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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
5章 女神の再臨

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66話 歯車よ回れ

 夜、ヘリアンカはマトミと顔を合わせながら椅子に座り、まるで葬送の儀から帰ったあとかと言わないばかりに空気が重かった。

 そんな二人を仲裁しようとトゥサイと付き添いでいたガナラクイはどこか困った顔をした。


 イガシリでの事件、その結果ヘリアンカはフルの体で復活を遂げたがフル自身の意識は吸収され、実質的にヘリアンカが乗っ取った形になった。

 それからヘリアンカはジャルカラとスタルとともにウルクに帰った後休憩なしで三日ほど電車に乗ってリアートに来たせいか疲労が溜まっていた。

 トゥサイは平然とした佇まいだが、どこか疲れが見えるヘリアンカを気遣い今晩はマトミの家で泊まることとなった。


 トゥサイは次の仕事があると言ってすぐにこの場を後にした。そのため今この場にはヘリアンカとマトミの二人しかいない。

 ヘリアンカとマトミは無言の空気の中、マトミが用意した食事を口につける。

 

 ——あれ? この味……。


 ヘリアンカは自身が今口にしたスープを凝視する。そのスープはイガシリでサトが作ったものと同じだが、味付けにどこか覚えがあった。

 ヘリアンカ自身フルとは感覚は繋がっていなかったため、フルが食べていたものは覚えていないが自身が経験した味であれば覚えていた。


 「マトミさん……」


 「あ、すみません。突然のことで頭がいっぱいで。幼い時母がよく作ってくれたスープを作ったんです。少し不安になるとこれを飲まないと落ち着かないので」


 「そう、お母様が……」


 「スープは塩で湯掻いた白菜と、羊の肉。そして香辛料を少々。よく母が作ってくれたんです。お口に合いませんか?」


 「いえ、とっても合います。こちらはイガシリの郷土料理なんですか? マトミさんの妹様も作ってました」


 「あぁ、サトですか。サトには私が良く作ってあげていたので覚えたんでしょうね」


 ヘリアンカは先程とは打って変わってフルの記憶の中にある穏やかに笑うマトミに戻って安心して微笑んだ。

ヘリアンカは羊肉をかじり、味を堪能し飲み込んだ。


 「ヘリアンカ様って本当にフルさんに似てますね。トゥサイの話していたことも嘘じゃないようですね」


 「え、そうですか?」


 ヘリアンカは首を傾げた。


 「食べている時、フルさんみたいに目を輝かせながらだったので。あの子、好きな献立の日はとっても嬉しそうな顔をするんです」


 「あぁ、そう言うことですか」


 「見た目がフルさんだからかもしれませんが、仕草も話し方も瓜二つだったので。もし気を遣っていたら気にしなくても良いですよ」


 「——えっとすみません。これ普通に昔からの悪い癖です」


 「——は?」


 マトミは拍子抜けた顔をする。対してヘリアンカは顔を赤くして恥ずかしそうにする。


 「昔に何度かいろいろな人に直すよう言われてきたんですが、やっぱり治らないもので……」


 「……昔からなんですか」


 マトミはヘリアンカを見る。

 今この場で一番苦しんでいるのは自分だけではない。おそらくヘリアンカもだ。マトミは胸の奥底でそう考えた。

 むしろ自信が望んでもいない復活で一人の少女を死なせてしまったのならどうするか? マトミの場合であればおよそ謝りに行くのを拒み、一人だけで泣いていただろう。だけどヘリアンカは心から謝りにわざわざ来たのだ。直接とは言わずとも、手紙で嘘を貫き直接会う時になればうまいこと演技をすればいい。

