42話 被虐の子守唄
——六日前。
トゥサイはアヤンガラウよりハングラワーに向けて出国する数時間ほど前に基地の一室で引きこもる一人の少女の元に向かう。
扉は硬く閉じられ、トゥサイは何度も引いたがびくともしない。その扉にトゥサイはノックした。
「ガナルクイ。あの情報は精査したが、本当だ。嘘ではない」
「——認めないとダメなんですか?」
ドア越しから中性的な声が聞こえる。その声の主は声色からかなり暗く、重く今にでも泣きたいと言った感情が込められているのをトゥサイは感づく。
トゥサイは慎重に言葉を脳内で選ぶ。下手をしたら今すぐにでも自殺しかねないからだ。しかし逆に嘘を言ったとしても後で真実を知ったら自殺をしかねない。
——トゥサイは真実を話すことを決めた。
まず、トゥサイはガナルクイの家族と所属していた部隊が全滅したこと、そして集落自体が壊滅状態で、住民の過半数が犠牲になったことを告げた。
最初は扉の中から涙ぐみ音が消えていたのが、報告を終えると扉の中からは音がしなくなった。
すると急にドアが急に開きトゥサイの頭にぶつかる。トゥサイはよろめきながらも半目で見えた先では目が腫れ、顔が赤いガナルクイが飛び出してきた。
ガナルクイが咄嗟にトゥサイの腰にかけていた銃を奪う。そしてトゥサイは睨む。
「——これ、悪いのは武装勢力ですよね? 家族に会わなくした政府と軍部のせいじゃないですよね?」
ガナルクイは声を震わせながらトゥサイに質問する。それにトゥサイは頷いた。
「私から復讐しても良いのですか? だめですよね? えぇだめですよね。だって私はもう軍には所属してませんし、何ならカラクリ師かと言われても違うし、狩人と言われればそうですが人を殺せない。私は家族と親友を殺されたのに動けないんですよね? しかもクッツオ自体が立ち入りが禁止なので家族や親友の葬儀にも参加できない。だったら死んだほうが会えるし良いですよね?」
トゥサイはすぐに体勢を戻すと銃を奪った。
ガナルクイは急に力を無くしたのが地面に尻餅をつく。そして膝を抱えて顔を隠した。トゥサイはそれをみると膝を曲げて顔の位置をガナルクイに合わせた。
「ガナルクイ、覚えておいて欲しい。復讐と言っても様々な形がある。例えば……俺を利用するとかな」
トゥサイは少し笑みを浮かべてそう告げるとガナルクイは立ち上がると何かを叫んだ——。それに対してトゥサイは鮮やかな笑顔で応えた。
次の瞬間トゥサイの頭に衝撃が走った。
我に帰るとトゥサイはあたりを見渡す。そこには先程あって共に行動をしているハングラワーのエージェントが運転しており、トゥサイはこの時にエージェントにに殴られていることに気づいた。
エージェントはトゥサイを呆れた眼差しで見る。
「——おい、聞いているか?」
「すまん、少し最近のことを思い出してた」
トゥサイの言葉を聞いたエージェントはため息をついた。
「俺は新しい英雄と聞いていましたからもっと偉大な方を想像したんですがな。で、何処から聞いてなかった?」
「——名前はハングラウ・ラタヌ。四十五歳独身の男。間違ってるか?」
「正解だ。とりあえず聞いてはいたんだな」
エージェント、ラタヌは満足げに笑みを浮かべると葉巻を口に咥えると車を運転しながら器用に火を付けると煙を吐いた。
「で、早速だが今からの任務をもう一度言うが反体制派によってバキング塔に囚われている指導者の救出。そしてその後は国外脱出だな」
ラタヌは窓を開けると葉巻を指に挟んで外に出し、人差し指でトントンと軽く叩いて吸い殻を落とす。そして再び咥えると話を続けた。
「——一週間後の開戦時は北から軍が来る。だから敵も北に集中するから脱出先の国はスタルキュラ。ルート自体はエポルシア東部の中央政府も見捨てている空白地帯に飛行機を置いてあるから、それに乗って南に大きく旋回して脱出する。良いな?」
