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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
2章 女神のレイライン

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20話 信頼

 ヨカチはエリオットに任せろといった後とある場所に向かって歩いた。

 ヨカチとカンナはキタレイ大学で2年の時に数学概論の授業で会って以来の付き合いで、ヨカチはカンナの恐るべき記憶能力を買って学生執行委員会の会計にした。

 4回生になるまでの1年半でもヨカチはカンナについて知っているつもりだ。


 カンナの口からも自身の過去を伝えられたことがある。それに対してヨカチはあえて何も返さなかった。

 なぜならカンナにとって同い年の信頼できる相手に呟いたら少し安心するだろうということで呟いたに違いないとヨカチが考えたからだ。


 ヨカチは苦虫を噛み締めた顔で早歩きをする。そして拳を握って震わせる。


 そして学執会の部屋についた。

 学執会の部屋は豪華な内装で、天井にはシャンデリア、机は高価な木材で作られている。

 壁紙の模様には金箔が使われ、部屋に置いてある家具などにも部分によっては金箔もしくは銀箔が使用されている。言っても昔のものをそのまま代用しているためかなり色彩が欠けているところもある。

このような威厳のある部屋が入っている扉をヨカチはドアノブを回して開けた。

 ドアを開けて正面から左奥の部屋の隅にそこには部屋の隅で地べたに座って三角座りをしているカンナの姿があった。


 ヨカチはしばらくカンナを眺めた後近づいた。


 「何をしている。ここは神聖な学生執行委員会の部屋だ。泣き虫部屋じゃない」


 「——」


 カンナは何も返さなかった。

 ヨカチはカンナの前まで歩き、膝を曲げて視線を合わせた。


 「——一応状況は理解している。およそラスターが無理矢理言わせようとしたんだろう。だが、これだけは信じてほしい。あれはラスターが勝手にしたことでフィリーペンは無実だ」


 「しん、じない……」


 カンナはか細い声で言う。

 そして続けてカンナは話した。


 「ふ、るは。良い子、信じれるって、信じてた。な、のに……」


 カンナは涙を流した。


 「や、めてって、言ったら。やめる、って。思った。な、のに——」


 ヨカチはカンナの肩に手を乗せる。


 「カンナ。少し落ち着け。逆に聞くがお前はフィリーペンが聞いた時なぜ言わなかったんだ。別に彼女がお前の嫌な過去を抉ろうとしていないのは分かっていたはずだ。どうなんだ? お前は最初から信じていたのかそれとも信じていなかったのかどっちだ」


「——し、ん。じて……た」


 カンナは自身のツノを撫でて気持ちを落ち着かせようとした。ヨカチはため息混じりの息を吐いた。


 「——言いたくなかったのなら構わない。だったら聞かないでよ先に言っておけばこうはならなかったはずだ。とにかく、早いうちに一度は話せ」


 「——」


 カンナは何も返さなかった。

 ヨカチはその反応を見て扉に向かって歩いた。


 「とりあえず。あとのことはお前次第だお前がフィリーペンと仲直りしたくなかったのなら別に構わないが少なくとも彼女からは悪意は見なかったぞ」


 「だ、から。い、や……」


 カンナは体を震わせた。


 「カンナには素直すぎる後輩は酷だったのかもな。あそこまで怒ったことがない分どうすれば良いのか分からないのか」


 「——」


 カンナはゆっくり頷いた。

 しかし、ヨカチの言葉は決して温かいものじゃなかった。


 「それぐらい自分で考えろ。自分で巻いた種は自分で処理する。だが、もしそれでも分からなかったらボクが相談屋ぐらいにはなってやる」


 ヨカチはそう言い残すと部屋から出て行った。薄暗い部屋に残されたのは、カンナただ一人だった。


 カンナはゆっくりと立ち上がるとカバンから古い封筒を取り出した。カンナはその封筒を胸にぎゅっと握った。


 「おとう、さま。お、母様。わ、たし。どうすれ、ば?」


 カンナは小さな声で自分にだけ聞こえるように呟いた。


 それと同時刻、喧嘩でバタバタしつつもすでに太陽は地平線に近づいて黄昏時となっていた。 

 フルはエリオットの家に招かれる形で話を聞くと言う形になったものの、エリオットは用意で今家を留守にしており、実際フルを慰めているのは学校帰りで疲れているクラレットだった。


