53話 忠告と増援
キタレイ大学でフルがラジェンと名乗る人物に出会った次の日、フルはいつものようにカンナの研究室で資料を目にしていた。
最近はフルにとってショックな出来事が多かったなとフルは資料に目を通しながら考える。
まず、ヨカチの不審な動きだ。ヨカチはキタレイ大学の学執会の会長だ。カンナは学執会でお世話になっているし、フルも遺跡調査の際には面倒を見てもらった。そのヨカチが怪しい行動をしていた。それだけでもフルにとっては十分ショックだ。しかし、フルと関わりたくないからその場を離れたなら全然いいのだがそういうことではなさそうだった。
そしてそれに呼応するようにラジェンと名乗る剣を持った人物がフルの前に姿を現したのだ。
「あの人は誰なの」
フルの問いかけは一人しかいないカンナの研究室に虚しく響き渡る。
「オズバルグ先生に話したら、オズバルグ先生が怖い顔を見せるし…」
オズバルグにラジェンとのことを話したフルであったが、オズバルグの口から発せられたのは口外するなというものであった。ラジェンの正体やその行動理由など、何も教えてはくれなかった。その時のオズバルグの鬼気迫る表情を今でもフルは鮮明に覚えている。そんなオズバルグの態度をみるに、どうやら何かオズバルグは知っているとフルは思うのだったがそれ以上聞くことは憚られた。普段優しいオズバルグの見せるいつもと全く異なる表情に言葉をかけられなかったのである。
「こんなときに誰かいたらなぁ」
フルは自分の胸の内にある一連の事件から来るモヤモヤを誰かと話して解消したかった。そのために急いでカンナの研究室まで来たのだが、まだ誰もおらず一人資料を見ていたのだった。
「カンナ先輩早く帰ってきてー!」
一方その頃カンナは教職員の部屋でオズバルグと対面していた。
「それで、オズバルグ、先、生。用と、は、なんで、す?」
カンナは突如授業終わりにオズバルグによって呼び出されていた。ヘリアンカ関連のカンナの研究の進捗を聞きに呼んだのだろうかと思案するカンナであったがオズバルグの口から出たのは想定外のものだった。
「ヨカチ君のことだ」
「ヨカチ…」
カンナはここでヨカチの名前が出るとは思ってなかったので驚きで固まった。
「どうして、ヨカチ、の、名前が」
カンナは学執会の会長で友であるヨカチの名前をオズバルグが出す理由を知ろうとする。それはヨカチに何かあったのかとその身を案じるカンナには当然のことだった。
「詳しくはまだ話すことはできない。すまないね」
カンナはオズバルグが次に話す言葉に全身全霊で耳を傾ける。
「私から言えることはヨカチ君に気をつけなさいということだ」
「どういう、こと、ですか!」
カンナの想像は逆だったのだ。ヨカチの身に何かあったのではなく、ヨカチが何かする可能性があるとオズバルグの言いたいのだと直感的にカンナは思った。
「詳細は話せないが今のヨカチ君と行動を共にするのは危険だ。学執会に出席するのも当分控えたほうがいいだろうね」
カンナはオズバルグからの忠告がまるで受け入れられなかった。一切の事情も話されずいきなりヨカチと会うなと言っているようなものだ。そんな横暴な忠告はカンナは受け入れられるはずがなかった。
「嫌です」
カンナはオズバルグの話を聞いて真っ先に出たのは否定の言葉だった。考えるよりも早く口が動いていた。
「カンナさんならそう言うと思っていたが…」
オズバルグは悩まし気に頭に手を当てる。オズバルグがカンナのためを思って忠告してくれているのは分かっていた。けれどその言葉に従いヨカチから距離を置くことはヨカチを見捨てた気持ちになるのだ。
そうやってヨカチを、友を見捨てるくらいなら自分が傷ついたほうがましだとカンナは考えていた。
それにオズバルグがヨカチから離れろと言うということはヨカチの身に何かがあるということだ。あの優しいヨカチが人に害をなすとは思えない。それ相応の理由があるに違いないとカンナは思った。
「オズバルグ先生!」
カンナはオズバルグの眼を真っ直ぐに見つめる。
「わ、たし、は、ヨカチの、元、を、離れ、たく、ありません」
