1話 夢の延長
フルが気づいたときには目的の駅はとっくに通り過ぎてしまっていた。窓の外を見ると空は鮮血のような赤色に染まっていた。
「こんなに赤い空は初めて見たわ。これは記念に写真の一枚でも撮ったほうが面白そうね」
撮った写真を友達に見せ大絶賛されるところまで想像したところで、列車内の奇妙な状態に気が付いた。この列車はケイオスの駅へと行くものだ。買い物に出かける者、情報を求める者、人との出会いを楽しむ者、自分探しの旅に出る者、様々な理由を胸に秘め人々はこの列車に乗っているはずだった。ケイオスという場所は人、者、娯楽など探し物は必ず見つかると言われているほど何でも揃う場所である。そのため、この列車が空気を運ぶことなど滅多にないことであった。
「赤い空に私以外の乗客がいないこと。こんな珍しいことが重なるなんて、事件のにおいがするわね」
この怪奇な謎を解こうと頭をひねくり回す。記憶力が良く、自分で頭は良いと思い込んでいるフルにとって未知なる事象との遭遇は胸をときめかせるものであった。
「たしか、私はこの列車に乗って窓から外を見たはず。その時はこんなまっ赤じゃなくて、そう!白かった!雪景色だったはず!」
そのことを思い出すと被っていたはずの毛布も無くなっていたり、列車に乗っているはずなのに一向に変わらない景色など、からまった紐がほどけていくように、不思議な点が次々と出てくる。その時パンという無機質で乾いた音がどこからともなく鳴り響いき体の芯を震わせた。
「えっ!?」
眠りに着きかけている脳に先生が自分の名前を呼ぶようにフルは急な覚醒でまだ現状を飲み込めていなかった。目には瘦せている体の男が列車の通路の真ん中の堂々と立っている姿が写っていた。その手には銃が黒く光っており、その銃口をよく見ると薄っすらと煙が出ているのが分かる。そして男が立っている場所は赤く濡れていた。どうやら夢の中で聞いたあの乾いた音は、男の手に持つものから発せられたらしい。とするとフルは機関車の心地よい揺れに身を任せ、吞気にも不思議な夢の中にいたことになる。
「銃を持った男に、その足元は赤く濡れている。赤、血! 誰か撃たれたんだわ!」
今にも叫びたい衝動に駆られる。何故、自分がこんな目に合っているのか、どうか夢であってほしいそう思ったところで目の前のことは何も変わらなかった。目に涙がたまって今にも溢れそうだ。
「うぇーい。起きたのかお嬢ちゃん。ちっと状況が状況なんでな。そのまぶたにたまるウォーターと一緒にヴォイスを出すのは止めてくれよ」
隣りの男からいきなり声を掛けられる。頭の髪は短く切り揃えられ、かっちりとした印象を与える。が、その男はとんでもなく派手なのだ。今までフルが出逢った人の中で一番だ。髪は短く切られているが、頭に30センチはあろうよくわからないものが付いている。
鳥の羽根を100本くらい使って円形にし、その中心に花束を挿しこんでいるようなものを着けている。さらに星型のサングラス。そして極めつけは服だ。赤、青、黄、緑、様々な色をした布を何枚も重ねて着ているようなもので見ていてチカチカする。
今のフルにはこのように男の見た目を観察する余裕なんて全くなかった。フルにとって銃を持った男が目に入ることなんて今まで無かった。それに加えていきなり意味不明な衣装の男にいきなり話しかけられた。銃を持った男と床を赤く染める血だけでフルが叫ぶのに十分な理由は揃っていた。
しかし、声を出すと次に赤く染まるのが自分だと直感的に思った。なんとか声を抑えていたのだ。だが、無理だった。その理解が追いつかない男の存在によって押し込めた声は解き放たれてしまった。
「キャ、むぐ」
体の内に秘められていた恐怖の叫びの発生源である口は奇怪な恰好の男の手で蓋をされた。それにより、フルの声はすぐに止まった。しかし止まったのは声だけで、同じ空間の人の目は全てフルに止まる。フルが叫び声を発しただけで、フルはその列車内での主役になった。乗客の誰もが注目し、瘦せた男は銃口を向け、隣りの奇抜な男は目を丸くひん剝いていた。
「お前! 殺すぞ!」
「あー、だから言ったっしょ」
ドスの聞いた声と呆れたような声を耳で捉えたが意味に変換するのに少し掛かるほどに動揺していた。
「お前も我が神に逆らうのか?神の意向に背く者に存在価値はない。死ぬがいい」
フルへと向けられた銃に男が指を掛けることの意味を感じ取ったフルは頭で考えるよりも先に声を発していた。
「申し訳ございません! せめて死ぬ前に無知で愚図な私に教えていただけませんか?」
「ほう、お前のような存在価値のないゴミクズでも脳はあるようだな。冥土の土産に我が神について教えてやろう」
今にも男が引き金を引きそうなこの状況で意味のある言葉を口から出したことに自分でも驚きつつも、奇跡とも言うべきこの瞬間を使って何とか助かる術を頭で必死に考える。フルには諦めるという考えは持ち合わせていなかった。
