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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
2章 女神のレイライン

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29話 ヘリアンカ研究交流会

 懇親会から二週間が経った。フルとカンナにとってこの二週間はあっという間だった。懇親会ではフルたち以外にヘリアンカを研究している同年代との交流があった。


「カンナ先輩! わくわくしますね! これからみんなの研究成果を聞けるんですもんね!」


フルはサーシャの運転する車に揺られながら隣に座っているカンナに言う。


「そう、だね! わた、し、も楽し、み」


今日はエフタルに呼ばれて研究成果を共有する発表会の日だった。


「僕、なんか緊張してきたんだけど」


助手席から声を上げたのは丸い機械を持った眼鏡を掛けた青年だった。


「エフタル殿下にアンリレの秘宝を持って来いって言われてるんだから、それに秘宝だけじゃなくその所有者も一緒に連れて来いってね!」


「それが緊張するって言ってるだよ」


「エリオは堂々としてればいいから!」


「堂々とするって僕から一番遠い言葉なんじゃない?」


弱気なエリオットはフルに小さな声で自信なさげに呟いた。


「別に緊張することないのにね。そう思いますよね、カンナ先輩?」


「緊張、より、楽しみ、が、たくさん、だから」


「そうですよね!」


カンナの言葉を聞いたフルはうんうんと誇らしげに首を縦にぶんぶん振った。それを微笑ましげにバックミラー越しで見ていたサーシャが会話に加わる。


「楽しみなのは大いに結構なことだが、ちゃんと研究成果は持って来ているんだろうな? 忘れたでは済まされないぞ」


「大丈夫ですよ! ちゃんと資料などは鞄に入れてきてますから!」


「フル、頼り、に、して、る」


フルの発言を聞いてカンナは口元を緩める。


「それよりサーシャ先生、このペースで時間までに間に合うんですか?」


「おい、フリィーペン。誰に言ってるんだ? 間に合わないはずがないだろう」


強めの口調でサーシャが声を上げる。


「それとももっと飛ばしてほしいのか?」


十分な速度が出ていたがサーシャはフルの返事を待たずにぐんぐんスピードを上げていく。


「そういうつもりじゃないです! サーシャ先生! 速い! 速いですぅ!」


サーシャのピカピカの車はすぐに見えなくなるほど飛ばしていった。


駐車場に車を停め一行は森の奥へと進んで行く。会場は前回と同じエフタルの屋敷であった。森を抜けると大きな屋敷が姿を現した。


「すごい! こんなに大きな屋敷があるなんて」


エリオットが屋敷を見上げて感嘆の声を漏らす。


「私も初めて来たときはびっくりしたわ」


驚いているエリオットを横目にフルは満足げに頷いていた。


「サーシャ、せん、せい」


カンナはフルたちのことは気にせずサーシャに声をかける。


「なんだ?」


「オズバルグ先生、は、来ない、の?」


「いや、来るには来るんだが外せない用事があるらしくてな。後から来られるそうだ」


「それ、なら、良かった」


ほっと息を吐くカンナを見たサーシャは意地悪い顔を浮かべる。


「そんなにオズバルグ先生に会いたかったのか?」


「え?」


「そうか、そうか。私じゃそんなに不安か」


「そ、んな、こと、ないで、す!」


サーシャはケラケラと笑いながらカンナをからかう。


「お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいよ。私はいい教え子を持ったな!」


「お、世辞じゃ、な、いです」


サーシャとカンナ二人でクスクスと笑っていたら屋敷の入口へと着いた。


屋敷に入ると中年ほどの巨体の男が現れた。


「バルハシさん。今日はよろしく頼みます」


サーシャが大きな男に挨拶をする。


「ええ。よろしくお願いします」


バルハシは礼儀正しくサーシャに対応した。


「オズバルグ先生が見られないようですが、今回は来られないんですか?」


サーシャの後ろのフルたちをちらと見て言う。


「いえ、あとで来られますよ」


「それは良かったです。エフタル殿下もオズバルグ先生には一目置いておられておりますから。では会場へ案内致します。こちらへ」


