40話 女神のレイライン
——スタルシアは大陸の歴史を通してみるとどこかの国に支配されてきた歴史を持つ。エポルシア、もしくはケウトに支配されてきた。
そして独立したのはほんの八十年前でケウト軍と共に旧エポルシア帝国を越境してやってきた自由スタルシアの軍勢が解放し建国して今に至る——。
フルは列車に乗り体を揺らしながらスタルシアの歴史を実家から持ってきた本で振り返る。
フルは上に来ていたコートを脱ぐと体を伸ばした。
現在フルはケウトのリアートからスタルシアまで戻ってきた。スタルシアはケウトと違い、夏はかなり暑いため、フルはハンカチで汗を拭う。
「あっついわね。ケウトがどれほど寒いのかが一番理解できたわよ。特にリアートなんてタオルをブンブン振ったらすぐ凍るって……スタルシアでは信じられないわね絶対」
フルは独り言を喋る。春の気持ち良さそうな空気は散り、もう夏の風景となっている広大なギラギラとした太陽光で輝いている草原はかなり眩しい。
フルは少しじめじめする車内で手を仰ぎながらリアートの寺院で目に通した書物をメモした手帳を広げる。
「リアートの寺院でオドアケル人の氏族はだいぶ分かったわ。けど、リアートの先住民族がスタルシア人なのは初耳ね。出来ればもっと詳しく調べたかったけど、甘えん坊のお母さんのために帰ってあげようか」
フルは手帳を閉じると列車から降りて駅から出る。
フルは改札を越えると屋根からぶら下がっている駅の標識を見る。そこには『アンレイランツ駅』と書かれていた。
駅の前はかなり古い木造の家で茅葺の屋根があたりに散らばるように立っている。一言で表すならこの場所は片田舎の穏やかな村。
フルはあぜ道を大きなカバンのベルトを肩にかけて早歩きで歩く。そして家までの帰路を進みながら親しい間柄の友人や近所の農家の人に挨拶しつつ、家へと向かう。その途中、一つだけ整備された道とはまた分かれた道を見つけた。
まずフルの実家へと続く道はその道は一見普通の道だが、また別の道は木が不自然にトンネルのように歪曲しており、いかにもここを通りなさいと示していた。
フルはそれをじっと見ると、家まで繋がる道ではなく、いかにも怪しい道を潜った。
「——懐かしいわね。確かこの先にある石像あるところに行ってカラカムイさんと会ったんだ。……まだ明るいし行ってみますか」
フルは楽しそうにそう口に弾むとその道をまっすぐ突き進んでいった。
その道の先は石像まで続くがそれまではただ綺麗な道が続くだけ。
枝から生えた葉っぱの隙間から溢れ出る光がその空間を幻想的なものにする。
フルは懐かしさのあまり子供心がつい出そうになるがそれを抑えて道を一人進んでいく。
それから三十分ほど道なりに進むと目の前に以前より白く綺麗になった石像を見つけた。
「あれよ!」
フルの喜びの声が森中に響き渡り、残響が返ってくる。
フルはスキップしながら石像に向かうと一瞬地面が揺れ、次の瞬間土が巻き上がった。
「何ごと!?」
フルは咄嗟のことで唖然としていると頬に何かがかする。痛みがジリジリとし始め手を押さえると少し暖かい感触が——しなかった。
後ろを見ると木に矢が深く刺さっており、あと少し右に寄っていたら明らかフルに刺さっている。
前を見ると見慣れる七歳程の少女が虚な目をしながら弓をフルに向かって構えて立っていた。
「——誰よあんた?」
少女は腰まで黄緑色の髪を垂らし、目がクリっとしている可愛い見た目で、新色の衣装を身につけて首からはネックレスを下げている。
見た目は一見可愛い。
フルは訳がわからず両手を上げてを自分は無害と伝えるが少女の反応は変わらなかったため、フルは多分通じていないと気づく。
「待って! 話し合わないかしら?」
「ならどうしてこんなにも重装備で? 盗掘ではなくて?」
