52話 残党の負け惜しみ
——キタレイ大学の正門前でフルは一人で考える。すでに外は薄暗く、パラパラと小雨が降るなかにフルはいた。
まず先ほどのヨカチの不審な行動だ。ヨカチはカンナとともに学生執行委員会。略して学執会で作業をしているはずだがなぜかヨカチだけが別にフルの目の前を通り過ぎた。
フルは怪しみながらも気に留めずに帰ろうとした矢先にふと思い出すと気になってしょうがなかったのだ。
フルは腕を組む。
とりあえずヨカチ先輩の行動……少し怪しいけどお手洗いだったらすごく違和感がない。だけど私が声をかけたのを無視するのは少し珍しい。なんだかんだ反応を示してくれたのに。
フルはそう思うと体の向きを大学に再び向けると学執会室に向かった。
本校舎に入ったふるは学生執行委員会の部屋に向かう。そして長い廊下を歩いて部屋の前に着くとフルは勢いよく扉を開けた。
——ビンゴ。誰か中にいる。
そんなフルのやったぜと言った顔の先で起きていたことは髪をお下げにして結び、キバラキの特徴である白く綺麗なツノを生やした眼鏡をかけた少女がポツンと委員長席に座ってお菓子を食べていた。
その少女こそカンナだ。要するに部屋の中ではカンナはお菓子を食べて暇を持て余していたという情報だけだ。
フルは唖然とカンナを見るとカンナは口に入っているものを飲む。
「ふ、る?」
「あの、何しているんですか」
「お菓子、食べてる、の。フル、も。いる?」
カンナは椅子から立ち上がるとフルにお菓子の入った袋を渡す。フルは流れに誘われて袋を受け取ると咄嗟に首を横に振った。
「いやいやいや! カンナ先輩なんでくつろいでるんですか!?」
「ヨカチを、待ってるの」
「え、待ってるんですか?」
「う、ん。作業は、終わったけど。鍵を持ったまま、ヨカチどこかに行ったの」
「……なるほど。えっと。どこに向かったとかはなかったですか?」
「よう、じ。しか言ってなかったよ?」
「なるほど」
フルは少しばかり考えた。
ヨカチは学生執行委員会の委員長だ。用事が入ってもおかしくないが、あのヨカチが用事とだけ雑にカンナに伝えてそのまま部屋を後にするのだろうか?
「ふむ。分からない」
「——?」
カンナは首を傾げる。
フルはとりあえずヨカチを呼びに行くとカンナに伝えると部屋を後にした。フルは本校舎を歩き回る。
教授や生徒に聞いたりするがなかなか情報が集まらなかった。
フルは廊下の壁に置かれてる椅子に座ると体を伸ばす。すると肩から音が鳴った。
「はぁ……。骨が折れるわね。ヨカチ先輩本当にどこに行ったんだろう?」
「あれ? フル?」
「誰?」
顔を上げるとフルの目の前にエリオットいた。エリオットは相変わらず魔道具を持ちながら歩いていた。
フルはエリオットを見ると安堵の息を漏らした。
「エリオ。ヨカチ先輩見なかった?」
「え、ヨカチ先輩は見てないけど。どうしたの?」
「あの人カンナ先輩は委員会室に置き去りにして鍵を持ったままどこかに行ったのよ。で、今呼びに行っているところ」
「へぇ。あ、なら僕も手伝うよ?」
フルはエリオの言葉に善意を無碍にするかしないかで考える。フルはなんだかんだエリオットに世話になっているため無碍に扱うのも申し訳ないと感じていたからだ。
「ううん。大丈夫」
「そう? なら良いけど。それじゃクラが待ってるから僕は帰るね。——あ、待って」
エリオットは大きなカバンからビリビリくんを取り出すとフルに渡す。フルは訳がわからないまま受け取った。
「最近フルの身の回り危ないことが起きてるから万が一の護身用を作ったよ」
「ふーん。まぁ、ありがたく頂くわ」
フルはビリビリくんを鞄に入れた。そしてエリオットはフルに向かって手を振る。
「じゃ、明日」
フルはエリオットに向けて手を振り返すと椅子から立ち上がる。そして再びヨカチを探しに歩いた。
それから本校舎の階段を登り三階に登ってあたりを彷徨う。
すると目の前に見知った影が見えた。その影は金髪で長い耳、そして筋肉質でガタイのいい男だった。男は後ろ姿だがしっかりとフルに魔に入り、咄嗟にフルは曲がり角に隠れた。
「——ラスター先輩? 何故ここに?」
フルはゆっくりと歩き始める。
ラスターが歩いた道を歩くと徐々に女性の声とラスターの声が聞こえてきた。最初はくぐもった声で何を行っているのかが分からなかったが、近づくにつれて徐々に声が聞こえる。
「良いじゃないか同じ学科の仲だろ!」
「えっと……わ、私用事あるので……」
