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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
5章 女神の再臨

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64話 泪

 窓から入ってくる心地よい朝日がゆったりと眠っているヘリアンカの目に当たる。ヘリアンカは先日フルの肉体の下で復活を果たし、夢の中でフルと二人と話した。

 フルはもう二度と目覚めることはなく、ヘリアンカに吸収される。ヘリアンカはフルからの罵倒を全て受け入れ、ただフルに謝るしか出来なかった。


 ヘリアンカは朝日を浴びながら目を開けるとゆっくりと体を起こした。ヘリアンカにとっては六千年ぶりの朝日は、六千年前と何一つ変わっていない。

 ヘリアンカは布団から出ると扉を開けて寝室から出る。それと同時に香ばしい匂いがリビング中に漂う。机を見るとそこにはサトが皿を並べていた。サトはヘリアンカに気づくと咄嗟に頭を下げた。


 「す、すみません。田舎なもので精一杯出せる食べ物はこれが限界で……」


 ヘリアンカは皿に盛られた品を見る。

 盛られていたものは塩茹でされた骨つきの羊肉と、スープ。そして小麦の生地を伸ばし、中に肉や野菜を入れて包んだものやスープなどとても豪華なものだった。


 「いえ、とても豪勢なものをありがとうございます」


 サトはヘリアンカの笑みを見て露骨に目を逸らした。ヘリアンカはどこか寂しそうな顔をしながらも席について出されたものを食べ始めた。

 それに合わせるようにリビングにジャルカラ、スタル、それからサトの兄であるチュルケが入ってきた。三人は大量の本の束を持ちながらヘリアンカを見ると小さく会釈した。


 「おはようございますヘリアンカ様。我が叔父の起こした不祥事。心よりお詫び申し上げます」


 チュルケはそう口にするとヘリアンカは口の中のものを飲み込むと笑みを浮かべた。


 「おはようございます。先の件はもう気にしていません。ただ、この体の本来の持ち主の人生を台無しにした。その事を絶対に忘れないでください。——で、ところでその束は?」


 「叔父より押収しました我が一族の祖、ヴァレラガが遺した資料となります。拝見しますが? もちろん食事の後ですが」


 「ヴァレラガのですか……」


 ヘリアンカは食事の手を止める。

 ヘリアンカは先日の一件でヴァレラガに対してどう向き合えばいいのかが不安を募らせていた。

 するとスタルがヘリアンカに近づく。


 「とりあえずヘリアンカ様。一言だけ発言してもいいですか?」


 「え、はい」


 「ほら、ジャルカラ。許可取れたわよ」


 「おし……えっと、ヘリアンカ様」


 ジャルカラはサトとチュルケの顔色を伺いそれからヘリアンカと視線を合わせた。

 ヘリアンカはジャルカラの震える拳を見る。

 ジャルカラは何か悩んでいるのかとヘリアンカは思った。


 「正直フルの見た目やと無作法に素でなりそうなんで、もう初めから無作法でええですか?」


 一瞬場の空気が固まる。ヘリアンカは羊肉を上品に食べ終えるまでその場の空気は温まらず、会話もなかった。

 そしてヘリアンカがスープを飲み終え、完食後に口を拭ったのと同時にスタルがジャルカラの脇腹を肘で殴る。


 「ちょっと、あんた何言ってんの!? 流石にあれはダメでしょう!」


 「いや無意識で無作法になってまうの今朝わかったやろ! 現にスタルお前ヘリアンカ様を起こしに行った時真っ先に無作法で呼び捨てで『ヘリアンカまだ眠っていたっけ?』って言いっていたやろがい!」


 「あれは事故。別に悪気があったわけじゃないし」


 「え、え〜と?」


 ヘリアンカは困惑の顔をするがスタルのジャルカラの言い争いはどんどんヒートアップする。


 「そんな事はええねん! とりあえず無作法じゃないと不自然すぎるやろ! これケーダ先生絶対俺らを疑うぞ! フルに俺らが暴力振るって性格を一から変えたんんじゃないかって言われてしまうやろがい! 現にあの人責任逃れ地味にひどい先生やしきちんと説明しても無駄や」


