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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
1章 動き出した白と黒
3/83

2話 狼の遠吠え

  トゥサイはフルに待機するよう命令し、次の車両を歩く。

 この列車は10両編成。そして今トゥサイは9両目。地面には怪我人を運んでいたからか、血引き摺った痕跡が血のおかげか生々しく残っていた。


 「最後の車両に女子供、怪我人と老人を集め戦闘員を配置したのは人質が反乱を犯した際、すぐに殺せるようにだろう。だがそしたら見えない場所に集まる意味がない。数でこいつが押し切られ武器を取られたらどうするか? ——前だな。体が強い奴らを前に集め、見せしめに殺せるようにするはずだ——。あくまで予測だが」


 トゥサイは張り詰めた空気が漂う車両内を進む。

 

 少なくとも列車がこの世界で誕生して以来、武装集団に乗っ取られたことは一度もない。

 なぜなら列車はバスと違って一本道でしか動けない。

 バスは燃料がある限り進むが列車には終点がある。そんな中占拠するのは本当に頭がおかしいとしか言えないだろう。

 

 「誰か来る? 前からか」


 トゥサイは座席の後ろに身を潜めた。

 

 前から扉が開く音が聞こえ、思い靴音が地面、鼓膜をも振るわせた。

 その音の主はトゥサイに気づかず通り過ぎる。

 音の主の正体は耳が長いエルフィンのエポルシア女で髪をポニーテールにまとめた赤毛で背が低い。年齢はおよそ16ぐらいだろう。

 服装はボロボロの軍服に適当に結ばれたネクタイを垂らし、ズボンは薄汚く靴は毛皮を足に巻いてるだけだった。

 彼女の幽霊のような無表情はこの張り詰めた空気に似合うほど冷たいもの。で、歩調に合わせて揺れる赤い髪が唯一この空間に温もりをほんの僅か与えていた。

 

 トゥサイは彼女がすぐに戦闘員の一人であるのが分かった。

 なぜなら国際法で決められたその所属している国の紋章を右肩につけておらず、なおかつ銃を所持しているからだ。

 

 トゥサイは懐から拳銃を取り出し、音を立てずに彼女の背後をとる。

 そして背後にゆっくりと近づき、銃口を赤毛の女の頭につけた。


 「動くな」


 「——」


 彼女——もとい信徒は冷や汗を流しながら固まる。

 トゥサイは剣先を信徒の首に当てる。


 「貴様らがここを占拠した目的はなんだ? 答えろ」


 トゥサイはフルに対しての口調とは打って変わって冷たい言葉を信徒に浴びせる。

 信徒は震える口調で「奴隷の確保」ときっぱり言った。


「それ以外には? そもそも電車をハイジャックとは無理な話だ。終点に向かうにしても警察や軍隊が待機しているから無駄、途中の駅も同じさ。だが、ケウト帝国は広い。特に極東は人口も少ない分、駅と駅の間が広い——。決めてはこの電車の速度だ。どう考えても徐々に遅くなっている。どこかに止まって本隊と合流する予定では?」


 だが信徒はトゥサイの質問に答えない。


 「——お、お前は?」


 「知る必要あるか?」トゥサイは信徒の首にくっつけている剣をグッとさらに首に押し付けた。

 すると信徒は突然暴れ出し、さらに焦りながら喋り始めた。


 「違う! 私は信徒ではない!! 情報回ってないのか!?」


 信徒はよく分からないことを話し出す。

 

 トゥサイは自由信徒は突然よく分からないことを口走るとの情報得ていたため、冷静に地面に叩きつけ気絶させた。


 「ん? そういや口調も『奴隷の確保』とか言ってた時かなり冷静だったよな?」


 もし味方だったら後で謝罪しよう。とトゥサイは心の奥で先に懺悔して罪から逃げることにした。

 トゥサイは短剣を鞘に直した。


 「面倒なことになったな。多分だがこの列車が行くところは付近に奴らの主力が待機しているんだろうな」


 トゥサイは懐に隠していた無線を散り出し、周波数を合わす。

 そして数秒もしないうちに無線の奥から音が聞こえる。


 「ケウト極東陸軍司令、ケウト極東陸軍司令。応答せよ。こちらケウト中央情報局」

 

