25話 従兄弟とオドアケル
ついつい話したくなるというものがこの世には2つある。一つは秘密だ。自分だけが知っているという優越感から自分はお前の知らないことを知っていると自慢したくなる。しかし、それには秘密が何かを話さなければならないのだ。なので秘密を秘密のまま保つのは非常に難しい。
そして、秘密と同じように人に話したくなるものがある。それは嬉しい出来事だ。楽しかったことや幸福なことはすぐに人に話したくなるものだ。それは秘密と同様に優越感から来るものである。自分はお前より幸せだと自慢したいのだ。
ここにいる一人の少女にも話したいことがあった。それは秘密ではない。嬉しかった出来事を友人に一刻も早く伝えたかった。しかしながら、それは自分を誇示したいがためではない。自分のことを心配してくれた大切な友人への感謝の気持ちからなのだった。
フルはヨカチによって自分の本当の気持ちに向き合いウルクへと行く決心をした。そしてウルクで仲違いをしていたカンナと無事に関係を修復することができた。もちろんヨカチにも感謝の気持ちでいっぱいだがそれ以上にエリオットにこの気持ちを伝えたかった。
「エリオまだ大学にいるかな?」
エリオットはいつもフルのことを気にかけてくれる存在で、今回の件も色々と相談に乗って貰っていた。感謝してもしきれない。
彼のことだ。きっとまだ教室で機械を弄っているに違いないだろう。
「エリオが帰っちゃう前に早く大学に行かないと!」
フルは心が急かすままに大学へと駆け抜けて行った。
フルが大学に着くと案の定エリオは大学の空き教室で機械と何やら格闘していた。入ってきたフルに気づいた様子はなかった。
「エリオー! ただいま!」
エリオットはフルの方に全く目を向けず手元に集中している。そんなエリオットの態度にフルはジト目で不機嫌になる。
「ねぇー、無視してるのー?」
全くフルの声が耳に入ってないようだった。めと鼻の先というところまできてフルはエリオットに向き直る。そしてエリオットの正面を陣取ると大きな声で思いっきり叫んだ。
「ただいま!」
フルの声も虚しくエリオットは微動だにしない。エリオットの正面からしかも至近距離から大声を出したにも関わらずとうとうエリオットはフルに気付かなかった。
イラついて面倒くさくなったフルはエリオットの手に収められている機械を取り上げた。
「うえぇ!」
エリオットの声にならない叫びがフルの耳を貫いた。
「うわ!」
フルがエリオットに自分の存在を知らせようとしただけなのに予期しない反撃にあってしまいますます機嫌が悪くなった。
「えっと、フル。帰ってきてたのか」
フルにはエリオットの声が聞こえていたが先ほどの腹いせに無視した。
「帰ってきてたのなら声を掛けてくれたらよかったのに」
「あのねぇ」
フルが何故機械を取り上げたのか察しないエリオットの発言にフルの怒りのボルテージは最高潮に達した。
「私は何回もあんたを呼んだの!」
ぽかんと驚いた表情のエリオットを気遣うことなくフルがまくしたてる。
「あんたの正面まで行って大声まで出したのに気づかないなんて一体全体あんたの耳はどうなってんだ!」
「えーと」
いきなりのことに何も言い返せないエリオットに畳み掛けるようにフルの猛攻が続く。
「大体、機械なんか弄ってないでもっと周りに気を配ったほうがいいんじゃないの! もうそろそろ私が帰って来るとかわかるでしょ!」
「あの…」
中途半端な相槌を打つだけのエリオットにフルの口が塞がることはない。
「機械を取り上げても私のこと無視してるようなら絶交するとこだった!」
言いたいことを言い終えたのかフルは肩で息をしながら一旦は落ち着きを取り戻す。
「ごめん。新しい発明品に夢中で全く気づかなかったよ。わざと無視したわけじゃないよ!」
「まぁ、わざとじゃないのはわかってたけど」
「え? なに?」
フルはエリオットに聞こえないような小さな声でつぶやいたのでエリオットの耳には届かなかった。
「そんなことより聞いて! ウルクは凄かった!」
「それは良かったね。僕も行きたかったよ」
「ヘリアンカの資料も見せてもらったし大満足だった!」
満足げに話すフルにエリオットの口から笑みがこぼれる。
「あれ? フルはカンナさんの研究を手伝ってるだけで、正規の研究員じゃないよね? よく博物館はフルに貴重な資料を見せてくれたね」
