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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
4章 悠久の解放

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56話 全ての始まり

  カンナがヨカチの元に向かっている時、フルは現在進行形で魔道具を弄っているエリオット、それからエポルシア人で金色の髪をポニーテールで纏めているユニーネの三人で霊魔学部の校舎の中を散策していた。

 フルはエリオットの隣を歩きながら通り過ぎてゆく先生を一人一人見る。


 「カンナ先輩が言うにはカラクリ師が一斉に取調べを受けたって話だけど、余りカラクリ師見ないわね」


 フルは退屈そうな顔をしながら天井を見ながら歩く。


 「そんなことないよ。結構カラクリ師の先生はいるよ。さっき通り過ぎた先生もカラクリ師だよ」

 

 現在フルはキタレイ大学に勤めるカラクリ師を探しており、その中でも一番偉い人物を探しているのだがなかなか見つからなかった。

 フルは徐々に目を険しくしていく。


 「うーむ。見つからない。エリオ。その先生はなんて名前?」


 「えっと名前はモンガーリ・ジョベリと言う女性のカラクリ師で、オドアケル人出身なんだ。つい先月に着任したんだよ」


 「ふ〜ん。けど、こう中途半端な時期に着任って珍しいわね。外部講師とか?」


 「まぁ、そんな感じかな」


 すると後ろを歩いていたユニーネはフルの背中を突く。


 「ねぇ、フルちゃん。その苗字カラクルちゃんと同じだよね?」


 「うーん。確かにカラクルも苗字がモンガーリだったよね。同じ出自なんでしょ」


 「なるほどね」


 「そう言えばなんだけどフル。後ろの人は誰なの?」


 「え、自己紹介してなかったっけ?」


 ——そう言えばエリオは初めてか。


 フルはエリオットの困った顔を見てようやく気づいた。


 「あの子はユニーネ。エポルシア人で私と同じ学科よ」


 「そうなんだ。ではあらためてよろしくお願いします。ユニーネさん。僕は霊魔学部のエリオットです」


 「うん。私こそよろしく」


 エリオットとユニーネは歩きながら簡単な挨拶を交わした。

 すると曲がり角から急にフルと同じ背丈ぐらいの茶髪の若い女性が出てきた。

 女性とフルはお互い少し体をビクッと振るわせた後顔を見合わせた。


 「あ、あの大丈夫ですか?」


 「す、すいません」


 するとエリオットは声を上げた。


 「あ、ジョベリ先生!」


 「え?」


 フルとユニーネはエリオットの声に反応するようにジョベリと呼ばれた女性を見る。彼女は茶髪にいつの日かウマスやエフタルのヘリアンカ調査隊結成時に見たカラクリ師の服を纏っていた。

 フルは少しばかり女性——ジョベリを見つめる。


 「あ、エリオット君か。その子達は?」


 ジョベリはエリオットに視線を合わせる。

 エリオットはユニーネ、フルの二人を紹介し、今何をしているのかを話す。ジョベリはしばらく頷いた後軽く笑った。


 「あぁ、確かにありましたよ。警察や軍人さんがすごく怖い顔で尋問していたんですよ」


 「たとえばどう言う感じで聞かれたんですか?」


 「ちょっとフル!?」


 フルはエリオットを押し退けるとジョベリの前に立って質問する。


 「別に良いわよ。フルさんだったわよね?」


 「はい。とりあえず知りたいことはまず——」


 「黄緑色の髪か」


 ジョベリはフルの会話を遮ってフルの髪を触る。フルは最初は反応に困ったが、背筋が震えるような嫌悪感を感じた。

 フルは冷や汗を流すが我慢して質問を続ける。


 「え、えっととりあえず知りたいのはエザック理事長について教えてください。キタレイ大学においてカラクリ師は派遣されて教鞭を取っているはずなので。第三者から見て怪しい箇所はありませんか? ——て、着任一ヶ月だからもしかしたらご存知じゃないかもですけど」


 「——」


 ジョベリは口角を上げたまま固まる。

 フルは一度唾を飲む。

 

