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冬の空  作者: 加藤 健作
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板前長を恐れない幸子

同じ料理屋であっても料亭とダイナーあるいはヤムチャ・レストランは全く異なる世界に存在している。幸子は料亭で育ち板前さんや中居さんなどに囲まれて育った。しかし、ダイナーに関しては幸子の大好きなハリウッド映画で時々見ただけで、自分がダイナーを開店するとなると実際にどのような建築物にするのかとか、提供する料理の種類、そしてダイナーに欠かせないのはお客さんが食事している間、その背景に流れる種類の音楽などについて全く分からない。その点、ヤムチャ・レストランを開業する場合は背景に流す音楽は特に制限を受けない。幸子のお気に入りのアメリカン・ジャズやポップスを流しても問題はない。そして、顧問弁護士に聞いた話だが、ダイナーよりはヤムチャの料理人を探す方がはるかに簡単だ。何よりも幸子自身が赤坂の高級中華料理店のヤムチャ館を自ら体験しているので、自分のヤムチャ・レストランを開店したらどのようなイメージになるかは容易に想像できる。地元の米軍基地の米兵たちも当時は日本食には馴染まなかったが、アメリカには古いチャイナタウンがサンフランシスコやニューヨークなどの大都市にあり、アメリカ人は一般的に中華料理に対して違和感は持っていない。そのようなことから、幸子はダイナー開業の構想を断念する方向に傾きつつあった。




 料亭の経営が相当に悪化していたので、料亭の使用人たちに生前、外祖父が給料を一割減らさせて貰えないかとお願いしていた。大部分の使用人は外祖父の元で長年働いて来たものたちで、あるものは外祖父の要請を協力的に受け入れ、またあるものはしぶしぶ受け入れた。就職難の時代にあったので、それほど反発するものはいなかった。但し、長年外祖父を支えて来た板前長の泰造だけは給料の額を従来通り、維持した。昔気質の人間で調理場では暴君として君臨した。何事にも妥協しない性格で何か料亭内や調理場で問題が起こると、その解決方法については必ず強引に自分の意見を通した。料亭内では外祖父にしか礼を尽くさず、外祖母にも幸子にも、ましてや亡くなった自堕落な幸雄には目もくれなかった。料亭の使用人たちはは泰造を恐れ、泰造に大声で叱責されると誰もが縮こまり、平身低頭し反論する勇気のあるものは一人もいなかった。




 しかし、幸子は違った。外祖母も他の使用人全員が泰造と目が合ったり、廊下ですれ違ったりすると必ずお辞儀をしたが、幸子は泰造を無視した。料亭内で泰造を無視できるのは唯一幸子だけだった。泰造の方も幸子を料亭のお嬢様、特に外祖父が亡くなってからは実質的な女将であることを認めていなかった。「貰いっ子が何を言うか」とでも言うように幸子に対しては不遜な態度を取り続けた。ただでさえ経営が悪化している外祖父が始めた料亭、この両者の間の緊迫感がさらに料亭内の空気をとげとげしいものにした。




 料亭をダイナーあるいはヤムチャ・レストランに改装すると決めてしばらく経ったある夕方、幸子は調理場である中居さんを怒鳴っていた泰造のところに自分の計画を説明しに行った。泰造の怒鳴り声は調理場から遠く離れた料亭の玄関にまで鳴り響いた。この状況で調理場に入る度胸のあるものは皆無で、調理場に用事がある数人の使用人は騒ぎの間はあえて調理場に入らずに近くの廊下でただただウロウロしていた。




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