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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
1章 動き出した白と黒
5/83

4話 学生執行委員会

 フルが入学式を終えてエリオットと話している時、キタレイ大学の近隣にある廃墟に二人の男が立ち入っていた。

 その男のひとりはトゥサイ。

 トゥサイは相変わらず髪を短くまとめ、少々地味な服を纏っている。

 トゥサイは隣にいる男を見て苦笑いした。


 「あの、もしかしてこの間言っていた場所はここで?」


 その男はトゥサイに似た髪型だが殆どの髪は白髪で、情けで整えた髭を撫でる。

男は北方の遊牧民がよく使う熊の毛皮を身に着け、黒色のサングラスをかけて厚着をしている。

その結果とてもガタイが良く見えるが、その男はその厚着さえ無くせば平凡な初老だ。

トゥサイはうすら笑いをその男に送る。


 「そのー、ウマスさん?」


 トゥサイは反応が無いその男――ウマスと呼ばれる男にもう一度声をかけた。


 「ここだ……。俺が唯一見つけられなかった場所はここだ」


 ウマスはどこか悲しげに言葉をこぼす。

 

 廃墟の周りは人気が無く、辺り一面草木が覆う。

 夏であればここは近隣の住民から楽園と呼ばれるほど幸福の力が集う場所であろうが、冬となればその幸福は一変し、殺戮の象徴としてこの場所は冥土の入り口だと冬の間は呼ばれても致し方が無い。

 トゥサイもこの場所はウマスより聞いていたが思っていたより薄暗く、恐怖の象徴としてもおかしくないと感じていた。


 「で、ウマスさんや。ここにカラクリ師の長たるあなたが求むものがあるのですか? けどこの廃墟は見た感じ新しい建造物にも見えますが」


 「あぁ、そうだ。ここにあるのは俺が望むものだ。ここは一度破棄され、百年前に再建されたが再び破棄された場所だからだ」


 「ほーう。一応言いますけど俺今謹慎中なので。もし変なことしたら怒られるのですが」


 それを聞いたウマスは鼻で笑った。


 「この外出は俺が説明したから問題はない。それに俺はお前たち中央情報局と協力関係だ。お前達は我々カラクリ師がいないと職務が成り立たんだろう」


 「そうっすね」

  

 トゥサイはそれを聞いて安心する。

 ウマスはカラクリ師達をまとめるクリムタンと呼ばれる議会の長。

 カラクリ師は大陸中に拠点を置いているため、トゥサイら中央情報局としては味方にしたかった。

 そこで中央情報局はカラクリ師でもあるトゥサイを介して協力関係を築くことができたため、両者の関係はトゥサイにかかっている。


 ウマスは冷や汗を流すトゥサイを見て一度ため息を吐露。そのままお構いなしにウマスは廃墟の中へと進んで行った。


 「あー行っちまったよー。あの人」


 トゥサイは呆れながらも「やれやれ」と愚痴をこぼし、続いて中に入っていった。


 それから数分経ってトゥサイたちは廃墟の裏側から出る。

 トゥサイは明後日の方向として大空を見上げた。

 廃墟の中で一応残された文字が書かれた石板を一つ持ち出し、トゥサイがそれを大切に脇に抱えていた。

 

 「なんもなかったでやんすね。その石板以外」

 トゥサイはちょけながらウマスに話す。


 「なんだその喋り方? まぁ、良い。今思ったがここ誰か入ったか?」


 ウルスとトゥサイは最初にいた正面の入り口に戻る。

 そこ付近には靴跡が残っていた。


 「え、ここに来ますか? てかなんの物音もなかったような」


 「——小さな爆弾、さっき仕掛けたよな?」


 ウマスは後ろの廃墟を心配そうに見る。


 「まぁーここに来るんは不良程度やからええやろ」


 「——そうか。ならそれを例の場所まで持っていくぞ」


 ウマスが少し悲しそうな目で石板を確認した。


 「本来はこれ以外に何か?」


 「もっと記録が残された紙と石板。それから魔道具が整理されておいてあったはずだ。この廃墟の主は勤勉であったからな」


 「爆弾、撤去します?」


 「好きにしろ。俺はもう行く。あとは好きにしても良い」


 ウマスはそう言うとトゥサイから石板を受け取ってどこかに歩き去った。


 「さーて。ちと爆弾撤去しますか」


 トゥサイはそう呟いた後、再び廃墟に戻った。

 