 「と、取り敢えずです。——反帝国連盟の関係者ですか?」


 「フル!?」


 「フルちゃん!?」


 ユニーネとエリオットが驚きのあまり声を出す。

 もちろんフルにも考えがある。今のフルの手元にはビリビリくんが隠されている。だからもし何かあればすぐに応戦できるからだ。

 もう一つは反帝国連盟の関係者ではなかった場合。そうなってくるとまずフルの行動を怪しいとして調べようとする、そこで同じ情報を共有する仲間ができたら逆にジョベリがカラクリ師の情報網を元にエザック、またはラジェンを特定してくれるのかもしれないという淡い希望があるため。


 「そう……ねぇ……」


 ジョベリは顔を下に向ける。すると深く息を吸うと懐から包丁を取り出すとフルに向けた。


 「えぇ、違うとは言いたい……。けど、ごめんなさいね。連盟の方針で組織の情報を取得しようとする者がいれば殺さないといけないの」


 「——そうきましたか……。エリオ! ビリビリくん取り出して!」


 「え、うん!」


 フルとエリオットはビリビリくん、ざっと言えば電流が走る棒を取り出した。だが、ジョベリは後退りした。


 「——逃げて。キタレイ大学はすでに腐りきっている。カラクリ師はエザックの手によって反帝国連盟への加入を強制されている。このままじゃあなた達が危ない」


 「あ、先生後ろ!」


 フルは咄嗟にジョベリの手を握ると引っ張るのと同時にジョベリの毛先が散る。後ろを見るとそこには五人ほどの体格の良い黒服を着てマスクを被った男達がナイフを振りかざし、辛うじて交わすことができた。

 フルはユニーネを見る。


 「ユニーネちゃん。走って先生を呼んできて!」


 「う、うん!」


 「逃がさんぞ!」


 ユニーネを追いかけようとした一人の男をエリオットはビリビリくんで殴り、ボタンを押して電流を走らせて気絶させた。

 エリオットは少し息を荒くする。


 「フル、これどうする?」


 エリオットはゆっくりフルに視線を向けた。


 「——逃げるしかないでしょ!」


 フルはジョベリを引っ張りエリオットともに逃げた。

 フルとエリオット、ジョベリの後ろから男達の靴音が聞こえる。フルはジョベリに視線を向けた。


 「ジョベリ先生! あの人たち知ってますか!?」


 「あの人たちは反帝国連盟の督戦隊。逃げようとする者ともしくは脱退を目論むものを処刑する者達です。だから私を殺そうと」


 「——先生はなんで私たちを殺そうとしなかったんですか?」


 エリオットはジョベリに聞く。するとジョベリは優しく微笑んだ。


 「私はずっと教師になりたかったんです。こんな人殺しをする組織になんて入りたくなかった。だからキタレイ大学研究棟占拠事件の際も通信係だけでそれ以外はしなかった」


 「——そうなんですか」


 すると廊下中にサイレンが鳴り響く。


 ——ユニーネちゃんが先生に伝えてくれたんだ!


 フルはエリオットを見る。


 「エリオ! ここは一度別れましょう!」


 「別れるの!?」


 「多分だけど督戦隊は私とジョベリ先生を殺す。エリオはカンナ先輩とオズバルグ先生を呼んできて!」


 「分かった! あ、フル! バリアボールくん!」


 エリオットはカバンから球体の魔道具であるバリアボールくんを取り出すとフルに渡した。


 「ありがとう! じゃよろしくね!」


 「フルもね!」


 フルはエリオットに手を振るとジョベリと共に階段を駆け上ると踊り場にバリアボールくんを設置するとバリアを展開した。

 男達——督戦隊はバリアボールに顔を一度ぶつけると何度も叩いた。


 「フルさん、これは?」


 「これはバリアボールくんと言って少し特殊な魔道具なんです」


 フルは息を荒くしながらジョベリを見る。ジョベリはフルとは正反対に落ち着いた顔をしていた。


 「なるほど。で、ここからどうするんです? このバリアがいつまで持つのか分かりませんし」


 「とりあえず誰かが来てくれるまで耐えるのが目標なんですけどやっぱり厳しいですよね」


 ジョベルはあたりを見渡すとフルを見ると笑みを浮かべた。

 するとジョベリはフルにクシャクシャに丸められた紙切れを渡す。


 「こちらには貴女が探しているであろうアンリレの秘宝の在処について書かれています。現状その秘宝は十個中三つを貴女が、残りは——」


 フルは咄嗟のことで頭が真っ白になったが、すぐに我に返ってジョベリを見る。

 すると突然バリアが消える。

 魔道具を見ると光を失っていた。先程までバリアを殴っていた督戦隊は一斉に振るとジョベリに飛びかかる。

 フルは足がすくんで立てず、こけそうになった時ジョベリはフルを持ち上げて階段をよじ登った。しかしすぐ後ろには督戦隊が追いかけてきている。

 一瞬窓から人影が見える。

 その人影は背中に翼を生やして銃を携えている。この装備をするのはただ一つだけ、ケウト極東軍の天空人特戦隊だ。


 ジョベリはフルを投げる。

 

