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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
1章 動き出した白と黒
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3話 義姉と屋敷と機械少年と

 「あの。手を握るのは止めてもらえますか?私、そんなに子供ではないので」


 「あらあら、ごめんなさいねー。ウチには妹や弟がいるのでつい握ってしまいました」


 ケイオスへと向かう列車での事件の興奮も冷めやらぬフルは自分の状況をまだはっきりと理解してはいなかった。何故自分は列車でのハイジャック事件に巻き込まれたのか。何故マトミと名乗る自分よりも年下そうな女性と手を握って歩いているのか。フルの頭の中にはクエスチョンマークが無数に出現していた。まだヘリアンキ自由信徒軍による列車ハイジャックからたった三日しか経っていなかった。


 「フルさん。着きましたよ。あたしの家へようこそ」


 「うわ。でっか」


 フルはマトミの家を目の当たりにして大きさについ声が出た。この家を誰が見たって小さいとは言わないだろう。それほどマトミの家はとても大きかったのだ。三階はある家の細部に目を向ける。屋根はくすんだ藍色で、窓や手すりを見ると凝った装飾がなされている。これは家と言うより屋敷だなとフルは思いながらその門をくぐった。


 「では中にどうぞ」


 「お邪魔します」


 外観から立派であることは想像できたが、いざ中に入ってみるとフルがしていた想像はいとも簡単に砕け散った。もちろんいい意味で。


 「あの、もしかしてなんですけど」


 「何かしら?」


 「マトミさんってすっごいご令嬢だったりします?」


 フルが恐る恐る尋ねる。


 「ご令嬢ってなんて。ふふ。あなた面白いことを言うのね」


 「面白いことも何も、思ったことを言ったまでですよ」


 フルはマトミのことを令嬢だと半ば確信しながらも、素性を明かせない理由があるのだろうと思った。親がフルをこの家に寄越したのだからヘリアンキ自由信徒ということは無いだろうと思ったが、万が一ということもある。警戒は必要ないとしても少しはマトミのことを調べてみたほうが良いかもしれないとフルは結論づけた。フルは頭の中でマトミに要調査と書いた付箋を付けた。マトミはずんずん屋敷内を進んでいきフルは気づいたときには距離がだいぶ空いていた。


 「フルさん。ここがあなたの部屋ですよ。自分の家だと思って自由にくつろいでくださいね」


 「どうも。ありがとうございます。えっ。ひ、広い」


 自分の部屋だとマトミがフルを通した部屋はフルがこれまで見た部屋の中で一番広かった。実家の居間よりも数倍広いその部屋を見て、これを一人で使ってもいいのかと驚きを隠せなかった。


 「マトミさん。か、確認なんですけど。本当にこの部屋で合ってます?本当の本当に私がこの部屋を使ってもいいんですか?このゾウでも余裕で三頭は入りそうな部屋を?私に?」


 「ええ。他でもないフルさんですもの。もちろんです。どうぞ好きに使ってくださいね」


 あらあら間違えたわ、と言うマトミの姿を頭の中で完璧にイメージしていたフルであったが、満面の笑みで好きに使ってくれと言われたので面くらってしまう。先ほどまでフルを支配していたマトミを調査するという考えも一瞬で吹っ飛んだ。フルは頭の中の要調査という付箋を優しいお姉さまに張り替えた。


 「マトミお姉さま! マトミお姉さまと呼ばせていただいてもよろしいですか?」


 「ふふ。いいですよ。フルさん。あなたは本当に面白い子ですね」

 

