幸雄の納骨と外祖父とキクの出会い
幸雄の亡くなり方が尋常でなかったため、葬儀は密葬の形で身内のみが参列した。(外祖父の兄又三一家も長男の明夫以外参列しなかった)。幸子は葬儀に秀子がひょとして参加しているかと思い、葬儀の祭壇が設けられた部屋を見回して見たが、秀子らしき人物は見当たらなかった。葬儀は静寂に支配された、ある意味薄気味悪い雰囲気のうちに粛々と進められた。通夜のときは外祖父と外祖母は儀式的に顔を出すだけで、早々と通夜の場から退散した。外祖父の葬儀委員長は名ばかりで通夜と葬儀の進行は幸子が取り仕切った。外祖母はめまいと胸痛を訴え、早々と葬儀が行われていた場から立ち去った。外祖父は葬儀の最後までを見届けたが、終始茫然自失としていた。外祖父は告別式の挨拶もままならぬ状態にあったので、代理に幸子が手際の良い挨拶をした。
初七日の法要も住職にお願いして、葬儀と兼ねて貰うことにした。このような形式の法要は今でこそ当たり前になっているが、当時としては珍しかった。あとは幸雄の納骨を済ませるだけになった。納骨は忌明け法要(49日)のあと、遺族や参列者が集まって行うのが一般的だが、多くの場合四十九日を過ぎて百か日あるいは一周忌に納骨する場合も多い。幸雄の場合、幸子の判断で四十九日に幸子と幸雄の子供の頃の世話をした山倉家の女中二人と菩提寺の僧侶一人が納骨式を執り行った。
体調が回復し、感情も安定してきた外祖父と外祖母は四十九日法要と納骨式のあと自分達の料亭で親族、料亭組合、町内会の人たちを呼んで御斎を催そうと提案したが、実質的な施主であった幸子が外祖父と外祖母の発案を却下した。理由は幸雄がヒロポンやアルコール中毒が原因で亡くなったことが、何故か親族や町内の人たちに知れてしまったことで、料亭を今後も経営していく上で、体面的に困るという理由であった。実子の長男で至れり尽くせりと育てられた幸雄と「貰い子」として蔑まれ、中学生の時代から料亭の床掃除をさせられながら育った幸子には幸雄を偲ぶ気持ちは一かけらもなかった。
外祖父は一粒種の幸雄を溺愛した。デパートへ家族で買い物に出かけた際に、幸雄は必ず価格の高い玩具をねだった。外祖父も外祖母も幸雄の願いを叶えるのが楽しみでもあり、生き甲斐でもあった風だった。反面、幸子には節約を強要した。衣服や玩具、学校で使う文房具など幸雄のものはデパートで購入したが、幸子のものは地元のアーケード付きの商店街で購入するという暗黙の了解が山倉家に存在した。(あなたは貰い子だからとはさすがに声に出して言わないが)。もし、幸雄の後に外祖父と外祖母の間に男の子であれ、女の子であれ、もう一人の子が誕生していれば、幸子をわざわざ遊郭から里子として迎え入れることもなかっただろう。しかし、山倉夫婦はもう一人の子を欲しながらも、幸雄誕生のあとに子をなすことはなかった。外祖父が幸雄誕生後間も無くから、町の旦那衆に誘われ、地元の遊廓に頻繁に遊びに行くようになった。
キクという男好きのする容姿をした若い子がが常連となっている遊女屋に入ったと聞き、外祖父は早速このキクを目当てに遊郭へと向かった。希望通り、キクと性の交わりを持ったが、このとき不運にも淋菌に罹患してしまった。キクも新入りだったので、客の選り好みはできず、客という客は全部とらされた。その客たちのうちで淋病に感染している男がいたのだろう。キクはその男から淋病をうつされた。外祖父はキクを抱いてから四日後ぐらいに尿道のかゆみ、排尿時の激しい痛み、性器から黄白色の膿などの症状が出た。本人は何らかの性病にかかったという自覚はあったが、外祖母にそのことを話すのはバツがわるいので、ついつい医療機関にはかからず、症状が消失するまで、我慢した。男性の淋病患者は治療を受けず、放置しておくと男子不妊症になる。このことが原因で外祖父はその後子を成せなくなった。外祖母は幸雄を産んだ後、次の子を欲していた外祖父に対して子ができないのを自分のせいだと思い、自責的な気持ちで毎日を過ごしていた。一方、キクの方は自分が淋病に感染したことを自覚していた。新入りのためたくさんの客を取らされたと前に書いたがその中で見るからに不潔な男がいて性の交わりを持ったとき「いてて」と快楽の最中に痛みを訴えたので、キクは淋病の持ち主ではないかと疑い、自分も感染したのではないかと疑った。一般的に淋病をうつされても女性は男性と違い、初期のうちは症状がない。しかし、放置しておくと卵管炎、腹膜炎、肝周囲円、終いには女子不妊症になる。性格上も仕事柄も用心深いキクは、遊女として淋病に対する知識を十分に持ち合わせていた。キクは症状が出る前に遊女たちを専門に診察している性病科の医師にかかり、淋病の診断を受け、早期に治療を受け、完治した。そのためかこの数ヶ月後に体育会系の大学生の客と長時間にわたる激しい性の交渉の中で男が三度も自分の精をキクの体内に放った後にキクは自分がこの青年の種を孕ったことを直感した。
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