 トゥサイがそう言った後、無線から物音が聞こえ、プツプツと音が響いた。

 すると無線から男の声が聞こえた。


 『こちら、ケウト極東陸軍司令。この声はトゥサイか。久しぶりだな』


 トゥサイは無線から聞こえた懐かしい声に返事をする。

 その声の主であるへヴェリとトゥサイは数年前に作戦を共にして以来の親友。

 

 トゥサイは任務中であるため表情には余裕はないが、へヴェリは声だけでも笑っているのがトゥサイに伝わった。

 それに釣られてトゥサイは少し落ち着いた。


 「あぁ、へヴェリか。3年ぶりだな」


 『おう。てっきりまだ休業中かと思ったがな。で、今は予想通りの状況か?』


  トゥサイは少し懐かしさに口元が緩むが、すぐに元の真剣な顔に戻った。


 「そうだな。一番後ろには一人怪我人が乗っている。乗り込む時は列車を止めてからで頼む。そっちも想定内であろうが、多分まだ人質が列車内にいる。俺は保護を優先しつつ、先に進む」


 『了解。近隣の駐屯地にはとっくに連絡を入れている。お前は速やかにこの列車を制圧し、人質の保護を最優先しろ』


 「分かった」


 『最後に確認だ。今お前が乗っている列車は10両編成。一番後ろには怪我人一人で間違いないな』


 「間違いない」


 『よし、では任務を開始せよ。あと援軍はすぐに来る』


 無線がプツっと音を出して切れる。

 トゥサイは腰にかけていた拳銃を取り出し、頭、体に身につけていた余分な装備を脱ぐ。

 

 「この戦闘も3年ぶりだな」


 その時、列車の汽笛が狼の遠吠えのように車内全体に響き渡った。

 トゥサイは一気に運転席に直行した。


 

  8両目に入る前、扉を開けて中を見ると二人の信徒たちがよそ見をしている。車内には恐怖で震える人質が数十人確認できる。 

 幸いなことにこの列車の車両間には扉には窓がない、思う存分に暴れることができる。

 トゥサイは拳銃の銃身に消音器取り付け、扉をバレない程度に開けて銃口を信徒に向ける。

 そして音を立てずに放たれた弾は信徒の頭を貫く。

.

 もう一人の信徒が状況を理解できずに焦っている隙に扉を開けて走一気にり出す。

その音に気づいた信徒が銃を構えたが、トゥサイは二人の銃を掴むとすぐに取り上げ後ろに投げ、短剣を一人の信徒に突き刺す。


 「き、貴様——」


 信徒が叫ぶ前にトゥサイは喉元を突き刺し、絶命させた。


 「8両目制圧」

 

そして周りを見渡し、人質を見る。

 

「怪我人いるか?」


 人質——乗客はトゥサイを敵か味方かで区別できず、最初は怯えながら見ていたがその時一人の老婆が手を挙げた。

 トゥサイは老婆に近づく。


 「どうしました?」


 「あなたは何もんだい?」


 トゥサイはここでようやく正体を言っていなかったことに気づ気、一度後ろに下がった。


 「すまない。こちらはケウト中央情報局のものだ。ここはもう安全だが先には武装集団がいる。おそらくだが直に軍が突入する。だから安心してくれ」


 乗客はトゥサイに対して疑いの視線を送りつつも、よりあえず頷いた。

 

 その時車外から無機質な発砲音がこだまする。乗客の中から悲鳴が聞こえる。

 音を聞いたトゥサイはすぐさま先に進んでいった。

 

