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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
2章 女神のレイライン

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17/83

16話 女神のソナタ

 フルとエリオット、それからクラレットは座りやすい大きさの瓦礫を持って円形に配置して座る。

 その後荷物を確認して荷物の中身の無事を確認しあった。

 まずライトはフルのカバー部分が破損しているものの光源としては無事で、エリオットのランプは無傷だった。

 水は三人とも無事だということを確認し合うと一息ついた。


 「ちょっとこれからどうするかだね。僕的には脱出する方がいいと思うけどフルはどうかな?」


 沈黙の間をエリオットが先に破った。



 「もちろん。出口を見つけた方がいいわ。こんなところでずっと徘徊したらミイラ取りがミイラになるぐらい恥ずかしいし。だけどこの神殿の構造がいまいち謎なのよね」


 「——兄さん。進むにしてもこの一本道をまず越えましょう。歩きながらでも話し合えると思うので」


 クラレットはそう言って立ち上がった。

 エリオットはそれをみて嬉しそうに微笑む。


 「そうだね。じゃ、早速行こうか。フルは大丈夫?」


 「えぇ、大丈夫よ。 行きましょうか!」


 フルは自分が先と言わんばかりに前に進んでいった。


 それと同時刻。穴に落ちた二人フル・エリオットと自殺志願者疑惑の一人クラレットを見届けたカンナとテュレンは探索を始めた。

 テュレンは地図を取り出すと、おそらくフル達が落ちた場所とそこから進んだらどの階段に到着するのかを推定してその場所で合流するようカンナの手をしっかり握って早足で先に進んでいった。


 「で、カンナちゃん。恐らくだけどあの三人は一本道を進んでいるはずだ。そこからは複雑な迷宮のようになっているけど、地元の人が言うにはヘリアンカ自身が迷う可能性が高かったからで案外サクッと脱出できる作りになっているというんだ」


 「そ、う。なんです、か。あ、と——」


 「どうした?」


 「ち、ず。どうや……って?」


 「あぁ、地図か? この地図はな、カンナちゃんの研究の指導教授殿が若いときに探索して描いたものさ」


 「な——」


 「なんで持っているのかだろ? 単純さ。カンナちゃんがここを研究したいと言ったときに教授がわざわざ郵送で送ってくれたんだ。間に合わないと思ったがまさかこんなに早く届くなんて奇跡だ」


 テュレンの賑やかな笑いが通路に響き渡る。カンナはそれを聞いて少し嬉しそうに口角を持ち上げた。テュレンとしてはこの奥のことは地図でだいぶ把握しているが、さっきの落とし穴の感じからまだ罠があると推定した。

 自分が友人の願いを聞いている分その友人の教え子とその友人たちを怪我をさせるわけにもいかず、早く見つけてやりたいと思う気持ちで一杯だった。


 そんな思いを感じながら歩いていると地図には載っていない不可思議な部屋が五個も並んだ場所に来た。

 テュレンは一度足を止めてそれを少し観察する。


 「これはーなんだ?」


 「——」


 するとカンナはテュレンの手を離して一つの扉のドアノブを持った。


 「おい! 危ないぞ!」


 そしてゆっくりと扉を開けるとそこは何もない空間だった。


 「な、い」


 「ん? あぁー何もないなこれ」


 テュレンも部屋を見てそう呟いた。


 そこから次々と扉を開けて行ったが、全ての部屋には何もあらず、無という言葉の表現が最も似合い状況だった。

 チリも埃も一つもなく、つい最近まで人が住んでいたかのような不気味さだ。


 「——な、い」


 カンナはしょんぼりと首を垂らし、扉を閉めた。

 