 だが、ヘリアンカはそれもしなかった。


 ——ヘリアンカ様は神話に書かれている通り、本当に優しい人なんだ。


 マトミは心の中で気づく。マトミは一応ヘリアンカが来た時、トゥサイからの説得を受けた際にフルなのになぜヘリアンカなのかを教えられた。

 今から数時間ほど前、取り乱すマトミの元にトゥサイが再びヘリアンカを連れてやって来た。


 「まぁ、姉貴落ち着けって」


 「落ち着けるわけないでしょ!」


 マトミは大声を出す。トゥサイは参ったなと言いたげな顔でマトミに近づく。


 「とりあえずだ、フルちゃんの体の中に昔からヘリアンカ様の魂があったんだ。物凄く分かりやすく言うと人工的に記憶喪失にさせられ、自我が二つに分離されていた状態だ」


 「——え?」


 トゥサイの予想に反してヘリアンカが一番驚いた反応を見せた。トゥサイはそれに気づかず話を続ける。


 「と、とりあえずだ。記憶喪失になったら人格が変わるだろ? フルちゃんは記憶喪失状態になったヘリアンカ様と言う解釈にしてくれ。ほら、まずフルの記憶を継承してる時点でおかしくないですかヘリアンカ様? 見ていただけなのにその時の感情が、生々しく覚えているでしょう?」


 「——確かに、どうして?」


 「恐らく俺と姉貴の先祖、ヴァレラガは無理やりを想定していなかったんだ。記憶を呼び覚ます際上書きせず、融合といった形で呼び覚ます前の記憶と融合させたりフルちゃんの中でヘリアンカ様自身目覚めることすら不自然だろ?」


 「そう言うことですか……」


 ヘリアンカはようやく理解する。


 「フルさんは死んだわけじゃなくて、私自身がフルさんでもある……。けど、それは信じても良いんですか?」


 「——トゥサイ。もし嘘だったら今よ?」


 「——本当だ。俺も伊達にカラクリ師をしているはずがないからな。じゃ、そろそろ時間だからおさらばするわ」


 トゥサイはそう口にすると二人に一言話す隙を与えずさっさと家から出た。マトミは二人きりで気まずい中ヘリアンカから腹の虫が鳴く音が聞こえた。

 視線を少し下にするとヘリアンカが顔を赤く恥ずかしそうに腹を押さえていた。


 「晩御飯にしますか?」


 そしてそれから数時間後の現在に戻る。

 マトミは満足そうな顔をするヘリアンカを見て、優しく微笑んだ。


 街灯が照らす夜道、ケイオスの車道を真っ黒な車が進んでいた。

 車内には髪が短く切り揃えられた男トゥサイが運転し、隣の助手席には天空人の元軍人の少女ガナラクイの二人が乗っていた。


 「トゥサイ殿。あそこまで口にして良かったのですか? またトセーニャ殿に怒られますよ」


 「安心しな。姉貴はかなり口が硬い。それにヘリアンカ様の住処になる場所を減らすのはまずいだろ?」


 『ヤニハラ。聞こえているか』


 すると車内に取り付けられた無線から若いエポルシア人の男、トセーニャの声が聞こえる。トゥサイはやべっと言いたげな顔をする。


 『ヘリアンカ様が見つかったのか。その愉快な口調からでも分かる。で、現在地はお前の姉の家なんだな』


 「——あぁ、そうだ。一応だが外見はフルちゃんだ。お前も知っているだろ。黄緑色の髪の背の低い女の子だ。お前がウルル山で拉致した子だ」


 『あぁ、あの子ですか。ではカラクリ師の長ウマスさんが話していた内容は真実ですか』


 「——お前らヘリアンキ自由信徒穏健派が解釈してい、た黄緑色の髪の使徒と言う解釈はあながち正解だったな。で、一応フルちゃん——ヘリアンカ様の情報を話す。護衛は早急に頼む。もちろんバレない範囲でな」


 トゥサイはトセーニャにフルの情報を話す。無線の柵ではペンを走らせる音が聞こえてくる。

 トゥサイが話し終えるとトセーニャはペンを置いた。


 「以上だ。他に何かあるか?」


 『そうですね。あるとすれば以前も言いましたが情報を簡単に漏洩——』


 トゥサイは無言で無線を切る。

 隣に座るガナラクイは少し驚いた顔をした。


 「あ、あのよかったんですか?」


 「大丈夫だ。あいつも漏洩していないと信じているはずだ。ただ、油断するなと言いたいだけだろ」


 「なら良いのですが……あ、そろそろ目的地の工場に着きそうです」


 「ん? あぁ、わかった」


 トゥサイはケイオスの辺鄙な場所に聳え立つ古ぼけた工場の前に車を止めた。

 トゥサイが工場に到着したのと同時刻、フルの友人で、眼鏡をかけた魔道具好きの青年——エリオットが工場の中に入った。

 中に入るとエリオットは機械音の中迷路上になっている道を進んでいき自身の持ち場である第一研究室に入った。研究室の中には十数人ほどの若者たちがおり、エリオットはゆっくり中に入った。