 それからわずかに時間が経ってフルたちがこの廃墟に足を踏み入れたのであった。


 フルが入学式を終えて翌日、記念すべき授業開始日がやって来た。

 どの国も春は温かい、その幻想は誰しもが持っているのであろうがキタレイ大学があるリアートの街を舐めない方が良い。

 早朝は濡らしたタオルを振り回すと凍る、そして昼も、夜も同じだ。

 少なくともフルの故郷スタルシアは温暖な気候で、春は暖かいと体がなじんでしまっている。

 そのためかフルは幼い頃、母親に聞かされていたケウト帝国について、ずっとケウト帝国は大陸の北部をどうして統治したがったのかが不思議でたまらない。


 フルはもやもやとした感情を抱きながら授業を終えて学執会こと学生執行会より呼び出しをくらっていた。


 「はぁー本当に最悪。けどあの廃墟が崩壊した時近所の人に勘違いされないように心がけたのは良いけど、割と重い罰が降るなんて思って思いなかったよ」


 文句を垂れるフルの隣にはエリオが申し訳なさそうな顔で笑う。


 「本当にごめんね。本当なら僕が受けるはずだったペナルティだったのに」


 「別に良いわよ。あの場にいて私だけ何もないなんて不公平でしょ」


 「うーん。そんなものかなぁ?」


 エリオはなんとなくフルの言葉に納得したのか首を縦に動かす。


 キタレイ大学には三つの校舎がある。

 一つは正門から入って一番目に付く本校舎こと一号館。その一号館の後ろに続は二号館研究棟、三号館も同様に本校舎の後ろで、右側にある。ここは教員・学生棟と言い、学生の部活動と教員の事務などを効率的に行うべきと設置されている。

