14話 彼らは叫ぶ
テュレンと出会ってフル達は一度ここクッツオで一番大きい酒場に入った。
もちろんカンナとテュレンは成人しているため、保護者同伴という定義でならフルとエリオット、特にクラレットは入っても多分問題はない。
酒場にはこの村の天空人達で活気に溢れ、とても賑やかだ。
フル達はテュレンにこの場で一番静かな席に案内された。
まず一番に口を開いたのはテュレンだった。
「さて、改めて自己紹介だ。俺の名前はテュレン。カンナちゃんの研究の指導をしている教授とは40歳離れているけど写生会というお絵かきに場で知り合ってね。それからだいぶ長い付き合いでもう親友みたいなもんだ」
「せ、先生は、年で、腰、ダメ。だ、から」
「——要するに教授は腰がボロボロだから任せたってことね」
「大正解だフルちゃん」
テュレンは星のように輝くウィンクをフルに見せた。それにフルは苦笑いで返す。
「とにかく、カンナちゃんの研究は俺は知らないし、口外不問のはずだ。だからどこかに行く時は俺にその場所を伝えてくれたら案内するよ!」
「あ、りがとう。ございま、す」
カンナはゆっくりお辞儀した。
「あ、だったらクラレットちゃんはどうするのよエリオ」
「ん? もちろん連れて行くよ。先輩はいいですか?」
カンナは嬉しそうに頷いた。それを了承の印と受け取ったエリオットは安堵の息を漏らす。
その後フル達は軽く食事をとって、カンナをは目的地をテュレンに伝えてある遺跡に案内された
向かった先の遺跡はモラモイノにあったカブンナ遺跡と違い、どうやったらこの場所に遺跡を作ったのだと言わんばかりに大きかった。
むしろこれは遺跡と言っても大神殿の称号を冠してもいいほど大きく、全てが石でできており、三角柱の巨大な建造物だ。
入り口付近には高い段差があり。その上には円盤が置いてある。円盤の真ん中には人を模したであろう石像が飛び出していて、まるで異世界のようだ。
テュレンは少し前に出ると神殿に指をさした。
「これが君たちがこれから調査する遺跡の一つ、ヘリアンカ大神殿さ! この神殿は大昔にヘリアンカが住んでいたからこう名付けられた。地元の天空人の学者曰く日記と思わしきものが発見されたそうなんだ!」
「——」
カンナはおもしろそうにじっと神殿を見つめながらテュレンの話を聞く。
「日記、み、つけ、たい」
カンナは嬉しそうな口調で話すが、テュレンはちょっと悪い顔をする。
「日記は聞いた話だとケウト首都のウルクにある帝国博物館に寄贈されたそうだぞ」
テュレンの言葉にカンナは残念そうな顔にスローモーションで変化した。フルはそれをまるで我が子を見るような慈愛に満ちた顔で見ていた。
「カンナ先輩! もしかしたら取りこぼしがあるかもなんで! それに希望を抱きましょう!」
「そう、ね」
カンナは一度深呼吸をすると神殿に指をさした。テュレンはそれを見てアゴをなでる。
「もう入るかい?」
「——うん」
カンナは頷き、テュレンは分かったと返すと中に進んでいった。
「い、こ」
カンナはフル達にそう言って足を進め、フルはカンナの後ろを歩いてついて行った。
神殿の中は床は肋骨のように均等に石畳が敷かれ、およそ二十歩歩いたら左右の道が敷かれていた。
左右の道はフルは行ってみたいと思いつつも、余計なことをすると面倒だと感じてその衝動を抑えた。
神殿内の柱の付け根には紋様が描かれ、柄の部分には縦の一直線が均等な間隔で描かれ。壁は足元だけが橙色に塗られている至ってシンプルなデザインだ。
神殿の奥に進むと大広間に出た。大広間には不自然にも何もなく。あると言っても床に大きな太陽にふにゃふにゃした紋様がかかテレいるだけで、もしかしたらここは儀式を行う間だったのだろう。
「ふむ、ここは相変わらず創作意欲がそそる! 考古学は素晴らしい! 芸術意欲と研究意欲を共に沸かせる」
テュレンは嬉しそうに大きな声を出し、その声は神殿中を響き渡った。
「——エリオ。ここちょっと寒くない? アーセ山の上にある里だからってこんなに寒いのはおかしくないかな?」
