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ムサシNEXT ~宮本武蔵、異世界に転生す~  作者: 西村西
第一部『宮本武蔵、異世界に転生す』
9/23

宮本武蔵、龍を斬る④

 アイシアたちヴェリク王国騎士団第六軍の遠征部隊は今、シロン村にいる。

 遠征部隊の半数、二十五人が部隊を離脱し、王都の軍団長に救援を求めると言ってアイシアたちを見捨ててから十日も経っただろうか。離脱した二十五人は全員、普段からやる気のない、アイシアたち平民出の人間に仕事を押し付ける、剣や槍の腕もいまいちな貴族の子弟たちだったが、それでも彼らがいれば現状はまだマシだっただろう。救援を求めるのに二十五人もいらない筈だと訴えても彼らは聞くかず、あまつさえ食料等の貴重な物資まで持って行ってしまったのだ。

 時刻は朝。晴天が広がる絶好の日和だが、アイシアを含め騎士団の面々も村人の顔にも笑顔はない。皆、地獄の底にいるような、酷く暗い顔をしていた。

 朝の到来は一日の始まり。今日も絶望的な一日が始まる。



 毎日ということはないが、それでも二、三日おきには必ずやって来る。ドラゴンが寝床にしている森からシロン村に飛来してくるのは、いつも決まって正午であった。

 尻尾も含め、全長にして百メートルもあるだろうか、闇を湛えたような漆黒の鱗に覆われた巨体が翼を羽ばたかせ、彼方から飛来してくるのが見える。


「来たぞ、ブラックドラゴンだ!」


 そう叫び、アイシアの同僚兵士が村に設置した警鐘をガンガンと叩く。すると、頭上に猫のような耳が生えた村人たちが一斉に家の中に隠れた。ヴェリク王国内ではシロン村にのみ住む少数部族、猫族たちだ。

 警鐘を合図に、兵士たちはそれぞれ武装して決められた持ち場に着く。空き家になっている家の屋根に登り、得意ではないがアイシアも弓を手に取りドラゴンを待つ。

 ドラゴンを迎え撃つ兵士の数は二十人。当初いた五十人のうち、二十五人は救援を呼びに行く名目で部隊を去り、三人は脱走、残りの二人はドラゴンとの戦いで戦死した。

 弓に矢を番え、矢尻の先を彼方のドラゴンに向ける。

 まだ数キロは先だろうに、ドラゴンの羽ばたく音が村にまで届いてくる。アイシアの横で同じように弓を構えている同僚がゴクリと息を呑んだ。


「なあ、スタンツ……」


 緊張に耐え切れないのか、同僚兵士が話しかけてきた。その声は震えており、見れば弓を持つ手までも震えている。


「黙って……」


 達人ならまだしも、弓など苦手なアイシアには誰かと会話をしながら矢を当てるような技術はない。

 だが、アイシアが黙るように言っても同僚兵士は言葉を続けた。


「援軍、本当に来ると思うか?」

「狙いが外れるから。黙ってて」

「俺は、俺はもう援軍なんぞ来ないんじゃないかって……」


 と、彼の言葉の途中で、警鐘を置いた櫓に配置された兵士が声を上げた。


「来るぞ、構えろ!」


 村までの距離が五百メートルを切ったあたりだろうか、ドラゴンが遥かな上空から滑空するようにスピードを付けて急接近して来るのが見えた。

 全員が口を噤んで弓の弦を引き絞り、ドラゴンに狙いを定める。

 先ほどの同僚兵士ではないが、アイシアの喉も意識せずゴクリと鳴った。

 空を切り裂く凄まじい音を轟かせながらドラゴンが突っ込んでくる。


「放てーーーーーーッ!」


 号令が上がったその瞬間、二十人の兵士たちが一斉に矢を放った。

 だが、ドラゴンは矢など意に介することなく一直線に向かって来る。嵐のように矢を浴びつつ、ドラゴンは爆発するような轟音を立てて村の前に降り立った。


「はっはっはっはっは、出迎え御苦労!」


 腹が立つほど流暢な人語を操り、ドラゴンが声を上げる。

 身体のあちこちに矢が刺さっているように見えるが、ドラゴンの鱗というのは鉄より堅牢なものだ。矢が鱗と鱗の間に挟まっているに過ぎない。ドラゴンが濡れた犬のように巨体をぶるぶると振るわせると、矢は全部抜け落ちてしまった。


「今日も一人だ! だが、歯向かう者には容赦せん。どうする?」


 言いながら、まるで人間のような動作で首を左右に振り、関節をゴキゴキと鳴らすドラゴン。この問いも毎度のことだが、答えは決まっている。


「かかれーーーッ!」


 兵士たちはそれぞれ抜刀するなり槍を持つなりして果敢にドラゴンに迫る。アイシアも武蔵から贈られた愛剣を腰から抜くと、家から飛び降りてドラゴンに突撃した。

 先行した六人の兵士が手にしていた槍をドラゴンに投擲する。だが、ドラゴンはその槍をこともなげに鼻息で弾き返す。

 ここで怯めば待っているのはドラゴンによる一方的な蹂躙だ。村を護るためには何としても押し返す必要がある。


「うおおおおおぉッ!」


 雄叫びを上げながら抜刀した兵士たちが切り込む。だが、その刃がドラゴンに通ることはなく、堅牢な鱗に弾かれてしまう。部隊の中で一番鋭い剣を遣う、剣聖のギフトを持つアイシアの一撃ですらもドラゴンの鱗に掠り傷を付けるのみに留まる。


「どおおおりゃああぁーーーッ!」


 ここで、部隊の中で一番体格の良いベテラン兵士が渾身の力を込めて巨大な戦槌を振り下ろした。斬撃が効かぬのなら打撃はどうか。

 ドゴンッ!