「それがね、聞いて! 私ついにカンナ先輩の正式な助手に任命されたのよ!」
えっへんと胸を張りながら得意げな顔でエリオットに話す。
「すごいじゃないか、フル! ということはカンナさんと仲直りはできたんだね」
「もちろん!」
「それでどんなことがわかったの?」
フルは目を輝かせてヘリアンカのことを話そうとするが、一瞬で思いとどまる。
「それを部外者のエリオット君に教えるわけにはいかないのだよ」
「部外者って。僕も色々手伝ったんだけどなぁ。まあ仕方ないか」
「ごめんねー。それかもうエリオもカンナ先輩に頼んで正式な助手にしてもらう?」
うーんと少し考え込んでからエリオットは思案するように声を出す。
「それも楽しそうだけど、大変そうだからね。今は機械と向き合う時間の方が大切だしそれを削ってまでヘリアンカのことを知りたいかと聞かれたらちょっと違うからね」
「そう。少し残念だけどしょうがないわね」
「あ、でもアンリレの秘宝のことなら興味があるよ! 普通の魔道具が動かせない僕が動かせた特別な魔道具だからね!」
「そういえばそうだった」
「アンリレの秘宝が手に入ったらぜひ僕に教えてよ!」
「正式な研究班の一員じゃないけど、エリオは一度アンリレの秘宝を使ったこともあるし、少しくらいならいいのかな? またカンナ先輩に聞いてみる」
「ありがとうフル!」
フルは満面の笑みになったエリオットを見て満足した。エリオットに自分が帰ってきたことを知らせるだけなのにずいぶん疲れてしまったなと思うフルであった。
「そういえばこれからフルはどうするの?」
「これから?」
「うん。またウルクへ行ったみたいにフィールドワークに出掛けるの?」
「そうね。今はウルクで持ち帰った情報を基に大学の図書館でもう少し詳しく調べてみようと思う」
「そっか。わかったよ!」
「エリオはまだ機械を弄ってるの?」
「いや、僕はもう帰るよ」
「了解。また襲われないとも限らないから気をつけて帰りなさいよ!」
「うん、わかってるよ」
エリオットが手元に置いていた機械を鞄に入れる動作を見ながらフルは教室を出た。本当はエリオットにウルクで見た文献やそれによる見解など話したいことは山ほどあった。しかしカンナの正式な助手になった以上勝手なことはできない。もしフルが何か損害を与えてしまったらカンナが信用を失うことに繋がってしまう。
正式に研究班の一員になるということはそういうことだ。研究員となり今回のウルクでのようにこれまで手が届かなかった資料も見ることができるようになった。けれども権利を手にしたとき責任も同時に背負わなければならない。フルは権利がもたらすわくわくと責任からくる重圧のバランスを取りながら過ごしていこうと決めていた。
フルはまず図書館へと向かうことにした。調べものといえば図書館だ。キタレイ大学の図書館はかなり広く何万冊もの学術書や論文が保管されている。
「やっぱりまずは図書館からでしょ!」
フルが図書館へと赴くのは確かにたくさんの論文などがあるからであったが他の理由があった。研究論文などは図書館以外にも研究室にもある。それだけではなく研究室には教員が在籍しているため自分一人で調べるより遥かに的確な答えを探しだしやすい。
それでもフルが図書館を選ぶのは偏にサーシャの存在であった。カンナはサーシャに懐いてようだったがフルには近寄りがたい印象を受けた。准教授とは思えない容姿に確固たる意志を思わせる言動や芯が通っていること。また、初対面でのフルへの態度からサーシャのことを苦手と感じていた。
「普通初対面の人をいきなり試すような真似するかな? 確かにいきなりカンナ先輩の助手だと言われても困るだろうけど。それでも古文書を訳せないと助手と認めないとは何様って思うんだけど」
グチグチと独り言を言っているうちにフルは図書館へと着いた。
「オドアケル人、オドアケル人はっと」
ウルクでの調査でヘリアンカにはオドアケル人が密接に関わっていることがわかった。フルはオドアケル人に会ったことがあったが、まずは図書館でオドアケル人について調べてみるつもりだった。
フルは本棚からオドアケル人に関する資料を探すのに夢中になっていたがいきなり背中の方に悪寒が走った。
「そこにいるのは俺様の女、フルじゃねぇか!」
「ラスター先輩…」
フルは何でこんな時に面倒な人が来るんだと自らの不幸を呪う。ラスターに関わると碌なことがないと思ったフルは絡まれる前に図書館を出ようと決心する。ラスターの声を背中でスルーし出口へと一直線に突き進む。
