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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
0章 ヴァクトルの始まり
1/83

プロローグ コスモスは冬眠する


 ————6000年前。

 ここヴァイヴァル大陸には数多の種族がいる。

 俗に人と呼ばれるピト族、そして獣の耳としっぱが生えている人ケモフ族、そして耳が長く、肌が白く長身のエルフィン族。

エルフィン族は耳の長さで種族が二つに分かれる。短いのがスタルシア人で長いのがエポルシア人の二つに。


 彼ら以外にもピト族から分かれた翼を持つ天空人、肌が白く、小柄で筋肉質のドゥアルフ族や鬼の角を持つキバラグキ族など多くの種族が住んでいた。


 彼らは基本的に数多の精霊と神を崇拝する。

 その中でもヘリアンカと呼ばれる女神を古来から祀るピト族、ケモフ族以外にも渡来人のエルフィン、ドゥアルフ、キバラキも彼女を祀り始めた。 

 彼らにとって彼女は調和の象徴であり、平和の象徴でもあったからだ。


 ヴァイヴァル大陸東部、ケウト帝国領内のアーセ大山の地下深くにて巨大な空間があった。

 そこに目元に隈ができ、所々白髪が生えている短い髪に大柄な体格で不思議な紋様が描かれた服に装飾された男、ヴァレラガを含めピト族2名、ケモフ族の男3名、さらに天空人7名。そして最後の一人はエルフィン族の一派であるスタルシア人の20代前半の少女がいた。彼女は耳が長く、首元までのツヤのある長い髪に長身で名はアンリレ。

 アンリレはいわゆるスタルシア人と呼ばれる、エルフィンの中でも古くにこの大陸に渡来し、先住のピト族、ケモフ族などと混血が進んだかなり稀な種である。


 彼らは石畳の上を歩く。


 彼らはカラクリ師と呼ばれる、錬金術にかなり似た異様な術師集団。

 カラクリ師はヘリアンカから教えられた黄金の兜を被ることで生物の体内を見たり、物質の分子構造を解析したりすることができ、それらはヒスイの針を突き刺すことで、先端から出る霊力を制御して物質を操作することができるのだ。

 とは言っても彼らができることは魔力を消滅させることだけ。もしくは魔力を結晶化させるか。

 それから魔結晶を用いた薬や機械など魔結晶を基盤とした魔道具などを生み出したりする。

 

 ヴァレラガは扉の前まで来るとその場で足を止めて後ろに振り返る。


 「皆のもの。知っていると思うが、この先の扉には生き神たる女神ヘリアンカがいる。そして今彼女は病に苦しんでいるのは先日伝えた通りだ。その犯人は知っての通り俺だ」


 するとヴァレラガは自身の胸に手を当てる、アンリレ含め部下たちは彼を見守る。


 「俺を殺すのならいつでも殺せ。なぜなら女神をこんな目に負わせたのは俺だから……。——よし、行くぞ」


 ヴァレラガはそういうとゆっくり重い扉を開けた。

 扉は音を立てながらゆっくりと開いた。

 

 扉の先にはガラスのケースがあり、ガラスケースは縦に鎮座されており、中には厳重に守られた十四歳ほどの少女が全裸で複数の管に繋がれたマスクを身につけ、管の付け根から蒸気を出していた。