 と音を立てて戦槌がぶつかる。だが、堅牢極まるドラゴンの鱗にはヒビすら入ることなく弾かれてしまう。


「はっはっは、肩叩きでもしているつもりか? だが効かんわ! どれ、俺が手本を見せてやろう。肩叩きとはな……こうやるのだ!」


 呵呵大笑。アイシアたちの攻撃が全く効いていないドラゴンは、今度はこちらの番だとばかりにその場で巨体を翻し、丸太のような尻尾で戦槌を持った兵士を弾き飛ばした。


「ぐが……ッ!」


 着ていた鎧が砕け、血を吐きながら兵士がすっ飛んでゆく。十メートルも中空を飛んだ兵士の身体は民家の壁に激突、勢いのまま壁を突き破ってしまった。

 治癒の魔法が使える兵士が慌てて弾き飛ばされた兵士のところへ駆けて行く。


「ファイアボルト!」


 部隊で唯一攻撃魔法が使える兵士が炎の矢を放つ。ドラゴンは放たれた矢を確認するも、避けることもなくそれを受ける。炎のは矢はそのままドラゴンの顔に直撃して爆発、その巨大な顔を爆炎で包む。


「やったか?」

「ぐはははははは! お前の炎は温いのだ! それでは湯を沸かすことも出来んぞ!」


 炎に包まれたままドラゴンが笑う。

 そして次の瞬間、ドラゴンがふん、と鼻息を吹くと、燃え盛っていた炎が綺麗さっぱり掻き消されてしまった。


「本物の炎とはこういうものだ!」


 そう言って口を開いたドラゴンの喉元に炎が収束していく。そうして集まった炎が見る間に巨大な火球を形成、大砲の如く放たれた。

 ドラゴンが狙ったのは炎の矢を放った兵士ではなく、その背後にあった古い家。そこは幸いにして空き家だったのだが、火球が直撃して大爆発を起こすと、跡形もなく爆散してしまった。

 爆風に煽られ、付近にいた複数の兵士たちが吹っ飛んで地面を転がる。


「ええい、怯むな、かかれ!」


 残った兵士たちはそれでも闘志を奮い立たせて再度の突撃を試みた。だが、ドラゴンはその無謀な突撃を「フン!」と鼻で笑うと、


「ゴォアアアアアァーーーーーーーーッ!」


 と、鼓膜が破裂せんばかりの強烈な咆哮を放った。

 空気が震動するどころの話ではない、言うなれば全方位攻撃の衝撃波。

 アイシアを含めた全員がその衝撃波を全身にまともに受けてしまい、その場からあっさりと吹き飛ばされてしまった。

 無様に地面を転がり、そのまま立ち上がれもせず死体のように横たわる兵士たち。その殆どが意識を失っており、アイシアをはじめとする、かろうじて意識を保っている者たちも身体が痺れて動けないでいる。まさに死屍累々。惨敗だ。


「はっはっは、今日も俺の勝ちだな!」


 地べたに這いつくばる兵士たちの様を見ながら、ドラゴンは愉快、愉快と笑う。騎士団の遠征部隊がこの村に来てから幾度も繰り返されているこの無益な戦い、兵士たちにとっては村人を護るための命を懸けた戦いであっても、ドラゴンにとってはただの暇潰し、遊戯でしかない。

 一方的な戦いではあるが、ドラゴンはこの暇潰しを楽しむために全力は出さない。常に相手を殺さぬよう力をセーブし、回復する暇を与えてまた戦いに来る。力加減を間違えて殺してしまう場合もあるが、ドラゴンにとって人間は玩具でしかないので、数ある玩具が一個壊れたという認識でしかない。


「四日後にまた来る! それまでに傷を癒しておけ!」


 そう言ってドラゴンは翼を羽ばたかせ、その場から飛び去ろうとしたのだが、唐突にまた翼を折りたたみ、村人がその中で身を縮こまらせているだろう民家に顔を向けた。


「……と、忘れておったわ。毎回、一人だ。カースドレイン!」


 ドラゴンは呪いの魔法カースドレインを発動する。これは予め魔法で呪いを付与しておいた相手の命を奪い、自らの生命力として糧とするもの。村人全員にドラゴンの呪いが付与されているため、何処に逃げても意味がないし、呪いによる強力な呪縛でこの村から離れることが出来ないのだ。


「うわあああああぁッ!」


 一軒の民家の中から、村人の断末魔の叫び声が上がる。ドラゴンが発動した呪いの魔法によって命を奪われたのだ。

 それと同時に、ドラゴンの身体が一瞬だけ黒光りする。死んだ村人の命を取り込み、己の生命力としたのである。


「大して美味くもないが、腹の足しにはなる」


 今日のところの目的は果した。ドラゴンは翼を開くと、今度こそその場から飛び去り、ねぐらにしている森へと飛んで行った。


「う……うう…………」


 地面に這いつくばったまま、アイシアは己の無力に涙を流していた。

あざっした。

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