47話 フリス・アンドルフ
トゥサイはアンナを助け出し自身も囚われの身から脱した。さらに共和国臨時政府軍と協力関係を結びクルガの救出と死神の打倒という偉業を成し遂げていた。
けれどトゥサイたちは今フェルガに籠城していた。クルガの救出に成功したといえどカイザンヌ親衛隊は絶え間なく侵攻を続けている。救出が決定的な解決にはなり得なかった。
手を緩めることのない親衛隊の攻撃によってトゥサイたちは激しく消耗していた。このままの進度で状況が運べば数に劣っている共和国臨時政府軍が圧倒的に不利なことは明白であった。
「トゥサイ殿。このままでは」
「分かっている…」
ラインハックが苦い顔をしてトゥサイに話しかける。トゥサイはそれに対して明確な返事をすることはできなかった。
列強による援軍が三日後には来る手筈になっていた。今や反撃する余力のないトゥサイたちの共和国臨時政府軍は必死に耐えることしかできなかった。もし前線が崩壊すれば一瞬で決着がついてしまう。
トゥサイたちのいるフェルガが抑えられてしまえば反乱軍を叩くことは不可能になる。フェルガは文字通り最後の砦であった。
「分かっているとおっしゃいますが、トゥサイ殿! この状態は長く持ちません。我々の犠牲が増える一方です」
度重なる戦闘を受けて共和国臨時政府軍の被害は拡大していた。元々少ない人数だったが、見方はさらに減少していた。この状況に焦りを覚えてきたラインハックが声を荒げるのも無理はないとトゥサイは感じていた。
「それは分かっていると言っているんだ! 列強が来たら状況は一変する。今は耐えるしかない。耐えるべきときなんだ!」
ラインハックの怒声につられてトゥサイも声を大きくする。
「俺もこのままでいいとは思っていない! このまま犠牲が増えていく状況を良しとは思っていない! ならばここで攻勢に転じるのか? それこそ愚策だぞ! 今、攻勢に出てみろ。籠城戦で押されているというのに数で負けている俺たちが攻めれば一瞬で瓦解するぞ。しかも犠牲は今以上になる。全滅する可能性だってある」
トゥサイは一気にまくしたてると冷静になったのか声の調子を戻す。
「今は苦しくても耐えるときだ。今はただ」
トゥサイの熱弁を聞いたラインハックも納得したのかこれ以上トゥサイに反発することはなかった。
トゥサイは手元の無線機を口元に当てた。この無線機の先には同朋で友人でもあるヘヴェリと繋がっていた。
「ヘヴェリ。列強の援軍はまだ到着しないのか」
無線機の先からヘヴェリの声が聞こえる。無線機の調子が悪いのかヘヴェリの声は若干震えていた。
『無茶いうな。エポルシアまでそんなにすぐ到着するわけがないだろう! だがもうあと二日ってとこだ。諦めるんじゃないぞ』
トゥサイはヘヴェリの二日という言葉を噛みしめる。列強が到着するまでのたった二日の間にどれだけの兵士が死んでいくのだろうかとトゥサイは思う。
「諦めるなんて考えたことなど一度もない。司令部に伝えてくれ、もっと早く列強を寄越せってな」
『一応伝えとくよ。じゃあな。死ぬなよ』
「ああ」
トゥサイは無線機を仕舞う。そして兵たちが向かう先へと足を向けた。
「トゥサイ殿どこへ行かれるのですか!」
「俺も出る。少しでも多い方が時間稼ぎにはなるだろう」
「そうですね。では私もお供します」
「いや、だめだ。お前まで出れば指揮官がいなくなる。指揮官がいない軍隊などただの烏合の衆に過ぎないことを知っているだろう?」
「承知しました。ご武運を」
「ああ」
そうしてトゥサイは戦場へと駆り出した。
エポルシアとケウトの国境を走る装甲車があった。その中の一台に一人の女性が座っていた。その女性の名はフリス・アンドルフと言った。
フリスはエポルシア人民共和国で生まれた。彼女はエポルシアに居たころの思い出はほとんどない
エポルシアでは厳しい生活を送っていた。フリスはエポルシア人民共和国で生まれた。彼女はエポルシアに居たころの思い出はほとんどないエポルシアでは厳しい生活を送っていた。母親は彼女を生んですぐに死に、父親によって育てられた。
しかし彼女からすれば良い父親とはとうてい思えなかった。いつも厳しく接しられ遊びなどはしてもらったことがない。
しかし、その父親の態度は娘のフリスのためを思ってのものであったことをフリスは知ることはなかった。
そんな彼女に転機が訪れたのは国境警備でケウトという国を見たときであった。ケウトの街は自由に満ちており誰もが笑顔でいるかのようにフリスの目には写った。
