36話 再戦。そして脅威迫る。
暗い地下の食糧庫の中、血生臭いに鉄の匂いと肉が焼けた匂いが充満する。そんな吐き気がする空気、それが漂う場所はまさしく戦乱が起きた城か要塞それとも戦場ぐらい。その空気を感じる場所にフルは驚きの顔で一人の男を見ていた。
男は首まである長い金髪で目は蒼く耳は長い。服装は綺麗な品のあるもの。
——フルはその男を知っている。
「リベリオンさん?」
フルは少し前にケイオスで出会ったスタルキュラからきた男の名前を口にした。リベリオンと呼ばれた男は少し微笑むと胸に手を当てて軽く頭を下げた。
「おやおや。まさか覚えてらっしゃると……好都合です」
「え、どう言うことですか?」
フルは首を傾げる。
それを見たリベリオンは細く微笑む。
「とにかく今は脱出が重要だ。おい、外はどうだ?」
「敵は撤退しましたがあれは陽動の危険性があるため偵察隊を派遣しています」
リベリオンは後ろの兵士を見てそう口にした。
フルは多分帰してもらえるのかと淡い希望を持つ。
「あの、帰してくれませんか? 待っている人がいるので」
「——」
リベリオンの顔から笑みが消えるとフルの頬をに手を触れる。
「申し訳ございません。今はまだここので待機です。安全が確保できていません」
「——できたら解放ですか? 誓いますか?」
「えぇ、誓います」
フルはまだ警戒しているものの、リベリオンからの一応言質をとれたことでほんのわずか安心するが、視線は一切逃さなかった。
「それと一応言っておきますがリベリオンは偽名。本名はトセーニャ。と言います」
「——トセーニャ? じゃ、あの時どうして嘘を?」
「偽名を使うのは私たちの世界では常識なので」
「——」
フルはなにも答えないでトセーニャをじっと見る。
するとリベリオン——トセーニャは少し膝を曲げてフルに視線を合わせる。
「本来であればあの場で名乗るべきでした。しかし少しあの場は名乗るとまずかったので偽名を使いました。申し訳ない」
「一応聞きたいけど。最初からこれが目的だったの?」
「まさか。私はようやく使徒様を見つけたと思っただけです。私としては第三勢力がここに来なければ貴女をこちらに連れて来る必要がありません。しかし、仲間の一人が撃たれたため、強行したのです」
「——なるほど。私がここにいるのはそういう理由か……」
フルは抜けた記憶のピースが少し手に入ったことで納得した。
その間もトセーニャの表情は変わらずただフルを見つめてい。
「——強いて言えば、本来の目的は友を守るだけです。貴女がこちらにいたことに気づいたのは偶然です。なんなら偵察中に見つけて私が保護するように指示をしたのです」
それを聞いたフルは困惑しながらも冷静を取り繕い深呼吸した。
「なるほど。まとめると集落に第三勢力が現れて、あなたは友を守るために監視する。その時に私を見つけて保護。その後に攻撃された……ですか?」
「——えぇ、大体正解です」
トセーニャはポケットから宝石を取り出すと、フルのスカートのポケットに入れた。
「あの勢力の計画ではここも襲撃予定。そのため私は監視をしていたが知っていての攻撃は予想外だ……」
トセーニャはこの場にいる複数人の耳にも入らないほどの声でそう呟いた。
フルはポケットに入れられた宝石を取り出す。
「で、これなんですか?」
「これは自由信徒軍最高司令官より頂いた国宝級の魔道具。司令では使徒に渡すように命じられたものなので、貴女にお渡しします」
フルは少し怪しみながらもポケットに戻す。
するとトセーニャは懐中時計を見ると軽く頷き、それからゆっくりとフルを見る。
「外はもう安全なはずです。案内します」
フルはトセーニャにそう言われ、部下とともに誘導される形で異様な空気が漂う要塞の外に出た。
久々に出た外は気持ちの良い自然の香りと蒼穹の大空がフルの心を幸せにする。しかし、フルの迎えは来ていなかった。
フルはあたりを見渡す。
「えっと、もしかして私が攫われているのに気づいていないのかな?」
「——少佐! 前から馬に乗った人が来ます!」
一人の兵士が要塞に向かっている人影を見つける。