 それもあって大学の大学の校内で一番立派な石造で屋根に丸みがあるのが特徴だ。

 何よりこの校舎は防寒体制が良い。なので寒がりのフルにとってはこの校舎の中は快適だった。


 「ここ本当に暖かいね。魔道具を使っているのかしら」


 「うーん。そうじゃないかな」


 フルはエリオと他愛のない会話をしながら奥に進んでいき、一際大きな扉の前に立った。

扉には『学執会』と書かれたふだがかけてある。


 フルはエリオと一度目を合わせて会釈したあと扉を開けて中に入った。

 中には机に膝をついてどこか圧を感じるように座るケモフ族の髪がボサボサの男を中心に、左右にはまるで魔王の配下のような雰囲気の生徒が立っていた。


 「ど、どうも」とフルは頭を下げる。


 するとボサボサの男は怪しげな笑みを浮かべた。


 「ほーう。ようやく来たのか。君たちだね。学校の近くにある廃墟が崩れたときに近くにいたのは」


 「はい。説明した通りです」


 フルの答えを聞いたボサボサの男はゆっくりと立ち上がり、手を後ろに回す。

 そして胸に手を当てた。


 「改めて。ボクは学生執行委員会委員長、パラク・ヨカチさ」


 ヨカチは丁寧に頭を下げる。


 「今日の君達の仕事はこの封筒に入っている紙を郵便局に届けてくれ」


 ヨカチはなんの前触れもなくフルに分厚い封筒を渡した。

 フルはそれを受け取ると興味津々に見る。


 「おっと。中身は見るんじゃない。もし見たら追加だぞ?」


 「あ、はい」とフルは諦める仕草をした。


 「さて、君たちは入学したばかりだし学生課がどこにあるのか分からないだろう。よし、カンナ会計。この子達を案内してやれ」


 カンナと呼ばれた女性は目を閉じながら返事をする。

 カンナは眼鏡をかけ、髪をおさげまとめているせいか、どこか幼く感じる女の人だ。

 ただ、唯一違う点はおでこからツノの先が見えている点だ。

 そのツノこそが彼女をキバラキと言う民族の象徴だ。

 カンナはフルとエリオを交互に見る。


 「委員長。この人、たちですね」


 「あぁ、早く連れていってやってくれ。新入生ができる仕事はこれぐらいだろうからな。その後は掃除をさせておけ。もちろんここの」


 ヨカチは煽り口調でフルたちに指示を出した。

 フルは先程から拳を震わしていた。確かに自分に責任があるがここまでバカにされる筋合いがあるのかと。


 だがフルは堪えた。多分こいつは文句を垂れたらもっと面倒臭いと薄々感づいたからだ。

 フルは後ろを向く。


 「分かりました。持っていきます。それで良いんですよね?」


 「あぁ。だからさっさと行け」


 フルは少しカチンと頭のネジが怒りで緩む。

 フルはヨカチを見ると詰め寄った。


 「だったらお願いにゃん、て一度言ってください」


 フルは仕返しに恥ずかしいことを要求した。

 しかしヨカチは清々しい笑顔で「お願いにゃん」と即答した。

 フルは驚愕の顔を見せる。


 「本当に返したよこの人……」


 そのヨカチの顔から溢れ出る憎悪にフルは恐怖を感じ、封筒をしっかり持ってカンナの案内のもと学生課へ向かった。


 フルたちはその後何事もなく学生課の先生に到着し封筒を渡す。

 そのことを報告に行く最中、カンナはフルの頭に手を乗せる。


 「確か、フル、ちゃんだったよね」


 「はい」


 そして次にカンナはエリオットの頭に手を乗せる。


 「で、あ、なたはエリオットくん」


 「は、ははい」


 エリオットは耐性がないのがかなり緊張していた。


 「わたし、嬉しい。後輩たちがいるの。学執会、つまらないから」


 カンナはどこか悲しそうに喋り出す。


 「前は楽しかった。だけど今はつまらないの」


 「前はって、なんでなんですか?」


 エリオットは首を傾げる。


 「ヨカチ、前は普通だった。だけどヨカチの耳から変な音が聞こえるようになってからおかしくなった。私以外みんな。かなしい」


 「変な音ってどんなのですか?」

カンナは少しその音を言語化しようと必死に出し始めた。


 「ピー。ピンピン。み、たいな」


 するとエリオットは何か気づいたのかハッと驚く。


 「フル。もしかしたらそれ——。いや、そのカンナ先輩は気づいていたのにどうして?」


 「わたし、眼みえない。音しか、分からない。だから私だけ、が。おかしいと思ってた」


 「なるほど」


 エリオットは何か考え始める。


 「あの、カンナさん。エリオはよく熱中するとああなるんで大丈夫ですよ」


 「面白い子」


 カンナは嬉しそうに微笑んだ。


 「あれ? けどどうして私たちを撫でれたんですか?」


 「音の反射、でわかるの」


 カンナは原理を分かりやすく短くまとめてフルに伝える。

