18話 難問。そして困惑
フル達がリアートに帰還して早くも二日。街には軍用車両が街を監視するとばかりに道路を何度も横切り、歩道にも警察官がぎろりと通行人を監視していた。
フルはその中を堂々と歩いてキタレイ大学に向かった。
大学に向かいそもそもの目的はクッツオで確認したヘリアンカの情報をまとめ、カンナの卒論を進めるためだ。そのことは二日前にリアートに降りた際カンナの口からフルに告げられたのだ。
フルは寒い早朝の防寒着を着こなしてリアートを歩く。
「本当に寒いわね。確かモラモイノの民とかスタルシア人とピト族は古くからここに住んでいるんだったよね。だとしたらコツとか詳しく知ってそう」
しばらく歩くとフルの目に少し怪しげな佇まいの古臭そうな露店が目に入った。店頭には若いお兄さんと言ったぐらいの年齢の男が一人いるだけだった。
その男の前には新品だと思われる魔道具がならび、どれも用途が不明なものの、消費者の購買意欲を高めるようなデザインなのは間違いないとフルは感じて一つ手に取った。
「そういえばエリオットはクラちゃんがまた倒れないかで今日は来れない。——そう言えばヘリアンカ大神殿の奥で見つけた魔道具……光った時クラちゃんは倒れたけど同じピト族のエリオットは倒れなかったのよね? 深読みするべきかしないべきか——」
「お! 嬢ちゃん! その魔道具に興味ありかい?」
フルが魔道具をじっと見ていると目の前に金髪のガタイが若い男が近づいてきた。その男は耳が長く、耳の長さ的に多分エポルシア人だろうと解釈した。
さらに見たことのあるバカッぱい態度。フルはその男を脳内の記憶からとある人物に次ぐに行き着いた。
——絶対ラスター先輩だ。
フルは関わりたくないと判断して社交辞令の笑顔を浮かべた。
「いえ、今は良いです。今日はこれから用事があるので」
「そうか! ——ん? その黄緑色の髪はフルちゃん!?」
「げ」
フルは露骨に嫌そうな顔に変化した。
ラスターは鼻を鳴らしながら両手を点に掲げた。
「愛の神アクカリーマラ様ありがとう!」
フルはそっと一歩づつ後ろに下がる。
「あー……。私はこれから用事なんで……」
するとラスターは機敏に動いてフルの両手を掴んだ。
「何を言ってるんだぜ。彼女を目的地まで安全に連れて行くのは……彼氏の役目だろ? キラン」
ラスターはウィンクをフルに飛ばした。
「俺はもう仕事は終わりだぜ。今から帰るところだったんだがフルちゃんが襲われないように守ってやるぜ!」
「大学に行くだけなんですけど……。まぁ、別にいいですよ」
フルは面倒そうな顔をしつつもラスターと共にキタレイ大学に向かった。
「そういえばどうしてラスター先輩は魔道具店に?」
「まぁ、話せば長くなるがな。今回の戒厳令で分かったんだぜ。仕送りばかりも頼ったらダメだってな。郵便物も検閲があるから届くのには手間取るし」
「い、意外とまともなことを……」
フルのほんの僅かラスターの成長した一面を心の中で尊敬した。
ちなみにフルは一応仕送りをもらっているが、生活費などはマトミが負担している。
ラスターは前髪を上げた。
「ま、それは俺様が甘えていたせいだからな。きちんと厳しくしないからこうなったんだ」
ラスターは足を止めて顔を俯かせた。フルはラスターを見る。
「どうかしましたか?」
「……いや、大丈夫だぜ。ちと思い出したくないことを思い出してしまっただけだぜ」
「——」
「フルちゃんは友人が一気に消えたことってあるかい?」
「いえ、ないですよ?」
ラスターは鼻を啜るの音を出しながら少し息を吸ったあと——。
「そうだよな。悪い。聞かなかったことにしてくれ」
フルはとりあえずこの話題はしない方がいいだろうと判断し、何も言わなかった。
フルはその後ラスターが店を畳むのを待ってきたれい大学に向かって歩いた。
それからしばらくしてキタレイ大学の校門に到着した。校門にはすでにヨカチとカンナがフルを待っていた。
校門前にはヨカチとカンナがすでについているようで、二人はフルに気づいていないのか何か話していた。
ラスターはヨカチを見るや否フルの方を掴んで物陰に隠れた。
「あれはヨカチ先輩か!?」
「えーと突然なんですか?」
フルは突然元気になったラスターに若干驚きつつも質問した。