バルハシに案内されるままにサーシャとフルたちは屋敷を進んでいった。会場に到着すると既に大勢の人が居た。


「私は他の先生方に挨拶に行ってくる。変なことせず大人しくしておけよ」


そう言うとサーシャはフルたちの元を離れていった。サーシャが離れるのを待っていたかのようにタイミングよく小柄な男が近づいてくる。


「お前らは頭が可哀想なキタナイ大学の奴やんけ。よくもこの場に来れたもんやな!」


フルはこの小生意気でいけ好かない男は誰だったかと頭を巡らす。


「お前はジャルカラか!」


思い出した勢いで名前を言ってしまった。こいつに関わると面倒なことになると言ってから気づいた。


「ッチ。三流のくせにわいのこと呼び捨てにするとはええ度胸しとるやんけ! ちゃんと様を付けろよ。次わいのこと呼び捨てで呼んだらお前の乳切り落とすからな!」


ラスターと同じくらい面倒なやつだと思っているとエリオットが口調を荒げてジャルカラに言う。


「そんな言い方ないんじゃないですか!」


「お前誰やねん。お前らキタナイ大学の奴らは黙っとけ」


「僕たちはキタナイ大学じゃなくてキタレイ大学です。ちゃんとした名前で呼んでください」


「いちいちわいが呼ぶわけないやろ。そんな三流大学なんか覚えてても何の価値もないんじゃ」


ふん、と不機嫌なのを全く隠すことなく吐き捨てるだけでフルたちから離れていった。


「フル! あの人いったい誰なんだよ!」


「あれはジャルカラっていうウルク帝国大学の首席のやつ。勉強はできるようだけど、性格がクズ過ぎる」


フルがエリオットの問いにしかめっ面で答える。


「帝国大学ってあの帝国大学だよね!」


「そう」


帝国大学と聞いてエリオットは本日二回目の驚きの顔を晒す。


「帝国大学って相当勉強できないと入れないところなんじゃ」


「私もそう思うわ」


帝国大学は世界的に見ても最上位の学校で名の通っている名門だ。学生のレベルはトップクラスで将来はエリートが約束されている。講師も超一流で各国から優秀な人材をかき集めている。

また設備も最上級である。汚れ一つもない上品な佇まいの校舎に食堂は三ツ星シェフが作る絶品料理。図書館は大学図書館で一番の資料数を誇り、カフェなどの施設が敷地に併設されている。


「しかもエリートばかりだと聞いてたけど」


「どの大学にも汚点はあるってこと」


フルが遠目にジャルカラに視線を送る。


「主席があんな人じゃ帝国大学も大変そうだね」


「そうね。同情するわ」


フルとエリオットの会話が終わるまでカンナはじっと黙って聞くにとどめていた。


「カンナ先輩もそう思いますよね?」


「フル、私は、どんな、人、も悪く、いう、のは、よくない、と、思う」


「はー、カンナ先輩は甘ちゃんですね! ああいう輩には一回キツく言ってやらないとダメなんです!」


「で、も…」


カンナは怒りに燃えるフルの目を見て何も言い返せなかった。


フルたちがいる大広間には大きな丸机が数個とその上に美味しそうな料理、そして中央の奥にステーションが備え付けられていた。

そのステージにエフタルが登場し会場の照明が一気に落とされる。そしてステージのエフタルにスポットライトが当てられた。


「皆の衆、よく集まってくれた! これよりヘリアンカ研究交流会を開催する!」


声高らかにエフタルが宣言するとそれを聞いていたヘリアンカ研究家や大学の関係者、及び学生から拍車喝采が送られた。


「では各自の研究成果を存分に発表せよ! 情報を共有することでさらなる発展へと繋げるのだ!」


エフタルの合図によって交流会の幕は切って落とされた。交流会の形式はそれぞれステージの上に上がり自分の研究を発表するかたちであった。


「キタレイ大学の番は帝国大学の次かー」


エリオットが自信なさげに言う。


「勉強ができたって必ず良い研究成果が出てるとは限らないんだから。シャキッとしなさい!」


フルはエリオットを元気づけるようにバシッと背中を叩いた。


「でも…。絶対帝国大学の研究と比べられるじゃないか」


「それがどうしたっていうの? むしろ、あのいけ好かないジャルカラの鼻っ柱をへし折れるチャンスじゃない!」


フルはジャルカラに対する怒りの炎をメラメラとその目に燃やしていた。


「うん、それはそうかもしれないけどさ…」


「こういう時エリオは悲観的になるんだから。あんたじゃなく私とカンナ先輩が前に出て発表するんだからからどんなに心配したって無意味よ。それに心配してるくらいなら応援してよね!」