 分かったことは人質は10両目と8両目には女子供、7両目には男しかいなかった。

 予想通り9両目の見張りの役割は人質が反乱を起こしてきたさい、皆殺しにするつもりだったのだろう。

 窓の外には雪原以外見え図、音は風が切れる音。その中に銃声が先程から鳴り響く。

 この車両にあるのは血で染まった座席、それから複数の蜂の巣にされた信徒の死体だ。

 窓には外から弾が入ってきた痕跡があり、壁には生々しく銃弾が刺さっていた。


 「もしかして援軍ていうのは——」


 トゥサイは窓の外を見る。

 窓の外には大きな鳥群れが翼をはためかせながら列車に鉄の雨を降らせていた。

 その鳥の正体は背中に翼を生やす天空人たちで、彼らで編成された精鋭部隊が信徒と交戦していた。

 彼ら天空人たちははヘルメットに遮光器を目に取り付け、小銃を構えて列車に放っている。

 少なくともあの天空人たちはケウト軍、すなわち味方だとトゥサイは気づき絶好の機会だと捉えた。


 「やるなら今か……!」


 トゥサイはすぐに次の車両に乗り込み、信徒を的確に射殺していく。

 

 信徒は空と車両内からのまさかの敵に錯乱し、統制が乱れているようだ。

 

 トゥサイはさらに奥に進んだ。


 天空人が思いのほか優秀で、的確に車内の信徒を蹴散らしてくれたおかげでスムーズに内部を制圧していくことが可能となり、予想以上の速さで4両目到達した。

 そこは信徒の死体しかなく、異臭が漂う。

 車内自体は席がなく、その席は3両目に続くところに障害物と置かれていた

 

「全滅したのか?」


 「おやおや。まさかこうもあっさりとやられるとは」


 「——!」


 前の車両から長い髪のエポルシア人が両手剣を握って歩いてくる。小さくも大きくも無い靴音が不安を煽る。

 そして声はまるで冥土に誘う者かのような冷たさを感じる。


 その男の後ろからは信徒たちが続いてくる。

 長い髪の男は20代ぐらいで、白い肌に美形で過去には女性にモテていたであろというう雰囲気が漂う。

 最後に服装は立派な階級バッチが取り付けられていた軍服を身につけていた。


 「これはワタシの失態だ。もう少しでこの任務は完了と思っていたが。——が、まさか貴方に会えるとは思いませんでしたよ。数年前、我が祖国エポルシア人民共和国の国体を破壊した工作員。いや、この国ではヤニハラ(新しい英雄)と一部の方は呼んでいるそうですね」


 長い髪の男は不気味な笑みを浮かべながら拍手する。

 そして男は片方の手を腹に当ててゆっくりとお辞儀をした。


 「ワタシの名前はヴァライガ・トセーニャ。今日ここで貴方をこの剣のサビに致しましょう!」


 トセーニャは前に突進し、剣をトゥサイを斬りつける。

 トゥサイは反応が遅れ、服が切れた。

 トセーニャの長い髪は彼の顔を隠す。その隙間から僅かに見える瞳は鬼のように真っ赤に輝いていた。

 

 「なかなかやりますね……!」


 トセーニャは再び斬りかかるがトゥサイはすぐに腰からヒスイ針を取り出し、それを剣に突き刺す。

 すると剣は真っ赤になり、破裂した。


 「——!」


 トセーニャはすぐに剣を手放し、無傷で済んだ。


 破裂した剣はまだ一本。


 剣は通常はヒスイ針から霊力が注入されても破壊されない。されるということはその剣は魔力で構成された物質。


 「なるほど、魔石の剣か」


 納得したトゥサイは冷や汗を流す。


 トセーニャの剣は並ではない。トゥサイはそれに気づいたのだ。


 「あぁ、こちらの方が魔力を宿せない普通の剣城とは違い、魔導士が生み出せる魔法石で出来た剣。そして私は雷と水の魔法を扱える」


 トセーニャがそう言い終えると剣から青白い稲妻が見えた。そしてトセーニャはトゥサイに隙を与えないと何度も振る。しかしトゥサイは避けるばかりで何もしない。いや、出来ない。


