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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
3章 砂の涙

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50話 決断

 『これよりエポルシアは民主主義を尊重した、エポルシア共和国に生まれ変わる!』


 トゥサイエポルシアのオアシス都市フェルガよりケウトに帰国した三日後。

 フェルガからソクナムに続く道を三両の装甲車が列を成して走る。その内二両目の装甲車の中でフローレスは窓から外を覗きながらラジオを聞いていた。

 隣ではオスニが座り書類の整理していた。

 ラジオから流れる声はエポルシアのカイザンヌからの解放。それからエポルシア人民党幹部とヘリアンキ自由信徒軍の最高司令官が軍法会議のよって処罰されたという情報だ。

 フローレスはため息をつくとラジオを切る。するとオスニは再びラジオを流し始めた。


 「フローレス。故郷(エポルシア)が解放されたんだ。少しは聞いてみろ」


 「故郷(エポルシア)はもう眼中にない」


 「——そうか」


 オスニは適当に返すと整理していた書類の一枚を取り出すとフローレスに見せる。


 「——これは……」


 「君が私とソクナムの残党狩りに向かった際に処刑したカイザンヌ主義者の一覧表だ。君は素晴らしいことに幹部を積極的に撃った。軍部も喜ぶだろう」


 「偶然だ」


 フローレスは書類を手で払う。

 オスニはその反応を見て少し頷くと笑みを浮かべた。


 「とりあえずこの後は今日より晴れてエポルシア共和国1代目大統領に就任するクルガ大統領と謁見だ。クルガ大統領とは親交があるのか? 彼が直々に君を呼んだ」


 「——私の親友の義理の父親です。親友は金髪のエポルシア人。クルガはピト族」


 「なるほどな——」


 「親友は死んだ……私のせいで。会わせる顔はないです。直接会ったことはないですが」


 「直接はないのか? 親友の家ぐらいは行くだろう?」


 「エポルシアでは友達は反政府的集会として禁止されています。それによその家に入るのも禁止です」


 フローレスは淡々と告げる。

 フローレスは少し暗い表情であるものの、特段気にしていなかったが、オスニは少し同情したのか深く息を吐く。

 少しの間沈黙の魔が続く。


 「——辛いな」


 「別に気にしてません」


 「そうか。……で、とりあえずそろそろクルガ大統領の待つ仮公邸に着く。そこにつけばラインハック将軍が迎えに来ている」


 「了解」


 それから装甲車はソクナム市街に入り、被害が少なかった街の東側に進む。

 そこはほぼ廃墟になっているソクナム中央とは異なり黄土色をしている石造の高層の家が至る所に立っている。

 だが建物の壁に弾痕が生々しく残り、不発弾が地面に突き刺さり戦争の生々しさを物語っていた。

 

 そこをさらに駆け抜けると戦前は役所だったであろう周りの無個性な建物とは違って梁らの紋様が豪華で屋根のデザインも王宮にあるものと変わらないほどの華やかさであった。

  建物に向かって伸びる階段の前に一人の男が立っていた。

  装甲車は男の前で停まる。


 「——少しだけの間ですが世話になりました」


 フローレスはそう口にすると扉を開けた。するとオスニはフローレスの腕を掴むと何かを渡した後、フローレスにそれを握らせた。


 「あぁ。これで会うのも最後かも知れんな。これを受け取れ」


 「これは?」


 それを固いがまるで瓶の蓋の形をしている。

 フローレスは手を広げると手のひらの上にはまるで花形に加工された瓶の蓋があった。顔を上げるとオスニは少し寂しそうに笑っていた。


 「部下からだ。あの時お前に同情したらしくてな。せめての償いで仕事の合間に作ったみたいだ」


 「分かりました。お礼を伝えておいてください」


 「うむ。ご苦労だった」


 フローレスは扉を開けると装甲車から降りる。そして扉を閉めると敬礼した。装甲車はフローレスと階段前に待つ男を残して走り去った。

 フローレスは後ろを向いて男の下に歩く。

 フローレスは男の立派な軍服と逞しい体つきからオスニが言っていた将軍ではないかと考えると敬礼した。


 「私はラインハック元帥です。フェルガでの戦いの援軍ありがとうございます」

 ラインハックはフローレスに大きな声で名前を名乗った。

 