 「ああ!マトミお姉さま。ありがとうございます!私のことは“さん付け”などせずにフルとお呼びください!」


 「分かりました。ではフル。これからよろしくお願いしますね」


 「はい!こちらこそよろしくお願いします! マトミお姉さま!」


フルの一方的な懐疑心が邪魔していただけでマトミはフルのことを最初から歓迎していたのだが、とにかくこうして二人の距離は一瞬のうちに縮まったのだった。



 今、フルはいつも使っていた布団よりもすごくふかふかのベッドで寝ている。晩御飯も母が作ってくれていた家庭的な料理よりずっと豪華なディナーという言葉が相応しいものであった。母の作ってくれる料理がまずいわけでは決してない。もちろん母の料理は世界一だとフルは思っている。しかし、ここマトミ家で出された料理の数々は毎日食べるいつもの晩御飯というには美味しすぎたのだ。どこかの高級レストランのものだと言われたほうが納得するだろう。フルはほっぺたが落ちるという感覚を初めて味わった。そして味よりもフルを驚かせたのはこんなにも美味しいご飯をマトミが作っている事実だった。マトミはフルよりも背が小さく自分よりも年下に見えるというのに、こんなものを作り出せるのだから自分はまだまだだとフルは思う。フルの中にあったマトミを疑う気持ちなど塵一つ消えてしまった。代わりにフルは心の中で“一生ついて行きます!マトミの姉貴!”と叫んでいた。


「眠れないわね」


 フルは普段食べないような豪勢な料理をお腹いっぱい食べ、極上のふかふかすぎるベッドで横になっている。しかし、一向に夢の世界は訪れない。目を閉じて羊を数えてみたが100まで数えたところでこの作業に意味はないことを悟った。


 自己暗示的に“自分は寝ている。自分は寝ているのだ”と脳に訴えてみても、あの心地よい眠りへの誘いは来なかった。フルは眠ることを諦めて眠れない理由を考えることにした。原因がわからないうちは眠れないのだと思うことにした。フルが頭を巡らせてみると自分でも意外過ぎるほどにすんなりと眠りを拒む要因が次々と思い浮かぶ。 


 まず、先日の列車での事件。フルにはまだ、あの赤い血の光景は頭にこびりついていた。こんな状態で安眠できるほどフルの精神は強くなかった。また、この場所が初めてだからということも大いに貢献しているはずだ。これから自分の部屋になるからといって、初日からいびきを豪快に立てて寝ることなどフルにはできない。そしてなにより無視できないのは、明日はフルが通う大学、キタレイ大学の入学式ということだった。



 朝。それは平等という言葉など幻想に感じるこの世界において、誰にも平等で訪れる数少ない事例の一つ。しかし、平等だからと言って朝を嬉しがる人が多いとは限らない。フルは朝が苦手であった。


 「噓でしょ!入学式は九時からなのにもう八時じゃん!」


 フルは寝ぼけた眼でぼんやりと部屋にある置き時計を見て、もう一度ふかふかのベッドで甘い眠りにつくなんて考えは吹き飛んだ。寝巻から急いで外出用の普段着に着替える。時計の秒針がいつもより早く動いているように錯覚しつつもフルは乱暴に鞄を持ち勢いよく部屋を出た。


 この家というより屋敷に近い建物にはマトミとフルの二人で住むというには広すぎるものだった。廊下の長さは小学校を思い出させる。部屋の数は十から先は数えるのを止めた。屋敷内の構造などまるで迷路のようだ。早くこの家に慣れないとすぐに迷ってしまう。ともあれフルはすでに手遅れであった。卒業式に次ぐ超重要行事である入学式の日であるというのに、屋敷を迷ってしまったのだった。もはや自分の部屋へ戻ることすらままならない状況まで追い込まれていた。


 「まさか、この私をここまで追い詰めるとはね。この屋敷やるわね」


 どうでもいい捨て台詞を吐きながらフルは何とか玄関までたどり着いていた。しかし、いざ外の世界へ飛び立とうというフルに何かが待ったをかける。それはマトミに一言もなく家を出ることへの抵抗感だ。


 「このまま出かけたら私が勝手にいなくなったことになってマトミお姉さまに迷惑をかけるかも。書置きでもしていく?いや、今はそんなことしてる暇はない。もういいや!」


 あれこれ考えることを放棄した結果フルの脳が最終的に導き出したのは叫ぶことだった。声の限り叫べばいくら広い屋敷といえどマトミに届くはずだと思った。朝から叫ぶのは忍びないが、これだけ大きな屋敷なのだ。近所迷惑なくらいで丁度よいだろうとフルは結論づけた。