 フルはなんとなく理解が追いついて首を縦に振った。

 その内容はツノが細かく振動することで超音波を出し、それが物体に当たって反射し、その時の反射の波がツノに伝わることで周りの情景を把握していると言うものだ。


 エリオットは「コウモリ?」と聞きたくなったが、黙っておくことにした。


 フル達は教室に戻り、ヨカチはそんな彼女らを見て少し小馬鹿にしたように笑う。

 「よく終えたな。次は掃除だ」と一言だけ言って再び席に座り書類を目に通し始めた。

 フルとエリオットは掃除道具を手に持ち、掃除を始めた。


 カンナ達委員会の人たちは各々の仕事に戻った。

 フルはちりとりを持って退屈そうにする。

 するとエリオットは小さい声で喋り始めた。


 「フル。多分カンナ先輩が言っていた音は魔道具だ。ある一定の音を出してそれを聞いた人を洗脳する、割と昔からある魔道具なのかもしれない」


 「どうしてそうだと思ったの?」


 「分からないけど多分そうじゃないかと思うんだ。だってヨカチ先輩を見て。耳をじっとイジっているだろ?」


 フルはエリオットの話を面倒くさそうに聞く。

 そもそもフルはそんな魔道具なんて聞いたことがないというスタンスで、この手のものはどうせ陰謀論者が好き勝手に言っているだけだと思っていたからだ。


 「だったら直接聞きに行けば良いのね」


 フルはそう言ってちりとりを離して委員長ヨカチの元に向かう。

 「ちょっと待って!」と止めるエリオットの言葉を無視してヨカチの前にたった。

 ヨカチは不思議そうにフルを見る。


 「どうした?」


 「ちょっとお耳拝見します」


 フルはそう言ってヨカチの耳を無理矢理引っ張る。


 「痛い痛い痛い! 何をする!」


 ヨカチはあまりの痛さにフルの腕を掴む。


 委員会のカンナ含め彼らは唖然とする。

フルはヨカチの耳を見てみると何か黒色の方が入っていた。

「これは何かしら?」

フルは疑問に思ってその宝石を取り出した。


 「——!」


 ヨカチは取り出された後、白目を突いて泡を吹きながらその場に倒れた。

フルはそれを見て青ざめ、そしてエリオットがフルにこう言った。


 「そういう、魔道具は脳と連携してるから無理矢理外すと失神するよって……」


 「流石ねエリオ」


 フルは遠くを見ながらエリオットを褒めた。



 その後フル達はヨカチが目を開けるまで教室に残り、今ここに残っているのはエリオットとカンナ、フルの3人だけだ。

 ちなみに黒い宝石はその後エリオットがヒスイの針で指してみると機能が停止ししたことから魔道具だと断定された。

主にカンナが音が消えたと表現したから確実だとエリオットは言う。


 そしてそろそろ日が沈む時間まで経過し、ヨカチは意識を取り戻した


 「ん? 俺は……」


 「目覚めた。嬉しい」


 ヨカチを見て誰よりも早く反応したのはカンナだった。

 カンナはヨカチの頭を撫でる。


 「おい、あまり撫でないでくれ。それとこの状況はなんだ? 確か君たちに掃除を一任したのは覚えてるが……。あれ? どこか抜けてるぞ?」


フルはそれを聞いて冷や汗を流したが、少し説明した。


 「えっと確か封筒を渡されてそれを学生課に届けろと言われたんでその封筒を出しに行ったのです」


 「え、封筒? ——いや、あれか。大丈夫だ、理解が追いついた、それと突然倒れてしまってすまなかったな。もう大丈夫だ」


 ヨカチはゆっくり起き上がった。


 「もうみんなは帰ってくれ。自分は残った仕事をする」


 「わたし、もする」


 「カンナお前もだ」とフル達はヨカチにそのまま教室の外に追い出された。


 カンナは少し戸惑いながらもエリオット達を見る。

 「では、帰りましょ?」と口に零したのであった。



 その後フルは帰宅した。


 「帰りましたマトミお姉さまー」


 フルは家の戸を開けて中に入る。

 家はシーンと物音一つも聞こえない。

 そういえばマトミさんの仕事聞いていなかったなとフルは思い出した。

 今日の晩御飯の時にでも聞こう。

 そしてフルは自室へと歩いている時蒸し風呂から鼻歌が聞こえた。


 「泥棒?」とフルは口に出す。

 フルは警察を呼んだ方が良いのかと思ったが、もしフルが存在を認知していないこの家の住民に対してなら圧倒的に失礼だと結論を出した。

 フルは大きく息を吸う。


 「あー疲れたなー! 早く寝たいなー!」


 フルは大きな声で自身の存在をアピールする。

 やり方自体はかなり年少の子供が好みそうなものだが、この状況下で失礼じゃない方法と言ったらこれしかないだろう。


 そして効果があったのか蒸し風呂から鼻歌が止まり、何やら中から金属がこすれる音が聞こえた。

 ――あ、もしかして失敗?