「そうだね。ちょっと待ってね」
エリオットはそういうと一つの電球、ポカポカくんを取り出した。そしてそれを起動させると周辺を少しずつだが暖かくしていった。
フルは気持ち良さで顔が腑抜ける。
「あー生き返る〜」
「流石です。兄さん」
クラレットは口角を上げながら手を熱源に近づけた、
「——」
フルは気楽に腕を伸ばし、カンナはじっと床を見つめ、テュレンはクロッキー帳を取り出してこの大広間を書写し、クラレットは目を輝かせてエリオットを見た。
カンナは何かに気づいたのかフルの方を思いっきり掴む。
「フル、こ、こ。ちょっと来て」
「え、え、カンナ先輩!」
テュレンはカンナを見る。
「おーい。どこ行くんだい?」
「こ、え聞こえる」
「声?」
テュレンはそういうとクロッキー帳をカバンにしまう。
「え、声。どこからですか?」
「つ、い。てきて」
フルとエリオット、クラレットはカンナに案内されるがままある場所に来た。
その場所とは大広間を少し進んだ先にある、いかにもここを爆破して埋めたとしか言えない場所だった。
どう考えても道が続いているところは土や石がそれを塞ぎ、この先に何があるのかはもう考証しようがないほどだった。
だがカンナが言うにはその奥から声が聞こえている。
「カンナ先輩。声はどう言うのですか?」
クラレットはカンナに質問する。
「——な、いてる。さ、びしいって」
「いや、ちょっと怖いんですけど」
フルは髪の毛を震わせる。
「うーん。テュレンんさん。ここって何か危ないこととかありました?」
「いや、特には。だけど聞いた話というかカンナのとこの教授さんが言ってたんだけど、この神殿にはかつて女神がいたと言われてる。そのため死んだ女神の亡霊がここにきて地上を見つめ、人々が殺し合っているのを見て泣いているってな」
「泣いてる、んですね」
すると後ろで何かが倒れる音がした。
「——ってクラ!? 大丈夫!?」
地面にはクラレットが顔を真っ青にして倒れていた。エリオットは地面に膝をクラレットの上半身を持ち上げる。
「兄さん。今一瞬、赤毛のエルフィンが」
「赤毛のエルフィン?」
『——ここで何をしていますか?』
後ろからまるで小鳥の鳴き声のように美しく、細々とした声がフル達の耳に入ってきた。
フル達の後ろから地面まで届く長く赤い髪を垂らした耳が一回り小さく尖っているエルフィンが歩いてきた。
服はボロボロで、靴は履いていない。顔は痩せこけ、目から光は失われているが長い前髪の隙間から見える真っ白な肌。それから光を失われた眼だけでも綺麗であればとても美しいというのが頭の中で連想するだけでも。
フルはその悍ましい姿のエルフィンを見て何か嫌な予感を察知した。
「あの、今目の前にいる人って見えてるの私だけ?」
「いや、僕も見えてる」
エリオットが答える。
「——俺も見えてるなぁ〜」
同時にクラレットが答え——。
「こ、え。あの人、から」
カンナも同様にその亡霊を見ながら答えた。
フルはエルフィンの亡霊に指を刺してそういった。その瞬間この場にいる全員に悪寒が走った。
テュレンは前に立ってエルフィンの女を迂回して出口に向かった。
するとその女突然自分の頭を掴んだ。
「よーし。君たち。俺より前に出るなよ。ゆっくり、ゆっくりと出口に向かうぞー」
『ヘリアンカ様ごめんなさいヘリアンカ様ごめんなさいヘリアンカ様ごめんなさいヘリアンカ様ごめんなさいヘリアンカ様ごめんなさいヘリアンカ様ごめんなさいヘリアンカ様ごめんなさいヘリアンカ様ごめんなさい』
エルフィンの女は懺悔の言葉を連呼する。
エリオットはそれを聞いて顔を真っ青にして一瞬ブルっと震えた。
「え、えーと。先輩? この遺跡って何年前ですか?」
「ず、っと。前。神話、ぐ、らい」
「本当にずっと昔ね。でもこの人が本当に幽霊だとすると、相当心残りがあるのね」
「——お前ら、この状況はあまり喋らない方がいい。もし生きてたら怖すぎだろ?」
