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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
2章 女神のレイライン

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28話 会合

 フルはカンナからのヘリアンカ研究チーム参加の誘いを受け一晩で荷物をカバンに詰め込んで軽食の食パンをひと切咥えて大急ぎで玄関に向かって走る。

 玄関に着くとマトミが嬉しそうにフルを見ていた。


 「気をつけてね」


 「はい! マトミお姉様!」


 フルはいつも通り元気な声で行く前の挨拶を済ませるとドアを開ける。そして一瞬振り返ってマトミに手を振ると走ってリアート駅に向かった。


 それから数時間が過ぎてフルは何とかケイオス駅に到着した。ケイオス駅から降りる人混みをかき分けながら駅から出てすぐ目の前の駐車場に向かうと黒い外装の車が扉を開けて停車されており、そこには初老の男オズバルグと若い准教授のサーシャがいた。


 「おぉ、フルさん。ようやく来たかい」


 「すみません! 遅くなりました!」


 フルは全力で頭を下げるがオズバルグは優しそうに声を漏らして笑う。


 「大丈夫だよ。じゃ、後ろに席に座ってくれるかな?」


 「分かりました!」


 フルはオズバルグの言葉に会釈すると車の中に入り扉を閉めた中に入るとカンナが気持ちよさそうな寝息を立てて眠っている。


 「あ、カンナ先輩」


 フルはカンナの頬を突くが目覚める気配がない。

 ちょうど運転的に座ったサーシャが振り向いてフルを見た。

 「起こしてやるな。カンナは楽しみ過ぎて眠れなかったんだ」


 「あ、あぁ……はは」


 フルは少しばかり苦笑した。

 それからオズバルグが助従席に座るとサーシャはエンジンをかけた。


 「じゃ、そろそろ出発するから大人しくだぞ」


 「分かりました!」


 フルは目を輝かせながら良い声で返事をする。それを聞いて楽しくなったのかサーシャは勢いよくアクセルペダルを踏む。すると車は大きく揺れ、一気に前進した。


 「きゃっ!」


 フルは振動に負けてカンナに抱きついた。


 「——サーシャ……」


 隣で腰が抜けたのか息を荒くしながらオズバルグはサーシャを見た。サーシャはオズバルグの抗議の視線に気づくとニヤリと笑いながら「——気をつけます」と反省の顔色なしのニュアンスで謝った。


 そしてフルを乗せた車は大きな交差点を通る。フルは窓越しでその交差点を不思議そうに見つめた。

 さまざまな模様が描かれた服を着ている人や、黄金の兜を被った不思議な人たちまたはたくさんの人を乗せた大きな車などが行き通っていた。そんな場所は車では一瞬で通り過ぎて、太陽が南にいっぱい登った頃合いになったら急にあたりが暗くなった。

 フルが窓の外を見るとそこは大自然の中心、すなわち森の中を車が走っていた。次の瞬間車が一気に揺れる。

 

