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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
1章 動き出した白と黒
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5話 カンナの廃墟探索

 キタレイ大学の研究室の一室。様々な本や文献が机いっぱいに広がっており、床には機械が所狭しとごちゃごちゃに並んでいる。この物が散乱している部屋に三人の学生がいる。一人は髪がおさげのどこか幼さが残る女性。一人は耳に特徴がある女性。そして、一人は機械を弄り回している男性だ。


 「カンナさん。これなんて書いてあるんですか?ちょっと読めない」


 「どこ?少し、見せて」


 「ここです。ヘリアンカの痕跡が見られる遺跡ってことまでは読めるんですけど。この先から読めなくて」


 幼さの残る女性、カンナの卒業論文に関する資料を指差しながらフルが言った。


 「ここ、は。ヘリアンカの痕跡、として、ヘリアンカが、所持していたと思われる、魔道具、の設計図が、見つかた、と書いてる」


 「なるほど。わかりました。でも相変わらずカンナさんの字は汚いですね」


 フルが資料に目を細めてつぶやく。


 「フル! そんなこと言ったらだめじゃないか。カンナさんが困ってるぞ」


 二人の会話を聞いていたエリオットがカンナの代わりに答えた。


 「エリオ。あんたって機械を触ってるときだけはハキハキしてるのよね。ずっと機械触ってたほうがいいんじゃない?」


 「何を言うんだ!僕は機械を触ってなくたってハキハキしてるよ! 」


 「…どうだか。」


 呆れ顔でフルが返す。ここはカンナの研究のために大学から与えられている一室。ごちゃごちゃした部屋と同じようにフルたちの心もごちゃついている。フルたちがイライラを募らせているのには理由は単純明快であった。ここ数日、カンナの卒業論文が全然進んでいないのだ。

 カンナはヘリアンカという神をテーマに卒業論文を書いているのだが、ヘリアンカが居たとされる時代は遥か昔なので文献がほとんど残っておらず難航していた。

 卒業論文をただ書くだけならばまだ簡単だったのだが、カンナは中途半端なものは嫌だと言って自分の目当ての資料が見つかるまで延々と資料探しに明け暮れている。

 ただでさえカンナの文字が汚すぎて読めず作業に時間がかかるというのに、カンナのその完璧主義によって予定より大幅に遅れていた。


 「あー、もうわかりました! 」


 「フル?どうしたんだよ? 」


 「これだけ探しても文献は見つからないんだし、カンナさんの字は読めないし、もうやってられない! 外に行きましょう! 外に! 」


 フルの突然の提案にカンナが首をかしげる。


 「フル、外って、図書館、に行って、文献、を探すって、こと? 」


 「ちっがーう! 図書館ならもうさんざん行ったじゃないですか!隅々まで探したけど目ぼしい文献は無かったでしょ!私が言ってるのは自分たちの脚を使ってヘリアンカの物証を集めようってことですよ!」


 「外、って、どこ? 」


 「それはですね。私がエリオに連れて来られて死にかけた場所です! 」


 フルが高らかに宣言するとエリオットは顔を嫌そうにしかめカンナは何のことかと首を傾げた。


 「そうと決まれば早速準備するわよ」


 フルは目を通していた資料を机の上に投げると自分の部屋へと走って行った。それを横目に見ていたカンナが機械いじりを止めないエリオットに尋ねる。


 「フル、が、言っていた、場所、は、どこ?」


機械から一瞬たりとも目を離さずにエリオットが答える。


 「僕が以前に機械を調べるための部屋として無断で使っていた廃墟があったんです。その廃墟で僕はこの魔道具を拾ったんです」


そう言ってエリオットは球状の機械を取り出す。


 「カンナ先輩には話してなかったと思うんですけど、僕は生まれつき魔道具が使えないんです。でもこの魔道具だけは僕にでも使えました。この魔道具はこの球を中心にエネルギーの壁を作れるんです。平たく言えばバリアを張れるということです。魔道具が使えない僕がこれでバリアを張れたのでこの球体は普通の魔道具ではないことは確かなんですけど。これはあくまで僕の予想に過ぎないのですが、おそらくこれは古代の魔道具ではないかと思います。実は僕はこの魔道具の設計図と思しきものをその廃墟で見たんです。その設計図には古代の文字で書かれていたので僕は全く読めなかったので、付いて来てもらったフルに読んでもらったというわけです。フルはカンナ先輩と同じで国史学部なんですよ」