 「うわぁ!」


 フルは受け身を取って床を転がると後ろを向くと咄嗟にジョベリはフルに覆い被さった。

 次の瞬間督戦隊の身体中から血飛沫が噴き出した。窓は粉々になり、壁は穴だらけ。フルはこの情報だけでも何が起きたのかが理解できた。

 銃声が鳴り止むと窓から天空人の男数名が入ってくる。

 天空人はフルを見ると優しい顔で近づくと優しい口調でこう言った。


 「もう大丈夫だよ」


 その後フルとジョベリは天空人から身柄を警備員に引き渡され、本校舎に案内された。その道中ジョベリは連行された。フルはというと客室に入れられた。

 中に入るとそこにはエリオット、ユニーネ、それからカンナとヨカチ、さらんカラクルとフェルガの姿があった。

 彼らは真ん中の机を囲むように座っており、フルは空いていたカンナの隣に座った。


 殺風景の部屋の中、フルは全員と顔見知りだがかなり気まずい空気が漂う。そんな中ヨカチが先に口を開いた。


 「とりあえずだ。お前達一体何をしていたんだ?」


 「いや、ヨカチ先輩こそ何を? 私たちの方がヨカチ先輩の不審すぎる行動のせいでこんな目に遭っているんですけど」


 フルは目つきを鋭くしてヨカチを見る。するとカンナはフルの肩を優しく叩いた。


 「だい、丈夫。ヨカチ、悪くなかった。私を、守ろうとしていたの」


 「むー。なら良いんですけど……。だとしたら私とエリオとユニーネの特攻の意味が……」


 「特攻? 何をしたんだ」


 「——気にしないでください!」


 少し感に触れたのかヨカチの目が鋭くなったのを察知したフルは身振り手振りで話題を逸らす。その後ろではユニーネとエリオットの二人がジト目で見ていたがフルは気づくことはなかった。


 フルはカラクルを見る。


 「そういえばカラクル。モンガーリ・ジョベリっていう人知ってる?」


 「ジョベリ……。——っ!」


 カラクルは何かを思い出したかのようにフルに近づくとフルの肩に手を乗せた。


 「ねぇ、今ジョベリって言った?」


 「え、うん」


 「……そっかぁ。無事だった?」


 「えぇ、無事だったけど。もしかして親族?」


 「——私のお姉さん。里を追いやられた時でも最後まで私を守ってくれたの。会いたかったけど残念だなぁ」


 カラクルは少し悲しそうな顔をしながら席に戻った。

 そうこうしている間に客室に一人の初老の風格のある男が入ってくる。オズバルグだ。オズバルグは椅子に座るとまずヨカチを見る。


 「ヨカチくん。エザック理事長から聞いたよ。君、反帝国連盟に所属していたんだね。どうしてだ?」


 ヨカチは眼鏡を少しあげると息を吐く。


 「父親のことを知りたかったからです。父親は旧エポルシア人民共和国の人民党の高官でしたがケウトに亡命、その後ケモフでボクの母、ヌルと結婚して生まれたのがボクです。父親はボクが物心をつく前に妻とボクが争うに巻き込まれないように逃げた。そこで俺は父を追っているのが反帝国連盟と知り所属しました」


 「そうか。で、みんな怪我は無いかい?」


 オズバルグの言葉に全員は頷く。

 するとオズバルグは袖から巻物を取り出した。


 「とりあえずだけど、政府からこの大学に関しての書状が通達された。おおよそ前もって用意されていたものだろう」


 「——あの、それには一体なんて書かれているんですか?」


 フルは恐る恐る聞くとオズバルグはゆっくり読み上げていった。


 「本日をもってキタレイ大学は閉校処分にすることが決まった。文化科学省より再三に渡る勧告を無視し、反国家的思想普及防止策を何一つ取らなかったことからである。本校に在籍している生徒へは一ヶ月から三ヶ月の猶予を与える。また、他の大学への転学は国が保障する。ただし、留学生は除く」


