32話 ウルル。それは誓いの証明
早朝、山から吹き降りる冷たい風は不動の木でさえも震えるほど冷たく、その中を遺跡に向かう隊列を組んだ集団が突き進んでいた。その集団の内訳は二人のカラクリ師に六人の小銃を持った兵士、それから各大学の教授十二人と学生十人を合わせた計三十一人に上る。
フルたちキタレイ大学組は後ろを歩いていた。
フルは眠そうに欠伸をする。
「なんだろう。昨日行ってしまったせいか新鮮味が感じられない」
フルがそう言うとエリオットは困惑の表情になる。
「まぁ、けど楽しみだったでしょ?」
「遺跡は楽しみだけどさ……。道中が問題よ。道中がね? この道なーんにもないじゃない。あるのはだだっ広い平原だけ——」
「ん? どうしたの?」
「ごめん訂正するわ。山すっごく綺麗」
フルの心境の変化にエリオットは戸惑いつつフルに同意した。
フルは前を歩くスタルを見る。スタルは少し寂しそうに歩いていた。
「全く。ジャルカラはどこに行ったのよ。こっちがいい迷惑だって」
「えっと、確かフルと族長さんの住居で揉め事が起きたんだっけ? その後にいなくなったんだよね?」
「そうよ。けど、今朝行ってみると許してくれたのとナテッドさんが来てくれたからいいけど」
フルはそう言いながら後ろを向くと無言で歩くナテッドを見る。そんなナテッドの周りには興味深そうにまるで惑星を周回する衛星のようにナテッドの周りをうろちょろするカンナの姿がある。
さらに珍しい行動を取るカンナをオズバルグとサーシャは優しい目で見ていた。
フルは何か言いたげな顔をしつつもため息をついて視線を前に戻してそのまま歩いた。
それから長い時間を歩いてようやく大地が温もり始めて周りが明るくなった頃合いにウルル遺跡に到着した。
ウルルの遺跡はフルが先日行った時の変わらず大きく灰色の石の入り口は見えるがところどころ山と同化してこの遺跡の全体像は把握しずらくなっている。
すると前にいたスタルがフルの前に走ってきた。
「あ、スタルさん」とフルは挨拶した。
「フルさんおはよう。キタレイ大学の皆様は来ていますか?」
「うん。来てますよ。……来てますよね?」
フルは振り向く。そこにはオズバルグもサーシャもナテッド、そしてナテッドが腰につけていた剣を持っているカンナがいた。
フルは何かを言いかけたが諦めてスタルを見る。
「こっちは全員いるよ」
「いや待ってあの人誰ですか?」
「え?」
スタルはナテッドに指を差す。
フルはすかさず「族長様がお手伝いで派遣してくれた部下の人。名前はナテッドさん」と言った。
「——一応伝えておきますね」
スタルはそう言うとそのまま前に走って行った。フルはそれを見届けるとオズバルグの元に行った。
「オズバルグ先生。確か人数確認の後はあらかじめ渡された紙に書かれたところに調査しに行くんですよね?」
オズバルグは頷く。
「そうだよ。私たちのところは遺跡内部だね。内部はキタレイ大学。ウルク帝国大学、テイレイ大学のメンバー。残りは山を少し登った先にある古墳群の調査だね」
オズバルグがそう言うと山道に指を差す。
フルがそこに目をやるとエフタルを先頭に兵士と学生、教授が登ったいた。
「もしかして罠があったからこうなったんですか?」
「そうだね。殿下は内部に向かう予定だったのが、古墳群になってとても落ち込んでいるようだったよ」
「けど向かうんですね」
「まぁ、あの方は研究が生き甲斐だからどんなトラブルも娯楽の一環なんだろうね」
オズバルグは穏やかに笑う。それにフルはつられて少し笑った。
「おーい! 集合!」
フルは声をした方に顔を向ける。そこには内部調査を行う同じメンバーのコスシ、ステルプとスタルとスタルを引率するケーダの姿があった。
そして声を出しているのはコスシだった。
「フルさんこっちだよ!」
「あ、いきまー……あれ?」
フルは後ろにいるオズバルグたちに声をかけようとしたがおらず、次に前を見るとフル以外はとっくに集合していた。
