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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
5章 女神の再臨

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57話 新しい門出

フルは何度もウルク大学から送られてきた紙を確認していた。


「間違いない、本物」


エザックたち反社会的勢力の存在が明るみに出た今、キタレイ大学は閉校となってしまった。

フルにしてみればエザックを摘発した当事者の一人ということになるのだろうが心境は複雑だった。


「エザックが悪だと分かって追い出せたのは良かったけど、こんなことになるなんて思ってもなかったなぁ」


フルからすれば自分の学校をエザックを排除するためとはいえ自らの手で閉校させたようなものだ。

大学が無くなれば当然フルのヘリアンカ研究はそこで終わりとなる。はずだった。

フルは手に持っている推薦状をまじまじと見る。かれこれフルはこの推薦状をじっと眺める行為を1時間程続けていた。

もちろんフルの頭がおかしくなったわけではない。

フルはただ単に警戒していた。


「タイミングが良すぎるんだよな」


大学が閉校になった瞬間にウルク大学からの誘い。今までフルが経験した様々な経験からフルはまず事象を疑うことを身に付けていた。

しかし、そうして1時間調べに調べ尽くして出した結論は本物であるようだというものだった。


「うん。やっぱり本物に間違いないと思う。信じてもいいかな」


フルは誰に告げるでもなく呟いた。そんなフルの言葉をフルは誰かに見守られているように感じていた。


「きっとヘリアンカ様も大丈夫って言ってくれてるに違いない」


明けた窓から爽やかな風が吹いてフルの髪をなびいた。


「マトミお姉さま! この格好でおかしなところはない?」


フルは慌ただしくあちこち移動していた。ウルク帝国の担当者との約束の時間が刻一刻と迫っていた。


「大丈夫だよ! フル、自信もって」


フルはマトミに確認してもらうと朝御飯を一気に口へとかきこんだ。


「うまい! ご馳走さまでした!」


フルは大きな声を出すと食器を台所へ運んだ。


「まぁ! もう食べ終わったの」


フル早食いにマトミが驚いているうちに、フルは玄関で靴を履いていた。


「うん! マトミお姉さまの料理が美味しすぎてすぐに食べ終わっちゃった」


フルは靴を履き終えるとマトミの方を振り返って元気よく声を上げた。


「行ってきます!」


家を出たフルはウルク帝国大学へと向かうため急いで列車に飛び乗った。ウルク大学はここから列車で一週間もかかるほど遠い場所にあるため少しでも早く着きたかったのだ。

ウルク大学は歴史のある名門で、偏差値が非常に高いことで有名だ。

フルの学力では行けそうにないなと思いながらも、そんな大学からの誘いがあったことに嬉しく思った。

ウルク大学と聞けばフルはある二人のことを思い出していた。スタルとジャルカラだ。

スタルはとても良い子だったと記憶している。しかし、ジャルカラは別だ。初めて会った研究発表の場でキタレイ大学を愚弄しフルたちに悪口を平気で浴びせるような人物だった。

ジャルカラの発表はお粗末なものだったし、調査でも1人独断で邪魔なことをしていたことを覚えている。

しかし、彼も最後には少し変わったとフルは考えていた。あの調査から時間は経っているし今なら少しはマシになっているかもしれない。など二人の旧友に思いを馳せながらフルは列車に揺られていた。