 「クルガ大統領がお待ちです。ご案内します」


 フローレスはラインハックに仮公邸の中に案内された。

 その間にフローレスはラインハックについて色々質問しすることで様々な情報を得た。

 それはラインハックがこの戦争中に数少ないクルガ派として共和国臨時防衛軍と呼称する組織としてトゥサイ(ヤニハラ)と共に奮闘したこと、その後にクルガから正規軍として全員が採用されたことだ。

 ラインハックは現在は正式に共和国軍元帥として荒廃したエポルシア全土に治安維持を列強と共に行なっていた。


 しばらく歩くと大きな扉の前についた。

 ラインハックは扉をノックするとゆっくり開ける。


 「どうぞ」


 「ありがとうございます」


 フローレスはそのまま中に入る。すると扉が閉まる音がした。

 中は応接間であろうが全体的に家具は全てボロボロ。そして目の前には立派な服装をした男が立っていた。

 男は電話を耳に近づけていたが、フローレスが入ったのに気がつくと電話を机の上に置く。


 「——君がフローレスか。私はクルガ。エポルシア大統領だ。娘が世話になった」


 「——はい。フローレスです。大統領閣下」


 「うむ。さぁ、ソファーに座って寛いでくれ」


 フローレスはクルガに言われるがまま座る。その後にクルガは座るとフローレスに目を合わせた。


 「フリス……じゃないか?」


 「——よくご存知で」


 フローレスはお菓子を摘むと優しく齧る。


 「ヘリアンキ自由信徒から伝わった外見の特徴と娘が話していた特徴が一致したからな」


 「——で、本題は?」


 クルガは息をゆっくり吸うとそうフローレスに告げた。フローレスのお菓子を食べる手がとます。


 「君のことは娘から聞いていた。娘——アンナは君のことを本当に信頼していただろうね。ずっとどこかに生きていると信じていた。親友としてまた会いたいと願っていた」


 「——それと何の関係がありますか?」


 「君にエポルシア共和国からの勲章を渡したい。娘に生きる希望を与えた礼、それからエポルシア民主化の為に戦ってくれた礼、最後はこれまでの償いの意味を込めて」


 「——申し訳ありませんが受け取りません」


 フローレスは手を握り強くながらゆっくり立ち上がる。するとクルガはゆっくり立ち上がると腕を後ろに回した。


 「フリスよ」


 「……はい」


 「娘は——アンナを生きている。こっちの方が君にとって嬉しい褒美だろう。勲章より重く、美しいと私は思う。だから時々は……手紙を送ってほしい」


 「——考えておきます」


 フローレスは表情を変えずドアに向かって歩き部屋を後にした。

 フローレスにとっての大敵カイザンヌの死亡報告は出ていないどことかカイザンヌ直属の部下によるゲリラ攻撃が時折起こっている。

 フローレスにとっての復讐対象はすでにカイザンヌただ一人だった。

 公邸の中にフローレスの靴音がやけに目立って鳴り響いた。


 ————同時刻。ウルクよりリアートに向かう列車の中にトゥサイとガナラクイ、へヴェリが乗っていた。

 三人は一週間乗り続け、ようやくケイオスに到着しようとしている。

 ガナラクイはトゥサイの肩を枕に寝息を立てて眠り、へヴェリはタバコを吸っていた。


 「おいトゥサイ。やっぱりその子と付き合ってるのか? けど天空人のカラクリ師とは珍しいな」


 「そんなわけ無いだろう。ただこいつは国に戸籍を抹消されてだな、拠り所がなくなったから俺がその代わりをしているんだ。——故郷と家族、友人全てを失った。俺が代わりをしないとな」


