暗い話題だけでは無く、少しは明るい話題があった。それはヘリアン・ウルルの指揮官であるトセーニャ主導で始まったヘリアンカが本物であると大陸中に広報する準備として世界的に権威のある考古学者や歴史学者を集めて行われた大会議にて、彼女は偶然にもスタルとジャルカラと再会したのだ。


 ヘリアンカと二人は少し困惑したが、しばらく会話をして行くにつれ打ち解けて今に至る。

 その会議自体は二年間続けて行われ、学者達の約七割がヘリアンカが本当に復活したと承認した。


 ヘリアンカは客室でスタルとジャルカラの三人でお茶会を開いていた。

 ヘリアンカはお茶を一口飲むとスタルを見た。


 「けどスタルさんとジャルカラさんが大学を卒業した後、エフタル殿下が創立したヘリアンカ研究所の研究員として働いているとは驚きでした」


 「それは私もですヘリアンカ様。私は事前にエフタル殿下に誘われて、私以外にもカンナさんやオズバルグさんにも来ていたんです」


 「ジャルカラさんには来ていなかったのですか?」


 するとジャルカラはお茶を吹き出し、それを見たスタルは軽く笑った。


 「いいえ。もちろん来ていたんですが、エフタル殿下と同じ場所で働くのはおこがましいと蹴ろうとしたんですよ」


 「いやしゃあないやろが! あの俺の所業見とったのに誘うなんて夢やと思って蹴るやろ」


 「でもヘリアンカ様。ジャルカラはこういうんですけどなぜか、私に、わざわざですよ? 『お前は来るか?』と言って来たのです」


 「まぁ、お似合いですね」


 ヘリアンカは口を手で隠して微笑む。それを見たジャルカラは反論したそうだったが、それを押さえてコップに入れられたお茶を一気に飲む干した。


 「取り敢えずや。ヘリアンカ様が本物だって証明するようエフタル殿下に言われたんがワイらです。意地でもヘリアンカ様が本物だって証明して見せますよ」


 「——」


 ヘリアンカは神妙深い顔をする。それは二人は何故自身と親しくしてくれるのが分からなかった。ヘリアンカはもうフルでも無いにも関わらず優しく接してくれることにどこか不安を抱いていた。


 「——あ、そういえばヘリアンカ様。前々から思っていた事を言ってもいいですか?」


 「はい、なんですか?」


 「やっぱりフルさんについて調べていたんですけど、やはりフルさんは記憶喪失だったヘリアンカ様でないと説明つかないのです」


 「いえ、それは無いでしょう。少なくとも私はフルさんを頭の中で彼女が幼い頃から見守って来ましたし、それに彼女との別れの際のあの悲痛な顔を見るとそんな暖かい終わりにしていいはずがありません」


 ヘリアンカはコップを優しくテーブルに置いた。


 「けどやっぱりおかしいですわ」


 ジャルカラは悩ましい顔で頭を欠く。


 「あのアンリレの秘宝に映ったフルの行動の数々を伝承上でのヘリアンカ様の動きを照らし合わせると、どうにも一致するんです」


 「それは……どこです?」


 ヘリアンカは真剣な目つきでジャルカラを見る。


 「こんな場で言うのもアレですがはっきり言わせてもらいます。フルが獣対策に棒にうんこをぶっ刺して森を探検する。それと同じなのは昔散歩が好きだったヘリアンカ様が何食わぬ顔で棒にうんこをぶっ刺して森の中を歩く。普通に昔から森の中に入るときは鈴を持って行ったり、太鼓を叩くか複数人で大きな会話をしながら行くのに、どうしてこんな原始的な事をするのか——」


 するとジャルカラの頭がブレた。ヘリアンカは視線を移すとどうやらスタルがジャルカラの頭を顔を真っ赤にして叩いたみたいだった。


 「ジャルカラ。ヘリアンカ様の前でそんな下品な言葉なんて使わない。それにヘリアンカ様がそんな事をするはずないでしょう? ね、ヘリアンカ様……ヘリアンカ様?」


 ヘリアンカは本気で頭を抱えた。

 決してヘリアンカは乗り気で棒にアレを刺したわけではない。ただこっそり散歩をする際に音を出すと気づかれ、確保された後に説教をされるのが嫌で棒に刺して仕方なく匂いで対策していただけである。


