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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
3章 砂の涙

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47/83

46話 死神の盃

 ————エポルシア首都ソクナム。

 ソクナムはエポルシアの経済、政治、文化の中枢でありここで銃撃戦が聞こえるのは亡国となるその日ぐらい。

 そこは現在クーデター側の軍勢が占拠していたが、つい数時間ほど前にラインハックが各地の部隊を結集させ総勢五千人の軍で収容所を襲撃してクルガを救出。

 その後本拠地であるフェルガに退却していた。しかし、その道中でカイザンヌ親衛隊の急襲に遭遇しつつもラインハックは近くの村に身を潜め脱出の隙を伺っていた。


  そして今ラインハックは村の奥にある現在は使われていない古い城を司令塔として使っている。

 そこはバラバタと兵士が駆け足で出入りする。ラインハックは指揮室で絶え間なく来る伝達に頭を掻く暇もなく通信兵を通じて指揮を取っていた。

  ラインハックは通信兵に声をかけた。


 「今村を囲んでいるカイザンヌ親衛隊の数は?」


 「只今彼らはおよそ八千。私たちは先の奇襲で離散してしまい連絡がつかない状況となっています。この村にいるのは五千の兵。打開策は難しいです」


 その言葉にラインハックはため息をつくと剣を手に椅子から立ち上がる。

 現在村では親衛隊との激戦が繰り広げられ、奥地にある司令塔まで銃声が聞こえるほどだ。

 ラインハックは各家屋に兵を忍ばせ遊撃戦を敢行しているが長くは持たない。


 「我々は共和国臨時政府軍。繰り返すぞ。我々は共和国臨時政府軍だ。その言葉を噛み締めよ。我々がこの戦に勝ち、国民たちが我々はカイザンヌを追い払える力があるとそう示さねばならない」


 そしてラインハックは右手を高く掲げる。通信兵は無線機をラインハックに渡すと各地で戦っている部隊に無線が届くように調整した。

 ラインハックは会釈すると無線機を口に近づける。


 「諸君! 我々はもはや臨時政府軍ではない! クルガ様を大統領とした共和国軍として誇りを持って戦い、賊軍を追い払うぞ!」


 ラインハックがそう声を上げると受信機から大勢の兵士たちの勇ましい声が聞こえてきた。それを聞いたラインハックは笑みを浮かべ、小銃を担いだ。

 通信兵は驚いた顔をする。ラインハックは通信兵の肩を叩いた。

 

 「お前たち。これより村中に罠を仕掛けその隙に脱出、ここから東にある塔に向かって援軍が来るまで籠城する!」


 「はい!」


 「共和国万歳!」


 室内には兵士たちの声が鳴り響く。その後ラインハックら五十人は親衛隊の目を盗み、村から脱出して東にある塔へと向かった。

 その頃時間はすでに昼過ぎで、トゥサイはフェルガに戻った後ラタヌが乗っていたバイクに乗りラインハックの無線を聴きつつ移動を始めていた。

 トゥサイはこれまで得た情報で判明しているのは三つ。

 まず一つ目はクルガ救出後カイザンヌ親衛隊の襲撃を受けた。二つ目は塔に今籠城していること。そして最後はクーデター側の兵が一斉に抵抗勢力に対して攻撃を開始したことだ。

 トゥサイは戦線を無理矢理突破しようと度々岩を盾にしながら敵を迎え撃っていた。そして銃声が鳴り止み岩陰から出るとエポルシア兵が血を流してその場で倒れ死んでいた。

 それもここだけで十人程度。トゥサイは少し深呼吸した。


 「なんとか無事そうだ……それにしても塔と言ってもどのことを指しているんだ? クルガが囚われていた場所か?」


 トゥサイは砂で汚れた顔と、血に染まった服を着ながらバレないようにバイクで移動する。

 そしてトゥサイは夕方になってようやく新しい村に着く。そこは建物がほとんど廃墟となって村人たちは服をぼろぼろにして生気が失った顔をしており、中には体の一部が欠損していたり目が抉られている死体もあった。