 「お前がその代わりか。確かにお前は友人としてなら頼るあるしな」


 へヴェリは小さな声で笑う。それを見たトゥサイはため息をついた。


 「てかそんなことは良い。なんでお前がいるんだ?」


 「あぁ、司令部に帰還だ。お前がウルクに向かうことをその子に伝えたら行きたいと言ったから連れてきたんだ」


 トゥサイは嬉しそうに笑い相変わらず無駄に気が効くやつだと素直に思った。

 時刻はすでに昼を回離、ケイオスに到着するとへヴェリは立ち上がりトゥサイを見下ろした。


 「悪い。俺はここで降りる」


 「そうか。一週間愚痴に付き合わして悪かったな」


 「なぁに。別に良いさ。むしろその子に気を遣ってやれ。年上の男二人たちに囲まれてたんだからものすごく疲れてるだろう?」


 トゥサイは未だ目覚める気配がなく、ゆったりとしたリズムの寝息を立てるガナラクイを見る。


 「そうだな。それじゃ、達者でな」


 「おう」


 へヴェリはそう告げると一人降りて行く。

 それから列車はリアートに向かって再び動き出す。トゥサイはガナラクイを起こした。

 ガナラクイはゆっくり瞼を開け、腕を伸ばすと寝ぼけた様子でトゥサイを見た。


 「……トゥサイ殿?」


 「起きたか。そろそろ着くぞ」


 「——っ! すいません眠ってましたか?」


 ガナラクイは早口で言うとすぐに口を拭く。トゥサイはそれを見るとエッシャルズからテュレンを捕らえるように言われていたことを思い出す。

 あの場ではマトミなど家族に害を与えると言うニュアンスであったが、もしかするとトゥサイはカラクリ師としての姿では上司に当たるウマスより保護する対象にされたガナラクイにも危害が与えられる可能性があると考えた。

 ガナラクイはじっと見てくるトゥサイの視線に気づくと困った顔をして首を傾げた。


 「あ、あの? 怒ってます?」


 「いや、怒ってねえよ。そうだな……兄貴と連絡が付くかが心配でな」


 「お兄さんですか?」


 「おう。名前はテュレンって言って——」


 「え?」


 「どうした? 知っているのか?」


 ガナラクイはあたりを見渡した後トゥサイの耳元に口を近づると小さな声で喋り始めた。


 「あの人トゥサイ殿のお兄さんだったのですか?」


 「そうだが……。それがどうした?」


 「だいぶ前なんですがクッツオに二人で行った時があるじゃないですか? その時殺人事件が起きたのを覚えてますか?」


 「あぁ、合ったな。そのせいで少し警戒体制に入ったんだったな」


 「えぇ。その際私は犯人を探しているときにテュレン殿に会ったんです。その時黒髪の女の子がいたんですよねそういえば」


 「なるほど……。ん? 待てガナラクイ。まず名前はどこで知ったんだ?」


 「テュレン殿は私が軍に所属していた際よく来ていましたよ?」


 「——まじかよ……」


 トゥサイは思いもよらないことで頭を抱えた。

 もしガナラクイの話が本当であれば軍の機密を握ってそれを今回のテロを引き起こしたカイザンヌに漏らしていたとなればかなり不味い。最悪トゥサイの手で処刑するように命令が必ずくるからだ。

