59話 最果ての名前
「まさかカラクリ師の長みたいな人に会えるなんて私ったらラッキーすぎると思いませんか!」
フルは隣で歩くスタルに自慢げに話しかけた。スタルはそんなフルの様子を見ながら微笑を漏らしながら答える。
「そうかもしれないわね! 普通ならこの遺跡に入ることが出来なかったかもしれないものね」
スタルの返答にフルが得意げになるのを横目で見ながらジャルカラは顔をしかめながら歩いていた。
「お前らなぁ。こいつの髪の色のことで遺跡に入れた話なんかするより、もっとカラクリ師の人たちに聞くほうがええんとちゃうか!」
フルたちはダルサンというカラクリ師に連れられてギプト遺跡へと向かっていた。
「そうしたいのはやまやまだけど、そんな簡単に聞ける状況じゃないでしょ」
無神経なジャルカラをスタルが窘める。
「ダルサンさんはフルに好意的だからまだ良いかもしれないけど…」
スタルはダルサンの横をすまし顔で歩いている女性に目を向ける。彼女はテケリという名前のカラクリ師でダルサンの妻だ。
テケリはフルたちが学生であるため、遺物などが盗まれないか警戒していた。フルたちがそんなことは絶対にしないと言っても相手にせず誤解は解けなかった。
「もしテケリさんにそんなこと言ったら機嫌を悪くして遺跡の調査を禁止にされるかもしれないのよ!」
ジャルカラは面倒そうにため息をつく。
「まったく、クソババアやわ」
ジャルカラがとんでもない発言をしたのでフルとスタルは驚きのあまりジャルカラを睨みつけた。
「聞こえてないわよね…」
スタルはジャルカラの爆弾発言がテケリの耳に届いていないか確認しようとテケリの様子を伺った。
その瞬間、テケリが急に後ろを振り返りダルサンについて行くフルたちをじろりと見た。その眼からは冷たい感情がひしひしと向けられていた。
「なんですか」
「いえ、何も」
フルとスタルは目を向けられた瞬間に今にも敬礼しそうな勢いで姿勢を正す。スタルが答えるとテケリは目線を前に戻した。姿勢を正した二人とは違いジャルカラは何も言わなかったもののテケリを睨みつけていた。
「怖かった。もしかして聞かれてたかな。ジャルカラ謝ってきなさいよ」
「そうですよ。謝ってきてくださいよ!」
ジャルカラのせいで遺跡での調査が台無しになると思ったフルとスタルはジャルカラに謝るように促した。けれどジャルカラは謝ろうとするそぶりすら見せず、返事の代わりにチッと舌打ちをしただけだった。
フルはジャルカラの悪態に辟易しているとテケリがこちらを一瞬向いていた気がした。
「はぁ」
フルは先が思いやられて深いため息をついた。
遺跡の入り口に三人の学生、フル、スタル、ジャルカラとダルサンとテケリのカラクリ師夫妻が辿り着いた。
「これが遺跡か。案外小さいもんやな」
ジャルカラがまたしても危ない発言をする。フルとスタルたち以外にも聞こえるような大きさだったため二人は顔を真っ青にした。しかし幸いにもテケリが何か口を挟むことはなかった。
「何言ってるのよ! この遺跡はカラクリ師のみなさんが守ってきた場所なのよ! それを調査させてもらえるだけでどれだけ光栄なことか分かってる?」
ジャルカラの発言に苛立ったスタルが小さな声でジャルカラを糾弾する。
「はいはい」
ジャルカラは意に介していない様子でスタルの話を流そうとする。
「自分が守ってきた遺跡を悪く言われて良い気分の人がいると思う? 本当に調査できなくなるわよ! もう二度と言わないで!」
「分かったから、もうええって」
ジャルカラはだるそうにスタルと目を合わせることすらなく適当に相槌を打つ。そんな険悪一歩手前な雰囲気を察したフルがダルサンに声をかける。
「すごく素敵な遺跡ですね! ここなら世紀の大発見が見つかりそうな予感がします! ダルサンさん、早速案内してもらってもいいですか!」
「ああ。ついて来なさい」
ダルサンを先頭にフルたちは遺跡へと足を踏み入れた。ダルサンはフルたちを迷うことなく内部へと案内する。遺跡の内部には厳粛な雰囲気が漂っておりスタルとジャルカラはさっきまで言い争っていたことを忘れたかのように遺跡の内部に夢中になっていた。
「すごいな…。このギプト遺跡、アンリレの秘宝が眠っているって言われても信じちゃうくらいの雰囲気がある」
「フル、カラクリ師の方たちはここを守り抜いてきた。もしかするとここには本当に秘宝が存在するかもしれないわね」
フルの発言にスタルが神妙そうに返答する。
「あなたたちは少し頭を使うべきでしょうね。こんなどこの馬の骨とも分からない学生を秘宝がある場所に連れて行くわけがないでしょう」
フルたちの会話を聞いていたテケリが不機嫌な声色を隠そうともせず話しかける。
「そ、そうですよね」
フルはそれ以上何も言うことはできなかった。しかい、ジャルカラが急に声を上げた。
「おおっ、すっげーなー。こんな古い遺跡、初めて見るわ。どんなもんがあるんか楽しみやわ〜」
ジャルカラは全くの棒読みで皮肉を述べるように大きく独り言をした。
「ジャルカラ!」
スタルがすぐにジャルカラをはたく。
「すみません…」
ジャルカラは絶対に謝罪をしないと踏んだスタルは騒ぎになる前にジャルカラの代わりとして謝る。
