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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
5章 女神の再臨

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60話 賢者の催し

  ヴァレラガ。それはイガシリに伝えられる遠い時代のカラクリ師。だが、国史には彼のことを綴る伝承はない。

 ただ唯一分かっているのは女神ヘリアンカを殺したという記録だけ。その日の晩フル達は遺跡からサトの家に戻った後、テュレンの部屋にフルとジャルカラ、スタルの三人が中央に集まりその場に座るとミーティングを始めた。


 まず分かったことはただ一つ、唐突にヴァレラガという人物が現れたということだけだった。フルはしばらくあの碑文について考えているとスタルが手を挙げた。


 「とりあえずだけどそもそも伝承では女神ヘリアンカは天に帰ったとある。だけど古今東西に死んだの揶揄的表現に天に帰ったという表現はおかしくないと思うの。だから今回はその天に帰った部分が判明したに過ぎないんじゃないかな」


 「とりあえずヘリアンカが天に帰った理由が分かったと言ったところか。実に面倒けどもしかしたらやからまとめとこか。まず、あの碑文の他にいろいろ文字があったやろ。フル。訳してくれんか?」


 「え〜と。まずあの碑文の隣にあった灯台の窪みには『シュメラ皇帝より賢者の号を授からん』て書いてた」


 フルはメモ帳を読みながら話す。


 あの遺跡の奥はただ碑文が鎮座ではなく、碑文を囲うように灯台や丁寧に作られた階段などどこか催事する場所かはたまた勇者ヤスィアの墓の構造とどこか似ていた。

 ただ、フルはどこか頭の奥底で何かが引っかかっていた。


 ——そういえばヘリアンカ様、一度ヴァレラガって口にしていたよね?


 フルはヘリアンカの声を聞くことができる。そう、この世界で唯一フルだけがヘリアンカの肉声を聞き、当事者のことを知る機会があるのだ。

 するとジャルカラはフルからメモ帳を取り上げるとペラペラと流して読む。

 

 「とりあえず今回ので分かったんはどこかヴァレラガの名前が賢者ヴァーガと似ているところやな」


 「——あ、言われてみたら似ているかも」


 フルとスタルの声がハモる。


 「言われてみればアンリレも私の地元だとアンリエ見たく読み方が変わっている。そうよ、六千年も経過したら変わるわよね!」


 フルは目を輝かせながら立ち上がるとジャルカラからメモ帳を取り返す。


 「なんなら今度はカラクリ師の寺院に行きましょ! そこならもっと幅広い知識を得られるに違いないわ! ちょっと待ってて!」


 「ちょっとフルちゃん!?」


 「おい勝手に動くな!」


 フルはスタルとジャルカラの静止を振り切り部屋から出るとダルサンとリビングでサトと話している。フルはズカズカとダルサンに近づくと頭を下げた。

 ダルサンは突然の出来事に困惑しながらも髭を撫でることで平静を保つ。


 「えーと。フルさん。どうかしましたか?」


 「突然で申し訳ございませんが、寺院を見学してもよろしいでしょうか? もし無理でしたらイガシリの歴史や昔話について詳しく知りたいです」


 「ふむ。この地の歴史か……。それならサトさんに集落を案内してもらいましょう。私はこれから行かないといけない場所があるので」


 「そうなんですか?」

 「えぇ。サト。明日は暇かな?」


 「はい。明日は特に用事はありません。なのでフルさん。明日は私が集落を案内いたします」


 「ありがとうございます!」


 フルはダルサンの言葉を聞き、どこか勝ち誇った顔をしながらフンフンと鼻歌を歌いながら部屋へ戻るとゆっくり戸を閉め、少しばかり汗を流しているジャルカラとスタルを見てニヤリと笑みを浮かべた。


 「行けました!」


 フルの言葉を聞いた二人を感心した顔をするとフルは小声で「まぁ、集落のの散策ですが」と漏らしたが、ジャルカラとスタルは特に反応を示さず、明日の予定を決めようとその話題を打ち切った。

 それから次の日。サトが先頭に立って歩き、その後ろにはフル、スタル、ジャルカラの順で集落を散策していた。

 フルは興味深そうに当たりをキョロキョロ見渡す。


 「そういえば今日はやけにバタバタしてますね。何かあるんですか?」


 「今日はお祭りの日です。ここイガシリでは賢者祭と呼ばれる祭りがあり、遠く古の物語を一夜使ってカラクリ師が劇をするんです。ダルサン叔父様もその為寺院には案内しなかったんですよ」