 フルはそう思った束の間、蒸し風呂の扉が開いて中からタオルを腰に巻いたどこか見知った人間、トゥサイが出てきた。


 トゥサイはフルをしばらく見る。

 フルも初めて見た男の裸に赤面し、後ろを向いた。

 この空気はフルの人生でかなり微妙なものとなった。

 

 「おい、知っているか」


 トゥサイはこの空気を読んでか真顔で話し始める。


 「な、なんでしょう?」


 フルは声を震わせる。


 「この家の主人は牛肉を食べたら三日間下痢が止まらないらしい」


 トゥサイはそう言うと笑顔になった。そして少し会話に間ができた。


 「いや何言っているの?」


 フルから先ほどの緊張感が吹き飛んだ。


 それからリビングでフルはトゥサイと正面に座り、お互い再び自己紹介をした後無言の間が続く。

 その空気が壊すようにトゥサイは口を開いた。


 「で、大丈夫だったか?」


 「ま、まぁ。えっとトゥサイさんは?」


 「良いことに謹慎処分さ。ふふふ、これで休みがたんまりじゃ」


 トゥサイは悪い顔でニヤニヤする。


 「へ、へぇ~。あ、それとトゥサイさんはこの家の人とどのような関係で―」


 「姉弟。俺、弟。オットセイじゃないぞ?」


 「なるほど……え?」


 フルは思考停止する。

 マトミはかなりいい人だと言うのは分かる。

 そして性格だ。

 トゥサイが謎の存在と考えるとマトミは才色兼備の素晴らしい人だ。

 確かにトゥサイも顔は美形に入るのだが性格が全てを破壊している。


 「おい、今失礼なこと考えたろ」


 「いえいえ! 考えてません! 決してトゥサイさんがマトミお姉さまの弟であるのが信じられないだけです!」


 「ひでぇ」と、トゥサイは苦笑いしてゆっくり立ち上がる。


 「ま、今姉貴は仕事だ。俺は一応姉貴の許可を貰って入ったがな。で、フルちゃんで良いかな?」


 「どちらでも大丈夫です」


 と、フルは返す。


 「分かった。じゃ俺は早いとこ帰らせてもらうぞー」


 「あ、分かりました」


 その時トゥサイは玄関へ向かう足を止め、横目でフルを見る。


「それと、お前はヘリアンキ自由信徒軍に襲われただろ。だけどこれだけは覚えて欲しい。――外ではむやみにヘリアンキと口に出さない方が安全だ。帝国政府はヘリアンキ自由信徒軍を洗い出しにするため、挙動不審のエポルシア人を尋問している。それにフルちゃんは耳が原始エルフェン族の特徴があるから間違われやすいはずだ」


 そう言ってトゥサイは意味深のことを言った後、速足で帰っていった。


 「――本当に」


 「ほんと、よく分からないよな」と、帰ったと思っていたトゥサイが急に玄関の戸を開け、中に入ってフルの言葉に続いて話した。


 「あの、どう返せばいいのか困るのでやめてください」


 フルは苦笑いしつつ冷静にトゥサイに言った。


 それから数分ほどフルとトゥサイは少しだけ雑談し、ようやくマトミが帰ってきた。

 