「あ、行きまーす」
フルは大きな声でそう口にするとメンバーが集まっている所に向かって走った。
フルが到着すると真っ先にコスシが遺跡に指を差した。
「よし、揃ったな。俺たちは遺跡内部に向かうわけだけど先に改めて自己紹介をしよう。俺の名前はコスシ。隣にいるのが親友のステレプで幼馴染。そんで同じキバラキだ」
コスシはそう言うと自身の長いツノを撫でる。
「あれ? 引率の先生はいないのですか?」
フルはあたりをキョロキョロしながら聞く。するとコスシは愉快そうに笑った。
「あぁ、うちの大学は人手不足でね、教授を派遣できなかったんだ。そこでその教授が信頼していると言って俺たちを派遣したんだよ。そうだったよなステレプ?」
「う、うん。そうだね」
ステレプは会釈した。
「次は私ですね。私はスタル。ウルク帝国大学からケーダ先生と今はここにいないジャルカラと共に派遣されました。見ればわかると思うのですが私はスタルシア人で僅かですか魔法を扱えます。よろしくです……」
スタルはお上品にお辞儀する。それに合わせるようにケーダも頭を下げる。
フルはいよいよ自身の番だと息を大きく吐いて「次は私ですね」と口にした。
「私はフルでスタルシア人です! 隣にいるのはまず眼鏡をかけた可愛いキバラキはカンナ先輩で、頼りなさそうなのがエリオット。そして後ろにいる優しいおじいちゃんみたいなのがオズバルグ先生。そして一見ズボラそうに見えるのがサーシャ先生。そして無口の高身長の人は族長が派遣してくれたナテッドさん!」
フルは元気よく他の人の自己紹介したがエリオットとサーシャは不満げな顔をする。
自己紹介が終えると否やコスシは腕を空に向けてあげた。
「よしっ! 今から調査を始めるぞ!」
「「「お、お〜」」」
頑張って出したコスシの鼓舞に対しての反応は限りなく小さかった。
すると入り口付近にいるカラクリ師のうち一番背の高い方が手を振った。
それに気づいたスタルはそのカラクリ師を見る。
「あ、あちらの方も待ってみたいですし来ませんか?」
「そうね。行こっか」
フルたちはスタルの声に従うようにカラクリ師のもとに向かった。カラクリ師は相変わらず黄金の兜を被っているせいで顔がわからず、唯一分かるのは背の低い方が天空人ということだけ。
それから様々な模様が描かれた装束を纏っている。
一番背の高い一人のカラクリ師は咳をした。
「行くぞ〜。足元気をつけな〜」
「ん?」
フルは前を歩くカラクリ師の声を懐かしみを感じた。
——気のせいかな?
フルはそう思ったが人違いの可能性もあるため口にしないまま奥に進んだ。中は相変わらずの殺風景で神秘とよぶにふさわしいものは何一つ見つからない。
「あ、オズバルグ先生。ちょっといいですか?」
「良いよ。どうしたんだい?」
「昨日渡した巻物の解読はどうでした?」
「いや、まだ少しかかりそうかな」
「そうなんですか? 確か字が読みにくいんでしたっけ?」
「うん。何せ石板は形は残るが巻物は崩れるからね」
「そうなんですか? ——う〜ん、そういえば授業では巻物は短期保存が目的で石板は悠久に残す記録として書いたからそこまで重要なものでもない説もあるんですかね……いや、価値はありますか」
フルは悩む素振りをする。
「そうだよ。くだらない一文でも考古学としてはかなり貴重だよ」
「——ですよね」
フルは満足そうな顔になる。
——それにこの遺跡はどこか嫌なのよね。なんか私自身を否定されている感じで。
フルは若干この遺跡に入ってから嫌悪感を覚え始めていた。
昨日はなんともなかったが、今日はそれより奥のせいもあってかかなり気分が悪い。現に今のフルの顔は少し青い。
そんな時カンナはフルに近づいた。
「フル、気分悪いの?」
「——そうですね……」
「昨日のこと、引きずらなくても大丈夫、だよ」
「いえ、別に昨日のことじゃなくって——」
「フル! 大発見だよ!」