「我が神は宇宙の創造主である。我々は日々に忙殺されて忘れているかもしれないが、我々の肉体もまた神がお造りになられたものなのだ。我々が何故一人一人外見がこんなにも違うか考えたことがあるか?それは神が我々に意味をお与えになって下さったからだ。神は我々を全く同一の存在としてお造りになることも可能だった。しかし、敢えて違う身体に造られた。それは我々に一番適した形を造って下さったのだ。見た目が同じでも我とお前のようなゴミとでは価値が違う。その優劣を誰にでも分かるようにと外見を変えて下さったのだ!あぁ主よ。このような日に最も愚かなるゴミクズに、生きる価値のないカス以下の下等な生物に貴方様の御心を説くことをお許し下さい。あぁ神よぉぉおおお」
こいつは頭がおかしいのだ。そもそも列車内に銃を持ち込むようなヤツがまともな訳がないのだ。元々無理だとは思っていたが今の意味不明な演説によって説得は無意味だとはっきり理解する。だからと言って武器を持った相手を武器などないフルが倒す想像などできない。とうとうフルは現状の打開策を思い着くことが出来なかった。
「何と素晴らしいことでしょうか!」
そんなイカれた演説の返答にしては頭がどうかしたとしか思えないことを言ったのは隣にいた訳の分からない恰好の男だった。頭のおかしい者と恰好がおかしい者。おかしい者同士通ずるものがあるのだろうか。
「貴方の行動に、いや神のお言葉に大変心を動かされました。愚鈍なる私に神のお言葉を教えて頂いたお礼に私の気持ちを贈らせてください!」
そう言うやいなやどんどん近づいていく。そして、いきなり拳で相手の顔面を殴りつけた。あまりにも予想外すぎる出来事にフルを含め乗客は全員瞬きすら出来なかった。
「てめえみたいなのは虫唾が走るんだよ」
意味不明な演説をしていた男は床に伸びきっていた。一発でノックダウンとは何とも弱い。それとも殴った男が強いのだろうか。変な見た目をしているだけで特殊な訓練を受けていたりするのだろうか。などと考えていたらその男は撃たれたのだろう乗客を治療していた。その手際の良さは見た目からは想像できないほど素晴らしいものだった。フルは医療に全くの素人だが、それでもこの男が凄い技術を持っていることがわかる。治療し終えたのかこっちに近づいてくる。
「うぇーい。あんた大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫よ」
何とか声を振り絞る。
「こんな連中に目を付けられるとは災難だったな。こいつらはヘリアンキ自由信徒軍っていう頭のおかしい連中さ。実体はまだ解明できてない部分が多いんだが、分かっているのはケモフ族と天空人、そしてピト族が信仰している神であるヘリアンカを勝手に崇めてることぐらいだ。こいつが言ってた神はこの組織が崇めるものとはまるで掛け離れてる。お嬢ちゃんはこれ以上は関わらないほうがいいぜ」
ヘリアンキ自由信徒軍。噂は聞いていたけど実際に遭遇することになるとは思いもよらなかった。それにしてもこの男は一体何者なのか。
「助けてくれてありがとう。銃を持った相手に正面から殴るなんて正気じゃないわ。あなた何者なの?」
「何者かって?俺はトゥサイだ。正気も何も俺のイケイケ衣装に見惚れてるところを殴っただけだからな!ま、俺の輝きは誰にも止められないってことさ!キラッ」
キラッって自分で言うトゥサイに寒気を覚えつつもこの男の言葉から安心できる何かを感じた。
「で、この列車はおそらくだが自由信徒軍が占拠してるな。俺は次の車両へ向かうぜ。お嬢ちゃんは事が収まるまではここで待っているんだな。終わったら迎えに来てやるからいい子ちゃんで待ってるんだぞ!」
気持ち悪いことを言いながらトゥサイは次の列車へと走っていった。現実離れした出来事にどっと疲れが来る。1時間は経ったと思ったが時間にして5分も経っていなかった。
「この列車には他にもこんな頭のおかしい連中がいるのよね」
少し視線を下げると、足を撃たれた乗客が座席に寝ている。トゥサイによる治療のおかげで血は止まっていた。
「こんなことが起きているのに黙って待ってるだけでいいの?」
フルに何が出来るのかは彼女自身にも分からない。唯一つ分かることは、このまま大人しく待っているなんてフルには出来ないことだけだった。
「ここで進まないと後悔する気がする」
トゥサイに殴られて気絶している男を見下ろす。この男によって、この男の所属する組織ヘリアンキ自由信徒軍によって一人の乗客が撃たれたのだ。この事実は覆らない。変えられるとしたらこれから起こることだけだ。フルは上着を一枚脱ぎ、それを切り裂くことで一本にする。それを使い男を縛りあげる。
「覚悟を決めるのよ、フル」
自分自身に言い聞かせる。覚悟を決め、男の手の中で黒く光るものを拾う。フルはその重さをしっかりと受け止めると、トゥサイを追って次の車両へと歩いていった。