 一応補足をするとフルの話を聞いた時のクラレットの第一声は「身から出た錆」と言う言葉だ。

 そのあまりにもど正論中のど正論にフルは余計に拗ねてしまって現在に至る。

 フルは涙を流しながら椅子に座って机にもたれかかっている。

 その真正面には珍しく申し訳なさそうに目を逸らしているクラレットがちょこんと座っていた。


 「えっとフルさん。私も言いすぎました」


 「良いの……。だって本当のことだから」


 「えっと。その喧嘩ですが経緯は先ほど話した行きすぎた行為ですよね。逆に聞きますけどどうして無理やり聞き出そうとしたんですか?」


 クラレットは少し柔らかめの口調でフルに聞いた。


 「私ってさ。隠し事嫌いなの。——だから隠さずに言ってほしいと言う気持ちとね、もっと相手を知りたいって言う気持ちが強くなって……。本当に最低だよね」


 「いえ、その気持ちは私にもわかります」


 「そうなの?」


 フルは顔を上げた。


 クラレットは笑みを浮かべながらゆっくりと会釈した。


 「クラちゃん……」


 クラレットは優しい笑みのまま義手からナイフを出した。

 

 


 クラレットは少し違和感を感じた。同時に今のフルの心の状態もなんとなくだが少し理解する。今度はナイフをフルの喉元に近づけた。しかしフルは避けも怯えもしなかった。


 ——これは少しどころか重症では?


 クラレットは少し困った顔をしながらそう考えた。

 確かフルはクッツオで温泉で一応気が抜けすぎておかしなことをしていた自分を止めてくれた恩がある。もし自分が恩返しとしてフルの助けになれば兄のエリオットからご褒美をもらえるのかもしれないという希望を胸に抱いた。

  

 「やるなら今ですか……」


 「何か言った?」


 「フルさん」


 クラレットは棒読みの声を出しつつ、机に全体重をかけて前のめりになってフルに顔を近づけた。


 「まずことの発端はフルさんなのは会話から察しましたが次に余計拗らせた原因は誰のせいですか?」


 「——ラスターさんがカンナ先輩に無理やり過去のことを聞こうとして……。私が原因なんだけどね。私はクラちゃんにわかりやすくいうと生徒会長みたいな人にね相談して一度聞いてダメなら聞かないことにしようって胸に決めたの。だけどラスター先輩が勝手に聞いてくるって言って……」