 「別にケーダ先生なんて関係ない! 少なくとも戻ったらフルさんと呼ぶって決めたでしょ?」


 「やからや! スタル、お前なんかバカ真面目なんやし絶対しくじるぞ!」


 「——なんですって?」


 スタルとジャルカラが臨戦体制に入る。ヘリアンカは流石にまずいと思い立ち上がる。


 「二人とも。落ち着いてください」


 ヘリアンカはスタルとジェルカラとスタルの肩に手を置いた。


 「スタルさんは真面目で良いですが、逆に真面目すぎて損をしています。例えば融通が効かないことや、素直になれないなど変なところで我慢してしまっているところです。もう少し落ち着いてください」


 「そ、そう言われたら……」


 ヘリアンカは次にジャルカラを見る。


 「ジャルカラさんもスタルさんと同じく真面目ですが、違う点で言えば素直すぎます。素直な事は悪くはありませんが、自分の好きな事を押し通しても良い理由にはなりませんし、それが原因で人が離れる場合があります。要するに二人とも一度羽を伸ばして一緒に食べに行ったりどこか公園などに写生に行かれたらどうですか?」


 「——まぁ、確かに熱が入りすぎたわ」


 スタルとジャルカラは熱が冷めたのか汗を拭った。そしてヘリアンカはチュルケが持っている束のうち一つを手に取った。


 「とりあえず資料は一体いくつあるんですか?」


 「あぁ、資料は俺とスタルが選抜しました。主にアンリレの秘宝の作り方とこの儀式の詳細についてです」


 ジャルカラが早口にしたのと同時にチュルケはサトの肩を軽く叩く。


 「——サト」


 「は、はい」


 サトはチュルケに言われて咄嗟に机の上から皿を退けると、空いた場所にジャルカラはそう口にすると机の上に資料を置いた。

 ヘリアンカは置かれた本の束を一文字一文字読みこぼししないように慎重に読んだ。遠い昔、ヘリアンカが見ることが出来なかったヴァレラガの痕跡を。


 ——それからだいぶ時が過ぎて室内の温度が高くなっていることに気づく。

 ヘリアンカはようやく最後の一冊を読み終えた。外を見るとすでに昼を過ぎており読んだ本自体も数が多く、分厚いため中身があるようだと当初ヘリアンカは思っていたが読んでみると予想以上にスカスカで、決してヴァレガの心境がわかるようなものではなかった。


 ヘリアンカは深く息を吐くとサトが隣に来た。


 「ジャルカラさんとスタルさんは兄様と一緒にまた別の遺跡を見に行っているみたいです」


 「——そうですか。だから静かだったんですね」


 ヘリアンカは二人しかいない空間を見渡した。


 「サトさんはヴァレラガについて聞かされましたか?」


 「——少しだけ。兄様がお父様と話しているところを少し……」


 「そうですか」


 ヘリアンカはゆっくりと体をサトに向けると手に持っていた資料をゆっくりと開けた。


 「資料を読んでいると。彼、変わっていなかったんですね。いくらおじさんになっても頑固で自分が決めたことを意地でも実行するのも、何一つ変わっていません」


 「そうなんですか?」


 「はい。ヴァレラガがどういった気持ちで私を復活させたのかがわかったもので。彼、この国のことなんて二の次で、本当はただただ自分が私に会えなくなるからという理由で国の資産を使って私を甦らそうとしていたんですね」


 ヘリアンカは気づけば涙を流していた。サトはそれに気づくとハンカチを持って近づき、ヘリアンカの涙を拭き取る。


 「私のご先祖さまは、寂しがり屋さんだったんですか?」


 「えぇ、何かあれば私の元に走ってくる。そんな子でしたよ」


 ヘリアンカはゆっくり席から立ち上がる。


 「けど、現状この世の中はヴァレラガが意地でも私を甦らそうとしたせいで色々とあったみたいですね。シュメラの息子であるハザルもだいぶ関わっている可能性があります」


 「あ、ハザルについて今どう思われているかを私が言いましょうか?」


 「——ですね。私が生きていた時代では次期の名君と謳われてとても良い子だったはずです。けど、劇の内容やアンリレが彼に殺された話で少し心配なんで、教えてくれると嬉しいです」