 相手は恐らく魔道士の達人であると同時に剣も手慣れている。少し厄介だとトゥサイは悩んだ。

 トセーニャは逃げてばかりのトゥサイに痺れをきらす。


 「どうしましたか? このワタシの武術に恐れをなして?」


 「いいや。どちらかと言うと隙が見つからないもんでね!」


 そしてついにトゥサイはトセーニャの腕を掴み、剣にヒスイの針を突き刺した。すると魔石の剣はこなになって消えた。


 「よし決まった!」


 トゥサイはそのままトセーニャを地面に倒す。


 「——!」


 トセーニャは声にならない音を発する。

 他の信徒は怯えて動かない。

 トゥサイは彼らに拳銃を向ける。


 「降伏か死——」


 直後悪寒がトゥサイを襲う。


 「ウォーターボール!」


 「なっ!」


 トゥサイは下から噴き出した水に吹き飛ばされる。トゥサイは股間を押さえてその場をのたうち回る。

 他の信徒たちにもその痛みが伝わったのか全員目を逸らした。

 トゥサイは痛みに堪え、打った本人を見る。


 トセーニャだ。トセーニャが魔法を使ったのだ。

 トセーニャは先程の冷静な顔から打って変わって鬼のように恐ろしい顔をトゥサイに向けた。


 「くそっ! ケウト人が!」


 トセーニャは頭から湯気が出そうな程大きな声で叫び、次々と水の玉を連続で放ち、合トゥサイ目掛けて飛ばしていく。

 

