49話 終結
フローレスはクルガ救出部隊と合流し装甲車でフェルガへと向かう。この救出部隊の指揮をとっているのはラガルルという立派な顎鬚を生やした屈強な男だった。腕や足などに無数の傷があり顔にも大きな傷跡が残っていた。
一般兵であればその風貌から怖れをなしてしまうところだが、今のフローレスには関係なかった。フローレスにあるのは恐怖心ではなく自分の過去の過ちを払拭したいというその思いだけだ。
「クルガ救出部隊の頭のラガルル・ヴィハーンだ。救出隊とはいえ、クルガ様は既に救出済だ。よってこの部隊はフェルガ防衛線に加わる」
ラガルルは力強い声でフローレスに告げる。
「お前のことはオスニから聞いている。スパイの容疑が完全に晴れたというわけではないだろう。しかし、今は人手がいる。お前がもし怪しい動きをしたら俺がすぐに始末する」
装甲車で同じ車両になったラガルルがフローレスへと話しかけてきた。初対面でいきなり威圧的な態度をとるラガルルをフローレスは冷静に見つめていた。おそらく新入りに対して強く出ておかなければ舐めれることが分かっているのだ。
軍という組織において上官の命に背くことは部隊の壊滅に繋がる可能性がある。そのためには部下の教育は必ずしなければならないのだとフローレスは理解していた。
「それで構いません」
フローレスは一刻も早く出撃するため大人しくラガルルの言うことに従う。けれどももし仮にフローレスがスパイでありラガルルと対峙するときは、自分が勝てないだろうということは雰囲気から分かった。
歴戦の戦士を思わせるその男からは言葉では言い表せないオーラのようなものを纏っているようにフローレスに感じ取らせた。
「お前が敵対行動を取らない限り俺たちは同じ組織の一員としてお前を作戦行動に加える。お前は俺たちの背中を守り俺たちはお前の背中を守る。わかるか?」
「はい。理解しています」
「よし」
ラガルルはフローレスの眼をしっかりと覗き込むように確認するとラガルルは再び沈黙した。車の走行音だけがフローレスの鼓膜を揺らしていた。
「フェルガまではどのくらいかかるんですか?」
フローレスの隣の別の兵士が声を出した。それを聞いてラガルルが口を開く。
「あと1時間もしないうちに到着する。フェルガは激戦地区だと報告が入っている。到着次第すぐに俺たちも出るぞ。その心構えをしておけ」
外を警戒するふりをしてフローレスは二人の会話を盗み聞いていた。何もすることがないと落ち着かないためこの辺りには敵がいないと分かってはいても外に目を光らせていた。
「1時間か」
フローレスは誰に聞こえるでもなく一人ぽつりと呟いた。
装甲車がフェルガ付近へ近づくと銃の発砲音が強く聞こえるようになった。フローレスは落ち着いた手つきで双眼鏡を手に取る。双眼鏡を覗くその眼には味方と思しき兵が囲まれている姿が映った。
「ラガルル隊長。前方に味方と思しき部隊が囲まれているのを確認しました。救出しますか?」
フローレスはすぐに隊長へと伝える。
「敵と味方の数はどのくらいだ」
ラガルルも慌てることなくフローレスに問い返す。
「はい。味方は15程。敵は30近くいると思われます。味方は煉瓦造りの家で建て籠って応戦していますが敗れるのも時間の問題です」
「そうか。お前はどう分析する?」
フローレスに指示を下さず意見を聞いてくるラガルルを見てフローレスは試されていると感じた。ここでラガルルの信頼を勝ち取っておかなければ後々面倒なことになりそうだとフローレスは思った。
「はい。味方がまだ耐えているところを見ると敵は手榴弾などの投擲物を持っていない可能性が高いです。そのため少しの間なら持つでしょう。しかし、敵の数のほうが多いためいずれ味方の弾薬は尽き突入されるのは容易に予想できます。そのため膠着している今救出にいくべきだと進言いたします」
「今の俺たちの任務はあの部隊の救出ではない。それでも助けるか?」
フローレスはその問いかけの意味は分かったがラガルルの求めている答えがわからなかった。確かにフローレスたちの任務はフェルガへと向かいそこを死守している部隊の支援だ。もし、目の前の部隊を救出したとしてもフェルガが落とされれば目の前の15人以上のそれこそ1000人単位で人が死ぬことになるだろう。
それを理解した上でラガルルは問いを放っているのだ。もしラガルルが人命より大局を重んじる人物であった場合はこの15人ほどの見方を見捨てるのが正しい選択となる。しかし、味方の命を救えるならば必ず救おうとする性格であった場合は見捨てることは許さないであろう。
いくら考えても答えの出ないこの質問にフローレスは考えることを止めた。ラガルルと出会ったのは今日が初めてで、ほとんど話したこともないのだからラガルルがどのように考えているなど分かるはずがないのだ。
「私は、見捨てたくありません。フェルガへの支援が遅れることになっても彼らを救出すべきです!」