「分かった」
トゥサイが返事をするとラタヌは少し笑顔になった。
それから車は砂漠の真ん中に止まると、トゥサイとラタヌは砂漠と同じ色の戦闘服に身を包むと地平線の彼方に見えるポツンと立っている塔を見つける。
トゥサイはその塔を見つけると双眼鏡で観察した。
もしやあれがバキング塔かとラタヌに聞き、すぐにラタヌは正解だと口に出した。
トゥサイはその言葉を聞くとゆっくり立ち上がると後ろで中腰になっているラタヌを見下ろす。
「よし、ここからは近いよな?」
「あぁ。君はここから向かうようにその間に私は車に乗って東に向かう。指導者を保護出来次第すぐに合流地点に来るように。良いな? それと無線だ」
トゥサイはラタヌから無線を受け取った。
「了解。また会おう」
トゥサイとラタヌはしばらく見つめあった後、ゆっくり頷くとお互いに背を向けて移動を始めた。
後ろから車が発進する音が聞こえた。トゥサイはその音がした瞬間、足を動かした。
——トゥサイは砂漠の障壁である鉛のように重い砂をかき分けながら歩き、炎天下で額から流れる汗を拭いながら慎重に枯れ木やサボテンを影にしてじわじわと塔に近づく。
その道中に敵兵を見つけるとサイレンサーを銃口に取り付け、一人ずつ確実に撃ち、特に無線を持った兵を優先的にサイレンサーをつけて撃ち、塔に向かって前進する。
「——思っていた以上に敵が多いな。それにしても敵の殆どはガサツな装備だぞ。それに痩せこけてるしどれだけ困窮していたんだ……」
トゥサイはそう口に漏らしながらも何とか途方もなく高い石壁にたどり着く。そしてゆっくり歩き、正面の門を避けて裏口に周りそこにあった扉に近づくと軽くノックした。
「もう交代か。待ってろ」
扉の中から声が聞こえる。トゥサイは待ち構えようと腰からナイフを取り出す。そして扉が開かれ兵が出てきた瞬間に襟足を掴むとすぐに扉の裏に引き摺り込み喉をかき切ろうとしたところを腕を掴まれた。
トゥサイはその兵士の体が異様に華奢で、象徴的な山があることに気づいた。
「お前……女か?」
すると兵士は小さな声で掠れ掠れ喋り始めた。
「待て、ケウト人か? 違わないか? 私はアンナ。エポルシア軍上等兵で指導者より列強からの増援と合流を言い渡されています……!」
「——分かった。一応拘束は緩くするから詳しく話せ」
トゥサイは腕の力を少し緩くするとアンナは何度か咳き込んだ後、呼吸を整えた。
「私は父……いや指導者——クルガ閣下を守るように上官に言い渡され、クーデター側の軍に潜んでました。そこで貴方とたった今合流した感じです」
「そうか。それは予想外だな。では行動はクルガと共にしておけ。死ぬぞ」
「ありがとうございます……。この恩はいずれお返しします……」
アンナはほっと息を吐く。トゥサイが拘束を解くとアンナは胸ポケットから小さく折り畳まれた用紙をトゥサイに渡した。
トゥサイはそれを広げると何やら地図のようなものだった。
「これはこの塔の地図か?」
「はい。この塔の司令官より入手しました」
「分かった。参考にさせてもらう」
「……それと入るならこの先にあるマンホールからです。私も今呼び出しを受けたところなのでお早く」
「分かった。ありがとう」
トゥサイはそう口にするとアンナに案内されたマンホールの中に入る。
下水道の中はかなり不衛生でと言葉で表現できないほどの異臭が漂い、今すぐにでも吐きそうな気持ちになる中、トゥサイは息を止めて進んだ。
それからしばらく三十分ほど時折迷いそうになりながらも慎重に歩くと地上から下がるハシゴを見つける。
それをトゥサイは掴んで登り、地上に出た。
あたりを見るとどうやら砦内部のようで、この下水道はこの砦の隠し通路として作られたことを理解する。