 その時マトミの声が遠くから聞こえた。


 「あ、おかえりなさい!」


 フルは大きな声を出す。トゥサイは耳を閉じて声がした方向を見た。

 そしてすぎにリビングにマトミが来た。


 「あら、フル入学式どうでした?」


 「すっごく寒かったです」


 「そう……」


 マトミはトゥサイをみる。


 「愚弟は何もしませんでしたか?」


 「本当に弟だったんですね」


 フルはマトミの言葉に苦笑いをした。


 「えぇ、せっかく買ったテレビを破壊したり、冷蔵庫を破壊したり。家電製品を破壊し続ける愚弟です」


 「え、えぇ……」とフルはドン引きする。


 「姉貴、一つ誤解をしている」


 トゥサイはドヤ顔でマトミを見下ろした。


 「壊したのではない。ただ、うっかり内部の魔道具を破壊しただけさ」


 「あら? だったらテレビが壊れたのは不思議ですね。丈夫なのに、あれ電気で動いてるから魔道具じゃないはずなんですが。どうして目を離したら画面が真っ黒だったんでしょう? 今まで破壊してくれた家電製品含めて魔道具が内蔵されていないものも壊れましたよね?」


 マトミはどこか圧を感じる笑みをトゥサイに向ける。

 フルはこの光景にただ黙っているだけだった。


 「あれどのぐらいの金額かわかりますか? 一千万ルペですよ? あたしが必死に買うためにお金貯めたのにそれを即日破壊なんていい度胸してますよね〜」


マトミはトゥサイの両頬を掴んで左右に引っ張る。


 「ほーら。いうことは他にあるでしょー」


 トゥサイはマトミの両手を掴み、無理やり引き剥がす。


 「姉貴よ。今日はその謝罪さ」


 「ほう、なんですか」


 「ちょい待ってな」


 トゥサイは走ってどリビングから出て、三十秒で戻ってきた。手にはダンボールがあり、それをゆっくり慎重に置いた。

 トゥサイのぎこちない動きからとても重いものだというのは想像できた。


 「これを見てくれ」


 トゥサイはダンボールを開ける。出てきたのはテレビだった。

 立方体で白黒の美しい映像を流す装置をトゥサイは持ってきたのだ。


 「へー、買ったのですか」


 「あぁ。俺もクズじゃないからな」


 「ほー」


 マトミは心なしか嬉しそうに声を出すが、トゥサイはどこか遠くを見る。


 「けどな、これ預かってくれてたやつが機械について本当に無知でな、こないだの大雪でぶっ壊れたんだ」


 マトミの目から光が消える。


 「俺をもちろん怒ったさ。だけどこれを買ったお金で懐がすっからかんで。映像が映らないテレビだけが残ったんだ」


 マトミは手を震わせる。

 あ、こいつ死んだなとフルは思った。


 しかしマトミの反応は予想外で「しょうがないですねー」と言いたげな顔をして軽く息を吐いた。


 「わざとじゃないんですよね?」


 「もちろん。じゃないと買わないだろ? だから、せめての謝罪だけでもしたくて……」


 トゥサイは申し訳なさそうな顔でマトミを見る。

 マトミは、目に光を戻して少し微笑む。


 「別に怒ってませんでしたけどね。壊した時は色々と言ってしまいましたが許してあげましょう」


 マトミはトゥサイの手を握る。


 「これで数年間の歪みは直されましたね?」


 「そうだな。だけどうっかりで屋根の修理に俺の友人が描いた絵画を使ったことは許さんよ?」


 「あ、あーあれは」とマトミは困った顔をする。

 「嘘やって、嘘嘘」と、トゥサイは笑った。


 「あの、この空気の中私はどうすればいいんだろ」


 フルはこの空気の中ただ立っているだけだった。

 それからトゥサイとマトミ、フルは机を囲むように座った。


 「それでトゥサイ。あなたがここに来たのはこれだけじゃないでしょう?」


 「これだけってテレビですか?」


 マトミはフルの問いに頷く。


 「そうだな。これも踏まえて姉貴に聞きたいことがあるんだ」


 「ほう、それは?」


 「姉貴は不動産をしているよな? その不動産している中で土地を貸している客の名簿が欲しいんだ」


 トゥサイがそういうとマトミは困った顔をする。


