54話 殻を開ければ
カンナはフルを見る。
フルの後ろに立つ三人。ユニーネ。フェルガ、カラクルはカンナが見る限り困った顔をしている。およそフルが無理やり連れてきたものだろうと考える。
「ふ、る?」
「あ、自己紹介ですね。分かりました!」
フルは楽しそうな口調で一人づつ自己紹介する。
「まず金髪のエポルシア人の女性はユニーネです。それから陰湿そうな顔をしているのがフェルガ、最後はカラクルです!」
「——そ、う。よろ、しくね」
「よろしくお願いします」
ユニーネ含め三人は行儀良く頭を下げた。そしてユニーネはフルに視線を移す。
「て、フルちゃんどうして呼んだの?」
「そうね。これは大学の根本に関わる問題よ!」
フルは腕を組む。三人含めカンナは息を呑んだ。
「今から始めるのはエザック理事長の調査よ!」
フルは元気な声を出す。しかし、三人は少しポカーンと口を開け、カンナはいつフルに自分が調査するのはラジェンだと伝えようかと悩む。
この気まずい空間はフェルガが声を発することでかき消された。
「——浮気調査か?」
「そうそう! 浮気調査……。ちっがーう! どこの女子があのお爺さんと付き合うのよ!」
「掃除のおばちゃんとか……」
「ユニーネも違うわよ! ——ふぅ、私が調べるのは理事長の裏の顔よ! それからラジェンとか言う人についての調査が本命!」
フルは指先を天井に向け声を抑えながら言う。すると怯えた様子のカラクルが手を挙げた。
「あ、あの〜フルちゃん。どうして調べるの?」
「——もしかして兄さんが襲われた事件の時、フルちゃんいた?」
何かを悟ったユニーネはフルの腕を掴み、力を強くする。
「うん。いた! ラスターはラジェンという人にボコボコにされたの。カンナ先輩も見ましたよね!」
「怪我。してた、ところは」
カンナは証言する。ユニーネは少し不満げな顔をしたがフルの腕から手を離した。そしてフルは先ほどから話したそうにしているカラクルを見る。
「あ、ごめん。続けて」
「う、うん。えっと、まずラスターさんがボコボコにされたのって……」
「あんたと別れてからね。その後にエザック理事長がヨカチ先輩とこそこそ何か話しているのを盗み聞きしているのをラジェンに見つかって追われたの」
「——そうなんだ」
カラクルはどこか納得の声を出す。
「——フェルガ、さん。聞くこと、ないの?」
カンナは先ほどから何も聞かないフェルガを見る。フェルガは腕を組みながら目を閉じているだけで何も動きがない。
それから程なくしてフェルガは目を開けた。
「聞くことはないです。カンナさん。とりあえずまとめればエザックとラジェンについて調べよう。そういう訳になりますか。俺からすればエザック理事長を調べるのは愚策かと。下手をすれば大学から追放されかねませんし、ラジェンと繋がりがあれば身の安全がない。さらに3階の人気のない教室で二人きりで話し合ってその場にラジェンという人物が存在するのは明らか不自然でしょう」
フェルガはドヤ顔をフルに向ける。
「だからフル。調べるならラジェンだ。まず大学関係者に出来ない剣を持って歩くことができる時点で不審者だ。あの人物の出自を調べれば色々と分かる。指揮系統が分かればエザックのことも把握可能だからな。どうだ、フル」
フェルガはフルに指を差す。フルはまるでその推理を解いてドヤ顔する探偵のようなことをしているフェルガに何か言いたくなったが堪える。
するとカンナは手をあげて前に出た。
「とり、あえず。調べるのはラジェン。理事長、は。オズバルグ先生。が、するから」
「あ、そうなんですか?」
フルはカンナの言葉を聞いて納得の顔をする。その隣に立つフェルガは自身の推理が無駄だと気づきあからさまに落ち込んだ顔をし、カラクルが慰める。
そんな裏の事情にフルとカンナは気づかず二人の世界に入っていた。
「うん」
カンナはフルの言葉に頷く。フルはそう来たかと頬を赤く染め、笑みを浮かべると拳を上に掲げた。
「なら、早速調査よ!」
フルの言葉は教室中に響き渡った。