 トゥサイはバイクを走らせながら散策していると一人の女性に近づいた。女性はエポルシア人でひどく痩せ細って口から血を流していた。


 「おいあんた大丈夫か?」


 「——カイザンヌ、カイザンヌ……」


 女性は涙を流し、トゥサイに手を伸ばして何かを伝えようと苦しい顔を一瞬浮かべた。しかし、一言も発することなくそのまま息絶えた。


 「——もしやあいつら焦土作戦をしているんじゃないか?」


 『おい、トゥサイ』


 するとトゥサイの胸から声が聞こえる。トゥサイは音の発信源が胸に取り付けている無線機であることに気づくと崩れた建物に潜むと繋げた。


 「こちらトゥサイ、どうぞ」


 『トゥサイ殿——ちょっと!』


 一瞬ガナラクイの声が聞こえたと思ったら、どこか安心し懐かしい男の声が聞こえてきた。その男は無線機の向こう側で笑い声が聞こえた。


 『俺だよへヴェリだ。久しぶりだな』


 「ヘヴェリか。——どうしてお前が中央情報局に?」


 『なーに言ってんだ。長官がどうせお前が撤退しろって言う命令を無視するのを察知してだ。トゥサイの相方は親友のお前しかできないって言われて参上したまでだ』


 「そうか。見透かされてたんだな。さすが親友だ」


 トゥサイは少し安心する。


 『早速だがクルガの場所が特定できた。お前が最初にクルガを救出したあの塔だ。クルガは今そこに籠城している。情報によればだいぶ砲撃を食らっているみたいだから急げ』


 「あそこか。ならこのまま北に行けば着く」


 『了解した。一応この情報はその塔から来た。もしかしたら敵の罠かもしれんない。気をつけてくれ。あと、もしクルガだったら通信方法を教えてやってくれ。暗号の使い方が下手なせいか分かりづらい』


 「分かった」


 トゥサイは返事をするとすぐにバイクに乗るとアクセルを掛け、発進する。


 『それと最後に、お前の彼女から一言だ』


 『なっ、彼女ではありません! ——トゥサイ殿、無理しないでくださいね。列強はこれより北に来たものは敵として討伐します。なのでクルガ殿を救出したらフェルガで待機してください!』


 へヴェリの声を遮るように大きな声を出すガナラクイの姿を少し想像したトゥサイは軽く笑う。そして無線を切るとトゥサイは目つきを鋭くして塔に向かった。

 それからトゥサイは真夜中になって塔に到達した。塔は砲撃を喰らったのか一部が崩落しており、壁には弾痕が生々しく残っていた。

 トゥサイはアンナに教えられた地下道から塔に入る。塔の中は光はあるが敵に狙撃されることを恐れてか見張りの兵が不思議なまでに少ないことに気づく。

 もしくは兵が極端に少ないかのどちらかだということをトゥサイは視野に入れた。

 廊下を歩いていくとそこにヘリアンキ自由信徒兵をみつけた。信徒は柱で窓の先をじっと見て監視していた。トゥサイはゆっくり近づく。

 するとトゥサイとその信徒はお互い目が合うと銃を構えた。


 「——ケウト人か?」


 信徒は小声でそうトゥサイに聞く。トゥサイは会釈する。次の瞬間信徒は銃を下ろすと両手をあげた。


 「——クルガ様の元へ案内します」


 「分かった。案内してくれ」


 トゥサイは信徒の後ろを歩く。そして窓に近づくと信徒は伏せるようジェスチャーし、トゥサイはそれに従った。


 「今親衛隊に中に死神がいるんです。窓から頭を出すと夜でも撃ってきます」


 「死神? いや、狙撃手か。反撃すれば良いだろ」


 「それができないんです。まるで天空人のように目が良い狙撃手。位置に気づいて機関銃で応戦しても一向に討ちとれなくてこちらの損害が大きくなるだけです。そのおかげで今三十人が死にました」