カンナの死線を受けてオズバルグはカンナに改めて向き直る。
「今、離れる、とヨカチ、を切り捨てた、みたいに、なる。それでは、きっと、後悔し、ます」
カンナの言葉を聞いたオズバルグは否定することも肯定することもなく少しの間黙り込む。
「そうかもしれないが、それで君の身に何かあったらどうする。何かあってしまったら後悔すらできなくなるかもしれないよ」
「それでも、構いません!」
カンナはその強い意志と強い思いをオズバルグにぶつける。
「それに、友達が、困っている、とき、は、離れるんじゃ、なく、て傍に、いたい、一緒に、寄り添いたい、です」
オズバルグはカンナの熱弁を黙って聞いていた。カンナが話し終えるとにうーん、と唸り、カンナの眼を見て言った。
「わかった。カンナさんの言いたいことは分かった。でも私にも君たち生徒を預かる身としての責任がある。そのため、危険がある可能性を排除できないのを分かっていて、君を止めないとうことはできないんだ。分かるね」
「はい…」
カンナもオズバルグの言いたいことは痛いほど理解できた。カンナにヨカチの友という立場があるようにオズバルグだって立場があるのだ。
「けれど君の言うことも最もだ。友が苦しんでいるかもしれないのに無視出来ないという気持ちも分かる」
カンナは俯いたままオズバルグの話を聞いている。
「そこでだ、折衷案を出そう」
「折衷案、ですか?」
「そうだ」
「用はヨカチ君に危険がないと確認さえできればいいんだ。その確認は私が受け持つ。その間だけカンナさんはヨカチ君に会わないようにしてくれさえすればいい」
それでは先ほどと同じではないかとカンナは落胆する。これでは折衷案にならないとカンナは思った。
「そしてカンナさん。君にもそれを手伝ってほしい」
カンナは思わぬ勧誘に目を見開いた。
「私一人では手が限られているからね。私は主に大学の裏側について、特にエザック理事長について調べようと思う。カンナさんは昨日のラジェンという人物について情報を集めてほしい」
「ラジェン…」
ラジェンと言えばフルが遭遇した剣を持った中性的な人物のことだとカンナは思い出す。
「決して接触はしてはいけない。危険だと思ったらすぐにやめてほしい。その上でできる限りでいいからラジェンの情報を集めてほしい。その情報でヨカチ君の疑いが晴れるかもしれない」
「分かりました」
カンナはヨカチの疑いが晴れるならと二つ返事で快諾した。それに加えてラジェンという人物を探っていくことでヨカチの助けになるかもしれないとカンナが思ったからでもあった。
「長々と話してすまなかったね。今日の話はこれで終わりです」
「では、失礼します」
カンナは釈然としない思いがないこともなかったが、次にすべきことが明確になったことで少し胸がすく気持ちだった。
進むべき方向が決まったとはいえ、一人で行動するにも限度がある。ここは事情を知るフルに協力を要請したほうがいいと考えた。
そんなことを考えながら研究室のドアを開くと目の前に何かが飛び込んできた。
「カンナ先輩!」
飛び込んできたのはフルだった。フルに押される形で床に倒れ込む。
「フル、お、重い」
「重いなんてそんな! 私太っていません! 私が重いとしたらそれはカンナ先輩を思う私の気持ちです!」
フルがヤンデレになりそうな発言をしたのですぐにフルをどけてカンナは起きた。
「フル、話、がある」
カンナはフルに向き直るとオズバルグとの話を共有した。
「なるほど、なるほど。実は私もヨカチ先輩のことを考えていたんです。分かりました! 私も協力します」
フルが協力すると言ってくれたことでカンナは安堵の息を漏らす。
「そこで相談なのですが、私の知り合いを誘ってもいいですか?」
「知り合い?」
「はい。一人でも多いほうがいいでしょ? それにとっても頼りになるのできっとすぐ調査できるはずです!」
フルに押されるかたちでカンナは助っ人が参加するのを了承した。フルは大急ぎで研究室を出ていくとその助っ人は数分で研究室に現れた。
「ユニーネ! カラクル! フェルガ! 入って来て!」
カンナの目の前に現れたのは三人の学生たちであった。