トゥサイは音を立てないようにマンホールから這い出て、ゆっくり閉めると塔内部を散策した。
塔の中は全て石でできており、灯りも壁に掛けてある松明で補っていた。
トゥサイは息を飲むとゆっくり奥へと物音を立てずに進んでいく。そしてしばらく歩くと曲がり角から足音が聞こえてくる。トゥサイは箱の中に隠れると息を潜め、会話を聞いた。
「カイザンヌはクルガ閣下をどうするおつもりだろうか。あの人は全ての人は生物らしく生きるためだけに働けばいいと——」
「そういうのはここで言うな。カイザンヌの配下に聞かれたら俺たちが殺されるぞ」
二人の男はしっかりと口を閉ざすとその場から離れていった。
トゥサイは声が小さくなったのを把握するとゆっくり箱から出て、地図を確認して進んでいった。
そして敵に見つからないように奥に進み、ようやくそれらしき場所を見つけた。
そこは塔の中から見てもかなり離れた場所にあり、監獄でもなくこの塔を守る司令官級の人間が寝室に使う、そう思わせるような感じの雰囲気が漂っていた。
トゥサイはあたりを見渡すとゆっくり扉を開ける。
中を見ると部屋はかなり広く、その中央には立派な勲章が胸につけられた軍服を着ているスタイルの良い30代ほどの男が椅子に縛り付けられていた。男は茶色の賢そうな顎髭を生やしているピト族。
男を見るとトゥサイは銃を下ろす。
「クルガ……さんだな?」
トゥサイがそういうとクルガと呼ばれた男は意識をハッとする。
「トゥサイか! 来てくれたのか!?」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
クルガは安堵の息を漏らしつつ、警備の兵のことを思い出しすぐに静かになった。トゥサイはナイフを使ってロープを切り、目隠しを外した。
「トゥサイ。数年ぶりだな。またもやエポルシアを君に救ってもらうとは思わなかったぞ」
「そうだな。こっちだって驚きだ。色々とエポルシアの動きがあんたの思惑から外れる動きをしていたのは分かっていたがまさかこんな状態だったとはな。とりあえず脱出しよう。ついてきてくれ」
「分かった。辛いと思うが頼んだぞ」
クルガは椅子の下に置かれていた軍服を持つとトゥサイの後ろをついて行く——しかし突然扉を開けられると十人ほどの兵士一斉にが入りトゥサイに向かって銃を構えた。
「——なっ!」
トゥサイは銃を構える。
すると兵士たちをかき分けるかのように、後ろから大柄の小デブで顔に大きな傷がある兵士が歩く。後ろから拘束された兵士、アンナが前に運ばれ、雑に投げ飛ばされる。アンナは上半身を脱がされ、金色の長い髪を垂らして頭から血を流すしていた。
そしてトゥサイはよくアンナを見ると金髪で耳が長い、エポルシア人だった。
小デブの兵士はニヤリと笑う。
「やはりケウトがスパイを送ってくるとはな。このアバズレをたった今拷問した甲斐があったよ。そしてここにくれば……ケウトの兵士」
「あ……あぁ……」
「——アンナ……!」
クルガは表情は出さないものの、声には怒りがこもっていた。トゥサイはクルガの声を聞くと小デブに銃を構える。
「ふんっ! 愚かな。我々はカイザンヌに従っているだけだ。カイザンヌに刃向かった売国奴を殺して何が悪い? ケウトもしているだろう? 自国に歯向かうものは内外問わず殺しているのはすでに周知の事実だよ」
小デブの兵士は鼻息を立てると腰から拳銃を取り出した。
「——人民よ、撃ってみよ」
「クルガさん!?」
突如クルガは急に軍帽を空高くあげると大きな声を上げる。そしてトゥサイに後ろに下がるよう……と告げるような目を向けた。
クルガはゆっくり前に出る。小デブはクルガに銃を向けるように指示を出したが、周りの兵士たちは銃を握る手とともに足をガクガク震わせていた。