 「——なるほどな。たまにいる厄介な敵か」


 トゥサイは窓を側を過ぎるとゆっくりと立つ。そして少し前までクルガが封じられた部屋に到着し、信徒は扉を開ける。

 中に入るとそこにはクルガが椅子に座っており、左右には一人づつ兵士が立っていた。そして右に立つ兵士はラインハックだった。


 「トゥサイか!」


 「トゥサイ殿!」


 クルガ、それからラインハックは嬉しそうに大きな声を出し机に乗り出す勢いで立ち上がった。


 「あぁ、来たぞ」


 トゥサイは肩の力を抜いて腰に手を当てる。


 「すまん。先のは私の不手際だ——アンナは無事か?」


 クルガの言葉にトゥサイは頷く。


 「無事だ。安心してくれ」


 「そうか……良かった」


 クルガは急に力が抜けたかのように音を立てて椅子に座る。

 トゥサイはクルガに近づくと机の上に手を乗せた。


 「とりあえず現在の状況を簡潔に教えてくれ」


 「説明は私が行いましょう」


 クルガはトゥサイの言葉に頷くと、代わりに隣に立つラインハックが一つ一つ今まで何があったのかを説明した。

 ——クルガが首都に収容された後、処刑される日を聞き諦めようとした時にラインハックの部隊が収容所に民兵と共に攻撃し救出され逃げた。

 しかし、カイザンヌ親衛隊に奇襲されたものの、ラインハック指揮の元分散してゲリラ戦を繰り返しながら撤退し続けこの塔に到着した。との事だ。

 トゥサイはそれを聞くと少し考えた後顔を上げた。


 「なるほど。今包囲をされて脱出方法を模索か」


 「あぁ。このままでは埒が開かないことは分かっている。しかし塔にいるのは十人だ。偶然ヘリアンキ自由信徒軍が兵站とともに五人の精鋭を連れて来てくれたおかげで装備や食料は問題ない」


 「なるほど。自分を慕う仲間がいるおかげで保っているようだな。どうにかして脱出しないとな。——確認だがクルガ。お前はヘリアンキ自由信徒軍がケウトでテロ行為をしていたの知っているか?」


 トゥサイの言葉を聞いたクルガは申し訳なさそうな顔をする。


 「あぁ、知っている。だがそれをしているのは過激派というのは知ってくれ。普段の彼らはそこまで過激ではない。確かに過激な連中は外国から人を拉致して奴隷として闇市で売っているのは分かっている。だが数年では治安を守る警察や軍の汚職を取り除くことは出来なかった。許してくれ」


 クルガは申し訳なさそうな顔をする。トゥサイは少しクルガが知っていて経済発展でしょうがないと黙認していたらどうしようか悩んだが、クルガのその言葉から嘘偽りはなく正しいと信じることにした。


 「——気にするな。元々味方が少なく、数年前でも常に命を狙われていたお前だ。今この場で勇敢に戦う姿を見せれば国民はもっと喜ぶだろう。このタイミングでその汚職もなくせるといいな」


 「——あぁ……そうだな」


 クルガは少し励まされて満足したのか腰を伸ばす。そしてゆっくり立ち上がると腕を後ろに回し、紳士のように品のある立ち姿を披露した。

 その綺麗な姿勢を見たトゥサイは一瞬言葉に悩んだが、我に返る。


 「トゥサイ、ラインハック。今とっておきの作戦を考えた。軍の指揮に関しては部外者だが構わないか?」


 トゥサイとラインハックは頷く。

  クルガは後ろに飾ってある地図を見る。その地図にはここ周辺の詳細は情報が書かれていた。クルガはそれを見て塔のある場所に指を差した。


 「敵は東にある大きな砂丘に陣取っている。東の裏口。さらに南なる正門が両方監視できる。そうだろう? それに西となれば北も見ることができる」


 するとクルガの隣に立っていた兵士が「はい! その通りであります!」と高々と返事をする。


 「ここは元は監視塔。だが歴史に登場して以降戦が起きる度に何度も落ちるぐらい弱い。つまり脱出は難しい。敵が包囲を一つ解いても脱出したらあるのは死だけだ。すぐに殲滅される作りだ」


 「——待て、ならなぜここはまだ使えたんだ?」


 「トゥサイは知らなかったな。ここは七十年前に包囲しやすく監視しやすいということで評価され、収容所として利用していた。東と西の砂丘はよく見たらわかるが監視塔が設置している。およそ敵は丘の上に陣取っている。下手に動けば東からの狙撃の嵐でそれを抜け出した先は……西にいる親衛隊によって包囲殲滅だな」