 フルはカンナが頭をぶつけないように抑えているとカンナから寝息が聞こえた。ちょこっとフルはカンナを見てみるとカンナは気持ちよさそうに眠っていた。

 フルはあっけに取られてジト目でカンナを見る。


 「カンナ先輩はどうしてこの状況でも寝てるのでしょうか……」


 それから約三十分ほど経過して車の前に大きな館がひっそりと現れた。屋敷は木造ながらも森に溶け込むように淡い色をしている。


  車は速度を落として静かに止まる。フルは安堵の息を漏らした。


 「助かった!」


 「ん、ん〜」


 カンナはようやく目を覚ましゆっくりと目を開けた。


 「あ、カンナ先輩! おはようございます!」


 「う、ううん……」


 カンナは一度目をゴシゴシと擦り二、三回瞬きをした後ぼんやりとした顔でフルを見た。


 「フ、ル? もう着いた、の?」


 「あぁ、もう着いたよ」


 助手席でオズバルグは体を伸ばす。


 「では、降りるか。サーシャ、車を駐車場に止めといてくれ」


 「はいはい。ほら、お前たちも降りな」


 「ふぁ〜……。はい」


 フルはまだ寝ぼけているカンナの手を握ってゆっくりと車から降りた。サーシャは右手をオズバルグに向け、車とともに森の奥に入った。

 フルが屈伸をしているその時館から品のある服と独特な帽子を被る複数人の男が出てきて、フル達に近づくとオズバルグに目を合わせた。


 「——尾行はされてないよ」


 オズバルグは男たちに言う。すると男の一人は了解しましたと口に出すとそのまま屋敷に戻ってい行った。するとオズバルグは屋敷に指を差した。


 「ほら着いてきて」


 「は、はい……」


 「——ふぁ〜」


 カンナは少し緊迫した空気の中にも関わらず、健気に欠伸の声を漏らした。

 しばらく長い廊下を歩く。屋敷はただ広いだけでなく、内装はかなりシンプルでまるで森と調和しようと言うのが伝わる。

 フルとカンナは少し緊張しながら周囲を観察する。


 「ひ、ろいね……」


 「私もこんなに広い屋敷は初めてですよ〜。オズバルグ先生は今までこんなに広い屋敷に来たことはあるんですか?」


 「ん? 私はないかなぁ。と、いえば嘘になるね。何度かはここと同じ規模の場所に来たことはあるよ」


 「そうなんですか!?」


 「静かに」


 フルは前を歩くガタイの良い男に叱られる。フルは咄嗟に謝って静かに歩いた。

 それから5分弱歩いた後ようやく足を止められ、部屋の中に入れられた。


 「お迎えが来るまでお待ちください」


 男はそういうと扉を静かに閉めた。


 フルは椅子にドサっと音を立てて座ると体を伸ばした。


 「ここってもしかして名家のお家とかですか?」


 「あぁ、言い忘れてたね。ここはケウト帝国皇帝の五男。エフタル殿下の館さ」


 「え、館? それも皇帝の御子息の?」


 フルは頭方冷や汗を流す。カンナを見るとカンナは大人しくちょこんと座っている。


 「あの私外国人なんですけど。問題ないのですか?」


 「あったら招待状は来ないよ」


 フルはオズバルグの言葉に少し安心する。

 それから扉がノックされてゆっくり開く。すると中に先程の人物とは異なる中年ほどの大柄の男が入ってきた。

 男の目には傷跡が生々しく残り、左目には眼帯をつけていた。


 「久しぶりですなオズバルグ先生。私が大広間に案内いたします」


 「あぁ、久方ぶりだね。バルハシ」


 オズバルグは大柄の男——バルハシに挨拶をするとゆっくりと立ち上がる。フルとカンナもすぐに立ち上がり、オズバルグの後ろをついていった。

 そして長い廊下を歩きしばらく経つと内装がガラッと変わった広場に出た。するとバルハシはフルとカンナを見る。


 「先生。彼女たちはケウトの作法を知っていますか?」


 「ん? あぁ……。キバラキの方の女の子は大丈夫だが……」


 「スタルシア人の少女は問題ありなのですね」


 バルハシはあからさま嫌そうな顔をフルに向けた。

 フルは頬を膨らませるとカンナはフルの肩を優しく叩いた。


 「一度、お上品な言葉で、喋ってみたら?」


 「む〜。分かりました」


 フルは一度ため息を吐くとケウト流の腰を少し前に倒すお辞儀をした。


 「問題はございませんよ。私はこう見えて作法を弁えていますので」


 フルはいつにもましても優しい口調に大人びた笑みを浮かべ、上品な言葉遣いをバルハシに向けた。バルハシは予想外な展開に頬を赤く染めて目を逸らした。


 「も、申し訳ない。てっきり高飛車娘かと……」


 「お気になさらず。さぁ、皆様を待たせているでしょう?」


 「——分かりました。それと先生」


 「ん? どうしたんだい?」


 「あの子きっと大物になれますよ」


 バルハシは静かな口調でオズバルグに言ったが、フルの耳には入っていなかった。フルはカンナを見るとカンナは不思議そうな顔でフルを見た。


 「カンナ先輩。どうかなさいましたか? もしかして何か失礼なことでもしてしまいましたか?」


 「かわ、いい」


 カンナはそう言うとフルの顎を撫でた。フルは驚いた顔を一瞬見せた後、恥ずかしそうに受け入れたが、前を見るとオズバルグたちが小さくなっていたため、フルとカンナは小走りで追いかけた。