「気にすんじゃねぇって! 飯は俺が奢るぜ!」
少なくとも大きな声を出した男とオロオロとした女性の声。いくら何でもおかしい。
フルは曲がり角を覗き込む。すると視界の先には帽子を被り、声や見た目小柄の少女の外見をしたカラクルが困った顔でラスターを見ていた。
ラスターはカラクルを壁に追いつめるように近づき、両肩に手を乗せて動けなくしていた。
「——あ、フルちゃん!」
カラクルはフル目があい、つい名前を呼ぶ。それを耳にしたフルは舌打ちしそうになるがすぐに振ると目を合わせたラスターを見て諦めた。
ラスターはフルを見ると嬉しそうな顔をする。
「おぉう! フルちゃん!」
ラスターはフルに飛び付こうとするが咄嗟にフルが横に移動したため、地面に顔をぶつけた。
フルは地面に顔面をぶつけたラスターに一度蹴りを入れた後カラクルに近づいた。
「えっと、カラクルさん?どうしてここに?」
「どうしてって……ここは物理学部の所だよ? 物理学部は生徒が多いいから本校舎にも置いてあるの」
「あぁ〜」
フルは納得の声をあげる。しかし、フルは内心ツッコミしたくてしょうがなかった。
フルの知っている限りカラクルは男。見た目と声と体型は振ると同い年の少女としか見えないが、戸籍上では男である。
フルはカラクルを見ると反応に困った顔をする。
「て、貴方男なのにどうしてラスター先輩に?」
「えっと……。ラスター先輩入学してからずっと私に付き纏ってて……。一応子供は作れないって言ったけどしつこくて……」
「それ誤解生んでそうな気がしますが……。て、そんなことは良いんです。ヨカチ先輩見ませんでした?」
「ヨカチさん? 学生執行委員会の人だよね?」
「うん。探してるんですけど全然見つからないんですよ」
「ヨカチさんならここからまっすぐ行って突き当たりを右に回ったところにある部屋に入っていったよ?」
「本当!? ありがとうカラクルさん!」
フルはカラクルの手を握ると全力で振る。カラクルは困った顔をしたが嫌がらずされるがままとなった。
すると突然ラスターが起き上がると後ろからフルの肩に手を置く。
フルの足元にエリオットから貰ったビリビリくんが落ちる。
「フルちゃん相変わらずだなぁ! そんなに無視したら俺だって悲しいぞ!」
「え、ちょっと!?」
ラスターは無自覚だがフルにとってラスターはカンナとの絆を破壊しようとした張本人。
フルからの好感度は世にも珍しいのと唯一と言っていい負の数値を叩き出していた。
「気持ち悪い! 離れて!」
フルは堪忍袋が切れて床に落ちたビリビリくんを拾うとラスターに当てた。ラスターはビリビリくんによって全身に電流が走り地面に倒れ所々煙を出していた。
もちろんフルも無事ではなく、身体中に痛みが入った。
カラクルはフルに近づく。
「フルちゃん!」
「——あ、私今からヨカチ先輩のところに行ってきます。ここは何も見なかった。そうしましょう」
フルはそういうとビリビリくんを鞄に戻す。そしてその場を後にしようとするとカラクルに服の袖を掴まれた。
「私のこと別にさん付けじゃなくても良いよ?」
「そう。ならカラクルって呼ぶね」
「——ありがとう!」
カラクルは嬉しそうな顔をするとフルに向かってて素振り小走りで階段を降りていった。フルはカラクルが話した通りにまっすぐ進み、突き当たりを右に回った。
すると声が聞こえてくる。フルは息を殺して近づくと扉から光が漏れている部屋がありフルはその前に立つと中からヨカチの声が聞こえた。
フルはドアの隙間から中を覗く。そこにはキタレイ大学の理事長であるエザックと、その前にはヨカチがいた。
エザックはヨカチに指を差す。
「ヨカチ。我々反帝国連盟はカイザンヌの指令通りに動けず、列強がエポルシアに来た際も蜂起を起こせないまま終戦した。なぜだかわかるか?」
「存じません」
エザックは机を殴る。
「お前の責任だ! 私はあれほど言ったはずだ。カイザンヌからの指令書を読んだろう! なのに連盟は動けず、ヘリアンキ自由信徒とエポルシア人民党傘下の組織と行動を共にできないまま警察に捕まった。面汚しだ! 私はお前に命じただろう。この指令書をケウト全国にいる支部に通達せよと。なのにお前は……!」
エザックはヨカチの胸ぐらを掴む。するとエザックは自身の胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
——カンナ先輩!?
