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冬の空  作者: 加藤 健作
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長男の幸雄

    このような実情もあり父は大きな不満を抱きながらも、毎日の診療や週2回、午後2時間の大学での非常勤講師としての任務を黙々とこなしていた。父はは未だに教授職に対する未練を捨てきれず、母校が無理なら地方の国立大学、いや私立大学でも構わない、とにかく教授ポストに就くよう出身校の精神科教授から声がかからないかと心底期待していた。しかし、よしんばそのような話が舞い込んで来ても母がそれを許すわけがない。ましてや母の地元を離れ、別の地方へ赴任することなど父にとって許されることではない。






    外祖父は妹として将来幸雄の世話をさせるつもりで養女として4歳の女の子を迎え入れた。この女の子が将来私の母となる幸子であった。実子の長男の幸雄は子供の頃から出来が悪く、学業においては落ちこぼれであった。幸雄は家庭や学校生活で様々な問題を常に起こしていた。気が散りやすく、じっとしていることが苦手だった。このような幸雄だったので、外祖父やしまいには使用人である料亭の仲居さんや、山倉家の女中たちにまで厳しく叱責されることが度々であった。現在であれば、さしずめ注意欠如・多動症とでも診断されるような子だったのであろう。思春期には家の近所に停めてあった自転車を次から次へとパンクさせたり、料亭の勘定場から現金を盗んだり、頻繁に大きな嘘をつくなど、また、近くの馴染みの商店で万引きしたり、悪意のある悪戯をしきりに働いた。注意欠如・多動症の範疇を超えて異常人格を思わせる言動が顕著になった。




    こんな幸雄でも何故か外祖母は自分の腹を痛めた彼を溺愛した。子供の頃から、幸雄は外祖母からお小遣いをねだり、年齢にしてはあまりにも高額なお小遣いを渡していた。そして、幸雄が成長するとともに外祖母から貰うお小遣いの額が増大した。外祖母はお小遣いを貰って喜ぶ幸雄の姿が愛おしく感じられてしょうがなかったのだろう。幸雄は、16歳のときに町の旧遊廓の跡地にあった風俗街へ初めて女を買いに行った。愚かにも幸雄は誇らしげにこのことをまるで自慢するとでも言うように山倉家出入りの大工木村にこのことを打ち明けた。木村はこのような幸雄の無法な素行を心配し、幸雄から聞いた話を外祖母の耳に入れた。ところが外祖母は「幸雄は本家の後継でもう立派な男よ。英雄、色好むとは良く言ったものね」と外祖母は木村の心配を無用のものとでも言うように一蹴した。




 


   幸雄はやがて大学受験の時期を迎えるが、自尊心だけは人並み以上だった。彼はトラブル・メーカーとして近隣で広く知られていたにも関わらず、外祖父のコネもあってか地元の中高一貫校をすれすれの成績で卒業した。それも本来は卒業できないほど卒業試験の成績が悪かったのだが、外祖父が幼馴染の校長に幸雄が卒業できるように地元の国会議員を通して頼み込んだ、という噂が同窓生の間で流布した。





     こんな幸雄でも自分は優れていて素晴らしく特別で偉大な存在でなければならない、という彼をよく知っている人たちにはとても信じ難い確信を持っていた。これまで散々外祖父に迷惑をかけて来た幸雄ではあるが、彼は自分はたかが料亭の主人に収まるような取るに足らない人間ではない、と言い出した。自分は偉大な医師になる使命を持って生まれて来たなどの妄想めいた発言をする様になって来た。この程度の滑稽な話をするぐらいなら、幸雄らしいと言えば幸雄らしい。しかし、「虫が湧いてくる」「何かの集団が自分を監視している」など幻覚や妄想の存在を示唆する話を相次いでする上,自分の部屋の窓という窓に全て古い新聞紙を貼り付けたり、奇怪な言動が目立ってきた。一度、外祖父は意を決したように、幸雄のこのような行為を咎めたが、今までにない悪魔に取り憑かれたような攻撃性を呈し、周囲に止める使用人がいなければ、このとき外祖父は幸夫に荒々しく暴力を振るわれていただろう。




    外祖父も外祖母も幸雄の言動を不可解に思い、私の母となる幸子も幸雄を恐れた。母は幸雄の机の上に置いてあった3万円を盗んだと幸雄に言いがかりをつけられ、調理場から板前の制止を振り切り、出刃包丁を分捕って来て、その出刃包丁を持って、母を追いかけ回した。このときも複数の男性職員や料亭の隣にあった寿司屋の大将も幸雄の取り押さえに入り、運良く事なきを得た。





     

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