 「それはちょっと難しいですね。個人情報などもあって」


 「確認だけど全部合法? 違法はないよな? 例とすればある武装集団に土地を貸しているとか」


 「ありません。まずこの土地を借りにくるのは冬を越えようとやってくる遊牧民がメインなのと、富裕層に貸したりしているので」


 「そうか。ならいいんだが」


 するとトゥサイは懐から分厚い紙を取り出し、マトミに渡す。


 「今後この資料の中にいる人物には貸さないようにしてほしい」


 「あのー私がいるの忘れてません?」


 「あ、やべ」


 トゥサイは本当に忘れていたのか焦りながら紙を懐に戻した。

 それを見たマトミは微笑む。


 「私はずっと思ってましたよ。いつかやるだろうって」


 「なら先に言ってくれんかな!? ま、聞きたいことは聞けたしこれでよしか」


 トゥサイはそういうと立ち上がった。


 「では俺はもう帰る」


 「泊まらないの?」


 「おう。この後も仕事だからな」


 トゥサイはずっと笑っているが少し寂しそうにも見えた。


 「じゃ、またいつか」


 フルとマトミさんは玄関まで送り、トゥサイは手を振ってどこかに向かった。


 ——路面凍結しているところを一輪車に乗って。


 フルは玄関の戸を素早く閉める。


 「マトミお姉さま。トゥサイさんが話していた武装集団というのは?」


 「——おそらくですがヘリアンキ自由信徒軍でしょうね」


 マトミは小さな声で話した。


 「知っているんですか?」


 「もちろん。トゥサイがここに来たのも私が彼らにひどいことされていないかの確認でしょうね」


 マトミはフルの頭を撫でる。


 「——フルはヘリアンキじゃないですよね?」 


 マトミは冗談を込めた質問をフルに投げた。


 「当たり前じゃないですか」


 「そう、なら良かった」


 マトミは満足そうに笑みを浮かべた。


 それから翌日。私は大学に朝早くから行き、講義室の中に入った。

講義室は机、壁、椅子全てが木材でできている。

 さらに前列を見るとカンナがポツンと座っていた。


 「あ、カンナさんおはようございます」


 「フルちゃん、おは、よう。同じ学部だった、の?」


カンナはフルの言葉に反応してフルの方を向いて。

フルはその反応が嬉しかったのか機嫌が良さそうにカンナの隣に座った。


 「はい。意外だったでしょ?」


 「意外。だった、よ」


カンナはそう言うとカバンからごちゃごちゃと文字が書かれた紙を取り出した。


 「カンナさん。これはなんですか?」


 「これ、研究。卒業論文に使う、資料」


 カンナが言う資料に書かれている文字はかなり汚く、もしこの提出したら間違いなく落第なのはフルでも分かった。


 するとカンナは涙を流す。

 「わたし、書けない。音は聞こえ、音で物体は分かる。だけど、文字分からない」


 「なるほど……。カンナさんはどのような研究を?」


 「ヘリアンカ、について。貴女が行った廃墟で、魔道具あた。その魔道具音を出しました。その音は知らない言語。言語学の授業で古語と分かり、調べてました」


 フルはカンナの言葉をまとめる。

 ——おそらくカンナさんは魔道具が声を出しているのを見つけて、その声の主は古代人でその言葉の中にヘリアンカと言う言葉があった、と言うことかもしれない。


 カンナは袖で一度涙を拭く。

 フルとしてもそのカンナの研究にかなり興味が湧いた。


 「あの、先輩は文字が書けないんですよね」


 「——はい」


 フルはカンナの手を握る。


 「私に協力させてください!」


 カンナはフルの言葉に驚きを隠せないのか口を半開きにしてフルを見る。


 「良い、よ?」


 カンナは動揺しながらもフルの提案に乗った。


 ちなみに、フルの本心は昨日カンナに助けられた恩を返せなかったこともあるからだ。

 後日、フルはヨカチが耳につけていた魔道具はただの魔道具だったと気づくのはかなり先だった。

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