 「そうだったんですか」


 「サトさん。ヴァレラガって人物知ってますか?」


 すると後ろからジャルカラが腕を組みながら質問する。サトは一度足を止めるとゆっくり振り返った。


 「なぜ聞くんですか?」


 「ヴァレラガは女神を殺した。しかも、別の地域で見つけた墓の形状と先日行った場所は酷似しとる。で、問題はあんたの姓や。そのヴァレガ。どうにもきな臭い」


 「ちょ、ちょっとジャルカラ失礼すぎるでしょ!?」


 フルはジャルカラを止めようとするがジャルカラはフルを押し退けるとサトに近づく。対してサトは表情を変えずただジャルカラに視線を合わせていた。

 ジャルカラはサトの肩に手を置く。


 「どうなんやサトさん。名前にしても偶然では済まされへんやろ。それに賢者はヴァーガのことやないか?」


 「ちょっとジャルカラ落ち着きなさい!」


 スタルはジャルカラの首根っこを掴むと地面に押し倒し、胸ぐらを掴む。


 「ジャルカラ! これは流石にダメ。失礼すぎる」


 その光景にフルはどうすればいいのか一瞬悩んだが、サトと目が合うと速攻弁明に走った。


 「あ、あの今のは違うんです! 若きの至りでふざけすぎたというか……本当にすいません!」


 フルとスタルは咄嗟に頭を下げた。だが、予想に反してサトは特段に気にしている様子は見せなかった。むしろサトはどこか楽しそうに口角を上げている。


 「別に気にしておりません。むしろイガシリにここまで興味を持ってくれて嬉しいです」


 「え、えっと。怒ってはいないんですか?」

 

 「えぇ。ジャルカラさんの推察もとても面白いです。その答えは今日の夜のお祭りで見ることができますよ」


 「お、お祭りやって?」


 ジャルカラはスタルが高速を緩めた隙に顔を上げる。


 「もしかしたら。あなた方の知りたい真実が見えてくるのかもしれません」


 「真実……?」


 サトは意味深にそう口にした。

 それからさらに時が進み夜。フルとスタル、ジャルカラの三人はあの後サトから聞いた祭りが行われる広場に向かって歩いていた。先頭ではジャルカラが懐中電灯を持ちながら歩いていた。


 「本当にジャルカラは大人しくしてて。すっごく焦る」


 「なんや文句あるんか?」


 「大ありよ。あなたのその態度で研究させて貰えなくなっていたらどうするのよ。まぁ、でも。無理やり聞き出そうとはしなかったことだけは認めてあげる」


 スタルはため息を吐く。

 やがて目の前で愉快な声が聞こえてきた。その声は愉快に歌い老若男女が歌ったり踊っているからで、そのおかげか広場はとても愉快なものとなっていた。

 フルたちはサトに特別に用意してもらった正面の席に座る。すると先ほどまで賑わっていた声が静まると広場に立てられた劇場の幕の中からサトが出てきた。

 サトは一呼吸した後大きく息を吸った。


 「これから行うは我々が住まうイガシリにて語り継がれた、賢者ヴァーガの伝説。この伝説は千年以上の昔から語り継がれてきたもの

。これを新たな世代の若者たちに繋ぐべく、劇を行います。それではお聞きください」


 ——六千年前。ウルクにある宮殿の皇帝の間に二人の男がいた。玉座に座る老人の名はシュメラ。そしてシュメラの御前で跪くカラクリ師の男の名前はヴァーガ。

 ヴァーガは廃人のように虚な目で石像のように固まっていた。


 シュメラは髭を撫でる。


 「そうか。ヘリアンカ様は……救えなかったか」


 「申し訳ございません。我々は最善を尽くしましたが、少なくとも皇帝陛下がご存命で有らせられる内に目覚めることは不可能です」


 ヴァーガは涙を浮かべながらそう告げた。


 「良い。其方は良くぞヘリアンカ様を目覚めさせる手法を編み出した。して、目覚めさせる方法はもちろんあるのだな?」


 「はい。私の同僚、アンリレに秘宝を作らせております」


 「うむ。で、その秘宝はあらかじめ隠すのは何故か? 大神殿に収めておけば良かろうて」


 「それは陛下の御子息がこれからは人の時代を口にしているからです。もしかすると……大変失礼ですが蘇らせようとするのを阻止しようとしかねないからです」


 「——なるほどな」


 シュメラは玉座から立ち上がると掌をヴァーガに向ける。


 「ヴァーガよ。其方に賢者の称号を与える」


 「——ありがたき幸せ」


 「——」


 シュメラはヴァーガを見下ろしながら寂しそうな顔をするとため息をついた。


 「そして、其方が望んだ……宮廷カラクリ師を解任する」


 ヴァーガはそれを聞き入れると一人宮殿から去って行った。

 それから十数年後、イガシリにある屋敷に元ヘリアンカの護衛の兵士、ヤスィアが訪れた。

 ヴァーガはヤスィアを客室に案内するとお茶を出した。


 「ヤスィアさん。この度はありがとうございます」


 「いえ、構いませんよ。で、本日はどうして私を呼んだのです?」


 ヴァーガは水を一口飲んで喉を潤した。


 「ヘリアンカ大神殿にアンリレが納めている秘宝を奪ってください。その後私が示した場所に保管して欲しいのです」


 その言葉にヤスィアは固まる。


 「それは……物騒な。理由はございますか?」


 「アンリレは様々な者たちと協力して徒党を組んだ。確実に情報が漏洩しています。もしあれが盗まれたら私が構想したヘリアンカ様を蘇らせることができませんし、陛下の御子息ハザルからの刺客が入っている恐れがある。だから警戒したいのです」