「だったらスコップとかツルハシ持ってるでしょ!? 私のは筆記用具やノート、それから留学先でのお土産でいっぱいだから入らないわよ」
「けどそれは予備の袋でいっぱいとかじゃないですよね?その時点で信用できないです」
「信用して?」
フルは涙目で願う、しかし答えは非情だった。
「無理です」
少女は満面の笑みで返した。
フルは諦めたかのように鞄を手に持つと少女に投げつける。鞄は少女の顔に当たるとフルは少女目掛けて走り、勢いよく押し倒すと少女の背中に馬乗りになった。そして弓を奪うと遠くに投げて少女の両腕を押さえて動かないようにした。
少女は暴れるがフルはなんとか拘束する。
しかし、このままでは埒が開かない。
それにこの件はすでに三十分は経過している。
「——なら私を見れば良いでしょ」
フルは面倒くさくなって少女を解放すると石像に近づき、フルの恩師であるカラカムイがみていた台座の碑文を探す。
「あ、待ちなさい!」
少女はフルを追いかけるがフルはそれをスルーして石像の台座に書かれている碑文を見つけた。
「あ! あった! けどだいぶ欠けてるわね。一応メモしよ」
フルは碑文に触れて形を把握しながらメモに描く。
無視された少女は頬を膨らませるとフルの真後ろに立つ。
「何してるんですか」
「碑文の解読よ。貴女にとっては退屈かもしれないけど、研究者からすればこれほどありがたい記録はないわよ」
「これただの模様でしょ? 特別な価値はありますか?」
「これは模様じゃなくて古代の文字で書かれた文章。文章は民族が変われば一気に変わるけど、その時の記録を少なくともかなり正確に遺してくれている貴重なものよ」
フルは後ろで殺気を放つ少女の逆鱗に触れぬように説明する。
「あなた変わってますね」
「貴女の方こそ急に矢を放ってきたから十分変わってるよわ。それと矢は簡単に人を殺せるから使っちゃダメよ」
フルは一度振り返ると少女を見ながら言う。
少女は言い返せないのかフルから視線を逸らした。そしてフルはこの碑文をメモすると持ってきた学術書を読み、この文字の特定に入った。
「あぁ、この文は昔のスタルシア語だわ。あのお爺さんの言った通り」
「——一応そこお墓です。神官様がそう言ってました」
「お墓?」
フルは初耳の情報を聞いた。少女はそんなフルの純粋な目を見るとため息を吐く。
「半月前に神官様とここを訪れた際にここはお墓だと言われました。確かアンリレの墓と」
「——そうみたいね」
フルはメモ帳を見ながら満足げな声で言う。
その碑文に書かれていた文章は『アンリレ、ここに帰る』だった。
——今思えばアンリレのこと大学に行くまで正確に知らなかったし、私が知らなかっただけでその時までは架空の存在だったのかな?
フルが少し考えていると少女はフルに顔を近づける。
「今思えば貴女私と同じ髪色ですね?」
「え?」
フルは少女の髪色を見る。少女の髪色は黄緑色でフルと同じだ。実際フルはすぐに気づいていたが興味がなくスルーしていた。
「えぇ、同じね」
「——私の名前はイズミです。先程の非礼お詫びします」
その時フルは寒気がした。
さっきまで騒いでいた人間が急に大人しくなる、その光景には何か見覚えがあった。それは綺麗な黒髪に兄が大好きで大好きで仕方なく、すぐ狂気に染まるやばい妹——クラレットとどこか一致した。
フルはすかさず少女——イズミの肩を掴むと揺さぶった。
「落ち着いて!」
「貴女こそ落ち着いてください! 急になんですか警察呼びますよ!」
フルは我に帰って手を止める。そして今の目的を思い出した。
「……て、貴女神官様——ローア・マートリに仕えてる子? 服装的にシーア神殿のとこみたいだけど」
フルがそういうとイズミの眉間に皺が入った。
——しまった、つい癖で呼び捨てで……!