その少女こそピト族とケモフ族の間ではヘリアンカと呼ばれている女神である。

 ヘリアンカは茶色の腰まである綺麗な長い髪の先端は彼女自身の足のかかとに当たり、透き通るほど綺麗な肌からは汗が浮き出る。


 「はぁ……、はぁ……」


 ヘリアンカは苦境の表情で息を荒くする。


 「準備を始めろ」


 ヴァレラガがそう指示をすると彼を含め全員は黄金の兜を被り、ヒスイの針を取り出す。

 それから各々の持ち場で準備を始めた。

 アンリレとヴァレラガ、

 そんな中、ヴァレラガはヘリアンカが眠るガラスケースの前で立ち止まった。


 ヘリアンカの荒い呼吸音は老若男女からなる黄金の兜を身につけたカラクリ師と呼ばれる人々の靴音によってかき消される。

  カラクリ師たちの中でも大柄な男は指揮を取ってヘリアンカの治療をしていた。

 男の名はヴァレラガ。

 ヘリアンカとは幼い頃から過ごして言わば幼なじみに近い関係だ。

 ヴァレラガは汗を流しながらその他のカラクリ師達からの報告を聞く。

 「ヴァレラガ様、ヘリアンカ様の体内の魔力が急激に増加。これでは身体に悪影響を及ぼします」

 その時部下の一人はヴァレラガにヘリアンカの症状を記した書類を渡す。


 「……魔結晶はどれほあるか」


 ヴァレラガは受け取った書類に目を通しながら部下に話しかける。部下は最初は言いた気なさそうであったが、渋々喋り始めた。


 「はい。ヘリアンカ様の肺にある魔結晶は血管にまで入っています。これでは例の手術も行えません」


 「……まず彼女の精神が不安定になり、肉体から離れずにそのまま死ぬからか」


 「はっ。その他にも魔力は我々にでさえ有害な物質で、我々を構成する霊力でさえも毒す恐ろしい物です。特にヘリアンカ様は霊力の塊といっても良いほどで、我々とは違い——。いえ、失礼しました」


 部下は頭を下げ、持ち場に戻った。


 ヘリアンカの病はピト族、ケモフ族、天空人のみ患う魔結晶異常増殖症候群と呼ばれる風土病。

 この病は体内に魔力が入り込み、体内から日頃から出ている霊力に触れて結晶化し、本来なら排泄されるものが排泄されず、蓄積していく病である。

 結晶は内蔵や血管を詰まらせ、あるいは肺を突き破ったりとかなり危険な病でもある。

 ピト族、ケモフ族はヘリアンカと同じく病を患うが彼女と違い霊力が濃くなく、ヘリアンカは霊力の濃度が計測不能のレベルで濃いのだ。


 この病は体内の霊力が濃いほど不治の病に近づいていく、そしてヘリアンカはすでに治る見込みがない状態だった。

 


 その時、アンリレは小さな声で「後悔しないでください」とヴァレラガに言う。

 ヴァレラガはどのように答えればいいのか作業しながら悩む。


 「私もヘリアンカ様を外に連れ出すのを夢にしてた。だけどそれを先にしたのが貴方だっただけで別に悪くないから」


 ヴァレラガは汗を拭く。  


 「これよりヘリアンカの体内を蝕む魔結晶の除去手術を行う。機械班3人は人工肺、人工心臓を作動できる段階に持っていけ。それからアンリレと俺含めた5名は魔結晶の撤去、残り5名は……。紙の通りだ」


 「「「了解!」」」


 カラクリ師たちは大きな声で返事をする。


 そして各々は持ち場に行き、ヴァレラガたち5名はヘリアンカが眠るガラスケースの前に行く。

 ヴァレラガは一人のケモフ族で、犬のような垂れ耳を生やし、茶色い毛を持つ中年の男、カーレーに「ガラスケースをゆっくり横にしてくれ。腹を上にだぞ」と指示をする。

 カーレは頷いてゆっくりガラスケースを横にする。


 そしてヴァレラガはガラスケースを開けた。

 中からは熱い蒸気が噴き出る。


 「魔力濃度は肺が一番高く、次に心臓、肝臓。アンリレは俺と一緒に血管内の魔結晶をできる限り除去——良いな?」


ヴァレラガがそういうと班員は頷く。


 そしてヴァレラガは機械班に「人工肺起動せよ」と指示を出す。するとヘリアンカの肺に突き刺さっているチューブから空気が通る音がした。


 「はぁ……、はぁ……」


 ヘリアンカはまだ息が荒い。


 「よし、手術開始」


 ヴァレラガの言葉に合わせて、班員はヒスイの針をヘリアンカの胸に突き刺した。


             


 今から30年以上前、ヴァレラガはカラクリ師の一人息子として誕生した。

 そして家族が宮廷カラクリ師であるため5歳から城に行ったりしていた。

 

