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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
5章 女神の再臨

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62話 ヘリアンカ再臨

 薄暗い部屋の中、フルは両手両足を縛られ、必死に抵抗をするが動けずにいた。口も塞がれているため声も出せない。

 フルを取り囲む男たちは袖口から様々な形をしている魔道具を取り出した。

 フルはそれを見ると背筋が凍る。


 「あれはエリオットの持っていたものに似ている!?」


 フルはモゴモゴと口を動かす。一人の男はフルを見下ろすと髪を撫でた。


 「エフタル殿下がヘリアンカ様の調査を開始してくれて、実に都合が良かった。ウマス様が皇帝の名で独自にアンリレの秘宝を集めてくれたのには感謝している」


 一人の男はそう口にすると一つの魔道具をフルに近づけた。それはヘリアンカ大神殿で見つけた全ての魔道具を強制的に停止させるものだった。


 「これを貴女さまが直々にお見つけになるとは思いませんでした。そしてバリアを張る魔道具もエフタル殿下に一時的に譲渡し、カラクリ師に調査依頼を出したことで我々の手元に来ることが出来た。おそらく今エフタル殿下の元にあるのはレプリカ……模造品でしょう」


 「——!」


 「おや、何か言いたいことがあるのですか?」


 男はそういうとフルの口を塞いでいたものを取り外す。フルは涙目になりながら男を睨む。


 「ど、どうしてこんなことを……?」


 フルは心の奥底で奮い立たせてなんとか声に出た。

 それから男の手元にある魔道具を見る。


 「——それ、アンリレの秘宝。——な、なんで?」


 「これは元々我々カラクリ師が作ったものです」


 

 男は薄ら笑いを浮かべるとフルの顎に手を添えた。


 「我々カラクリ師は二つの組織があった。自由信徒と宮廷カラクリ師の二つがね。自由信徒と宮廷カラクリ師は二つとも先帝シュメラが息子ハザルによって滅ぼされました。その二つの勢力の残党が今に至るクリムタンを築き上げた。だが、元は思想が別々の組織だ。現在に至るまで大まかに二つの派閥で対立している。一つは皇帝至上主義。もう一つはヘリアンカ回生主義だ」


