起点-3
獄内の移動のため久しぶりに嵌められた手錠の重みさえも、今の截にはありがたいくらいだった。だって、何も枷がないと面会相手に歓喜のあまり飛びついてしまいそうだから。
「あの、これから面会する人って、もしかしてザリザリした髭のおじさんだったりしませんか?」
「黙って歩け……会えば分かる」
「ッ、はい」
頷きはするが、それでも高揚しきった気持ちは抑えきれず、截はソワソワと面会部屋までの廊下を意味もなくきょろりと見渡す。薄暗い廊下に、どこかホコリと黴くさい空気。そこにいる人間の健康を害してしまいそうな空間でも、截の浮足立つ気持ちを抑えられはしない。横を歩く看守の男は、キラキラと場に似つかわしくない群青色の光彩を、静かに見つめた。
「……面会は二人だ。後は自分の目で確かめろ」
この男は監獄では珍しい、截の専属の看守であった。十二年前、まだあどけなさの残る少年だった截を、格子越しに監視し続け、三か月に一度許される手紙もずっと受け取ってきている身からすると、その勢いよく尻尾を振り続け褒美を待つ犬のような截の気持ちが分からんでもない。
軍帽を目深に被り直し、努めて素っ気なく伝える。すると、尻尾の振る速度が速くなった、ように見えた。
「っ、ありがとうございます……!」
ぱぁっと明るくなった截を横目に、いつのまにか辿り着いていた面接室のドアノブに手をかける。
「着いたぞ」
……正直、この無垢すぎる少年を「あいつら」に会わせたくはない。看守の男――亥戒護はこれから截が出会う「あいつら」の計画を聞かされた時からそう思っていた。
先に言っておくが、この重たい手錠をものともせず喜々とした表情を浮かべる少年が会うのは、その待ち焦がれている「先生」もとい「じいちゃん」では、ない。
純真無垢で善良な一般民の感情、情緒を、法の下制裁を与える権限を持つ警察を掻き乱す最低な連中――作家だ。独房で何も知らずに生きてきた少年には、少し刺激が過ぎるのではないだろうか。しかし、今の己にはそれをとやかく言う権利など自分には無い上に、全てを合理的に考えると、截を彼等に出会わせるのはタイミングも全て今が一番良いのだ。
仕方ない。そう言い聞かせながらいつもよりも重く感じる木戸を押し開く。既に部屋に飛び込んでいってしまいそうな囚人を視線でいなしながら、先に部屋に踏み込んだ。
「よぉ亥戒! いつもそんな顰め面してると囚人に嫌われるぞ!!」
あまりにも溌剌とした声がキンキンと鼓膜を打つ。
「……うるさいぞ、喜戟。」
「やぁやぁ、やっとこの時が来たか! 俺は嬉しいぞ」
実に嬉しそうに、満点の笑みを見せる一見中性的な見目をした男に、亥戒は大きな溜め息を吐いた。