 「し、失礼します」


 すると早速目の前にやって来たのは同じくフルと同じ大学で物理学科にいた女の子と見た目が瓜二つのカラクルだった。

 カラクルはエリオットを見ると嬉しそうに手を振った。


 「あ、エリオットくんこんばんわ〜。今日も早いね!」


 「う、うん。昼に寝る生活を送っているせいで起きたら目が冴えて暇だからなんで」


 「やっぱりそうだよね〜。あ、研究長そろそろ来るね!」


 カラクルがそう口にした瞬間ドアが開かれ、貫禄を感じさせる大柄な男が中に入って来た。男は膨大な紙を部屋の中央に奥と一度咳をする。


 「よし、皆の者集まったな。我らヘリアン・ウルル=ケイオス第一工房研究班はカラクリ師が用いるヒスイの針を使い、魔結晶を量産し魔道具の量産を可能にしなければならない。良いな!」


 「「「はい!」」」


 研究長の声に康応するかのようにエリオットとカラクル含めた研究員たちが大きな声で返事をし、一斉に紙を手に取り分担作業に移った。


 エリオットは紙を見る。そこには魔結晶の10種類ある圧縮法が書かれていた。


 「魔結晶の圧縮か。これ最新の方が一番圧縮できて魔力濃度が高いのにこれもダメなのかな?」


 「どーしたのエリオット君?」


 カラクルはエリオットに密着すると、手に持っている紙を覗き込む。


 「あーこれね。魔力は現在の学問で量子物理でなんとか解明は進んでいるけど、古代の異常なまでの圧縮技術に関しては未解明なんだよ。量産に関しては判明できたから流用できているけどね」


 「そこ二人! 実験室行きますよ!」


 エリオットははっとした顔であたりを見るとカラクルとエリオットを除いて全員が扉から出ようとしていた。


 「あ、移動しないと!」


 「あ、うん!」


 エリオットよカラクルは他の研究員とともに実験室に移動した。

 移動中、エリオットはひと月前のことを思い出す。

 一月前、学校の閉校が決まり、エリオットが家で就職先を探している時だった。

 その日エリオットはケイオスに住む知り合いに就職先を当たったが全て落とされていた。


 深夜、エリオットが意気消沈して家に帰っている時エリオットを尾行する車が一台あった。その一台はエリオットの隣に止まると窓を開けた。


 「少年。就職活動に困ってないか?」


 「え? いや、誰ですか?」


 エリオットは窓から顔を出している紙を短く切り揃えた男を警戒する。そしてカバンに隠してあるビリビリくんを握った。


 「俺はトゥサイ。ただのヤバイやつさ。少しばかり前に起業したんだがヤバイ仕事内容のせいか、ヤバイ人しか入れないから見つけるのに苦戦してるんだわ」


 「あぁ〜流石に危ない商売は」


 「なんと魔道具の研究で給料は月給50万ルペ! どうだ? いい仕事だろ?」


 「あ〜確かに妹の学費もあるから、信頼できるのならそこでもいいんですが——」

 

 「兄さん。ここにいたんですか」


 するとエリオットの帰り道の先からおさげにしてある黒髪を頭から垂らす右腕が義手の少女、クラレットが何も持たずに歩き、兄に近づくと匂いを嗅いだ。


 「あ、クラ! こんな時間に外に出たらダメだって言ったでしょ!?」


 「ごめんなさい。けど、あまりにも遅いでのてっきりまた誘拐されているのかと思うと、とっても心配で」


 「あぁーなるほど。少年。で、どうするんだ?」


 「あなたは何ですか? 名前を名乗らない勧誘は怪しいと言うのは、相場ですよ? それと、あなたの隣に座っている天空人の方、顔を合わせようとしませんし怪し過ぎませんか?」