小デブがニヤリと笑った。
「撃て! お前たちはカイザンヌ様のおかげで生物らしく生きており! 生きるのに邪念を持たないで生き続けられて来ただろ!」
すると部屋にいた十人の兵士は銃を下ろすと後ろに下がり道を開けた。そして一人の兵士がクルガの前に来ると腰に掛けていたサーベルを抜き。手際良く肩に置いた。
「我らが最高指導者クルガ閣下。カイザンヌからエポルシアの独立にあたり、この塔の下で待つ兵士たちの閲兵をお願いします」
「——貴様らっ!」
小デブが叫んだのと同時にトゥサイは咄嗟に銃を放つ。
小デブは銃声と共に頭に空いた穴から煙をあげ、目を開いたままゆっくりと倒れた。トゥサイはゆっくり銃を構えるのをやめると腰に戻した。
クルガを見るとクルガは少し微笑みながらトゥサイを見ると帽子を被る。そしてアンナをゆっくりと立たせると椅子に座らせた。
「ここに看護婦はいるか?」
「はい。数人ですがいます」
「すまないが呼んでくれ。それと娘に手を出した者がいればすぐに撃つように」
「了解です!」
部屋には数人の兵士が残り、残りはアンナを小デブと共に辱めたものの捜索にあたった。トゥサイはアンナに近づくと水筒を渡した。
「少ないがこれで辛抱してくれ」
「——ありがとうございます」
アンナは受け取るとゆっくり飲んだ。そしてクルガはトゥサイに近づく。
「少し脱出まで時間取れるか?」
「——長くて二十分だ」
「分かった。ありがとう」
クルガはトゥサイに少し頭を下げると、後から慌てて入ってきた看護婦と入れ違うように数人の兵士たちと一緒に部屋を出た。
トゥサイは少し間隔を空けてついて行った。
そしてしばらく歩くとクルガは塔のテラスに案内され、その下では塔の中にいたのか五十人ほどの兵士が芸術点が高い整列と姿勢をして、目線はクルガへと向いていた。
クルガは肘を曲げた状態で手を掲げた。そして大きな息を吸った——。
「皆のもの! これより私はエポルシアを独立させるべく行動を始める! だが、そのためには味方が必要だ! そこで私はこの身を持ってして列強に増援を要請しに向かう。それまで耐えてほしい! 一週間! 一週間だけだが頼む!」
クルガは大きな声でそう告げた。下で待機する兵士たちは一斉にサーベルを抜くと空に掲げる。
「我々はクルガ閣下の元で、エポルシアのために戦います!」
兵士たちは一斉にそう告げると歓声が起こる。トゥサイはそれを聞いて数年前もクルガは反政府組織に会うたびに彼らが歓声を上げてたのを思い出した。
それから十分オーバーして三十分後にクルガは演説を終えるとテラスから中に戻り、トゥサイの肩を叩く。
「終わったぞ。そろそろ移動しよう」
「そうか。お前たちはいいのか?」
トゥサイは後ろでクルガを見送ろうとする数人の兵士を見る。すると兵士は敬礼した。
「大丈夫です。現在クーデタ側が優勢のため、身の危険を保証ができません。我々はクルガ様より一時国外に亡命、その後立て直して再び戻って来られることを聞いているので大丈夫です」
「そうか。それとクルガさん、これは娘を通じてもしや接触していたか?」
「あぁ。お前たちにばかり負担をかけたくなかったからな」
クルガの言葉に、トゥサイはただ静かに頷く。それから二入は門に向かって歩いた。
門に着くとそこには車が置かれており、車の周りには兵士たちが立っており、その隣では看護婦が新しい服、それもドレスを着たアンナを連れてきていた。
「これみたいだな」
「あぁ……あ、やっぱり娘さんも乗るんだな」
トゥサイはクルガの後に続いて乗ったアンナを見る。そしてトゥサイが運転席に乗ろうとすると後ろから「ケウトの方! クルガ閣下をお願いします!」と声が聞こえた。