しかし反応は違いイズミはフルの手を優しく掴んだ。
「——もしかしてフル様?」
「え、どうして私の名前を?」
イズミは何も言わずにフルを神殿まで引っ張って行った。
フルはイズミに引っ張られて道なき道をずっと先に進む。やがて見えてきたのは綺麗に整備された広場、次にそこに鎮座している荘厳な神殿が目の前に現れた。
フルは服についた落ち葉やひっつき虫を払うとイズミと目を合わせた。
「あのねイズミちゃん。連れてくるときは少しついてきてくださいっていうもんよ」
「はいすいません。少しきてください」
「もう本当に何よ……」
フルはそのままイズミについていく形で神殿内部に入っていった。
神殿は割かしら明るく、壁に備え付けられている光源があたりを見渡しやすくしている。その間フルは顔見知りを見つけると手を振って挨拶した。
「知り合い、いるんですか?」
「うん。小さい頃からお世話になってるしね。なんなら私が歴史の勉強をしていたのはここよ」
「そうですか」
「で、どうして貴女は私の名前を?」
「神官様が教えてくれました。以前ここに通っていた面白い娘がいたって。けど、写真とは違うんですね。写真では髪が長くてお淑やかで女神様みたいだったのに」
「まぁ、高校の時に髪切ったからね。研究の邪魔だし」
「——もったいないですね」
「ま、けどまた伸ばすのも意外と良いかも」
フルはイズミと他愛のない会話を進めてしばらくまっすぐ歩いた先に大きな扉があった。イズミはドアノブを掴むと力一杯引く。すると中は屋根がステンドグラスで覆われ、天井にはシャンデリアが掛かっていいる荘厳さを感じさせる光景だった。
「——ここは?」
「祈祷の間です。フルさんは多分初めてです」
「——まぁ、私は広場か書庫しか行ってないからね」
そしてイズミは部屋のずっと先にいる祭具を身につけ豪華な身だしなみをしている一人の女性に指をさした。
「——あちらにおられるのが神官様です」
「うん。ありがとう。入っても良いよね?」
「もちろんで——」
「——っ!」
すると目の前に立っていた神官ことローア・マートリ。彼女のことは地元民は親しみを込めてローア様と呼んでいる。
ローアは急に振り返ってフルをみる。すると祈祷をやめて駆け足でフルに近づいた。
「あらフル! 久しぶりねぇ」
「こちらこそ久しぶりです。ローア先生!」
フルはローアをみると嬉しそうな顔を浮かべた。
ローアは年齢は六十だが肌にはツヤが残り、髪の毛は白髪だがサラサラで見た目はまだ30代にも見えてしまうほど若々しく、かなりスレンダーでモデル体型の女性だ。
ローアは心配そうにフルの全身を触る。
「フル、帰ってくるのなら言えばよかったのに」
「お母さんが甘えん坊だからです。それに調べたいこと調べたら帰りますよ」
「——そう」
ローアはフルの言葉にただ静かに頷いた。そしてローアはイズミを掴むとフルの前に持ってきた。
「あぁ、それとフル。この子はイズミ。先月孤児院から引き取ったの」
「ですよね。初めてみる顔ですし」
イズミは意外なフルの反応に困惑してローアを見る。ローアは何も言わずにイズミにアイコンタクトした。
「で、フル。調べたいことはなんだい? お茶でも飲むかい?」
「いいえ大丈夫です。今日はどちらかと言うと大学の研究みたいな感じですね」
「こんなご時世で研究とは熱心ね。そろそろ戦争が始まるんだし家族のそばにいたほうが良いんじゃない?」
「いいえ大丈夫です。お母さんは生命力が高いんで」
「そう、なら良いんだけど……で、もしや古文書が欲しいのかい?」
「うん。ヘリアンカとアンリレ、オドアケル人についての書物ですね」
ローアはそれを聞くとあまりの具体的さで悩む素振りをするが、フルの目の輝きに負けて了承し、イズミに書庫を案内するように命じ、フルはそれに従いついて行った。
フルは書庫に入ると駆け足で奥に進んだ。
それを後ろからイズミが息を荒くして追いかける。
「フル様っ! はぁ、はぁ……早いですっ!」
「まだまだ遅い方だよ? それにこの書庫広いから走らないと遅くなっちゃう」
「けど、書庫は静かに……っ」
「まぁ、それもそうね。もう着いたし」
「え、本当にここですか?」