 「——に、っき。見て、見た——」


 「ん? この壁の一部分押せるぞ?」


 テュレンは扉の近くの壁に線で長方形に描かれているのを見つけた。それもさっきまでの扉の近くにはなかったはずだ。

 カンナは「ラクガキ——と、おも——」と呟いた瞬間、頭に石板が直撃した。石板は乾いた音を出して地面に落ち、カンナは頭から血を流してその場に立っていた。

 それをテュレンは青ざめた顔で眺めた。


 その長方形の部分を押しながら。


 「カンナちゃーん!」


 テュレンはカンナの両肩に手を乗せて「本当にごめん! 大丈夫?」と声を掛ける。

 するとゆっくりカンナはテュレンの手に触れた。


 「大丈夫ですよぉ」


 「そ、そうか。良かった——あれ?」


 テュレンはカンナに違和感を覚えた。カンナは頭から血を流しながら笑みを浮かべ、しかも目を開いていた。

 メガネは地面で無惨にもヒビが入っており、髪はボサボサに乱れている。

 テュレンは眼鏡を拾う。


 「あ、えーとメガネは——」


 「私はメガネ入りませんよぉ? まだ若いので」


 「はい?」


 そう言ってカンナは地面に落ちた石板を拾い、それをじっと見た。それも石板に顔を近づけ、眉間にしわを寄せながらじっと見つめた。

 しかし、テュレンはこの行動だけでも異常事態だと理解できる。まずカンナは文字が読めない。それどころかまず目自体が機能しておらず、メガネはカンナがファッションとして身につけている飾りみたいなものだと、教授から聞いた情報で整理したからだ。

 

 「えーと、なんで文字が見えない——。それと頭がクラクラ——」

 

 テュレンはこの状況に何もできないままオロオロするしかなかった。これは見ただけでもわかる。自分はとんでもないことをしでかしたことに。


 ——これ弟や姉だったらどう解決するんだ!


 テュレンは自身の弱さに苛立つ。


 「あー年取ったんですね。輪郭しか理解できないのはおかしいですが。メガネくださりますかぁ?」


 カンナは頭を手で押さえながらテュレンいてを差し伸べる。


 「いや、メガネ壊れてるぞ?」


 ——とうとう話し方——そうか! 話し方が変わっている!


 テュレンはカンナの方を掴む。


 「カンナちゃん落ち着いて! ほら深呼吸! 深呼吸!」


 「——んっ。しょうがないですねぇ。アレェ? この感じどこかでぇ——」


 するとカンナは目を開いたまま動きを止め、その場に座り込んだ。首はまるで生気が抜けたかのように地面に垂れて振り子のように動く。


 「え? カンナちゃん?」


 テュレンはカンナの脈をはかる。脈はリズム良く動き、止まる素振りも見せなかった。テュレンは一度カンナの瞼を下ろし、頭に自身の服を破って巻きつけた。

 それからカンナを壁にゆっくりともたれさせた後、カンナの血がこびりついている石板を見た。


 「えーと。古代文字か。確かこのカバンの中に教授殿が書いた辞書があったよな」


 テュレンはそう呟いてカバンから辞書もといメモ帳を取り出し、それを見ながら石板の解読を始めた。

 その石板には以下の内容が書き記されていた。


 『ついに、この神殿が完成した。天に近い神殿。これだけでも何か神秘的なものとして見ることができる

 申し訳ないですが新しい私の家のはずが正直住みたくないと思う気持ちで一杯です。

 私は一人の天空人の土木の方に寒いのは嫌ですと伝えたら、こんなものが出来上がったのだが。


 中に入ると普通に寒かった。

 私って騙されやすいのかしら?

 その後私の独り言が聞かれたのかその土木の男性は処刑されてしまった。別に毛皮に包まれば暖かいから良かったのに。


 今後は文句を言わないようにしよう。


 追記。

 

 聞くところによると近頃私のことを過激に信じすぎるいわゆる狂信者が出ているらしい。私、ヘリアンカが絶対的な神と言って溥儀を働いたら私刑が横行しているからだと言う。

 どうやって鎮めたらいいのでしょうかね』


 「——もしかしてヘリアンカの日記か?」


 テュレンはそう口に出した。


 「少なくともこの神殿ができた段階で何やら狂信的な崇拝者がいたんだな。だとしたらこの罠はヘリアンカのみを本気で守るためのものなのか? いや、まずこれがある時点でヘリアンカは本当にここに住んでいたことにならないか? ここで日記が発掘されたのは知っているが、完全に非公開とされている。——ちょっときな臭い気がするが……」

 

 テュレンはあたりを見渡す。そしてそのときカンナがゆっくりと首を動かした。

 

 「い、たい——」とカンナが言うや否テュレンはそばに駆け寄って「ごめん。本当にごめん!」とテュレンは謝罪した。


 カンナは少し困ったかのような顔をした。


 「だ、い。丈夫です」


 「なら良かった。一旦戻るか? 宿屋に連れて行った方がいいだろ?」


 「い、けます……!」


 カンナは痛みに悶え苦しむ顔をしながらゆっくり血立ち上がった。


 「みん、な。くら、い所、いる。い、ってあげない、っと……!」


 「か、カンナちゃん……。そうだな。行こう!」


 テュレンはカンナに肩を貸して前へと進んでいった。


 それから数時間後がすぎた。その間上の階層ではテュレンとカンナは罠にかかってしまったが、一応学術的成果となるものを見つけることができた。

 では現在のフルたちはどうなのか?