 「回生って……どうして蘇る必要が?」


 「ハザルは空虚となった神を崇めるのは危ういと決めつけた。遅くとも二百年も経てば蘇るのを知って。さて、話はよそうか。時間の無駄だ」


 男はそう口にするとかぶっていた黄金の兜を脱ぐ。その素顔はフルの見知った顔だった。そう、その男の正体はダンサンだったのだ。

 フルは先ほどまで自分に親切にしてくれた人物だと気づくと涙を浮かべた。


 「ど、どうして?」


 「では皆のもの、アンリレの秘宝を掲げよ」


 「ははっ」


 ダンサンはフルの言葉を無視して黄金の蛇が刻印された柄の翡翠色の針を掲げる。そして周りの男たちが掲げた秘宝は一斉に白く輝く。

 フルは必死に首を横に振った。


 「や、やめてください! お願いです殺さないでください!」


 「安心してくださいフルさん。殺すのではありません。本来あるべきお姿に戻すのです」


 フルは歯を食いしばって涙を流し、必死に抵抗したが両手両足が縛られているため身動きが取れない。


 「お母さん! スタルさん!」


 「——始め」


 秘宝はそれぞれ窪みに光が集まると筋となって翡翠の針の先端に当たる。すると針は先端から柄に向かうように白い光が伸びるとダンサンは針をフルの胸に刺した。

 針自体は痛みも無くまるで体にすんなり入り込む感触だが強い嫌悪感がフルの全身を襲った。


 「嫌だ! カンナ先輩! ヨカチ先輩!」


 フルの目の前は徐々に真っ暗になって行き、意識も遠のいて行く。


 「マトミお姉さま! エリオ! サトさん!」


 フルは徐々に呼吸が荒くなり、自我が保てなくなって行く。


 「ヘリアンカ……様」


 フルは最後にそう告げると目をゆっくり閉じた。ダンサンはフルをじっくり見た後針をスッと引き抜く。

 針はフルが目を閉じたのと同時に光を失い、それは秘宝も同じく熱を発するだけで至って変わらない魔道具となった。


 ダンサンは汗を拭うと後ろを振る向く。すると入り口の柱の影かサトがゆっくり出てきた。ダンサンはサトを見ると笑みを浮かべた。


 「サト。良くやった」


 「——」


 サトは目から涙を流す。

 サトは初めからこうなることを知っていた。フルが来て遺跡を見学させた後ダンサンから儀式のことを知らされていたのだ。

 最初はサトの口からフルに逃げるように伝えたかったがそうはならなかった。なぜなら今家にはサトの身内は兄のチュルケ一人だけ。マトミはリアートで不動産業を営み次男のトゥサイはどこか遠い所で事業を始め、テュレンに関しては音信不通なのだ。そのため家の生活などはダンサン頼みだったのが影響している。


 ダンサンはフルの頬を撫でると拘束を解いた。


 「我々ヴァレガ一族は祖先たるヴァレラガの望みを叶えるべく、この時を待っていた。名は賢者ヴァーガとして残したが唯一我々だけは本当の名を紡いできた誇り高き血統なのだからな」


 「う、うーん」


 するとフルがゆっくり台座の上で起き上がった。ダンサンはそれを見るとサトや周りの男をみる。


 「皆のもの頭を垂れよ! ヘリアンカ様の復活である!」


 ダンサンの声を聞いた男たちは一斉にその場に座り頭を地面につけたが、サトだけは従わなかった。


 「サト、何故だ?」


 するとフルはゆっくりと目を開けたがどこか違ったものだった。フルといえば賑やかで自己を通すそんな人物だが、それとは裏腹にお淑やかさが出ている。

 フルはゆっくりとダンサンに視線を移す。


 「——ヴァレラガですか?」


 ダンサンはフルの声を聞いた瞬間即座にその場に座って頭を地面につけた。


 「いえ、私はヴァレラガが子孫。ヴァレガ・ダンサンでございます。私の後ろにいるものどもは皆ヴァレラガの血族の者たちです」


 「そう、血族ですか」


 フルは台座から降りるとその場にいる全員を首を動かしてみる。そして大きくため息を吐く。


 「愚かな方々ですね。あなた達、本当にヴァレラガの子孫であれば彼の思いを受け継いでいると思っていました」


 フルはそう告げると遺跡から出ようとするが、ダンサンは焦った様子でフルの肩を優しく掴む。


 「そんな……ヘリアンカ様! 貴女さまはヘリアンカ様でございますでしょう!? どうか、蘇ることに貢献した我々に労いの言葉を……」


 「——えぇ、私はヘリアンカです」


 「——!」


 サトはフル——ヘリアンカと目が合うと背筋が凍る。ヘリアンカは拳を強く握る。


 「私は生贄を使ってまで蘇りたくはありません。誰がそう言いましたか?」


 「……」


 ダンサンはその場で膝を地面に着き、涙を浮かべた。

 ヘリアンカは去り際にもう一度ダンサンと周りの男たちを見た。そして目を鋭くする。


 「——どうして泣いているんですか? 泣きたいのは私の方です。人は確かに何千年も経てば変わるものです。けど、今回のは許されるとでも?」


 ヘリアンカはダンサンに近づく。そしてヘリアンカは一つ一つの単語を口調を強くしてポロポロとこぼした。


 「あなた方は、人を今この場で殺しました。彼女に発言権を与えずに。私はずっと彼女の中から見ていました。それも彼女が生まれてから今に至るまで。私が何を言いたいかわかります? 別にこの儀式自体が……無意味だったんですよ」


