48話 砂漠の大嵐
——もし上空に空中要塞があれば下界の、特にエポルシアの惨劇についてより細かく記録を残せたはずだろう。
その惨劇とは火の海となっているエポルシアの都市。これらは列強の前哨戦である絨毯爆撃によって引き起こされたものだ。
エポルシアの反乱軍は数は多いが装備の面では完全に劣り、列強に容易く蹂躙される。
まず東部戦線ではスタルシア・ケウトの連合軍が機甲師団を用いた電撃戦で壊滅させた。
北方戦線ではケウトの縦断作戦で部隊は壊滅し、西部でもハングラワー、大共同体、オシュルクの連合軍の攻撃ですでに壊滅していた。
三方面からの列強軍約百万がエポルシアに越境。もはやエポルシアに勝ち目はない。
——たった一時間で虫の息となったエポルシアに残された選択は滅亡と降伏の二択だけだった。
開戦から一日半が経過した頃、正確な時間で表せばトゥサイがフェルガに立て籠っている時。
白昼炎天下の中フローレスを乗せた装甲車の車列は広大な砂漠の道を進み、遠くには暑さで歪んで見えるコンクリートでできた高層の建築群がぼんやりと見える。
あそこがまさしくエポルシアの首都ソクナム。
フローレスは装甲車で父であったカーロング・アンドルフの遺書を握りしめた。
するとフローレスの前に座っている中年ほどの男、部隊長であるテハウがフローレスを見た。
「辛くなったか?」
「——いいえ。ただ、もう二度と帰りたくなかった場所に来るとは思わなかったので。ここは地獄のように住めない場所。全てが腐っている」
「そうか……。だが、私情を挟んで脱走はするな。そうなればお前を射殺しないといけない」
テハウはフローレスに強い口調で釘を刺す。
テハウからすればフローレスはケウト軍が監視下に置いている人物。さらにエポルシアに圧政を敷いているエポルシア人民党幹部の娘だ。その時点で内通している危険性があったためまだフローレスのことをテハウは信用できるはずが無かった。
それからしばらく道を進につれて建物が徐々に大きくなっていく。
次の瞬間外から銃声が聞こえ、同時に爆音が鳴り響いた。そして瞬く間にフローレスが乗っている装甲車の周辺が火の海となった。
銃座から味方が反撃を始める。
装甲車は火の海から脱するとその場に止まりテハウは立ち上がった。
「降りろ! 敵襲だ!」
テハウの言葉にフローレスおよび味方六人は降りると装甲車を盾にして発砲音が聞こえる前に向かって撃ち続けた。
その直後あたりに砲撃音が鳴り響き、空に巻き上がる砂煙とほんの少しの間だけ火柱が見える。
それから装甲車は爆音とともに火柱をあげあたりに破片を飛ばした。
フローレスらが応戦している場所は砂煙が覆いすでに何も見え図、次々と装甲車が破壊されていった。
「隊長、一度下がりますか?」
フローレスはテハウを見る。
「——後ろから味方は来ている。ここで耐えたら必ずくるはずだ。恐れる必要はない」
「——了解です」
フローレスがそう口にした瞬間あたりから大声が聞こえる。すると砂の丘からアリのような黒い点が辺りにぽつぽつと現れた。そして黒い点がまばらに白く光ったと思えば味方がバタバタと倒れて始める。
その黒い点は徐々に大きくなり、それはやがてエポルシア兵たちだと分かった。その数は約五十人で装備はスコップや鍬、剣や槍などかなり原始的なもので銃を持っている兵士は僅かだった。
テハウは腰に掛けていた剣を抜く。
「フローレス! 弾が尽きるまで撃て!」
フローレスは銃を構えるとエポルシア兵に向かって放ち、テハウと生き残った兵士たちは必死に銃を撃つ。
しかしエポルシア兵は大勢倒れたが足を止めずすぐにフローレスらの目と鼻の先にやって来た。
フローレスとテハウ、そしてこの攻撃を耐え切った二十人の味方は銃床や剣で応戦を始める。味方はエポルシア兵に次々と殺されていく。スコップで頭を潰され鍬で肉を抉られる。
テハウは次々とやってくるエポルシア兵をバタバタと斬り伏せていった。
フローレスもテハウの後に続いてエポルシア兵に銃剣を突き刺し、引っこ抜くと銃床で頭を殴った。
そして大勢の犠牲を出しながらもフローレスたちはなんとかエポルシア兵を食い止めることに成功した。