 トゥサイの疑問にクルガは解説する。

 トゥサイはそれに納得すると地図を見た。

 現状地図から見て完全に包囲されている状況で無理に脱出すれば多勢に無勢。すぐに全滅。 

 もし脱出するとなれば誰かが囮になって撹乱している隙にクルガを脱出させないといけない。

 トゥサイの手元にはラタヌから受け取った拳銃がある。バイクの中にはその銃の弾倉がまだあるため、なんとか食い止められる。

 国のため、家族のために中央情報局に入った。トゥサイにとっては任務は重要だ。

 トゥサイは「よし」と口に出すと手を挙げた。


 「よし、なら俺に任せてくれ。俺が囮になる」


 「トゥサイ!?」


 クルガは突然大きな声を出したが、少しして一度息を吐くと落ち着かせる。


 「待て、大丈夫か?」


 「大丈夫だ。厄介なのは死神とそれに率いられた部隊、さらにカイザンヌ親衛隊だろ」


 「——なら親衛隊は我々信徒が対処します。カイザンヌはヘリアンカ様の神殿を破壊した。それに起こしたのは親衛隊と聞く。天罰を与えないといけないのは信徒の定めなので」


 「——トセーニャと同じことを言っているな。クルガ、そいうことだ」


 トゥサイと信徒はクルガを見る。クルガは最初は悩んだ顔だったが次第に決意に満ちた顔になり「分かった」と口に出すとトゥサイを見た。


 「任せた……ラインハックは?」


 「撤退戦は長年カイザンヌにゲリラ戦を繰り返してきた私が指揮しましょう。トゥサイ殿とヘリアンキのものたちが囮になってくださっている間、私が守ります」


 ラインハックは敬礼してそう告げる。


 「そうか。頼んだぞ」


 クルガはそう口に出した。

 それからフェルガ退却作戦の話し合いが続いた。内容はまさにトゥサイと信徒軍が囮になり、親衛隊と死神を引きつけ、その間にクルガと塔に駐留している部隊がフェルガに向けて退却するという内容だった。

 その後、ラインハックよりクルガが包囲網を超えたという報告があればトゥサイと信徒軍も退却を行うという手取りでまとまった。


 ——実行時間まで約五時間後。

 トゥサイは信徒とともに部屋から出ると廊下を歩いた。そして塔から出ると広場には信徒の仲間であろう四人のまた別の信徒が立っていた。


 「そう言えばお前はなんて名前だ?」


 トゥサイは信徒の方を軽く叩く。信徒は先ほどまでの固い顔を崩して柔らかく笑う。


 「——ライツ。ライツと言います。貴方はトゥサイ殿ですね」


 信徒はそういうと葉巻をポケットから取り出してライターで火を付ける。そして吸い込んだ後煙を吐く。

 トゥサイは鼻を腕で覆う。


 「あぁ、トゥサイだ。で、味方は五人だがもっといるだろ?」


 「——この後隠れアジトから向かっている二十人の味方と合流し、カイザンヌ親衛隊と決戦を行います。なのでこれが我が人生最後の戦いで、最後の至福の時でしょう」


 「——そうか。まだ若いのにな」


 「構いません」


 信徒はそう告げると前に出て四人の前に立った。そして葉巻についている火を消すとどこからか取り出したケースにしまう。

 そして気づけば5時時間がすでに過ぎて、続々と塔から兵士たちが広場に集まり、ライツとトゥサイに感謝の言葉を述べた。そして最後にクルガが塔から出るとトゥサイと信徒を交互に見てゆっくりと頷いた。

