38話 エポルシア危機
ラジオでテロの発生を受けて十八時間が経過した。昼頃に起きて今ではもうすでに朝となっている。
ラジオで流れるテロのタイムライン情報によれば情勢は少しづつ収まり、今では残党狩りの情報発信となっていた。
そして現在フルたちが避難した中央軍の基地はケウト帝国のウルル山を流れるアヤンガル川を降ったところにある古来からの要衝である街、アヤンガラウにある。
アヤンガラウにはカラクリ師たちが管理する大きな寺院があるほど古来から重要視されている街。
そんな歴史ある街にある軍事基地の避難施設である広場にてフルは二日酔いで苦痛を味わっていた。
フルは顔を青白くしながら息を少し荒くする。
「く、苦しい……」
「ふ、る。水」
フルはカンナからコップを受け取ると一気に飲み干した。
フルのそんな状況を見て周りは研究どころではないと見てフルの看病にあたっていた。その中でジャルカラは申し訳なさで水で満たされている壺を持ち上げてコップに注ぐとフルに渡した。
「なんか……悪かったな」
「あんたのせいでねぇ……こっち死にかけてるんだけど?」
「別に死なんやろ」
「こっちは酒に弱い家系なんですぅ! ——やば、吐きそう……」
フルはバケツに顔を入れる。周りは察して耳を塞ぎ、カンナはフルの背中を撫でた。その後バケツから何か液体が流れ込む汚い音が鳴り響く。そしてフルは顔を赤くしてゆっくりとバケツから顔を出した。
そんな状況で広場が開けられると中に街の住民たちが避難してきた。
フルはこんな状況を見られるのが恥ずかしさのあまり顔を赤くして俯く。
「あの、別室に行ってもいいですか?」
「うん、僕が一度聞いてみるよ」
エリオットはそういうとドアの前にいる兵士に話しかけに行った。
するとケーダに説教をしていたオズバルグは何かに気づいたのか立ち上がった。そして一度笑顔で手を振るとフルに視線をやる。
「フルさん。カラクリ師に会って話してみたかったよね? 奇跡的にその知り合いがいたよ」
「え、知り合いのカラクリ師が?」
フルがキョトンと首を傾げていると住民たちの列を割って抜けてきたカラクリ師がオズバルグに近づいた。
彼は仮面を付けておらず素顔を曝け出している。そこから読み取れる情報はまず年齢はかなり経っており紙のようにシワでいっぱいだったというところだ。
オズバルグはカラクリ師に手を向ける。
「彼の名前はシェビル。この街にあるカラクリ師の寺院の長だよ。シェビル。彼女は君に聞きたいことがあるんだが聞いてくれないか?」
彼はオズバルグに説明を受けるとフルに視線を向ける。
「何か聞きたいことがあるみたいだけどなんだい? こんな状況で暇なもんだし答えられる範囲は答えてあげられるよ」
フルはシェビルと称したカラクリ師に感じた印象はまずは紳士で次にかなりえらい立場であるということだ。
フルは思ってもいないチャンスで気分が高騰する。しかし、それに泥を塗るかのように腹の中から汚物が湧き出ようとするがそれを必死に抑え、会話を続行する。
「え、じゃ……なんでも?」
「あぁ。私に知っている範囲ならね」
「では——」
フルは少し考える。最初にヘリアンカに教えられたのはオドアケル人のことだ。彼らが何やら怪しいとフルはヘリアンカの口ぶりから推察する。
「ふむ多少はあるけど別にオドアケル人じゃなくてその一派の氏族だけで、その理由もかつて寺院を守ってきた民族の裔に限定しているんだよ」
「——え、そうなんですか? てかそうですよね。リアート人もオドアケル人の氏族として残存していますし。それ以外もいてもおかしくない……ですよね」
フルは顎に手を当てる。それを見てシェビルは大笑いする。
「あはははっ! そんなに気することじゃないよ。これはあまり知られてないけど私たちの寺院にはそういった氏族の記録を残しているから分かるだけなんだよ」
「——ということは記録にあるんですか? どの氏族がどの民族の裔を名乗っているか?」
「あぁその通りだよ。良ければ読んでみるかい? 多分どの寺院にも記録は残っているはずだよ。今まで貢物をした集団の詳細を記録しているからね。確かオズバルグの友人のカラカムイもその記録に目を通したよ」