その人影は徐々に形がはっきりする。するとフルとトセーニャの後ろにたち兵士らの足元に銃弾が来る。
「——下がれ」
トセーニャは兵士たちを下がらせる。
「——トゥサイさん!?」
フルは馬に乗っている人を見てそう言った。
人影はフルも最も知っている男、マトミの弟でありテュレンの弟でもあるその男。トゥサイだった。
トゥサイはフルを見ると手をあげる。
「ようフルちゃんだったか誘拐されてたの。迎えに来たぜい」
トゥサイは馬から降りるとフルの隣に立つトセーニャに銃を向ける。
「——なるほど。トセーニャが主犯か?」
トセーニャはトゥサイを見ると腰にかけていた剣を取り出す。
「これはこれはヤニハラ。久しぶりですね」
トゥサイはトセーニャが剣を抜くのを確認すると咄嗟に拳銃をトセーニャに向ける。
「——あん時の再戦か? いいが今急いでいるからすぐに済ませる」
「ほう? それは威勢のいいことです……ねっ!」
トセーニャは一瞬笑みを浮かべるとトゥサイに向かって駆け出し、剣を振る。トゥサイは剣筋を見て避けるとトゥセーにゃの腕を掴む。
「甘いっ!」
「——!」
トセーニャはトゥサイの腕を振り解くと横腹を蹴る。トゥサイは少しよろめくもすぐに姿勢を戻した。
「中々やるな……」
「そちらこそです」
トゥサイは最初は面倒な顔をしていたが次第に真剣な顔つきになった。
そして、風が止んだ瞬間には二人は地面を蹴ってお互い体をぶつけ合った。
トゥサイはトセーニャの片腕を掴むと背負い投げをしようとしたが、トセーニャはトゥサイに掴まれた腕を解放させると横転で体勢を立て直す。
「はっ!」
トセーニャは飛び上がると踵をトゥサイ目掛けて落とす。トゥサイはそれをガードするとトセーニャの腰を蹴り、トセーニャは地面の上を転がった。
トゥサイも思った以上の痛みで地面に膝をつける。
トセーニャーは立ち上がるとトゥサイの顔を殴ろうとするがその寸前にトゥサイは腕を掴むとトセーニャのベルトをもしっかりと握りそのまま投げ飛ばす。
空中にh飛ばされたトセーニャは器用に地面に着地すると手のひらをトゥサイに向ける。
「サンダー!」
トセーニャがそう口にすると掌からみるみると眩い光が発生し大きくなる。そしてトゥサイが瞬きするその直前で高速で動く雷がトゥサイに向かって走る。
トゥサイは胸ポケットからヒスイの針を取り出すと雷を針先にぶつけた。次の瞬間轟音があたりに響き渡る。
それから何度もトセーニャは雷の魔法を連発し、さらには格闘技でトゥサイを追い詰める。
トゥサイは守りに徹しながらもトセーニャの攻撃を塞ぎ反撃のタイミングを伺う。
トゥサイは一度岩陰に隠れるとトセーニャの魔法を針にぶつけることで出来た魔結晶を握ると針を突き刺した。
するとみるみる内に魔結晶が赤くなる。
「ここまでです! サン——」
「——っ!」
トゥサイは一度深呼吸をすると岩陰から飛び出すとトセーニャ目掛けて魔結晶を投げつけた。
トセーニャは一瞬呆気に取られる。
次の瞬間魔結晶は一瞬だけ輝き、爆発。あたり一面が煙に覆われた。
トゥサイは口元を腕で塞ぐ。
「——やったか?」
トゥサイはトセーニャがいた場所まで歩く。
煙は次第に薄れていき、やがて視界がはっきりするととの場所には拳銃——それもリボルバーをトゥサイに向け、服がボロボロになったトセーニャがいた。
トセーニャは笑みを浮かべる。
「——お返しです!」
「——っ!」
リボルバーの銃口から光が見え、その後に続くかのように爆発音が聞こえたと思うと何かが鉄にぶつかる音がした。
トゥサイは反応ができずにその場に立っていたが、自身に痛みが一度も走っていないことに気づく。
トゥサイは自身の体を弄る。
「ん? 当たってないのか?」
前を見るとトセーニャはトゥサイの後ろをじっと見つめ、それに釣られるかのようにトゥサイも後ろを見たがなにもなく、あるのは要塞とトセーニャの部下とフルだけだった。
視線を戻すとトセーニャは戦闘態勢を解く。
「ヤニハラ。少し面倒な奴が来た」
「面倒な奴だと?」
トセーニャはそういうと銃をケースに戻す。