 エリオットの口から次々と出てくる情報を一つも取りこぼさないようにカンナはしっかり耳を傾ける。


 「それでフルはその廃墟へ行けば何か手掛かりがあると思ってるんでしょう。僕も同行したいのはやまやまですが、僕は見ての通り新しい魔道具の製造で忙しいので残念ながら行けません。何もないとは思いますが一応これを持って行ってください」


 エリオットは自分が持っていた球体とは別の物をカンナに渡した。それは手のひらサイズの小さな四角い箱だ。


 「この、箱は、なに? 」


 「この箱は簡単に言えば小さな爆弾です。ちょっとした壁なら破壊できますが、威力はあんまり無いので期待しないでくださいね。それと人に向けて使わないでください。これはあくまでも閉じ込められた時なんかに使ってください。あ、大丈夫と思いますが一応これは爆弾なので強い衝撃は絶対に与えないでくださいよ」


 「ん、わかった。ありがとう」


 カンナはエリオットに礼を言って研究室を後にした。エリオットから受け取った箱をその手に握りしめながら。



 時刻は昼すぎ。人々は昼食を美味しそうに食べている時間だ。いつもなら口いっぱいにサンドイッチを頬張るのになとカンナは思った。今カンナはフルに連れられて廃墟の中に居た。


 「本当に、ここ、に、設計図は、ある、の? 」


 地下にいるフルに聞こえるように1階からカンナは声を張り上げる。


 「もちろんです。確かにこの場所なんです」


 廃墟まで距離があり着く頃にはヘトヘトで設計図探しどころではないと想定していたカンナであったが廃墟はキタレイ大学のすぐ近くにあり拍子抜けしてしまった。想像していたよりずっと早く着いたのでこれなら案外すぐに終わるかもしれないとカンナは思っていたが、

 これが全く見つからない。かれこれこの廃墟の中を1時間半は探している。フルが言うには廃墟が崩れたときに設計図は下に落ちてしまったらしい。一階を探しても無駄かもしれなかった。

 けれど地下は大きな亀裂が入っており危険だった。そんなことなど露知らずフルは瓦礫の山をすいすいと抜け、崩れかけている階段を使いカンナを置いて地下へと行ってしまった。


 「カンナさんも地下まで降りてきて一緒に探してくださいよー」


 「地下、への、階段まで、瓦礫が、邪魔で、行けない」


 「噓でしょ!それなら仕方ないですね。地下は私が探しますから、1階は任せましたよ」


 「うん、わかった」


 わかったとは言ったもののカンナは1階を1時間半隅々まで探したのだ。もはや見ていない箇所は一階には無かった。かと言って地下まで行けるわけでもなく一度見た場所を見落としがないか確かめることにした。


 地下を探しに行ったフルと別れてから1時間経った。そろそろカンナの気力が限界を迎えていた。こうなると知っていたらフルに付いて来なかったのにとガッカリしつつ地下で設計図をまだ探しているはずのフルに声をかける。


 「フル! もう、結構、な、時間が、経ったし、帰、ろう。聞いて、る? フル? 」


 地下まで届くように大きな声で呼びかけたが返事が全くない。カンナの中で悪い予感がよぎった。もし、フルに大変なことが起きていたら、動けない状況で助けを求めていたのだとしたら。そう考えただけでカンナは居ても立っても居られないと思った。しかし、周りにはカンナしかいない。この廃墟は元々取り壊す予定で誰も来ない場所であった。それに加えてこの前起きた崩落によって危険な場所になったためより一層人は寄り付かなくなっていた。周りの聞こえる音は遠くを走る車の音とこの場に一人しかいないカンナの心臓の音だけだった。カンナは必死に考えた。