 「——なるほどな」


 トゥサイはニヤリと笑う。


 「俺はテュレンの弟、トゥサイだ。お前たちのこと兄貴から聞いてんだ」


 「テュレン——テュレンさんの弟!?」


 エリオットは驚きのあまり夜中のケイオスに響き渡るほどの声を出した。エリオットは咄嗟に口を押させた。するとクラレットが前に出てトゥサイを睨む。


 「——それが本当だとして、証明するものはないですよね?」


 「——ほい」


 トゥサイは胸ポケットから一枚の紙を取り出すとクラレットに渡した。その写真はかなり前にテュレンに依頼した、エリオットの写真だった。

 クラレットはそれを見てすぐに正体がわかると写真をポケットに隠す。


 「兄さん。これは信じてもいいみたいです」


 「そう? 確かに言われたら顔が不自然なほど似ているしね」


 「その回答、待ってたぜ。とりあえず行く気になったらこの紙に書かれた場所に行ってくれ。門番に見せたらすぐに中に通してくれるはずだからさ」


 「分かりました」


 「それじゃ」


 トゥサイは伝えることを終えたのか窓を閉めて車を走らせた。その間際受け取った紙をエリオットは見る。

 エリオットは心配そうにこちらを見ているクラレットを見る。


 ——クラのために、ここは兄さんらしくしないと。


 「クラ、大丈夫。僕が学校生活を平穏に過ごせるよう頑張って働くから!」


 エリオットはクラレットの頭を撫でる。撫でられているクラレットは顔を赤く染めていた。

 それから一月だし、エリオットは同じように勧誘されたらしいカラクルとともに工場で研究に勤しんでいた。


 二人は他の研究員とともに実験室で、ろうとが差されている試験官に液状となった魔結晶を注ぎ込む。

注いだ先には試験官を通り、圧縮機と呼ばれるものに辿り着く。

 

 「一応今している圧縮法は機密レベルで最新のものだよね?」


 「え、うん。そだよ」


 エリオットは目の前で実験機器の調整をしているカラクルに話しかける。エリオットがカラクリに聞いた限り、この圧縮機にはヒスイの針が2本入っておりカラクルが圧縮機にヒスイの針を使って霊力を注いでいた。


 エリオットは圧縮機に付いている魔力濃度を随時確認する。


 「この濃度かなり高いけど、爆発したらとんでもないことだけど大丈夫かな?」


 「エリオットさん。数値どう?」


 するとカラクルとエリオットの会話に割って入るように一人の研究員が声をかけてきた。その研究員は黒色の髪で物静かそうでエリオットより二つ程年齢が上に見えるケモフ族の青年だった。


 「あぁ、オルダ君。こっちはだいぶ濃度が高いよ。そっちは生成した魔結晶が回路に正常に魔力を送れるかだよね? 大丈夫?」


 「いや、やっぱり無理。濃度が高過ぎて回路が焼き切れる」


 「そ、そうなんだ。お互い頑張ろうね」


 「うん。お互いに」


 エリオットはオルダその会話を終えると作業に集中した。現在エリオットたちは不自然なほど濃度が高い魔結晶を作らされている。それはアンリレの秘宝と同じレベルのものを。


 「これ、下手したら街を一つ消滅させれる……」


 エリオットは今している研究に危機感を覚えながら作業を進め、クラレットのために働くのだった。

 同時刻、工場長の部屋にトゥサイとガナラクイが入る。

 中には工場長の老人と若い赤髪のスタルシア人のカラクリ師の少女がいた。


 トゥサイは工場長より報告書を受け取る。


 「確かに受け取った。で、その子は? 初めてみるぞ?」


 「——トゥサイ殿。この子はアンリエ・フレーフという子で、十八歳。この間カラクリ師の研修で知り合いました」


 ガナラクイがそう紹介すると、フリーフはおどおどしながら頷いた。トゥサイはその反応を面白そうに見た後、工場長に視線を戻す。


 「とりあえず。魔結晶内の魔力濃度は例の秘宝ぐらいには出来たんだな?」


 「えぇ、後は暴走しないように一時的に回路で魔力を分散する技術を開発中です」


 「そうか、成果を楽しみにしているぞ。ま、あまり無理するなよ。それと、知っているとは思うがスタルキュラの過激な政党が大陸中で暗躍している。万が一のことがある。情報を抜かれないように注意しろ」