 ヴァーガは旧友を苦しめるということを実感してか声がうわずっている。ヤスィアはしばらく考える。


 「——アンリレ殿から確実に敵視されますよ?」


 「構いません。もちろん謝りますが、もし許してくれなければ……」


 「——分かりました。その望み、叶えて見せましょう」


 ヤスィアはそう口にすると屋敷から出て行った。

 そして物語は終盤に進む。

 半月後、ヴァーガはヤスィアに護衛されながらウルル山の麓に用意した会合の間に到着。中に入るとアンリレと数年ぶりの再会を果たした。

 アンリレはヴァーガを見ると顔が真っ青になり涙を浮かべた。


 「な、なんで? どうして私の邪魔をするの? 私は、貴方の意思を継いでこれまで頑張ってきたのに!」


 「——すまなかった。だが、こうするしか無かったのだ」


 感情を表に出すアンリレとは正反対にヴァーガは冷静だった。


 「ヘリアンカ様を蘇らせるにはエルフィンの長い寿命が必要だ。まさに今もなお二十歳の美貌を持つアンリレ、君にだ。だが、器に魂がいつどの時期に定着するのは分からない。だからこそ情報の統制をしたかった」


 「——」


 アンリレは顔を赤くして涙を拭う。ヴァーガはアンリレの肩に手を置いた。



 「ハザル様はヘリアンカ様が蘇ることを望んでいない。もし蘇ろうなら全力で阻止するはずだ。そのため秘宝は新たに私がヤスィアにお願いして隠してもらった」


 アンリレはヴァーガの手を振り払うと机に置いてあった花瓶でヴァーガを殴った。

 ヴァーガは腕で塞いだが、破片が眉間を切り血を流す。


 「嘘吐き……嘘吐き!」


 アンリレはそう吐き捨てるとその場から立ち去った。その光景をヴァーガは静寂に見ているだけだった。

 それから時がかなり過ぎ、ヤスィアが老衰で亡くなりヴァーガは病に屈していた。ヴァーガは不治の病を患い寝所で眠っているその隣、枕元でアンリレが座っていた。

 アンリレは涙を浮かべながらヴァーガの頬を触る。


 「ねぇ、貴方は私の事嫌いだったの? 嫌いだったから私の邪魔をしたの? ——私は貴方をずっと信じてた。貴方の行ったことには間違いがないと信じて。だから、あの時花瓶を投げてごめんなさい。あれも私のことを考えてだよね?」


 アンリレは目を開けないヴァーガを見て目を抑え、声にならない泣き声を発した。そしてヴァーガの体が冷たくなったのと同時に、アンリレは顔を上げた。


 「あの後、私は貴方がしたかったことを理解しようとしたの。だから、私はこの世界に二つの悠久に伝えるべき説話を残します。一つはヤスィアを神と賢者の力を借りて世界を救った勇者として、もう一つは秘宝の伝承です。私の同族であるリアート人が流星の民として各地に宝を残す伝承。これらを残し、もし私が死んだ場合でも未来の方々がヘリアンカ様を蘇らせるようにしました」


 アンリレはそう言い残すと最後にヴァーガの髪に手を触れた後その場から立ち去った。


 ——フルさん。

 フルは耳元の大きな声で目を開ける。目の前ではとっくに劇が終わり片付けをしているところだった。

 フルはまずいと思って顔を上げるとスタルとジャルカラを見る。二人は少し呆れたようにフルを見ていた。


 「お前な……」


 「フルさん。確かに長かったけどこういうのは寝ない方が良いのよ」


 「ご、ごめんなさい!」


 「どうでしたか?」

 

 三人の間に入るようにサトが声をかける。サトはいつの間にかフルの前に来ていた。フルは少し驚いたがすぐに我に返る。


 「はい! とてもよかったです!」


 「これは具体的に何を伝える話ですか?」


 ジャルカラはサトに質問した。サトは少し驚いた素振りを見せる。


 「このお話は賢者ヴァーガの物語で、未来の方々に語り継がなくてはとヴァーガの子供達がイガシリに遺したものです」


 「でも、どうして残そうとしたんですか?」


 「それは知りません。なので私たちは遠く未来の者たちに残すものかを何かを考えないといけないと言うことを教えているのだと考えております」


 フルたちはサトの言葉に何となく頷く。そしてスタルは一息置く。


 「まぁ、とりあえず今は祭りを楽しみましょう。この後は宴会とかがあるんですよね?」


 「はい。是非とも楽しんでください。——あ、フルさんはこの後私と共に来てくれませんか?」


 「え? 私ですか?」


 フルは自身の指を差しながらそう口にする。


 「はい。ダルサン叔父さんが呼んできてくれと」


 「——はい、分かりました」


 フルはスタルたちに手を振った後サトについて行った——。

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