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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
3章 砂の涙

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45話 影の功労者

 「それで貴方たちはこれからどうするのですか?」


 トセーニャは真剣な顔でトゥサイとラタヌとアンナを見る。今、トゥサイたちはアンナの救出を終えフェルガの街に潜伏していた。そこで落ち合ったラインハックたちと打ち合わせしている最中にトセーニャが接触してきたのだった。


「アンナの救出には成功したが、まだ精神が不安定だ。もう少し様子をみたい」


「ふむ。」


トセーニャが何か考えこむように相槌をうつ。


「それにまだクルガの救出ができていない」


トゥサイの言葉を付け加えるようにラタヌが話す。


「俺たちの本来の任務はクルガの救出だからな。むしろアンナの件はイレギュラーであったとうことだ」


「大体の事情はわかりました。しかし、どうするのです? まさかこのままクルガの救出に向かうと?」


トセーニャが疑わしげにトゥサイたちに問いただす。


「もう少しで列強が攻めてくるでしょう。そうなれば貴方たちがこの国を安全に離れることは難しくなる」


冷静にトセーニャが説明する。


「そんなこと俺も理解している!」


トゥサイがトセーニャの言葉に声を大きくする。


「だが、クルガの救出は絶対だ。これだけは達成しなければならない」


「そうだな」


トゥサイの言葉にラタヌが同調する。二人のエージェントにとって任務は絶対のものなのだ。達成せずにのこのこと自国へ帰れるはずがなかった。良い打開策が見つからないまま時間だけがじりじりと過ぎ去っていく。この焦燥感はトゥサイたちを内側から蝕んでいくようだった。


「その救出、我々に任せてもらえませんか?」


「なに?」


重苦しい沈黙が支配した空間をラインハックが打ち破る。それを聞いてまず声を出したのはラタヌだった。


「クルガ様は私たちが命にかけても救出します。いや、させてください」


「しかしそれではお前たちが危険にさらされることになるぞ」


救出作戦を願い出たラインハックにラタヌが問いかける。


「ええ。その程度もとより反クーデター派として活動しているときからできています!」


力強い澄んだ目でラタヌに訴えかける。その目にたじろいだラタヌはトゥサイに意見を求めるために視線をトゥサイと交わす。


「お前一人で行くわけではないだろう。救出作戦に参加する意志のある者はいるのか?」


トゥサイの問いはもっともなことであった。クルガ救出と言葉で言うだけならば簡単だが実行するのは困難を極める。文字通り命を懸けた戦いになることが予想された。本当に救出に向かうならその意志を確かめなくてはならなかった。

 トゥサイからの挑発ともとれる言葉を聞いたラインハックは後ろを振り返るといきなり大声を張り上げた。


「この場にいる共和国臨時政府軍の諸君らに問う! クルガ最高指導者を救出することに怖気づいている者はこの中にいるか!」


ラインハックの言葉は力強く共和国臨時政府軍の皆の心に響いていた。さらにトゥサイたちの心まで強く打つほどであった。


「いるはずがありません!」


「我らはクルガ様の救出に全力で取り組みます!」


「命の覚悟はできています!」


口々にラインハックの激励に答えるように力強い声が返ってくる。


「諸君! 我らはこれよりクルガ様の救出作戦へと打って出る! 苦しい戦いになることが予想される。しかし! クルガ最高指導者が帰ってこなければ我らの国に光が差すことはない! 必ず我々で救出する!」


「ラインハック少将の言う通りだ!」


「俺たちでクルガ様を取り戻す!」


 ラインハックの言葉に呼応して連鎖するように次々とこの場にいる18人の兵士たちが声を上げる。


「こりゃすげえ。俺は色々な軍を見てきたがここまでの士気の高さは初めてだぜ」


ラタヌが関心したように呟く。ラタヌの言う通り兵士たちの雄たけびや号令の返事などから相当士気が高いことが伺えた。兵士たちの熱狂が場を支配し今までの沈黙が噓であったようだった。


「ラインハックから士気が高いとは聞いていたがこれほどとはな」


トゥサイも驚きのあまり口に出す。


「おい、トゥサイこれならできるんじゃないのか?」


 ラタヌがクルガの救出を任せようとしている。しかし、トゥサイは簡単に任せると言うわけにはいかなかった。


「しかし、クルガの救出に失敗すれば俺たちがここへ来たことが無駄になるんだぞ」


「そうは言ってもな」


「共和国臨時政府軍の士気が高いのは十分わかった。だが、その実力はどうなんだ。実践はいくら士気が高いからといって簡単に勝てるものではい」


「それはそうだが」


トゥサイとラタヌ、二人のやりとりを横から聞いていたラインハックが口を挟む。


「たしかにトゥサイさんの言う通りです。士気が高いだけでは何もできません。しかし…」


そう言うといきなりラインハックは目にも止まらぬ速さで壁に立て掛けられている剣を手に取った。トゥサイが身構えるより早くラインハックは剣を抜いてトゥサイに刃の切っ先を向けようとする。


