51話 夢のお告げ
エポルシアでの一連の事件の鎮圧から一か月が経った。このエポルシアの惨事は世界を震撼させ五大列強の軍まで動かす大事へと発展した。
事件は一応の解決がされたがそれは表面上でのことでしかなかった。現にエポルシアはまだまだ戦闘の傷跡が残っており、復興には時間を要するとみられていた。
そんな中でフルはスタルシアからケウトに戻っていた。そしてキタレイ大学の研究室の一室で作業しているところだった。フルはエポルシアの事件をラジオニュースで聞いていたが詳しいことは分かっていなかった。
それもそのはずでラジオから伝えられる情報は少なくメディアも分かっていないことがまだ多くあった。それに加えてフルは自分のことで手いっぱいで事件のことを気にしている暇はなかった。
「故郷か」
フルは研究室の中で一人静かに今朝の夢の内容を思い出そうとした。
「フル、フル…」
フルは誰かに呼ばれている声を意識の端で捉えた。フルが辺りを見渡すとそこには真っ白な空間があり、どこまでも広がっているようだった。
「ここは夢の中」
フルはすぐに理解した。ここは夢の中で呼びかけているのはヘリアンカだと。
「フル、聞こえますか?」
フルが夢の中でヘリアンカに語り掛けられているということを自覚すると目の前の何もなかった真っ白な空間にヘリアンカがどこからともなく表れた。
「はい! 聞こえます!」
フルは久しぶりにヘリアンカに会えた嬉しさで大きな声で返事をした。
「それは良かったです。今日はあなたの精神が安定していたので夢を使って接触することができました」
「私の精神の安定が関係しているのですか?」
フルはヘリアンカと会えない日があるのはヘリアンカがまだ会うべき時ではないと判断していたからだと思っていたがどうやら違うらしいと考える。
出来れば毎日でもヘリアンカと会えたら嬉しいと思っていたフルにとっては会えない理由が自分にあるとは思えなかった。
「そうです」
「しかし、私は最近嫌なこともなく平穏に過ごしています。なので精神が乱れているとは思えないのですが…」
フルが自分の心に聞いてみても心を乱すような事柄は無く、毎日精神は安定しているはずだと考えた。
「あなたは自分の精神が乱れているはずがないと言いたいのですね?」
「はい。今だってすこぶる元気です」
フルは自慢するように鼻をならす。
「元気なのはたいへん結構なことです」
ヘリアンカは感心するように頷きながら話を続ける。
「私の言い方が悪かったですね。精神の安定というのはフルの心だけの話ではありません」
「どういう意味ですか?」
フルはヘリアンカが言ったことの意味がわからず当然の疑問を繰り出す。
「今、私は夢を介してあなたと話ができますよね?」
「そうですね」
「ではここで質問です。フル、こうして夢を介して話すことは誰とでもできますか?」
フルは質問の意図がわからなかったがとりあえず答えることにする。
「いえ、誰とでもできるはずないじゃないですか。ヘリアンカ様だけです」
ヘリアンカは自分の望む回答だったのか満足そうに頷きながら先を続ける。
「そうです。こうして話すことは私とあなたの間でしかできません。では、それはどうしてだと思いますか?」
思わぬ問いにフルは一瞬頭が固まる。確かに今まで当たり前のようにヘリアンカと話してきたが、普通に考えれば夢の中で会話するなどおかしな話である。
もしフルの夢の中にエリオットが出てきたとしても、それはフルの夢のエリオットに過ぎない。現実の彼とは全く関係がない。現実のエリオットに夢での話をしても通じない。それが普通なのだ。
「クラレットには勘づかれそうだけ…」
「何か言いましたか?」
「いえ、何も」
フルは頭の片隅から今の話とは関係ないフルが生み出した妄想のクラレットを追い出す。エリオットのように普通の人は夢と現実が繋がることはない。
しかしヘリアンカは夢を通じて様々な現実とのつながり、主に遺跡関連の話をしてくれた。そしてそれは確かに現実へとしっかり繋がるものだったのだ。
「わかりました!」
「はい、では答えをどうぞ」
「それはずばり、ヘリアンカ様が神様だからです!」
フルは自信満々に答える。その答えを聞いたヘリアンカは、うーんと唸りながら慎重に答える。
「いいところに目をつけましたが、残念! 今回は不正解です」
「あぁ、不正解ですか」
フルはなんだか本当に悔しくなってきた。
「正解はなんですか?」
ヘリアンカもフルの悔しい顔を見て興が乗ったのか声色が一段高くなる。
「正解はあなたと私の精神が同期しているからでした!」
「そんなんわかるかい!」
フルはそれを聞いてすぐに声を出す。
「ナイスツッコミですよ。フル」
