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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
2章 女神のレイライン

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15話 ヘリアンカ大神殿探索隊!

 事態は一向に良くならない。むしろ悪化している。フルの脳内を駆け巡るのは昨日の温泉での出来事とおいしかった今日の朝ごはん。


 「こんなことならもう少し朝ごはん食べてくるんだった」


 まだ軽口を言えるのなら大丈夫だとフルは自分に言い聞かせる。


「やるしかない。大丈夫。私ならできる」


フルは目の前の機械に目を向けた。



時間は遡ること半日。フルたちは宿でゆっくりと体を休ませ、これからのことを話し合っていた。


「まず、昨日の遺跡をもう一度探索しに行こうと思います」


フルは皆の顔を順番に見た。


「いい、と、思う」


カンナはフルの目を見て答える。


「僕も異論はないよ」


エリオットも即答した。


「兄さんが行くなら」


やや間があってクラレットが答える。


「全員オッケーだな」


この場の一番の年長者のテュレンが纏めた。


「もちろん俺もオールオッケーだ」


「では全員の同意を得たのでヘリアンカ大神殿に向かおうと思います!」


部屋での話し合いを終えると各々解散していった。出発の準備の時間として2時間を取っている。フルはその時間に自分の荷物を点検することにした。


「ライトに、非常食。軍手に、ナイフ。そしてお守り。よし。点検終わり」


 フルは点検を終えるとリュックの口を閉めた。

 

 「クラ! 僕今から市場まで少し買い物に行こうと思うんだけど一緒に来る?」


 「もちろん! 行くわ!」


エリオットは魔道具の製造に必要な魔結晶が不足していることに気づき買いに行くことにした。魔結晶はその名の通り魔力が籠っている結晶のことだ。主に魔道具に使われている。

しかし、普通の市場に魔結晶そのものは売っていない。そのため、エリオットは魔道具を買ってそれをばらすことで魔結晶を得ていた。

エリオットにとって魔道具作りは生活の一部と化している。旅先だからと言って辞めれるものではないのだ。


「兄さんー財布持った?」


「持ったよ! 心配性だな」


二人は準備を終えると宿の扉を開けた。外は人通りがとても多く賑わっていた。有名な観光地ということもあるが、それ以上の理由があるようにエリオットには思えた。


「昨日はこんなに人いなかったよね?」


「そう言われればそうね」


「何かあるのかな?」


何か気になったものの出発の時間は決まっている。遅れないように買い物に集中する。


 「兄さん。どんな魔道具を買うの? 最終的に分解するから何でもいいの?」


 「そうだな。フルにポカポカくんを壊されたからな。魔力回路自体は残ってるから同じような魔結晶のやつを買おうか」


 「同じって分解しないと中身わからないんじゃない?」


 「基本的に似たような魔道具では使ってる魔結晶も似てるから大丈夫だよ」


 魔結晶について話しながら道に沿って歩いていく。人がさらに多くなり比例するように店の数も増えてきた。二人は「良品質」と書かれた看板が掛かった魔道具屋に入った。


 「へいらっしゃい!」


 活発そうなほどよく焼けた肌の青年が声を上げた。


 「何かいいのはありそう?」


 「そうだな。これなんかよさそう」


 エリオットが手に取ったのは明かりを出すランプ型の魔道具だ。


 「これなら使えそう」

 