イズミは横一列に並ぶ本棚に指を差す。
神殿の本棚には一つひとつ何があるのかは書いていないため、目的の書物を探すのにはかなり苦労するがフルは小さい頃から通った成果もあってその本棚には何があるのかを知っている。
「ここはヘリアンカの資料が置かれている場所ね」
フルは一冊の書物を手に取るとパラパラとページを捲り、かなり短い周期で読んではページを捲ってを繰り返した。
「それ読んでます?」
「えぇ。意外と私内容覚えるの早いのが自慢だし」
「——それは……読むのが遅い私からしたら羨ましいですね」
フルは分厚い本をわずか十分で読み終えると本棚に戻した。イズミはその本を興味深そうに見つめながらフルの肩を叩いた。
「成果ありました?」
「いいえ。確信に変わっただけ」
「何がです?」
「物語に書かれているヘリアンカが完全に違うこと。物語ではわらわって言ってるけど実際は違うわよ」
「え、そうなんですか?」
イズミは首を傾げる。
「えぇ、現実はかなりお茶目で親しみやすい性格よ。物語みたい堅苦しいしい人じゃないわ」
「なんでそこまで知っているんです?」
——あ、しまった。
「いや、ヘリアンカの日記が偶然見つかって、それを読んだら違うだけうん、全く違う」
フルは少し冷や汗を流しながら言い訳を思いついたものから語る。が、イズミは意外と信じたみたいで目を輝かせた。
「それ読んでみたいです……!」
「——今手元にないから無理ね。暇がある時に内容は教えてあげる」
「——あ、ありがとうございます……」
イズミは少しモジモジしながら礼を言う。するとイズミは何かが思い出したかのように「あ、お礼に良いものを!」と叫んだ。
「どうしたの急に?」
フルは耳を抑えながらきくとイズミは鼻ふんふん言わせながらフルに顔を近づけた。
「実は私神官様からこちらにきた記念でここから書物をもらったんです。それも最近見つかったものなんですが」
——え、最近? それ重要なんじゃ?
フルは少し背筋が凍る。さっきまで古文書を価値がないと言っていた少女だ、何かとんでもないことをしでかしているに違いないと思った。
「文字がわからなかったので鍋敷に——」
「何してるのー! その本持ってきなさい!」
「え、けど焦げて……」
「本当の戦犯じゃない! 早く持ってきて!」
「あ、はいぃ!」
イズミはフルの声に本気で怯えると本を取りに行った。フルはそれを見届けるとため息をついた。
「一応リアート人を祖先とする氏族の一覧表は手に入れた。だからそれからはスタルシア人自体の記録を探る方が良いわね。スタルシア人についての研究資料を読んだ方が早いから……これだけは大学ね。それと……」
フルは先程目を通した本を思い出す。
「レイライン。遺跡はレイラインと呼ばれる線状にあり、何か意味があるかもしれないと言う仮説。あれはほぼ俗説。だけど、そう言えばアンリレの秘宝が見つかる場所が遺跡やオドアケル人の集落と一致していたわよね——」
試行錯誤していたら後ろからドタバタと足音が聞こえた。
「持ってきました!」
その音の主はイズミで、彼女は自身の頭ほどの大きさの本を持ってくるとフルに渡した。本はかなり年季が入っていて、触ってみると羊の皮で裏面を見ると本当に焦げていた。
「これがそうなのね」
「そうなんです」
フルは本を捲ると表題は『これは私、アンリレがヘリアンカ様との思い出を記すもの。読まないでください』と書いてあった。
フルはそんな古の人物の思いなど届くはずもなく無慈悲に開いた。
——私の名前はアンリレ。スタルシア藩王国の北にある小さな集落で生まれました。そこはかなり貧しくみんな富を欲しがった。そこでみんなが目を向けたのはカラクリ師のもとで修行していた。それはまさしく私でした。
私はみんなの期待に応えるべくカラクリ師として正式に認可を貰うべく試験を受けました。しかし、カラクリ師では未だにいなかったスタルシア人に対しての目は厳しく私は心が折れかけましたが、彼のおかげでなんとかカラクリ師となることができました。
で、そこまでは良かったのですが、ヘリアンカ様に会えるとは思いもしなかったです。ヘリアンカ様は物語ではかなり堅苦しいた、初めはつい固まってしまいましたが実際はかなりフレンドリーで気さくで良い人で良かったです。