 「いや、まぁ……幼い子ならつい刺すでしょう?」


 「刺すのはわかるんですが、それは遊びであっても森を探検するために臭いで対策なんて経験していないと無理やと思いますよ?」


 ジャルカラは頭を摩りながら顔を上げた。


 「とにかくヘリアンカ様。正直前も言ったと思いますけど言われんとお淑やかになったフルの域から出てませんからね?」


 「——そんなにですか?」


 「はい。初対面でのフルさんと瓜二つですし、これは見た目の問題じゃなくて仕草や言葉遣いまでまるっきり一緒なんて——。言い換えると素人に2種類の蝋燭を出してどれがどの会社の蝋燭かを答えるよりも難しいですよ」


 「——なるほど。なら何故私とフルさんが分けられたかが謎なのですよね。ヴァレラガの資料には髪色を黄緑色にして将来蘇らせるため、すぐに分かるような色にするとは書いてました。本当にそれだけだったんですよね」



 「それは多分ですが、ヴァレラガがヘリアンカ様の意思を一応わかっていたのではないのですか?」


 スタルは笑みを浮かべながら話し始めた。


 「これは推測ですが、ヘリアンカ様の自我を眠らせずに何かしらの技術で封印したとします。そして封印されている間今の体は自我がない、言わば記憶もない状態となってしまうためヘリアンカ様の持つ性格を分けて特定の人格を生み出したのかもしれません」


 「そのようなこと……確かに私の伝えた内容では霊力が魂そのもので入れ替えは可能だとは確かに伝えましたけど。理論上では無理なはずです。魂を構成するものはその人の記憶、人格でその中でも唯一分けれるのが記憶、人格は絶対無理なはずです。何故なら分けれたらその人では無くなりますし、複製できたとしても私、ヘリアンカという自我の保存は難しいでしょう」


 「えぇ、けどもしその技術を独自に生み出していたら話が変わります。トゥサイさんに聞いたところ、イガシリでのカラクリ師の研究に興味深いものがありました。それは自我の保存です」


 「自我の保存?」


 「はい。その研究では自我を封印し、肉体への行動する権限を奪った後に複製、その後記憶と人格を切り取った自我を新たに肉体に入れ、肉体への行動する権限を与えるとさぞかし神の言葉を聞く人の子を作り出せるというもの——ヘリアンカ様!?」


 ヘリアンカは口を抑え息を荒くして立ち上がった。そして顔を真っ青にしてスタルを見る。


 「それ、本当ですか?」


 「は、はい」


 スタルは唾を飲む。


 「確かに、それは不可能ではありません……。まさかですが……この記憶の追加とフルさんの行動経験が私に引き継がれたのは……」


 「はい。例のアンリレの秘宝を用いたものです。同一の自我はお互い一つになりたがろうとする性質があります。なのでアンリレの秘宝で封印を解いた結果です」


 「——そうなってくるとガナラクイさんとあの子も私だということに」


 ヘリアンカの頭の中にフルがスタルシアの故郷であった一人の少女イズミを思い浮かべる。

 スタルの研究成果によっては彼女も事実上ただ記憶のないヘリアンカとなってしまう。


 「それはないでしょう」


 しかし、スタルはすぐに否定した。


 「完全に保存されていたのはフルさんの体だけ。なのでそれ以外の方は別にヘリアンカ様ではありません。それに、この研究で分かったのは……フルさんはヘリアンカ様に近づきたかったかなと」


 「——」


 「もっと昔みたいに自由に生きたい。好きな事をした。ヘリアンカ様の侍女が遺した日記には常そう愚痴をしていたとありました。なのでフルさんは無意識的にヘリアンカ様になりたかったのではないですか?」