それから三日間フルとカンナとさらに三人を含めた五人はラジェンについて調べる。
しかし、何も情報が無く無駄足の状態だった。
だが、疑問点としてラジェンの情報が一切出て来なかった。
授業終わりフルはカンナとともに廊下を歩く。
「えーと。何処かおかしいですよね。ラジェンがどこに潜んでいるのかも分からないし、フェルガとカラクルたちも調べているみたいですけど。あ、でもユニーネがもしかしたら違和感がないように生徒もしくは教授として潜んでいるか持って話していたんでその可能性も否定できないですよね?」
「う、ん」
カンナは頷く。
それはカンナ自身もなんとなく疑問を抱いていた。流石に学内で暗躍するのであれば偽名を名乗っていないとおかしい。さらにフルの証言からお面をつけている時点でよっぽど存在を把握さてたくないはず。
そう認識した。
すると前からヨカチが歩いてくる。フルはヨカチを見ると手を振った。
「あ、ヨカチ先輩!」
「あ。ふ、る」
「どうかしました?」
ヨカチはフルとカンナに気づく。カンナはやってしまったと思ったがここは上手いことフルの口からラジェンという人物名が出ないように注意する。
「二人してどうしたんだ?」
「——げん、き?」
「カンナか。今まで通りだ」
カンナはヨカチと他愛のない会話をする。基本的にカンナとヨカチの会話は基本こんな感じだがヨカチとカンナ双方共に満足しているため別に気にしていない。
だが、ヨカチはカンナとフルの不審さに気づいたのか詰め寄る。
「——一応だが二人はヘリアンカ調査に任じられた身分だ。おかしな真似はしないように」
「わか、ってる。ヨカチも危ないこと、したら駄目……だよ? 最近、おかしいから」
「別に俺はおかしくない。良いか? キタレイ大学は数百年の歴史を持つ伝統校だ。だが、反帝国連盟のせいでその評判と権威は著しく低下した。だからこそこの大学の命運はお前たちにかかっている。良いな?」
「わか、った。じゃ、お腹が空いたから食堂に、行くね」
「——そうか」
カンナはそういうとフルの手を引っ張ってその場を後にしようとする。
そしてヨカチが見えなくなった辺りでカンナは深呼吸するとフルを見る。
「フル、ヨカチに言いそうになった?」
「えっと、カンナ先輩。直で見た目撃者なんで流石に言わないですよ」
フルは苦笑する。
だが、フルはほんのわずか言いたくてたまらなかった事は内緒にする。
「けど、ヨカチ先輩多分知っていると思うんですけど流石に聞くのはまずいですよね」
「——う、ん」
カンナ自身オズバルグよりヨカチに近づかないように言われている。しかし、カンナにとってヨカチは唯一無二の人物だ。
しかし、もしヨカチが気軽に答えたとしてその後の彼の安否が保証できない。
「とり、あえず。今日は解散ね」
「ですね」
フルとカンナはどこか名残惜しそうな顔をしてその場で解散した。
カンナはその後オズバルグの元に向かう。
オズバルグとはカンナの研究室で密談といった形で情報を共有していた。
研究室に入ると椅子にオズバルグが座っていた。
「来たかカンナさん」
「は、い」
カンナは椅子に座るとオズバルグを見る。
「今のところ私が共有した情報は理解できているかい? 確認だけどエザック理事長はおおよそ裏に何かがいる。その正体を突き止めようとしているけどまだ分からないんだ。もしかすると先月に起きた反帝国連盟と繋がっている可能性もある」
「はい。け、ど。警察が沢山、捕まえたはずなのに。なんでいるのか……」
「司令塔は簡単に崩されてはいけないからねぇ、もしかすると反帝国連盟の者たちを引き込んでいた可能性がある。現に廃墟とこの大学に繋がる抜け道がある」
「——廃墟ですか?」
「あぁ。君とフルさんが一度行ったあの廃墟さ。あの廃墟に反帝国連盟に関連した物が散乱していた。そしてあそこはカラクリ師が所有している場所だからね。実際この大学に在籍しているカラクリ師は一斉に取調べを受けたさ」
「——」
「とりあえず今日はもう帰ろうか。家まで送ってやろう」
「ありがとうございます」