 今、フルは蟻地獄の巣と同じ構造の穴にクラレットと一緒に仲良く落ちていた。

 フルはクラレットの腹の上に顔を赤くしながら乗り、クラレットは顔を赤くしながら口元を押さえて顔を逸らしていた。

 フルはクラレットの頬を手で優しく撫でる。


 「い、痛くない?」


 フルは少し息を荒くする。


 「だ、大丈夫ですからっ! 早く、動いてください! 痛くて我慢できないので……」


 「分かった。腰、動かすね」


 フルはゆっくりと腰を持ち上げる、そしてゆっくり手を伸ばした。


 「いや、二人とも本当に何してるの?」


 エリオットはその光景に若干引いた目で見ていた。フルはエリオットを見ると手を伸ばした。


 「良いところで戻ってきわ! 引っ張って!」


 「え、わ、分かったよ!」


 エリオットはそう言ってフルとクラレットを持ち上げ、フルとクラレットはなんとか穴から脱出することができた。

 フルとクラレットは砂を払い、靴の中に入った砂を出す。

 エリオットは汗を拭って二人を見た。


 「全く。僕が少しいない間に何をしてたのさ?」


 するとクラレットは顔を赤くしながらフルといた場所に指を刺した。

 エリオットはそれを覗き込むと、足元が崩れてずるずると声を上げながら落ちていった。


 「うわぁ! 何ここ!?」


 エリオットは珍しく大きな声を出す。


 「なぜかこの道。こういう感じの穴が多いみたいなんです。あれはフルさんが私を助けてくれたからあんな体勢になったんです。他意はないです」


 「なるほど、そうなんだ。二人が怪我してなくてホッとしたよ」


 エリオットはそう言って穴から出てきた。

 今エリオットたちがいる場所はまるで血管のようにただ長い一直線が続くだけで、横に分かれる分岐点などが一切見当たらない。

 フルのライトはとっくに消えて、頼れるのはエリオットのランプだけだ。


 「早いとこ出たいけどなかなかね」

 

 「そうだね。僕も早く出たいと言う気持ちはいっぱいさ」


 「——ん?」


 クラレットは壁に触れた。


 「どうしたのクラ?」


 「兄さん。この壁薄いです。多分魔結晶を爆発させれば開けば破壊できます」


 「そう? いや、だけどここを爆発させるのはね」


 「——あ」


 クラレットはここが神聖な場所というのを思い出して「すみません」と言って食い下がった。エリオットは「気にしないで」と返した。


 「ここって妙なところね。坂で下がっていくようなところがあったり、または上がって行ったりと。普通なら一直線のはずよね? 凹凸のない。これだとまるで城塞みたいじゃない——」


 フルはクラレットが薄いと言った壁に向き、近づいて触れた。すると壁は不思議にも均等にブロック上に刻まれ、内に倒れ、中には階段があった。


 「はい?」


 「あ、そういう構造だったの!? よく気づいたねフル!」


 「——先に話したのは私です」


 クラレットは悔しそうに頬を膨らませた。

 フルは状況を読み込めなかったが、とりあえず二人に笑顔を向けて「ライトが消える前に行きましょう!」と元気な声を投げた。


 階段を登るとそこは謎の空洞だった。

 謎とは見慣れない場所で使うべきというのが当たり前だが、中に両手で乗せれるぐらいの大きさの円柱で青紫色に輝く物体に、全く知らない機械が音を立てているのだ。


 フルたちは空洞内を歩く。


 そして円柱の輝く物体の近くに血で描かれたと思われる、錆びた鉄の色をした文字に目をやった。

 そこには文字というのは確かだが、どう言った意味なのかが理解できなかった。文字は絵で表現されていることからだいぶ大昔だということはなんとなく理解はできる。


 「うーん。これ意味が分からない。もしかしたらただ絵の通りに言えばいいのかな?」


 エリオットとクラレットもその絵文字を見る。


 「えーと。この三つのやつだよね? トラにヒョウ、そして猫? みんなネコ科だけど何か意味はあるのかな?」


 その三匹の猫の絵はみんな右側を向いて、右側に向かって歩いている。

 クラレットは猫の絵に触れ、右に手を動かすと、絵も同じく右に動いた。


 「ん——これ回りますよ?」


 「あ、これもしかしてローラーだったのかな?」


 クラレットは猫の絵を回していく。


 「あまり回さない方が良くない? ——って、なんか部屋が暑くなっている気がするんだけど」


 「あぁー言われた見たらそうだよね。なんか熱いや」


 すると円柱型の魔結晶が光を出し始めた。それも強烈な。フルとエリオットは咄嗟に目を隠す。その光は数秒ほど続き、光はまぶたを焼き尽くすぐらい強かった。

 光がだいぶ収まるとフルはゆっくり目を開ける。

 