フルはその写真に映る人物に気づく。写真に映る人物は髪色は普段の黒髪ではなく黄緑だが、顔の形とメガネの種類、それから顔の形ですぐに気づいた。
ヨカチは少し拳を震わせる。
「彼女は関係ないはずです。我々反帝国連盟はただでさえ評判が悪く、国からは最重要危険組織として目を付けられている。もし彼女を殺すと、懐柔している組織からも敵視されます」
「敵視? 間抜けなことを……。お前はこの娘が好きなだけだろう?」
「——っ!」
「カンナ先輩が狙われて……」
「ここで何をしている」
フルは咄嗟に後ろを向く。するとそこに立っていたのは腰に剣を携えた仮面を付けた中性的な人がいた。
女性的な声だが、口調は男らしく聞こえる。
フルはゆっくりと後ろに下がりながら立ち上が、視線はずらさなかった。
「私の名前はラジェン。その名を何度生まれ変わっても頭に刻み続けろ」
「ひっ!」
フルは咄嗟に屈むと真上に剣筋が走る。フルはすぐに立ち上がると走って逃げた。
暗い廊下を振るは必死に逃げる。後ろからはラジェンがこちら向かってくる音が聞こえる。そんな正面にラスターが現れた。
「フルちゃぁん!」
「あ、今後ろに不審者いるんで捕まえてください」
「なぁに俺はフルちゃん一筋! ——うぉお!?」
フルはラスターを盾にするとラスターの脇腹にラジェンの剣が通った。ラスターとラジェンは目が会う。するとラスターは赤面し、ラジェンは露骨な舌打ちをする。
「ちっ」
「え……?」
ラスターはゆっくりラジェンに近づく。ラジェンは仮面越しでも分かるほど不機嫌そうだった。フルは咄嗟に大きな声を叫ぶ。
私今から警察呼ぶんで捕まえてください!
「なぁに! 分かったぜ!」
「は? ——きゃっ!?」
すると急にラスターはラジェンに抱きついた。ラジェンは必死に引き剥がそうとするがラスターはがっしりとラジェンの腰にしがみついた。
フルは何かを閃く。
「ラジェンさん。この人あげますのでさようなら!」
「待て! ——ひゃっ! どこを触ってる!」
「逃がさないぞ!」
フルはその隙に階段を降った。
フルは学生執行委員会の部屋に着くと中に入った。中に入るとカンナがナテッドが持っていた剣を研いでいた。
カンナはフルが慌てた様子で入ってきたのを見ると首を傾げた。
「どう、したの?」
「カンナ先輩!」
フルはカンナに飛びつく。そして中を見渡すとオルステッドがいた。オルステッドは紅茶を飲む。
「フルさんどうしたんだい? こんなに騒がしく入ってきた」
「あ、そうです! 3階に剣を持った不審者が——」
すると部屋の前で大きな音をした。すると扉の前にはボコボコにされてあざだらけのラスターが横たわっていた。オズバルクは気づくと立ち上がり近づいた。
「なんて怪我だ! フルさん。これは?」
「多分不審者にやられたかもです」
「どうして君は無事なんだ?」
「この人、不審者に突っ込んでこうなりました」
「「——」」
フルとカンナ、オズバルグの間の空気が少し重くなる。オズバルグはため息を吐く。
「とりあえず医者を呼ぶ。君たちは事務室に避難するように」
フルとカンナはその言葉を聞くと二人一緒に事務室の中に入り、事情を説明すると応接間に入れられた。
応接間の中にはフルとカンナ以外にサーシャがいた。
サーシャは足を組んで水を飲む。
「久方ぶりだな。で、フルはそういえば故郷に帰ったんだったな? お土産、あるだろ?」
「あると思ってます? 私の地元の特産品なんて黒パンですよ」
フルは呆れらように言う。するとカンナは体をフルに近づけると優しく腰に手を回した。
「ふ、る。私がいるから、大丈夫」
「カンナ先輩……!」
「で、フル。その不審者の特徴は? あとであった場所では何が?」
「えっと、一室で理事長とヨカチ先輩が——」
フルは中で起きていたことを小さな声で話す。その後にラジェンに襲われたことも含め。サーシャは最初は作り話と思って聞いていたのが、聞き流してそうな感じだったのが、徐々に真剣な顔つきに変わってくる。
カンナも同じく真剣な顔になってナテッドの剣を少し抜いていた。
それからしばらくしてオズバルグが入ってきた。そしてフルはオズバルグにも話す。そして聴き終えたオズバルグは一言だけ口に出した。
「フルさん。この話は私たち以外にしては行けないよ」
フルの脳裏にその時のオズバルグの鬼のような深刻な顔が一生残ることになった。
フルはこのキタレイ大学の裏側に土足で踏み入るまで、一刻一刻と時が迫っていた。