「っく」


 トゥサイはすんでのところでラインハックの剣を避けた。


「いきなりなんだよ! 剣をしまえよ!」


 いきなりラインハックが剣を抜いた状況に戸惑いを隠せないラタヌが困惑の色をみせる。協力者同士で戦闘してよいはずがないと思ったラタヌは剣をしまえと言うがその声はラインハックに届いていない。

それどころかラインハックの攻撃はそこで止まらなかった。さらに第二撃を放つ準備の体制に入っていた。トゥサイはすぐさま臨戦態勢を取りラインハックの次の攻撃に備える。

 ラインハックが剣を振る。それを待っていたかのようにトゥサイは流れるように上半身を逸らす。非常になめらかな動きでラインハックの剣を避けたあとトゥサイはラインハックの頭目掛けて足蹴りを放った。

 当たると思われた瞬間。横からトゥサイの足とラインハックの頭の間の空間に剣が差し込まれる。その剣は黒髪の女性が構えているものだった。それを見てトゥサイは瞬時に足を引く。



「あんたは、トセーニャが来たことを伝えていた嬢ちゃん。戦えたのか…」


ラタヌは想定外の行動をした黒髪の女を見て目を大きくした。その黒髪の女の動きをみてトゥサイは戦闘態勢を解いた。


「なるほどな」


 トゥサイは納得したように強く頷いた。それを見たラインハックと黒髪の女性は剣を鞘に収める。


「え? なに? どういうこと?」


一人だけ何が起きているのか分かっていないラタヌがぽかんとした顔をしていた。


「おい、トゥサイ! これはなんだよ!」


 何もわかってなかったのかと呆れ顔をするトゥサイは面倒くさそうにラタヌに説明を始めた。


「俺がこいつらに実力があるかと聞いただろう?」


「確かに聞いてたな」


「それがその答えだ」


 トゥサイは満足そうにゆっくりと首を縦に振る。


「え? 意味がわからん」


 ここまで言っても全く理解していないラタヌに呆れを通り越して失望すら覚えるトゥサイだったがエージェントのよしなで教えてやることにした。


「つまり、俺が実力はあるかと聞いたから、こいつらはその実力を言葉じゃなく行動で示そうとしたんだ」


「それでいきなり斬りかかったりしたのか!」


「そうだ」


ラタヌも納得がいったようで安心した顔をする。


「それでトゥサイ、こいつらの実力は合格なのか?」


「弱いというわけではないが特別強いというほどではない。だが、それを補えるほどの連携を見せた。戦場では個々の強さよりも連携の強さがものをいう。そういう意味では彼らは強い」