 「ふむ……分かりました。そのラスター先輩はフルさんの先輩ですよね?」


 「うん。その生徒会長みたいな人と同じ学科。——はぁ」


 フルは説明を終えると再び暗い顔をした。

 クラレットはフルが話した言葉を一言一句聞き逃さず脳にインプットした。


 「クラ! フルいる!?」


 沈黙の間が出来ようとしていた時居間目掛けて激しい靴音が聞こえるや否エリオットが大慌てで顔を覗かせた。


 「あ、兄さん! フルさんならここにいますよ」


 エリオットはフルを見る。フルの顔は先程と違ってかなり落ち込んでいるようにも見えた。


 「——クラ?」


 エリオットは優しい笑みをクラレットに向けるが、クラは堂々とした眼差しをエリオットに向けた。


 「誤解です」


 クラレットは短い言葉を呟いた。エリオットは妹を信じてそれ以上は追求せず、フルの腕を掴んだ。


 「とりあえずフル! 君が好きそうなのを見つけたんだ! クラもおいでよ!」


 「は、はい! もちろん行きます!」


 クラレットは嬉しそうな笑みをエリオットに飛ばした。


 フルはエリオットとクラレットに流されるがまま家を出て知らない道を通った。それから百貨店やら露店が並んだ場所を潜り抜けると遠くから激しい音楽が鳴り響いた。

 街はもうすでに薄暗く黄昏から夜に変わろうとしており、家の壁にはイリミネーションが飾られ温かい光が街を包んでいる。

 音の原因は露店が並んだ道を見慣れない派手は赤と白を基調とした服を着た遊牧民の道化師たちが笛や太鼓を鳴らしながら歩いていたのだ。


 その隊列の周りは物凄い人だかりで、クラレットも楽しんでいるのか頭を上下にゆっくりをリズムよく動かしていた。


 「これは?」


 「これはケイオスの祭りだよ。昔の英雄がこの道を通ったことが由来とされているほど古いものなんだ」


 エリオットは両手を広げて嬉しそうに話す。しかしフルにとってはこの空間は未知の領域で何が面白いのかがさっぱりわからない。そして今のフルの心は深く傷ついている。

 そんな状態にもかかわらずエリオットは無邪気な笑みをフルに見せた。


 「意味が分からない……」


 フルがそう呟くと隊列から愉快な歌声が聞こえた。


 『ビズ、レーアト・ハールズ! メロールビンモクトランズハンルーズ。カラハンクルーヘリヘーローインッ!』


 このうたはフルの耳には馴染みのない言語で頭の上にはてなマークが浮かんでいた。


 「あ、そうだったね! ごめん。僕が訳すよ」


 フルが不機嫌そうになったのを察知したエリオットはそういうと耳をすまし、隊列の歌声に合わせて通訳した。

 

 『ビズ、レーアト・ハールズ! メロールビンモクトランズハンル〜ズ。カラハンクルーヘリヘーローインッ!(我らはレーアトの民! 流星に乗って神々の宝を守りし英雄の末裔!)』


 「——流星って、神々の宝って!」


 フルの顔が徐々に明るくなる。

 エリオットはそれを見てほっとした顔になったものの、目と顔は隊列に向いたままだった。


 「いや、彼らは関係ないよ」


 「え?」


 エリオットは辛辣にもそういった。そしてフルに目を合わせる。


 「僕の言っていることが本当なら聞きに行ってみなよ」


 「——」


 フルはエリオットの忠告を無視して本当に聞きに行ってしまった。エリオットは苦笑いをしながら頭を掻いた。


 「——捕まえてきます!」


 クラレットは柵を飛び越えてフルを追いかけて行った。


 フルは隊列に向かって走る。しかし同じ服装をした模造品の槍を手に持ったピト族の男に止められた。


 「こら! 止まって!」


 「あ、すいません! ちょっと隊列について聞きたいことがあるんです! あの隊列って何を模してるんですか!? リアート人ですか!?」


 「お、落ち着いて! リアートってなんだい! 俺たちはオドアケル人だよ!」


 フルは男の言葉を聞いて一瞬無表情になった後冷や汗を流した。

 男はそれを見て被っている兜を一度脱いだ。


 「君? もしかして観光客かい?」


 「いえ、留学生です……」


 「はぁ……」


 男はため息をつく。


 「まぁ、君の言っていたリアート人は全くもって意味不明だ。この祭りについて説明は受けたか? 受けてないならするぞ?」


 「——聞きました。その、昔の民族にリアート人っていうのはいましたか!? 同じ遊牧民なら伝承とか残っていませんか!?」


 「全く。なら尚更訳が分からんよ」


 男は呆れた気持ちと苛立ちがこめられた息を吐いた。

 フルは落ち着いて我に帰ると先程自身が何をしていたのかが分からず真っ白になっていた。

 男はフルを見ると悪態をしたことに申し訳なさを感じたのか視線をフルに合わせた。


 「はぁ。嬢ちゃん。遊牧民というのは歴史から姿が消えてしまうのがほとんどだ。お前さんの言っていたリアート人というのは知らんが彼らが遊牧民なら同化して歴史の表舞台から消えたんだろう」


 「——」


 「とにかく俺たちはオドアケル人。オドアケルは東は大陸北東の海岸から西は大陸中央のモンガーリ砂漠と呼ばれる場所までの広い範囲に住んでいる。もしかしたら嬢ちゃんが探しているのは昔の民族ならもしかしたら同化されているかもな」