 ある日、ヴァレラガは暇つぶしに宮殿の中にはで遊んでいるとツヤがある長い茶髪を垂らし、赤色のシャーマンの服を身につけた幻想的な少女を目にした。

 ヴァレラガは話しかけては分からないと分かっていたがついうっかり「お姉ちゃん誰?」と声を出してしまった。

 少女はヴァレラガを見ると優しく微笑んだ。


 「貴方は? 迷子?」


 ヴァレラガはうっかり見惚れて、返事ができなかった。


 「——見た感じ親御さんはカラクリ師?」


 「——どうして——」


 ヴァレラガが我に帰った途端少女はヴァレラガを持ち上げる。


 「私はヘリアンカ。なんでも見通します」


 「なんでも……、見通す?」


 ヴァレラガは首を傾げる。


 「本当はこんなところに足を運ぶのはカラクリ師ぐらいだろうと軽率な判断なのですが、間違ってました?」


 「……正解です」


 「それは良かった。間違っていたら顔真っ赤になってましたよ〜」


 ヘリアンカは鈴のような綺麗な声で笑った。

 すると中庭の扉が開き、弓を持ち、毛皮を纏った見張りの兵士が入ってきた。

 その兵士は顔を真っ赤にしてヴァレラガを見る。


 「ヴァレラガ殿。何度言ったら分かりますか! ここには入ってはならないとあれほど言ったでしょう」


 「ヤスィアさん。ここダメって言われてない」


 ヤスィアと呼ばれた兵士はため息をつく。


 「ヴァレラガ殿。入ってよろしいのはここより奥の中庭です。ここはヘリアンカ様の敷地です」


 「知らなかった。それにヘリアンカってどうして女神様の名前なの?」


 「それはっ。ご本人だからですよヴァレラガ殿……!」


 ヤスィアは半泣きヴァレラガに伝えた。

 それもそのはず。なぜならヴァレラガは初めて見たからだ。

 ヴァレラガは不貞腐れた顔をする。


 「だって見てないし。それにトト様とカカ様からは女神様は1000年眠り、100年起きるって聞いてたから、まさか起きているなんて——」


 ヴァレラガは言い訳をしたが正直もうダメだと薄々分かっている。

 だがヘリアンカはただの子供の戯言と言いたげな表情でヤスィアを見る。


 「構いませんよ」


 「ヘリアンカ様!?」


 「そもそもこの宮殿は私を祀る神殿を囲むように作られています。迷い込むことも致し方ないでしょう。それに今の私は一睡もできません。なので——」


 ヘリアンカは視線をヴァレラガに合わせる。


 「暇つぶしに付き合ってくれませんか?」 


 ヘリアンカはお日様のような笑みと、春の日光のような温かく、希望に満ち溢れた視線をヴァレラガに送った。


 ヴァレルガは頷き、返事を返した。


 それから15年が経過し、20歳になったヴァレラガはヘリアンカに週に一度会う仲になっていた。

 そしてある日、ヴァレラガはカラクリ師の資格を獲得し、それをヘリアンカに報告しようと上機嫌で廊下を歩いている。


 その横に同期で、口うるさい史上初のスタルシア人のカラクリ師であるアンリレが長い髪を揺らしながらヴァレラガの後ろを追った。


 「ヴァレラガさん! この先は禁止でしょ?」


 「問題ありませんよ。自分は子供の頃から通ってます」


 「通っているって……! それは子供だからでもう私たちは大人でしょう。絶対怒られますって」


 アンリレはヴァレラガの衣の袖を掴む。


 「なんだ。お前も行きたいんだな?」


 「いや、何を言って……って引きずって行くなー!」

 ヴァレラガはアンリレを引きずりながら中庭へと足を運んだ。

 

 中庭の入り口の扉の前にはヤスィアが仁王立ちしていた。

 ヴァレルガがお辞儀をするとアンリレもそれに続いてお辞儀をした。


 「ヤスィアさんこんにちは」


 「おーヴァレラガ殿か。そういえば今日はシュメラ様よりカラクリ師として任命されたようで、誠におめでとうございます」


 「ありがとうございます。これは全てヘリアンカのおかげです。彼女がいなかったら自分はカラクリ師に必須の探求すると言うのが未熟のままだったので」


 ヤスィアはヴァレラガの言葉を聞き、まるで我が子のように頭を撫でた。


 「もし今の言葉をヘリアンカ様がお聞きになったら大層お喜びになるでしょう。して、その後ろの女子は?」

 ヤスィアはアンリレを見る。

 