 「そんな綺麗事で済まされますかね」


 ヘリアンカは時計を見る。すると扉がゆっくり開き中にトゥサイとガナラクイが入ってきた。そしてトゥサイは敬礼すると話し始める。


 「ヘリアンカ様。急用です」


 「急用ですか?」


 ヘリアンカは前に座る二人を見る。


 「すみません。用事が入ってみたいです」


 「あぁ、いえいえ。こちらこそ長話してすみませんでした」


 スタルとジャルカラは頭を下げる。


 「ガナラクイ。この子達を出口まで案内してやってくれ。俺は先に車に向かう」


 「分かりました」


 ガナラクイは返事をするとスタルとジャルカラに近づいた。


 「ヘリアンカ様。またお会いしましょう」


 「今度はええお菓子貰ってきますわ。では」


 スタルとジャルカラはそう言うと客室から出て行った。二人が出て行ったのを見届けたトゥサイは、早歩きでヘリアンカに近づいた。ヘリアンカはトゥサイを見る。


 「それで、急用とは?」


 「ケイオスの研究班がヘリアンカ様に是非とも成果を披露したいと。ウルクから三時間ほど北へ行ったところにある演習場で待ってます」


 「分かりました。すぐに支度します」


 ヘリアンカはその後部屋に戻り着替えたり化粧など支度をした後ドアの前で待っていたトゥサイと合流し、屋敷から出て車に乗った。

 そしてトゥサイが乗り、ガナラクイが駆け足でやってきて車に乗った瞬間発進した。

 その後車の中でヘリアンカはトゥサイから何を披露されるか報告を受ける。


 「取り敢えず最新の戦車三両と、航空機やら火炎放射とそんなものですね。あとは少しヘリアンカ様と話したいという人が二名」


 「二名ですか?」


 「はい。一応連絡を受けたのは私ですけど。この方ヘリアンカ様はご存知ですか」


 助手席に座っていたガナラクイはヘリアンカに二枚の写真を渡す。まず1枚目の写真は豪快な見た目のエポルシア人、もう一人は内気でメガネを掛けたピト族。それを見たヘリアンカは咄嗟に二人の名前が出た。


 「エリオ……いえ、エリオットとラスターさんですか?」


 「トゥサイ殿。知っているみたいです」


 ガナラクイはドヤ顔でトゥサイを見る。トゥサイは「いや、同じ大学でフルが関わった人間と言っただろ」と文句を垂れつつもガナラクイの頭を撫でた。

 ガナラクイはどこか嬉しそうで、ヘリアンカは実は付き合っているのではと思ったがそれ以上は口にしなかった。


 「ところでその二人がどうして?」


 「あぁ、言ってませんでしたね。エリオットさんは今ケイオスのヘリアン・ウルルに働いておりまして、ラスターさんは今石油会社を経営してまして、『ハジネスユ』と言う会社の会長ですね」


 「ハジネスユ。意味は宝の水ですか。確かに今の時代石油を放り当てるだけでも大金持ちになりますからね」


 「はい」


 ガナラクイはトゥサイに撫でられたからなのか嬉しそうに名簿を見ながらヘリアンカに解説する。


 「それにしてもエリオットが何故兵器開発に……」


 ヘリアンカは疑問を持ちながらも、数時間車の中でひたすら考え続けた。

 それから数時間後山の奥にある演習場に到着した。

 そこは木造の建物があり、戦車が縦に並べられている。


 ヘリアンカたちは正門に向かって歩くと警備兵はトゥサイに敬礼した。


 「これはヤニハラ。お待ちしておりました」


 「あぁ。で、彼らはどこに?」


 「建物の中に入ってすぐ正面にある応接間で待っております」


 「分かった。ありがとな」


 トゥサイはジェスチャーで付いてこいと言う。ガナラクイはそんなトゥサイを見て少し頬を赤くして、ヘリアンカはつい弄りたい気持ちに駆られる。


 「あの、ガナラクイさんはトゥサイさんのこと好きなのですか?」


 「——や、やっぱり分かりますか?」


 「あ、認める感じなんですね」


 ヘリアンカは思っていた回答でなくてシュンと気分が少し暗くなったが気にせず話すを続けた。


 「なら早く告白してみては?」


 「——いや、しましたけど。まだ子供だからと保留にされました」


 ガナラクイは少し恥ずかしそうに話している中、ヘリアンカは年頃の少女のように興味津々に小声で質問攻めした。

 それは建物の中に入ってからも続けた。


 「アプローチは?」


 「体術の稽古をした際や、任務中に体を近づけたりしたんですけど胸や尻が当たっても反応がなくて——あ、着くみたいですので静かにしましょう。この話は内緒にしてくださいね?」