「もちろん応援はするけどさ…」


後ろ向きな態度が消えないエリオットに諦めを付けたフルは原稿の再チェックをしながら発表の時間までを過ごした。


「ヴァカ大学の皆さまありがとうございました。続いては帝国大学の発表です」


司会者が次の発表大学の名前を告げる。ジョチルたちのヴァカ大学の発表はとても素晴らしいものでヘリアンカについてよくまとめられていた。特に過去と現代のヘリアンカへの信仰研究の章では地域毎に丁寧に比較されていて分かりやすいものだった。


「さて、ついにお待ちかねのジャルカラたち帝国大学ね。私たちを三流呼ばわりするんだからその実力しっかり見定めさせてもらうとしましょうか」


 フルはもちろんエリオットやカンナも舞台へと注目した。その目つきは先ほどよりも力の入ったものであった。

 ステージへと姿を現したのはジャルカラであった。シワひとつないピシッとしている白を基調とした服装に身を包んで緊張している素振りもなく堂々と中央へと歩いていた。


「帝国大学を代表しましてウルス・ジャルカラが発表させていただきます」


ジャルカラは笑顔を崩さずゆっくりとはきはきした口調で挨拶した。


「私たちの研究テーマであるヘリアンカとその実生活について報告します。ではまず資料1をご覧ください」


 フルは自信たっぷりで話すジャルカラの顔を何も言わずにじっと見ていた。順調に発表をするジャルカラだったが中盤で予想していないことが起きてしまった。


「この調査結果から以下のことが分かりました。資料7をご覧ください」


 フルはエリオットに資料を見せてもらう。資料は各団体毎に1部のみ配られていた。


「エリオちょっと資料見せて」


「資料7だよね。ちょっと待ってね」


フルがエリオットに頼んだがなかなか見せてくれない。資料を見せるだけなら10秒もかからないはずだ。


「何もたついてんのよ!」


 エリオットの遅さに我慢できなくなったフルはエリオットから資料を強奪した。


「資料7はってないじゃない! 6までしかない!」


フルがそのことに気づくと周りでも同様に気づいてきたらしく、動揺が会場全体に伝わった。そしてそれは会場だけではなく発表者のジャルカラにまで伝わった。


「み、皆さん! お、お、落ち着いてください! 資料7は添付し忘れていました。本当に申し訳ございません。今すぐ資料を配らせていただきますので少しの間だけお待ちください!」