するとエリオットの声が奥から聞こえた。
「どうしたのエリオ?」
フルはこの遺跡への嫌悪感をスタルたちを押しのけて前に向かうとそこには大きな穴が空いていたが、その前には台座があり、その側面には文字が刻まれていた。
「これは?」
「分からないんだけどこの台座の窪みを見て欲しいんだ」
「窪み?」
フルは台座の上にある窪みを観察する。その窪みは拳一個分ほどの大きさで形としては綺麗な球体を柔らかい泥に一度はめてその後出したかのように綺麗な半球型だ。
フルのその形を見てエリオットを見る。
「ねぇ、エリオ。これってバリアボールくんの形に似てない?」
「え、そうかな?」
「一度乗っけてみてくれる?」
「うん分かった。ちょっと待ってね」
エリオットは一歩後ろに下がると鞄を床に置いて中を探る。
フルは台座に書かれていた文字を見た。
「ふ、る? 何か、あったの?」
フルの後ろからカンナがやってきた。カンナは腰にナテッドから借りた剣を掛けていたがフルは無視して刻まれた文字に夢中になりながら「ちょっと気になるものがあったんです」と返した。
フルの後ろではコスシやステレプ、さらにスタルと教授たちがまじまじとフルの様子を見ていた。
「——これに収めるは女神の胎内を表現するものなり。これをはめれば女神に選ばれた子供たちの耳に囁くだろう——って書いてあります。あ、ケーダ先生とオズバルグ先生も確認してくれませんか?」
フルがそう言うとオズバルグとケーダは分かったと言って台座に近づき文字を見た。
ケーダは顎をなでながら感心したように声を漏らす。
「ふむ。これはいわゆるカラクリ師たちが今も使う典礼語。フルさんだったね。君、よく読めたね」
ケーダの言葉にフルは少し気分が高騰したがそれを抑える。
「こ、こういうのとても好きだったので勉強したんです……」
そしてケーダは後ろを向くとカラクリ師たちを見た。
「あなた方はこれ読めますか? 読めたらこれは典礼語として用いられるあなた方の言葉——」
「イエス」
背の高いカラクリ師は陽気に親指を立てた。ケーダはそれを見ると「多分読めるんだね」と口に漏らした。
「フル! 準備出来たよ!」
「あ、出来たのね?」
フルはゆっくりと立ち上がる。
エリオットは台座にバリアボールくんをはめたがそれはかなりぴったりでちょうど良かった。フルはそれを満足そうに見る。
オズバルグはフルの肩を叩いた。
「今何をしようとしてるんだい?」
「今からこれを起動します。これは発表の時に言った通りアンリレの秘宝なんで、何かしら起きると思います。あ、良いですか? あと現地の方」
フルはナテッドを見るがナテッドはただただ会釈した。
「よしエリオ。やっちゃえ」
「分かったよ」
エリオットはバリアボールくんを起動させる。するとあたりは緑色に包まれた。それから次第に遺跡全体が揺れた。エリオはそのまま尻餅をつき。フルは台座にしがみついた。後ろを見るとみんな地面で立つのが限界で四つん這いになっている。
「エリオ! 成功ね!」
フルはかろうじて大きな声を出す。
「だけど! これ遺跡が崩れたら元も子もないよ!」とエリオットも全力を出した。
それから少ししてガチャンと何かがぶつかる音がしたのと同時に揺れは収まるとバリアボールくんは勝手に動作を停止して緑色の光は失われた。
次の瞬間フルは一瞬腹から大量の胃液が吹き出しそうになる。フルは口を抑える。
「ゲホッ! ゲホッ!」
「フル大丈夫!?」
エリオットはフルの背中を撫でる。
「だ、大丈夫よ」
フルはゆっくり立ち上がると真っ先に周りを見た。周りもフルを心配そうに見ていた。
「本当に大丈夫かい?」
「大丈夫です」
フルは心配してくれたオズバルグにそう言い終えると大穴だった場所を見た。
しかし、そこには大穴はなく床が競り上がって穴を塞いでいるようだった。大穴から出てきた地面の中央には巨大な太陽の絵があり、その周りには歯車の紋様が書かれている。