フローレスは生き残った味方を確認するべくあたりを見渡す。生き残ったのはテハウを入れて十人程度だった。
すると後ろで死んだはずのエポルシア兵が立ち上がった。フローレスは咄嗟位に振り返るとエポルシア兵はフローレスに向かって剣を持って突進する。フローレスは咄嗟に避けると脇腹に銃剣を突き刺した。
エポルシア兵は血を口から吐く。その時一瞬顔が見えるとフローレスを見てかすかに笑った。
「フリ……ス」
「——」
「どう……して……裏切った……の?」
「——」
フローレスは拳銃を取り出すとエポルシア兵の頭を撃つ。エポルシア兵はそのままゆっくりと地面に倒れた。
そしてテハウはフローレスに近づく。
「知り合いか?」
「——ここにいた時の知り合い……だと思います」
「そうか」
フローレスとテハウは後ろを振り返ると装甲車はほとんどが無残にも破壊され生き残った兵士は十人だけだった。
すると後ろから別の味方の装甲車がやってきた。
テハウは後ろに立つ兵士たちを見る。
「彼らとともにソクナムに向かう」
フローレスは先程のエポルシア兵を少し見た後、装甲車に乗り込んだ。
それからしばらく移動し、ソクナムに入る。
ソクナムには夥しい数のエポルシア兵の死体と建物の残骸や瓦礫が散乱するなど地獄のようは風景が続いている。
路肩には民間人なんだろうかボロボロの布で体を包んで真っ黒に焦げた死体の前で啜り泣いている。
しかし、市街に入っても銃声が鳴り止むことはなかった。
すると突然に車は止まると扉が開いた。外に立っていたのは立派な軍服を身につけている軍人、勲章からケウトの軍人でフローレスには身に覚えがある男で、ハンバムラに保護された後、教官として自身を指導した男ハイナだった。
フローレスはハイナに気づくと立ち上がり敬礼した。
ハイナはフローレスに目を合わせる。
「少佐が何故ここに?」
「私はソクナム制圧を国に命じられていた。他の列強より早くな。国も唯一の古代から続く大国と名乗りたかったのだろう。大陸の象徴は己であるとな」
ハイナは自慢げに語る。すると遠くから銃声が鳴り響いた。
「——そういえばまだ銃声が鳴り止む気配はないですが」
「市街はほぼ制圧できている。残すはゲリラぐらいだ。それでフローレス。君には国から直々にしてほしいと命令が来ている。構わないか?」
「——」
フローレスは隣に座るテハウを見る。テハウは静かに頷くとフローレスは車から降りた。
それからフローレスは隣に止まっていた別の装甲車にハイナと共に乗り込むとそのまま発進し、ソクナムの中央にある向かって移動した。
中央に聳え立つで大きな廃墟、元は政府関係施設だったのかもしれない建物にフローレスは案内された。
中に入るとそこはすでにソクナム市街を管轄する司令部に改造されているのか数多の兵士がおり、所々舗装がされ始めていた。フローレスはそのまま地下に案内される。
地下は牢獄がいくつもある大きな空間で、奥につながる一本道の先には鉄の扉で覆われており、そこか異様な空気を漂わせる。
フローレスはハイナに案内されて一つの牢獄の中に入る。そこには見覚えのある人物が五名ほど縄で縛られて顔はそこらじゅうあざだらけだった。
そのうちの一人、肥満体型で髪が寂しい老人がフローレスを見ると険しい顔をする。
「フリス! 貴様ケウトに寝返ったのか!?」
その声に気づいた残り四人は顔を上げるとフリスを見た。
「貴様はカイザンヌ様のご指導を受けてもなお忠誠を誓わないとは言語道断! 貴様を不忠者から引き離して優秀に仕立て上げてやった恩を忘れたのか売国奴がぁ!」
「死ね! 売国奴!」
「貴様の父は勇ましく死んだ! お前も父を見習って国に忠誠を誓って死ぬのが筋だろう!」
五人はフローレスに罵声を浴びせる。すると隣で立っていたハイナはフローレスに拳銃を渡した。
「フローレス。いや、ここで腹を割ってフリスと呼ぼう。ここでは君はフリスに戻って今まで己を苦しめた輩を射殺する権利が渡されている。五人について詳しく知っているか?」
「——はい。左から人民党食料管轄局局長。私の親友を殺した人物。次は人民党軍部最高委員会委員長。恐らく私の父を左遷して死ぬよう命じ、反帝国連盟に指示を出した人物。そして次は児童労働教育庁東方管理区区長。数多の子供を殺しました。次は——」