「ん? てかお前銃を——いや、魔銃か。それもリボルバー式で弾を込める場所に魔結晶が埋め込まれ魔法の威力を上げる奴だろ」
「良く気づきましたね。これは改造した奴です。かなりギリギリまで魔結晶に魔法を凝縮できるようにした奴ですね——。もっとお披露目したかったですが残念です」
トゥサイは要塞の方を見る。するとフルが走ってトゥサイの元に走った。
「トゥサイさん!」
「おーフルちゃん。大丈夫だったか。——てっ」
トゥサイは一度トセーニャを見るとトセーニャは目にゴーグルをつけて手には何やら手榴弾のようなものを持っていた。
「閃光弾です。目を閉じてください」
「——っ! フルちゃん目を閉じろ!」
トゥサイはそういうとフルの目を塞ぐ。すると同時に爆音と激しい光が当たりを襲った。
それは数秒ほど続き、真っ白になった視界は徐々に元に戻り、耳もなんとか正常に戻る。
トゥサイがゆっくり目を開けると目の前にトゥサイがくるときに乗っていた馬が歩いてきた。トゥサイは馬を見ると優しく撫でた。
あたりを見渡すとトセーニャたちの姿はなかった。
「あーびっくりした」
フルは目を開ける。
「お、フルちゃん。無事で何よりだ」
「本当に、今頭が混乱してます。私がいない間に何が? てか怪我大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、大丈夫だ」
トゥサイは青くなった頬を撫でながら笑う。そしてトゥサイはフルを持ち上げると馬に乗せた。
「とりあえず話は乗りながらだ。良いな?」
「——はい。分かりました」
フルは安心したのか徐々に意識が薄れていく。
トゥサイは馬に乗ると自身が来ていた上着をフルに着せる。温もりに包まれて安心したのかフルの意識は眠りにつき、トゥサイにもたれた。トゥサイはフルを安定させると無線を繋げると馬を歩かせた。
「こちらトゥサイ。ガナラクイ。聞こえるか?」
『はい。トゥサイ殿。どうしていたか?』
「大成功だ。人質は解放。どうやら誘拐されたのはフルちゃんで犯人はおそらくヘリアンキ自由信徒軍だな」
『自由信徒ですか。列車以降はおとなしくなっていましたがこう暴れるとは驚きです』
「だな。で、そっちはどうなってる?」
『はい。こちらにも襲撃者が来まして、エフタル殿下部下を率いて追撃してくれて……負傷者はいますがなんとか無事です。ですが、襲ってきたのはヘリアンキではなく観光局社と呼ばれる耳馴染みのない会社で……。それよりもラジオを繋げてみるとどうやら今大陸中が多発テロで混乱し、開戦直前です』
「——なんだと?」
『できれば早く戻ってきてください。ケウト中央軍司令官がトゥサイ殿を待ってます』
「分かった。すぐに向かう。場所は?」
『ウルル山の麓の遺跡。一度殿下との調査に行った場所です』
「分かった。しばし待ってくれ」
トゥサイは無線を切るとフルを支えながら馬を走らせた。
それからトゥサイは3時間ほど馬を走らせ、あたりが真っ暗になっているところウルル遺跡はやけに輝いていた。
トゥサイはそれを目印に足元に注意して馬を止め、降りるとフルを抱っこしながら中に入った。
中に入るとそこでは避難した学生と教授と、兵士たちが何やら談笑をしていた。
その場にいたガナラクイはトゥサイを見ると立ち上がった。
「トゥサイ殿!」
ガナラクイがそう口にすると学生たちもトゥサイを見る。すると学生と教授はフルに駆け寄った。
トゥサイはあまりにも人が集まってきたため、眼鏡をかけてオロオロとしていたキバラキの少女にフルを渡すトゥサイはと群れから外れてガナラクイの元に駆け寄った。
そしてトゥサイはガナラクイに遺跡の奥の人気が一切ない部屋に案内される。
「ふぅ、なんとか静かに——」
「トゥサイ殿。この方が司令官です」
トゥサイはガナラクイの横に立っている髭が特徴的と口にしたいほど長く、その代わり髪の毛を失った肥満体型の男を見た。
男は軍服を纏い、トゥサイを見るとニヤリと笑った。
トゥサイは男の顔を見ると思い出したかのように声を上げた。
「あ、もしかして数年前に称号をもらった時に俺が握手を素で忘れてた人?」
「あぁそうだとも。この私、ケウト中央軍司令官アスタナ・ダッタンの握手を忘れた君のことはずっと覚えているとも」