「カラカムイ? 誰です?」
「——私の友人だね。君に考古学を教えた人でもあるよ」
「あの人……カラカムイさんだったんだ」
フルは少し死ぬ前にでも再会して名前を直接聞きたかったと後悔する。
シェビルは話を続けた。
「彼はね、寺院にある古文書をどうしても読みたいって言ってきてね、一度読ませたことがあるんだよ。その時の彼は予定通りに進んでいた推察が大外れしたのか『また紐が絡まった……!』って困っていたのを覚えているよ」
シェビルは愉快に笑いながら顎をなでる。それを聞いてフルは一応記録が残っている可能性を考えた。すると住民たちは大きな声でシェビルを呼ぶ。
シェビルは声に気づくと住民たちを見ると少し残念そうな顔をする。
「あぁ、ごめんね。行かなきゃ。また暇ある時に寺院に来なさいな。その時は彼がよんだ古文書を読ませてあげるし、なんなら私を通して知り合いがいる寺院の古文書も読ませてあげるようお願いするよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
フルはまるでおやつを貰って嬉しそうにしている子犬と同じように目を輝けせながらシェビルにお辞儀をする。
シェビルが離れたのを見越すとフルは顔をサァーと青ざめさせる。カンナは危機を察して離れておいてあるバケツを手に持つとフルの口に近づけた。
ジャルカラとケーダは嫌な感じがして誰よりも遠くに離れた。
「——なんか嫌な予感がするが……」
「フル! 兵隊さんが別室に案内するって!」
そんな時エリオットが担架を持った二人の兵士を連れてくる。
するとフルは口を抑え、それを見たカンナは咄嗟にバケツを持ってくるの顔に持っていき、兵士はすぐに察するとフルの醜態が他人に見えないように上着を脱いでフルの体を隠す。
フルはシェビルからカラクリ師の紹介というありがたいプレゼントを頂いた思い出と合わせて、人前で嘔吐という黒歴史まで脳に刻まれた。
——その後フルは広場から基地内の病室に安静にするように言われる。フルはベッドの上に乗せられると真っ先に掛け布団に潜る。
エリオットは反応に困った顔でフルを見下ろした。
「フル? 大丈夫?」
「あぁーエリオ。今薬もらって大丈夫だけど、もっと早くに来て……」
「ごめんって。兵隊さんもバタバタして空いている人いなくてね。けどすっごく探してくれていたんだから怒鳴り散らしたらダメだよ?」
「……別にしないわよ」
フルはベッドの上でゆっくりと起き上がる。
「で、みんなはどうしたの?」
「昼ごはんだよ。フルのはまた別に用意するって」
「そう——気分悪いのに脂っこいのきたら泣きそう」
「大丈夫だよ。オシュルク風ピラフみたいだよ」
「——なんか初めて聞く名前だけど。ケウトの事だから絶対味が濃いよね……。取り敢えずしんどいから来たら起こして……」
「うん。分かった。おやすみね」
エリオットはそう告げると病室から出ていった。
フルは一度深呼吸し、情報をまとめながらゆっくりと眠りについた。
眠りについた最初フルは暗闇にぷかぷかと浮く。そして気づけば自身はブランコに乗っていることに気づいた。
フルは寝ぼけてボーとしていたが、次第に今の状況を理解するとあたりを見渡した。
「——木製のブランコにただただ広い草原。幻想的だけど寂しい風景ね」
フルは現在の状況を把握する。
それから程なくしてフルは暇潰しにブランコを漕ぐ。
すると隣から紐が軋む音がテンポよく聞こえてきた。
顔を向けると隣でヘリアンカが楽しそうにブランコを漕いでいた。
「ヘリアンカ様?」
ヘリアンカはフルに名前を呼ばれると漕ぐのをやめ、踵と地面に当てて摩擦を使ってゆっくり速度を落としていった。
そして完全に静止するとヘリアンカは大きく息を吸って幸せな顔でフルを見た。
「ブランコは良いですね! 漕ぐことで風と一体になることで心が晴れやかになる。無心になって己の世界に入って悟りを開きそうになる素晴らしい遊具です。そうは思いませんかフル?」
「——まぁ……分かります!」
「ですよね!」