 「マトミお姉さまー!ちょっと出かけてきますー!」


 屋敷中に響くほど大声で出発をマトミに知らせる。


 「え?フル、起きてたの?朝ごはんはどうするの?」


 「ごめんなさいマトミお姉さま!とっても急いでるからご飯はまた後でもらいます!」


 「そうなの!わかりました。それでは気をつけてね」


 「はい!行ってきます!」


 広い屋敷からの脱出に成功したフルは入学式に出席するため大学へと全速力で走り出した。


 入学式は卒業式と違って感動が全くない。親は我が子が他の新入生と一緒になって一列に並んでいる光景は感動するのかもしれないが、その列に並ぶ一学生であるフルにとっては退屈極まりない時間だった。全力で走ったことで体力が底をついたが、何とか間に合うことに成功した。


 いざ参加してみるとはっきり言って時間の無駄だったとフルは思った。どうでもいい来賓紹介、長すぎる校長の話、それだけなら我慢できた。だがここキタレイ大学はヴァイヴァル大陸の北部にあるケウトという国のさらに北東部、リアートという都市に位置している。


 つまり、寒いのだ。フルは全身を全て使って走ってきたことで身体を温めながらキタレイ大学へと来た。しかし、入学式は基本的に椅子に座ってじっとしているものだ。少しでも早く大学に着くように厚着をしてこなかったせいでフルの身体は芯まで冷え、今にも凍えそうだった。


「寒すぎる。ほんとに寒すぎる。これはやばい。」


「だ、大丈夫ですか?良かったらこれどうぞ」


 ガクガクと膝を震えさせながら校長の話が終わるのを今か今かと待っているフルに横から毛布とカイロが差し出された。フルの横に座っていた大学生にしては少し幼い顔つきの眼鏡の少年が差し出したものだった。


「えっと。有難く使わせてもらうね。温かい。本当に凍えるところだった」


 フルの手に握られたカイロには科学的な温かさだけではなく人の温もりのような温かさも感じられた。身体が氷つく寸前だったフルにとってその少年は神様のようにも見えたが、その少年を見ると既にフルへの目線は消え何もない地面をじっと見つめていた。それからというもの入学式が終わるまでその少年は一言も話すことはなかった。フルの中で少年が暖を恵んでくれたのはフルの恰好があまりにも情けないものであったからだろうと深く考えないことにした。

 フルは母のことを思い出していた。記憶の中で母はいつもフルに言っていた。


「嬉しいことをしてもらったら、自分も同じことをするのよ。これは決して借りを返すとかそんなことじゃないわ。良いことをされたら、自分も誰かに良いことをする。そうやって少しづつ良いことの輪を広げていくのよ。そうすれば世界はきっと良くなるわ」


 母の言葉に概ね同意するが、自分がされた良いことをまた誰かにするだけでは世界を良くすることはできないとフルは知っている。もし、それが本当なら母の言いつけをきちんと守って良いことを誰かに返してきたフルがあの列車での事件に巻き込まれるはずはない。しかし、世界がそれだけで良くならないからと言って、良いことを返さないのは良くない。それとこれとは話が違うのだ。してもらった恩は必ず返すというポリシーを身につけているフルにはこのまま何もせず黙って少年を見送るなんて出来なかった。