トゥサイはとりあえず敬礼する。
アスタナはそれを見ると大笑いした。
「あーはっはっは! 気にしなくても良いとも。だが、学生の救出。実にご苦労だった」
「それはどうも。で、何か話があるのでは?」
「うむ。単刀直入に今まさに大きな戦火が起きようとしている。帝国はエポルシア人民共和国に目を光らせているが情報が錯綜しているため、30時間後に報復をすると声明しつつも下手に動けない状況だ。もし報復から調査団を派遣と変われば宰相は君を送りたいと仰せだ。ヤスィ殿にもお願いしたが今の宰相殿が気に入らないみたいでダメなのだ」
「——了解。ヤスィって確か俺とガナラクイがいた集落の族長か。聞いた話では内戦時の英雄みたいでしたな」
トゥサイは顎に手を当てて頷く。
「うむ。ヤスィは前宰相のケバルテとともに反乱軍を打ち破った英雄だ。それもあって彼をもう一度軍に戻して士気を上げたいそうだが……無理なら仕方がない。今はとりあえず話し合いだ」
トゥサイはアスタナの言葉を聞くと頷き笑みを浮かべ意味を理解したというサインを示すとアスタナ自身も満足げに笑う。
「——分かった。では詳細が決まり次第連絡をしてくれませんか?」
「もちろんだ。ではこちらは退路の確保の確認が出来次第学生と教授。そして殿下を避難させる」
アスタナはそういうとこの場から去る。その場に残されたトゥサイは息を吐く。
それを見たガナラクイはトゥサイに近づいた。
「あの、先程の話……」
「ん? いや、別に理解しようとしなくても良いぞ。子供にはちと難しいからな」
トゥサイは少し落ち込んだようにも見えるガナラクイを励まそうとするが、逆効果だったのかガナラクイは少し拗ねたような顔を見せる。
「わ、私は子供では……」
「年齢十八歳。家族構成は父親が一人で実家は狩人。幼い頃から狩をしていたからか視力も良くて狙撃精度もかなり高い。飛行能力も高く複雑な飛行も可能」
「——どうしてそこまで知っているんですか」
「中央情報局を舐めるなよ。常日頃から情報が入ってくる職場なんだ」
ガナラクイはトゥサイの言葉を聞いて呆れたかように息を吐いたが表情は別に嫌がっている様子もなくどこか安心しているかのようにも見えた。
だがトゥサイにはそんなガナラクイの顔の裏はとても悲しそうな空気を漏らしているのを薄々と感じた。
——数時間後、フルは目を開けると教授陣や学生陣の嵐のような質問攻めにあい、記憶が錯乱している中、ひとつ一つ丁寧に説明をしている内に数時間ほど車で移動したところにある軍事基地に避難するということでフルはバスに乗って安堵の息を漏らす。
バスはゆっくりと道を沿って道路を走り続けている。
フルは真っ暗な外を車内の窓から見る。
「はぁ、疲れた……」
「とりあえずフルが無事で良かったよ」
フルの口をきいてエリオットはそう口にした。
「エリオは良いわよね。こっちなんてせっかくの調査でほとんど牢獄よ」
「ははは、それを言ったらこっちだって銃声が響いていていつ死ぬかわからなかたんだからおあいこ」
「ぶ、じで良かった」
カンナはフルの頭を撫でる。カンナは少し泣きそうな顔をしているが、フルはそれは自身とある人物のものだと理解していた。
「ナテッドさん……」
フルがうっかりそう口にするとカンナは少し悲しい目になった。
「あ、別にそういうわけでは。——あの、ナテッドとはあまり接点ななかったんですが、カンナ先輩はどうして興味を持ったんですか?」
「あ、確かに僕も気になってました」
「理由? ——物語で、よく、出てた遊牧民の戦士に似てたから……」
フルは少し考えた後よくおとぎ話や小説で出てくる戦士とナテッドを合わせて考える。
フルとエリオットはお互い納得した声を漏らした。
「けど、ナテッド、さんの剣。貰った。馬の乗り方、も知りたかったから……残念……」
「——大丈夫だと思いますよ。ナテッドさんも自分たち部族にここまで興味を持ってくれて本当に嬉しいと感じてますよ。だから剣を貸したんじゃないんですか? 自身の誇りを剣を貸すなんてそうそう無いはずですし」