ヘリアンカはそう答えると再びブランコを漕ぎ始め、気持ちい春風に髪を靡かせ、太陽光に照らされ輝く茶髪はまるで幻想的な世界で物語にも出てきそうなお姫様と重なってフルは見えた。
ブランコが大分振り幅を上げるとヘリアンカはブランコの板の上に足を乗せて立ち漕ぎを始めた。フルはお淑やかな女神の行動とは思えずつい楽しそうに笑い、フルも立ち漕ぎを始めた。
この光景はお淑やかで笑顔が上品なヘリアンカに、黙っておけば面構えとともに雰囲気もピカイチなフルを今第三者が見れば恋に落ちてしまいそうな状況だ。
ヘリアンカは笑いながら漕ぎ、そして風で髪をかげしく揺らしながらフルを見た。
「いい天気ですね!」
「はい! いい空気です!」
ヘリアンカは機嫌がいいのか小鳥の春の歌声が如く綺麗な声でそう言った。
「フルさん! 私がここにきた理由、分かりますよね?」
「えーと。助言はどうだったかですか?」
「はい! どうでしたか?」
ヘリアンカは一見清楚な感じを取り繕っているがその目には星がキラキラしてまるで子供のように嬉しそうにら風の音と紐の軋む音に負けないように声を腹から出す。
フルはその気圧に押されそうになりながらもヘリアンカを落ち着かせた。
「はい! オドアケル人のことはなんとか分かりました。オドアケル人と同化した民族の伝承を末裔である氏族たちが引き継いだからなんですね!」
「大正解です! 別にオドアケル人を調査しても良いのですが、氏族に絞った方が良いと思ったんです! けど伝承が残っているのかが問題なので、未だに遺跡を守っている氏族の方が良いですよ!」
「あ、だからケイオスに来たオドアケルの人は分からなかったんですか!」
「そうです! だってフルも特段地元の伝承を知っているわけではないでしょう?」
「そ、そうですね……」
フルは顔を背ける。
ヘリアンカは一、二、三! と口に出すとそのままブランコの紐から手を離して空中に体を解き放ち綺麗に着地した。
フルはそれを真似しようとは思わず、膝を曲げてゆっくりと速度を落とした後ブランコから降りた。
ヘリアンカはフルが降りたのを確認すると片方の手を腰に当てて、もう片方の手を顔の横に持っていき人差し指を伸ばした。
「伝承はどっちかというと閉鎖的で長い年月確実に文献が残る場所。主に神殿を守っている氏族がいる集落か、カラクリ師の寺院となるわけです。世の中焚書が起きているわけなんで残る方が奇跡なんですよね」
「——そら歴史学者が解明に時間がかなりかかっている訳ですもんね……」
フルは授業でならったが歴史とは残る方が奇跡。そのほとんどが遠い昔に散逸してしまうか記録に残ってすらいない。
分かるのはどんな文化があったのかの推測されたものだけ。
「はい! えーと例えばフルさんの地元にある神殿が一番ですかね」
「そうなんですか?」
「そうです! では唐突に本題ですがその言動からカラクリ師に聞きましたよね?」
「あ、はい! まだヘリアンカ様のことまでは遠いですけど」
「ふむ。では次なんですが……。これは分かりませんね。今後の情勢で大きく変わるかもです。私としては今はオドアケル人の特定の氏族の歴史を知って欲しいのでカラクリ師の寺院で古文書を見て欲しいのですが……。無理そうでしたらフルの故郷にある神殿に行ってみてください」
「え、神殿ですか?」
「えぇ、神殿です。私としてはカラクリ師やオドアケル人の伝承からリアート人を探る方が早いのですが、フルさんの身に危険がある場合は別方向でいった方が良いと思ったので! もう一つは……あの神殿、私一度あの子と見たことあるんで」
ヘリアンカは元気な声を出すものの、その表情はとても悲しそうな顔をする。フルは少し困惑しつつもみあげを弄った。
「では、寺院に行けたら寺院。無理でしたら神殿ですね。ですがどうして神殿に?」
「はい——。あ、もうおしまいみたいです」
フルの視界が徐々に白くなる。トレに伴ってヘリアンカがゆっくりと透明になっていく。
「待ってください!」
フルは何か思い出したかのようにブランコから降りてヘリアンカの手を握ろうとするが手がすり抜けてしまい握れない。フルは必死に手を伸ばした。