 「あんた、ちょっと待ってよ」


 「は、はい。何かありましたか?」


 「いや、これ返してなかったでしょ」


 フルは貸してもらっていた毛布とカイロを少年に向けて突出す。


 「あ。それ、あげます」


 「あげるって、私はもう温まったからもう十分。ありがとね。それとも私が使ったからもう要らないってこと?人が触ったものは使いたくない的な?」


 「いやいやそんなことないです!あまりにも寒そうな恰好だったので、そのまま持っていたほうがいいんじゃないかと、思った、だけで」


 その少年は自信がなさそうに小さな声でぼそぼそと話し、語尾をさらにすぼめて話した。


 「そういうことなら心配無用よ。私これから走って帰るから大丈夫。走れば身体が温まるし良い運動にもなるから全くもって問題ない!」


 「そ、そいうことなら」


 少し残念そうな顔を覗かせながらゆっくりと少年は自分の毛布とカイロを受け取る。


 「そういえば名前も聞いてなかったわね。私はフル。国史学部神話専攻のフル・フリィーペンよ。よろしく」


 「え、えっと。僕はエリオット。エリオット・マクダウェルです」


 「エリオットね。エリオット、えりおっと、エリオ。うん!エリオって呼ぶことにするわ。よろしくエリオ!」


 「よ、よろしくお願いします。ふ、フルさん」


 「フルでいいわよ! フルで!」


 「わかったよ。フル」


 「それでエリオ。何か手伝ってほしいこととかない?」


 「急に何?」


 「エリオは私に毛布とか貸してくれたでしょ?それだけだと私が一方的に貰っただけになるから、私も何かしたいのよ」


 「そんなのいいよ。別に僕はフルに何かしてほしくて毛布を渡したわけじゃないから」


 エリオットはもじもじしながらもフルを断る。しかし、この程度で引き下がるほどフルの母譲りの信念は弱くない。


 「それだと私の気が収まらない。なんでもいいから言ってみなさい」


 「そしたら、今から僕が行くところに付いてきてくれる?」


 フルはてっきり昼をおごるだとかお金を貸すということを想像していたため、どこかへ付いていくというのが新鮮で非常に興味深かった。まさかトイレではあるまいか、などと頭の片隅をよぎってしまったおかしな考えをフルは脳内から追い出す。


 「それで付いて来てほしい場所ってどこなの?ここから遠いの?」


 「いや、すぐそこだよ。来て」


 場所はキタレイ大学から徒歩5分の場所であっけなく着いてしまった。入学式が終わったのが十一時。現在の時刻は11時10分。昼の真っ只中だというのにフルたちがいる場所には人の気配は不気味なほどしなかった。


 「エリオ。ここはどこなの?廃墟?」


 フルが連れてこられたのはコンクリートが朽ちている建物であった。かつては4階まであっただろうと思わせる高さであったが、中に入ってみると二階へと上がる階段が壊れており階段であっただろうコンクリートの破片が床に散らばっているだけであった。上を見上げると天井が突き抜けていて雲の形が変わっていくのがしっかりとわかった。


 「ここは僕が見つけた秘密の場所のなんだ!これを見て!」


 エリオットの手には機械のような小さな丸い金属性の球体が握られていた。


 「フル、これが何かわかる?」


 フルは見たこともない物体をしげしげと眺めながらおもちゃか何かだろうかと考えを巡らせた。大きさは直径10センチほどで持ってみるとずっしりとした無機質な重みを感じる。カプセルのようになっている金色の薄い金属の中を覗くと中にさらに小さい球体がありその中心には緑に光る何かが入っていた。それはフルの目には緑色のプラズマのように見えたが見当もつかない。開けてみようと繋ぎ目を探してみるものの見つからず、思いっきり振ったりコンクリートに打ち付けても傷ひとつ付かなかった。耳を当ててみると中からカチッカチッと音が聞こえるような気がするが、小さすぎて正確にはフルにはわからなかった。


 「わからないわ。これは何?」


 フルは正解を探すことを諦めて目の前で得意げにしている少年に目を向けた。


 「実は僕にも詳しくはわかってないんだ。ここに落ちているのを見つけたんだ。」


 「なんだ。あんたも分かってないじゃん」

 

 「まぁ、見てて」


 エリオットがその球体を手にすると、急に球体から緑の光が溢れた。その光はどんどん大きく濃くなりついに二人をすっぽりと包んでしまった。


 「え! これはどういうことなの!」


 フルとエリオットはあっという間に緑の光の膜に覆われてしまった。フルは恐る恐る光に手を触れてみる。フルの手は光を通り越して緑の膜の向こう側へと通りぬけるはずだった。しかしフルの手は膜の外へ出ることはなかた。光に阻まれていたのだ。光とは触ることができないものであるはずのものである。しかし、フルの手は緑の光をしっかりと感じていた。


 「何これ! 光に触れる! すごく硬い感触ね。とても不思議」


 「そうなんだ。これは緑の光を展開することでこの球体から球状に壁を作り出せる装置なんだ! 名付けてバリアボールくん! 一回使うと続けて使うことはできないんだけど、1時間くらい間を開ければまた使えるんだ」