 そしてついに大きな扉の前に到着するとバスハシは扉をゆっくりと開けた。中を見るとすでにたくさんの人が座っており、テーブルには美味しそうな料理が置いてあった。そして前の舞台では司会者と思われる一人の老人が立っている。

 

 「ほら、行くよ。それでバルハシ。私たちの席はどこかな?」


 「入ってすぐ左です」


 「そうか。ありがとね。ほら、行くよ」


 フルとカンナはオズバルグの後ろを歩いて指定の席に着くとゆっくりと座った。それから数分後、司会者の老人がゆっくりと舞台の中央に向かい、その場で静止した。


 「静粛に。これよりヘリアンカ研究チームの結成式典を行います。それでは我がケウト帝国皇帝カフラス陛下の五男、エフタル皇子のお言葉です。起立! 礼!」


 フルは周りの動きに合わせるように立ち上がると頭を下げた。

 すると広場に靴音が近づき、それもどんどん大きくなりやがてぴたりと止まった。


 「面をあげよ」


 男の声が聞こえると周りはゆっくりを頭を上げた。舞台を見るとそこにはかなり豪華な装飾を身につけ、かなり繊細な模様が刺繍された服を着ている若い男がいた。


 「あの人が……エフタル殿下……」


 フルは少し声に出す。


 男は大きく息を吸う。


 「如何にも。我こそがエフタルである。そして、このヘリアンカ研究計画を立ち上げた者でもある」


 男、エフタルは片腕を大きく上げた。


 「我が今ヘリアンカの研究を行う理由はただ一つ。それは我が帝国の正統性を証明するためである。それを可能とするためにはヘリアンカがここに本当にいたと言う証明が必要だ。そこで私はその手段として、カラクリ師より耳にしたアンリレの秘宝を集めるべく結成した」


 エフタルは上げた腕を前に突き出す。すると舞台の後ろにかかっている暖簾が上げられるとそこには黄金の兜を身につけた集団が出てきた。


 「カンナ先輩、あの人たちは?」


 「——から、くり、し」


 「カラクリ師、エリオが言っていた人たちか。初めて見た」


 カラクリ師はゆっくりと前に向かって歩き、エフタルの後ろに来ると綺麗な横一列で止まった。


 「良いな。此度の計画では身分は関係ない。お互いの知識を共有してヘリアンカがこの大地にいたという証明をするのだ」


 エフタルは言い終えると司会者を見た。司会者は会釈すると少し前に出た。


 「では、これにて開会式は終了です。これからは懇親会となっています。懇親会が終えた後は少し次回の開催日をお伝えしますので帰るのは少しお待ちくださいませ。それでは」


 司会者はそう言い終えると片腕を上げる。すると部屋に光が戻った。


 「えーと。懇親会と言われてもどこに行けば……」


 「まぁ、懇親会と言っても学者たちは自慢話しかしないから学生は気楽に学生同士で話したらどうかね」


 「そうですね。分かりました!」


 オズバルグはそう言うと席を退いた。フルは顔を少し振る。


 「ではカンナ先輩。私たちも情報収集しにいき——え?」


 カンナを見るとカンナはさらにたくさんご飯を乗せて嬉しそうに食べていた。それもリスみたいに頬張りながら。


 「ふぇ?」


 カンナの間抜けな声を聞いたフルは笑いそうになったが、その時フルの腹の虫が鳴った。フルはプルプルと顔を真っ赤にしながら震える。


 「まず食べましょうか」


 「うん」


 フルはカンナの隣で少しご飯を腹に入れ、それから席を立って話しやすそうな相手を探す。フルは目を少し尖らせて探し、カンナはテーブルに置かれた美味しそうな品を皿に乗せならが探す素振りを見せる。