「ヨカチ先輩は俺の先輩だ。物理学科のな。一年の時にお世話になってから飯を一緒に食べたり遊んでいる仲だぜ」
ラスターは嬉しそうにハキハキフルに解説する。
「へぇー。ヨカチ先輩って意外と仲が良い人には社交的なんですね」
フルは若干面倒くさそうに返事をする。
「そこでだフルちゃん。ちと聞いてくれ——」
ラスターは悪巧みをしている顔でフルに耳打ちした。
それを聞いたフルは少し嫌がりながらも、しょうがないと面倒くさそうにため息をついてヨカチとカンナの元に向かって走った。それに続いてだいぶ差を開けてラスターがフルの後ろを走った。
その悪戯とはフルをラスターが追いかけ、フルがヨカチとカンナに向けて大きな声を出してまさしく襲われそうになっているように見せかけ、驚いた二人がフルらを見てふるがカンナにしがみ付き「あ、ドッキリです」と言って驚かすものだ。
フル自身はやる気がなかったがとりあえず走った。そして前の二人がフルに気づいたのを見てフルは大きな声を出した。
「ヨカチ先輩! カンナ先輩! 助けて! かわいい後輩が襲われそうです!」
フルの声に気づいた二人は声がした方向、左側を見てフルを見つけて数分後に後ろからフルを追いかけている金髪のやばいやつを見た。
なお、フルとラスター両者は思いっきり笑っている。
「——」
カンナはゆっくりとフルの元に向かって歩き、フルはカンナの胸に飛び込んだ。そしてラスターを見ると片方の腕を振り上げ、風を切りながら腕をラスターの顔面目がけて振り下ろし、ぶん殴られたラスターはがくりと地面に倒れた。
その後フルはカンナの腕にしがみつきながらも一度保健室に連れて行かれ。ヨカチは隣の部屋でラスターに説教をしていた。
フルはカンナの圧のかかった視線を浴びながら無言でビクビクしながら席に座る。
やがて保健室の中にヨカチが入り、それに続いて申し訳なさそうな顔そしているラスターが入ってきた。
「えっと。ふざけすぎました」
ラスターが頭を下げるのを見てフルは立ち上がってヨカチとカンナに頭を下げる。
それを見てヨカチは眼鏡を一度あげた。
「全く。お前たちはふざけすぎだ。カンナが正義感強いのはお前たちも知っているはずだ。特に友人を大切にして信じる人だから一番怒りたいのはカンナのはずだぞ?」
フルはカンナに近づいて全力で頭を下げた。
「えっと。本当にすいませんでした……」
「だ、いじょうぶ。け、ど。もう、だめ」
「心に刻みます」
フルははっきりとした声で宣言した。
ヨカチは突然笑った。
「まぁ、カンナ自身お前たちが遊んでいると気づいていただろうな。そうでもなければカンナが人を殴るはずがない」
フルはそれを聞いてポカーンと間抜けな顔をする。
「カンナ先輩?」
「——?」
カンナは嬉しそうに笑った。
フルはそんなカンナの顔を見てどっちが本当なのかが分からずじまいになったが、とりあえずそろそろカンナの研究を手伝わないと心を入れ替えた。
「で、ではもう行っても大丈夫ですか? ヨカチ先輩は存じていると思いますけど」
フルはヨカチを怯えた目で見ながら聞く。
ヨカチは腕時計で時間を確認したあと、保健室の診察台に乗せていたカバンから資料を取り出してじっと見た。
「うむ。問題ない。だが、指定の時間になったら呼びに行く。変なことをしていたら警察に突き出すぞ」
「む! では俺様はヨカチ先輩と談笑でもしよう!」
ヨカチは一度ため息をついた後ラスターの長い耳を掴んだ。
「お前はダメだ。書類を見なかったか? 申請していなかったらそもそも立ち入り禁止だと。——だが、今回は特別に短時間での談笑程度なら許す」
ヨカチはそういうとラスターを引っ張って保健室を後にした。
フルはゆっくりカンナに視線を合わせる。
「えっと。私たちも行きましょうか」
フルは少し緊張しながら話す。
「うん」
だがそれに反してカンナはどこか楽しそうに返事をした。
その後フルとカンナは談笑しつつ研究所に向かった。中に入るとテロが起きたとは思えないほどテロ以前の状態が保たれていた。
「綺麗なままで良かったですね。盗まれたらどのぐらい怒ってました?」
「わか、らない」
カンナはクスッと笑いながら返した。
それからカンナとフルはヘリアンカ大神殿で得た情報のまとめに入り、その後卒業論文を少し進めた。