 フルが目の前で起こっている現象に信じられずに目をぱちぱちさせているうちに緑の膜は薄くなりやがて消えてしまった。フルは頬をつねるなんて馬鹿げたことはしたくなかったが、ついしてしまった。


 「どう、かな」


 先ほどまでの自信に満ち溢れた話し方はすっかり隠れてしまい、エリオットは入学式でのおどおどとした態度に戻ってしまった。


 「すごいなんてものじゃないわ!エリオあんた物凄いもの拾ったわね。でもそれを見せびらかすためだけに私をここに連れてきたの?」


 「いや、そうじゃない。本当に見てほしいのはこの下なんだ」


 エリオットが指し示す先には下層へと続く階段がまるで隠されているかのようにポツンとあった。フルは先へと進んではいけないのではないかと思わせるような寒気を感じた。フルがぶるっと身体を震わせていることなど露知らず、エリオットはどんどん階段を降りていく。一人にされる心細さに負けてフルもエリオットの後を追うように階段を下る。


 「フル、君は確か国史学部神話専攻だったよね。」


 「そうだけど」


 二人の会話とコツコツという足音だけがこの空間に響いていた。フルの所属する国史学部神話専攻には座学はあるが、主にフィールドワークを通じて各地の歴史的な場所を研究する学部だ。そのため、歴史が好きな人が集まりやすい。危険な地帯を調査することもあれば古代文字を読むこともある。キタレイ大学にある他の4つの学部、博物学部 数学学部 文学部 霊魔学部と比べれば比較的活発な学部だ。


 「と、ということはフル、古代文字を少しは読めるよね?」


 「うん。簡単なものならね」


 「やっぱり!早くこっちに来て」


 エリオットに急かされてたどり着いたのは秘密基地とでも称すべき部屋であった。至る所にケーブルや金属片が散らばっていて全体的にごちゃごちゃしている。


 「言ってなかったけど僕は霊魔学部なんだ。専攻は魔道具だ。フルも知っていると思うけど、霊魔学部は魔力をカラクリ師が使うヒスイの針から出る霊力を使って結晶化することで…。まあ、要するに魔道具の研究をするんだ。今の僕たちの生活の大半は魔道具によって支えられているじゃないか。例えばここリアートはすごく寒いから暖める魔道具が各家庭に必ず設置されているよね。でも魔力がないと魔道具は使えない。実は僕は生まれつき魔力がないんだ」


 「え?魔力がなくて魔道具が使えないのに霊魔学部で魔道具の勉強をしているの?」


 「うん。僕はいつか魔力が無くても魔道具を使えるようにしたいんだ。魔道具を使わなくてもいいような世界にしたいんだ。幸い僕は機械いじりが昔から好きだった。僕は機械を使ってこの世界をもっと便利にしたいんだ!そのためには魔道具についてもっとよく学ばないといけないでしょ」


 「そうだったの。わかったわ。そうするとここはエリオが機械で開発する部屋だったのね」


 「い、いや。違うんだ。確かにこの部屋の機械や部品の類は僕が持ち込んだものだ。けど、この部屋はずっと前からあったんだと思う。」


 「何でそんなことが言えるのよ」


 「これがその証拠だよ」


 エリオットが取り出したのは一枚の紙切れであった。縦に30センチ横に60センチほどあるその紙には掠れていて読めない部分もあったが不思議な図形や古代文字が使われており、何かの設計図に見えた。図を注意深く観察すると人型のものが球体の中に入っている様子が書かれていて、その隣には円の図がありその中にまた円がある。この図を見てフルは真っ先に思い浮かぶものがあった。


 「まさか、この紙って」


 「そう。これはさっき僕が使った装置バリアボール君の設計図なんだ」


 「もしかして、エリオがこれを見て作ったの!」


 「残念だけど僕にそこまでの技術はないよ。この設計図と一緒にこの装置を拾ったんだ。この設計図に書かれている古代文字を読むことは僕にはできない。けど、図を読み解くことでなんとなくの使い方は理解したつもりだよ」