 商品を手に取るとそのまま店員へと一直線に向かう。


 「まいどあり! 30000ルペだ!」


 「ええ! 30000ルペもするの!?」


 エリオットは手に持っている魔道具を見直し驚きの表情を浮かべた。するとそれを見たクラレットが小声でエリオットに尋ねる。


 「兄さん、買わないの?」


 「だって30000ルペって僕らの家の家賃の半分だよ!」


 「でもお金は沢山持ってきてるし、それにいつも節約してるでしょ。こういう時こそ使わないと」


 「うーん、でも」


 クラレットはエリオットの手から財布をふんだくると中に入っていた1万ルペの紙幣を3枚出した。


 「これ買います!」


 エリオットは諦めて魔道具を買うことにした。


 「兄ちゃんたちなんか訳ありかい? 仕方ないサービスだ!」


 そう言って店員の青年は値札を赤ペンで2万と上から書いた。それを見てクラレットは満面の笑みでありがとうございますと返した。


 「値下げまでしていただいてありがとうございます。しっかり使わせていただきます」


 エリオットは店員の目をまっすぐ捉えて言った。


 「大切にとかなら聞くがしっかりと言われたのは初めてだ。自慢の一品だ。しっかり使ってやってくれよ」


 青年はエリオットの言葉に気を良くしたのか照れくさそうに言う。エリオットの使うというのは中に入っている魔結晶を使うという意味だったが訂正することではないと思い何も言わなかった。


 「そういえば、今日は人が多いですよね。何かあるんですか?」


 「それがよ、昨日泥棒が捕まったんだよ。以前からこの辺りで活動してた二人組らしいんだがな。そいつらの被害にあってる店も多くてよ。うちもやられたことがある」


 「捕まったんですか」


 「捕まったというと語弊があるな。まあ、もう現れないという点では似たようなもんさ。今までは防犯の面からも外に商品なんて並べられなかったが、お縄にかかりゃその心配もない。それで客も増えてるんだろ。昔の活気が戻ったみたいで嬉しいぜ」


 「それはよかったですね」


 「そうなんだが、一つ不可解な点があってな。誰がその二人組をやったのかわからねぇんだ」


 「やったというのは?」


 「その二人組は双翼亭の裏口の路地に倒れてたらしい。しかも血まみれでな。さらに腕も切り落とされてたやつもいた」


 「つまり、死んでたというわけですか」


 「そういうことだ。奴らは極悪人だったからな。喜ぶやつは居ても悲しむやつはいねぇ。盗みの他にも殺人までやってたって噂だ。正直、自業自得だね」


 「そんな怖い人もいるんですね。クラ、こういう人には気を付けるんだよ!」


 クラレットは二人の会話をとても冷めた目で見ていた。その瞳の奥には何も映っていないかのようにどこまでも深い黒が広がっている。

 エリオットに話を振られるとその黒は無くなり、一瞬で目が輝きだした。それは恋する乙女のものだった。


 「わかってるよ! でも私には兄さんがいるから大丈夫!」


 「そりゃ、僕だってクラのことは守るよ。でも常に守れるわけじゃないからね。ちゃんと気をつけて!」


 「大丈夫だって。わかってるよ。兄さん」


 その少女はエリオットから守るという言葉を聞けて大変満足げな表情を浮かべた。


 

カンナは外へは出ず、部屋でテュレンと話をしていた。


「テュレ、ン、さん。これ、か、ら、行く、遺跡、は、昨日、以外に、も、行ったこ、と、ある?」


 「もちろんあるとも! 無ければ案内人なんて務められないだろ! 自分で言うのもなんだが俺はこの道のプロだ! 存分に頼ってくれ!」


 カンナは初めてテュレンと会ったときのことを思い出した。あの時はクラレットが不審者と捕まえたと言ってテュレンを縄でぐるぐる巻きにしていたのだ。それを踏まえるとテュレンの言葉とは裏腹になんだか頼りない印象がした。


「何か聞きたいことでもあるのか? あるならこの俺に何でも聞いてくれ!」


「ヘリアンカ、遺跡、に、は、危険、は、ある?」


「もちろんある。というより、冒険には危険はつきものだぜ。もっと言えば危険なんてどこにでもある。気づかないだけで身近なところにも案外あるもんだ。意外と、な」


「普段か、ら、危険、が、ある、の、は、わかって、る。特に、遺跡、での、危険、を、教、えて、ほ、しい」


「そうだな、遺跡ならではっていうならトラップだな。侵入者を追い返すようなものもあれば、殺すためのものもある。気を付けるに越したことはないな。しかしだな、これは気を付けたからといって回避できるような生ぬるいものでもない。そんなバニラクリームみたいに甘かったら誰も罠なんか引っかからねえよな」