 「えぇ、分かってますよ」


 「いや、声結構聞こえてましたよ?」


 「——っ!」


 トゥサイは何処か恥ずかしそうに頬をかきながら振り返るとガナラクイは両手で胸を押さえると深呼吸した。


 「と、取り敢えず入りましょう。待ってますので」


 「あぁ、そうだな」


 トゥサイが応接間にドアをノックする。その後中から「はいどうぞ」と声が聞こえ三人は中に入った。

 中に入るとそこではエリオット、カラクル、さらにラスターの二人。それからケイオスからきた研究員五名がヘリアンカたちを迎えた。


 そんな中ラスターはトゥサイとガナラクイと話していたが真っ先に来たのはエリオットだった。


 「フル! 久しぶりだね!」


 「えぇ、久しぶりね」


 ヘリアンカはエリオットはまだ自信をヘリアンカだと思っているとして心が痛むがフルの真似をした。

 それから今まで何をしていたのかをヘリアンカは捏造しながら話す。

 捏造した部分は今ヘリアン・ウルルに何故いるのかだった。


 「でもどうしてフルはヘリアン・ウルルにいるの?」


 「——どうしても営業に欲しいからだって。それに故郷に帰ろうにしても拾ってくれるところなんてないわよ」

 

 「ふーん。だけど二年間うまく行っているなんて凄いよ! だって今までのフルだと気に入らなかったらすぐに手を出しちゃいそうだし」


 「——いや、私をどんな目で見てたの?」


 ヘリアンカは困った顔をエリオットに向ける。


 「ううん。今はなんかお淑やかになったねって事だよ」


 「当たり前でしょう。私だって成長するんだから」


 「う、う〜ん? ねぇ、エリオくん。ヘリアンカ様来れなかったのかな?」


 ヘリアンカが必死に嘘を考えている時にエリオットとヘリアンカの会話の中にカラクルが現れた。カラクルはフルに気づいていないのかドアを眉間に皺を寄せて見る。


 「そういえばヘリアンカ様と会えるって聞いてカラクルさんすごく嬉しそうだったよね。あ、フルは知っているよね?」


 「え、あーフルちゃん! 久しぶりだね!」


 カラクルは咄嗟にフルを抱きしめる。



 「いやーフルちゃんお淑やかになりすぎて気づかなかったよ〜」


 「そ、そう」


 カラクルはしばらくフルを抱きしめて堪能したあと離れ、エリオットの腕を抱きしめ顔を赤く染めた。


 「えへへ、実は私たち——」


 「エリオ、そいつ男」


 「あ、知ってるよ」


 エリオットは何を当たり前のことをと言いたげな顔でそういうとカラクルは面白くなさそうに離れた。


 「もう、ただ同じ場所で働いてるって言うだけなのに——フルちゃんのスケベ」


 「どうしてそうなるんですか……」


 「お、フルちゃん久しぶりだぜ!」


 ラスターは嬉しそうな足取りでヘリアンカに近づく。するとラスターへヘリアンカをジロジロと見る。


 「お淑やかになったか!?」


 ヘリアンカは少し呆れたようにため息をつく。そんな時トゥサイはヘリアンカに近づいた。


 「あ、ヘリアンカ様今から観客席に案内されるので——」


 「「ヘリアンカ様?」」


 エリオットとカラクル、それからずっとヘリアンカともっと話したそうにしていたラスターまでもがヘリアンカを見た。ヘリアンカはトゥサイを睨むがトゥサイは「いや、言っとけよ」と言いたげな申し訳なさそうな顔を向けるだけだった。