 「なるほどね。これを私に解読してほしかったわけね」


 「うん。察しが早くて助かるよ」


 「そういうことならその設計図貸しなさい。私もとても興味があるわ。もしかしたら歴史的大発見があるかも!」


 フルは半ば強引にエリオットから設計図を奪い取ると夢中になって読解した。フルは一度集中すると他のことは一切頭に入らなくなり周りが見えなくなってしまう。そのため、よく自分の世界に入っていると評されることがあるが、裏を返せばフルはとんでもない集中力を発揮していることの証明だった。


 「これは、そうね。なるほど。大体分かってきたわ」


 「本当!まだ1時間と経ってないよ! フルはすごいんだね!」


 「まあね。これくらい当然よ! そういえばさっきから全然どもったりしてないわね。もしキャラ作りのためにやってるのなら即刻止めたほうがいいわよ」


 「わざとやってるわけじゃないよ。僕は機械を弄ることしかできない。だから周りからよく馬鹿にされるし、実際その通りなんだ。でも機械を触ってるときっだけは自信を持てるんだ」


 「そうなのね。それであの妙な装置を使ったときや、今この機械だらけの環境なら大丈夫というわけなのね」


 「うん。気持ち悪いよね」


 「全然そんなことないわよ! エリオ、あんたはこんな機械に詳しくてさらなる知識を求めようとしてる。これは誇れることだと私は思うわ」


 「ありがとう。少し元気が出たよ」


 「でも人と話すときは機械が絡んでなくとも目は見なさいよ」


 「が、頑張るよ」


 エリオットという少年のことを今日一日を通して知ったフルは、エリオットのことを好ましく思っていた。もちろん恋愛的にという意味ではなく人としてという意味であったが、大学で初めて会ったのがエリオットで良かったと心から思っていた。フルは学部は違っても良き友好関係を続けていこうと密かに決めたのだった。


 「それでフル。なんて書いてあったの?」


 「それについてなんだけど、大方エリオの推測通りよ。これは古代の人が開発した一種の防御装置ね。原理まではわからないけどこれで光の膜を張ることで中の人を守れるというわけよ。ただ、分からないことがひとつあるんだけど」


 「何?」


 「エリオ、あんたは本当に魔力がないのよね?」


 「そうだよ」


 「実はこれ古代人が作った魔道具みたいなの」


 「これが魔道具だって? でも僕が起動できたじゃないか。魔力のない僕が」


 「そう、それが謎なのよ。この装置が魔力を必要としない新しい魔道具なのか。それとも本当はあんたは魔力を持っているか」


 フルは読解を進めるなかで魔力がないと自称したエリオットが何故この装置を扱えたのか考えていた。それには三つの可能性があった。


 「一つはこれが魔道具でも何でもなくて魔法を使わない機械だって可能性よ」


 一つはこれが魔道具では無い可能性。この設計図には古代文字で魔道具を意味する言葉が書かれていたが、この言葉が意味する魔道具と現代の魔道具とは少し違うのかもしれない。もしそうなら、これが機械だという可能性は十分考えられる。


 「二つ目はこれが魔力を介さない魔道具である可能性よ」


 二つ目は魔道具ではあるが魔力を使用しないという可能性だ。魔法を展開するが魔力を介さず別の何かを使っているというものだ。そうならば、魔力を使う必要が無いためエリオットでも起動できることになる。


 「そして、三つ目はエリオ、あんたが魔力を持っている可能性よ!」


 三つ目はエリオットが魔力を持っているという可能性だ。エリオットが噓を言っているというわけではない。エリオットは魔力を持っているのだが、その魔力が特殊で現代使われている魔道具では魔力を注ぐことができないのではないかということだ。つまり、この魔道具はエリオットのその特殊な魔力を受け取ることができるため現代の魔道具を扱えないエリオットでも問題なく使えたのではないかということだ。


 「残念ながら、この三つの仮設が正しいのかなんてわからないし、私にはたしかめる術もないから確かなことは言えない」


 「そうか、僕の魔力が現代の魔道具に注げない。そんなことは考えてみたこともなかったよ!」


 「あくまでも可能性の話よ。でも一つだけ分かったことならあるわ。それはこの装置は普通じゃないってこと」


 「それについては全く同意だよ。こんなものを作れるなんて古代人は一体どれだけの技術を持っていたんだろう!きっと失われてしまった魔法や魔道具がたくさんあるに違いない!」


