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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
2章 女神のレイライン

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23話 重なる運命

 カンナがウルクへ向かったとヨカチから聞いた3日後のこと。フルはカンナを追うようにウルクへと向かっていた。

ウルクは国外でもその特徴から有名な都市である。ウルクには世界的に有名な国立博物館がある。太陽を模した石像の『太陽の陰』、槍を使って狩猟している様子を描いた『スラクチャー壁画』、最北に居を構える民族が編んだとされる『満月光刺繍』など歴史的な価値が高い様々な文化財を保存、展示している。

フルがウルクへ行く目的はカンナに会いにいくためというのもある。しかし、国立博物館に保存されている『ヘリアンカの日記』を見に行くことも立派な目的だった。

フルはウルクまでの列車の中で旅立つ決心をするきっかけを思い出していた。カンナとの仲が微妙な中で会いにいくことはすぐ決心できることではなかった。それにはカンナがウルクへ向かったことを教えてくれたヨカチのおかげでもあった。


「フィリーペン、カンナのことが気になるのか」


 カンナとの仲を一旦は改善したものの煮え切らない思いがあるフルは小さく首を縦に振る。


 「あいつは今ウルクへ向かっている」


 「ウルクへですか?」


 こんなにすぐ発ってしまうとは思ってなかったフルが疑問形で返す。ヨカチはそれを意に介さず冷静に続ける。


 「そうだ。国立博物館に行くと言っていたな」


 「そうですか」


 フルは力なく答える。


 「フィリーペン、お前は行かないのか?」


 行きますと即答しようとしたフルにカンナとのいざこざが頭をよぎる。


 「…私が行っても何もなりませんから」


 フルが行くことでカンナの邪魔をしてしまうかもしれないと考えたフルは行かない理由をヨカチに呟く。


 「それは本心からの言葉なのか?」


 「…」


 本心かと聞かれてフルは戸惑った。本当は今すぐにでもカンナと仲直りして自分もウルクへ行きたい。もちろんヘリアンカの日記だって見たいのだ。しかし、自分が行くことでカンナが嫌な気持ちになったらと考えるとどうしても行くとは言えない。


 「もしお前が少しでも行きたいと思う気持ちがあるのなら、その気持ちに向き合え! 逃げるな! 後悔を背負うことになるぞ!」


 「でも…。カンナ先輩は私のこと嫌ってるかもしれないし」


 「まず動くのだ! 考えるのはその後でも構わないはずだ! 心に噓を付くな! 取り返しがつかなくなるぞ!」


 予想外のヨカチからの叱責にフルが震える。心に噓をつくなんて考えたこともなかったとフルは思う。確かにフルはカンナに会いたいと考えている。それならここで会いに行かなければ心に噓をついていることになる。


 「やっぱり行きます!」


 フルの顔にはさっきまでの迷いはなくなっていた。晴れやかな目で真っ直ぐヨカチを見つめる。


 「そうか」


 満足そうにヨカチが頷くと自分の役目は終わったとばかりに背中を向けて足早に去って行った。


 この列車に乗るまでのことを考えていたらいつのまにかウルクに着いていた。ウルクは『生ける歴史の街』とも称されるほどの街だ。家や建物だけでなく道の造りや店構えの些細なところまで歴史を感じる。街ゆく人々でさえも歴史の一部かのように見える。

 「まずはカンナ先輩を探さないと」


 カンナを探してもう一度改めて謝ろう。そしてもう一度カンナとヘリアンカのことを調べようと決意を固くする。


 「まずは博物館にいるか見に行くべきだよね。でもその前に宿を探さないと。今日泊まるところがなくないと困るし」


 フルは財布の中のお金のことを考えながら街の中心部へと足早に向かった。


 フルが街を歩いているとき、ウルク国立博物館の中では一つの展示品をじっと見つめる二人がいた。彼らは30分も前にこの展示品の前に位置したというのに一歩も動かないでいた。


 「サーシャ、准教授、こ、れは、間違い、なく、本物、だ、と、おもい、ます」


 眼鏡をかけ、髪をおさげまとめている幼さが残る大学生と思える女性が周りには聞こえない小声で話す。


 「そうだな。私もそう思う。今まで私たちが当たっていた文献との一致も多く見受けられるし、見れば見るほど偽造品の可能性はないな」


 眼鏡の話にサーシャと呼ばれた若い女が答える。女は周囲を釘付けにするほど綺麗なブロンズの髪をしており、その服装は博物館という歴史的な場所には場違いなほどに先進的なものだった。ファッションモデルだと言われると素直に納得してしまう美貌を纏っていた。