 ヘリアンカは最後を強調して口にした。

 この場はダンサンの予定では歓喜の空気だったが、今の空気は地獄そのものだった。


 「わ、我々はもうこの世界にうんざりなんです! ヘリアンカ様の教えを都合よく変えて戦争の火種にしたり、その度に我々が迫害されるのが!」


 男の一人はヘリアンカの足に縋る。するとヘリアンカは男を叩いた。ヘリアンカは人生で初めて人を叩いた。ヘリアンカは凍りついた眼差しで男たちを見る。

 だが、そんなヘリアンカの言葉とは裏腹に男たちを声を上げ始めた。


 「だからこそこうして蘇らせて、ダンサン様も私どもも救われたかったのです! ヘリアンカ様を平和の象徴にして!」


 男はそう口にするとヘリアンカから離れて泣き崩れた。ヘリアンカは何か言いたげな顔をするが、ゆっくりと息を整える。


 「おおよそ。カイザンヌの事ですよね」


 ヘリアンカがそう口にすると周りの男たちが一斉に声を上げ始めた。


 「俺の彼女は天空人だったんだ、だけど、だけど今回のテロでっ……!」


 「俺のお爺さんなんか反帝国連盟にリンチされて殺されたんだ!」


 「俺だって——」


 男たちは何か我慢していたものが切れたのか一斉に声を上げ始めた。自身の身内が殺されたこと、自身が虐められ、心の拠り所をヘリアンカにしていたものなど。ヘリアンカは最初は彼らに感じていた怒りが次第に収まっていったが、同時にフルへの罪悪感が強まった。


 そして男たちの声が小さくなったその時、今まで俯いていたダンサンは顔を上げた。


 「ヘリアンカ様。今、カイザンヌがこの世界を破壊しようとしています。もしこの世界がヘリアンカ様元で再び一つになればカイザンヌが倒された後、平和となるでしょう……!」


 「なるほど。やはりヴァレラガの思いは紡がれていないようですね。彼がどうして私を蘇らせたかったのかを知らずに、こうも無様なことをするなんて驚愕です。彼の真意を知らずに伝承を馬鹿みたいに信じた挙句、実は全く予想外のことが起きていた。これは私が後のカラクリ師たちに技術を伝授した際にこう伝えました『研究は予想外を想定せよ』と。その言葉、残っていませんよね? いないのに私のことを知った気でいるのはおかしいと思いませんか? あなた達は私の教えを捻じ曲げた集団の暴挙に遺憾と言いましたが、私の方こそ遺憾です」


 「え?」


 ヘリアンカは怒りに任せて休憩もおかずに説教を始めた。

 男たちの顔がみるみる内に青くなり、涙を流すものが現れ始めた。そしてヘリアンカはダンサンの髪に触れる。


 「あなた方の考えわかります。だけど、私が一番最初に聞きたかったのは……。せめてでも『おかえりなさい』でした。それはヴァレラガは恐らく存命中に復活した際にはこう伝えたかったはずだからです。それなのに全く知らないでよくも彼のことを知った気でいましたね」


 ヘリアンカは声を震わせながらそう口にするとその場から立ち去った。


 サトは暫く固まってたが、ダンサンが持っていた針を奪った。


 「な、サト!?」


 「——!」


 「待て!」


 サトはダンサンを後ろに突き飛ばすとヘリアンカを追いかけた。


 遺跡の道中フルの体が依代となって蘇ったヘリアンカは少しばかり悩んでいた。フルの意識が消えた途端自身がフルの自我と入れ替わっていること、それからもう一つは何故自分がフルの中にいたかについてだ。


 「私は今から六千年前に死んだ。その時ヴァレラガが私の自我を赤子に移すとか言っていたけどまさにこれのことかしら? だけど私はヴァレラガに前々から死にたいことを伝えていたはずなのにどうして……」


「待ってください!」


 「はい?」


 ヘリアンカは後ろを振り向くと後ろからサトは息を荒くしながら走ってきた。サトはヘリアンカに追いつくと膝に手をついて胸を押さえた。


 「あの、ヘリアンカ様……」


 サトはそう言うとヘリアンカに針を渡した。

 ヘリアンカは針をじっと見る。


 「——サトさんですか」


 「ヘリアンカ様、その……」


 「念のため話しておきますが、ずっと見ていましたよ。フルさんと私は同じ肉体を媒体とした別個の精神体。あの儀式はフルさんの精神を私に吸収させるものです。現状いまフルさんは私の中にいます」