フローレスは次々とエポルシアにいた頃にされた事を思い出しながら喋り始める。
そこには苦い思いしかなく今にでも拳銃の引き金を引きそうになるほどだった。
そしてフローレスは拳銃を構えると一番左の一人を射殺した。
四人はあまりの出来事に声を失う。
「——っ!」
四人は一気に顔を青ざめさせるとゆっくりとフローレスに視線を合わせる。
フローレスは残り四人を有無を言わさず左から右の順番で撃つ。
最後にこの部屋に残った火薬の匂いと血の匂いが充満した。ハイナはフローレスが五人を射殺したのを確認すると頭を満足そうに振った。
「よし。これで国は君をこれからもケウトで保護するだろうな」
「——少佐。これは何の当て付けですか。私をエポルシアに連れてきて、思い出したくもない人物を撃たせるなんて」
「国の方針だ。君が彼らとつながっていないことを示す場として使うしかなかった」
「そうですか」
次の瞬間地下に続く階段を降りて最初に目に入った鉄扉の部屋から叫び声と銃声が響いた。
「そういえばあの部屋では何を?」
「列強との合議で決められた軍事裁判で、死刑と命じられた人物を処している」
「——そうですか」
階段から大勢の人の靴音が聞こえる。
フローレスは階段に目を移すと二人の屈強な兵士が捕虜であろうボロボロの軍服に汚い顔のエポルシア人二十人が運ばれて来た。
「で、少佐。あちらは?」
「捕虜だな」
「そうですか」
「では、ついて来てくれ」
フローレスはハイナの後ろに続く。
その時捕虜の一人がフローレスを見ると口を一生懸命にパクパク動かした。
フローレスはそれを見る。
その捕虜は金髪の髪の短いエポルシア人の捕虜で耳が長い。さらに捕虜はフローレスに必死に『たすけて』と口を動かして伝えているのをフローレスは理解した。
ハイナはフローレスが足を止めているのに気がつくと肩を軽く叩いた。
「知り合いか?」
「入隊直後に苦しみを分かち合った……戦友です」
「そうか。助けたいか?」
「いえ、クーデターを起こした兵でしたらいうことはありません。友軍の敵を許すのはいけないことなので」
「そうだな」
フローレスは必死に首を動かして『助けて』と言っている捕虜を鉄扉の奥に入るのを見届けると外に出た。
外に出るとそこには五人ほどの兵士が立っており、フローレスを見ると敬礼した。
フローレスはハイナを見るとハイナはその五人を指さした。
「フローレス。君はソクナムに一時父親と共に住んでいただろう? 彼らはいわゆる残党狩り、土地勘のある君にこの地区を案内してほしい。構わないか?」
「——はい……記憶と同じかは保証しませんが」
フローレスがそう答えるとハイナは旧公邸に戻り、フローレスは階段から降りると前に立つ五人の兵士に向かって敬礼した。
「私はフローレスだ。貴方たちは?」
「私はケウト第十一空挺団団長オスニだ」
「同じくケウト第十一空挺団メルス!」
「同じくケウト第十一空挺団シフケ」
「同じくケウト第十一空挺団アンタケです!」
「同じくケウト第十一空挺団ヤマンだ」
五人は右から順番に名乗る。フローレスは頷くと先頭に立って歩き始めた。
地区はかろうじて建物が原型を止める程度でほとんどが瓦礫の山となっていた。フローレスは歩くたびに疑問を感じていた。
「ケウト万歳! カイザンヌ打倒万歳!」
それは町中から自分たちに向かって歓声が挙げられているからだ。
フローレスの知るエポルシアはカイザンヌを狂気並みに崇拝し侮辱されたら侮辱したものを殺すのが通例だったからだ。
フローレスは苦虫を噛んだ気持ちになりながら前を見る。
「エポルシアはこんなに変わったのか」
「フローレス、お前のいた時とはかなり違うのか?」
後ろを歩くオスニはフローレスに声をかける。
「だいぶ変わっています。私のいた時はこんな建物は無かった。たった数年でここまで変わるのかと、驚いただけです」
「そうか。クルガはエポルシアの指導者の中ではかなり優秀ですが保守派にクーデターを起こされるとは思わなかった。保守派もカイザンヌの嫌々付き合わされたと思っていたからな」