次に、その太陽の紋章の上には足を痛そうに抑えている誰かがいた。
「——っ!」
その人物はフルたちを見ると手を挙げた。するとスタルの顔が青ざめた。
「ジャルカラ!?」
「はっ!?」
スタルの声にケーダは戸惑いの声をあげその人物に近づいた。
フルも後に続いて近づくとその人物はまさしくジャルカラだった。ジャルカラの足からは血が出ているが本人は痛そうにしていた。
「ジャルカラ! あなたどこに行っていたの!?」
「い、言うかそんなもん! ただ足を挫いただけや!」
「ばかもん!」とケーダは大きな声を出す。
「キタレイ大学のオズバルグ先生から苦情が入っている。お前、許可なしに族長様に迷惑かけたね?」
「——」
ケーダの怒声に周りの空気が重くなる。
「いくら君に探究心があってもそうやって困らせるのは感心しない。それにどうしてここにいるんだ?」
するとジャルカラは拳を握りしめた。
「わ、わいはただ発表の時迷惑かけたから……」
「なんか言ったか?」
「——つ」
するとジャルカラはフルを見た。
「全部、全部お前が悪いんやぁ!」
ジャルカラは急に立ち上がると腕を振り上げてフルに殴りかかる。フルは咄嗟に身構えるとフルの右腕に激痛が走り、続けて顔に衝撃と激痛、それからパチンと何か硬いものがぶつかる音が走った。
「いたっ!」
フルは頬を押さえる。前ではジャルカラが息を荒くしながらフルを見ていた。それも冷や汗を流して顔を赤くしながら。
フルは深呼吸をすると優しい目でジャルカラを見た。
「——満足ですか?」
「は?」
フルはジャルカラが呆気に取られている間に無理矢理座らせた。ジャルカラは足の痛みに耐えながらもなんとか立ち上がる。
「見た感じ軽い捻挫ですね。他に痛いところある?」
「——お前、なんのつもり——」
「足だけ? 他は?」
「——足と腰や」
ジャルカラは完全にフルの流れに乗る。するとフルは自身の顔につけていた氷をジャルカラにつけようと自身が来ていた上着を脱いでそれを足に巻きつけた。
「すいません。誰か力ある人いませんか?」
「——私が」
天空人のカラクリ師はそう言うとジャルカラをおんぶした。するとエリオットはフルに近づいた。
「えーと。フル。大丈夫?」
「大丈夫よ。何を言ってるの」
すると後ろからケーダがやってきた。
「——ジャルカラくん。こればっかりはもう対処してあげれない。今すぐ帰りなさい」
ケーダはいつに増してジャルカラを冷めた目で見る。ジャルカラは理解したのかひどく落ち込んでいた。
——これ、ジャルカラ自身コンプレックスがあったのかもしれないわね。
フルは心の中でそう思うとゆっくりと立ち上がった。
「ケーダ先生。後一回、チャンスをあげてくれませんか?」
「何を言っているんだ。彼は君に暴力を振るった。それだけでもダメだ」
「違うんです。彼、自分の弱いところを見せたくなくて暴れただけなんです。なのでこの場でみんな弱いところを曝け出してしまいませんか?」
「——スタルくん。君はどうかね?」
ケーダはスタルに話を振る。スタルは少し悩む。
スタルとジャルカラの出会いはかなり最悪であったものの彼女としては一応同期であったため、同期としては心配していた。だが、今回のフルへの暴力でジャルカラへの評価は完全に地に落ちた。
スタル自身ジャルカラの本心を知ろうと積極的に話したりしたが返ってくるのはずっと暴言とマウントを取ろうとする際の侮辱。
スタルとしてはもう限界だった。
「——もういいです。ジャルカラさんが残るのなら私が帰ります」
「スタルさん?」
フルの声を無視してスタルはそう言うとその場を後にしようとした。
「スタルさん!」
フルはスタルに手を伸ばしたがスタルをそれを振り払う。
「——いいんです。もう我慢の限界です。フルさんはずっと暴言を吐かれていないから分からないんですよ。コンプレックスですか? 弱いところを見せたくない? 馬鹿じゃないですか」