 水の玉が当たった席、床は木が折れる音が鳴り響き、とてつもない威力なのが窺える。

 しかもトセーニャはわざとトゥサイの逃げ道を減らしていき、確実に仕留めれるように追い込んでいった。


 「くそっ! そっちがその気なら!」


 そしてトゥサイはトセーニャの足を打つ。

 無機質な音から出た弾はトセーニャの太ももを貫き、足元には血が広がっていった。

 トセーニャは一瞬ガクッと膝を落とす。


 「飛び道具とか卑怯だぞ貴様……! やれお前ら!」


 「隊長! ……この卑怯者!」


 すると一人の信徒がトゥサイに銃剣を突き刺す。

 突然の攻撃にトゥサイは反応が追いつかず、避けわしたが脇腹を軽く切られる。


 「くそっ!」


 トゥサイは信徒の胸を撃つ。


 「——!」


 信徒はその場で倒れた。

 信徒はトゥサイを徐々に追い詰めるが信徒は後ろにトセーニャがいる事もあって銃を撃てなかった。

 トゥサイは拳銃を構え、信徒たちに警告した。


 「貴様ら。とりあえず降伏しろ。もう無理だぞ?」


 しかし信徒たちはトゥサイの警告を無視して最初に数人が突進した。

 トゥサイは一度深呼吸をし、一人の信徒の首に的確にナイフを突き刺す、そしてその死体を盾に。銃剣でこちらに向かう信徒にぶつけて発砲。


 すると服の襟元を何者かに掴まれた。


 「決まった!」


 トセーニャはそう言ってトゥサイを倒そうとする。するとトゥサイは全体重を後ろに持っていき、トセーニャは頭を強打した。

 トセーニャは声にもならない苦しみの顔を浮かべながらトゥサイから手を離す。


 「さぁ。抵抗したいものは?」


 「動くな!」


 すると信徒の後ろから先程窓から確認した銃を持った天空人たちがやってきた。

 信徒は彼らを見る。


 「——! 後ろだ!」


 天空人の中でも一際小柄の中性的な兵士がトゥサイに訴える。トゥサイはそれに答え後ろを向くとトセーニャはトゥサイを睨みつけながら手のひらをトゥサイに見せていた。


 するとこの車両ないでバチバチっと辺りが点滅し、爆音が鳴り響く。

 それを信徒たちはすぐに後ろの車両に逃げ込もうとしたがそこには天空人の部隊が待機しており、どう考えても袋の鼠。


 「こいつ、ここにいる奴らを皆殺しにする気か!」


 トセーニャはそう大声を出すとヒスイの針をトセーニャに向ける。


 「ヘリアンキよ、穢れた蛮族ピトケモフ達の魂を破壊せよ!」


 するとトセーニャの手のひらに稲妻が音を立てて一つの球体が現れた。

 その球体は最初は青白く、徐々に紫色へと変わっていった。

 トゥサイはヒスイの針持っているが一寸でもズレたらここにいる人みんなが死ぬ。


 「サンダーボルト!」


 トセーニャが叫ぶと同時にが凄まじい速度で稲妻と爆音がトゥサイに向かう。

 稲妻は針の先端にものすごい音を立ててぶつかった。金属を機械で折り曲げるかのような音が響き渡り、あっという間に稲妻は手のひらサイズの魔力結晶へと変貌を遂げた。


 トゥサイは魔力結晶を見ると安堵の息を漏らす。


 「よし」


 トセーニャはその場に全身から力が抜けたかのようにその場に座り込む。


 「落とし物だぞ」とトゥサイは結晶化された稲妻をトセーニャに投げ渡した。


 「お前の魔法かなり凄かったな。いい腕だ」


 トゥサイは彼を褒めた。理由は二つある。

 なぜなら彼の先程の攻撃である稲妻は正確にトゥサイの脳天を確実に狙っていた。

 もう一つは昔教官から敵味方関係なく、天晴れな武勇の持ち主は褒めろと教わったからだ。


 トゥサイは傷口を抑え、痛みを耐えているせいで苦笑いを浮かべながら喋り始めた。


 「魔法はエルフィン族やキバラキなどこの大陸に渡来してきた民族のみが扱える特典だ。もし、お前が有効活用し魔法大学に行った、腕がもっと上がったはずだ。最後に、お前、銃を最後まで使わなかっただろ」


  トセーニャは何も答えずゆっくりと立ち上がり、ドアの前に歩き、扉を開けた。


 「そうだな。俺は銃より魔法派なんで」


 「「「あ」」」


 トセーニャはそういうと電車から飛び降りた。

 その時トゥサイは拘束を忘れていたことを思い出し、少し後悔したが例えあの場で生きていてもこの冬の寒さでどうせ死ぬだろう。そうトゥサイは思い、拳銃をしまった。

  

 トゥサイは再び後ろを向き、一番堅いの良い天空人に近づいた。

 先程まで少なくともこの場にいた信徒は抵抗できないと判断したのか、みんな武器をおろして両手を上げていた。


 「残りの信徒はどうした?」


 「お前は? 信徒か?」


 「違う、俺はケウト中央情報局のものだ」


 トゥサイの言葉を聞いた一人の天空人は笑いを溢す。


 天空人たちはトゥサイたちピト族の似たような体つきで、短い黒髪、もしくは茶髪の髪を持つ民族だ。

 トゥサイは彼らを見る。

 そのうちの一人の天空人はトゥサイに聞けをん知らせた人物だ。その子は中性的な見た目と声で性別が分からない。それに年齢は一見かなり幼く、髪色は黄緑色だった。

 恐らく身長から見て15歳ほどだろう。


 「——お前は何者だ?」


 「私は天空特戦隊グヴォラ班のガナラクイと言います」


 「分かったガナラクイか。一応だが……性別は?」


 「——女です」


 「そうか、すまなかった」


 トゥサイはそう言うと一度彼らと状況確認をした。

 

 分かったことは列車は解放済みで、これより電車を止めるらしい。


 トゥサイは彼らと協力し、運転席へと向かった。

 

 運転席には運転手であろう無残な遺体が横たわる。

 そして一人の天空人がブレーキのレバーを握り、運転をしていた。


 「失礼。お前は運転経験がああるのか?」


 「あ、はい。部隊に所属する前は運転手をさせていただいてましたので」


 その天空人は笑いながら答える。


 「——合掌をしましょう」


 ガナラクイは小さな声でそう言って合掌をする。

 トゥサイも含め、運転をしている天空人以外のこの場いるものは無くなった犠牲者に合掌した。


 その時、一人の天空人がボソッと「あれ拘束してなかったの絶対こっちも怒られる……」と言ったが、トゥサイたちには聞こえなかった。



 ————————。

 ————。

 ——。

 