「気を付け、て、も回、避でき、な、いな、ら、ど、うす、れば、?」


「そりゃもちろん、それでも気を付けるんだよ!」


「どういうこと?」


「気を付けても回避できないと知ったうえで気を付けるのと、何も知らずにただ気を付けるのとでは天と地ほどの差があるってことだ。これはトラップに限った話じゃないぜ? 俺たちの世界でだって言える」


 カンナはテュレンの言っていることがよく理解できなかったが気を付けてもダメなときはダメなのだということだと受け取った。


 「まあ、まだ分からねえよな。でも心配する必要ねえよ。今は分からずとも必ず理解できる日が来る」


 そんなことよりも、とテュレンは前置きして自分の今まで訪れた遺跡での話をカンナに聞かせた。そうしてるうちに出発の時刻になり外に出ていた皆が帰ってきた。


 「それでは、出発しましょう!」


 フルの掛け声と共に5人はヘリアンカの情報を求めて足を進めた。


  フルたちは再びこの地に戻ってきた。そうヘリアンカ大神殿である。改めて見るとその大きさに愕然とする。これからフルたちが行うことは無力な蟻が大きな砂嵐に入っていくかのようだ。

 しかし、フルは知っている。自分たちが決して無力ではないことを。一人の力では太刀打ちできなくとも、力を合わせればできないことなどないはずだ。

 これまでの出来事を思い返す。列車での事件、廃墟の奥に落ちたこと、テロリストによる大学の襲撃、引き寄せの街のどんでもない人混み、モライモノでの探索。

そのどれもがフルの隣には仲間がいた。一人ではない。そして、その経験のすべてが今のフルを形作っている。そしてこれからも。


 「早速入りましょう!」


 フルは高らかに宣言する。雲一つないどこまでも青い空がこの探索隊の冒険を祝福しているようだった。

 中に入ってすぐ闇が迫ってくる。外の明るさとのギャップに戸惑う。エリオットがリュックからおもむろに何かを取り出した。


 「よいしょっと」


 エリオットは先ほど買ったランプ式の魔道具を付ける。その光はまさに暗闇の中でひと際輝く一番星だ。


 「こうなることを見越して買っていたんですね! さすが兄さん!」


 フルもリュックから光源を取り出す。


 「いや、私たちもライトくらい持ってるからね?」


 フルの余計な一言にクラレットの顔がしかめっ面になる。これからのことを思うと何ともやりきれないフルであったが時間は有限である。割り切って進むしかないと自分に言い聞かせることにした。


 「テュレンさんが言ってた罠って本当にあるんですか?」


 宿から遺跡までの道中でテュレンは罠について言及していた。トラップに引っかかると命が関わるため皆の注目がテュレンに注がれた。


 「昨日は罠なんてなかったとフルは言いたいんだろ? もちろん無いに越したことはないんだが俺の見込みでは絶対にあるね。お前らをビビらしたいわけじゃないぜ。それくらいの心づもりをしとけってことだ」


 「なんで罠が張られているってそんなに断言できるんですか?」


 昨日、探索したときには危険など微塵も感じなかった。フルの疑問は全員が思っていたものだった。


 「それはな。俺の直観だな」


 テュレンの答えを聞いて死ぬかもしれないというガチガチの緊張した場の空気が少し和らいだ。


 「直観でよくそんなにハッキリと言えますね!」


 少し怒ってフルが返答する。


 「俺の直観は意外と当たるんだぜ。それにな、気を付けるのは罠だけじゃねえぞ」


 「どういうことですか?」


 「ここはヘリアンカ大神殿だ。まだまだ知られてない秘密があるはずだ。それを知りたいのは俺たちだけじゃない。危険な連中と鉢合わせる可能性が皆無だとは言えない。幸いにも俺は職業柄、そういう方面には詳しいからな。今日は大丈夫だと思うんだが」