「ヘリアンカ様教えてください! 神殿には何が!?」
「——取り敢えずあそこにはかなり貴重な書物が集まっています。今回の騒動でも私と接点が全くないので無事でしょう」
「——ヘリアンカ様!」
フルは真っ白い空間で必死に叫んだが、もうヘリアンカの声はしなかった。
そして視界は真っ黒へと消灯した。
それから少ししてフルは暗闇で必死にヘリアンカを探したが見つからず、フルが意気消沈しようとしたところで突然視界赤色になり、ウヨウヨとしたよくわからない紋章が目ぶたに投影された。
フルは気色悪い感じをしながら目を開けると少し体を起こす。
隣には料理を盆に乗せて立っているエリオットがいた。
「先生、エリオおはよう。——え、エフタル殿下?」
右を見るとエフタルが立っていた。
エフタルの今の表情はとても無愛想ながらも悲しみを感じさせる顔で傍にはお決めの封筒が挟まれていた。
フルは一度大きく息を吸った。
「殿下。どうしました?」
「前後の説明は省略させて貰う取り敢えずこれを上げよう」
「プレゼントですか? そうだったらいいんですが……」
フルは何やらざわざわする心の内側の気持ち悪い感触を抑え封筒を受け取ると開ける。
その紙の一番上にはスタルシア外務省と書かれていた。
フルはその下に書かれた文章を読み始めた。
「『ヘリアンカ研究チームに告ぐ。それぞれ家族の心配で不安だろう。そのため、本日より一時活動を停止してそれぞれ故郷に帰って家族の身の安全を確認するように。しかし、現地が危険で帰れない場合は電報を。電報はこちらが負担する』」
フルは声を震わせながら読み終えると深呼吸をした。
「え、活動停止? 再開はいつになるんです?」
「こればっかりは分からない。各々家族の安否を確認してくるんだ。再開する日が決まればすぐに各大学に送る」
「——戒厳令は出ていないんですか?」
「全員分の身の安全は私が保証する。出国申請書も書いている。——戒厳令はもちろんだが出ているから怪しい行動はしないでくれ。特にフル。この場にいないがスタルも不自然な動きをしないように伝える」
「——ありがとうございます。殿下の手を煩わせるようになって……」
「気にするな」
エフタルのその言葉を聞いたフルは嬉しそうな顔を取り繕っていたが、どこか不安で押しつぶされそうに背中を丸く曲げていた。
フルは紙を力強く握った。
————。
ウルクでは大理石で出来た家が立ち並び、古き良き町並みを残しているウルク。そこでは各国の制服組もしくは官僚が活動していた。
彼らは今回大陸中で起きた多発的なテロに始末をつけるため、一斉に帝国宰相公邸に向かっていた。
公邸は青を基調としたドーム状の天井で壁は黄土色のかなり広い建築物だ。部屋は様々な機関や専門家との会議を進めるべく数多く設けられている。その中の一室の客室ではケウトの宰相——ヤスタイはウルクに滞在していた各国の代表、それから首相と一人づつ握手する。
その後バラクオシュルク大共同体代表を先頭に、後ろにはその次の大国の代表らが横に並び整列したのを確認すると大共同体代表はヤスタイに親書を手渡した。
「まず初めに大共同体及びハングラワー・ウルク国、そしてオシュルク民共和国は貴国の先手を打った素晴らしき声明に賛同致します」
ヤスタイは大共同体首相の言葉に満足そうに頷くと彼らを席に座らせた。
机は円卓で中央には大陸の地図を置き、それを囲むように席につく。
「えーこの度は我々五カ国による会議を始める。参加者は私ケウト帝国宰相、オシュルク首相、大共同体代表、スタルシア首相、ハングラワー首相だ。これは何度もいうが秘密会議だ。——では開始する」
ヤスタイの言葉に各国の首相・代表は頷く。
そして最初にスタルシア首相が席から立ち上るがと宰相に体を向け一度お辞儀した。
「して宰相閣下。我がスタルシアとしてはエポルシア人民共和国は大陸中の被害にあった国に対しての賠償金は不可能と心得る。まずエポルシアの経済力は大陸最弱で、貧困率も改善したとはいえまだ悪い。さらに貧困対策である食糧確保でも国債で全額支払っている状況だ。これだと周辺諸国は我々がエポルシアに侵攻するというのが丸わかりではないか?」