 「分かりました。では、少し外に出ても良いですか?」


 「なぜです?」


 「叔父様——ではないのですが、ヘリアンカ様が蘇ったら必ず連れて行かないといけない場所があるんです。どうかお願いします」


 サトは頭を深く下げる。


 「分かりました。歩きながら話しましょうか」


 ヘリアンカはそう口にするとサトと共に外に出た。

 家から出てしばらく話の道を歩いた後山を登る。この辺りから今まで無言だったサトが話し始めた。


 「ハザルは今の時代では暗君と呼ばれています。カラクリ師を壊滅させ、皇帝至上主義を貫ケき、ケウトの分裂を引き起こしたからです。ヘリアンカ様は直に会っていたんですか?」


 「そうですね。ハザルはとても良い子で私の言った事を絶対守るような子でしたよ。ただ、確か私がまだ元気だった時彼に私は蘇りたくないと口にしていたんで——」


 「いえ、ヘリアンカ様は間違っていないと思います」


 ヘリアンカは視線をサトに向けるとサトに真っ直ぐに正直な眼差しをヘリアンカに向けていた。


 「別に歴史上の出来事全てがヘリアンカ様に責任があるとはなりません」


 「——その言葉だけでもありがたいです」


 それから二人は山を登り続けると一つの門が見えた。その前にはジャルカラとスタル、それからチュルケが門の前で何かしているようだった。

 サトは首を傾げる。


 「あの、兄様。何をしているんですか?」


 「サトか。この門の開け方が分からなくて二人に協力してもらっている。この門の開け方は叔父しか知らないからな」


 「あったわ!」


 「え、そこ!?」


 スタルとジャルカラが顔を開けるとヘリアンカとサトが来ていることに気づく。


 「チュルケさんとりあえずここを潜る感じですわ。腰まである雑草をかき分けないと見えんやろここ」


 「なるほど、こんなところにか」


 チュルケとサト、ヘリアンカは二人が見つけた隠し通路を見る。そこは大人の男がなんとか通れすほどの大きさに開けられていた。

 チュルケはヘリアンカを見る。


 「とりあえずヘリアンカ様。こちらが代々いつの日かヘリアンカ様が目覚めたら拝見させよと言われ続けたところです」


 「——兄様たちはわざわざここに来ていたんですか? てっきり別の遺跡かと」


 「彼らは名門大学の子達だからここまでしないと大学側も許さないからな。では、どうぞお入りください。ヘリアンカ様。もちろんお二人もいいですよ」


 ヘリアンカとジェルカラ、スタルの三人は隠し通路を潜り遺跡の中に入った。そしてヘリアンカは先に出るとその光景につい固まった。

 そこはかつてヘリアンカがヴァレラガとアンリレと話し、共に過ごした思い出の場所にとても似ていたからだ。

 そう、ここは六千年前のウルクの宮殿にあった中庭そのもので、ヘリアンカは静かに涙をこぼした。


 後から出てきたジャルカラとスタルはヘリアンカが泣いているのを見ると少し慌てる。


 「へ、ヘリアンカ様何か嫌なことが!? ——ジャルカラ!」


 「わ、わいは何もしてへんぞ!?」


 「いえ、違います」


 ヘリアンカは涙を拭うと花畑を分けるように出来ている道を歩き机の上を見た。遺跡は高い壁に囲まれ、侵入者を拒みヘリアンカが過ごした蒼穹の下にある中庭と本当に瓜二つだ。

 ヘイリアンカは用意されていた椅子に座る。


 するとヘリアンカの目の前に一瞬だけヴァレラガとアンリレが見えた。しかし、瞬きと共に二人の姿は消えた。

 ヘリアンカは幻想と分かりながらも、どこか嬉しい笑みをこぼした。


 「——ここはかつて私が住んでいた場所に似ていたので。場所はウルクでヴァレラガとアンリレとよく話したことです」


 「——やっぱりヘリアンカ様とアンリレ、ヴァレラガは本当に一緒にいたんですね。とても驚きです」


 スタルはヘリアンカの意外な側面を見て笑みを浮かべる。するとジャルカラが前に出る。


 「で、ヘリアンカ様。こんな場でいうのはダメなん理解してますけど、アンリレの秘宝に使われていた魔結晶、あれ衝撃与えたら……街一つ吹き飛ばしますよね? 一回朝スタルと読んでいたんですけどその作り方が魔石の圧縮を繰り返して魔力の固形化が不安定になる直前のものが使われそれがいわゆる魔結晶。で、作業自体は途方もないのにも関わらず糸も容易くできる様な書き方です。これ、ご存知ですか?」