 「これでここへ来た意味は果たせそうだな。では保管庫にある展示されていない方もしっかり見せてもらうとしようか」


 「は、い」


「よし、いい子だ」


 ブロンズの女は眼鏡の女性に声を掛けると受付へと向かった。ブロンズの准教授が受付と何やら話している間、眼鏡の女性もといカンナはフルのことを考えていた。 いくら自分が傷ついたとはいえ言い過ぎたことは自覚している。カンナとしてもいつまでも意地を張っていたいわけではなかった。今度フルに会ったら言い過ぎたことを謝ろうと頭の片隅にフルのことを置いた。

 カンナの担当教授はテハレン・ヴァビロンという還暦の老教授だ。しかし、ヴァビロン教授は多忙であるためその代わりにサーシャに来てもらうことになった。

 サーシャに連れられてカンナは一般の人が入れない博物館の奥へと進んで行く。サーシャ准教授はキタレイ大学に来て間もない先生で非常勤講師でもある。歳は27と准教授にしてはとても若いため行動的で一つの場所にじっとしていられない性格をしている。

 生まれはケウトとは遠く離れた場所であると聞いているがその詳細は知らない。とはいえブロンズの髪を見れば誰もがケウト人ではないことは一目瞭然だ。当然キタレイ大学のあるリアートでもその髪は大変目立っている。

 髪の色だけではなくその見た目もサーシャが注目されている由縁であった。サーシャは大学教員とは思えないほどの美貌を持っているのだ。教員なんて辞めて今すぐにでもモデルになった方がいいのではないかとカンナは出会ったときに思っていたものだ。


 「サーシャ、先生、は、こ、この、かん、ちょ、うと知り、合い、なんで、す、よ、ね?」


 「そうだ。知り合いというか私の身内だな」


 カンナがヘリアンカのことを調べていると聞くとすぐにこの国立博物館に連絡を取ってくれ調査させてくれるように取り計らってくれた。見た目では分からないがサーシャは誰よりも歴史を愛し、探究心を持ち合わせているのだ。

 

 「このウルク国立博物館、略してウル博には5点のヘリアンカの断片が所蔵されている。私としてもヘリアンカについては前から調査したかったんだ」


 ヘリアンカにまつわる文化財ほとんど発見されておらず、現状は極めて少ない。それらヘリアンカ関連の歴史的遺物をサーシャは纏めて『ヘリアンカの断片』と呼んでいる。

数も少ない上に一つの遺物から得られる情報も少ないことから断片と名付けたようだ。カンナとしてもしっくり来ているのでサーシャと二人のときには同じ呼び名を使っている。


「五つも、ある、な、んて、すご、い」


 通常の博物館には珍しすぎて一点もないのが普通なのだ。そんな断片を5つも集められる博物館はウル博しかないだろう。流石は世界最大級の博物館だ。


 「着いたな。ここだ」


 カンナとサーシャは研究室と書かれた部屋に入っていく。


 「ええ! 姉さんなんでここに居るんだよ!」


 入るなり突然声を荒げる青年がいた。髪がぼさぼさで小汚い印象だったが、髪の色だけはサーシャと同じく綺麗なブロンズだった。


 「今日だと事前に言っておいただろう」


 「は? だって今日は4日…。いや、今日は6日か! マジじゃん!」


 ブロンズの二人の会話に挟まれてどうしていいか分からないカンナはおどおどしていた。


 「はぁ、お前は研究に夢中になると周りのことが見えなくなる癖がある。それとあんまり大きな声を上げるな! 私の教え子が怯えるだろう!」


 声を荒げていた人物はサーシャに指摘されてカンナに気づいたのかカンナの顔をまじまじと見る。

 カンナは恥ずかしい思いをしながらその視線に耐えているとブロンズの青年が気づいたように声を出す。


 「おっと! ごめんよ! 僕は気になったものは観察しないと気が済まない主義でね!」


 二カっと笑顔を向けてくる青年をカンナもじっと見る。服は白衣を着ているがところどころ汚れが目立つ。


 「自己紹介がまだだったね。僕はヨルズ・バルダックだ。よろしく!」


 「ばる、だっ、く…」


 バルダックはサーシャのラストネームだ。目の前の二人の髪色といい姉弟ということだろうか。


 「このガサツな人は残念ながら僕の姉だよ」


 カンナの心を見透かしたようにヨルズが付け加える。


 「私をガサツ扱いとは言うようになったわね」


 サーシャの物言いに棘がある。今にも姉弟喧嘩が勃発しそうな雰囲気だ。


 「弟よ。私の横にいるのが教え子のカンナだ。ヘリアンカについて研究している。私としてもヘリアンカの断片に非常に興味があるのでな。単刀直入に言うがここにある断片を全て見せてくれ」