 そのとき列車はゆっくり止まった。窓を見てみるとリアートに到着していた。


 「取り敢えず到着したので降りますか。確かお姉さんの所に向かうのでしたよね?」


 「おう。結婚報告を突然してもいいぞ?」


 「し、しませんって……っ!」


 ガナラクイは顔を真っ赤にしてトゥサイの右足の脛を軽く蹴る。その反応にトゥサイは少し満足すると共に電車を降りてそのまま真っ直ぐ駅から出るとマトミの家に向かった。

 マトミの家は相変わらず大きく、街も先のテロの被害は被っていないと聞いていたトゥサイは肉眼で確認できてホッ一息を吐くとドアをノックした。


 「あの、トゥサイ殿。ここがお姉さんの家ですか? 確か留学している女の子を泊めている家ですよね?」 


 「おう。てか知ってるのか」


 「えぇ。とても活発なスタルシア人の留学生で確か名前はフル殿で……キタレイ大学のテロの際忘れ物をしていたんで届けに行っていたんです」


 「なるほどな。てかフルちゃん。今回のは本当にまずいから大人しくしてろよ」


 「ふふっ、ですね」


 ガナラクイとトゥサイはフルの奔放さを思い出して軽く笑い合う。

 それから三十秒ほどたって扉が開くと中からマトミが顔を出した。


 「あらトゥサイ! 連絡なしに来るなんて珍しいじゃない。どうしたの? それと隣の天空人の女の子は?」


 「おう姉貴。この子はガナラクイ。見ての通り天空人で同業の子だ」


 「へぇ……。ついにトゥサイにもカラクリ師の弟子が生まれたのね。まぁ、取り敢えず上がって」


 「おう」


 「お、お邪魔します」


 二人はマトミに案内される。ズカズカと家の中を進むトゥサイとは裏腹にガナラクイはおどおどしながら奥に進む。

 そしてリビングに案内された二人の前にお茶が置かれた。

 マトミはお茶を淹れた後席に座るとお茶をゆっくり飲んだ。


 「で、トゥサイどうしたの? いつものあなたならもう少しは騒がしいでしょ?」


 「あぁ。やっぱり姉貴にはバレるか」


 トゥサイはマトミの指摘に冷静に返すとお茶を飲んだ。ガナラクイはトゥサイとマトミの空気に押されるように静かにお茶を飲む。


 「兄貴はどこにいるんだ? 兄貴はよく消えるけど姉貴には定時報告してるから場所を知っていると思ってな」


 「あぁ、テュレンね。そういえばトゥサイが来る三十分前に一度顔を出してきてすぐに野鳥観察に行くって言ったわ。確かキタレイ大学の裏にある森に行ったわよ」


 「……そうか」


 「何か用事?」


 「あぁ、少し伝言があったんだ。多分兄貴のことだからまだ絵を描いてるだろ」


 「そうね。けど、お客様を一人にするの?」


 トゥサイはガナラクイを見る。ガナラクイは私も着いていきますと言いたげな顔をしていた。


 「ガナラクイ。お前に姉貴を任せた。すぐに戻るから安心してくれ」


 「え、あ……はい」


 ガナラクイは露骨に落ち込んだ顔になる。そしてマトミはトゥサイを見ると肩を叩いた。


 「分かったわ。すぐに戻ってくるのよ?」


 「おう」


 トゥサイは返事を軽く済ませると家から出てトゥサイがいるキタレイ大学の裏にある森に向かった。

 そこは冬にウマスと共に訪れた廃墟の近くで暖かくなると鳥たちが目覚め気持ちのいい鳴き声をあげる。

 テュレンはその森の奥にある原っぱで石に座って野鳥と観察をしていた。トゥサイはゆっくりテュレンの後ろに忍び寄るとテュレンは咄嗟に振り返るとトゥサイに気づき驚きのあまり石から転げ落ちた。


 「びっくりしたお前……!」


 「よう兄貴。久しぶりだな」


 トゥサイは冷静に挨拶をする。テュレンは何か言いたげな顔をしたがゆっくり立ち上がった。


 「全く。お前は驚かせるのが好きだな」


 「まぁ、兄貴に似たからな」


 「——ふぅ……そんなことは良い」


 テュレンはゆっくり立ち上がると地面に落とした筆と繊細に鳥が描かれたスケッチ帳を閉じる。


 「で、どうしたんだ? お前が直々に来るとは珍しいじゃないか。最近は仕事が忙しくて会えなかったから姉貴から場所を聞いてきた所だろ?」


 「取り敢えず野鳥観察、俺も参加していいか?」


 「良いぞ」


 トゥサイとテュレンは他愛もない会話をすませると二人で森のさらに奥に進んだ。

 それから二人は何も話さずただ歩いて目に入った野鳥を見た。

 そして時々話したりした。

 ——やがて昼ごろまで歩いて吊り橋に着くとテュレンは足を止めた。するとテュレンは谷間を見下ろした。

 吊り橋の下は濁流が流れており、落ちたらひとたまりも無い。


 「トゥサイ。何か隠してるだろ」


 「何がだ?」


 「話さなくて良い」


 テュレンはポケットから煙草を取り出すとライターで火をつけた。


 「俺は姉貴とトゥサイに色々と迷惑をかけた。突然画家になると言って家を出て行った挙句、金がなくなったらお前たちに金をせがんだ。その結果今二人に借金三百万ルペがあるわけだ」