ケウトの街を見たその日からフリスはその光景が頭から離れたことはなかった。そして規律で雁字搦雁字搦めにあり厳しさの中で生きる自分と比べてばかりの日々を過ごしていた。そんな自由で活気に満ちた街のことを何度想像したことか。
フリスは亡命を考えるようになった。もはやその考えは自由を求めたフリスにとって必然であった。
それから数年後エポルシアは国家元首が暗殺されるという騒ぎが起きる。前代未聞の自体にエポルシア人民は困惑した。治安が悪化し民の生活にも多大な影響が及んだ。政治に関心を持たない民はこの事態の悪化を嘆いた。
けれどもフリスにとっては違った。フリスはこの動乱を好機ととらえたのだ。これほどまでに国内が荒れたことはなかった。さらにこの動乱以上にこれから先大きな騒ぎが起こるとは思えなかったフリスは亡命を決行した。
結果としてフリスは無事にケウトへと亡命することに成功したのだった。一つ彼女が思い違いをしていたのは国家元首の暗殺という好機によって亡命を成し遂げたと思っていることだ。もちろん動乱に紛れたことは亡命できた要因としてはあるがその裏に父親の援助があったことをフリスは知らなかった。
そしてケウトにてハンバムラという人物に保護されたフリスはケウトの軍人となって今に至る。
そんなフリスだったが何の因果か故郷ともいえるエポルシアに再び足を踏み入れようとしていた。フリスにとってはもう二度と帰ることはないと思っていたので動揺は大きかった。しかし軍部の指令に逆らうことはできない。
もう一つ彼女の心を揺れ動かしていたものがあった。それは今のエポルシアの立場であった。
エポルシアでは今クーデターが起きている。クーデター派はエポルシアのトップであったクルガを拉致し政府を機能停止にまで追い込んでいた。
クルガの救出はエポルシアの正規の軍である共和国臨時政府軍によって達成されたとの報告が挙がっている。
けれども正規軍は非常に劣勢でありいつ崩壊してもおかしくない状況だ。こうしてフリスが装甲車に揺られながらエポルシアへの思いを考えている間にも兵は倒れていることだろう。
それを救うため各国の列強による軍がエポルシアに投入される手筈となった。その列強軍にフリスは組み込まれていた。
一度は捨てた故郷を今度はケウトの立場として救うことになる。フリスは今でもエポルシアに良い思いはない。それでもエポルシアで必死に抗っている人たちを見捨てることはできないとも思っている。フリスは複雑な決めきれない心情を抱えたまま装甲車でエポルシアへと向かう。
「それは本当かヘヴェリ!」
『ああ。列強軍は早ければ今日の昼までに到着する。よく耐えたな』
「ああ! これでやっと…」
『とはいえ、気を抜くなよ』
ヘヴェリは無線機越しにトゥサイに忠告する。トゥサイがヘヴェリに連絡を取ってから一日が経過していた。
いくら籠城とはいえども兵士たちには疲れの色が見え、士気も下がっていることが目に見えて表れていた。
「分かっている。報告感謝する」
トゥサイは無線機を切ってラインハックをすぐに呼んだ。
「トゥサイ殿、何事ですか! まさかどこかのラインが崩壊したのですか!」
ラインハックは最悪の事態の報告を聞くことは耐えられないため自らの口で先に尋ねた。ラインハックも相当の疲れが見えていた。
「いや、朗報だ。今日中に早ければ昼までに列強が到着するそうだ」
「本当ですか! これで、我々も反撃に出れます!」
「ああ。クルガにもこのことを伝えてくれ」
「承知しました」
すぐにでも駆けだそうとするラインハックにトゥサイは声をかけて止めた。
「トゥサイ殿?」
「ラインハック、それまで必ず持ちこたえるぞ」
「はい!」
ラインハックはトゥサイに向かってまっすぐに敬礼した。
ヘヴェリからの報告があった数時間後フリスの乗る装甲車がエポルシアの領土へと踏み入れていた。時刻は昼前のことであった。フリスの車が到着したということはケウト軍以外の各列強の軍もエポルシアに到着したころだろうとフリスは思った。
フリスの故郷へと再び戻って来たというのに感じるものは何もなかった。それは記憶にあるエポルシアの街とは大きく違い建物が壊れ硝煙の臭いに満ちていたからかもしれない。
「帰って来た…」
声を出せば少しは実感が沸くかと思ったがそんなことはなかった。故郷を捨て自由になったと思っていたフリスにとってまだエポルシアから逃れられなかったのかと感じさせた。
「行くか」
いずれにしてもこの戦いが終われば何か見えるものがあるかもしれないとフリス・アンドルフ、今はフローレスと名乗る兵士はエポルシアの地に降り立った。