フルはそう口にしながらカンナの背中を優しく撫でた。
「ナテッドさんは今冷たい場所にいますが、カンナ先輩のその温かい気持ちは剣から絶対に届いてます……」
「たっく。じゃかしいやつやな」
すると前の席で眠っていたジャルカラが目を覚ました。フルはそれに気づくと目を少し尖らした。
「何よ。こっちは楽しい思い出なかったんだから良いでしょうよ」
「はっ! そういう割にはパスタやラザリアが飯で出てきて美味かったって言ってたやろがい」
「はーっ! 美味しかったわよ! すっごく美味しかったわよ! そら久々に地元料理食べたら嫌でも美味しいに決まってるでしょこのアンポンタン! アンタには分からないでしょ!」
「あ、私わかるかも……」
「スタルも何いうとんねん!」
スタルはフルの言葉に納得したのか席から少し立ち上がってフルを見た。
フルはジャルカラに対して自慢げに笑みを浮かべた。そしてフルはポケットから宝石を取り出すとエリオットを見た。
「あ、そだエリオ。これレッツ調査」
「うわっ! なにこれ?」
エリオットはフルが投げた宝石を落としそうになりながらもキャッチした。
「なんか捕まってる時にパチってきた」
フルはトセーニャのことは言わずに嘘を伝え親指を立てた。エリオットは困惑しながらもなんとなくフルの伝えたいことを察知する。
「もしかして魔道具かそうじゃ無いか調べる感じかな?」
「えぇ。小さいからできるでしょ?」
「分かった。ちょっと待ってね」
エリオットはそういうとカバンからヒスイの針を取り出すと宝石に突き刺した。すると宝石は青く輝き、そこにはなにやら映像が映された。
「あ」
「どうしたの?」
「ふ、る?」
フルはカンナの太ももに上半身を乗せてエリオットに渡した宝石を見る。
先程から静かに寝ていたカンナも目を覚ます宝石を見た。
「これ小さい頃のフルじゃ?」
「——私ねこれ」
宝石に移されている映像には小さい頃から破天荒を極めていた幼な子フルの姿だった。そこではフルは牛の野糞を木の枝に突き刺して同い年の子らを追いかけ回したり、木によじ登って果実を齧っているところもあった。
「——へぇ……」
「あ」
フルは顔を上げるとバスに乗っていたジャルカラやスタル以外の学生や教授陣が覗き見ていた。
フルはみるみる内に顔を赤くする。
「死にたい……。エリオ、もう殺して……」
「——っ! こいつは!」
突然オズバルグは大きな声を出して映像に映る初老の男に指を差す。
フルもその男を見ると該当人物はオズバルグの友人だった人物と一致した。オズバルグはフルを見る。
「——君は……知っていたのか?」
フルはオズバルグの真剣な顔を見て少し悩む。
フル自身はその人物がどう言った人物かはオズバルグに聞かれるまでは物好きなおじさんとしか覚えていなかった。
だからこそ返答に悩む。
「——あまり……覚えてないです。分かるのはとても面白い人だったというだけです」
「そうか……だがこの像、こいつが以前話していたものに似ているな?」
「——え?」
オズバルグはそういうと眉間をつまみながらゆっくりと喋り始めた。
「確かスタルシアで碑文が刻まれているのに地元には一切伝承が残っていなかった石像があり、そしてその近辺の祭りにはよく分からない言語が使われていると話していたが——」
フルはオズバルグの言葉に少し疑問符を浮かべる。
それはよく分からない言語という部分だった。
——確か私の住んでる所の祭りってよく分からない歌があったわよね。それも学校で習ってた……。
「——ストゥアーヴィーモン……アーンリーアー。デーマスケレドゥアーカバー……」
「ん? それなんの歌?」
フルは思い出しながら歌っているとエリオットが先にフルに質問した。驚いたフルは周囲を見ると不思議そうに見ていた。
「え?」
フルはエリオットの質問と周囲の疑問に視線で反応に悩む。
「えーと……私の故郷で祭りの時に歌う歌なんですけど……」
「その、言葉。スタルシア、エポルシア……ケウトの、言葉とも違う……」
「ほーう」
するとジャルカラが悪い顔で席から顔を出してフルを見る。