 車内で発生したヘリアンカ自由信徒軍によるハイジャック事件は終局した。


 その後、トゥサイは車両を降りる。

 それから三十分ほどで軍と警察、そして記者までもがやってきた。

 その時トゥサイのもとにポッチャリとしたブサイクな顔の髭が特徴的な軍服を着た見知った顔の中年の男がきた。


 「いやートゥサイ! よくやった!」


 その聞き覚えのある声にトゥサイは笑う。


 「あははへヴェリ! こいつらが魔法を使うなんて聞いてないぞ!」


 トゥサイは恨み説半分を親友にぶつける。

 もちろん冗談だが。


 「それはすまん。予想外だ」


 へヴェリはそれに釣られて笑う。

 そしてそれを遠目で見ていた長身で、いかにも真面目そうで、茶髪の鬼軍曹と思われる男がトゥサイの前にいき、ゲンコツ食らわす。

 トゥサイはその場に倒れた。


 「おい、赤毛のエポルシアの女は?」


 「あ、赤毛?」


 トゥサイは痛みに耐えながら顔を上げ、首をかしげた。

 その鬼軍曹なその名の通り鬼の形相でトゥサイを睨みつける。

 

 「あぁ、我々の味方のはずだが……。もしかして?」


 「そのはずが無い。——それに聞いてませんよ!」


 「あ、やべ」


 へヴェリは変な声を出し、土下座した。

 それを見た鬼軍曹は手を振り上げ、勢いよく下ろした。へヴェリはその場で気絶した。


 「ふん、あいつは相変わらずの指令ミスだな」


 トゥサイはカッコつけて短い髪を整えた。


 すると再び鬼軍曹がトゥサイを見る。


 「それはそうと、天空精鋭部隊から聞いたぞ。自由信徒軍の幹部クラスを逃したんだってな」


 「えへ。申し訳ございません」


 トゥサイは不貞腐れた顔で敬礼する。

 

 その時横目で救助されている乗客の一団にフルがいるのを見えた。


 「——黄緑色の髪ねぇ」


 「何よそ見をしている」


 「すんません!」


 トゥサイもへヴェリと同じように土下座をした。


 鬼軍曹もそろそろ面倒臭くなったのか「立て」と短く言う。


 「ともかくトゥサイ。お前は謹慎処分。へヴェリは減給だ。文句はあるか」


 「「ございません!」」


 二人の誠心誠意さを見た鬼軍曹はため息を吐きながらこの場を後にする。

 去り際「こいつら数年前の作戦の模擬演習の時でも——」とぶつぶつ言っていたがトゥサイの耳には入らなかった。


 へヴェリは事後処理と言って先に去る。


 「あの、トゥサイ殿」


 トゥサイの横腹をガナラクイは突く。


 「ちょ、そこ痛いって」


 「ごめんなさい」


 「で、どうしたん?」


 ガナラクイは自身の後ろ、列車の扉に指をさした。


 「赤毛の女ってあの人では?」


 「ん、あの人?」


 後ろを振り向くと世にも恐ろしい長い耳に赤毛の女がいた。

 彼女は手を顎につけ、こちらをじっと見ていた。

 そしてトゥサイト目があったのを確認するとズカズカと近づき、目の前までくると圧のこもった目でトゥサイを見下ろす。

 そう、その女は最初にトゥサイにしばかれたエポルシア人の女だった。


 トゥサイは一瞬引き攣った笑顔で後ろに下がる。


 「おっす! 元気しとった——」

 