 「——! じゃ、ヘリアンカ様とフルさんは……別人?」


 「えぇ、そうなります」


 サトは顔を青くすると腰からナイフを取り出し、自身の首に先をくっ付けると涙を流した。


 「わ、私がこの儀式を止めていればフルさんは死ななかった、私のせいでフルさんがっ!」


 「死んでどうにかなりますか?」


 「え?」


 ヘリアンカはサトの手を握るとナイフを取り上げた。するとサトをゆっくりと優しい手つきで撫でる。


 「フルさんは貴女のことは恨んでいません。むしろ無事で良かった……と言うでしょうね」


 「——フルさんは」


 「もう蘇りません。私の精神に吸収されておしまいです」


 「——」


 サトはヘリアンカの言葉を遮りたいのか耳を塞ぐとその場に蹲った。そして耳を押さえ啜り泣く。

 ヘリアンカは暫くサトを見下ろした後、サトがきた道から複数人の足音が聞こえてきた。


 「——追ってきてますね。サトさん、失礼します」


 ヘリアンカはサトを無理やり立たせ、背中に乗せると出口に向かって走った。

 それを合図に後ろの足音も一斉に走り出す。


 ヘリアンカは後ろを気にせずに前に走る。六千年前に朽ちた体とは違いフルの体は身軽で動きやすい。 

 しばらく走るとヘリアンカの視線の先に三人の人影が見えた。ヘリアンカは深く息を吸うと小声でサトに向かって話す。


 「サトさん。今から私はフルさんのフリをするので、貴女はフルさんに接しているような態度でお願いします」


 「——分かりました。せめての償いです」


 そして人影が鮮明になるぐらい近くまで走った後、その人影の正体はジェルカラとスタル、それからサトの叔母のテケリだった。

 テケリは泥だらけになってるサトを見ると驚愕すると駆け足で近づく。

 ヘリアンカは三人を見ると安堵の息を漏らしサトを下ろした。


 「サト、あんた大丈夫かい!?」


 「はい、叔母さま。フルさんが助けてくれました」


 テケリはサトの声を聞くと安心したのか優しく抱きしめた。そして顔を上げるとフルを見る。


 「フルさんが?」


 テケリはヘリアンカを見る。ヘリアンカは首を縦に動かした。


 「はい。複数人の男に監禁されましたけどなんとか逃げることができました」


 ジャルカラはフルに近づく。


 「フル、お前大丈夫か?」


 「そうよ、心配したんだから」


 スタルとジャルカラはヘリアンカに近づく。ヘリアンカは二人を見ると笑みを浮かべた。


 「はい。なんとか無事でした!」


 ヘリアンカはいかにもフルみたく振る舞う。しかし、スタルは安堵の息を漏らしたもののジャルカラだけはどこか疑いの眼差しを向けていた。


 「お前、ほんまに大丈夫か?」


 ジャルカラはフルの姿のヘリアンカに対して、フルに呼びかける口調でそう言った。


 「はぁ? 別に大丈夫だけど」


 「いや、性格急に丸くなりすぎだろ」


 ジャルカラは目つきを鋭くするとフルに近づく。するとスタルはジャルカラを絞め技で動きを食い止めた。


 「あんたまた八つ当たり!?」


 「ちゃうわ! お前気づかへんかどう見ても様子おかしいやろ!」


 「何っていつものフルさんじゃ……」


 「ちゃうちゃう! 性格といい仕草が色々おかしいやろ! 第一あいつがあんな上品な立ち方なんてしとらんかったやろ!」


 「——あ」


 スタルはフルの姿をしたヘリアンカの違和感にようやく気づく。

 ジャルカラが最初に目をつけたのはフルの立ち姿だった。普段のフルは手の息は腰にあり、片足に体重をかけている。正直結構ガラが悪そうで気圧な態度のはずが、今のフルは足を閉じて両手を前に置いているなど、まるで名家のお嬢様さながらだった。