「おい、俺様を置いてどこに行くんだ」
フルが出口まであと数メートルといったところでラスターの魔の手に捕まる。ラスターはかなり大きい身体をしているのでフルより歩幅が大きくすぐに捕まってしまった。
走れば振り切れないこともなかったが、図書館で走るのには抵抗があった。勉強している人に恨まれるかもしれない、職員の人に叱られ出禁になるかもしれないなど悲観的な想像が頭を過った結果早歩きに留めるほかなかった。
「そんなに照れなくてもいいじゃねぇか! まったく、フルは恥ずかしがり屋だぜ!」
やれやれといった顔をしているラスターの横顔に一発正拳をお見舞いしたいところだが場所が場所なのでフルはぐっと我慢した。
「あの! 私は今ものすごく忙しいんです! 貴方に構っている暇はありません!」
はっきりと告げたにも関わらず全く耳に入ってないかのようにニヤニヤした笑いを止めない。ラスターはフルの言葉を無視してそのまま話しかけてきた。
「何か俺様が手伝ってやるぜ! 愛する女を助けるのは男として当たり前のことじゃねぇか! 気にすんな!」
本当に鬱陶しい言動しか吐かないラスターに軽く殺意を覚えるフルであった。しかし、ラスターには大学が襲撃されたときに助けてもらったこともある。もしかしたら、万に一つ、極々小さい可能性であったがラスターがオドアケル人について知っている可能性もないこともないかもしれない。本当の本当にないとは思うが知り合いにオドアケル人がいる可能性だってないとは言い切れない。
不本意ながらフルはラスターにオドアケル人について念のため確認してみることにした。
「あの、ラスター先輩」
「なんだ? 愛の告白か?」
「一回、マジで脳の検査してもらったほうがいいと思いますよ」
「いや、俺様はいたって正常だが? そうか! もしものことがあればいけないから俺様を気遣ってくれたのか! 流石俺様が見込んだ女だ!」
ウザすぎるあまりついうっかり嫌味を口に出してしまったが、全く刺さっていないどころかむしろフルが不愉快な思いをしてしまう結果となった。これ以上ラスターの近くにいるとイライラが溜まる一方なので本題を切り出す。
「ラスター先輩、オドアケル人の情報か知り合いいます?」
「オドアケル人か…」
ラスターはオドアケル人と聞いて神妙な顔つきになる。そしてゆっくりとフルの目を見ると口を開いた。
「オドアケル人は…」
「オドアケル人は?」
「知らん!」
「そうだと思った」
想像通りだったので落胆は無かったが今までのイライラが無駄になってフルの顔が真顔になった。
「ではさようなら」
フルはさっさとラスターから離れようとする。
そのとき、図書館の入口から一人の女性が入館してきた。そのときフルは違和感を感じた。図書館に入ってきた女性が何かおかしな恰好をしているわけではない。違和感はその女性からではないと結論付ける。
それはラスターだった。いつもならフルが去ろうとすると必ずちょっかいをかけてくるのだが今回はすんなりと距離を取ることが出来ている。これを違和感と思うほどにラスターの存在がフルに影響を及ぼしていると考えるとげんなりするが、これは確かにおかしなことだった。
振り返って確認してみるとラスターが青い顔で図書館に入ってきた女を見ていた。
「この人なにかある?」
フルは直感的にこの女とも関わらない方がいいと判断した。あの面倒くさすぎる性格のラスターが、自分の都合のいいことしか耳に入らないラスターが怯えたような目で見ている女など碌な奴じゃない。
急いで図書館を出ようと生徒証を出入りゲートにかざす。
「ねぇ」
フルはゲートに生徒証をかざそうとしたがすんでのところでその手は止まった。ラスターが凝視する女がフルの腕を掴んでいた。
「あなた、お兄さんの彼女なんですか?」
フルの脳内で様々なことが駆け巡る。彼女かと聞いてきたということはラスターに気があるのか。それならすぐに否定してラスターを押しつけてこの場を去ろう。頭のおかしいラスターを好きになるなんてこの女も頭がおかしいに違いない。うん。すぐに否定してさっさとこの場を避難するべきだ。などということを瞬時に頭で考え実行に移した。
「私とこの男とは何の関係もありません! 私急いでいるので失礼させていただきます!」