そういうとジャルカラはステージ裏に消えていった。


「おい! 資料7はどこにあるんや! なんできちんと確認しておかなかったんや!」


「ジャルカラ! 今はそんなことどうでもいいでしょ! 早く資料を探して発表に戻らないと!」


 ステージ裏で待機していたウルク帝国大学の仲間に怒鳴りつけるジャルカラを同じくらいの声量でスタルが返事をする。


「どうでもいいことあるか! わいが恥かいたやんけ! 絶対に許さへん。見つけてわいに恥をさらさせた責任を問い詰めたる!」


「そういうのが良くないの! わからないの!」


自分勝手なジャルカラへとさらにスタルが怒鳴る。


「はぁ? わいのメンツより大事なものがあるんか? もしかしてお前が犯人か? お前がわいに恥かかせようとしたんか!」


「そんなわけないでしょ! 今は大事な場なんだからちょっとは自重しなさいよ!」


「うるさい! お前なんやろ! 認めたくないんやろ! もう黙っとけ! お前なんかいらんわ!」


二人が言い争いしている間に誰もいないステージを見つめる参加者たちの時間は過ぎていく。


「何かあったのかな? ステージの裏に引っ込んでからもう3分くらい出てきてないよね」


エリオットが心配そうに言う。


「ふん! どうせ資料が見つからないとかでしょ。人のことさんざん馬鹿にしてるからそんなミスするのよ! ざまあないわ!」


自業自得だとフルはジャルカラが舞台へと出てこない現状を満足げに嗤っていた。


「フル、人を、馬鹿、に、する、の、は、よくな、い」


「そうだよフル。僕もそういうのは良くないと思う」


「ふん!」


フルはジャルカラの態度がそうとう頭にきていたためカンナたちの忠告を素直に受け入れなかった。


 「あの」


舞台裏で帝国大学の学生の一人が声を出す。言い争っていたジャルカラとスタルは互いに口を閉じた。


「資料7を作っていたのはジャルカラさんでしたよね。一応聞くんですけど完成させたあとちゃんと他の資料とまとめたんですよね?」


その学生が放った一言を聞いたジャルカラの顔はみるみるうちに青くなっていった。ジャルカラは昨日のことを思い出していた。

資料を作ることに妥協しなかったジャルカラは時間を最大限使うため徹夜で資料作成をしていた。そのため資料を作ったあと他の資料とまとめるのを忘れ、資料7は大学に忘れてしまっていたのだ。

一斉に視線がジャルカラに集まる。ジャルカラの目が動揺して小刻みに揺れた。ジャルカラが犯人だったことはその目から明らかだった。


「クソ! わいのせいやない! お前らが資料を作るのが遅いんが悪いんや! そのせいでわいが徹夜するはめになって忘れたんや! せやからわいじゃなくお前らが悪いんじゃ!」


自分の責任だとばれると責任転嫁し周りに怒鳴りつけた。そしてあろうことか舞台裏にある裏口から走って逃げて行った。


「飽きれた。自分の責任だとわかるとすぐに逃げる。最低だわ」


「どうしましょう。発表者のジャルカラさんがいないと…」


「私が引き継ぐ」


そう言うとジャルカラの代わりにスタルが舞台へと上がっていった。


「皆さまお待たせして大変申し訳ございませんでした」


 スタルは自分が予備で作った資料を配り始めた。もしものことがあったときのために保険として自分でも作っておいたのだ。 

 スタルの発表は素晴らしくジャルカラの失敗を全て挽回できるほどのものだった。しかし、一度犯した失敗はそう簡単に取り返せるものではなかった。


「これで発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」


一礼して舞台裏へと行くスタルだったが拍手の音は小さかった。


「どうだったフル。帝国大学の発表は」


「そうね。内容も良かったし発表者もハキハキしてて好感が持てる。でもあれはだめね」


「そうだよね」


実は舞台裏でのジャルカラの怒鳴り声が全て会場に漏れていたのだ。そのため資料を忘れたのがジャルカラだと参加者全員の周知するところとなってしまった。それだけではなくジャルカラが開けて裏口は意外にも音が大きく、その音も会場に聞こえた。発表者であったジャルカラが消え別の発表者であるスタルが出てきたことでジャルカラが逃げたことは明白だった。