ウルク大学に到着したフルは正門から中に入ろうとする。


「これが私の新たな研究生活の第一歩!」


そうして大きく一歩を踏み出した。


「ちょっと君ィ!」


しかしすぐにフルの歩みは止められてしまう。


「何ですか?」


フルが声を掛けられた方を向くと、制服に身を包んだ警備員が立っていた。


「勝手に大学に入るのは良くない。ウルクに何か用かな?」


「えーっと」


フルは鞄から推薦状を出そうとする。


「これです!」


フルは堂々とした手つきでウルク大学から送られてきたの推薦状を警備員に見せつけた。


「あー。ちゃんとした用があるんだな。でも用があるならまず始めに来校証を受け取りに行ってきてくれる?」


「…はい」


フルがキメ顔で推薦状を見せたにも関わらず華麗にスルーされたのでフルのテンションは一気に冷めてしまう。

満足したかのように警備員はフルから目線を離すとすぐに元の所定位置に戻っていった。


「今までなら普通に誰でも大学の中に入れたのに…」


キタレイ大学で起きた二つの事件。一つは大学が襲われるというフルがラスターと初めて会ったときの事件。もう一つは記憶にも新しいつい先日のエザックの件。

これらの事件を受けて他大学は反社会的勢力から学生の安全を守るため、セキュリティを強化した。

それにより大学の学生ではない者は必ずチェックされるようになっていたのだった。


「あの、来校証というのはどこに取りに行けば…」


コンドはフルが警備員を呼び止めた。喚ばれた警備員はさも不機嫌そうな顔つきになる。フルはその顔を見て幸先が思いやられるなと感じていた。


「すみません、来校証というものが要るとは知らなくて。どこに取りにいけばいいのか教えてください」


警備員はフルに聞こえるように大きくため息を吐く。


「来校の注意事項は校内案内に出ているのでそれを見てください。私は警備員なので」


終始ブスッとした顔でフルに話すとすぐに持ち場に戻ろうとする。

フルもこれ以上関わるのは良くないような気がして別の人に聞こうとする。


「大丈夫かい? フルさん」


「え!」


フルは急に声を掛けられて目を大きく見開いた。その場にいた警備員でさえも驚いていたようだった。


「どうして私の名前を知っているんですか」


フルは再び警戒する。その男はどこかで見たことがあるような気がしたが、用心するに越したことはない。

フルの脳内には様々なことが一気に流れてきた。やはり推薦状は何かの罠で、この人物がフルを毒牙に掛けようとしているのかと。


「えーと、そんなに睨まないでも大丈夫だよ?」


フルは気づかぬうちに声を掛けてきた男を睨み付けていた。


「す、すみません。でもどうして私の名前を知っているんですか!」


その男は少し困ったような顔を作るとすぐに言った。


「だってそれを送ったのは私だよ」


フルは一瞬思考停止に陥った。


「私の名前はケーダだ。これから君の所属する研究室で一緒に研究する者と言えば分かるかな?」


フルの脳内で過去の記憶が一鮮明になる。


「ケーダ先生!」


研究発表のときにウルク大学の指導員としてこの男は居たのだった。


「やっと思い出してくれたかフルさん」


「すぐに出てこなくてすみませんでした。知らない人から声をかけられたかと思ってつい警戒してしまって」


ケーダは優しくフルを見るとゆっくりと笑った。


「無理もないよ。だってフルさんのキタレイ大学はあんなことになってしまったのだからね」


「でもそのおかげでウルク大学で勉強できるなんて嬉しいです。そう考えるようにしてるんです!」


「そうか、フルさん。君は強い人なんだな」


感心するような眼差しをフルに向けたケーダはゆっくりと歩きだす。


「では、フルさん。行こうか」


「はい!」


フルはケーダに連れられるかたちで研究室へと足を運んだ。


「こんにちは! これからお世話になります!」


フルが研究室に入ってまず挨拶をしたのだが返ってきたのは挨拶ではなく怒号だった。


「だから、ここは間違っているでしょ」


「そんなもんわかっとるわ! 今から直そうとしてたんじゃ! それにお前は細かいところまで鬱陶しいんじゃ!」


「私だって好きでこんなことしてるわけじゃないわよ! 誰が好き好んで子供のおもりなんてするもんですか!」


「誰がガキやと! もう一片言ってみろ!」


「そういうところが子供だと言ってるのよ」


フルはお互いに声を張り上げるスタルとジャルカラを見て久しぶりの感覚を覚えた。


「二人とも久しぶり!」


フルは二人の間に割って入るように突撃していく。


「なんやお前!」


ジャルカラが驚いた様子でフルを見る。


「そうか、そういえば今日からお前が来るんやったな」


ジャルカラは不機嫌そうにつぶやく。


「こんな態度取ってるけどフルちゃんが来ること一番楽しみにしてたのジャルカラなのよ。ほんとに素直じゃないよね」


スタルはそれを見てフルに耳打ちした。


「え! そうなの!」


「いらんこと言わんでええねん!」


顔を真っ赤にしたジャルカラがすかさずスタルに突っ込みを入れる。フルとスタルはそんなジャルカラが面白くて二人でケラケラと笑っていた。


「んん! 君たちが仲のよいことは分かったけど、そろそろいいかな?」


笑う二人を止めるようにケーダが口をだす。


「これからこの研究室にフルさんが入ってもらうことになっている。フルさんはキタレイ大学のオズバルグ先生の元でヘリアンカに関する研究を数多く行っていた」


そんな風に紹介されたフルは恥ずかしくなって顔を下に向ける。


「きっと君たちのほうがフルさんに教わることも多いだろう。お互いに協力し、時に切磋琢磨し素晴らしい研究に励んでほしい」


ケーダの挨拶を聞き終えるとフルはいよいよウルク大学の研究室に配属されるのだと実感が沸いてきた。


「挨拶はこのくらいにしよう。フルさんはジャルカラとスタルとはもう知り合いみたいだね。当たり前のことだがこの研究室二人以外も在籍している。皆良い人たちだから気軽に話かけるといいよ」


「はい!」


フルは元気よく返事をする。


「ふん! 威勢だけは一人前やな! 足引っ張るなよ!」


ジャルカラがフルに突っかかる。


「どの口が言ってるのよ!」


するとすぐにスタルが突っ込みを入れた。そんな二人の様子を見てフルはつい思ったことを口走ってしまう。


「なんか夫婦みたいだね」


「「そんなわけない」!」


二人の言葉が気持ちいいくらいタイミングが合ったのでますます夫婦みたいだとフルは一人腹を抱えて笑っていた。

そんな二人を見てこれからの研究室はとても有意義なものになりそうだとフルは期待で胸を膨らませていた。


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