「何を謝っとんねん。別に俺は悪いことしてへんぞ。感想をそのまま言っただけや」
スタルにはテケリの態度に苛立って嫌味を言ったようにしか聞こえなかった。
「テケリさんの態度が気に入らないのは分かるけど、ちょっとは自重して! あんた一人のせいでせっかくのチャンスを潰したくはないのよ!」
「はいはい、分かっとるよー」
ジャルカラはこれ以上スタルに追及されないようにスタルの前に出るよう足を進めた。
「フル君、スタル君、ジャルカラ君、私たちはこの大切な遺跡を守ってきた。だがな、それは秘宝とは関係ない。秘宝が在ろうと無かろうとこのギプト遺跡はカラクリ師たちにとって聖域であることには変わりはない」
今まで黙って案内してくれていたダルサンが口を開いたのでフルとスタルは怒られるのではないかと身構える。
「そんな聖域でもあるこの遺跡を君たちに案内しているのは、君たちがヘリアンカ様の研究をしているからに他ならない。私はこの遺跡を通じて少しでも君たちの助けになればとは思っているが、そうやって喧嘩をするために来たのなら今すぐにでも帰ってくれないか?」
テケリに比べて温厚な態度を取っていたダルサンから忠告を受けたスタルとジャルカラはすぐに、すみませんでしたと謝った。
「すみませんでした。しっかりと調査することだけに集中します」
特にジャルカラには効いたのかジャルカラはダルサンに自分の気持ちを伝える。それを見たダルサンはただ小さく頷くと遺跡の先へと進んでいった。
「聖域である先ほど私は言いましたが、遥か昔の遺跡です。そのため遺跡内は危険が伴いますので、くれぐれも注意して行動してください」
中盤に差し掛かったであろう時をみてダルサンが注意喚起をする。それを聞いたフルは自分たちの熱意が伝わってダルサンが本気で自分たちを案内しようとしてくれているのだと思った。
「分かりました。気を付けて進みます」
三人を代表してスタルが答える。ダルサンは深く首を沈めて相槌を打って了承の意を示す。しかしテケリは遺跡の半分まで来たというのにスタルたち学生を良く思っていないようだった。
「あなたたち学生が遺跡を調査するなんて…。他のカラクリ師が心配してしまいますわ。何か遺物を盗むような真似をしてみなさい。二度と調査などできない身体にしますから」
テケリは独り言のように呟いたが、しっかりと学生たちの耳にその言葉は聞こえていた。
「テケリさん、私たちは真剣にこの遺跡を調査したいと思っています。遺物を盗むつもりなんてありません。むしろ、ある人物についての情報を探し出したいんです」
テケリの独り言を聞いて思わずフルは誤解を解こうとする。それに乗るかたちでスタルがさらに話す。
「そうです。ある人物についての伝承が、この遺跡に隠されていると言われています。彼が何者なのか、どんな力を持っていたのか、それを知るのが私たちの目的です。決して遺物を盗もうとは思っていません!」
ジャルカラも先刻の湿原を反省しているのかスタルに続いて声を出す。
「俺たちの目的が窃盗やなく調査なのはほんまです!」
それを聞いてダルサンは納得ぎみにうーんと首を深く動かす。
「確かに君たちが言う通りこの遺跡はある特定の人物に関する情報がある可能性は高いですね。テケリ、そこまで事前に調べて調査に来ているということからも彼らが真剣なのは明らかだと思いますよ。彼らの今の言葉を聞いてもまだ、彼らを疑うのですか」
ケテリはダルサンが口を挟んだことに意外そうな顔をしながらも口を開く。
「まあ、そう言われれば真剣だという気もします。それでも、私はこの遺跡を守るという役目を果たすためにあなた方を警戒しないわけにはいきません」
フルはすぐに熱意のこもった声でテケリに言う。
「テケリさん、私たちの目的は遺物を奪うことではありません。むしろ、その価値を理解し、大切に扱うことです。私たちは歴史と伝承に敬意を持って行動することをお約束いたします」
それに続いてスタルが声を上げる。
「遺跡の探索を進める上で、私たちはあなた方カラクリ師の指示に従います。テケリさん、どうか信頼してください」
「…わかりました。あなたたちの熱意に免じて私の協力も惜しまず、情報の共有を行いましょう。ただし、遺跡を守るために私たちの指示は必ず守ってもらいます。それと先ほど言っていた歴史と伝承に敬意を持って行動するというのは本当でしょうね」
テケリがやっとフルたちを認めてくれた嬉しさにフルは思わず大きな声で返答する。
「はい! お約束します!」
フルたちはテケリの警戒心を解くことができたことに喜び、スタルは安堵のため息を漏らした。そうして5人はついに遺跡の最奥へと出た。
「ここが遺跡のゴール地点」
フルが感慨深く呟く。
「おい! あれ見ろ!」
ジャルカラが指を刺した先には現代の言葉でない文字が壁に刻まれていた。
「フル、読める?」
スタルがジャルカラではなくフルに尋ねる。
「ええ。これは!」
「何て書いてあったの!?」
フルは覚悟を決めて口にだす。
「ヴァレラガというカラクリ師の男がヘリアンカを殺したと…」
「ヴァレラガなんて名前聞いたこともあれあへん。ヘリアンカ様を殺した男か。一体誰なんや…」
フルはフルたちの周りに纏わりつく空気が重苦しくなったような気がした。