「じゃ、ちと歌って貰おうか。おい! コスシとステルプ。お前ら地名学を専攻してるんだったら言語学しとるやろ」
ジャルカラの圧にステルプは少しオドオドするがコスシは手を上げるとジャルカラに「お前、性格正すんやったらその口調!」と最初に口にする。
その後コスシはステルプとアイコン取るとフルたちを見た。
「確かに俺らは言語学もしてるぜい。だからそのフルさんの故郷の言葉も俺たちの記憶にあれば分かるかもな」
「え、えぇ〜恥ずかしいですよ」
「ま、まぁ。今日はとりあえずフルは休ませようよ。色々あったんだしさ」
エリオットは周囲のフルへの期待の目に対してそういうとオズバルグも同調した。
「確かに。フルさんは色々あったし、みんなもあっただろう? 気分転換も良いが今日は——」
「じゃ最後の手段や」
するとジャルカラは高そうな瓶に入った酒をどこからか取り出した。
ケーダはその瓶を見ると焦ったような顔になりジャルカラに飛びかかったような感じでジャルカラの肩を掴んだ。
「じゃ、ジャルカラさん!? その瓶はどこで!?」
「さぁ?」
ジャルカラは瓶のラベルを見ながらそういう。
「ケーダ先生……」
「あ、オズバルグ先生! 誤解ですよ誤解! 差し入れです!」
オズバルグの軽蔑の目に動揺したのかケーダは焦る。
そんな中ジャルカラは瓶のキャップを外す。
「おい。フルお前は今いくつや?」
「え、レディーの年齢聞くってどうかと思いま——」
「十九」
「カンナ先輩!?」
フルはその時カンナが学生執行委員会に所属して、フルも手伝いをしていた関係からフルのことも詳細に知っていたことを気づいた。
それを聞いたジャルカラは悪い顔をして瓶の口をフルの口に突っ込み、無理やり飲ます。
「飲め! そして歌うんや! あと耳がいい奴はメモをしてくれ!」
「ちょ、フルは酒飲んだことないですよ!?」
エリオットは静止するがすでに遅くフルの顔はみるみるうちに赤くなる。
「ダメ」
「あ」
瓶の中の酒が半分ほどになったところでカンナに止められる。
フルは顔を赤くしながらボーとどこか意識が朦朧としていた。
エリオットとジャルカラ、スタルは顔を青ざめながらフルを見る。
「これはジャルカラ君もケーダ先生と同じようにお説教だね」
「「——」」
ケーダとジャルカラは諦めた顔をした。するとその時フルは急に立ち上がった。
「あー! こっちは気づいたら牢獄やら記憶ないのに覚えてる前提で話振られるやらで大変だったのにどうして静かにしてくれないんですか!」
フルはいつにも増して大きな声を出す。
この空間にいる全員は酔ったなとすぐに理解した。
フルはなにも考えられないのかエリオットの眼鏡を奪う。
「後エリオも眼鏡をかければかっこいいと思ってるの!? それは夢幻よ夢幻!」
「あふ、る」
「カンナ先輩!」
フルはカンナに呼ばれると猫みたいに嬉しそうに抱きつく。
「もうカンナ先輩だけがいいですよ〜。ずっと優しくしてくれますし〜」
「フル、の故郷の祭りの歌、歌って? 聞きたいから」
「は〜い!」
フルは律儀にカンナの言葉を聞くと大きな声で先ほど歌った歌の歌詞の続きを歌い始めた。
それを聞いたコスシとステレプとカンナ、スタルはメモを書き始めた。
エリオットは困惑しながらも楽しそうに笑うとオズバルグを見た。
「あの、先生。この空気数時間続くんですか?」
「まぁ、私の経験からはこの後眠って起きたら二日酔いだね」
二人がおどやかな会話をしている中ケーダは何かに気づくとカンナを見る。
「あ、カンナさん。お酒……」
「——の、んじゃった……」
ケロッと健康的な顔をしているカンナは綺麗に空になった瓶をケーダに見せる。それを見たケーダは廃人になったか如く石のように固まった。
「ご、めんなさい。飲んでいいのかと」
「いや、うん。最初からみんなで飲むようだったからいいんだけどね。後これ度数一番きついからカクテルとかにして薄めてみんなで飲む奴だったからね」
ケーダはそうカンナに伝えると席に戻って明後日の方向を見た。
そしてそれを一部始終聞いたジャルカラは一人顔を真っ青にして「え、もしかしてわいがのましたんあかんやつか?」とようやく気づいたのだった。