 それからヘリアンカ達は件客席に座り、戦車、戦闘機など様々な兵器の実際に動くところを拝見した。

 今回の演習自体、兵器の紹介というだけで派手さも迫力も無いが一つ一つの音が重く、航空機や戦車の動きが速いなど攻撃もかなり激しいものだと言うのが伝わった。


 それから開発リーダーが話している時エリオットはヘリアンカの耳に口を近づけた。


 「えっと、君はヘリアンカ様でフルでは無いってこと?」


 「話すと長いのですが、フルさんであってフルさんでは無いのです。まとめるとフルさんと私はどうやら元は一つで、フルさんは別れ改変された別の私だったみたいです」

 

 それからしばらくヘリアンカは今の自身の状態を説明した。もうフルには会えないこと。さらにフルと自分に関連性についてのスタルの研究結果についてなどを伝えた。


 二人はやはり困惑の顔をしていたが、カラクルだけは別に気にしていなさそうだった。


 「なるほど。世の中不思議なことがあるものだね〜」


 カラクルは足を揺らしながら楽しそうにそういうとヘリアンカに抱きつく。


 「ヘリアンカ様は今の自分は嫌い?」


 「——そうですね、どちらかといえば大嫌いです。一人の少女を殺して得た体なので。もちろんフルさんは完全に許してくれませんでした。最後まで」


 「僕はそう思えないよ。フルだけじゃなくて誰も体を奪われたら怒る。ただ、自身が元の姿に戻ると覚悟があった場合は違ったと思う。フルの場合は覚悟が決まれば引き受けてはくれそうです」


 エリオットは遠い空を寂しそうな顔で見る。


 「あの時のフルは孤独で一人ぼっちになるのを怖がっていたのでは無いでしょうか? フル、カンナ先輩と喧嘩した時とっても落ち込んでしまってましたし。優しく抱きしめてあげれば結末は変わっていたと思います」


 「——エリオットさん。怒ってますよね?」


 ヘリアンカの言葉にエリオットは少し反応する。


 「していないと言えば嘘になります。けど、別にヘリアンカ様の意思じゃない」


 ヘリアンカはエリオットが涙を我慢していることに気づく。


 「エリオ君ずっとフルちゃんに会えるのを楽しみにしていたの。だけどヘリアンカ様がフルを死んだ人と言う表現にしているから怒っているんだよ」


 「だって、私は……」


 「私見ていて気づいたよ。私は人の心を誰よりも読める自信がある。それを持って言うけどヘリアンカ様、エリオ君を見た時すっごくフルちゃんだったよ」


 「——っ」


 「ヘリアンカ様はフルちゃんと一心同体。だからもし話し合える機会があれば、ね?」


 「そうだよヘリアンカ様。フルを死んだ人にしないでください。だってヘリアンカ様じゃないですか」


 「あ——」


 エリオットは顔を上げる。その顔はとても寂しいものではなく、再会を喜んでいるともの顔そのものだった。

 ヘリアンカはそんなエリオットの顔を見て思わず泣きそうになる。


 ——そうか、私が気持ち悪いと思っていたのはフルさんの思い、私がずっと願っていた感情を否定してしまっていたからなんだ。

 私は自由に生きて過ごしたい。そんな欲求をフルさんがしているのを見て私は自分の願いを忘れてしまっていたのだ。


 「そう言えばおかしいですよね。フルさんと話が合うし行動原理もかなり似ているなんて。それで違和感を感じなかったこと、私がフルさんの肉体を制御してからも違和感というのが存在しなかったことに、かなり嫌悪感が——」


 ヘリアンカは目からポロポロと涙を流す。エリオットはオドオドとしていたが、カラクルはまるでかつての自分を見えるようにヘリアンカの背中を優しく撫でた。


 「私も今は女の子だけど前は男の子だったみたい。物心がつく前に性転換でこの体にされたみたいだけど後から男の子だったなんて受け付けられなかった。最初はね。だけど今はもう大丈夫だよ。だって今の自分が自分なんだもん」