スタルの声は震えていた。
フルはこの後の自分の発言で全てが決まるのは理解できる。しかしそれはどの発言でいい方向に行くのかがまとまらない。
「え、えーと……」
するとスタルは振り返るとスタルはジャルカラを睨んだ。
「私はジャルカラのこと最初助けられて嬉しかったんです! 大学でスタルシア人なのにエポルシア人のテロ集団と一緒にされいじめられている時に、助けてくれたのはジャルカラだけだった。私は嬉しくてジャルカラのことを知りたかった。なのにあなたが裏切った!」
「——っ!」
ジャルカラは目を逸らす。
「よーしっ! 今日の調査は終了。帰るぞ〜」
「え?」
フルおよびその場にいた学生と教授陣は振り返る。すると奥から背の高いカラクリ師が袋に何かいっぱい詰めて歩いてこちらに向かっていた。
オズバルグは困惑しつつ「えーと。その袋の中身は?」と尋ねた。
「ん? あーこれか」
カラクリ師は袋から祭具と思われるものを取り出した。
「色々といい物があったぞ。文字が刻まれた剣に錆びた兜。さらに何か文字みたいな物が書かれた羊の皮で出来た巻物が四つだな。で、あんたたちは揉め事終わったかい?」
「え、あ〜」
ケーダは頭を抱える。
スタルは一瞬呆気に取られたが、その隙にその場から立ち去った。
「あ、スタルさ——」
「……ほっといてください」
スタルは一度も後ろを振り向かないままその場を立ち去った。
フルは天空人のカラクリ師の背中に乗るジャルカラに近づくと一度お大きく息を吸った。
「で、ジャルカラ。あんたはどうしたいの? みんなと研究する? それとも帰る?」
「——どうせ残ってもわいの居場所はないんや——」
「ふ〜ん。ねぇ、エリオはどう? 人を殴って無駄にした時間の分最後まで研究する義務は発生するよね?」
フルはエリオットを見て言う。エリオットは一瞬驚いたが眼鏡を少し上げると呼吸を落ち着かせる。
「僕は残った方がいいと思うよ。多分カラクリ師の人が先に探索してくれなかったらこの遺跡で見落とす部分が多くなっていたのかも知れないし、そうなったら実はかなり重要なものがこの遺跡にあって、次聞いてみると盗掘されていたってなりかねないし……」
「そうだな。逃げたらダメだ。コンプレックス? 弱いところを見られたくない? お前バカか。俺たちはメンバー。弱いところなんて補えるだろ」
コスシはそういう。
そしてフルはジャルカラをもう一度見る。
「以上みんなの意見。絶対帰らせないからね。コンプレックスがあるのなら尚更今克服しなさいよね」
フルがそう言っていると後ろでずっと聞いていたケーダはジャルカラに近づいた。
「——みんなの意見を尊重しよう。残りたまえ。だが、君は暴力を振るったと言うのを忘れるな。その暴力は君がコンプレックスを治そうとするのを深層心理で恐れたあまりの行為だからな」
「——はい」
ジャルカラは小さな声で返事をした。
それからケーダは時計を見る。
「もう第一次調査は終了か。出よう」
フルたちはケーダの指示に従って遺跡から出た。遺跡から出るとすでにエフタルたちは待機しており、その隅ではスタルが明らか落ち込んでいるような感じでその場にいた。
その後合流して少し報告会を行った後ヤスィさんがいるオドアケル人の集落へと帰還した。
帰還後、各自は自由時間となったがフルはカンナと二人きりでゲルの中で隣り合わせでベッドに座っていた。
最初は少し無言だったが、先に口を開いたのはフルだった。
「あの、カンナ先輩。私遺跡での行動間違っていたでしょうか?」
「間、違って?」
「はい。もう少し良い言い方があったと思うんです。特にスタルさんとかに。」
「そう、なの?」
「スタルさんは前まではジャルカラを信頼していたのに、私はその心を見ていなかったんですよ。よくよく考えればスタルさんがジャルカラに注意したのはあの時の彼に戻りたかったんじゃないと思ったんですけど……」
「ち、がうよ」