 すると目の前に歳が近い集団が楽しそうに談笑していた。


 「カンナ先輩。あそこに行きますか」


 フルはその集団に指を刺しながらカンナを笑顔で見るとカンナの服の袖を掴んでその集団に近づいた。

 そして近くに来てその集団のうちの一人の、綺麗なドレスを着ている耳が少し尖ったエルフィン、スタルシア人で、茶色の長い髪をポニーテールにまとめているクールで若い女だ。女はフルとカンナを見る。そしてフルはゆっくりと笑顔でお辞儀した。


 「初めまして。私たちはキタレイ大学より来ましたフル・フリィーペンと申します。以後お見知り置きを」


 「——カンナ、で、す」


 カンナはたくさん美味しいものが盛られたままフルと同じように挨拶した。それを見た女と、その周りにいる男女が苦笑する。

 その中でも身長が低く、生意気そうな気風の幼く見える男がフルに近づいた。


 「おう、キタレイ大学か。反社会勢力が占拠事件を起こしたというとこやな。そんな奴らがようこんな神聖な場に来れるな?」


 男は襟を正す。


 「わいはこの国でも一番頭のいいウルク帝国大学の主席、ウルス・ジャルカラや。ええか? わいが一番上や。テロを起こしたお前らと違って格上やから言葉に気をつけ!」


 フルは笑顔のまま眉間に皺を寄せた。カンナはフルの服の袖を掴む。するとポニーテールの女が前に出てジャルカラの襟を掴んで持ち上げた。


 「——私はスタルと言います。よろしく。私は主席だからと盲信しているドワルフのジャルカラと同じ大学だけど、私は違うから安心して」


 スタルは無表情のまま謝罪した。


 「いえ、大丈夫ですよ。世の中には様々な人がいます。その人を受け入れるこそが私の信念ですので」


 「……それは素晴らしいですね」


 スタルは首を傾げて少し嬉しそうな雰囲気を漂わせる。するとスタルは後ろにいる残り五名の人物に手を向けた。


 「まず一番右にいるピト族の男の人は西の果ての湾岸都市ダマルカにあるヴァカ大学歴史学部のジョチル」


 「——よろしく。ジョチルだ」


 ジョチルは整った顔に中年ぽさを漂わせる。


 フルは笑顔でお辞儀した。


 「初めましてジョチルさん。これからよろしくお願いしますね」


 カンナはその横で同じようにお辞儀した。

 それからフルとカンナは残り4人と自己紹介をした。


 「では確認ですが右からスタルさん。ジョチルさん。それからキバラキの二人組の男性陣は髪が長い方がコスシさん。短い方がステルプさんですね。で、天空人の女の子はコスタナさんで最後の内気そうなのがウファさんですね」


 コスシは長い髪を耳にかけて自身の角をいじる。


 「あぁそうさ。ちなみに拙者とステルプは地名学を共同で研究し、論文にして一度出して高い評価を受けたことがある言っておく」


 「あ、あほ! 自慢しなくても大丈夫でしょ!?」


 隣にいるステルプはアタフタしながらコスシに苦言を言う。

 フルは満足げな顔をしてスタルに頭を下げた。


 「それにしてもスタルさんはどうしてスタルシアの服を? ケウトの伝統衣装の方がいいと思うのですが」


 「いえ、ケウトでは自分のいた国の服を着るのが慣わしなのです。私こそフルさんを見て驚きました。どうして合わせるのかなと」


 「あ、いけなかったのですか!?」


 フルはアタフタするがスタルはクスクスと笑う。


 「いえ、ですが似合っているので良いと思います」


 「あら? それならありがたいのですけど——」


 すると先程からスタルに持ち上げられていたジャルカラが暴れ出した。


 「あー! 何でわいがこんな屈辱合わせられなきゃならんのや!」


ジャルカラはスタルの手を振り払うとフルの指を刺した。


 「まずお前らはキタレイ大学の名前なんて聞いたことないやろ! 言うても歴史ある辺鄙なとこの中途半端な大学や! それに実績残しているわいらと違ってこいつらの名前なんか聞いたことないわ! どうせヘリアンカのことを調べているのも適当に古文書を読んで知った気になっている可哀想な奴らじゃ!」


