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冬の空  作者: 加藤 健作
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泰造が料亭を去る

 挨拶もせずに調理場に入って来た幸子を泰造は鋭く睨みつけた。調理場に幸子が入るなり、いきなり「何の用だ。挨拶も出来ないのか。」と声高に喚いた。幸子も負けてはいない。「用がなくてあなたみたいな非常識な人間に会うとでも思ってるの」と激しい口調で言い返した。この料亭の使用人、料亭に出入りする業者、料亭のオーナーの外祖母でさえ泰造に対し、このような口の利き方をしたことがない。生前の外祖父も泰造にはそれなりに気を使っていた。泰造は生まれつきのボス的体質がその存在に染み込んでいた。しかし、そういう体質は料理の味のよさには反映されていなかった。料亭の経営は最近になり、料亭の不人気や経済の不景気などによって苦しくなっていたのは確かだが、元来から外祖父の料亭は大きく繁盛している料理屋ではなかった。客数や宴会の数で見れば、地元の同規模のライバル料亭にははるか及ばなかった。




 その主な原因は泰造の作る料理の味が他の日本料理屋よりも明らかに劣っていることだった。外祖父は大物の客からそのことを聞き、店の料理の評判があまり良くないことを十分に理解していていた。客から聞くまでもなく、創業時は外祖父も自ら包丁を握り、外祖父隆彦の父の料亭で兄の又三に厳しく仕込まれた日本料理の洗練された技術で腕を振るっていた。その時代は料亭の全盛期であった。客に言われるまでもなく、泰造は外祖父からその卓越した調理技術を受け継ぐことができなかった。しかし、料亭の創業時、外祖父自ら包丁を握っていた時代からともに苦労して料亭を盛り上げようと共に昼夜努力してくれた泰造の首をそうあっさりと切るわけにはいかなかったのだ。




「泰造さん、外祖母ともよくよく相談したんだけど、この料亭は廃業することにしたの」と平然と話を切り出した。泰造は先ず驚きの様子を見せ、すぐにその表情は荒々しさに満ちた表情に変貌した。「俺との相談もなしに、こんな重大な決断をしやがって」と周囲に響くほどの大きな音がする舌打ちを鳴らした。「そう簡単に廃業できると思うなよ。俺と一緒に廃業に反対してくれる使用人は幾らでもいるぞ」と半ば脅迫めいた口調で幸子に言葉を返した。廃業の話を突然聞き、相当苛立ったのか、調理場にあった揚げ物道具、盛り箸、鍋などを床に向けて乱暴に投げつけた。泰造の粗暴な行為に幸子は一瞬恐怖を募らせた。次の瞬間泰造は出刃包丁を手にして、調理場の入り口に立っていた幸子に向かって来た。幸子は身の危険を感じたが、いつ店に来たのか従兄の明夫と三人の男性の看護師が調理場にかけつけ、幸子を調理場から連れ出した。大柄の看護師の一人が料亭の暖簾棒を泰造の胸に突きつけている内に明夫ともう二人の男性看護師が泰造を取り押さえた。精神科医もそうだが、特に精神科の男性看護師は突発的な暴力行為に絶えず対処する心の準備をしておく必要がある。




 明夫は泰造を取り押さえてから直ぐに地元の警察署に通報した。明夫の電話には明夫と顔馴染みの警部が応対した。泰造は間も無く料亭に到着した警察官たちに連行され、留置場に勾留されることになった。泰造はこうして被疑者となった。明夫は司法精神医学にも通じており、しばしば地元の警察署へ司法精神鑑定や精神保健福祉法にもとずく措置入院の要否の判定などを行いにこの警察署を訪れていた。そういうわけで警察署の警部とは顔馴染みであった。泰造の場合は犯行に計画性はなかったものの動機が明確であった。従って、検察官が事件の記録を見たり、泰造の取り調べをするなかで、泰造の言動に理解できないところがあり、責任能力に問題があるかもしれないと判断しない限り、泰造は簡易鑑定を受けることはないだろう。この騒動で喧嘩っ早い泰造には以前にも刑事事件の前歴があったことが判明した。外祖父はこの事実を知りながらも外祖母を含めた料亭の職員全員にこの事実を押し隠していた。

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