 「——そうだな」


 トゥサイは腰から拳銃を取り出すとテュレンに向けた。


 「けどそれだけではダメだと分かってから情報屋を営んだ。そっちは給料が良くてお前たちの負担が下がると思ってな。けど、最初は会社間の情報屋で実績を掴んでからは中央情報局やカラクリ師とやりとりしていた」


 テュレンはタバコの火を消す。


 「だが、カラクリ師にまさか反帝国連盟と連んでいる奴がいるとは思っていなかった。そいつとは親友で色々と話して共有していたんだ。黄緑色の髪を持つ人物がいる要因。ケウトの軍事事情やアンリレの秘宝というカラクリ師の長、ウマスから聞いた情報もな」


 「国を売ろうとしたのか?」


 「まさか。俺は奴のことをケウト政府の関係者と勘違いしてしまっていたんだ。で、今回のテロが終わった後どうだ? 『感謝』と書かれた手紙が来たんだ。それを見た俺は取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいた」


 「——」


 トゥサイはテュレンの後頭部に動揺しながらも拳銃を近づける。するとテュレンは胸ポケットから一通の手紙を取り出した。


 「中央情報局のトゥサイ。実の所知っていたんだ。姉には内緒にしている。その方がいいだろう。それとこの手紙をお前に渡したい」


 「何故?」


 「俺みたいな善意で気づかない間に売国奴になるような奴は国に要らないだろう。ほら、殺せよ」


 テュレンは振り返ってトゥサイを見る。テュレンは銃を構えるトゥサイを見てもどいじるそぶりは見せず、トゥサイを安心させようとしているのか優しく微笑んでいた。

 トゥサイの銃を構える腕が震える。

 表情は躊躇っているのがわかるほど歯を食いしばっていた。

 トゥサイにとってテュレンは最高の兄だ。テュレンはトゥサイに自由奔放に生きる楽しさを教え、その影響を受けたトゥサイも同じく自由奔放な人物となった。

 そしてカラクリ師に弟子入りする場を設けたのはテュレンで、結果ウマスと出会い、運動神経と知性から中央情報局に推薦を受けることができた。

 今のトゥサイがいるのはまさしくテュレンのおかげだった。


 「兄貴はそれで良いのかよ……! 俺にとって兄貴は感謝してもしきれねぇ存在だ。カラクリ師について教えてくれてから色々あった。ウマスさんと出会いそれから中央情報局として色々あったが充実しているんだ! 俺はまだ兄貴に恩返しできてねぇし、良い作品ができたら展覧会に招待してくれるって言った約束はどうすんだよ!」


 「——ここでお前がするのは二つだ。殺すか捕獲だ。おそらく当局は早期の殺害を望んでるだろう。まぁ、捕らえても尋問後に処刑は変わらない。けど、殺されるのなら弟に殺されたい」


 「——できる訳ねぇだろ。兄貴、今すぐ後ろに向いてこの国から出ろ。俺が局員と話を付ける」


 「死ぬぞ?」


 「俺はヤニハラだ。手を出したら国民の反発が出るし、宰相と皇帝陛下から叱責を受ける。だから大丈夫だ」


 「……そうか」


 トゥサイは銃を腰に戻す。テュレンは銃を確認すると後ろに向き直り、歩き始めた。


 「——トゥサイ。俺たちは兄弟だ。兄弟は家族の縁以外にも心と血で繋がっている。たとえ別れても必ず再会する」


 「——そうだな」


 テュレンは片手をあげる。


 「最後にトゥサイ。黄緑色の髪の子を守るんだ。あと平和的なカラクリ師も守れ。俺を騙したカラクリ師はアンリレの秘宝に対してかなり執着していた。多分ウマスさんがお前と共にこの近くにある廃墟で探していたものがアンリレの秘宝だ。では——達者でな」