 『そうですよヘリアンカ様! 私と貴女が同じ人物だったのなら謝らないで堂々としてください!』


 「——っ」


 ヘリアンカの頭の中にもうここにいないはずの少女、フルの声が響いてきた。


 『むしろ私自信が女神様だったなんて女の子はみんな憧れるじゃないですか! 確かに私の自我ではなくなりますけど、そもそも貴女だったのなら嫌じゃないです』


 『けど、その代わり私が楽しみたかった分めっちゃ楽しんでくださいね! あとまた私に謝ったり死んだ人扱いしたら本気で怒りますからね!』


 声はそう言い終えると何も言わなくなった。

 この声はヘリアンカがご都合主義で勝手に作り出した声かもしれないが、ヘリアンカ自信はこれをフルの声と思うことにした。

 いや、そうしないとヘリアンカが納得できなかったからかもしれないが。


 ヘリアンカはカラクルを話すと袖で涙を拭いた。


 「ふぅ。分かりました!」


 ヘリアンカはそう口にした後深呼吸した。


 「ようやくケジメがつきました。よくよく考えればフルさんと私がしたかったことは同じ。だからそれをしつつフルさんと楽しもうと思います」



 「おいおいヘリアンカ様を泣かしたのはどいつだ?」


 後ろを見るとそこにはトゥサイが立っていた。エリオットとカラクルはヘリアンカの目に涙の跡があることに気づく。


 「いえトゥサイさん。ちょっとケジメがつかず、彼らに相談していただけですよ」


 「まぁ、それなら良いんですが——なんだ無線か?」


 ヘリアンカは不安そうにトゥサイを見る。

 トゥサイの顔はみるみる真顔になる。そして無線を切ると部下に指示を出しヘリアンカの腕を掴んだ。


 「あ、あの何が?」


 「スタルキュラが大陸諸国に宣戦布告。先ほど近隣諸国へ侵攻を始めたみたいです」


 「——えっ?」


 ヘリアンカはあっけない声を出した。


 同時刻スタルキュラの議事堂の演説場にカイザンヌは笑顔を浮かべながら立っていた。


 「諸君! 我々はこれより大陸革命を起こす! 現地にいる同志達の助けを借りてすでに西方の四カ国を手中に治めた。我々は労働者の労働者により労働者のための政治を行い! そして決して屈するな! 決して、決して! 決して資本の豚どもに! もし国が破れても私は必ず帰ってくる! 恐れるべきは唯一のものは恐れそのもの。さぁ進め同志たち!」


 カイザンヌは大きな声で万歳と叫ぶと周りの部下達も一斉に声を出しカイザンヌに向けて万歳と大きな声を出した。


 カイザンヌは帽子を深く被るとニヤリと笑みを浮かべた。


 「最初は各国に例の爆弾をプレゼントだ」


 そう述べるとコツコツと靴音を鳴らしながらこの場を後にした。



 ——エポルシア共和国-スタルキュラ公国国境。

 今この場所で激しい銃撃戦が繰り広げられていた。そこではエポルシア兵が迫り来るスタルキュラの機甲師団と激しい戦闘を繰り広げていた。

 その中で戦う一人の兵士メトはランチャーを担いで地平線の先にいる塹壕から戦車に向けて攻撃をしていた。


 「くそ! 敵が減らない!」


 メトはすぐに弾を装填する。すると近くでスタルキュラからの砲弾が着弾した轟音が鳴り響きメトの前を名も知らない戦友の千切れた片腕が通り過ぎる。

 激しい砲撃、漂う血生臭い匂い。メトは今すぐにでも逃げ出したかった。すると目との隣で機関銃を撃っていた男が目との肩を叩く。


 「一旦下がるぞ! 敵に囲まれる!」


 「分かった!」


 メトは男と一緒に一旦後ろに下りバリケードの中に入った。

 そしてメトはスコープから戦車を見ると攻撃をした。


 「くそっ! 弾詰まりだ!」


 男は機関銃を叩くとメトから双眼鏡を奪った。


 「俺は場所を言う! 良いな!」


 「分かった!」


 メトはランチャーに砲弾を装填すると構える。


 するとあたりに轟音が鳴り響く。そして一瞬全身が暑く痛みを感じた瞬間——メトの目の前は真っ暗になった。


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