 「なんだったのよ。エリオット。クラレットちゃん大丈夫?」


  フルは二人に声をかける。エリオットは少しフラフラしていたが徐々に調子を戻して行ったが、クラレットはその場で倒れていた。クラレットから胃液の匂いが漂う。


 「クラ! 大丈夫?」


 「うぅぅ……、兄さん」


 「ほら、これで口拭いて」


 フルは自身のハンカチでクラレットの口を拭く。クラレットには目立った外傷がなく、フルとエリオットは安堵した。

 もしかしたらあのローラーを回すとこの魔結晶を発熱させる効果があるというのが伝わった。


 「——え」


 フルの体から力が抜けた。


 「フル大丈夫!?」


 エリオットがそばに駆け寄る。


 フルの体が徐々に冷たくなり、そして関節に言葉では表せないほどの激痛が走る。


 「えぇ?」


 フルの口から変な声が出る。エリオットは二人が急に倒れたことにパニックになりながらも、カバンからタオルを取り出し、フルのおでこに乗せた。


 「二人とも大丈夫!? えっと、ほら、僕の上着の上に寝て!」


 エリオットがそういうとクラレットは本能で上着の上に移動し、寝転がった。しかしフルは自らの力で立てず、したいのように横たわっていた。


 「フル! 体動かせる?」


 エリオットがフルを背中に乗せようとすると、フルは体中に激痛が走った。


 「いたっ!」


 「あ、ごめん!」


 エリオットは再び地面にフルを寝かした。


 フルはゆっくりと目を瞑る。すると耳元に幻聴が聞こえてきた。その声は自分に似た女性の悲鳴まじりの声で、それはフルの頭をかち割るぐらい大きかった。

 フルは関節が痛いにも関わらず、その場で蹲った。


 ——どうしよう。死ぬの?


 フルは脳裏にこの言葉が不思議と出てきた。


 フルの体は冷たくなっていくから今度は徐々に熱くなっていった。


 「フル!」


 エリオットはフルの体が熱くなっていっているのに気づくとエリオットは上半身に来ている服を脱いでそれを濡らすとフルの枕がわりにさせた。そのとき、その空洞に聞きなれた声が聞こえてきた。


 「あ、う!」


 フルは言葉にならない音を発した後、ゆっくりと目を閉じた。


 フルが目覚めるとそこは真っ暗闇だった。

 自分以外は存在していない世界。自分だけの世界。


 ——ここはどこ? 私は誰?


 フルはゆっくりと歩き始める。


 ——私はフル。


 ——私もフル。


 目の前にフルと同じ黄緑色の髪をしたスタルシア人が現れる。


 ——私がフル。あなたはフルじゃないわ。


 フルは目の前のそっくりな人物に言った。するとその人物は闇に溶けていった。


 ——私は私、私の記憶は私だけが持っている。私は一人で良い。もう一人の人が私にならなくても良い。意識と記憶は体と糸で繋がっている。どちらかが欠けて別の何かと結ばれるともうそれは私ではなくなる。

 