「なるほどな」


「俺の蹴りに合わせて剣を振るのは良い判断だ。一人で勝てなくとも協力して勝てばいい」


褒められたことが嬉しいのか黒髪の女がトゥサイに敬礼をする。


「ラインハック。お前たちの実力はわかった。これなら安心して救出を任せられる。この場にいる18名以外の兵たちもこれほどの連携が取れると思って問題ないんだな?」


「はい。もちろんです」


「わかった。ではクルガの救出は任せるぞ。ラインハック少将」


「お任せを」


ラインハックはトゥサイの目をしっかりと見て返答する。そして黒髪の女のほうへ振り返った。


「タリーゼ大佐、先ほどの連携は見事だった。実践でも期待しているぞ」


「はい!」


タリーゼ大佐と呼ばれた女はラインハックにも敬礼をした。


「しかし、お前はそれを避けたんだから化け物みたいな強さだったな」


トゥサイたちを横目で見ていたラタヌが茶化したようにトゥサイに絡む。


「お前でも二対一くらいなんともないだろう」


「まあな」


ラタヌはまんざらでもない様子で返事をする。


「茶番劇はもうよいですかな?」


ここまでのやりとりを黙って傍観していたトセーニャが言う。


「お前のことすっかり忘れてたわ!」


今まで会話に入れなかったトセーニャに気を使ってかトゥサイはわざとふざける。


「ワタシたちは利害の一致により一時的な協力関係にあるだけなのをお忘れなく」


トゥサイのことばに苛立ったのかトセーニャは嫌味で返した。


「それでクルガ殿の救出は共和国臨時政府軍が行うということで間違いありませんか」


「ああ。それで間違いない。我ら共和国臨時政府軍が必ずクルガ様を助け出す」


トセーニャにラインハックが返答する。


「わかりました。ではワタシの兵もお貸ししましょう」


「それはありがたいが、なぜだ」


ラインハックはなにか裏があるのではないかと緊張する。


「貴方たちだけでは不安なので。少なくともワタシの兵は貴方がたよりは腕がたちます」


ラインハックはトゥサイを見る。


「大丈夫だろう。トセーニャはカイザンヌと敵対している味方だ。それに今は一人でも多く人手が欲しい」


「そうですね」


トゥサイの言葉に頷いてトセーニャの兵を借りることにした。


「トセーニャ、お前はどうするんだ?」


「もちろんトゥサイ、貴方たちと行動します。早くこの国を離れたいのでは?」


「まあクルガの救出さえできれば俺のこの国でのミッションは終わりだからな。できる限り早くエポルシアから脱出したいことは確かだ」


 トゥサイは包み隠さずトセーニャに話す。トセーニャとは列車事件のときから何回も闘ってきた相手であったが今のトセーニャを見て情報は正直に話すべきだと判断した。


「ワタシが貴方たちの脱出をサポートしましょう」


予想外の申し出にトゥサイは嬉しいやら気まずいやらで何とも言えない表情をした。


「それはありがとうと言っておくよ」


「ええ」


「それで具体的にはどんなルートを通るんだ?」


「まずスタルキュラへと出ます。そのスタルキュラを経由してスタルシアへと向かいます」


「スタルキュラには密入国するのか?」


「もちろん。何か問題でも?」


「いや、この状況だ。今更、密入国くらいなんとも思わんさ」


「よろしい。スタルキュラまでは下水道を伝っていきます。移動は今すぐにでも始めたほうが良いでしょう」


「ちょっと待ってくれ」


「何か?」


トゥサイはアンナのほうをちらりと見る。すると何かを察したようにラインハックがトゥサイに声をかける。


「大丈夫です。アンナ様は我々で手厚く保護しますので心配いりません」


「そうか」


「心配事は済みましたかな?」


「ああ」


トゥサイは今度こそトセーニャと共に行動を開始した。


「まさか下水道からエポルシアから出るなんてな」


ラタヌが気の抜けたようなことをトゥサイに言う。


「ちなみにお前はどうやってこの国に来たんだ?」


「正面突破」


トゥサイはエポルシアへ入国したときの苦い思い出が蘇る。トセーニャに引きつられ巨大な下水道を進んで1時間。トゥサイたちは順調に脱出への道を歩いていた。


「ここです」


トセーニャは立ち止まると壁にかかっている梯子を指さした。


「ここから上がればエポルシアとスタルキュラの国境付近のスタルキュラの領地に出れます。」


淡々と説明だけするとトセーニャは梯子を黙々と登っていく。それに倣うかたちでラタヌとトゥサイが後に続いた。


「出れたぜ!」


ラタヌが開口一番大きな声を上げる。トゥサイたちが出たのは狭く人通りが少ない路地裏のようだった。地上に出るといきなりトゥサイは一人でに歩き出した。


「おい、どうしたんだよトゥサイ! そっちはスタルシアじゃないぞ!」


声をかけて止めようとするラタヌを少し見てトゥサイはゆっくりと答える。


「悪いなラタヌ。バイクで助けてもらったことには感謝してる。だが、俺にはまだやるべきことがある」


「何言ってんだよ…」


「俺は行くよ。元気でな」


「おい、待てよ!」


ラタヌの言葉はトゥサイに届かずトゥサイは表通りの雑踏へと消えていった。


「なんだよ。あいつ」


「貴方はどうします?」


トゥサイが消えたことへのショックはほとんどないのかトセーニャはいつも通りの声色でラタヌに尋ねた。


「俺はスタルシアに戻る。案内してくれ」


「わかりました」


トセーニャとラタヌはトゥサイが消えたのとは別の方向へと歩いていた。


トゥサイの持っていた無線機にピーっと小さく音が入る。


「暗号通信か」


送られてくる暗号という文字列をトゥサイは丁寧に解読していく。


「クルガノキュウシュツセイコウセリ」


 どうやらラインハックたちはクルガの救出に成功したようだった。


「ラインハックたちはよくやった。これで反撃に出れる」


 そう言うとトゥサイはエポルシアの方へと歩いていくのだった。


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