 「彼女はアンリレ。自分の同期です」


 ヴァレラガの言葉を聞いたヤスィアは心の中で入れてもいいのかなーと思いながらも扉を開ける。


 「ヘリアンカ様がお待ちです。それとアンリレ殿。多分大丈夫でしょうがヴァレラガ様は特別です。もしシュメラ様にバレたとなると分からないので門外不問で」


 「はい、分かりました」


 アンリレは緊張しているのか小さな声で返事をした。


 ヴァレラガとアンリレは扉を潜り中庭に入る。

 ヘリアンカは中庭中央の傘が立ててあるベンチに座り、読書をしていた。

 ヴァレラガはヘリアンカの元に行き、お辞儀をする。


 「先週ぶりですヘリアンカ様」


 「——あら、ヴァレじゃない。試験どうでした?」


 ヴァレラガに気が付いたヘリアンカは鈴のように嬉しさを隠しきれない透き通る綺麗な音色を届けた。


 「合格しました。ヘリアンカ様のお陰で」


 「また敬語で……。タメ語でいいのですよ」


 ヘリアンカは困った顔をする。


 「カラクリ師は皆さんが好きなように研究をする。工学のを探究したり医学を探究したり。それから生物についても。確かヴァレは生物でしたよね」

 

 「はい。この中庭でヘリアンカ様から聞いた植物や動物の話で生物について興味を持ったので。ですが学んでみると医学と変わりませんね」


 「そうですね。生物は倫理上の問題で生成するよりも医学と同じことをするのが暗黙となっているので、やリたい研究はかなり少なくなりますね」


 ヘリアンカとヴァレラガが楽しい会話をしている傍ら、アンリレは退屈そうな顔を二人に向けていた。

 

 するとその時ヴァレラガがアンリレの衣を引っ張り、体を自身に寄せた。


 「それとヘリアンカ様。彼女はアンリレと言って史上初のエルフィン出身のカラクリ師です。研究部門は俺と同じ生物なんです」


 それを聞いたヘリアンカは最初は驚いた顔をしていたが、徐々に口元が歪み笑い声が溢れた。

 「ふふっ、そうですね」


 「わ、笑わないでくださいよ」とアンリレは嫌そうな顔をする。


 「ごめんなさい。エルフィンは生物をいじるのは嫌うと思っていたので。それにエルフィンにしては耳が少々小さいのですがもしやスタルシア人で?」


 「——そうです」

 

 するとヘリアンカはアンリレの両手を握った。


 「スタルシア人は魔術に特化しているのに、何か言われませんでしたか? ご存知の通りピト族、ケモフ族は魔力がない代わりに霊力があり、魔力によって死に至ってしまうそんな彼らが魔力に抗える手段としてカラクリ師というものを私は考えたんです。なので巷ではエルフィンは特にそれを恥と捉えていると聞いたのですが、言われませんでしたか?」


 「言われましたよ。家の恥って。ですが私は——。ヘリアンカ様のことを調べて——」


 するとヘリアンカはアンリレの頭に手を乗せる。

 「大丈夫です」と一言で済ませる。

 

 「それで、あなたたちは生物の研究を行う感じですか?」


 「——いいえ、家を継ぎます。けど、その間にしたい研究があるんです」


 「ほほーう。それは?」


 ヴァレラガはヘリアンカに手を差し伸ばした。


 「——貴女が外に出歩けるための研究です」


 その時、アンリレはヴァレラガに対して驚きの眼差しを向けた。


 そして時は戻る。


 手術は概ね順調で、ヘリアンカの体内にあった魔結晶はほとんど破壊することができた。


 「————」


 その時ヴァレラガの頭の中にあの研究の途中に吐血して倒れたヘリアンカの姿がフラッシュバックした。

 あのヘリアンカを外に出すという約束から3年後、ヴァレラガは魔結晶を分解できるようにする薬を作り、それをヘリアンカに投与した上でアンリレとともにヘリアンカを外に出した。

 しかし、その直後にヘリアンカはサイブリュル症候群を発病し、吐血した。そう、その薬は失敗だったのだ。

 その惨劇からさらに8年が経過したのが今がまさにこの状況だ。


 あと少しでヘリアンカを救える。そう彼らは確信したのだ。

 そしてアンリレは針を引き抜く。


 「なんとか危機を脱しましたね」


 アンリレは汗を拭う。


 「アンリレ、ヘリアンカの容態は」


 「見たままです」


 するとヘリアンカの瞼が震えた。


 「ヘリアンカ!」


 「ヴァレラガ様。安静のためにケースを閉めますので離れてください」


 「——!」


 近くで作業をしていた部下の一人がヴァレラガを食い止め、ケースをが閉まるのを確認するとヴァレラガを離した。


 「——すまん。勝手にはしゃいだ」


 「大丈夫です。自分も同じ状況ならやるかもしれないので」


 部下は笑って許した。


 するとアンリレはヴァレラガの元に歩く。そして悲しい目でヘリアンカを見つめ、手を合わせた。


 「ヘリアンカ様はもうダメなのですか?」


 アンリレは震える声でヴァレルガに話す。


 「あぁ……。高濃度の魔力が体内に入った以上、この黄金の兜でもみることができぬ魔結晶があるはずだ。それを本来なら中和剤で消せるものをヘリアンカの場合はなぜか消せないんだ。何度も実験をしても」