 フルは唾を飲む。

 

 「——やはり閉校か」


 真っ先にそう口に出したのはヨカチだった。


 それから3日ほど過ぎ、フルが落胆の余り部屋に引き篭もっている頃。ケウト帝国の首都ウルクにあるウルク帝国大学考古学部の研究室はバタバタしていた。

 そこにはジャルカラとスタルの二人が慌ただしくしていた。


 「ジャルカラ。論文は早い段階にまとめとこうって言ったわよね? いくら共同研究に衣替えしたからって研究の期間が長すぎる」


 「しゃーないやろ!」


 ジャルカラは大声を出して席から立ち上がる。


 「何よ。古文書を一人で読めるようになったのが楽しくって、ウルク博物館でアンリレの日記を馬鹿みたいに読んでいたのは誰よ? で、それを元にした発掘調査では確かに日記の続きが出てきたからよかったけど、その後の解読で相変わらず読めずに私を頼りに共同研究に衣替え。で、文句あります?」


 「——そんなん言われたら文句言われへんやろがい!」


 ジャルカラは乱暴に座るとメモを取り出してアンリレの日記を解読を再開した。

 よそにスタルはメモ帳を見る。


 ——アンリレの日記は石版だけど以前までは確認されたものは五枚だった。だけど先月の調査で三十枚に膨れ上がった。場所はウルル山の古墳の中からだった。


 スタルはメモ帳を参考にアンリレの日記を書き記し始めた。


 『アンリレはヘリアンカを愛していた。アンリレはその死を悲しみカラクリ師たちを集めて自由信徒を立ち上げて秘宝を作り出し、ヘリアンカを蘇らそうとした。彼女の師匠であり、かつて心から愛したヴァーガ、勇者ヤスィアの望みでもあったからだ。だが、シュメラ帝の後を継ぎしシュメラ・ハザル帝は復活を望まなかった。アンリレが102歳の誕生日の時、シュメラ・ハザル帝は部下に命じてアンリレを殺害した。遺体は故郷であったスタルシアに埋めた』


 スタルは筆を止める。

 スタルとジャルカラが発掘した日記は全てアンリレの英雄譚といった内容のものが殆どだ。スタルは体を伸ばすと椅子から立ち上がりジョルからの後ろに立った。


 「ねぇ、そっちはどんな感じ?」


 「ん? みんなアンリレを客観的に見たものが殆どや。秘宝のありかなんて馬鹿正直に書いてない。ほんま書いたやつ最後まで書けや」


 「ん、少し良いか?」


 研究室の扉が開き、ジャルカラとスタルは視線を扉に向けるとそこにはケーダが居た。スタルとジャルカラはケーダに視線を向けた。


 「先生どうしたんですか?」


 「あぁ、スタルか。少しややこしいことが起きてね」


 「なんや先生。先生がここまでくると言うことは何か面倒ごとか?」

 