「さて次は私たちの番ね」


「うん。でもその前に小休憩だから」


やる気まんまんのフルをエリオットがなだめる。


「ジャルカラみたいにならないように最終チェックしないと」


フルは持ってきた資料を見直しはじめた。カンナもそれを手伝い、エリオットは手持ち無沙汰になる。


「大丈夫かな…」


エリオットが心配そうに声を漏らした。


「以上でキタレイ大学の発表を終わります」


発表者のフルが一礼すると大きな拍手が巻き起こった。エリオットの心配は杞憂に終わりカンナとフルの発表は大成功だった。

 フルたちがエリオットのいる場所まで帰ってくる。


「大成功だったね!」


「私とカンナ先輩がやってるんだから当たり前!」


「僕どうなるか心配で心配で…」


「どーんと構えときゃいいの!」


まったく、とエリオットの心配性を冷ややかな目でフルが見ていると舞台にエフタルが上がってきた。


「皆の衆、発表ご苦労であった。有意義な情報を共有できたことと思う。特に最後の発表だったキタレイ大学の研究。実に見事であった」


「褒められた!」


フルが子供のように小さくはしゃぐ。


「このキタレイ大学の遺跡とアンリレの秘宝の関連性の研究成果から遺跡調査をしようと考えている。場所はウララ山の神域だ」


「ねえ、エリオ。ウララ山の神域ってどこ?」


フルがエリオットに小さな声で聞く。


「大陸中央にあるウガラ山脈のひとつでオドアケル人が住んでる山だよ。しかも神域と呼ばれる場所は神が宿る場所とされていて一般人は立ち入ることは出来ないんだ」


「なるほどね。そこの遺跡を調査しようってわけね」


エリオットはフルに小さくけれど力強く頷く。


「調査にあたって諸君らを二つの班に分ける。今から団体名を呼ぶのでそれに従って列を作るように。では…」


キタレイ大学はウルク帝国大学とテイレイ大学と同じ班になった。ジャルカラが居る帝国大学と同じ班になりフルは一気に不機嫌になった。


「では本日は顔合わせのみとし、明日から実際に行動する。今日はゆっくりと休息をとるように。では解散!」


フルたちはエフタルの解散の合図で自分たちに割り当てられた部屋へと帰っていった。参加者はエフタルから屋敷の部屋を与えられておりそこで今日は泊まる予定になっていた。

 エフタルの屋敷はとても広大で参加者全員に一部屋ずつ渡してもその部屋の半分も埋まらないほどであった。

 ベッドで横になるフルは明日のことを考えていた。テイレイ大学はともかく帝国大学の人たちと上手くやれるだろうかと。


「ジャルカラとは絶対に無理ね。もし顔を合わすことがあっても口なんか聞いてやるもんか」


フルはジャルカラの態度を思い出して腹が立っていたが眠気には勝てずいつのまにか寝てしまった。

 エリオットが割り当てられた部屋を開けるとシワひとつない大きなベッドが目に飛び込んできた。エリオットは誘惑に耐え切れずベッドに飛び込む。


「ベッドすごいふかふかだ! こんなの最高だよ!」


ひとしきりベッドの弾力を確かめたあとゆっくりと就寝準備に入る。


「明日はついに調査だ。何が起きるかわかんないから準備は念入りにしておかないと」


そう言ってエリオットは鞄から機械を出し弄り始める。機械に夢中になっているエリオットはその姿を窓から見る視線に気づくはずもなかった。


 「なんやお前人の部屋覗いて、さてはストーカーの変態やな!」


 「貴方こそなんですか。私に用がないなら話しかけないでください」


「わいはウルク帝国大学主席のジャルカラ様やぞ! 話しかけてやったこと光栄に思えよ!」


エリオットの護衛という名のストーキング行為を邪魔されたクラレットは機嫌が悪くなる。


「あっそ」


「わいにその態度はなんやねん! 喧嘩売っとんのか! そもそもお前高校生みたいな見た目しとるやんけ。学校はどうしたんや! サボってんのか!」


夜だというのに怒鳴りたてるジャルカラ。その声でエリオットがこっちに気づくかもしれないと考えたクラレットはすぐ行動に移った。


「声を上げないでください。殺しますよ。ちなみに私にとって授業より兄さんのほうが大切なんです。それとストーカーではありません。後ろからこっそり着いてきただけです」


ジャルカラの首元にクラレットの義手から伸びる刃物が突き付けられた。ほんの少し動いただけでジャルカラの首に突き刺さりそうだ。

 ジャルカラはあまりの出来事に声を出すどころではなかった。首に刃物を突き付けられる経験などしたことがなかったためジャルカラの頭はパニックに陥った。

ジャルカラは現状を打開すべく頭をフル回転させる。数々のテストで素晴らしい成績を上げてきたジャルカラの頭脳が下した判断はフリーズだった。

頭が真っ白になったジャルカラは泡を吹き気絶しその場に静かに倒れ込んでしまった。

 それを無言で見ていたクラレットは再び視線を窓へと移しエリオットの姿を目に焼き付けるように凝視していた。

 発表を抜け出したジャルカラは森まで行き迷ってしまい屋敷まで戻った頃には夜になっていた。発表は失敗し、逃げ出した先の森では迷い首に刃物を突き付けられ気絶するなど散々な目にあったジャルカラであった。しかし、一つだけ幸福なことがあった。それはクラレットを前にキタレイ大学をバカにし、エリオットをバカにしたことを滑らさなかったことだ。もし口が滑っていたらジャルカラの首は飛んでいた。

 翌日泡を吹いたジャルカラをエフタルが発見しちょっとした騒ぎになったがフルはまったく気にしなかった。フルは荷物を詰め終えるとよし、と一言こぼし屋敷から一歩を踏み出して空を見上げる。それは雲一つないほど晴れ渡った空だった。



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