 トゥサイはそれに笑顔で返す。


 次の瞬間兵士たちの目に眩しい光が入る、東を見ると丘から太陽が顔を覗こうとしていた。それを合図に門の前にいた兵士がゆっくりを門を開ける。

 トゥサイ、それからライツはそれぞれ車とバイクのエンジンを掛ける。

 日の出と共に門が開いた瞬間トゥサイはバイクで外に飛び出した。すると次の瞬間タイヤのすぐ近くで鉄の塊が砂に当たる音が聞こえた。

 トゥサイは周囲を警戒し、東の丘に向かって威嚇射撃をした。


 『トゥサイ殿、こちらライツ。これより開始する』


  無線からライツの声が聞こえる。


 「了解。こちらも交戦状態に入った。武運を祈る」


 『こちらもです』


 トゥサイは無線を切ると銃口が日光で一瞬光ったのを見つけた。場所は砂丘の頂上。

 トゥサイは小銃を片手で構えるとその場所目掛けてバイクを走らせながら銃を撃つ。

 するとトゥサイの肩から血が噴き出す。

 トゥサイはハンドルを力強く握る。


 「くそっ! こいつら」


 トゥサイは砂丘に向かってバイクを走らせた。

 そして近くにあった岩陰に隠れて少し顔を出すと丘に向かって銃を撃った。丘は距離があるため状況が分かりづらい。

 銃声と共に見せる火柱が唯一位置を知らせる重要な情報源だ。


 「よく見えないがこの砂丘はまるで山脈みたいで長く岩も多いから狙撃に打って付けだな」


 トゥサイはスコープ越しで周囲を見る。すると一瞬頭が見えた。咄嗟に引き金を引くとその頭は血を噴き出して地面に落ちた。

 トゥサイは少し息を吐いた後バイクの乗り走らせ、砂丘の頂上を目指す。


 「下にいたら格好の的だ。——いや、上は逆に奴らが潜んでいるから下に来たら面倒だな……下手に動けん」


 トゥサイはその時一瞬岩陰に光が入った瞬間に白く光るところを見つけ、さらに銃声を耳にすると小銃を構え、引き金を引いた。

 辺りでは激しい爆発音と銃声が鳴り響き、トゥサイは減らない音だけでも死神はまだ死んでいないのが分かった。

 だが、分かるのは最初の至る所からの狙撃の数は減っている。


 それから山脈を登るとそこには小さなテントがありそこには銃を持って待ち構えていた兵士がいた。

 トゥサイはすぐにバイクから降りてそれを盾に銃撃から逃れ、拳銃を取り出すと頭を撃ち抜いた。

 トゥサイはゆっくり立ち上がるとテントを物色し機密事項と書かれた書類を見つけ中身を確認する。


 「これは狙撃手の配置か。本当に塔全体を包囲しているな」


 ——ガサッ。


 トゥサイは後ろから物音に気づくと銃を構えた。そこに立っていたのは下顎が抉れたエポルシアの兵士だった。

 兵士は中年ぐらいの男で、髪の毛は生えておらず、耳が尖ってエポルシア人だった。肩には大きなバッグを掛けている。

 すると兵士はトゥサイに拳銃を向ける。


 「——」


 「——」


 兵士とトゥサイは見つめ合う。そしてトゥサイは兵士に詰め寄る。すると兵士は銃を落とした。

 トゥサイは不審な行動に警戒して一歩後ろに下がる。


 「——我が名ガーデ。エポルシア随一の狙撃手、恐怖の象徴とも呼ばれた男だ。まさかヤニハラと呼ばれる男が相手とは実に良い。——我が糧となれ!」


 兵士は袋を開けると中から狙撃銃を取り出し、瞬きほどの速さで構えるとトゥサイ目掛けて引き金を引いた。トゥサイは咄嗟に避けるとさっきまでいたテントが爆発した。トゥサイは兵士を見るとそこには居なかった。トゥサイは岩陰に隠れ、弾倉を取り替える。そして岩陰から石を投げると銃声が鳴り、粉々になった。


 トゥサイは顔を横から出すと銃声が聞こえた場所を撃ちながら走り、岩を転々と移って隠れながら近づく。

 ある程度近づいた瞬間ガーデは顔を覗かせると銃を放ち、トゥサイの頬を掠めるとトゥサイはすぐに引き金を引く。

 しかし、ガーデはまるで蜘蛛のように素早く動いた。


 「クソっ」


 トゥサイは銃を撃つとなんとかガーデの右腕に当たり、ガーデはその場でこけ岩肌を滑り落ちた。さらに運が良いことに銃を手放した。

 トゥサイは足元に注意しながら追いかけるとガーデは懐から剣を取り出しトゥサイに飛びかかるがトゥサイはそれを塞ぐ。次の瞬間ガーデの靴先から剣が飛び出てそれをトゥサイの太ももに突き刺した。