「え?」
カンナはゆっくりとフルの方を見る。
「二人が素直になれないだ、け。そんな、に。深い理由じゃ、ないよ」
「そうですかね……」
「うん。お互いが。プライドが高かった、それだけ。スタルさんは、ジャルカラくんへの理想が高すぎて、ジャルカラくんはコンプレックスと、素直に向き直れない、だけ」
フルはカンナの言葉をじっくりと頭の中に入れた。そしてフルはベッドから立ち上がる。
「カンナ先輩。答えが見えてきたのかも知れません。少しスタルさんの元に行ってきます!」
「うん、気をつけてね」
フルは大急ぎでスタルがいるであろうゲルに向かった。
その道中フルは本を真剣に読んでいるジャルカラを見かけたがジャルカラはフルを見ると「ちょっとええか?」と呼び止めた。
フル自身は急いでいたが後々面倒なことになるのを避けるべく足を止めた。
「なんですか? 急用ですか?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあるんや」
「早くしてください」
するとジャルカラは古文書をフルに見せた。
「——お前だけの秘密にして欲しいんやけど俺は古代文字が読めんのや。少し教えてくれへんか?」
「良いですけど今は忙しいので! また明日教えます!」
フルはそう言い残すと走り去った。
その時ジャルカラはフルに何か言おうとしていたがフルはお構いなしにスタルがいるはずのゲルに向かった。
中を覗くとスタルはベッドの上で三角座りで顔を隠していた。
フルはゆっくりと歩いてスタルに近づく。
「隣失礼します」
フルはそう言うとスタルの隣に座った。
「あの、私はスタルさんの過去については本当に知りません。ですけど、ジャルカラを信頼しているのはいやでも分かりました」
「——」
スタルは俯いたまま何も話さない。
「——え〜スタルさんは……もしかしてジャルカラのことが好きなんですか?」
「——へ?」
スタルはようやく反応を見せる。
その反応は耳を赤くして目をうるわせていた。その瞬間フルは直感でこう感じた。
——多分助けられてその尊敬の気持ちが高まりすぎて過度な理想を押し付けようとしちゃってたんだ。
フルはそう感じた。
「——まぁ、スタルさんの恋路は邪魔しないんで……」
「ま、待って!」
スタルはフルを引き止める。
「……あれ、私が悪いの、私も押し付けているのは分かってました。ですけど今の彼を見るたびにあの時のかっこいい彼に戻って欲しいと色々と……」
「——えーと、ジャルカラがそうなった原因って分かります? てかその兆候はいつほどから?」
「——わ、私がいつものように1年生の時にジャルカラを褒め回していたらある時突然いらないことを喋るなって」
スタルがそう言うとフルはため起きをついた。
「その前は?」
「その前は考古学科のテストでその土器はどの文化圏のものかを考察して書くと言ったものですね。ジャルカラはそれが出来なくて最下位になってからああ言ったことに……」
——それ多分ジャルカラは褒められていたから自身はこの大学でも上位と慢心した結果では?
そうフルは心の奥底で思った。
フルは大きく息を吐いた。
「とにかく。明日には仲直りしてくださいね」
「——迅速に検討します」
「——よしっ」
フルはスタルの顔が遺跡の時と違って少し明るくなったのを確認するとゲルから出た。
外の空気は時と違い山の麓の大自然の息吹がそのままフルを包んだ。
フルは体を気持ちよさそうに伸ばした。するとゲルの裏からカンナが出てきた。
「フル」
「あ、カンナ先輩」
「成長したね」
「——ありがとうございます」
フルはカンナに頭を優しく撫でられると耳を赤くした。するとその時目の前に豪華な服に威厳を感じさせる風貌の青年、エフタルがやってきた。
「フル。少し時間をもらえるか?」
「で、殿下! 大丈夫です!」
フルは背筋を伸ばした。それを見たエフタルは満足げに笑った。