「構わない。そもそも数年前彼の国を残したのは民主化し、大陸に戦火をもたらさないと指導者と同意した上での判断だった。だが、今こうして大陸を荒らした。その時点で強制的に我々列強の手で国を作り直すのは至極当然だ」
ヤスタイは堂々とした態度でゆっくりと語る。諸国の代表は疑心暗鬼の視線を宰相に送るものの取り敢えず頷く。
そして数分ほど無言の空気になった後大共同体の代表が手を挙げた。
「宰相。一つ聞きたいがこれは本当に最高指導者のあやつか? あやつはエポルシアでピト族で異民族の国を治めることになったにも関わらず人種間の壁を超えて父の様に接し、数年前と比べて遥かに情勢は安定している。私としては内部でクーデターが起きたのではないかと思うがいかがか?」
大共同体代表は宰相を見る。
ヤスタイは落ち着いて息を吐くと最初に「安心してほしい」と口に出した。
「ん? 大共同体代表は配った紙を読んでいないのか?」
ヤスタイはそう口にする。するとオシュルクの代表が宰相に一度アイコンタクトした後手を上げる。
「——詳細は各国に送ったはずだ。我がオシュルクの諜報部から彼の国からオシュルクに今回のテロはヘリアンキ自由信徒軍、およびエポルシア人民共和国軍どちらかの疑いが強いと連絡があったと。そのため二週間以内に各国はエポルシアに派生する用意を行い、速やかに占領するべきだ」
ヤスタイはオシュルクの代表を見ると他の席に座る各国の代表に視線を配る。
大共同体は一度紙を見て書かれているのを確認すると罰が悪そうに座る姿勢を少し崩した。
そして宰相含め各国の代表は手元に置いてある紙に署名した。
「——我々の予想していたこと以上になったな」
紙に自身の名前を書いた後、ヤスタイはそう口にした。
「派兵であれば我が国はいつでも行える。目的としては現指導者の保護。そして国の解体でいいな?」
大共同体の言葉に、ハングラワーの代表は立ち上がった。
「何を言っておる大共同体代表っ! これは共同での間接統治。エポルシアの防衛も外交、内政も協議の上で行う。問題はないな? 事前のホットラインでの調査でも貴国は賛同した。そうだろう?」
ハングラワー代表は自慢の長く白い顎髭を撫でながらあたりに視線を配るとそう言った。
それに対して各国の代表はそれぞれ「もちろんだ」と「当たり前だと」口に出した。
ヤスタイは席を立ち上がると「これにて会議は終了とする。以後会談は各国の外交官を通して行う」と口にする。
各国の代表は宰相含め握手や軽く会話を済ませた後公邸を後にした。
そしてヤスタイは公邸の玄関で代表たちを見送った後、誰も居ない執務室にヤスタイは戻ると署名した紙を読んだ。
「『作戦開始の一週間前に諜報員を派遣し、テハク・バラーズを保護。そしてテハク派の国民と軍部に働きかけて内乱を引き起こして最高司令官に列強の支援を申し出させること』——彼はどこにいるかだな」
「トゥサイは現在アヤンガラウにおります。航空機での着陸であれば二週間以内での潜入は可能です」
「いたのか長官」
ヤスタイは急に後ろに現れた長官に驚きつつも、すぎに冷静になる。
長官は軍服に身を包み、短い髪は白混ざりの黒髪で一見優しそうな中年の男だ。
名はウズヤで中央情報局長官でトゥサイ含め局員に無理難題の作戦を立案するような男だ。だが、人望があるため局員は割りかしら信頼している。
ヤスタイは自慢の髭を撫でるウズヤの肩を軽く叩いた。
「一応ハングラワー側のスパイとそこで接触して作戦開始だが、行けるか?」
「問題はありません。それにトゥサイが来るとなればあやつも嬉しいでしょうな」
ウズヤはヤスタイが持っている紙を後ろから読み、笑顔で答えた。
「うむ。問題はあるか?」
「いえ、特には」
ウズヤは宰相に敬礼した。
ヤスタイはウズヤを優しい目で一度見るとすぐに威厳のあるキリッとした目に変わる。ウズヤが執務室から出たのを見届けるとヤスタイは執務室の後ろに飾られた絵画を見てため息をつく、その時の執務室はまるで奇妙な静けさに覆われていた。