「今から、助けを、呼びに、大学、に、戻る? でも、だめ。もし、その間、に、フルの、身、に、何か、あったら、どうするの。じゃあ、どうすれば。私、独りで、どうすればいい、の?」


 自分の非力さを呪うカンナであったが、この場でフルを助けることができるのはカンナだけなのだ。そう思うことで孤独で臆病なになった心を奮い立たせる。そのときふと鞄のポケットに入っているものを思い出した。少し膨らんでいるカンナの鞄にはエリオットにもらった小型爆弾が入っていたのだ。


 「これ、なら」


 これで瓦礫を壊すことで下へ向かうことができる。急いで下への階段へ行く。足の踏み場が無いほど瓦礫で埋め尽くされている階段を見てフルがどんなに危険な行為をしていたのか理解する。壁も壊れているので顔を覗かせると下は真っ暗で何も見えない。もし、足を滑らせたり、躓いたりすればそのまま下まで真っ逆さまだ。


 「フル。今、助ける、から」


 小型爆弾を階段に設置する。そのときカンナはエリオットからこの爆弾を受け取ったときのことを考えていた。


 「この箱、の、使い方、聞いて、なかった」


 カンナはこの箱を手渡されただけでどうやって起爆させるかの説明を聞き忘れていたのだ。


 「どう、しよう」


 エリオットはこの箱を爆弾だと言っていた。爆弾であるならば火薬がこの箱に入っているはずだ。きっとエリオットのことだから安全に起爆できるように箱の中に起爆装置が入っているのだろう。しかし、エリオットがいないこの場ではその方法はわからなかった。


 「仕方、ない。無理やり、やる、しかない」


 エリオットは強い衝撃は与えるなと言っていた。裏を返せば強い衝撃を与えれば爆発する可能性があるということだ。


 「よいしょ、っと」


 カンナの目に入ったコンクリートの破片のうち持てる最大限のものを持ち上げる。箱の前までそれを運ぶ。箱は下りの階段の瓦礫の山に取り付けてある。カンナはそこを目掛けて一気にコンクリートの破片を落とした。


「お願い、いって!」


 カンナの手を離れた瞬間コンクリートは重力に従って箱を目掛けて直進する。その直後、鼓膜が破れるかと思うほどの音が廃墟の中を駆け巡る。


 「が、瓦礫は? 」


 瓦礫の山はエリオットの箱型の爆弾によってきれいさっぱり砕け散っていた。誤算だったのは瓦礫だけではなく下の階へと至る階段ごと吹っ飛ばしてしまったことだ。


 「エリオは、威力に、期待、するな、って、言ってたのに。エリオの、噓つき」


 エリオットの爆弾は想像以上の威力だったことに驚きつつも、何とか下へと行く道を開いた。カンナは研究室に帰ったらエリオットの頭を撫でてやろうと思いつつ心の中でエリオットに感謝した。


 階段ごと爆破したせいで多少降りづらいがそんなことを言っていられない状況だ。足場が悪い中カンナは地下へと足を進めた。  


 「フル! いたら、返事、して!」


 何とか地下へ降りたのは良いものの暗すぎて先が見渡せない。カンナの手には光を発する魔道具が握られてはいたが、地下全体を照らすには光量が少なすぎた。カンナが降りてきた階段の場所は地上から光が差し込んでいる。しかし、その場所から離れすぎると暗闇で自分がどこにいるのか分からなくなってしまうかもしれなかった。


 「フル、どこ! 」


 すっかり当初の目的を忘れて廃墟の地下を彷徨う。時間の感覚がわからなくなって来ていた。


 「フル、どこなの」


 カンナはフルに会うため暗闇に目を細めた。


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