「は、はい。すみません」
エルフィンの女は突然連呼をやめた。
テュレンはそれを不思議そうに見つめる。冷や汗を流しながら。
「これ、やばいぞ多分」
するとエルフィンの女は急に前髪を持ち上げ、えびぞりになってフル達をニタァと笑いながら見つめた。
『あははははははは!』
テュレンは笑い声を聞いた瞬間すぐに出口の方を見た。
「出口まで走れ!」
次の瞬間神殿全体が大きく揺れ、天井から埃がやチリがパラパラ落ちてくる。古舘は全力で走った。
エリオットはクラレットを抱っこして、フルはカンナの手を繋いでだ。
テュレンを先頭に出口まで走り、ようやく光が見えると言ったところで後ろからピチャピチャと激しい音が聞こえる。
フルは気になって振り返ると先程のエルフィンの女が全速力で追いかけてきていた。
女の目は真っ赤に染まり、口は引き裂けそうなほど開いてまるでおもちゃのように狂ったかのように笑っているだけだ。
「カンナ先輩! 速度上げてもいいですか?」
「はぁ、はぁ……」
「もう息が上がってる!?」
カンナはもうその場で倒れてもおかしくないほど息が上がっていた。
フルはカンナの重さに徐々に引っ張られ速度が落ちていった。
前を見るとテュレン達は点になろうとしていた。
「カンナ先輩! 頑張って!」
「はぁ、はぁ……」
カンナは苦しそうな顔をしながら会釈する。
すると急にカンナの足が止まし、フルはそのままの勢いで前に吹っ飛んだ。
フルはいたたと言いながら頭をさすり、膝から暖かい液体が流れていた。
「先輩! どうし、て。止まる——へぇ?」
フルは間抜けな声を出す。
それもそのはずで以下カンナの背中に先程のエルフィンの幽霊が乗っているのだ。
カンナは顔を真っ青にして、体をすこそ震えていた。
「か、らだ。お、もい」
フルは考えた。これ多分人質だと。だけどこの状況話し合って解決できるものか考えた。カンナはキバラキだ。鬼とも言われるキバラキを怒らせればカンナでもものすごい力が出るはずだし、今背中に乗っているエルフィンの女なんて吹っ飛ばせるはずだが、その犠牲には人間関係の崩壊を覚悟しないといけない。
フルにはそんな勇気がないため、最も大胆な方法に出た。
「あ、あなたの名前は?」
『——ヘリアンカ様』
「ふざけてます?」
『——』
「ふ、る?」
カンナは不安げな声を出す。フルは怯えた顔からノーマルモードの表情である元気な顔に変えた。
「もし貴方に何か無念があれば何か言ってください! できそうなら叶えますし! 無理なら諦めてください!」
「フル」
カンナはフルの堂々とした諦めろ発言に若干引き気味の顔になる。
しかし、エルフィンの女は嬉しかったのか、カンナの背から降りた。それを見たフルは安堵の息を漏らしつつ彼女に近づいた。
「で、貴方の名前は? お望みは? ていうかあなたこの耳の大きさ的にスタルシア人? 最後はいつ死んだの?」
「フル、デ、リカシー」
「問答無用です」
フルはカンナの忠告を突っぱねた。
エルフィンの女は別に良かったのかしばらくカンナとフルを交互に見た後、ゆっくりと口を開いた。それもまるで人が変わったかのように流暢に喋り始めた。
『——私はアラクカーナ。スタリシア人でケウト帝国の兵士。この神殿を守っていた一人。カラクリ師の手によって餓死させられた』
「——本当に昔の人だったのね」
エルフィンの女、アラクカーナの目が真っ赤の染まり、輝いた。
『アンリレを許さない。あの女はヘリアンカ様を蘇らせると言って魔道具を作ったくせに、その魔道具をケウト帝国中に散らばらせ。なおかつその在処を書いた文まで燃やした』
「ア、ンリレって、あ、の人?」
「はい。以前カンナ先輩と一緒にあの廃墟にあった魔道具を作った人です」
フルはカンナにおさらいがてらに説明した。エルフィンの女の話はまだ続く。
『しかし、我々は幸運なことに魔蔵具の一つを獲得した。しかし、自由信徒にそのことがバレて私たちはこの神殿の地下で餓死させられた』
「——」
アンリレに殺された?