「——その急進派も保守派と同じでしたら絶望ですけどね」
「あまり味方を悪くいうな」
フローレスはオスニに脇腹を小突かれる。
すると瓦礫の影から銃を持った数人の黒服の男が出てきた。
「カイザンヌ万歳! ——フリス!?」
一人の黒服の男はフローレスに向けて手を挙げた。
「フリス! 裏切ったか!?」
「——フリス?」
オスニはフローレスを睨む。フローレスは銃を黒服の男に構えた。男は険しい顔になるとフローレスの足元に目掛けて銃を撃つ。
「俺たちは共に戦って来た仲間だろう!」
「——投降しろ!」
フローレスは大声をあげる。
「俺たちはお前と違って裏切らない! 亡命した奴は味方ではな——っ!」
フローレスは男を撃つと黒服の残り二名の男を撃った。そして数秒ほど止まった後フローレスは近づく。顔をよく見ると数人共よく見るとフローレスの戦友だった。しかしみんな痩せてかなり細かった。
「フローレス」
後ろを振り返るとフローレスをオスニは面倒くさそうに見下ろしていた。
「次に行きましょう」
フローレスはそう答えた。
オスニはフローレスに考える時間を与えず、そのまま前を歩かせた。それから何度も敵と遭遇し銃撃戦が起きたがフローレスたちは難なくそれを撃退した。
そしてしばらく歩くとある建物から両手を挙げた女性が十人が出てきた。
「——投降?」
「フローレス。全員射殺しろ」
「——っ!」
フローレスは驚きを隠せない顔でオスニを見る。オスニは冷静な顔つきで投降兵に指をさしていた。
「何をしている。撃て」
フローレスは投降兵を見る。しかし、彼らをよく見ると看護服を身につけた女性で兵士では無い。
「彼らは便衣兵だ。侵攻時にも見られた」
「看護隊の可能性は? 軍医と同行していただけの可能性があります」
「そうでなくてもだ」
「——フリスちゃん?」
すると一人の看護婦が立ち上がった。フローレスの本名を口にして。そして後ろに立っていた看護婦たちも立ち上がった。
「フリスちゃん! 私だよ、覚えてる?」
「フリスちゃん……」
「お願い、違うの。私たちは何もしていないわ。先生は逃げてどうすれば分からなくてずっと隠れていただけなの……」
「あなたたちは……」
フローレスは看護婦の顔を見て少しだけ思い出す。今は亡き親友と共に一緒に作業していた少女たち、看護婦には彼女たちの特徴が多く残っていた。
フローレスは銃を下ろしそうになるが耐えて構え続ける。するとオスニは手を上げると隣に立っていた四人の兵士は看護婦たちに向けて銃を構えた。
「何故?」
フローレスはオスニに聞く。
「彼女たちの胸元の紋章を見ろ。カイザンヌ教育隊。どういう意味かわかるだろう?」
「——ノルマ未達成者を使って人体実験を行なっていた……」
「そうだ。しかもクルガが禁止にしても裏でしていた集団だ。クルガもカイザンヌ直轄組織には手を出せないからな——撃て」
「待って——」
四人の兵士は看護婦に向かって発砲する。看護婦は逃げようとしたが身体中を撃ち抜かれ、血を空に飛ばしながら地面に倒れていった。
それから銃声が止み、看護婦は身体中穴だらけになり血を地面に広げている。身体中が撃ち抜かれてボコボコになっており、フローレスは少し目を逸らした。
「フローレス。軍人としての責務を忘れるな。我々はエポルシアの反乱軍を鎮圧すること。それが意味するのはカイザンヌの勢力を破壊するためだ。この反乱軍はカイザンヌが率いているとクルガから連絡があった。つまりこの地を本当の意味で独立させるには非人道的な手段を使ってでもカイザンヌ思想の破壊を遂行しなければならない」
「——分かりました」
オスニはフローレスの言葉を聞いて満足そうに頷く。
「分かればいい。行くぞ」
フローレスは再び先頭に立って歩いた。
フローレスはフリスとしてエポルシアに住んでいた頃は地獄のような毎日だった。だからこそケウトに出ていってここに戻るとは想定していなかった。しかし、フローレス自身もなぜ軍人になったのかが分からない。
ハンバムラから数年前にエポルシアの当時の最高指導者を殺したとニュースを聞いた際にその人物のことを知ったからなのか?