後ろを見ると兵士たちがヘリメットやライフル、腕を大きく振っていた。トゥサイはこれに応えるように手を振るとエンジンを掛け、車を発進する。
「ん?」
ルームミラーで後ろを見るとクルガとアンナの後ろで兵士たちが全力で手を振っていた口を動かしていた。
——トゥサイにはこれが『御達者で!』と言っているように聞こえたが、それを深掘りして解釈すると永遠の別れのように聞こえた。
それから塔を出て三時間。あたりはすでに暗く、前は車のライトを頼りに進んでいく。そして建物が何も見えない砂漠の道をひたすら進み、トゥサイは時折地図の上に載せている方位磁石を頼りに現在の場所を推定して進んだ。
その間にもトゥサイはラタヌと無線でやりとりをして、現在の状況を伝えた。
そこでトゥサイはラタヌより作戦は順調だと伝えられると「クルガさん。あと三時間、夜明けぐらいには到着できる」と伝えた。
トゥサイはルームミラー越しで後ろを見るとアンナはクルガの方に頭を乗せて落ち着いて眠っていた。
正面を見ると暗闇の中で小さな火の玉が上がっているのが窓に映る。
「なんだ?」
トゥサイは目を凝らしてみる。すると目の前が一瞬真っ白になったと思ったらあたりが昼のように明るくなった。
トゥサイはあたりを見渡した後、すぐにアクセルを踏んで加速した。
「照明弾か……っ! 二人とも伏せろ! 来るぞ!」
トゥサイがそう口に出した瞬間二人はすぐに前屈の姿勢になり、その時ルームミラーを見ると後ろから黒い覆面に目をゴーグルで多い、黒いバイクを走らせる集団が後ろから追いかけて来ていた。
「あの黒の覆面集団はなんだ!?」
「黒の覆面!?」
クルガは驚きのあまり声をあげる。
「あれはカイザンヌ親衛隊だ! あいつらはエポルシアではかなりの精鋭で、魔法も使えるぞ!」
クルガがそう叫んだのと同時に後ろから巨大な火の玉と稲妻が車目掛けて襲いかか李、それらは地面にぶつかると砂埃を巻き上げ視界を悪くした。
トゥサイはわずかに見える視界で車の横に張りつこうとするバイクを見ると腰から拳銃を抜いてガラスごと撃ち抜いて隊員に当てる。
後ろからはトゥサイは今までに聞いた以上に激しい爆音が鳴り響く。
すると前から風を切る音が聞こえる。
正面を見ると親衛隊が五十人ほどが車に向かってきていた。さらに正面の敵は両手に巨大な火球を生み出し、手を前に倒すとその火球が車目掛けてやってきた。
トゥサイはハンドルを切り、火の玉を避けようとする。そして一瞬熱を感じた後すぐ隣で爆発音が響き、トゥサイの乗っている車は砂煙と共に吹き飛ばされた。
それから振動が止み、トゥサイはゆっくり目を開ける。
周りを見るとクルガとアンナが倒れていた。
「大丈夫か!?」
トゥサイは近づく。二人は頭から血を流していたが手に触れると温もりと脈がしているのを確認した。どうやら気絶しているようだとトゥサイは安心した。
あたりはまだ砂煙が立ち、後ろを見るとさっきまで乗っていた車が火柱を上げていた。
「まずい、爆発するな」
トゥサイはクルガを自身の服でしっかり固定しておんぶし、アンナを抱っこして鉛のように重い足を頑張って回す。
悪い足場をなんとか進み、暗闇の砂埃という不気味な世界から脱しようと足を進めると、徐々に地平線の先に北極星が見えた。
「ようやく——っ!」
トゥサイの目に強烈な光が入る。半目で見るとそこには先程の親衛隊の隊員たちがトゥサイたちを取り囲んでいた。
トゥサイはアンナとクルガを降ろすと銃を構える。すると隊員は徐々にトゥサイに近づく。そして隊員が一斉にトゥサイに向かって走るだすと、トゥサイは引き金を引いて敵を撃ち抜く。しかし、数に圧倒され、弾がなくなると銃を落とし、ナイフを取り出すと格闘技で抵抗した。
「動くな!」 「大人しくしろ!」