 テュレンはそう告げると吊り橋を渡りきって森の奥へと姿を消した。トゥサイは来た道を戻ると林から迷彩服を着た局員二人が出てくるとトゥサイに銃を向けた。


 「トゥサイ。指令違反だぞ」


 「覚悟はできているのか?」


 トゥサイは両手をあげる。


 「出来ているさ。けど、長官の認可じゃ無いだろう?」


 「話はリアート支部に着いてからだ」


 するとトゥサイは目隠を付けられると車に乗せられしばらく移動した。そして廃墟に着くとトゥサイは車から下ろされ目隠しを外された。

 するとそこには本来ではいないはずの中央情報局長官ウズヤだった。その周囲には中央情報局の幹部がずらりと並んで全員銃を担いでいた。

 ウズヤは髭を撫でながらトゥサイに近づく。


 「トゥサイ君。君が指令違反とは珍しい。どうして殺さなかった?」


 「俺が殺せると思いで? それに長官ならご存知でしょう? 俺の兄はそんなことをするはずがないと」


 「ふむ。さすがはトゥサイ君だ。それに私が君の胸に付けさせた盗聴器から実は話の内容は聞いていてね、恐らく騙されたと見ても大丈夫なぐらいだった」

 

 「さいですか。で、俺をどうするおつもりで? 処刑ですか?」


 「いや、流石に処刑はまずい。よって君は謹慎にしようと思うのだがどうかね?」


 「——」


 トゥサイはしばらく考える。ここでの選択は確かに謹慎が一番優しい。しかしトゥサイはテュレンの最後の言葉が気がかりだった。

 黄緑色の髪の子を守れ、カラクリ師を守れの二つが特にだった。そしてウマスにトゥサイはクリムタン内部にスパイがいるということを追求したことがあった。

 テュレンの言葉が事実であれば確実に紛れていることになる。そしてガナラクイはウマスからヘリアンカ大神殿にあった魔結晶は都市一個分を爆破する。


 もしカラクリ師の中にスパイがそれをもし生存しているカイザンヌに流せば? 確実に待っているのは大陸——ヴァクトルと呼ばれるこの大陸の終焉を意味するだろう。


 「長官。なら責任を取る形で本日より中央情報局を辞任します」


 「——それはどういう意味かわかるか?」


 ウズヤは少し驚いた素振りを見せつつも、声は冷静取り繕っていた。


 「えぇ、ですが。国を裏切るわけではありません」


 「確かにそれは前提としては普通だが。ヤニハラの身分だ。お前が声をあげれば賛同するものが国体を破壊しようとしかねない。違うか?」


 「いえ、カラクリ師の本職に戻るだけです。そもそもエリートを集めて実行した数年前のエポルシア革命作戦で俺は抜粋されたんですよね? それより五年前にウマスさんから推薦されてノリノリで試験に参加したんですが。 で、作戦終了後に正式に中央情報局に所属した。それが問題で?」


 「——まぁ、そう言われれば無問題だな」


 「疑うのでしたら監視してください。何年も。税金の無駄だと思ったら俺が金を出しますよ」


 「はぁ……お前ってやつは。分かった。では監視する。ただ、辞職は各省庁に話しが必須なため1週間後だ。それまでは働くように。良いな?」


 「了解です」


 トゥサイを夏なのに冷たい、まるで悲壮な風が包んだ。


 ——1週間後、ウルクの中央情報局本部からトゥサイは出てきた。トゥサイは晴れて辞めれたがどこか寂しそうな顔をする。


 「まぁ、八年勤務だったが常戦闘ばっかだったな」


 トゥサイは後ろに振り返り本部を目に収めた。


 ——ここは確かに世界で一番優れた諜報部。だが、外国にまで干渉すると関係悪化を恐れて表立って動けないどころかクリムタンに近くなりすぎると各国はケウトが諜報活動をしようとしていると抗議される。

 なら、別の考えで責めないとな。


 トゥサイは一度深呼吸した後。本部から目的地を考えずに歩き始めた。すると急にガナラクイがどこからかやって来るとトゥサイの隣を歩く。

 

 「——俺といたら監視されるぞ?」


 「何か問題でも? 私はトゥサイ殿の弟子となっています」


 ガナラクイは平然とした顔でそう告げる。


 「——あぁ……あれはウマスさんの個人的な頼みだからその設定は全然続けれるの忘れてたわ」


 「——嫌ですか?」


 「なぁに。別に大丈夫だ。地味にこの仕事は給料が良いから資金はある。とりあえず今後のことを話し合うか」


 「——はい!」


 トゥサイとガナラクイはお互い顔を合わせると笑みを浮かべ合うとそのまま本部を後にした。

 


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