カンナとオズバルグは研究室から出た。
その裏で一人の仮面を被った物が彼らを監視していた。
同時刻、エザックのいる理事長室にラジェンが入る。
「エザック様。我々の存在を感づいている者がおります」
「ふむ、そうか」
エザックを髭を撫でながら席から立ち上がると窓から外を見る。
「ヨカチが漏らしたのか?」
「いいえ。おおよそ私が殺し損ねた女子大生の可能性があります。脅したはずです」
「なら、どうして認知されている」
エザックはゆっくりラジェンに体を向けると近づく、エザックの仮面に触れる。そして不気味な笑みを浮かべた。
「今日はどっちだ? 貴様は時折深層心理が変わるだろう? 二つの性を持っている所以か女の時があれば男の時がある。お面を被るのも心と一致しないからだろう。女であるのであれば仮面を外しオズバルグを懐柔。男であればカンナを懐柔。良いか? だが、そうするのもしないのもお前に任せる」
「——はい。お任せくださいませ」
ラジェンはその場から姿を消した。
「——その喋り方、今日は女か。少しばかりまずいな」
エザックは誰にも聞こえない声でそう呟いた。
ラジェンは大学から出るとカンナとオズバルグの後をつけ、深呼吸をすると胸を押さえた。
ラジェンは二つの性を持っている。
男と女。生まれた時は両親から男として教育されたが、学校では女として教育された。だが、特異な体質なだけあって周りに馴染めず、むしろ迫害された。
体つきは中性的であるが、男の時は肉付きが良くなり、女の時には胸が重い感触がある。そんなはずはないがそのような気分になるのだ。それもあって仮面を付けたがそれはもういつの日か覚えていない。
そんなラジェンを誘惑したのはエザックだった。エザックが教えた教えはラジェンの心を癒してくれた。
その音を胸にラジェンはエザックの為に働く。再び信用を取り戻すために。
ラジェンは剣を抜く。
だが、ラジェンは少し欠点があった。男の時であれば闘争心が上がるが、女の時であれば真逆なのだ。
「——先生!」
すると前を歩いていたカンナが足を止めると後ろを振り向く。オズバルグもカンナの声に気づくと振り返りラジェンを見た。
「——君は……っ!」
「見られましたか」
ラジェンはオズバルグに向かって走り出す。
距離も近い。必ず殺せるはずだ。
カンナはラジェンの動きに気づくとナテッドの剣を引き抜き、オズバルグの前に立ち塞がる。
「邪魔だ!」
ラジェンはカンナに斬りかかる。カンナはそれを剣で受け止めたそして受け流すとラジェンの脇腹を剣の柄で殴る。
「——っ! 貴様!」
ラジェンは目標をカンナに切り替え、再び斬りかかるがカンナは慣れた手つきで受け流すと峰打ち、もしくはタックルしてラジェンからオズバルグを守る。
「あ、なた。どうして?」
「私はエザック様に忠誠を尽くしてきた。だが、私とエザック様の名前が知られれば私を見てくれなくなる!」
ラジェンはカンナに何度も斬りかかるがカンナをそれを防ぎ切る。
「どうして! どうして当たらない!」
「あ、なたと違って目が見えない、から。見えない、から。油断できない」
「何っ! 私が油断しているだと……っ! 私は真剣だ!」
「嘘。教えてもらったの。エポルシア、の。女の人に。私、が里に帰省していた時に、来て。剣術、教えてくれた」
「待ってくれ」
オズバルグはカンナの肩に手を乗せるとカンナの前に来た。
「エザック理事長の名前がなぜ出てきたんだ。君の雇い主がエザック理事長で間違いないのだな?」
「——これだけは伝える。エザックにはもう関わるな」
ラジェンは咄嗟にその場から姿を消した。カンナは胸から手を撫で下ろすと剣を鞘に戻す。そして肩を押さえた。
オズバルグはカンナに近づく。カンナの左肩に触れると血がべっとりついた。
「カンナさん。無理をしていたのかい?」
「は、い……。け、ど。すぐに、治るんで」
「——一応かかりつけ医を呼ぼう」
オズバルグはキタレイ大学がある方角を見る。
——敵はエザック理事長か。
オズバルグはエザックが何かを隠している。そう確信した。