隊員から怒号が飛び交うがトゥサイは気にせず敵の腕を掴むと首にナイフを突き刺し、または投げ倒したり作業を繰り返す。
すると後ろから銃声が響く。
「私も手伝います!」
トゥサイの後ろからアンナの声が聞こえる。アンナは後ろで銃を構えて父であるクウガを後ろに引きずりながら敵を撃つ。
しかし、トゥサイにとっては誤算で、戦うのが自分だけであれば二人は無視されると踏んでいたからだ、だが、彼女が起きたとなると敵はトゥサイだけを倒そうと思わず——矛先はアンナに向かった。
「馬鹿野郎!」
トゥサイはアンナに向かって大きな声を出すと敵から銃を奪い至近距離で発砲してアンナの元に向かう。
アンナの周りには既に無数の敵が集って、気づけば銃声がしない。トゥサイは腕を振り解きながら敵を撃ち、または斬ったりする。
するトゥサイは横腹に鋭い熱戦を感じる。触れると赤い液体が流れていた。
「——がはっ!」
次の瞬間後ろから強烈な痛みが走る。そして後ろから鉛のような重さを感じると共に音が徐々に小さくなり、意識が朦朧とする。
「——っ!」
アンナの周りでは敵が何やら盛り上がっている。そしてまるで獣のような声が響いた。そしてトゥサイの意識が糸のように途切れた。
視界が真っ黒になり長い時が過ぎる。その状態は全身に体を貫くような冷たい水が掛かって起こされた。
トゥサイは体を動かそうとするが動かない。むしろ固定されており、水の感触が直接肌に伝わる。
トゥサイはゆっくり目を開けると視界の先には複数人の兵士と、正面には立派な髭を生やしたどこか狂気を感じさせる笑みを浮かべた老人がいた。
老人は立派な軍服に身を包み、ピト族であるが目が何故か青かった。
老人は隣に立つ兵士から鞭を受け取るとトゥサイを叩く。
「——っ!」
トゥサイは声にならない音を発する。そして老人はニヤリと笑った。
「いやー愉快愉快! やはりケウトの犬が紛れていたのか!」
老人は何故か楽しそうに言う。
「お前は何だ?」
「おや? 犬なのに私を誰と教わっていないのか? それは残念だ! 私は己の素晴らしき思想は各国に撒き散らそうとこんなに努力しているが……。あぁ、悲しい、あぁ悲しい!」
トゥサイはその老人を見て記憶を探る。この立派な軍服、そして拘束されている自分。周りの兵士はかなり高い身分なのか今までのエポルシア兵とは違う。
「もしやカイザンヌか?」
すると老人は先程よりも良い笑顔を浮かべるとトゥサイを何度も喜びを抑えきれない青少年のように鞭で叩く。トゥサイは痛みに耐える。
「ぐわっ!」
たまたま鞭の先端が眉間に当たるとあまりの痛みで口から悲痛な声が発せられる。
トゥサイはあざだらけの顔でゆっくり目を開けると老人は嬉しそうに拍手を始める。
「そうっ! 私はカイザンヌだ! よーく覚えておくんだよ!」
老人——カイザンヌは嬉しそうな足取りて少しトゥサイの周りを歩くとトゥサイに背を向けた。
「人は長い歴史の中生きるための術を見つけるために研究を続けていた。だがね、今ではもう生きるための研究ではなくただ自堕落な生活を続けて己の手で自然を管理しようとしているを私はおかしいと思うのだよ。
何故なら人は昔は自然と共に生きていたのに今はなんだ? 長い間自然から恵みを受けておいて今では自然は人間に管理され搾取される存在になっている。
おかしいとは思わないかい? そこで私は素晴らしい思想に行き着いたんだっ!」
カイザンヌはその場でクルリと一回転するとトゥサイに向かって指を差した。
「それは人を生きるためだけの存在にして自然と調和を図ろうとすることなんだ! そうすることで階級も関係なくただ自分が使うための服を作り、自分が使うための道具を作り、食料を得る。労働の効率性は私が指名した人間がそれらを管理してより効率的な労働を実現!