フルの頭の中は情報の嵐でまとまらなかった。しかしアラクカーナの言葉は嘘とは言い難い。現に彼女の言葉にはこの世のものとは思えない真っ黒な憎悪を感じ取ることができ、勘違いであってもその憎悪が存在することで本当のことだと考えてしまう。
特に彼女から発せられる憎悪の吐息はフルの背筋を凍らせる。
こんな環境に長くいたらおかしくなる。そう感づいたフルは手を挙げた。
「実は私たち、ヘリアンカについて研究してるの。近くにはアンリレが作った魔道具あると聞いたので追って調べているのです」
それを聞いたアラクカーナは一度驚いた顔をして、すぐに嬉しそうな顔に変わった。
『私の望み、お前が叶えてくれるのか?』
そうアラクカーナから憎悪が消え、優しい空気が流れたのだ。
『私の望みは魔道具を使ってヘリアンカ様を目覚めさせたいだけ。叶えてくれるのか?』
「はい。けど本当に目覚めさせれるかは知りませんが」
フルは詳しくはあまり知らないため適当に返した。
正直言ってアンリレの魔道具のあるところにはヘリアンカについての細かい記載が残っている。
フルはヘリアンカについてまさに調べると言う目的で探しているわけでこのアラクカーナの望みと一致する。とにかく先程の言動からここにあるのは間違いなさそうだとフルは気づいた。
『それだけでも良い。無理なら、潔く天界に行き。ヘリアンカ様にお会いするだけだから』
「そうですか。あと魔道具はどこに?」
アラクカーナはフルたちががさっきまでいた場所の方向に指をさす。
『お前たちがいた場所にある。紋章の上に魔道具を置くといい。さすればしたから私が唯一守り切った魔道具が一つある』
「なるほど。分かりました。次はヘリアンカ関連の書物はありますか?」
『——忘れた。では、もう時間だ。少しの間だったが話してみたら癒された。——ありがとう』
そういうとエアラクカーナは光の雫となって消えた。
フルは力が抜けたのかカンナにもたれかかった。カンナは少し優しく微笑んでフルの頭を撫でた。
「あ、りがと。フ、ル」
「——めっちゃ疲れました」
「い、かい。出よ?」
「そうですね。あ、いや。ちょっと本当にあるか見てきます! カンナ先輩たちは先に宿に戻ってください!」
フルはフラフラと千鳥足になりながらも、最初にいた大広間に戻って行った。
大広間に戻るとそこにはエリオットが忘れていったポカポカくんが置いてあった。
「置くのは魔道具でいいんでしょ? だったらポカポカくんもいけるわよね。——許せ、エリオ」
フルは今この場にいない友人の魔道具を床に描かれた紋章の上に置く。すると紋章は突然真っ青に輝き、部屋中が一瞬青く染まる。その時床が徐々に下がっていったが、ポカポカくんが置かれた中央だけは下がらなかった。
「え、何これ!?」
フルは周りを見る。
地面は段差状に下がっており、登り降りできるようになっている。また、紋章の中心部を見てみると中央部はどうやら縦長の棒で、ちょうどフルぐらいの高さのところには蓋がついていた。その蓋を試しに開けると中には長方形の石板が入っていた。
石板には文字が刻み込まれており、所々黄色に点滅していた。
「魔道具ってこれのことかな? ってわぁ!」
魔道具を取り出した瞬間地面が上昇に、段差が徐々に消えてやがて元に高さに戻った。
フルは突然の出来事にその場で尻餅をついた。
フルは半笑いで眉間を震わす。
「ほんっとうにビックリするから止めてよね! 次したらもう二度と許さないから!」
フルは何もない空間で怒鳴り声をあげて、スッキリして再度魔道具と思われる石板を見た。
「これ、エリオに見てもらおうかしら。怖くて触りたくないし」
フルはポカポカくんを見るとこれどうやって止めるの? と悩んだ。
「よし。この石板に載っけよう」
フルはポカポカくんをアチっと言いながら持ち上げて石板の上に乗せる。すると急にポカポカくんが起動停止した。
フルはそれを見ていたが、これ以上は気にしないでおこうと決めた。
「フル! 大丈夫!?」
その時エリオが中央広場に駆け足でやってきた。エリオットは石板の上に乗っけられてるポカポカくんを見た。
「あ、止めれたの? 良かった〜」
「いや、石板の上に乗っけたら止まった」