フローレス自身その人と同じように軍人となってもしエポルシアに来る日があれば、今度は自身がこの地を解放したいという思いがあったのかもしれない。
それはきっと親友の無念を晴らしたいと心の奥で思っていたからだろう。
さらに国が崩壊すれば父はただの人となって人民党の幹部から解放。
同じ立場でかつての優しい父に戻ってくれれば一緒に生活できるのではという淡い期待を抱いてた可能性も高いがフローレスは分からなかった。
しかしフローレスにとって父、カーロング・アンドルフは恐ろしい存在だ。自身にとって都合の良い存在でなければならず、自身の栄誉の為にさまざまな制限を強いたからだ。
それからしばらく歩くとフローレスはある建物が目に入った。
赤く古臭いレンガの大きな一軒家で、煙突が屋根から生えている平凡な印象を受ける。そして大きな庭には砂漠の植物が置かれていた。
「——」
そこはフローレスの思い出の場所。十歳まで父と共に住んでいた家だった。そこで見た父、カーロングはとても優しく、それは家の中だけでも嬉しい思い出だということはフローレスは覚えている。
「——あの家に入っていいですか?」
「なぜだ?」
「かつて私が住んでいた家です」
「——任務中だぞ?」
「もし……かしたら。敵の重要資料があるかもしれません」
「——そういえばお前の父は幹部だったな。隠しているものも少しはあるかもしれん。——許可する」
フローレスはオスニから許可を取ると家の中に入る。
中は父と出ていった後誰も住まなかったのか蜘蛛の巣と埃が充満しており、フローレスは息苦しさに咄嗟に口と鼻を押さえた。
フローレスはカーロングの遺書を思い出す。その遺書ではフローレスが幼いときに作った贈り物を宝物として大切に木箱の中に保管してあるといった。しかし、フローレスは引っ越した後そんなものは見ていない。
フローレスは2階に上がり父の部屋だったところに入る。
その時壁が無理やり舗装されたような跡を見つけた。まるでバレないように隠した跡だがとてもガサツで見つけてくださいと言わんばかりのやり方だ。
フローレスは持っていたナイフを突き刺すと予想通り壁にめり込んだ。そして慎重に剥がしていくと小さな空間があり、そこには木箱が入れてあった。
「木箱?」
フローレスはそれをゆっくりと手を伸ばして木箱を取り出すと床に置いて中を開ける。
するとそこにはフローレスが幼い頃に父に向けて作ったであろう人形がたくさん入っていた。
それはカーロングは疲れた顔をしているから可愛い人形を作って喜ばせようとしたことが始まりで自身が労働に本格的に駆り出される前まで作っていた。
しかし、これがここにあるということはカーロングは自信を嫌っていたのではないかとフローレスは少し困惑した。
その時、一通の手紙が入っていることに気づくとフローレスは紙をゆっくり広げた。
『フリス。我を許せ。君が十歳になったということは労働を学ぶということではなく、ノルマが課せられ達成できなかったら処分されるという残酷な運命が待っている。そのため我は君をこれから厳しく指導しないといけない。生きるために致し方がないのだ。本当であればこれは口に出したいがもし秘密警察がいたら一族郎党処刑のためそれはできない。この紙も我の決意、心残りを断つために書いている。もし目に入ったのなら……ずっと恨んでくれ。いや、死んでも何度生まれ変わっても恨んでほしい。追記。もし君が入隊すれば国境警備隊に配属させる。だからこそこれからは君がエポルシアを嫌ってケウトに逃げてるようにする。だからそれまでは必死に生きろ』
「——」
それはカーロングの懺悔が記された手紙だった。フローレスはそれを握るとビリビリに破るとその場に捨てた。
「——私は……あの時父と亡命……その後も父の亡命を裏で計画しておけば良かった……?」
フローレスは呼吸を荒くして壁を殴る。
「あの時、ヘリアンカ自由信徒軍に潜入した際に人脈を作って聞いて仲間を作れば助かったのかもしれない……本当に、私は、私は……!」
「フローレス。遅いぞ」
「——っ!」
次の瞬間ゾロゾロとオスニと他四人が入ってきた。オスニはフローレスの前に置かれている木箱に気づく。
「それはなんだ?」
「——これは?」