 ケーダは一度咳をする。


 「なんとキタレイ大学が閉校——すなわち廃校となったみたいだ」


 「「え?」」


 スタルとジャルカラは二人同時にキョトンとした顔になるが、ケーダは気にしないで話を続けた。


 「とりあえず今分かっているのはカンナさんはオズバルグ先生のいる研究所に所属してヘリアンカの研究を続行するみたいなんだが、フルさんがややこしくてね」


 「フルがどないしたんや?」


 「ジャルカラ。フルは留学生よ。就学目的に滞在しているんだから大学がなくなったら本末転倒じゃない」


 「あ、そういえばそうやったな。けど、そうなってくるとキタレイ大学が色々と情報を持っているのになくなるなんて殿下はかなり悲しむやろな」


 「——そうね。ねぇ、ジャルカラ。フルさんをここの研究補佐員として採用してみない?」


 「は? 何言うてんねん。二人だけでも足りるやろ。むしろエフタル殿下に特別採用してもらう方が確率的にあるやろ」


 スタルとジャルカラは相互にらめ合う。ケーダはため息をつくと一枚の書類をジャルカラに渡した。


 「一応だが研究補佐員の書類は私が書く分は書いたよ。あとは君たちのサインだけさ」


 「——先生。別に俺たちの研究補佐員じゃなくてもええですよね?」


 「スタルのストレスが減るだろ」


 「あ、確かに。なら私、サインします。ジャルカラは恩を仇で返すタイプだからしないと思うけど。給料は……」


 「私が出そう」


 「あー書けばええやろがぁ!」


 ジャルカラはスタルからのお前空気読めよ的な圧力に屈して書類にサインした。


 ——。


 その頃リアートではフルは悲しみに打たれていたがやがて立ち直り、一人マトミの屋敷の一室で夜遅くまで本を読んでいた。

 フルは暗闇に飲み込まれた外を見る。


 「スタルシアに帰るのは良いけど、こんな終わりなんて思ってもいなかった」


 フルは本を閉じると明かりを消し、布団に潜った。


 「カンナ先輩はヨカチ先輩とオズバルグ先生の研究所に勤めることになって、ユニーネ達は故郷に、エリオットも故郷。なんだろう。少し寂しい。——今ふと思ったけどヘリアンカ様もずっと孤独だったのかな? 親しい人はできるけど時が過ぎたらやがて死ぬ。私の人生とは比べものにならないぐらい生きているからもう慣れているのかな——」


 フルはそう口にしながら意識を夢の中に移した。


 次にフルが目を開けるとあたり一面が花畑のところに来ていた。あたりを見渡していると目の前で腰まである長い茶髪を風に乗せている美しい女性、ヘリアンカがいた。ヘリアンカはフルに気づくと花束を持って近づきた。


 「フルさん。私は別に悲しくはありません。私は起きている間に沢山の友人を作りましたが、目を開けるとその友人は誰一人いない、常に一人で人間関係を築き直さないといけない生活でした」


 ヘリアンカはいつもと打って変わって暗そうな顔をする。


 「——ヘリアンカ様はそう言った場合どうしたのですか?」


 「私の場合は友人の好きな花を聞きます。その花を大切に育てて、大切な友人のように扱うんです。そしたら心も晴れてきます。この大きく綺麗な花畑も私の友人達です。まるで私の人生を物語っているみたいでしょう?」


 ヘリアンカは両手を広げてその場でクルクル回る。フルはあたりを見渡す。花畑は地平線の先まで続き、ヘリアンカが楽しそうに踊るのに合わせて揺れているように見える。


 「フルさん。私は数十万年と言う長い時を生きてきました。けど、この時代は少し残酷ですね。私が定期的にこの世界に直接降りることができればなんとかできた。けど、それはもう出来ない。今思えば私は種類の違う無数の鳥をカゴに入れて飼い主の視点で見ていたのかもしれませんね」


 ヘリアンカは目に涙を浮かべると徐々に視界が歪んだ。フルとヘリアンカが背中を向けるのを見ると一歩前に出た。


 「ヘリアンカ様! 確かにヘリアンカ様にとっては残酷かもしれません! けど、私は幸せです! むしろヘリアンカ様が小鳥達を大切に育ててくれたから優しい心があると思います! なのでこれからもよろしくお願いします!」


 ヘリアンカはフルを見ないまま姿を消す。だが、フルはほんの一瞬ヘリアンカが足を止めて反応を出したのを見逃さなかった。

  やがてフルは目を開けて新しい朝が来た。


 それから一ヶ月があっという間に過ぎ、フルはカラクリ師の寺院で調べ物をして偶然見つけた魔道具の資料をケイオスにいるエリオット——ではなくクラレットに解析して貰っていた。

 最初にケイオスに来た時は昼間だったが、気づけば夕日が窓から差していた。

 フルは冷や汗を流しながら頬杖で資料に目を通しているクラレットを見る。

 一応クラレットは17歳でフルより2歳年下だが、野生動物の世界では無力なフルはクラレットよりは下になる。


 クラレットはフルから受け取った理療をざっと見た後ため息をついた。


 「で、これをどうしろと言うわけですか?」


 「うん。構造から見て試しに作って欲しい……なんて」


 「フルさん。こう言うのは大学生がするレベルです。高校生でしかも本格的な魔道具を作ったことのない私に作らせるのはおかしいでしょう?」


 クラレットは呆れた顔でフルを見る。


 「いや、だからエリオにお願いしたかったんだけど」


 「色目を使うかもなんでダメです」


 「ホラァ〜クラちゃん〜」


 フルは椅子から立つ上がると資料をクラレットから返してもらうと鞄に入れる。


 「あ、フルさん。私がわかる範囲ではその魔道具は兄さんから教わった技術じゃ絶対無理だと思います」


 「というと?」


 「解析する技術が高くないと下手をすると魔結晶が爆発してしまいます。それに使用魔力量も尋常じゃないし……カラクリ師の中でも技術力が高い人しか解析できないと思います」