フルが人生で一番のすばらしい笑顔で答えた、エリオットはその笑顔を見ると少し反応に困った顔を見せる。
「え、壊してないよね?」
「なんかこれ魔道具みたいなんだけど。ではあとは任せた」
「あ、え? うん。見た感じ壊れてはなさそうだからね。念のために起動停止しておくよ」
エリオットはポカポカくんの起動を止めるスイッチを押した。フルはエリオットを見て安心したのか深くため息をついた。
「もう、幽霊なんて懲り懲りだわ。早く宿に帰りたい」
「そうだね、戻ろうか。カンナ先輩たちが待ってるし」
フルは宿に戻って部屋に戻り、カンナ先輩含めあの神殿で何をしていたのかを説明した。ちなみにテュレンとカンナからはわりかしら怒られ、クラレットは少し呆れていたのは言うまでもない。
その後フルはカンナとともに汚れた体を流そうと一足先に湯に浸かった。
「あの、カンナ先輩。ヘリアンカ神殿ですけどまだ何か残ってそうな気がするの私だけですか?」
「や、っぱり?」
「ですよね!?」
フルは嬉しさのあまり急にナチ上がると頭がくらっとする。
「あ、頭だ〜」
「急に、立つ、から」
フルはカンナに支えられながらゆっくり湯に浸かる。
「では明日も行きますか?」
「う、ん。け、ど。他の、い、せきにも。い、くから。あ、さ。一番に」
「なるほど。了解です!」
「お邪魔します」
フルとカンナが盛り上がっている(フルのみ)この空気に来客がやってきた。
その来客は鋼の腕を持ち、幼い雰囲気を持つ少女だった。
無論、クラレットのことであるが。
クラレットは体を洗い、それをカンナは見つめていた。
「う、で。い、たくない?」
「——痛くないです。それにこの話も昨日もした気がしますが。それと今日大丈夫でしたか?」
「あ、心配してくれるの?」
「フルさんではありません。カンナさんです。カンナさんは目が見えないのですから一番心配するのは当たり前でしょう」
フルは不満げに頬を膨らませてクラレットを睨むが、言っていることは正論に値することのため言い返さなかった。
クラレットは泡を流すと湯に浸かった。
クラレットは満足そうに腕を伸ばす。その際、カンナはクラレットの腕をじっと見つめるとそっと立ち上がった。
「先、です」
「分かりました! お疲れ様です!」
カンナは会釈で返すと先に上がっていった。
フルはしばらく考える。これ自分も出たほうが良かったのでは無いかと。例えばの話だが今フルが話題に出るものでもしエリオット関連が出た場合は女神の笑みがうつりそうなほど綺麗なこの温泉が鮮血の如く美しい色の血に染まるだろう。
フルはとりあえず適当なことを話しかけることにした。
「えっと、クラレットちゃんは可愛らしい体型ですね。まるで子猫ちゃんみたいで」
「——はい?」
クラレットの目つきが鋭くなる。
「私はフルさんより大きいと思ってますよ? フルさんこそ包まなくても隠せるじゃ無いですか?」
クラレットはそっと胸を隠して義手からナイフを取り出す。しかし、当のフルは何を言っているのかが理解していない顔をした。
「え、いや私より可愛いよ。髪の毛もサラサラだし、それに小柄で賢い。最も、エリオのことが好きと言うのはどっちの意味かわからないけど、家族のために戦うなんてかっこいいと思うよ」
フルはいい笑顔でクラレットのいい点を話した。顔を赤くしながら。
普段のフルは素直だが、今この状況は疲れが取れて腑抜けになっているからに違いないとクラレットは解釈した。
「まぁ、別に褒めても何も出ませんが。フルさんこそいつも兄と仲良くしてくれてありがとうございます」
とは言ってもクラレットも暖かさで頭が茹で上がっているのか普段言わないであろうことを口にする。
特にクラレットはフルよりも頭が茹で上がっているのか目が少し空で、顔は真っ赤だった。
フルはそんなクラレットの異変に気づき始めた。
こいつ、のぼせてやがると。
「ん? クラレットちゃん? 大丈夫?」
「フルさんは〜誰が好きなんですかぁ? タイプはどんな人ですかぁ?」
「え、大丈夫? それよりも——」
するとクラレットは義手からナイフ出して上に掲げた。
「だーから! 誰がタイプなんですかぁ!」
フルは冷や汗を流す。
「タイプは特にないけど親切で話すととても楽しくて、つい時間が忘れそうになりがちな人?」