フルは恥ずかしくなって大人しくなった。
「今あなたの精神と私の精神は繋がっている状態にあります。そのおかげで私はあなたと夢で会話できるわけです」
「そうなんですか」
フルはヘリアンカの話を聞いて一つの疑問が頭に浮かんだ。
「では、ヘリアンカ様。どうして私と意識を繋ぐことができるのですか?」
「それはですね…」
ヘリアンカが話だそうとしたときフルたちのいる空間が歪に変形し始めた。
「いけません、フル。もっとあなたとお話していたいのですがどうやら時間がもうあまりないようです」
フルはクイズなんかしてるからなのではと思ったが口には出さず心の中に仕舞っておいた。
「今から大事なことを言います。イガシリへと向かうのです」
「イガシリですか? そこには何があるのですか!」
「行けば分かります。必ずあなたは辿り着きます。安心しなさい」
ヘリアンカの体がどんどん上へと浮かんでいく。
「そしてもう一つ、研究室の上から二段目の本棚を調べなさい」
「ヘリアンカ様待ってください!」
ヘリアンカはみるみるうちに上昇していきついに姿が見えなくなった。
「フル、大丈夫です。また会いましょう」
フルはヘリアンカの声だけを確かに聞いた。
「そうそう、あの後すぐにベッドから落ちちゃったんだ」
フルは夢の内容を思い出し終えると作業に戻った。
夢でヘリアンカと話したあと、フルはベッドから落ちて目が覚めた。ヘリアンカはフルがもう少しで目覚めることがわかっていたようだった。そのためもしかしたらフルがベッドから落ちそうなことを分かっていたのかもしれない。それなら教えてくれてもいいじゃないかとフルは思った。
「いやいや、こうしちゃいられない」
手元の資料に一生懸命目を通す。フルが居るカンナの研究室はヘリアンカに関わる様々な遺跡の資料が揃えられていた。ヘリアンカが現れたということはヘリアンカに関わる情報に違いない。そうなれば調べものに最適なのはこの部屋なのだ。
フルは夢の内容を頼りに二段目から取った資料に目を通していく。
「これは!」
フルが取った本の一冊から重要な情報を見つけた。この本にはリアート人の血を受け継いだ部族の名が書かれていた。
「リアートの人たちに聞けば何かわかるかもしれない」
フルはこの本のタイトルをメモする。さらに他の本を探していると夢の中で出た単語を見つけた。
「あった。ここか」
フルは一冊の本の中でイガシリという地名を探し出すことに成功したのだ。
「確かにこの集落はヘリアンカ様に関わりがある可能性が高い」
夢のときには分からなかったがフルはイガシリという言葉をどこかで聞いたことがあるのを思い出した。
「そうだ! イガシリはマトミお姉さまの故郷だ!」
フルは思わぬところでヘリアンカに関わる地名を知っていたのだ。
「これは一刻も早く返ってマトミお姉さまにあれこれ聞かないと! でもその前に」
フルは机の中から便箋を取り出すと早速手紙を書き始める。宛先はもちろん今ここにいないカンナとエリオットだ。ヘリアンカと関係のある地名を見つけたこと。さらにその地域出身の者が知り合いにいて、話を聞いてみるつもりであることなどを簡単に書き記した。
「たしか、二人は今…」
エリオットは授業があるとカンナは学執会の仕事があると言っていたことを思い出した。
フルはというとたまたま授業がないため朝から研究室に籠っていたが二人は忙しそうだった。時計の針は午後三時を指していた。
「これでよしっと」
フルは二人に向けた置手紙を書き終えると研究室の机の真ん中に目立つように置いておく。
「早く家に帰らないと!」
フルは勢いよく研究室を飛び出した。すると研究室の扉の横で何かが走り去っていくのが目の端に移った。
「あれは、ヨカチさん」
フルの言葉を聞いてその影が一瞬フルのほうを振り返った。そのとき本当に少しの間だけだったがフルと目が合った。それは間違いなくヨカチの顔だった。
確かにその影はヨカチの見た目だった。しかしヨカチは学執会の会長だ。カンナが仕事だと言っていたことから会長のヨカチが仕事をしないというのは考えられない。ということはあの影はヨカチではなかったのか、そうフルは考えることにした。
帰り道の途中に何度もヨカチのような影のことを考えてしまう。あれはヨカチではないと思えば思うほどますますヨカチに見えてくる。目が合ったときのことを思い出す。あの顔はヨカチだった。遺跡までの道のりや遺跡の内部を共に行動したからこそフルにはヨカチであったと確信できる。
フルはヨカチのその不審な行動を気に留めることにした。
「ヨカチさん」
フルが空を見上げると厚い雲が覆い今にも激しい雨が降り出しそうであった。