 まとめるとスタルの記憶にある普段のフルとは大きく異なっていたのだ。


 「ヘリアンカ様!」


 ヘリアンカたち五人が後ろを振り向くとそこにはダンサンが鬼の形相で追いかけてきていた。

 ダンサンはヘリアンカを見ると手を伸ばした。


 「ヘリアンカ様! 我々は納得できません。なぜ、復活をお望みになられないのですか!?」


 「まだ分からないのですか?」


 ヘリアンカはサトを背中から下ろすとダンサンに近づこうとするが、ジャルカラがヘリアンカの腕を掴んだ。


 「おいフル。これはどう言う状況や? どうも緊迫しとるみたいやが……」


 そうジャルカラが口にするとスタルが恐る恐る前に出た。


 「あ、あの! 私ども何か不手際を——」


 スタルとジャルカラを見た後、ダンサンの顔が怒りで真っ赤になる。


 「気安くヘリアンカ様に触るなぁ!」


 ダンサンは怒鳴り声をあげると、足元にあった石をジェルカラに向かって投げる。

 するとヘリアンカは咄嗟にジェルカラの盾になると石が頭に当たり、頭からが血が流れた。ダンサンは我に返るとオロオロと腰が抜けたような顔になる。


 「い、いや。ヘリアンカ様? なぜ?」


 ヘリアンカは血を拭う。


 「満足ですか?」


 「——っ!」


 ダンサンは表情を変えないヘリアンカに怖気つく。ヘリアンカはダンサンに近づくと先ほどまでその場で固まっていたテケリが動かし、ヘリアンカに飛びついた。

 ヘリアンカは少し戸惑った顔をする。


 「お、お願いします。旦那がヘリアンカ様を蘇らせたのにはきちんと理由があるのです!」


 「やめろテケリー!」


 ダンサンはテケリに手を伸ばす。


 「ワタシの夫、ダンサンはずっとヘリアンカ様に会いたかったのです!」


 「は?」


 ヘリアンカの口からあっけない声が漏れ出た。


 その後ヘリアンカが遺跡から出た後、ジャルカラ、スタルとともに歩きダンサンとテケリから話を聞いた。

 すでに真っ暗な夜道はとても不気味で遺跡から出たはずがまだあの時の緊迫感を沸き立たせる。


 「——で、要するに今いるフルはヘリアンカっていう解釈でええんか?」


 ジャルカラは腕を組みながら考える。その言葉にダンサンは頷いた。

 ヘリアンカは少し怒っているのか目を鋭くしてダンサンを睨んだ。


 「——私を甦らした理由、皇帝が私を呼んでいるからなんですね」


 「——はい」


 ダンサンはヘリアンカから目を逸らす。すると隣を歩いていたテケリがダンサンの足を踏む。


 「全く! あんたは人を一人殺したんだ。ワタシはあれほど言っただろうに……」


 「良いんです。最初からフルさんに私の声が聞こえることを誰かに話しておけと言っていなかったので」


 ヘリアンカはこれ以上ダンサンを責めるのをやめるとスタルとジャルカラに視線を合わせた。二人はヘリアンカを見ると少し気まづそうに目を逸らした。


 「あぁ、別に気を遣わないで良いですよ。いつも通りに接してください」


 「は、はい。あの、ダンサンさんやヘリアンカ様の話をまとめると……フルさんと同一の存在なんですよね?」


 「えぇ、記憶がありますので。ただ、少し帰ったらひとりにさせてください」


 ヘリアンカは哀愁の漂う口調でそう告げた。

 そして家に着いた後、ダンサンはテケリに連れて行かれ、サトはチュルケの尋問されているその間、ヘリアンカは個室を借りてゆっくりと瞼を閉じた。気づけば意識は真っ暗な世界にあり、その世界に唯一光が降り注いでいるところがある。


 ヘリアンカはその光の元に歩く。するとそこにいたのは今のヘリアンカの体の本来の持ち主、フルだった。

 フルは三角座りで啜り泣いていた。


 「ぐすっ、怖い……怖い……」


 「——」


 ヘリアンカはゆっくりとフルに近づくと優しく抱きしめた。


 「もう怖くないですよ、フルさん」


 ヘリアンカがそう口にしたのと同時に暗闇は一気に解き放たれ、綺麗な蒼穹の大草原へと変わった。

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