「それ兄さんじゃないですかぁ!」
「いや、そうはならないでしょ!?」
クラレットはナイフを振る目掛けて振り下ろすがフルはなんとか避ける。フルはこれはやばいぞと思うのと、このまま外に出たら迷惑がかかると判断した。
フルは体に巻いているタオルを剥いで鞭のように振る。
クラレットの目はグラグラとし、体の重心も安定していない。
これは多分疲れすぎて壊れたんだとフルは悟った。
「兄さんは、兄さんは——!」
「落ち着け! タオルビンタぁ!」
フルは叫び声を上げながら向かってきたクラレットをタオルで叩く。殴られたクラレットはそのまま湯に物凄い音を立てて落ちた。
「——よし」
フルはクラレットを風呂から上がらせてそっと床に寝かした。
クラレットをじっくり見るとやはり顔が真っ赤だ。頭が混乱していて回らなかったから暴走したみたいだとフルは理解した。
「う〜ん。これカンナ先輩を呼んでこよう。うん」
フルは義手を持ち上げるとナイフを戻そうと弄る。
これどう言った構造だといじっていたらどうにかしまうことができた。
「よし、カンナ先輩のもとへレッツ——」
「フル」
後ろから悍ましい殺気を感じる。言い換えれば鬼のようなものだ。フルの故郷では鬼は家を建てるのに必要な木を一本一本根っこから引っこ抜いて持って帰る昔話がある。
けど、それ以外は鬼は教訓を伝えるものとして描かれていることが多い。
例えば風呂では暴れてはいけません、物は主んではいけません、食べるときは口に物を入れてしゃべるななど。
けど、これはどうやら事実だとフルは認識した。
フルがゆっくり後ろを向くと寝巻きに着替えたカンナから冷たい冷気を発していたのだ。気のせいだと祈りたいフルだがツノが若干赤く輝いているようにも見えるためすぐに理解できた。
本気で怒っていると。
「フル」
カンナは冷たい口調でフルの鼓膜を突く。
そしてゆっくりとフルに向かって歩いてくる。
「フル」
ヘリアンカの顔は三度まで。これは善良な女神ヘリアンカが三回までは見逃したけど、それ以降はガチギレしたということわざだ。
まさしくこの状況ではカンナの顔は三度までが一番だろう。
フルは目から涙を流し、体をカタカタと震わせる。
「あ、えっと」
「何、を。して、いたんで、すか?」
「ひっ!」
フルは尻餅をつく。今の間は今まで以上に怒っているのがフルに伝わった。
フルは怯えてまるで赤子のように涙を流しながら体を震わせた。
「はぁ〜頭がくらくらしなくなりました。いったいなぜあんなことを言ったのか。——なんですかこの状況?」
その時ちょうどクラレットが上半身を起こした。
クラレットは今この冷たい空気にすぐ気づき、赤子のように怯えて震えるフルと、割とキレているカンナを交互に見る。
「え? どう言う状況ですか?」
カンナはクラレットが起きたのに気づくと、ゆっくりと首を動かしてクラレットを見た。
「音、す、ごかった。な、に、してたの?」
「——あ」
クラレットは起き上がるまで何をこの場でやらかしていたのかを思い出した。
言動から鑑みるにここで暴れまわったのは自分自身でフルは止めたと言うのが理解した。あ、これもしかしてとばっちり受けてる? と言うことはクラレットでも理解した。
「えっとカンナさん。多分誤解していると思いますけどフルさんはのぼせて倒れた私を助けてくれただけです」
「そう、うなの?」
フルはここぞとばかりに頭を縦に全力でブンブンと振った。
「——わ、かった。ふ、る。勘違い、し、て。ご、め、んね」
「い、いえ。私の方こそごめんなさい。もしかして更衣室とかで待ってました?」
「ま、てた。お、そいの、と。騒が、しかったから」
カンナはフルの手を掴んで立たせ、次にクラレットをゆっくり立たせた。
「な、かよく。出来た?」
「え?」
フルとクラレットはお互いを見合った。フルとしてはクラレットは友人の妹だから怖いと言うだけで嫌ってはいないがクラレットはまた別だろうとフルは感じる。
クラレットはため息をつくと濡れた髪を持ち上げて耳にかけた。
「別に、兄さんに手を出さなかったら良いだけです」
少しばかり恥ずかしいそうにクラレットは言う。カンナはそれを聞いてほっとしたような顔を浮かべた。