 ——私は私だけのもの、絶対渡さない。あげない。ないのは私のせいじゃないわ。失ったあなたが悪いの。守り通せなかったあなたが悪いのよ。


 フルは一人で闇に向かってそう呟いた。

 その闇は強烈な吐き気と甘く苦い味がする風味で崩れていった。


 「えーと、ここは?」


 フルは小さく掠れた声で呟いた。


 あたりを見渡すとベッドが横に一列、真正面に一列に並び内装は白と木製の板で構成されている。

 隣に置いてある棚には一冊の本が置いてある、そこには見覚えのあるキバラキの少女、カンナが座っていた。


 「か、カンナ、先輩?」


 カンナからは寝息が聞こえた。


 「あ、寝てるのね」


 隣のベッドを見るとそこにはクラレットが眠っていた。


 「無事だったのね」


 フルは安堵の声を出す。


 この情報から推測するにここは病院だとフルは結論付けた。


 「起きたんだなフルちゃん。もう大丈夫か?」


 「テュレンさん」


 フルが再び目を閉じようとした時にテュレンが入ってきた。


 「はい。だいぶ体調は整いました」


 「それは良かった。合流した時二人が倒れていたもんだからかなり心配したぞ。そんで病院を探し回ったら宿の人が紹介してくれて、今に至るんだ」


 「そうなんですか。えっと、本当にすいません」


 フルはベッドから体を起こすとい頭を下げた。


 「いや、気にするな。クラレットちゃんはフルちゃんより先に起きて大丈夫なのを確認した。クラレットちゃんの方が結構危ない状況だったな」


 「危ないというのは?」


 「あぁ、フルちゃんとかエルフィン系のスタルシア人やエポルシア人には分かりにくいと思うが、当たり前だがクラレットちゃんはピト族だ。ピト族とケモフ族、天空人は高濃度の魔力に弱くてな、浴びると体内に魔結晶ができて生命維持機関に危険が応じる恐れがある。だけどこの病院に来た時にすぐ手術をしたからもう大丈夫だ」


 「えっと、やっぱり種族が違うと体の構造も変わるんですね」


 「まぁな。ところでフルちゃんはどう言った理由か知りたいか? あの部屋の魔力は尋常じゃない濃度でな、ピト族以外でも危険な濃度だ」


 「え、もしかして私も——」


 「フルちゃんは原因不明の錯覚現象だな。クラレットちゃんが苦しんでいるのを見て自身も同じように患っていると錯覚したんじゃないかと医者は言っていたけど、詳しくはわからんとさ」


 「——だったら私、突然自身も病気だと勘違いして倒れたってことですか?」


 「そういうことじゃないかな?」


 フルは呆れたかのように息を吐いてベッドに寝た。


 「とりあえずだ。もう夜中だしここで一晩泊まって明日は休息しようとカンナちゃんが話してたぞ。だから明日は羽を伸ばそう」


 「そうですね。とういうことは今エリオは宿ですか?」


 「貴重品とかあるからな。それに俺はカンナちゃんの迎えだ」


 フルは少し引いた目でテュレンを見る。


 「まぁ、分かりましたけど。カンナ先輩はどうするんですか?」


 「カンナちゃんはうなされて暴れるフルちゃんを止めてたから後で礼を言えよ。——ほら、カンナちゃん。病院の人が早く帰れってさ」


 「——う、ん」


 「あ、カンナ先輩——!」


 カンナは眠気による虚な目でフルを見て「う、なされ、てる……」と呟いた後、勢いよくチョップをフルに食らわせた!


 「グハァ! なんで!?」


 「——まぁ、途中から疲れて止め方が雑になってけど、最初は手を繋いだりしてたんだぞ?」


 カンナは力尽きたのかゆっくりを目を閉じた。フルは涙目でカンナをじっと見たあと布団を顔まで被せた。


 「まぁ、怒ってないですし。ではおやすみなさい!」


 「おう。昼に迎えに来るからな」


 テュレンはそう言ってカンナをおんぶして病室を後にした。

 それから数分がたって、フルの布団を誰かが叩いた。めくって顔を出すとクラレットが機嫌が悪そうにフルを見下ろしていた。


 フルは眠気まじりに「どうしたの?」と聞いた。


 「次騒いだら——ね?」


 クラレットは口だけ笑顔になる。目は一切笑っていない。暗闇にいる殺人鬼みたいな声のトーンでフルにそう告げた。

 これは返答次第では起きたら現在地がお花畑となる可能性と、手足のどちらかがグッバイしている可能性もある。

 ではこの状況下でフルの決断はどうなのか。



 「ごめんなさい」



 フルは——素直に謝ることにした。

 



  アーセ山から降りてくる風に乗りながら、数多の星々がいる夜空を一人の天空人の少女がワンピースを着て飛んでいた。彼女はこの世で一番と称して良いほどの美形で女性でありながらも男性からの告白より女性からの告白がダントツで多いことで有名な人物。

 その彼女は短い角刈りに髪をセットした男を寝袋に突っ込んで縄でぐるぐる巻にした状態で飛行していた。


 その天空人とはガナラクイで、寝袋に入れられたまま持ち上げられているのはトゥサイ。

 トゥサイは遠い目でアーセ山を見る。


 「ガナラクイよ。確かに仕事場所はアーセ山の近くの湖だけどこの移動方法じゃなくてもよかったと思うぞ? それに休暇ならもってのほかだ」


 「いえ、いつも大きなサイはこうやって持って帰っているのでお気になさらず」


 トゥサイの言葉にガナラクイは反論した。

 