「無線機か」
「——っ!」
オスニは木箱に向かって構えると銃の引き金を引く。そして木箱は木っ端微塵に破裂し辺りに木片と布切れを散らばした。
しばらくして弾が尽きるとオスニは銃を下ろして残骸を見る。
「——無線機では無かったか。紛らわしいことをするな」
「——」
「無線機であれば位置がバレて囲まれていたのかもしれないのだぞ。これは思い出巡りの旅じゃない。戦場だ」
オスニはそういうと部屋から出ていった。
フローレスは大きく息を吸い、手を力一杯握りしめると後に続いて歩いた。
それからフローレスはオスニたちと共に残党を狩りそれは夜まで続いた。
その度に戦友もしくは旧友と出会ったが、オスニの命で殺すしか無かった。
残酷なことに彼らはフローレスを見て、みんなフローレスに追いつこうと必死に努力した結果カイザンヌの直属の部隊に配属されていた。それが意味するのはフローレスが彼らにとって神様で生きる目標となっていたことを意味していた。なのにフローレスが裏切ったのをこの目で見てしまったのだ。
彼らはフローレスに裏切られ、憎悪と悲しみに溢れたままバタバタと虫のように簡単に死んでいった。
その後フローレスは拠点に案内され用意された個室に入るとベッドの上に座った。
今のフローレスは心身ともにボロボロでかつて自身が父のために作った人形の残骸、それも腕の部分を胸ポケットから取り出した。
フローレスは知りたくも無かった事実を知ってしまた。
それは父はフローレスがカイザンヌに殺されないように教育し、最終的にケウトに亡命できる手段を築いたのだ。
だが親友を殺され、挙句に父の教育でエポルシアを嫌うように教育されたとしても旧友や戦友に向かってオスニの圧と命令を除いて自分の意思で撃てなかった。その段階でフローレスは心の中に思うところがあったのだろうと今更ながら気付く。
フローレスは目元を濡らして顔を抑えた。
「私はケウトに亡命して何を思って生きていた? エポルシアの恨みのはずだった。私の人生を破壊して、親友を殺したエポルシアを潰したかった」
その時フローレスの脳裏に親友の最後の姿が映った。
自身の失敗のせいで殺された親友の姿が。
その親友は綺麗な金髪の同い年の女の子で冷徹なバカ真面目なフローレスと違って陽気なバカ真面目という言葉が似合う人物。
彼女はフローレスとともにノルマを達成する友であったが、フローレスの失敗を肩代わりしてそのまま五人の大人たちに殴られ蹴られたりして息も絶え絶えになりながらも、最後はフローレスに向かって『生きて』と告げた親友の最後の姿。
その後親友は黒い車に乗せられて以降今に至るまで会っていない。
フローレスは壁を殴る。
「あの子はもっと生きたかった。私が失敗しなければ生きたはずだった。クソ親父……お父さんも生きたはずだった。あの遺書が本当なら……私が迎えにくると思っていたのか? 別に私が迎えにくるとは思ってもいなかったけど……お父様の中では私があの木箱の手紙に気づいて、亡命して人脈を作ってお父さんが亡命しるのを助けてくれるだろうと思っていた?」
フローレスはため息をつく。
「……もしかしたら私が恨んでいたのはエポルシアじゃない……カイザンヌだ。そうだ全てカイザンヌが悪い」
フローレスは笑みを浮かべる。
「カイザンヌを殺さなければ惨劇が生まれる。例えエポルシアを変えてもカイザンヌはどこかで生きている。どんな手を使ってでも殺さないと!」
フローレスは涙を拭き取る。
「——だからこそ下っ端の兵士としてじゃなくて、自分から動かないと——」
『フローレス。聞こえるか?』
すると無線から聞きなれない声が聞こえた。フローレスは無線を繋げる。
「——フローレスだ」
『フローレスか。こちらクルガ救出部隊だ、今すぐに用意して加わってくれ。拠点前に待機している』
「——分かった」
フローレスはまだ着替えていなくて安堵の息を漏らすと銃を構えて拠点から出る。すると外には十両の装甲車と百人以上の兵士がいた。
そして彼らの前に立っている兵士——隊長はフローレスに目を向けた。
フローレスは敬礼すると、兵士たちとともに装甲車に乗り南方に向かった。その場所はまさにトゥサイが守っているフェルガにだった。