 「——ではレーアトって?」


 「さぁ? 祖母が言うには遠い祖先がレーアト人と呼ばれていただけだ。じゃもういいだろう。ほら帰った帰った」


 フルは男にしっしと払われる。男はフルが離れたのを見届けると先に通り過ぎた隊列を追いかけて走っていった。


 次の瞬間フルの服の襟足が誰かに掴まれた。 

 「誰? 喧嘩売ってるの?」


 フルは強い口調を襟足を掴んでいる後ろの人物に当たる。

 だが後ろにいたのはクラレットだった。


 「あ、クラちゃん……」


 「落ち着いてください。フルさんがなんでこんなに興奮しているのかは知りませんが。昔ここにきた民族がいまに繋がっているとは限りませんよ?」


 「は?」


 フルは露骨に不機嫌そうな声を出すとクラレットの手を払う。


 「そんなの分からないじゃない」


 「終始会話を聞いていましたけどお相手になってくれた人親切ですね。わざわざケウト語で返してくれて。私だったら自分たちの言葉で文句を垂れて無視しますよ」


 「——」


 クラレットは何か言いたげな顔をするが口からは出せなかった。


 「フル。君は僕のことを信頼してる?」


 「あ、兄さん!」


 エリオットは必死に走ったのか膝に手を乗せて額から汗を流しながら息が切れながらフルに視線を合わせた。

 フルはため息をつく。


 「そんなの当然でしょ」


 「じゃ、どうして僕の言葉を信じてなかったの?」


 「——だって本当かわからないじゃない」


 「あ」


 クラレットはエリオットの言いたいことが気づいた嬉しさで声を漏らした。


 「えっとね。フル? 僕が言いたいのはまず僕がどこ住みだと言う話だよ」


 「そらケイオス……、あ——」


 「気づいたみたいだね。僕はケイオス育ちだから割とここの祭りとか知っていて当然なんだ。あとカンナ先輩やフルの役に立とうと実はこの祭りとかを詳しく調べていた最中でね、途中家から出て行ったのもその確認だったんだ。どうせフルが動いて迷惑かけるかなって思って」


 「——あなたも私を信頼してるのよね?」


 「そうだよ。してるからこそ察して欲しかったんだけどね。魔道具にしか興味がない僕がどうしてこの祭りに。しかもここの歴史にだけ断言できるのか。普段のフルならすぐに察していたと思うよ」


 「——」

 

 フルは目から涙を流し、腕で涙を拭いた。


 ——そうか今気づいた。私相手が信頼してくれているところを見れてなかったんだ。カンナ先輩も私に触れられたくないところを理解してくれてるからこそああやって突き放そうとしたんだ。


 フルは顔を上げた。


 「クラちゃん。エリオ。ごめん私が間違ってた。私はカンナ先輩の秘密を知りたいって考えてみれば……とても無神経だよね。カンナ先輩に信頼されたすぎてムキになってたのかも」


 「うん。確かにフルは強引なところあるけど僕は君のそんなところがいいと思うよ。テロが起きた時でも家にまで急行してくれるほどお節介なの知った時少し嬉しかったし」


 「褒めても何も出ないからね」


 フルは恥ずかしそうにそういうとあたりを見る。空はすでに暗く。祭りも気がつけば終わっていた。


 エリオットは持ち直したフルをみて嬉しそうに笑った。


 「エリオ、列車はまだ終電じゃないよね?」


 「ん? うん。まだ運行してるね」


 「それじゃ帰るね! 今日は本当にありがとう!」


 フルは大声でそう叫んだ後ケイオス駅に向かった。


 それから次の日、フルはカンナに謝ろうと研究室に向かって長い廊下を歩いた。


 「これは私がカンナ先輩の心を裏切ったから起きたこと。ラスターさんなんてこれから無視してやろうかしら。けど先輩は許してくれるかな?」


 フルは少し弱気になるが一度立ち止まって自分の頬を叩いた。


 「バカ。私何弱気になってるのよ。もう一度カンナ先輩の信頼を取り戻す。それが私なんだから……!」


 フルは早歩きで研究室に到着すると扉を勢いよく開けた。

 しかし中はもぬけの殻だった。


 「あれ? あるのはいつもの雪崩のように資料だけ……。ん? 机の上に封筒が」


 フルは机の上の封筒を見るとどうやらフルに当てたものだった。フルはどう言うことだとおもて封筒を開けた。

 中には手紙が入っており、そこにはカンナ先輩が書いてたであろうぐちゃぐちゃの線が描かれていた。

 

 「カンナ先輩……。読めないですって」


 すると本棚前のいつもの崩れ落ちた本の塊が揺れた。フルは違和感に気付いて本に近づくと突如爆発したと誤解するぐらいに本があたりに飛び散った。そのうち一冊がフルの頭に起きおいよく当たった。


 「痛い!」


 フルは後ろに尻餅をついて倒れるもすぐに立ち上がった。

 するとその塊があった場所にはカンナ先輩がちょこんと口を半開きにボーとしながら座っていた。

 

 「し、ぬかと……」


 カンナはゆっくりとフルを見た。


 ——え?