カンナがしているヘリアンカとはどう言った神かを特定する研究で、カンナ自身が所有している資料に書かれている伝承ではヘリアンカはあまりにも神秘化されていたのかカンナが発見した石板ではそう言ったことがなくどちらかというと呑気だったのではとフルは解釈した。
なぜなら口調がお上品な書き言葉ではなくかなり軽い話口調なのだ。
その資料とはピト族、ケモフ族、天空人の3種族の神話がまとめられた書物『シュメラ神話伝』ではかなりお嬢様口調で、
『わらわは今申そうとて』的な言葉に対してカンナが見つけたヘリアンカの日記と考えられる石板には、『私って騙されやすいのかしら?』と、かなり軽い書き方だ。
もしかしたら日記の方が本物で、神話の方が間違いなのかとフルは考察した。
眉間に皺を寄せて考えるフルにカンナは首を傾げ得て心配そうに見る。
「だけど少しおかしいわね」
「な、やん、でる?」
フルはカンナの言葉で我に帰る。
「あ、大丈夫です。ちょっと日記ではヘリアンカの口調がこれほど変わるなんて驚きだったので」
「ヘリアンカ、は。気、さくな、神。だ、たかも」
「う〜ん。それだけでまとめても大丈夫かな……」
「ふ、るはね。エリオット君、と話す、時とね。先生、と。話す時。口調、お、同じ?」
カンナの言葉を聞いたフルは我に帰った。
「確かに日記ぐらいは気楽にしたいですよね。みんなには女神ということで気が重いでしょうしね」
フルは自分の解釈の間違いに気づいて恥ずかしそうに顔を赤くする。
カンナはフルに伝えたいことが伝わったのか嬉しそうに頷く。
フルは「次は〜」と口に出して別の資料を取り出した。
「エルフィンの亡霊ですね。多分耳の長さからスタルシア人です。彼女が話してた内容は論文に使えます?」
「たぶん。だ、め。か、科学的に、こうさ、つ。しないと、いけないから」
カンナは残念そうにそう口に出した。
「えっと、でも考察の参考にはなるんじゃないですか? あの亡霊の発言からヘリアンカはどう言った人物であるのかがわかると思います。カンナ先輩も彼女は嘘をついているのは分かっていると思います」
「う、ん」
カンナはゆっくり頷いた。
それからフルは亡霊—— ヘリアンカ大神殿でフルたちに最後の望みを伝えたアラクカーナの言葉とその真意について真面目に考えた。
「あの亡霊はすごくアンリレのことを恨んでましたよね。もしかしたらアンリレはあの亡霊と一緒にヘリアンカの近くにいて何やら確執とかあったとも見れますよね。ここからみるに恐らくヘリアンカはその日記みたいに意外にも社交的だったのかもしれません」
「あ——」
カンナは何かに気が付いたかのようにヘリアンカの日記が書かれた石板を手に取った。
「カンナ先輩が思っている通りです。だからこそ多くの人が彼女のことを好きになったんです。だってアンリレはあの亡霊曰くヘリアンカを蘇らせる魔道具を作っていたのだから。アンリレはヘリアンカのことが好きで違いないはずなんです」
「け、ど」
カンナは何か言いたげな顔をフルに見せた。
「あ、何かおかしい点がありましたか?」
「どうし、て。魔道具、かく、したの?」
「——」
フルはカンナに痛いところを突かれた。フルは確かにアンリレの秘宝はヘリアンカを甦らせるものというのをフルは一応モラモイノの民から聞いた伝承はもちろんだがカンナに話してある。
「あ——」
カンナは思い出したかのように声を出した。しかし、それを遮るようにフルが話し始めた。
「いえ、私の考えが甘かったです。アンリレのその魔道具を隠した行動とモラモイノの民の伝承とエリオが持っていたバリアボールくんの設計図から読み解くと——」
フルは興奮気味にカバンからメモ帳を取り出した。そこに書き殴るように頭の中に浮かぶ言葉を並べた。
そこで導かれた色は白だった。
「アンリレは白です! アンリレが魔道具を隠したのはヘリアンカの日記に書かれてある通りに悪しきもの——それは狂信者。アンリレは狂信者から魔道具を守り抜こうとしたんです! それも自由信徒と呼ばれる集団を使って」
「——亡霊、は。見せし、め?」
カンナは見せしめだと口に出した瞬間フルは「そうなんです!」と声を荒げた。