 「——あぁ、それは昔私が教えた方法ですね。カラクリ師の針が2本さえあれば一日で千個ほど作れます。今でいう工場の様に自動的にすればの話ですが。手法としては今カラクリ師が量産している魔結晶生成技術の応用ですね。今は暴発しないレベルですが当時はギリギリで行っていたので」


 ジャルカラとスタルはヘリアンカの言葉を聞いて少し固まる。なぜなら二人が想像していた技術力よりもはるかに進んでおり、特にジャルカラは今のヘリアンカの言葉で唯一分かったのが今の技術レベルであれば当たり前のように出来てしまうことだ。

 ジェルカラは唾を飲む。


 「えっと、書いているのは本当ですか?」


 「えぇ、私が教えた技術そのままです。無論、魔結晶の内部にある魔力の純度を上げればあげるほど爆発リスクが高くなり、アンリレの秘宝の場合は魔力の流動性を上げているので爆発しないだけでしょう。今の技術では爆発しかないです」


 ヘリアンカはジェルカラの質問の意義を考える。正直今この空気で聞く様な内容ではない。とするとその理由は万が一その技術が外に出た場合がどうするのかということだろうとヘリアンカは考えた。


 「——その質問にはもちろん意味はありますよね?」


 「——今朝、ケーダ先生からの連絡で大学で高純度魔結晶の生成に成功したと聞いたとき、ヴァレラガが遺した資料と方法がそっくりだったんで一度聞いたんです」


 ジャルカラは言いにくそうな顔をしているところにスタルが肩を叩くとヘリアンカを見た。


 「とりあえず今晩ウルク大学に帰ります。その時ヘリアンカ様、申し訳ないんですけどその技術の確認とバレると厄介なんでフルさんのふりをしてください」

 

 「えぇ、良いですよ」


 ——この技術もしかして戦争に使おうとしている?


 ヘリアンカは心にどこか不安を抱えながら遺跡から出て行った。遺跡から出るとサトとチュルケが待っていた。


 「ヘリアンカ様、どうでしたか?」


 「——」


 ヘリアンカはチュルケ、サトを優しく撫でる。


 「貴方たちヴァレラガの子孫はどうしてこの場所を守り、住み続けたのかがわかりました。あの子は私が死んだ後変わった。だけど、私に会いたいという思いは何一つ変わらなかったんですね」


 ヘリアンカは満足すると離れた。それからジャルカラとスタルが帰り支度をしている間、ヘリアンカは二人と家の中でじっくり話した。

 主に兄のトゥサイとテュレンの話題や、マトミがどうして不動産に進んだのかを。

 気づけばかなりの時間が過ぎ、ヘリアンカをスタルが呼びにきた。


 「ヘリアンカ様! ダンサンさんがお詫びにってイスマンまで送ってくれるみたいです」


 「そうですか。それでは短い間でしたが楽しい会話ができて嬉しいです」


 「わ、私こそヘリアンカ様とお話ができて嬉しかったです……」


 「こちらこそありがとうございます。もしもマトミ姉さんと会われたら俺たちの現況を伝えてもらってもいいですか? あの人手紙でも上品で、帰ってきてもあまり肩の力を抜いた姿を見せてくれないので」


 「分かりました。またお会いできたら二人にその時の反応をお伝えしますね」


 ヘリアンカは二人の少し談笑を交わした後、スタルとともに玄関から出る。サトとチュルケはランプを手に送りに行く。

 玄関を出てすぐ目の前に車がエンジン音を立てながら止まっていた。

 運転席にはダンサンが座っており、ジャルカラは荷物を詰めていた。


 「——」


 ダンサンはヘリアンカから目を逸らす。

 ヘリアンカは車に運転席の窓の隙間に口を近づけると「あの中庭、整備してくれてありがとうございます」と口にする。

 ダンサンは驚いた顔でヘリアンカを見た。


 それから荷物を積み終えると三人は車に乗り、ダンサンに運転を任せイスマンに向かいウルク大学へと帰っていった。

 車が見えなくなっても、チュルケとサトの二人はランプを片手に持ち大きく手を振っていた。


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