 「うわっ!」


 トゥサイは傷口を押さえる、しかしガーデは剣をトゥサイに何度も突き刺そうとするが、トゥサイは地面を転がって避ける。


 「その程度かヤニハラ! 私が想像したよりも遥かーに弱い!」


 「狙撃手は後ろから近づかれたら終わりだからここまで体術をつけているのか……」


 「よく気づいたな。狙撃手は目だけが強いわけではない、頭と体も強いのだ」


 トゥサイは立ち上がるとガーデの腕を掴むと背中の上にガーデを乗せると地面に叩きつけた。そして馬乗りになるとガーデの顔を何度も殴る。


 「ケウトを舐めるな!」


 するとガーデはトゥサイを後ろに押しのけるとトゥサイを蹴り飛ばすと銃を握りトゥサイに向ける。

 トゥサイは咄嗟に立ち上がると小型ナイフを取り出すとガーデの胸に向かって投げる。そして一気に詰め寄った。

 ガーデはナイフを避けようとしたが、トゥサイの横腹に向かって銃を撃ち、トゥサイの横腹は赤く滲むがガーデを後ろに突き飛ばした。


 「はははっ! さすがヤニハラだ!」


 ガーデはすぐに立ち上がるとトゥサイの顔を殴る。



 「しかし、エポルシア人である我を含め、砂漠に生きたものを舐めるな!」


 ガーデはトゥサイの腹、顔を何度も殴る。


 トゥサイは何度も殴られ、耳鳴りがし始めた。トゥサイはガーデが腕を大きく振りかぶったのを見ると腕を掴み肩の関節を外した。


 「——っ!」


 ガーデは声にならない悲鳴をあげる。 

 トゥサイはガーデを拘束すると耳に口を近づけた。


 「こちらこそ寒いところで生き続けているんだ。舐めるなよっ!」


 トゥサイは一瞬ガーデを離すと足元に落ちていた銃を拾い、ガーデの腰に何発も打ち込む。

 ガーデは弾が当たる度に体を大きく振るわせそのまま地面に倒れた。


 「——こりゃ勝負アリだな……」


 「何がだ?」


 「嘘だろ……」


 背中に何十発も撃ち込まれたはずのガーデは何事もなかったかのように立ち上がった。そしてガーデは振り返る。

 トゥサイの目に映ったガーデは口から血を噴き出して今にも死にそうな姿なのがすぐに分かった。

 ガーデはニヤリと笑う。


 「我が生涯は……世界の豪傑と戦うことだ!」


 ガーデは腰から大型のナイフを取り出すとトゥサイに斬りかかる。

 トゥサイはガーデの斬撃を避け、銃を何度も撃つ。

 しかし、ガーデは撃てば撃つほど動きが機敏になっていった。


 「ヤニハラ! その程度か!」


 トゥサイの頬にガーデの刃がかする。


 「お前本当に人間か!?」


 トゥサイはガーデの急所に三発撃ち込んだ。しかし、ビクともせずに動き始めた。トゥサイは後ろに下がりながら何度も撃つ。しかし、ガーデは発狂しながら近づいてきていた。


 「こいこいこいこいこい! ヤニハラぁ! 我を楽しませろぉ!」


 「なんだコイツ!? ——これは?」


 バイクのハンドルの下にショットガンが見えた。トゥサイはショットガンに持ち替えるとすぐ近くにあった弾倉を装填する。


 「行くぞぉ!」


 「これでも喰らえ!」


 トゥサイはガーデの右腕目掛けてショットガンを放つ。するとガーデの右腕は破裂するかのように血があたりに吹き飛んだ。そして次に左腕に放つと、右腕同様に破裂する。


 「——グァぁ……」


 ガーデはゆっくりと地面に倒れる。

 