「そうなんです! よく考えればあの亡霊は魔道具を集めてしまった。集めてしまったからアンリレに殺害されていたんです! 狂信者たちへの見せしめに! 自由信徒の手で葬り去ったのですよ!」
「待って」
「え?」
カンナは興奮気味に話すフルを止める。
「アンリレ、する? かな。あの、神殿。罠たく、さん。隠せる——のに」
「——確かに……」
フルは再び落ち着いて考える。
——あの大神殿には罠があった。なのに荒らされた形跡はない。狂信者なら荒らしまわるはず。だけどそれはできなかった。
あの亡霊が狂信者? そんなはずはない。
フルは混乱した。そしてよく整理してみるとアンリレが大神殿を守る兵士を殺す意味が分からなくなった。
なぜならどう考えてもあの大神殿に隠しておく方が安全だ。それはカンナの言った通りに。あの大神殿は罠がたくさんあるのと、どう見ても難攻不落だ。登るのが大変なアーセ山は昔なら尚更大変。天空人ぐらいしか行けないのと、行けたとしても監視はすごかったはずだ。
それも大神殿を守る兵士がいるからだ。
兵士が守るのなら彼らに任せてわざわざ殺す意味が分からない。もし無理だとしたらそこから持ち出してしまえば良いからだ。
「——確か設計図にはアンリレも自由信徒って書かれている。カブンナ遺跡でも自由信徒リアート。——自由信徒ってどういうことよ。自由信徒。自由信徒。この言葉はヘリアンキ自由信徒軍と何か関係あるの——」
フルは一人でぶつぶつと頭を抱えて喋り始める。
その光景をカンナは心配そうにみる。
するとカンナはしばらくフルを見つめた後嬉しそうな顔をして自身の体を左右に揺らした。
「れ、きし。た、楽しい」
頭が混沌とするフルに反してカンナは微笑みながら髪を左右に揺らした。そして書き終えたあと嬉しそうに小走りで机に向かい、棚から地図を取り出して書類でごちゃごちゃしているのにも関わらず無理やし机の上に広げた。
カンナは地図に描かれた都市の名前に丸をつけた。それをフルは横目で見る。
「——」
フルはクッツオでヘリアンカ大神殿に入る前の会話を思い出した。
『日記はケウトの帝都の博物館に——』
確かテュレンは日記は見つかったが、博物館に置かれたという事実をフルは思い出した。そこでフルはあることを提案する。
なぜならもっと状況証拠が欲しい。ヘリアンカ大神殿で見つかったものは大体そこにあるはずだ。
「そういえばヘリアンカ大神殿で見つかったものは帝都ウルクの国立博物館にあるんでしたよね」
「そう、ね」
カンナはどこか暗い顔になった。その表情をフルは見逃さなかった。
「何かあったんですね? 顔に出てますよ」
「——」カンナは何も答えなかった。
フルはこれ以上追求すべきか悩む。フル自身何か言いたいことがあれば言って欲しいと堂々と口に出す人間だ。しかし、同時に関係が壊れるようなものかという恐怖がある。
フルはしばらく考えた後。カンナはフルの頭を撫でた。
「き、にしない……で。整理、で、きたら。話す、ね」
その時のカンナの顔はどこか無理しているようにも見えた。
「まぁ、カンナ先輩がそう言うならいいですけど」
フルはもやもやとした気持ちを抱えながらも、それ以上は聞かなかった。
「あ、もし行くのなら誘ってください!」
フルは無理やり元気を引き出す。それに対してカンナは少し暗いままだった。
「うん。時間、出来たら。さ、そうね」
と、か細い声でカンナはフルに対してそう答えた。
それから二人だけの議論は終了して各々帰宅した。カンナはフルと昼食を食べて別れた後家には帰らず、郊外の高い丘の上に登って頂上にある大木に触れた。
それから空をじっと見た後ケウトの首都ウルクがある西を見た。
「お、母様、お、父様……」
カンナはポロポロと涙をこぼしながらそう呟いた。カンナの脳裏でのウルクがある方向は真っ赤に染まっていた。
そして周りには焼け焦げた肉塊にドロっと溶けた金属片。死屍累々となった中にカンナは埋もれている。その光景が脳裏に映ったのだ。
カンナは右手に力を込めた。
フルが帰宅しているその頃、マトミの家には一人の来客がやってきていた。
マトミは来客を机に座らせるとお茶を出す。
その来客はフードを深く被り、素顔はわからない。しかし、耳の部分に突起物が見える。