 ジャルカラは息を荒くするがフルはそんなジャルカラこの心の中で憐れんだ目で見る。


 「言いたいことはすみましたか?」


 フルは息を荒くしているジャルカラの頭を撫でた。

 するとジャカラの顔がみるみる赤くなっていった。


 「じゃかしい!」


 するとジャルカラはフルを殴った。


 「——!」


 フルはお腹を抑えると地面に膝をつく。カンナは皿をテーブルに置くとジャルカラに近づこうとしたがフルは止める。


 「ふ、る」


 「だ、大丈夫です」


 フルは腰を震わせながら立ち上がる。

 するとジャルカラはフルの髪を掴んだ。


 「ええか? 次いらん事したらお前の胸を切り落とすか覚悟しと——」


 「なんの騒ぎだ」


 フルの後ろから声が聞こえた。フルはジェルからとスタルたちを見ると顔が青ざめているのが見えた。

 フルは振り返る。

 するとそこに立っていたのはエフタルだった。スタルたちはエフタルを見ると頭を下げた。



 「え、エフタル殿下……」


 「聞きたい。この目に余る光景はなんだ」


 「え、えーと。その……」


 フルは困惑の声を出す。するとジャルカラはフルを投げ飛ばす。フルはそのままの勢いでテーブルに腰をぶつけた。それを見たカンナに腰を優しく撫でられながら立ち上がる。

 ジャカルを見ると何故か彼は笑っていた。


 「いや〜エフタル殿下。これはあそこのスタルシア人か生意気なことを申したもので〜。少し制裁を下しただけで問題はございません。な? お前たち?」


 ジャカルの後ろに立つ6人は顔をしかめる。それを見たエフタルが不審そうにジャカルを見る。フルは抗議しようとジャカルに近づく。


 「殿下。私たちは何もしてません。彼が勝手に激昂して私に暴力を下したのです。挙句に殺すと脅迫まで」


 「——殺ろす……だと?」


 エフタルは冷たい目をジャルカラに向ける。ジャルカラは大慌てで否定し始めた。


 「違いますよ! まず外国人がこの場にいることがおかしいでしょう。この場はケウトの若者の発想力、そして博識なる教授たちの力を使ってヘリアンカについて究明するのですよね? だからこそろくに論文を出してすらいないこの子達に格の違いを……」


 「あ、分かった」


 エフタルは無表情だが何か底知れぬ、まるで絶対的な存在を前にした時のような悪寒をフルは感じた。

 ジャカルは恐怖を感じたのか一歩後ろに下がった。

 

 「え、えーと……」


 フルは困惑の顔を浮かべる。するとエフタルはフルを見た。


 「君、殴られたところは大丈夫か?」


 「え、まぁ……、痛いですが……」


 「何かあればこの場にいる我が側近に相談してくれ。それと、君のことはオズバルグ先生から聞いているよ。——ちょっと君たち二人は来てくれ」


 「「え?」」


 フルとカンナはお互い顔を見合わせた後エフタルの後ろをついて行った。


 二人はエフタルの後をついて行って懇親会の会場である大広間から出て薄暗い廊下をしばらく歩き人気の少ない場所に連れてこられた。

 エフタルは周りを警戒した後フルとカンナを見た。


 「君たちはアンリレの秘宝を持っているだろう?」


 エフタルはニコッと優しい笑みを見せるが、それはフルにとってどこかそこ知れぬ恐怖を感じ取った。

 しかし、カンナは何も感じていないのかさらに盛っている品を皇太子の前と承知で口に入れる。


 「え、あー持ってます。すみません」


 フルは潔く頭を下げる。


 「——? 何故謝る。別に謝るほどではない。むしろ持っている方が驚きだ。あれはカラクリ師たちに聞いてもいまだに見つかっていない。それがまさか君たちの手にあるのだ。感心する以外にあるか?」