 「そっか……。けど、それだけでも嬉しい。ありがとね」


 「別にお礼を言われるほどじゃ……」


 「そういえば私が来た時間帯というかクラちゃんが指定した時間帯ってエリオがいないけどどうして?」


 「——兄さん、今勤め先ができてそこに勤めてますので」


 「ふーん。そうなんだ。それじゃ帰るね」


 フルはクラレットに挨拶をすると珍しくクラレットは駅までついて行き、フルが電車に乗るところまで同行した。

 その間フルは悪寒が走っていたが、何も起こるわけもなく電車は発進した。フルはリアートに着くとマトミの家の前で汗を流しながらぜぇ、ぜぇと息を荒くする。


 「ど、どうしたんだろうクラちゃん。いつに増して優しかった……。て、もうケウトとはおさらばだから最後ぐらい別れの言葉を言うべきだったかな」


 フルはマトミの家の扉を開ける。すると中から焦った様子でマトミが駆け寄った。


 「フルちゃん! 大変よ!」


 「ど、どうしたんですかマトミお姉様!?」


 フルはマトミから一通の手紙を受け取る。フルは一度マトミと顔を合わせるとマトミはゆっくり頷く。

 フルはもしかしたらと裁判所からかという恐怖を持ちながら手紙を開けた。


 「え? ウルク帝国大学研究補佐員推薦状?」


  そして手紙の中には推薦状の他に、スタルの住所が書かれた紙までも丁寧に書かれていた。


 ——夜、フルが推薦状を受け取ったのと同時刻ケウト帝国の北極、フタマタ半島の北部カミマタ半島にある大きな建物に向かって車が走る。到着するとジョベリが手錠をつけられた状態で車から降り、案内人の元建物の中に案内され入ると同時に手錠を外された。

 建物の中には若い男女の兵士たちが訓練を行い、もしくは白衣を着た集団が個室を使って兵器開発をしている。


 そしてジョベリは司令室に案内された。

 中に入ると首まで伸びている金髪を持つエポルシア人の男が品格のある軍服で身だしなみを整えて椅子に座っていた。


 ジョベリはその男を見ると敬礼した。


 「トセーニャ指令。戻りました」


 「ジョベリですか。今ヤニハラ、トゥサイはガナラクイと共にバカ島にいる」


 「了解です。それと、トセーニャ指令が話していた黄緑色の髪の少女の在処、突き止めました」


 「ほう?」


 ジョベリはトセーニャに詳細が書かれた書類を渡す。


 「なるほど。キタレイ大学にいたのですか。それは盲点でしたね。が、閉校してしまうのは悲しいですね。それでジョベリ。カラクリ師の内部にアンリレの秘宝について詳しく知っている人物の特定はできましたか?」


 「それはまだです。現状、ウマス様の地位が落ちてしまったおかげで我々の諜報機関はよりケウト政府に気を遣わないといけないことになっています。もしこれ以上内部に触れると……」


 「問題はありません」


 トセーニャは机に置かれた紅茶を飲む。


 「我々は裏でケウト政府とカラクリ師と協力し反カイザンヌ同盟として組織している傭兵集団です。たとえ行き過ぎた行為に出てもケウト政府の意向通りであれば問題はない。我々、ヘリアン・ウルルはカイザンヌに冒涜され、苦しめられたもの達が組織した集団。それをその身で感じたトゥサイが目指すヘリアンカによる統制を実現することを目的としています」


 「——ヘリアンカの復活、できるのでしょうか?」


 「さぁ? トゥサイに聞いたところ誰かの為に損得利益関係なく弱者を守る集団です。要するに現状カイザンヌ討伐が第一目標です。ジョベリ。これからもアンリレの秘宝、およびカラクリ師内部と繋がろうと画策する勢力の調査をお願いします」


 「了解です」


 ジョベリは椅子から立ち上がると司令室から出た。

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