とりあえず言えるのはマトミの家の空気は殺気が充満し、マトミの優しいふわふわとした髪でさえも張り付いて柔らかさを感じないようにも見える。
マトミは一度深呼吸すると席についた。
「えっとあなたは?」
「名は教えられない。ただ、貴婦人に一つ頼み事があるのですよ」
声色からこの客は若いとマトミは推測する。
「頼みとは?」
「土地をお借りしたいのです。確かリアート郊外に人目がつかない場所、土地持ってますよね。そこを少々お借りしたいのですよ」
「そうですか。確かに持っていますよ。ただ、何者かがわからない人に貸し出せません。ご存知かは分かりませんがケウト帝国は不動産での時の売買は国土防衛法と呼ばれる法律でかなり厳しく管理されています。特にケウト帝国とは相入れない敵対勢力への貸し出し及び外国人へと土地の提供も同様の重罪になります」
マトミは冷静に説明する。
「そうですか。ですが私は知っていますよ。確か反帝国連盟が暴動を起こしたキタレイ大学の下宿先の団地の土地。あなたが管理していますよね? その貸し出した先はヌルという名前のケモフ族の女性。あなたとは親友でその人の頼みで渡したと」
マトミはお茶を飲んだ。
「えぇ。確かにその人とは親友ですね。頼まれたから貸し出したまで——」
「その夫が反帝国連盟の一指揮官及びエポルシア人民共和国の特殊作戦部隊の人間だということは知っていたか?」
「——」
マトミは何も答えない。
来客は身を乗り出して机を叩いた。
「どうなんだ?」
「机、叩かないでください。可哀想じゃないですか」
「あ、ごめん……。でだ、どうなんだ? 知っていたか知っていなかったか?」
「もしかして私が外国勢力と共謀している疑惑でも?」
「まぁ、そんなところだ。お前が無罪が有罪かはこの発言で決まると思ってください」
「——」
マトミはしばらく考えた後口を開いた。
「その声、もしかしてフィアレちゃん? だいぶ演技上手くなったわね」
マトミはフィアレと呼んだ来客のフードを掴み、そしてそっと脱がせた。あらわになった来客は腰まであって毛先が来るんとうちに回り込んでいる茶色の髪に黒い目。そして耳が少し長く尖った母性あふれるスタリシア人の女性だった。
マトミはそれを見ると少し嬉しそうに緊張がほぐれて安心したのかどさっと椅子に座った。
「やっぱり。フィアレちゃんか。話している情報的におかしいなと思ったの」
「もう。マトミちゃんは勘がいいんだから」
フィアレは頬を赤くして微笑見ながらフードを脱いだ。
「マトミちゃん。フルは迷惑かけているかしら?」
フィアレは心配そうな顔をマトミに向ける。それに対してのマトミの回答は不愉快そうな顔ではなく、心から楽しんでいる顔だった。
「ううん。毎日とても楽しいよ。それに先輩との研究も楽しそうだしお友達できたっていっぱい大学であったことを言ってくるのは可愛いわね」
「そう? それは良かった。あの子割と騒がしいのが好きなだから。それにスタルシアにいた頃だって外見はお淑やかそうだから近所の人からある意味見た目詐欺って言われていたわね」
「あはは……」
マトミは反応に困った笑いを見せる。
マトミとフィアレは歳の差があるものの親友と呼び合えるほど仲が良い。それゆえ二人はお互いの秘密を曝け出しあっている。
フィアレはしばらく笑顔だったが次第に暗い顔になる。
「ねぇ、マトミちゃん」
「どうしたの?」
「不動産はもう辞めよう。最近物騒なんだよ? もしマトミちゃんが知らない間に反帝国連盟と自由信徒に土地を貸しちゃって死罪になるなんて嫌だよ。それに聞いた話だと最近不動産の人が脅されて遺産相続にそういった勢力の名義人にされるって聞いたよ。それを聞いたから私は今ここに来たの」
フィアレはマトミの肩に手を乗せる。
「今はマトミちゃんが話した兄弟が守っていると思う。だけどマトミちゃんが裏で手を結んでしまったらどうするの? 悲しむのは私だけじゃないんだよ?」
「大丈夫だよ」
マトミは肩の乗っているフィアレの手をそっと握った。
「あの子は私の大切な——そして私はあの人にとって大切な——」
その時のマトミの顔は悲しそうでも苦しそうな顔でもなく、たった一人の友人に対しての優しい声を出した。
「友達だから」
マトミは嬉しそうな顔で一言だけ口に発したのだ。