だからこそフローレスは自分の考えを言った。後悔はしていない。この発言でラガルルの信頼を失ったとしてもやはり見捨てることなどできなかった。
「そうか。お前の考えは分かった」
フローレスは緊張した面持ちでラガルルの次の言葉を待った。ラガルルの顔は一層厳しいものとなっていた。
「お前は今の状況を理解した上で助けると言っている。フェルガが最も重要な都市であり一刻も早く支援すべきだと分かった上でな」
ラガルルの顔は変わらなかった。この感触をからフローレスは失敗したと思った。しかし、そこに後悔の念は一切なかった。助けたいのは本心だからだ。
「だが、俺はあいつらを見捨ててでもフェルガへ行くべきだと考える。よってここで止まることはない」
フローレスはラガルルの言葉を聞いて目線を下げて拳を固く結んだ。
「しかし、お前のことは気に入った」
「気に入った?」
フローレスは思わぬ一言に目線をラガルルへと合わせる。
「極限状態になれば人は自分が優先になり周りを助けたいと思わない。それは正しいことだ。この状況でも目の前の15人を助けたことでそれ以上の被害を出すのは愚かなことだ。だがお前は見捨てないと言った。そこを気に入った」
「では救出作戦を実行してくれるのですか!」
「早まるな。俺は気に入ったと言っただけだ。救出作戦はしない」
フローレスは再び失意の色を見せる。
「俺は、だ。たかだが15人にこの軍勢を使うわけにはいかん。そのため俺たちはこのまま進む。お前はあの15人を救出してこい」
「ありがとうございます!」
「悪いが見張りはつけさせてもらう。まだお前を完全に信じているわけではないのでな」
「構いません!」
フローレスはラガルルの言葉に大きく答える。
「この距離からフェルガまでなら歩いて1時間とかからんだろう。救出次第すぐにフェルガへ向かえ」
「承知しました」
「おい」
ラガルルは運転手に向かって短く言った。すると車の速度が一瞬減速する。その機を逃さずフローレスは装甲車から飛び降りた。それと同時に見張り役の兵士二人も車から降りていた。フローレスは装甲車が遠く離れて行くのを見守りながら銃を手にして敵の背後を取る。
幸いにも敵はこちらには気づいていない。さらにフローレスの居る場所は砂山の山上だ。地形の面でもフローレスが有利だった。
フローレスが攻撃に出るタイミングを見計らって双眼鏡を覗いていると家屋に立てこもっている味方と目が合った気がした。そのときフローレスは今しかないと感じ取った。
すぐに砂山を駆け下り目の前の敵を背後から銃撃する。敵が一人ばたりと倒れたのと同時に敵の部隊がフローレスのほうを振り返った。
「今!」
フローレスは口に出てしまうほど心の中で今だと強く思った。フローレスの思いが通じたかのように敵が視線を逸らしたのを見逃さず味方は攻勢に出た。
目論見は上手くいった。囲まれた一方面の敵を打ち倒すことに成功した。そのままフローレスは家屋に突っ込み手にしたものを中から投げた。フローレスは手榴弾を敵に向かって投げたのだ。咄嗟のことで反応できなかった敵はあっけなく沈黙した。
それを合図に立てこもっていた味方が一気に前に出た。フローレスによって敵の数は半数ほどに減り勝機が見えたためだった。
数分の銃撃戦のすえフローレスたちは敵部隊の殲滅に成功した。味方の軍に負傷兵が出たがそのどれもが致命傷ではなかった。
「私はラガルル隊から来たフローレスだ。お前たちよく耐えた」
フローレスによって助けられた兵士たちは今にも涙を流しそうな勢いでフローレスを見つめた。
「負傷兵の応急手当が住み次第、このままフェルガへと徒歩で向かう。支度を急げ!」
フローレス率いる15人の部隊はフェルガへと足を進めた。
フローレスがフェルガへと到着した。フローレスが抱いた第一印象としては閑散としすぎていることだった。フェルガが一番の激戦区だと聞いていたのに発砲音ひとつ聞こえなかった。
辺りを見渡すと死体がごろごろと転がっている。このことからここが激戦区であったことは疑いようのない事実であった。
「戦いは終わったのか?」
フローレスの胸には疑問が残ったままフェルガにある本部へと向かった。本部へ行くとフローレスの知った顔があった。
「お前はヤニハラか?」
フローレスはトゥサイに向かって尋ねる。
「ああ。お前は…」
「私はラガルル隊のフローレスだ。こんなところで英雄にお目にかかれるとはな」
フローレスの言葉にトゥサイは肩をすくめた。
「して戦いはどうなったのだ。フェルガは激戦区だと聞いていたが」
「ああ。確かに激戦地帯であった。列強の部隊が来るまではな」
トゥサイの含みのある言い方にフローレスは引っかかる。
「どういうことだ」
「列強は新型の兵器を使った。魔道具を兵器に転用したものだ。その威力はすさまじかった。傍で見ていた俺から言わせてもらうと、あれは戦いなんかじゃない。一方的なただの蹂躙だ」