 「まぁ、お前が良いならいいけど。——それにしても今日は可愛らしい服装だな。似合ってるぞ」

 

「それはどうもありがとうございます。帰省するときはこのワンピース着てくれと幼馴染にお願いされているので」


「そっかそっか。若いのはええの〜」


「トゥサイ殿もお若いでしょうに」


ガナラクイは笑いながら返した。そしてトゥサイは本題に乗り出した。


「で、そんな賢明なお前がこんな移動方法するはずがないだろう。何か話したいことがあるんじゃないのか?」


 トゥサイはそういうとガナラクイは大笑いした。


 「あはは。やはりトゥサイ殿には敵いません。えぇ、ちょっと話したいことがあるんですよ」


 そういうとガナラクイは少し上昇して雲と同じぐらい高さまで向かった。


 「——寒いぞ?」


 「すみません。で、私が話したいことはウマス殿についてです」


 「ん? ウマスさんについてか?」


 「はい。実はあの公園でトゥサイ殿に会う前にウマス殿にあって聞かれたことがあるんです」


 「何か言われたのか? あの人は誠実だから性的な嫌がらせはしなさそうだが。……されたらいつでも言えよ」


 「違いますよ」


 ガナラクイは恥ずかしかったのかそれとも寒くなってきたのか少し頬を赤くして急降下と急上昇、そしてジェットコースターみたいな一回転を決めた。

 トゥサイにとっては慣れてない動きだったが、なんとか耐えて苦笑いを浮かべ「ごめんごめん。で、それがどうしたんだ?」と聞き直した。


 ガナラクイは少しため息をつく。


 「……はい。実はその時に私の髪を見て『君か。トゥサイとの仲はどうなんだ?』と聞いてきたんですが、なんの話ですか?」


 「——ん?」


 トゥサイは頭を回す。ウマスはガナラクイと出会ったことはない気がするがと考えた。

 

 「ガナラクイはウマスさんと会ったことはあるのか?」


 「えぇ。一度入隊してまもない時、上官に呼び出されて話したことぐらいですが。でもどうしてトゥサイ殿が話題に出てくるのか分からないんです」 


 「なるほどなぁ。あ、そういうことか」


 「どうしたんです?」


 「確か列車の事件のあとガナラクイについて話題を出したな。だからもしかしたらこのことじゃないか? 俺は割と作戦を共にして出会った人とは文通をしているが」


 「私とはしてないですけどね」


 「それはすまん。最近忙しくてな」


 トゥサイはくしゃみする。それに気づいたガナラクイは少し下降してほんの少し暖かいぐらいの高度に止まった。


 「でも。もう一つはヘリアンカ神殿についてです。ウマス殿が話したアーセ山での仕事はヘリアンカ神殿にある魔結晶の除去です」


 「魔結晶のか? だがどうして?」


 「中にある魔結晶は密度が凄く、爆発したら町が一つ消滅するぐらいです。なのでそれがバレる前に除去ということです」


 「まぁ、俺はカラクリ師の鍛錬は受けたことあるし、もちろんヒスイの針は使えるが。ガナラクイは使えないだろう」


 「はい。私はカラクリ師ではありませんので怪しい人物がいないかの監視です」


 「なら納得」


 ガナラクイは空を見上げた。

 あたりはとうに暗くなっており、地面は真っ暗だ。光は山のように小さな光と地上にある割りと大きな光。


 夜空に響き渡る音はガナラクイの翼の音だけで、それ以外は風を切る音だけのどこかザビしい世界だ。


 「独り言ですが、ヘリアンカ神殿ってちょっと不思議な空気なんですよね。何か内側を見られているような感じで、あんまし好きな場所じゃないんですよ」


 トゥサイはその言葉に何も返さなかった。ただトゥサイは優しい目でガナラクイを見えげ、それから仕事の時の真剣な眼差しに変わった。


 「そうか。——じゃっ、そろそろ俺の目的地だ。三日後だったな? その時に合流しよう」

 

 「はい。お気をつけて。それと、わざわざ仕事を繰り上げて行ってもらってすいません……」

 トゥサイは無言で笑みを浮かべながらガナラクイに向けて親指を立てた。

 ガナラクイは少し戸惑った顔を浮かべた後「——ありがとうございます」と小さな声で礼を言った。

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