 「——やっとか?」


 トゥサイはゆっくり変えでに近づくとまだ呼吸をしていた。トゥサイはショットガンを足元に落とすと拳銃を持ちガーデの両脚に撃つ。

 だがガーデはどこか嬉しそうな顔をしていた。

 トゥサイは応急処置で自身の傷口を包帯で巻く。すると無線から声が聞こえた。


 『こちらラインハック。包囲網から脱出したトゥサイ殿、ライツ殿は至急撤退』


 その声の正体はクルガで、どうやら脱出に成功したみたいだと分かるとトゥサイはニヤリと笑った。

 そしてガーデを見る。


 「——すまんな。俺の勝ちだ」


 トゥサイはガーデに銃を構えた。ガーデはそれに気づくと諦めたかのように力を抜く。


 「——そうか……。だが、ヤニハラと戦えただけでも……あの世にいる親友への土産になるな……」


 「——良いセンスだったな。最後にお前、何者だ?」


 「——我は古き時代のエルフィンの血を受け継ぎし者。もう百年以上は生きた。古きエルフィンと同じように強い体、生命力を引き継いだが……若い者には敵わなかった……。さぁ、ヤニハラよ——撃て」


 「——あぁ、お前は強かった。本当にな」


 トゥサイはガーデの頭を打つ。ガーデの頭の下に敷かれた砂が血が滲む。トゥサイは死んだのを確認するとバイクに乗りその場から離れた。

 その場から離れて三十分が経過するとあたりが焦げ臭くあたりには炭化した人の腕もしくは人に似た形のものがあたりに散らばっていた。

 そして時折焼け焦げた兵士や上半身だけが無いものがいたりと、この場で決戦が起き暫く飛び道具で戦いが起きた後て白兵戦となったことをトゥサイは察した。

 トゥサイは無線を繋げる。


 「ライツ。聞こえるか」


 トゥサイはそう口にした後、辺りには乾いた風が吹き焦げた匂いがトゥサイの鼻に入る。その渇いた風は悲しい者ではなく、どこかに誘おうとしているようにトゥサイは感じた。

 しばらくしてトゥサイは拳銃を取り出す。

 それから一分待機したあと拳銃を上に掲げて三発空に向けて撃ち、その場から離れた。


 トゥサイはバイクを走らせ南に向かう。暫く走り続けて夕方ぐらいになって車列が見えた。

 トゥサイはアクセルをさらに吹かして車列に近づくと一人の兵士が手を振った。よく見るとその兵士はラインハックだった。


 「トゥサイ殿ですか!?」


 「あぁ。無事ですか?」


 「えぇ。撤退した直後親衛隊に襲撃されましたが、ライツ様率いる二十人が魔法を使ってそれを塞いでくれました」


 「なるほど。親衛隊は逃げたのか?」


 「はい。それをライツ様が追撃しましたが——無線が繋がらないということはそうなんでしょう」


 「——了解した。フェルガに着いたらどうします?」


 「とりあえず会議ですな」


 ラインハックは真剣な顔でそう告げた。

 トゥサイ、クルガ。それからラインハックの三人はフェルガに到着した。そこにはラインハックが集めた更なる増援が待機していた。

 三人は取り敢えず一度ラタヌとアンナと来た際に案内された黄土色の大きな建物に入った。

 そして廊下を暫く歩き会議室の中に三人は入った。

 トゥサイはクルガとラインハックに一連起きたことを細かく話す。そしてケウトの中央情報局からの指令を話した。

 ラインハックはしばらく考えた後トゥサイを見て、クルガに視線を流す。


 「クルガ様。ここは援軍を待ちますか? 三日耐えれば列強が来るはずです」


 「そうだな。列強は我々エポルシアよりはるかに優れた装備を持っている分機動力があるはずだ」


 クルガは深呼吸をすると立ち上がった。


 「全軍に命じる。耐えろ」


 クルガがそういうと、ラインハックは敬礼しその命令は各部隊に伝達された。

 トゥサイはそれを聞き、無線を通じてへヴェリに自身がフェルガにおり、ここを列強が車で守り抜くということを伝えた。

 ガナルクイは最初は反対したがへヴェリだけは止めずにすぐに向かわせると口にした。

 この日の空はまるで赤色に染まり、泥の雨が降っているようだった。

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