「そう、なのか。その部隊が来たのはいつ頃なんだ?」
「大体2時間前だな。そんなことよりラガルルさんのところへ行かなくていいのか?」
「ああ、そうだな…」
フローレスは命を落とす覚悟でフェルガへ来た。しかし実情は既に戦いが終わっていたのだ。さらに言えばフローレスが味方の救出をしているときには戦いは終わっていた。
フローレスの味方の救出という答えは結果的に正しかったと言える。しかしこれは単なる結果論にすぎない。
フローレスは深く考えることはせずラガルルの元へ向かった。
「ラガルル隊長。フローレス救出に成功し只今戻りました」
「よく帰った。状況はこのありさまだ。俺たちが来たころにはもう勝負は決していた」
複雑な表情を見せるラガルルに何もかける言葉が見つからずフローレスは押し黙る。
「ゆっくり休め」
ラガルルはそう言うとフローレスに背を向けて歩いていった。
「ヤニハラ殿、こちらへ」
トゥサイはフローレスと別れると傍にいた兵士から声をかけられていた。
「どうした?」
「ヤニハラ殿には特別な指令が出ています。ケウトへ戻るように、と」
「ケウトへ?」
「はい。至急とのことです」
トゥサイは疑問に思う。戦いは終わったはずだ。これ以上何があるというのか、と。
「誰の命令だ」
「中央情報局です」
トゥサイはその単語の意味を推し量るように数秒黙った。
「わかった。連れていけ」
トゥサイはその兵士が運転する車に乗るとケウトへと向かった。トゥサイは久々にケウトに戻ったなと感じた。
「着きました」
車が止まるとその先には何人もの兵士が待ち構えていた。
「これはなんだ?」
トゥサイが運転していた兵士に聞こうとしたそのときその兵士はトゥサイの腕に手錠をかけた。
「すみません、ヤニハラ殿」
トゥサイは嫌な予感がした。言われるがまま車を降りる。周りの兵士の数は50人ほど。無理に暴れれば脱出することは可能かもしれないが、腕には徹錠がされているため下手に動かないほうが得策だと考えた。
トゥサイは兵士に囲まれながら中央情報局の所有する建物へと入っていった。
「何故ここに自分がいるのか分かるか?」
「わかりません」
トゥサイは建物へと半ば強制的に連行されるとすぐに独房へと入れられた。目の前には尋問官が今にも殺しそうな目つきでトゥサイを睨んでいた。
「今からお前に自白剤を使う。いいな」
「構いません」
拒否権はないくせに、とトゥサイは心の中で思いながらも尋問間が注射器を持つのを黙って見ていた。
抵抗せずに従っているているとすぐに解放された。質問はこの度エポルシアで起きたクーデタについて知っていることはないかという程度であった。自分が疑われる根拠は何もないはずであるトゥサイには何故自分なのかと疑問で頭がいっぱいだった。
解放されるとトゥサイは大会議室へと通された。そこには30代だと思われる男が座っていた。それは先ほどの尋問官だった。
「先ほどはすまなかったね」
「いえ」
「私はヨンカ・エッシャルズだ」
エッシャルズの顔が先ほどとは打って変わり柔和なものに変わっていた。
「何故私を尋問したのですか?」
「すまないが、それはまだ言えない」
「そうですか」
「最後に一つだけ教えてくれるか、君の兄であるテュレンという人物は今どこにいるのか知っているかい?」
「兄ですか。いえ、どこに居るのか知りません」
「では連絡を取ってもらいたい。彼に少し聞きたいことがあるんだ」
「何故、兄なのですか?」
トゥサイの質問にエッシャルズは眉をひそめた。
「君はさっきから質問ばかりだな。質問するのは私なんだよ」
トゥサイは一向に質問に答えようとしないエッシャルズを睨みつけるように眼差しを向ける。
「そういえば、君にはたくさんのご兄弟がいるそうじゃないか。例えば姉であるマトミさん。とても美人だね」
トゥサイは内心を悟られないようにポーカーフェイスを貫いた。
姉のことを美人と評するということは実際に姉の顔を見ないと言えないことだ。つまり家まで一度来ている。
ここで家族の話が出るということは人質のつもりなのだ。テュレンを庇えば家族の命はないと暗に言っているのだ。
「わかりました。兄に連絡を取ります」
「うんうん。ありがとう。今日は疲れただろう。もう行っていいよ。ご苦労様」
「失礼します」
トゥサイは会議室の扉を閉じながら兄であるトゥサイのことを考えていた。
トゥサイの兄であるテュレン。昔はよく一緒に遊んでいたものであった。しかし、最近はテュレンが家に帰ることが非常に少なくトゥサイも特殊な仕事をしているためお互いに会うことはなかった。
「兄貴がこのクーデターを裏で操っていた?」
テュレンは情報屋だとトゥサイは知っていた。エポルシア内部の情報などテュレンにかかればすぐに調べれるだろう。しかしトゥサイは頭の中での考えを払拭する。
「兄貴に限ってそんなことがあるはずない」
トゥサイはテュレンのことを思いながら外へと歩き出した。