 フルはこの古代人の技術が詰まった設計図がとても価値があるものに思えてきた。本来ならばこれは学生であるフルやエリオットが気軽に見ていいものではないはずだ。もしこの紙が世間に存在を知られたなら、二人の元からすぐ取り上げられるだろう。そう思うとフルはこれが設計図をゆっくり見れる最後の機会な気がしてきた。最後ならとそれまで以上にフルは設計図を目に焼き付ける。その時フルはあるはずのない言葉を発見してしまった。


 「ちょっと待って! この言葉って…」


 「フル! 伏せて!」


 フルの声を遮ったエリオットの叫びがこの空間いっぱいに響くころにはゴォンという大きな音がその声をかき消していた。天井からコンクリートが落ちてきたのだ。その音の衝撃で身動きを取れないでいたフルも一瞬で状況を理解した。この建物が崩落しているのだ。


 「エリオ! 崩落してるわ! まずい」


 天井からコンクリートが落ちてくる。頭に当たれば重症では済まない。頭でなくても軽傷ではいられないだろう。フルはそれを避けようと足を動かす。そのときフルがいた足場がタイミングを見計らっていたように崩れた。


 「うわぁ!」


 「フル!」



 フルは下へ落ちた衝撃が来ることを悟り目を瞑ってその瞬間を待った。しかし、その衝撃は一向に訪れなかった。それどころか足は地面を捉えていないにも関わらず落ちている感覚がないのだ。この不可解な現状に耐えきれず目を開けると、フルは浮いていた。何が起こっているかわからず上を見ると、エリオットの手の機械から伸びているクレーンのようなものがフルをがっしりと掴んでいた。


 「フル!大丈夫か!」


 「ありがと。助かったわ」


 フルが下を向くと先が見えないほどただただ闇が広がっているばかりだった。もし落ちていたらと思うとぞっとする。フルはエリオットの機械によって無事に救出された。怪我と言う怪我は無く、あの崩壊で無傷だったのは奇跡と言えた。しかし、装置の設計図は下へと落ちてしまった。フルはコンクリートが降る直前に見つけた文字のことを考えていた。


 「ヘリアン。確かにそう書いていた。この装置にヘリアンキ自由信徒軍が絡んでいるのか? 絶対に違う。そんなことはない。だってこれは古代文字だ。自由信徒軍は古代にはいなかった。いなかったんだ」


 「フル?何か言った?」


 「何でもないわ。とりあえず学校へ報告しましょう」


 「え!黙ってたほうがいいんじゃない?)


 「駄目よ。後で見つかった時のほうが面倒なことになるわ」


 「それもそうだね」


 フルの頭は混乱でいっぱいだった。もう少しだけ設計図を見れていればという後悔だけがを残して二人は学校へと戻った。


 大学へ戻り崩落があったこと、幸い怪我はなかったことをフルは学生部執行委員会に報告した。光の膜を作りだす装置については黙っておくことにした。話すことで余計な面倒ごとを起こしたくなかったからだ。フルの報告を聞いて学生執行委員会略して学執会(がくとかい)はフルたちが崩壊を引き起こしたとして学執会での活動に協力することを強制的にペナルティとして課した。


 「フルごめん。僕のせいでフルまで学執会での強制活動になっちゃって」


 「気にしてないから大丈夫よ。むしろエリオがいなかったら私はあの場で下に真っ逆さまでここにいないわ。あんたは命の恩人ね。ありがとう。やっぱりエリオの機械はすごいわ。だって現に私を救ったんですもの。もっと堂々と胸を張ってなさい!」


 「うん。フルありがとう」


 フルは学執会に運よく潜入できたことを幸運だと思っていた。この学執会はこの学校のほとんどの情報が手に入る。ここならばヘリアンキ自由信徒軍について調べることができるかもしれない。フルは新たなる決意を胸に学執会の業務へ向かうのだった。


 


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