 「ありがたきお言葉。もちろんでございます。敵国には売り渡しません」


 工場長はトゥサイにお辞儀する。それからトゥサイとガナラクイの二人は部屋から出て行った。フリーフは工場長より休憩を言い渡され自室に戻る。

 そして、テレビを付け大音量を流すと電話を繋げた。


 「1、1156。駝鳥。応答してください」


 フリーフはそう口にする。すると電話は機械音を鳴らして繋がった。


 『こちらスタルキュラ国家労働者解放人民党、人民党諜報部、北方作戦群。目的を言え』

 

 「わ、私フリーフです。コードネームは蟹。定時報告に参りました」


 『——コードネーム確認。カイザンヌ総統に繋げる』


 その声を最後に数十秒ほど音がしなくなり、再び音がした瞬間フリーフは一瞬震えた。


 『やぁ、フリーフ君。定時連絡ご苦労だねぇ。で、連絡は何かな?』


 「——!」


 フリーフは電話越しで聞こえるカイザンヌの声にあまりの恐怖で震える手足を根性で止め、ゆっくり話し始めた。


 「へ、ヘリアン・ウルル。で、ヘリアンカが発見されたと、言う情報がありました! 情報筋は、総司令部から。う、嘘じゃないです!」


 『ふむふむそうか。これでヘリアンカがまだ生きていたのか確実になったねぇ。これは今の計画でも大丈夫そうだ。ご苦労。いい情報を得れたよ』


 「で、では、家族は!? 今そちらにいる私の家族——、お父さんと妹は!?」


 『——ふむ。君の家族は一度裏切ったからねぇ。けど、大丈夫だよ』


 「——よ、よかったぁ……」


 フリーふは安堵の息を漏らす。すると電話越しでカイザンヌは乾いた笑い声を発した。


 『惨めだねぇ、あのアンリレの末裔が国賊になるとは』


 「——っ!」


 『祖先が愛した女神を殺すのはどう言った気持ちかねぇ? 伝承によるところ君の祖先、アンリレはヘリアンカに恋みたいな感情を抱いていたそうじゃないか。己の権利を使って家に招いたり、ヘリアンカとの交流を日記にまとめたり実に不毛だね。神に科学技術を伝授された結果人は圧倒的な力を得ることができた。そして争いに使い出した。なのにそれを伝えた張本人であるヘリアンカは何をしていたと思う? 眠っていたのだよ。むしろ人は技術を用いる前の原始的な生活の方がかなり穏やかだった。全てはヘリアンカが悪い』


 「——」


 『——で、ヘリアンカが死んで六千年。人は馬鹿みたいに空虚の存在の教えを好きなように解釈して争い続けた。私の家が昔祀っていたシュメラの息子、ハザルの教えは素晴らしかった。皇帝を崇拝し続ければ人の心の拠り所となると考えていたからだ。だが、それは打ち崩された。そう、この考えもダメだったんだ。だから私は考えたんだよ。人は何も考えずに機械のように管理された生活をすればいいとね』


 「——はい」


 『では、これ以上長話はバレるからおしまいだね。あと、君はこれから定時連絡はしなくてもいいよ』

 

 「え?」


 電話越しでカイザンヌは不気味な笑い声を漏らす。


 『このことを話さなければ君は自由だよ。じゃ、またね』


 「——っ!」


 フリーフはカイザンヌにバレないように笑みを浮かべ、電話を切る。その直前、ボソッと聞こえないぐらいの小さな声で——。


 『用済みだよ。君の家族はもうすでに処刑済みさ』


 そう聞こえたが、フリーフの耳には入っていなかった。

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