その女と目を合わせることなく颯爽とゲートを潜ろうとするフル。しかし、その女はフルの腕を離すどころかますます力を強くした。
このままじゃ埒が明かないと考えたフルは癪であったがラスターに助けを求めた。
「ラスター先輩! この人が離してくれないんです! 助けてください!」
フルのヘルプコールを聞いて固まっていたラスターの体が動き出した。
「惚れた女に助けを求められて、動けなきゃ男が廃るぜ!」
ラスターは一気に女へと距離を詰める。しかし、女がラスターを人睨みするとさっきまでの威勢はどこへ行ったのかというくらいラスターの体が硬直した。
「ラスター先輩!」
フルが必死でラスターを呼ぶがプルプルと体が動いただけでらラスターは一歩も動くことができなかった。
「お兄さん。久しぶりですね。あれから元気でした?」
「お兄さん!」
まさかの衝撃発言を聞いてフルは開いた口が塞がらなかった。ラスターに妹がいたとは驚きだ。性格的に妹なんていそうにないと思っていたフルには凄まじい衝撃だった。
「ラスター先輩、この人は妹なんですか?」
苦しそうな表情のラスターがゆっくりと口を開けた。
「…妹ではない」
「じゃあ一体この人は…」
「この女は俺様の従兄弟のユニーネだ。正直なところ俺様でも関わりたくない存在だ」
ラスターに脳裏にかつてリアート郊外にある廃屋の地下で椅子に縛られた過去を思い出した。
「従兄弟なんですか!」
あのラスターに関わりたくないとまで言わせるこのユニーネという人物やはり危険人物だ。ヤバいと直感がひしひしと告げている。今すぐこの場を離れろと脳からの警告信号が鳴りやまない。
「いやーん、お兄さんったら。そんなこと言われたらアタシ泣いちゃいますよ?」
ユニーネという女を観察する。腕を掴まれている今この場を切り抜けるためには観察して突破口を見つけるしかない。
ユニーネの服装は半袖で前にデザインが施された白いシャツを着ていてそこには立派な双丘が大きく主張していた。頭にサングラスのような丸眼鏡を頭に掛けており、耳には金色のピアスをしている。さらに髪もピアスに負けないサラサラの金髪を肩まで伸ばしている。挑発するように舌で上唇を舐める仕草をしたユニーネの口からは形の良い八重歯がきらりと光った。
顔は悪くないむしろ間違いなく可愛い部類に入る。しかしながらフルの第一印象は気の強そうな女というものだ。サーシャも気が強そうで顔が整っていたが、サーシャは芯が通っている強であり美人系なのに対しユニーネはガツガツしている可愛い系のイメージを持った。
「最悪だぜ。お前が俺様と同じキタレイ大学に居るということを忘れていた」
ユニーネを睨みつけながらラスターが呟く。
「あの、ユニーネさん。ユニーネさんもここの学生なんですね。私もこキタレイ大学の学生なんです」
情報を得るためにまずはコミュニケーションを取ることから始めるべきだと感じたフルはユニーネに話しかける。
「え? 大学の図書館を使ってる時点で同じ大学なのはわかってるけど?」
フルは気が動転しすぎて誰にでも分かることを口走ってしまった。改めて自己紹介することにした。
「そうですよね。私はフル・フィリーペンという者です。国史学部神話専の一年生です」
「えー! アタシと一緒じゃん! アタシも国史学部神話専の一年なんだよね!」
そう言ってパッと腕から手を離し無理やりフルの手を握り握手してくるユニーネ。いきなりのことに困惑するフルであったが先ほどより柔らかくなったユニーネにこの場を去るチャンスだと見たフルは急いで手を振りほどく。いかにも急いでいますという風に。
「まさか、同じ学部だったなんて! 私もどこかで見たような気がしてたんです!」
ユニーネのことを全く覚えていなかったがここは覚えていると言ったほうが円滑に進みそうだとフルは考えた。
「アタシもアンタのことどっかで見た気がしてたんだよねー! これって運命なんじゃね!」
「そうかもしれませんね!」
運命とは何のことかさっぱりわからなかったがとりあえず同意しておいた。しかしながら運命ということに引っ掛かりを覚えたフルはつい口に出した。
「ユニーネさん。オドアケル人って知ってます?」
「オドアケル? ヘリアンカのあれっしょ!」
「知ってるんですか!」
フルは思わぬところからの収穫に喜びを隠せず大きな声が出てしまう。
「知ってるも何も、アタシの知り合いが何人かいるけど!」
この一言がフルをさらなる冒険へと誘うのだった。