 ……え?


 フルとカンナは想定していなかった出逢いに両者は困惑の顔をする。そこでフルはいの一番に動いてカンナ先輩に近づくと手を伸ばした。


 「あ、どうぞ……」


 「——」


 しかし、カンナは無視するかのように一人で立ち上がるとフルの腕を掴んで研究室から追い出した。

 カンナがフルが呆気に取られでいるすきに扉を閉めようとしたがフルはすぐに扉の隙間に入り込んだ。


 「待ってください!」


 「——」


 カンナは眉間にしわを寄せる。


 「カンナ先輩! ごめんなさい私が悪かったです!」


 フルは吹っ切れ涙を大量にガナしながら話し始めた。


 「私はカンナ先輩にまだ信頼されてないって思って……。友達なら秘密を教えてくれるって思っただけなんです……。けどカンナ先輩は知られたくないのに私っ!」


 「ふ、る……」


 泣きじゃくるフルを見てカンナも涙を流した。


 「わ、たし。フル、のこと。信頼、してるって思ってた。な、のに。お、こった。いや、って言えば。聞いてくれるのが、分かってたのに……」


 「カンナ先輩……」

 

 「わ、たし。ここま、での喧嘩、初めてなの。誰かとするの。だ、から。どう、やって。後始末、するのか、分からないの」


 「カンナ先輩は謝らなくて良いんです! 私が悪いんです!」


 「フ、ル」


 カンナはドアに挟まれた状態のフルの頭を撫でた。カンナは本能では許したいが自身の心が許さないとう不均衡な状態にあった。

 カンナはここでフルを許したとしても突然激昂する可能性があると思って怖いのだ。


 「こ、ころの、整理できる、まで。待って?」


 カンナは一度フルと離れることを選んだ。


 「——はい」


 フルは諦めて研究室から出た。研究室の扉はゆっくりと閉じる。 

 その後とぼとぼとぼと正門に向かって歩いた。そして空を見ると上空では天空人だろうか鳥にしては大柄の羽のついたものが十人ほど太陽を横切っていた。


 「私が巻いた種だから自分でなんとかしないと。それにどうにかして一人でウルクに行ってカンナ先輩の負担になることは避けないとね」


 フルはそう決心してケウト帝国の首都ウルクについて調べることを決めた。



 ——フルが持ち直してカンナと話していた時の同時刻、リアートの郊外にある廃墟の地下深くで一人の男子大学生ラスターが椅子に縛られていた。


 ラスターは目隠しをされて前が見えない。真っ暗闇の視界の中震えながら声をやっとのことで出す。


 「だ、誰なんだぜ!? こんなこと許されるとでも!?」


 「あらあら〜。もう起きましたか? 残念ですねー。水をかけて電気でビリビリしてあげようかと思っていたのに」


 ラスターの耳に直接若い女の声が聞こえる。それに吐息も感じるほどの近さだ。


 「はっ! 俺のことが好きなんだな——ギャッ!」


 ラスターは悲鳴をあげる。耳に直接刃物の先端が当たったからだ。

 若い女は不気味に笑う。


 「うふふふ。良い声ですね。お兄さんにはと・く・べ・つ。品性を良くするになる調教をして差し上げましょう」


「会話が通じてないのだぜ!」


 ラスターが声を出した瞬間全身に電流が走った。ラスターは体をビクビクと振るわせながら息を荒くする。


 「はぁっ! はぁっ!」


 「もう終わりですか? クスクス」


 「お前は何が目的なんだ!」


 ラスターは暴れながら質問した。すると若い女はラスターの頬に手を触れた、しかしその手は鋼のように冷たかった。


 「私が心に決めたお兄様に頭なでなでされたいからですよ♡」


 「お! 俺のことだな——」


 その後廃墟から数時間ラスターの悲痛な叫びが響いたが誰も耳にすることはなかった。

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