これからはこの紙に私とヘリアンカ様との過去の思い出を書き記そうと思っています。もしヘリアンカ様が早く目覚めるのなら続きを描いてみたいです。
最後に、この書物を見つけた人がいるのなら私が作った魔道具を見つけてください。この書物を読んでいる方は自由信徒の人でしょう。だって自由信徒に所属するカラクリ師の寺院に保管してあるので。
では最後に皇帝陛下から集めろと命令が下った際に場所がわからなくて困るでしょう? なのでここに記します。
クディン、ボーン、ガークフン、テハル、アデナ、シド、キ、ダッタン、キターリエン——。
それ以降は何やら地名らしきものが記されていた。
この時フルはこれは本当のアンリレのものだと理解できた。そして地名の紹介が終えた後はただただヘリアンカとアンリレ自身の思い出話だった。
「これ、カンナ先輩に手紙として送った方が良いわよね——」
フルはそう口にするとゆっくり本を閉じた。その隣ではイズミがオロオロとフルをみている。
「ど、どうでしたか?」
「そうね……」
フルはゆっくり息を吸うと——。
「そんな地名初耳なんですけど!?」
フルの叫びは書庫中に響いた——。
フルが書庫の本を読んでいる間にお空はもう時間は夜を回離、あたりは暗闇となっていた。
ローアはフルに泊まればと進めたがフルは家に向かうと告げるとイズミを護衛としてついて行かせた。
フルの地元はまだ街灯の整備が進んでいないため、懐中電灯を持って家まで道なりに沿って歩いた。
そして家に着くとフルはイズミに手を振った。
「ありがとね。今日騒がしくしちゃって」
「だ、大丈夫です! それと、大切な本と知らずに……」
「気にしないで。途中から興味を持ってくれて本を持ってきて読んでって言ってきたでしょ? それでノーカン。気にしないで」
「——ありがとうございます! では、おやすみなさい」
イズミは上品にお辞儀をした後懐中電灯を片手にそのまま神殿へと帰っていった。
それを見届けたフルは我が家を見た。
フルの実家は丸太で出来ており、煙突からは良い匂いがしていた。家自体は二階建てだが自慢できるほど広くないがフルの大切な家だ。
フルは家からする匂いを嗅ぐと腹を空かせる。
そして扉を開けると床には茶色の短い髪にスレンダーのとても綺麗な人が食事の支度をしていた。
その人——いや、フィアレはフルを見るとしばらく考えた後ハッとした顔になる。
「え、フル!?」
「ただいまお母さん!」
フィアレはフルを見ると嬉しそうに抱きついた。
「これ夢じゃないわよね!? 夢だったら承知しないわよ!」
「夢じゃないって!」
フルは抵抗しつつも顔は笑っており、しばらくしてフィアレはフルから離れた。
「まぁ、とにかくご飯多めに作って良かったわ。どうせマトミが早く帰らせると思ってたし」
「予想はしてたんだ」
フルはマトミと母親が仲が良かったことを思い出すと少し思い出し笑いをする。
それからフルは食事をしながらフィアレに大学で起きたこと、そして自身の身に起きたことを話した。
フィアレはフルの内容によっては顔を青くしたり、楽しそうになったりと四季のように表情が変わったが最後まで黙って聞いた。
そして食事を終えるとフィアレはフルの肩に手を乗せた。
「フル、大学どうする?」
「え? ——あ」
フルはフィアレの顔を見るとフィアレは少し泣きそうな顔をしていたのだ。
理由は明白で、まずテロ組織に人質にされたりテロに巻き込まれたりと心臓に悪いことが起きており、母親として心配なのだ。
「私としてはフルが学びたいのなら行っても良いけど……けどあの大学、ローア様に聞いたら悪評もあるじゃない。過激な学生運動を容認している疑惑だったり王党派の教授の立場を狭めたり、ちょっと怖いよ」
「大丈夫だってお母さん——」
「——だって戦争が始まるのよ!? もし娘が殺されるか、辱められたら私、どうすればいいの?」
「——お母さん」
「……ごめん、せっかく帰ってきたのに雰囲気を悪くしてごめんね」
フルは少し唖然とする。
フルはこの後言葉を投げかけるべきだがそれはなぜか考えられなかった。自身を心配してくれる母親にかける言葉、それが思いつかなかった。
