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冬の空  作者: 加藤 健作
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父について

 


 私は南関東のある地方都市Aに生まれた。父は会津藩の士族の末裔であった。江戸時代の大名家に由来する大名家族で子爵の家であり、皇族との通婚も許された家系であった。先祖には京都守護職を務めた人物もいたという。華族は原則、東京に住居することが定められていため、明治以降父の家の山崎家は東京に住み、父貞夫も東京で生まれた。山崎家は華族銀行として機能していた十五銀行が金融恐慌の最中、昭和二年に破綻した際に家の財産をほぼ全て失い、その後祖父は学習院初等部の代理教員を務めていたが、家計は苦しかった。昭和二十二年、法の下の平等、貴族制度の廃止などを定めた日本国憲法の施行により華族制度は廃止された。祖父は戦前に教員免許を取得していたため、戦後もその免除が有効と判断され、戦後南神奈川に代理教員の職があると聞き、その地に転居した。一家の生活は相変わらず苦しかったが、祖父は父が学業優秀なのを絶えず自慢し、父の弟の高校進学を諦めさせてまでも父を都内の公立高等学校へ進学させるだけの資金は何とか調達した。父は高校卒業後は地元の役所で働くつもりでいたところ、戦後物資も何も欠乏していた時代、祖父が高利貸しからお金を借りて来て、父の目指していたT大学医学部の受験を実現させた。祖父の期待に応え、父は国の最高学府に入学した。




 財政的には学業を継続するための資金は不足していたのだが、後で書くが、ある縁を得て父は学費及び生活費の全面支援を受け(支援したのは母の実家の山倉家だった)、首席でT大医学部を卒業した。学生時代に「脳」と「異常心理学」に興味を持った父は卒業後、母校の精神科の医局に15年ほど在籍し、精神分裂病(今では統合失調症という)に関する最先端の研究の指導的存在となった。しかし研究面のみならず、医局在籍中は臨床面でも母校の複数箇所の一流関連病院及び精神神経研究機関に出向の命令を受け、多くの難治の精神疾患の診療にあたって来た。しかし、根っからの小売人だった母の幸子は父が給料の安い大学の研究者で一生を終わらせるのもったいないと考え、大学を辞めて開業するよう父に強く勧めた、というよりは強要した。父は当時の精神科の医局員が開業するときに内科・小児科を標榜して開業するのではなく、其時としては珍しい精神科の医院を開業することに決めた。今でこそ精神科クリニックが氾濫しているが、大学当時は精神科を標榜して開業する医師は少なかった。日本では精神障害及び精神疾患へのステイグマから、近年では医療機関の呼称を「心療内科」「メンタル・クリニック」「神経内科」などと標榜し、外来患者が受診しやすくする工夫がなされるようになった。しかし父は精神科医としてのプライドが高く、開業した時も山崎精神科医院と堂々と精神科を標榜した。、



 父の診療所は医師会、保健所、児童相談所及び区役所の生活保護課からの高い評価を受け、経営状況も良好であった。母校では非常勤講師として任命され精神科の統合失調研究・治療班の後進の指導にあたり、同級生でもある精神科の教授からもそれ相当の声価を得ていた。しかし、父は心中に奥深い不満を抱いていた。父は東京にある国立大学医学部の卒業生である。同窓生の大部分は開業することなく、都内及び全国の大学の教授職に就いているものや首都圏の有名精神科単科病院の院長や国立の精神研究機関の所長や研究部長になったりしている。父は一般人からからは成功者からは成功者と目されても乳は自分が今置かれた状態に強い不服を抱いていたのである。




 平成30年現在の医学部の数は、国公立や私立そして文科省の管轄外となっている防衛医科大学を含め全国で82校ある。ここ3、4年の間に宮城に一校、そして千葉に一校私立の医学部が新設されたが、この82校の中にその新設された2校が入っているかどうかは分からない。その中で国立大学は42校を占めている。父の母校はこれら国公立、私立大学医学部の頂点に立っていた。私立大学の医学部や医科大学の出身者は医者や裕福な家の子弟が多く、その大半が開業医になる、あるいはなるしかないのが現状だ。




 父も何処かの大学の教授になれたかも知れない。教授になるだけの実績はあった。しかし、独占欲の強い母が父が外で勤務するのを許さなかった。父は形式上は入婿ではなかったが、実質的には婿養子だった。診療所の立つ土地も母が自分の父から相続したものだ。

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