 フルはテュレンの職業柄という言い方に少し引っかかったが今は目の前に広がる遺跡に集中すべきだと結論づける。

 遺跡に潜って早一時間が経過した。かなり歩いたがまだまだ疲れてはいないことをフルは確認する。周りを見ても疲れているメンバーはいなそうだ。


 「こっからは昨日探索した地点よりもさらに奥へ行くぞ。気を引き締めていけよ。俺もお前ら全員を守り切れる保証はないからな!」


 テュレンの声がより一層鋭くなったのを合図に全員に緊張感が戻ってくる。ここからはフルたちにとって未知なのだ。

 

 「…なんだかお腹減ってこない?」


 エリオットが誰に問いかけるでもなく口を開ける。特に目ぼしいものもなくただただ歩き続けていたため、既にテュレンの言葉による緊張は緩んでいた。


 「おいおい、エリオット君。気を緩めるんじゃない! その油断が命取りになるぞ!」


 エリオットはっとして気を引き締め直そうとした。しかし、足元に変な感覚が起こった。


 「うわぁああ!」


 エリオットの足元が一気に崩れる。それに巻き込まれるようにフルの足場もみるみるうちに無くなっていく。


 「おおおぉお!」


 フルが日常で出すとは思えないような声を上げながらエリオットと共に奈落へと落ちていく。


 「くっそ! 床が抜けたか!」


 テュレンはすぐに現状を判断し、二人を助けようと手を伸ばす。だが、テュレンの手が届くよりも先にフルとエリオットは暗闇に飲まれてしまった。


 「クソッ! もっと気を付けとくべきだった」


 テュレンは宙に浮いたままの手を引っ込めながら悪態をつく。


 「残ったのは3人…」


 ダンッ。テュレンが何か言っている途中に誰かが地面を強く蹴る音が聞こえた。テュレンが慌てて地面の穴に目を向ける。そこには黒髪の少女が今まさに落ちようとしているところだった。


 「何してるんだ!」 


 戻した手を再び伸ばそうとするが、届くはずもなくまた一人暗闇に吸い込まれていった。


 「自分から飛び降りるとか噓だろ」


目の前で起こった出来事が信じられずテュレンは呆然としてしまう。


 「まさか2人だけになるとはな」


 カンナを見て呆れたように呟いた。



 痛みに耐えながらエリオットは顔を上げる。周りを確認しようとライトを奥に向けようとした。その時上からとてつもない衝撃がエリオットを襲う。


 「うぎゃ」


 崩れた瓦礫が頭に当たったのか、と思うエリオットだったがそれにしては柔らかい感触だ。そもそも床が崩れたのだから自分より下にあったものが上から降ってくることはありえないことに気が付いた。


 「つまり、落ちてきたのは」


 「痛っいー」


 フルの叫びが暗闇の中を駆け巡った。


 「やっぱりフルだったか」


 「エリオ! 無事だったか! 良かった!」


 「たった今こっぴどくやられたよ」


 幸いフルのほうにも大きな怪我は無さそうだった。


 「落ちたのは僕とフルだけらしいね」


 「そうね。落ちたのが2人だけだったのは不幸中の幸いね」


 エリオットは上に残っているはずの3人のことを偲んだ。


 「クラは無事かな」


 クラレットのことを考えた瞬間に上から何か落ちてくる気配を感じた。瓦礫がまだ残っていたのか。

 それは音をほどんど立てずにエリオットたちの目の前に落ちてきた。


 「兄さん! 私も落ちちゃった!」


 そこには暗闇には似つかわしくない満面の笑顔のクラレットがエリオットを見つめていた。 


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