何故なら人間社会はみんな体を動かして働いているからね。
私がそういう思想を持つようになったのは人は神を愛しすぎていると気づいてからなんだよ。神がいるせいで人は愚かな争いを続ける。厄介なのは神が概念であるため、概念ゆえ教えが何度も変わり宗派が分裂して争いを続けてしまう。
しかーし! この思想では神を信じなくても良い、哲学も必要ない! そんな素晴らしい教えはあるか? いいやないだろう。人は一つのコミュニティがあれば素晴らしいほど結束を発揮できる。だから思想は統一したほうが効率的さ。
さらにもっと凄いことにこの思想の正しさを証明されてるんだ! それはクルガくんが食糧さえあれば人はきっちり動けて生産性が高くなることを実現したからね!
現にこの国はクルガくんが衣食住を保障して三大欲求を健全化したら生産効率が大幅に上昇して数年前より国民の質が大幅にあがった。こんな素晴らしいことがあるかな?
このままの勢いで行けばよりこの思想が素晴らしいということを証明できるのだ。
けどね、クルガくんは私とは考え方が全く違って列強と同じ思想だったんだよ。だからこそ私は彼を処刑することにしたんだよ!
さて、話は変わるが君はケウトの犬。ケウトの諜報部はかなり捕虜としての利用価値は高い。何故ならケウトの諜報部は大陸の情報が蓄積された情報の都だからね。だから吐くだけ吐いてもらうよ!」
「——すまん。聞いてなかったわ」
「貴様! カイザンヌ同志からの素晴らしきご教授を無下にするとは!」
トゥサイのガサツな返答にカイザンヌの後ろに立っていた一人の兵士は激昂してトゥサイに近づくとトゥサイの脛を蹴る。
トゥサイは痛みに耐えるとカイザンヌと兵士を見てニヤリと笑う。それを見たカイザンヌは不満げな顔をする。
「君は人が滅んでも良いのか?」
「なーに。全ての生物は生きるために突然変異が起きるようになっている。だから遠い未来、人は姿を変えて生き延びてると思うぞ」
「……」
カイザンヌは一瞬静かになると右手をあげる。すると二人の兵士が部屋から出て行った。
「まぁ良いだろう」
すると部屋が開かれ、二人の兵士が息も絶えだけな身ぐるみを剥がされ、身体中殴られ乱暴に扱われたのか目元が赤く腫れて目から光が消えた口から血を垂らした女を引き摺りながら連れてきた。
トゥサイはその女が金色の髪と長い耳をしていることに気づく。
「この娘はアンナ。クルガくんの娘だよ! 彼女は私の思想に何度もは向かったからね。一度罰を与えたが何度も破り続けた! けど、クウガくんが優秀だったからお仕置きだけで許したけどもう許さないよ!」
カイザンヌはアンナの髪を引っ張ると頭を持ち上げる。アンナは悲痛な顔をして涙目でトゥサイを見る。
「だから彼女はこの思想である三大欲求のうちどれが一番強いのかを調べてそれにあった仕事をあげるよ!」
カイザンヌはそう告げると髪を離し、アンナは顔面が地面にぶつかる。地面には血がべっとりと付いた。
「ケウトの犬君はしばらく独房生活だ! 喜びたまえ!」
カイザンヌがそう告げるとトゥサイは地下の独房に運び込まれていった。