 ヴァレラガの言葉にアンリレは静かに頷くだけだった。

 そしてヴァレラガは決心したのか拳を握りしめ、一度大きく深呼吸をした。


  「——検体を連れてこい」


 ヴァレラガがそういうとケースの周りに十数人の赤子の死体が乗った台車が運び込まれた。


 アンリレはこの光景に怯んだのかヴァレラガの服を掴む。


 「あ、その。この計画は本当に実行……」


 「当たり前だ。そうしないとヘリアンカの体はやがて滅び、彼女の願いでもあった草原を駆ける夢を叶えることが出来なくなる」


 「ですが、ヘリアンカ様を生き神として崇拝する者たちもいます。そう、長い耳を持つエルフィン。エポルシア人は黙っていませんよ」


 アンリレのその言葉を聞いたヴァレラガは彼女の胸ぐらを掴む仕草をしたが、途中で止める。


 「これは……シュメラ様の勅命だ。ヘリアンカ様を母のように慕っているシュメラ様直々のお望みだ。それに俺がこの研究の責任者になったのは。懺悔のためだ。分かるだろ」


 アンリレは何も返さず「——了解しました」と溢した。


 ヴァレラガは「こっちを向け!」と声を上げ、部下たちはヴァレラガを見た。


 「今からこの赤子にヘリアンカの記憶を移植し、培養機にて半永久的に眠らせる。しかしこれは殺すのではない。半永久的に眠らすのは魔力に順応するためだ。決して殺すためではないと信じてほしい。————反対するものは離脱しても構わない」


 ヴァレラガは周りを見る。しかし、誰も離脱しなかった。


 その時一人の男が手を挙げた。

 ヴァレラガは離脱者かと思っていたが、口元しか見えぬ表情でも別に辛そうでもなかった。


 「発言しもていいですか?」


 「構わない。だが、短くせよ」


 ヴァレラガはそういうと男は「分かりました」と返事をした。


 「私は貴方様の部下の代表として申し上げます。我々は貴方の元を離れるつもりなど一切ありません。そしてこの研究自体も話を聞いています。また、もし貴方がヘリアンカ様の教えを過激に受け取る集団に狙われようとするなら、一生懸命お守りいたします」

 その部下の言葉に周りは同調して拳を握りしめ、右腕を上にあげた、


 それは聞き、見たヴァレラガはただ頷いた。


 「それでは、早速行くぞ——ん?」


 ケースの中で眠っているはずのヘルランカが目を開けてヴァレラガを見つめ、口をパクパク動かしていた。

 その言葉が何を言っていたのかは分からない、だがヴァレラガにはこう聞こえた。


 『私、怒らない。けど永遠。貴方と会えない。寂しい』


 これが本当に行ったことかは分からない、自信はないがそうであろうとヴァレラガは信じた。

 ——大丈夫だ。君は意識ごとこの赤子に移す。とは言っても一体だけだが。もしその一体が目覚めたら必ず俺が会いに行きます。


 「それでは、転送装置起動!」


 部下の声とともに、室内が光に包まれる。

 そう、彼女の記憶と意識を赤子に移す、最初で最後の実験が行われたのだ。


 それから6000年後。


 大陸北方の大国ケウトに機関車が向かう。

 機関車の中には遠方より遥々きた旅人たちが疲れてみんな寝ていた。

 そんな中一人の少女が短い黄緑色の髪を静寂に垂らしながら窓を見ていた。


 「あたり一面雪だらけ。もう虚無の心とかいう哲学的な文章表現を今なら的確に論文にして発表できそう。——嘘だけど」


 少女の名はフル。

 彼女はスタルシア王国に住む周りのエルフィン族と違い、大昔に渡来し、ピト族とケモフ族との混血が著しいエルフィン族の一派。

 しかし彼女は原始エルフィン族の特徴を数多く残す少女だ。


 少女は再び毛布を被り、背もたれで楽な姿勢を取る。


 「まぁ、目的の駅まで眠りましょうか」


 少女はそう言って再び目を閉じた。

 



 

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