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8日目 昼2

誰一人周りにいないことで、逆に俺は冷静になった。


混乱していた頭がすっきりと周囲の状況を把握し、事態の異様さがはっきりと認識されていく。

目に映る事故車両はどう見ても『ついさっき燃えました』という感じじゃない。

可燃部は全部燃えてなくなってて、骨組みだけだ。乗ってる人もそう。完全に炭化してて、表情も分からない。煙が上がってるのはトラックに突き刺さってるところだけだし、少なくとも数時間以上経ちましたって感じ。


渋滞の車もそうだ。事故があって通れなくなったのに運転手がみんないなくなってる。

車を動かせないにしても、放置していくなんて余程の事情がないとしない。

というか、目撃者が通報して警察や消防が処理するには十分な時間が経ってるはずだ。


うーん。どういうことだ。

と悩みながら革靴風スニーカーで黒焦げのライトバンの骨組みをベコベコ蹴る。

重いし完全に金属音で偽物とかじゃなさそうだなぁ。


そんなことをやっていたら、上空でびゅうびゅうと音がしているのに気づいた。上を見上げると、交差点の角のパチンコ屋の上方10mぐらいにさっきのトヨホンの中型ドローンが飛んでいるのが見えた。


あんな低いところにおかしいな。と思っていると、さらに小型のドローンが二機やってきて、仲良く編隊を組んでホバリングし始めた。


「なんだ?配送のデータリンクか?」

小型のドローンはトヨホンの中継器から配送先のデータを受け取ってるだけのようだ。

おそらく中継器のAIが事故を見つけて自動で記録しに降りてきたため、配達ドローンも降りてきたんだろう。


まあ、気に食わないがアレが来たなら後はAIが警察なり消防なりに連絡したりするだろう。

という事は俺のやることはもうなくなった。

そう判断し、俺はドローンから目を離して、歩道の方に歩きだそうと後ろを振り向いた。



5mほど先に目を剥き、歯をむき出しにして怒り狂ってる婆さんが立っていた。


「うわっ!びっくりした!」

俺は思わず声に出して後ずさりした。

よく見ると、婆さんは俺が先ほど自転車で轢きかけた婆さんだ。

その後ろに仲良く徘徊していた老人が10人近く集まっていて、同じようにこちらを睨みつけている。

全員歯をむき出しにして怒っており、よく見たら服に血がついている人までいた。


「あ、どうもさっきはすいません。ひょっとして皆さんに自転車でぶつかりそうになった時、誰かケガとかしちゃってました?」

まさかここまで追ってくるとは思っていなかったから。それにさっきより人数が増えていたから。俺の先ほどの威勢はなくなりビビりまくっていた。


婆さんは俺の問いかけを無視してよたよたと掴みかかるように近づいてくる。


「あ、あの。事故があったみたいで。急いでたんで。ほんとスミマセン。」

ナチュラルに嘘をついて後ろの黒焦げライトバンを指さすが、婆さんの怒り顔が収まる気配がない。


「もちろん賠償はしますって。てか、ケガしても俺のせいじゃないと思うんすけど・・・」

よく考えたら、俺は轢いてもいないし、ぶつかってこようとしたのはこの老人連中なんだけど。

婆さんの聞く耳もたなさに、『こんなに集団で追いかけまわすようなことじゃねえだろうが』という思いが、俺の頭に浮かんでくる。


「あの、なんなら、あそこのドローンに記録されてると思うんすよね。自転車の前に突っ込んできて轢きそうになったとこ。アレ警察に出したら、絶対こっち勝てると思うだけど。」


もう殴れるほど近づいた婆さんに、『ひょっとして、耳が遠いから聞こえてねえのか?』とうんざりした態度で肩をすくめた瞬間、ババアはシワシワの手で俺の二の腕に掴みかかり、いきなり左肩に噛みついてきた。


「痛え!なにすんだこのババア!」

俺は反射的にババアの髪をつかみ力づくで俺の肩から引きはがす。ぐぽっという音とともにババアの口から入れ歯が飛び出し、俺の肩に噛みついたままババアだけが離れていく。


「キタネエ!ふざけんなババア!」

ババアの所々変色した入れ歯が肩から離れない怒りと、歯がないフガフガの顔のまま俺に掴みかかってくるのをやめないババアへの俺の怒りがドッキング。その力は流れるようなしぐさで俺の体を回転させ、ババアのふがふがの顎を背負うように右肩に乗せ固定すると俺は勢いよく尻もちをついた。

「スタナー!!!」


俺の叫びとともに、衝撃が尻から背骨を抜け、右肩に固定したババアの顎に一直線に駆け上がるのを感じた。そのイナヅマの如き衝撃はババアの失われた奥歯では減衰されることなく、顎から直接にババアの首へと向かっていった。


『ボギュ』


車の一つも走ってない大通りの交差点にそんなくぐもった破砕音が響いた。


「あ、ゴメン。」

いままでの人生で感じたことのない手ごたえに思わず謝りながら掴んでいた婆さんの頭を離す俺。


婆さんは支えを失ってゆっくりと地面に沈んでいって。

ピクリとも動かなくなった。


「・・・・・・」

無言で立ち上がる俺。


婆さんは変化なし。

代わりに左肩に噛みついていた婆さんの入れ歯が外れ、カラカラとアスファルトを滑って排水溝に滑り落ちていった。



排水溝に沈む音が消えると、聞こえる音は後ろのパチンコ屋の上空のプロペラの音だけになった。

俺は困ったようにパチンコ屋の屋上を見た。


例の中型ドローンの大きなカメラは見事にコチラを向いていた。


(撮られた・・・決定的瞬間を撮られた・・・)

逃げるようにドローンから顔を背けたが、今まで掻いたことのないような汗が体中から噴き出してきた。




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