 エフタルはそう言うとフルに近づいた。


 「特に君のことはウマスからすでに聞いている。黄緑色の髪をしたエルフィンがアンリレの秘宝を見つけたとね」


「ウマス——うぐっ」


 フルは冷や汗を流し、のビリと食事を続けるカンナの後ろに隠れた。フルは少しウマスのことを忘れそうになっていたが、ほんの少し思い出すことができた。


 「フル?」


 「カンナ先輩。何かあったら助けてください」


 「え、うん」


 カンナは話を聞いていなかったのか何も考えてなさそうなのほほんといった雑な返答をする。

 エフタルは懐から紙を取り出した。


 「とにかくだ。後日もう一度集会がある。その時にアンリレの秘宝を持ってきてくれ」


 フルはエフタルの手にある紙を受け取る。


 「——えーと遺跡より発掘した魔道具を所持している学生と教授は次回の集会に持ってくるように。ですか」


 「そうだ。次回の集会のテーマはアンリレの秘宝を発見した場所をまとめてその遺跡についての精密な調査を——」


 「あ、でん、か」


 「どうしたカンナさん?」


 カンナはそう言うと皿を窓際に置くと懐から紙を取り出した。

 フルはそれを見てカンナに私は予備のオズバルグの友人が書き記した紙を模写したものだった。

 エフタルはカンナからその紙を受け取る。

 エフタルは少し困惑する。


 「これはなんだ?」


 「これはオズバルグ先生のご友人が遺した研究資料です。それにはどうやらオドアケル人の一部族、レーアトという氏を名乗っているオドアケル人の集落を点で示したものです。そして今度はこの地図とかさな合わせて見てください」


 フルはそういうと大陸全土の遺跡の内、探査に行った遺跡に赤色にのマークを入れた地図をエフタルに渡す。

 エフタルはその地図を紙の裏に敷いて確認する。


 エフタルはおもしろそうに笑う。


 「これは面白い。この集落もしくは集落跡と秘宝を見つけた場所が一致すると言うんだな」


 「そうです!」


 フルは自信満々に答える。

 エフタルは紙と地図をフルに返した。


 「ではその資料を次回に持って来てくれ。では、もう時間が来る。戻ろうか」


 「そう、ですね。いこ、フル」


 「は、はい!」


 エフタルは少し歩くと振り返ってフルを見た。


 「それと、それが君の素か。とても愉快ではないか」


 「——あっ」


 それから懇親会は終わり、エフタルの口から次回は二週間ごと告げられた後各自自由解散となり、フルとカンナはオズバルグと共にサーシャと合流して車に乗って帰路についた。

 フルは素の部分をうっかりエフタルにさらけ出してしまったことを後悔して生気が抜けた顔になっていた。 

 今の時間帯薄暗く、森はほぼ真っ暗になっているため、今のフルの気持ちを表現している。


 フルは涙目でカンナの腕を抱きしめた。


 「あぁ……やってしまいました。エフタル殿下の目の前でほぼタメ語に近いことをしてしまいました……」


 「大丈夫だよ。エフタル殿下はとても寛大だ。別に気に留めてすらいないだろう」


 「だとしてもですよぉ」


 オズバルグはフルを慰めつつ、前を向く。

 そして懐に入れていた懐中時計を取り出した。


 「もうあいつの命日か」


 オズバルグは誰にも聞こえない声でそう静かに呟いた。


 しかし、そんなオズバルグのつぶやきを聴こえていないフルは後ろの席で「うわー! 絶対処刑されるー!」と悲観的に叫んでいたのだった。

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