「——部屋に、荷物置いてくるね」
フルは何も言えず部屋に戻った。
階段を登って右の部屋はフルの部屋でとても綺麗に掃除されていた。中には机と椅子とクローゼット、それからベッドがポツンと置かれていた。
本来であれば喜ぶ場面だがフルは喜べなかった。そのままフルはベッドに座ると目を閉じた。
「——お母さん、知らない間に私あんなに心配させてたんだ」
そしてゆっくりと意識を手放した。
気がつくとそこは平原でフルは椅子に座っており、机にはお茶が入ったカップが置かれていた。顔を上げると目の前にはヘリアンカが座っていた。
「フル、どうでした?」
「——えっと……。アンリレの日記を見つけました。——あの人ヘリアンカ様のことをかなり慕っていたんですね」
「えぇ。あの子は本当にいい子でしたよ。ヴァレラガとは喧嘩を良くしましたけど、とっても良い子です。で、私のこと知れました? あの子私を地元に案内してくれた際に日記を神殿に宝物として十冊以上置いていたんですよね。あそこだったらずっとおいてくれるので、転生したら読み返すんだって——」
「え、何冊? 一冊じゃなくてですか?」
「え?」
「はい?」
フルとヘリアンカは息をぴったりに揃えて椅子から立ち上がると前のめりになってお互い顔を近づけた。
「まず確認です。タイトルは何でした?」
最初に口を開いたのはヘリアンカだった。
「アンリレとヘリアンカ様との思い出の記録みたいな感じでした」
「——それ初めて聞きました。私が見たのは『私のヘリアンカ様』です」
「——そう言うタイトルでした?」
「そうですよ。あれは物語風に私のことを書いていて、私の一人称をわらわに……」
「——え? 物語での一人称ってわらわとかじゃないんですか? 物語ではそうでしたけど」
フルの言葉を聞いたヘリアンカはため息をついた。
「違いますよ。私のいた時代では一人称は『ワタクシ』でしたよ」
「——わ、わたくし?」
「えぇ。それをあの子ったらもう……。——その感じ、散逸しててますね。その結果色々と伝承が混ざった感じかもです」
「なるほど……」
フルはとりあえず納得するとゆっくり椅子に座り、背もたれにもたれると、ヘリアンカも同じような動作でリラックスする。
そして気づけば視界がぼやける。
「そうですね。私を知ることができる場所は本当に以前話した通り寺院やオドアケル人のところです。ぜひ行ってみて下さい」
「分かりました!」
「それから、母親には優しくです。特にフルさんは唯一の娘。それだけでも重みがあるでしょう?」
「——」
「家族は絆です。絆は年月が経過するほど失えば心の傷は深くなる。だから目が覚めたら母親のところに行きなさい」
「——ヘリアンカ様……」
フルは意識を覚醒させると体を起こす。辺りを見渡すと自身はベッドで布団をかぶって寝ており、その横を見るとフィアレが眠っていた。
「お母さん……」
フルはフィアレの頭に触れる。
フルは知識が得ることが大好きだ。知識を得ることでフルは快楽を感じていた。だが、それは寂しさを埋めるための方法だったのかもしれない——そうフルは薄々気づいていたのかもしれないと思った。
「——そういえば私の家はお母さんが仕事に行ってずっと一人だった。だから歴史が好きになっておのお爺さんに憧れを持ったんだ……」
フルは気づけば目元が熱くなり、フィアレに抱きついた。
「——しばらく、一週間ぐらいはここでのんびりしようかな」
フルはそういうとフィアレの口元が嬉しそうになったのをフルはみた。フルは少しおかしくて笑う。
「もう、甘えん坊のお母さんなんだから」
フルはそう口にして、フィアレに毛布を分けるとゆっくりと眠った。
その間、フルは頭の中で一つの結論が出た。
——アンリレが遺した文書に書かれた地名、ヘリアンカの導き。不思議なほど一致しているわよね。
私はヘリアンカ様にアンリレの秘宝のことは話していない。なのに必ずそこに大体手掛かりが。
それに公の研究は禁止だと思うけど、個人の自己責任なら良いわよね?
……だったら私の研究テーマは、女神のレイライン。そして有事の間はこっそりと研究を続けてみよう。