 静寂の雪原に本気で顔面を殴られた男、トゥサイの断末魔が響き渡った。


            *


 フルはあのハイジャック事件から3日。病院で過ごしていた。


 ちなみ、あの時フルは次の車両から出て、よしこれはいけると思っていた矢先にトゥサイさんに気絶させられていた信徒が起き上がり、フルを捕らえる。

 「貴様!」と信徒が憤慨し、殺す直前に前の車両から同じ信徒であろう赤毛のエポルシア人がここぞとばかりに登場。

 だがその赤毛の女はフルを掴む信徒を見たとたんゆっくりと近づき、その信徒は「お前がやる?」と視線を向ける。


 だが、ここでまさかの赤毛の女の裏切り。

 その赤毛の女は信徒を持ち上げたと思ったら車両外にポイ捨てしたのだ。自身よりも重いであろう信徒を。

 その後フルは赤毛の女から「戻れ」と言われ、大人しく前の車両に戻って席に事件が終息するまで大人した。


 そんなこともあってフルは最初は緊張のあまり1日目は寝れらなっかたが2日目からは爆睡だ。

 一応言っておくがフルは外が怖くなったからという訳ではない。

 ケウト入国管理局(通称ケウト入管)からの命令で病院に待機するよう命じらていたからだ。

 その間の三日間、フルは事実上病室に軟禁状態で、意外にもそれが快適。

 例えば三食はフルがお願いすればそれ通りのが来るし、服もお願いすれば買って来てくれる、本や会話相手なども思うがままに過ごせるのだ。


 だが正直言って3日は長すぎるとフルはかなり不機嫌だった。


 「本当に最悪。はるばる留学に来たら頭のおかしいテロ組織に絡まれるは、ケウト政府には病院から出るなと言われる。はぁ……不幸にも程があるよ」


 フルはため息を吐く。


 「それにヘリアンキ自由信徒軍か……。調べてもさっぱりで、分かったのは自分たちの神でもないのに自分の神と言って、信仰も全て自分たちのものだと各地で犯罪行為をしている事だけは分かった」


 だが、フルはヘリアンキという単語に虫唾が走っていた。

 それはまるで肉親の悪口を言われているような感覚である。


 「本来ヘリアンカが正しい名前。彼女は心優しい慈悲の女神で、この大陸に住む民の調和を望み、その理念は大陸南西部のバラク・オシュルク大共同体とここケウト帝国に受け継がれている。もしこのまま自由信徒が好き勝手にしたら、いつの日かヘリアンカの名前が忌たる言葉として消えるんじゃ……」


 その時病室の扉が開いた。


 扉の先から長い黒髪におっとりとした女の人で、背丈はフルの胸ぐらいしかない少女が入ってきた。

 少女は袖をパタパタはためかせながらフルに近づく。


 「お初にお目にかかります。ヴァラガ・マトミでございます」


 マトミがお辞儀をするのに合わせて髪はゆらゆらを動く。

 フルは口を開けて唖然とする。


 「キミ、ここ立ち入り禁止のはずだよ」


 フルは膝を曲げてマトミに視線を合わせる。

 それもそのはずでここは立ち入り禁止で、入っていいのは入管の人だけのはずだから。

 それを聞いたマトミは「ふふっ」と笑う。


 「違いますよ。どちらかというと貴女より年上で、それにお母様より年下の友人です」


 「え、お母さんの友人?」


 フルはマトミに疑いの視線を送る。


 どう見てもマトミは私より年下で、母親と接点がなさそうだからだ。

 が、フルの母は昔ケウトに旅行で訪れた時複数の友人が出来たとフルは聞いた記憶がある。

 そのもしかしたらという範囲で考えれば彼女は友人でも間違いないのかもしれない。


 「それは本当ですか? あと年齢を伺っても?」


 「ワタシはうちの母が16の時に産まれたので28ですよ〜」


 フルはそれを聞いて頭を下げる。


 「タメ語で喋ってすみませんでした」


 マトミは「謝らないでくださいと」焦りながら言う。


 「本日は貴女のお母様のお願いで、大学に在学している間あたしの家に住む約束でしたので、お迎えにあがりました」


 「いやいや——あ」


 フルはもしかしたら入管は身の危険が無くなるまでここに軟禁していたのでは? と思い始めた。

 そうでもしないと彼女を入れた理由、マトミの入室を許可した理由にもならないからだ。

 大方、このに入れられる前に答えた留学理由にお母さんの知り合いの家から通うと話したから、その事実確認のためにここに軟禁したのだろうが。


 「では、行きましょう」


 フルは荷物をまとめた後、マトミに手を握られ病室を後にした。

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