 「あー、わかったよ。館長の権限でここにあるヘリアンカ関連の所蔵品を全て見せろって言うんだろ?」


 「そうだ」


 ヨルズが面倒そうな顔をしながら答える。それを意に介さずサーシャは返事も待たず研究室の鍵置き場に行った。


 「あの、止めなくて、いい、ん、です、か?」


 サーシャはただの大学教員であり言わば部外者だ。部外者が勝手に鍵を取り出すなんて問題行動以外の何ものでもないだろう。もし外部に漏れたらウルク国立博物館は廃館になるかもしれない。


 「僕にはあれを止めれるわけないよ。止めれたらもうとっくに止めてるよ」


 「カンナ、行くぞ」


 サーシャはヨルズのことをちらりとも見ずに鍵を取るとさっさと研究室を出ていってしまった。


 「君も大変だね。あの姉貴と研究なんて本当によくやるよ」


 やれやれと肩をすくめるヨルズにカンナは自分の思いを述べる。


 「確かに、へん、な、人、です、けど、歴史の、知識、と、探究、へ、の欲、は、すごい、と、思、い、ます。私、は今まで、こんなに、すご、い、人、を見たこと、がないです」


 「うーん。確かに弟の僕から見てもすごいと思うけど、それだけだね。それに歴史の知識と探究心なら僕の方が何倍も上だけどね!」


 この姉あってこの弟ありといった感じだ。ヨルズの机には様々な研究資料が散らばっているがカンナが見てもさっぱりだった。


 「早く姉貴を追ったほうがいいんじゃないか?」


 「はい! 行って、き、ます!」


サーシャは周りの目など気にしない人だ。カンナがちゃんと着いてきているかなど全く気にしないだろう。早く行かなければ置いていかれてしまう。この広い博物館で一人になるなど迷子になることは必至だ。

 そういえば、ヨルズはカンナの話し方について何も言わなかった。普通なら気持ち悪いと思われても仕方ないのにだ。そういえばサーシャと初めて話した時も同じように接してくれる優しさがあった。やはり姉弟なのだなとカンナは感じた。

 

「急が、ない、と」


サーシャに追いつくため小走りでカンナ走っていた。走るのに必死なためここが博物館だということを忘れていた。


 「っあ!」


 カンナは廊下の曲がり角で前から歩いて来た人物に思い切りぶつかってしまった。カンナはその場にコケる程度で済んだが、相手は2,3歩後ろに吹き飛んでしまった。

 

 「本当、にごめ、んな、さい!」


 カンナは慌てて謝罪の言葉を掛ける。万が一相手に重大な怪我でもさせてしまったらもう研究での課外活動はできなくなるかもしれない。そう思って急いで相手の状況を確認する。

 するとカンナはその少女を見て驚いた。なんとフルだったのだ。カンナはフルにぶつかったことを謝ろうと思った。そして今までのことも謝るのだ。しかし、心ではそう思っていても言葉にできない。そんなときフルの口が動いた。


 「カンナ先輩! すみませんでした! カンナ先輩の気持ちを私、ちっとも考えてなかったです!」


 「えっと」


 「私が悪かったです! もう一度私と話してくれませんか!」


 フルの必死の思いを聞いたカンナは先ほどまでの突っかかりが無くなっていた。


「私、こそ! 私の、ほう、こそ、ごめん!」


 「え?」


 「私もフル、の、こと、ちゃんと、考えて、なかった! 私も、フル、と、ちゃんと、話し、たい!」


 自分でも驚くほど大きな声でカンナはフルの思いに呼応する。


 「カンナ先輩…」


 フルは驚きと嬉しさの両方で視界が涙で滲む。


 「青春だねー」


 「え?」


 フルとカンナが声のほうを見るとそこには温かい目をしたヨルズが立っていた。


 「カンナちゃん、姉貴のことすっかり忘れてるだろ」


 ヨルズに言われて我に返る。サーシャに追いつくことをすっかり忘れていた。今頃きっとカンナのことなんて忘れてヘリアンカの資料を漁っているだろう。

 

「行かなきゃ、でも、場所、が」


「カンナちゃん、僕が保管室まで送るよ」


「あ、りが、とう、ござい、ま、す!


 カンナはちらと横のフルの顔を見る。


 「今か、ら、ヘリ、アンカの、日記、を、見に、行く、けど。良かったら、フル、も、来る?」


 カンナは恐る恐るフルへと尋ねる。これが今のカンナの精一杯だった。そんなカンナにフルは元気いっぱいに答える。


 「はい! ぜひお願いします!」


カンナがほっとした顔で笑い、それを見てヨルズが微笑む。


 「では、行こうか」


ヨルズに連れられながらフルとカンナは保管室へと歩み始めた。


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